こんにちは、ビルマテル株式会社、取締役の白井 龍史郎です。
前回、「熱中症を予防するスポーツ用の帽子」が5年の歳月をかけて製品になるまでのお話をさせて頂きました。
しかし、製品化の後には「売る」という、最も難しい仕事が待っています。
そして、それはAirpeakと名付け、アメリカのオーランドで行われていたPGA(全米ゴルフ協会主催)の展示会に出展した時に、露わになりました。
「いい製品だね」
と多くの人に言われるものの、受注には全く結びつかないのです。
「いい製品」であることは前提です。
しかし、買う側にとっては何かが足りないというでもあります。このギャップを埋めなければ、拡販は望めません。
穴の空いたヘルメット「ヘルメッシュ」(詳しくは第1回ご覧ください)を製品化した時も全く同様でした。
結局のところ、「ヘルメッシュ」が爆発的に売れたのは「製品を開発すること」と、「売れるように改良すること」を辛抱強く行ったからです。
今回、Airpeakを展示会に出品し、顧客の声を聞いて強く感じたのは
「スポーツの世界は、どの程度の効果があるのか、数字を求められる」という点でした。
ですので、この時点でまず解消すべきは、
「他の帽子より定量的にどの程度熱中症に効果があるのか?その根拠は何なのか?」
という疑問を解消することでした。
それに真正面から答えない限り、新しいコンセプトの製品を購入するユーザーはもちろん、将来的にライセンスを販売したいメーカーとの交渉もうまく行くはずはありません。
したがって、この時点でAirpeakが本当に効果があることをデータで示し、その理論的な裏付けを行うことが必要でした。
では、それをどのように行うか。
最も効率的な方法の一つは、その効果を科学的に証明しているデータを探すことです。
そのため、我々はスポーツ科学の世界で論文を広く探しました。
すると、下記のような論文が寄本明氏という大学教授により発表されていることがわかりました。
それは、「輻射環境下、運動時の頭部保護に関する実験的研究」という論文でした。
太陽からの輻射熱は、運動に置ける行動限界を決定する要因となると考えられ、体温調整上、放熱に大きな影響を及ぼすことが示唆されている。
そのため、輻射環境下での長時間暴露や身体活動時には、輻射熱から身体を保護する必要があり、体温調節中枢のある頭部の保護は最も重要であると考えられている
(出典:寄本明・岡本進・佐藤尚武 滋賀県立短期大学学術雑誌,(1983年).25 123-126)
その論文は、わかりやすく言うと、直射