星野源さんのエッセイ集『蘇える変態』のなかに、星野さんが「くも膜下出血」の発症後に脳動脈瘤の再発が見つかったときの話がありました。

A先生に医師を数人紹介していただいたが、そこですぐ決めるには自分はあまりに無知だと思い、自分でも調べていいですかと訊くと「もちろんです、納得いくまで探しましょう」と言ってくれた。

医師探しは難航した。やはり難しい手術なのだなと気持ちが落ち込みそうになる。結局、以前から様々なことでお世話になっていた、笑福亭鶴瓶さんに電話で相談に乗っていただいた。

 

「ほんまか」

「はい」

「そうか、詳しい人たくさんおるしすぐ探すわ。まかしとき」

  

鶴瓶師匠、お忙しいだろうにすぐに調べて折り返し連絡をくださり、主に海外で活躍している脳外科に詳しいS先生を紹介していただいた。さっそくカルテをお送りし、検討してもらうと、この手術に適任だろうと挙げてもらったのはA先生が紹介してくれた医師と同じだった。それがK先生である。ともかく会いに行き、診察を受けようと決意した。

星野さんは、このK先生の手術を受け、現在も大活躍されています。

これを読んでいて、僕は「担当医の紹介よりも、口コミなのかなあ、やっぱり自分の身体のことだし、できる限りのことはしたい、ってことなのだろうな」と思ったんですよね。

それと同時に、星野さんが自分の病気の相談相手として選んだのが、笑福亭鶴瓶さんで、それに対して鶴瓶さんが真摯に対応したことに驚いたのです。

餅は餅屋、と言いますし、星野さんくらいの有名人であれば、身内や事務所関係などに「医者や病院に詳しい人」もいたのではなかろうか。

それでも、星野さんは「鶴瓶さんに相談することを選んだ」のです。

 

鶴瓶さん、西川美和監督の『ディア・ドクター』という映画で、医者の役を演じておられましたが、こんな人脈もあるのだなあ。

以前、鶴瓶さんのこんなインタビューを読んだことがあります。

SwitchVOL.27 NO.7 JUL.2009SWITCH PUBLISHING)の「LONG INTERVIEW~鶴瓶になった男の物語」より。取材・文は川口美保さん。

実家の裏手に回った鶴瓶の姿を見かけたのか、誰かが声をかけた。

「マーちゃん! 帰って来たんか?」

「姉ちゃん、懐かしいなあ! 元気か?」

鶴瓶の間髪おかない声を聞いて、女は嬉しそうに言った。

「もう偉うなってしまって、口も利かれへんと思ってたわ!」

隣の姉ちゃんだった。一回りは年上だろうその人を前にすると、鶴瓶はすぐ昔に戻った。家族の話、近所の人の話、二人の会話からは次々に懐かしい人の名前が飛び出す。

姉ちゃんが息せき切るように言った。

「マーちゃんのお母さんはべっぴんさんやった。ここに来はったとき二十八か九だったと思うわ。スタイル良くて背も高かった。子供もぼちぼちできていったやろ。私な、子供のとき、あんなお母ちゃんだったらええなあて、なんぼ思たかわからへん」

「そうよなあ。うちのおかん、綺麗かったよなあ」

鶴瓶が嬉しそうにうなずく。

「うちのおかんは、納棺師でな。今でいうおくりびとしてた」

「ほんまに親切な人やった。汚のうが何しようが、骨惜しみしない人だった。自分からいろいろやってくれてな、だからみんなに好かれてはったわ」

「嬉しいなあ。何年ぶりにおかんのこと聞いたか……

姉ちゃんが提案した。

「真田幸村の跡地、見に行くか?」

その敷地内の大きな木は、子供の頃、彼らのもってこいの遊び道具だった。

「枝と枝の間にゴムつけてな、近所の子を引っ掛けて飛ばしてた。人間パチンコや」

鶴瓶はかつての遊び場を記憶を辿るように歩いた。歩けば人が集まってくる。途中、鶴瓶の姿に気づいたおじさんが、子供時代の鶴瓶が写った写真を慌てて家から持ってきて、「覚えてるか?」と話しかけてきた。鶴瓶の姿を見つけるといろんな人が挨拶をする。小さな子供が鶴瓶の顔を見て、「ツルベだ! ツルベだ!」と指を差す。この日、一緒に写真を撮ってと求められた数は十人を下らない。サインも求められれば、鶴瓶は相手の名前を書き記す。

「俺に話しかけるとき、みんなちょっと笑てはるやろ。山田洋次さんが『いいよなあ、鶴瓶さんは。寄ってきたら、みんな笑ってる』って言ってた。俺、それ、望んでたんやもん。若いときから。自然にしてるというよりも、目指さないとできない。子供が『ツルベ!』って言ってくれるのは、『ツルベ!』って言ってもらおうと思ってやってることなの。だから自然じゃないよね。だけど、そうやってることが三十八年続くと、もう自然なの。だからよう言うの。俺、ホンマにどんな性格かもわからんようになってもうたって」

彼は笑った。

「つまり、嘘か本当かわからん。嘘も本当になってるということやろうね。でもそれが正解なんよ。人間って、もうね、五十過ぎたらどれが実体かわからんことで出来上がっている。人に対してイヤな人やなって思われてさえなければ、すべてそれが正解なんよ。その人は頑張ってるの」

 映画『ディア・ドクター』の地方ロケで地元の人たちにサインしまくっていたという鶴瓶さんのことを、タモリさんが「アイツは『いい人』じゃなくて、『いい人だと思われたい人』なんだよなあ」と、からかい半分に評していました。

ロケ地の各家庭には、鶴瓶さんのサインが一家に2~3枚くらいはある、とか、映画の他の出演者のサインを鶴瓶さんに頼む人までいた、というような話まで紹介されていたのです。

 

タモリさんが「いい人」じゃなくて、「いい人だと思われたい人」と言ったのは、鶴瓶さんが裏表のある人間だと言っているのではなくて、「いい人じゃないといけない、と努力し続けている人だということなのだろうなあ、と、このインタビューを読んでわかったような気がします。

 

僕はテレビの画面にいる鶴瓶さんを観て、「ああ、いい人なんだなあ」と思いながらも、「結局そういうのって、持って生まれた性格というか、才能みたいなものだよな、僕みたいな社交性のないタイプには、ああいう生き方はできない」と感じていました。

しかしながら、鶴瓶さんですら、もともとの性格はあるのだとしても、「いい人」でいるために、常に努力と自戒を重ねているのです。

 

 そして、「いい人」のところには、人や情報が、向こうから集まってくる。星野さんは、これから先も、ずっと、鶴瓶さんに感謝しつづけるはずです。

そして、同じように、鶴瓶さんにお世話になっている人はたくさんいるでしょう。

鶴瓶さん自身が解決できる問題ばかりではなくても、鶴瓶さんは、その「いい人」であることによってつくりあげた人間関係で、困っている人と、それを解決できる人を結びつけることができる。

 

さまざまな空港同士をつなぐ中心となる「ハブ空港」というのがありますが、鶴瓶さんは、「ハブ人間」として、みんなから信頼されているのです。

こういう存在である鶴瓶さんのポジションって、少々のことがあっても、揺るがないと思うんですよ。だって、鶴瓶さんがいないと、みんな困ってしまうから。

 

病気の人がいて、優秀な医者もいて、世の中には情報が溢れているけれど、今の世の中には情報が多過ぎて、その取捨選択をすることはけっこう難しい。

みんな、何を信じたら良いのか、迷っている。だからこそ、鶴瓶さんのような「ハブ人間」は貴重な存在なのです。

 

もちろん、そう簡単にできるような生き方ではありませんが(専門的な技術を極めるのとはまた違った難しさがあるはずです)、「いい人」であることは、けっして「損をする」ばかりではない。

ネットはものすごく便利だけれど、発信している人の顔が見えない情報が多くて、盲信できないところがあります。「ハブ人間」は、これから、さらに必要とされていくのではないでしょうか。

「いい人」であることは、いまの時代、最高の「生存戦略」になりうるのかもしれません。そうなること、そうであり続けることには、多大な努力が求められるのだとしても。

 

 

【著者プロフィール】

著者;fujipon

読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。

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Twitter:@fujipon2

 

(Photo:dannebrog)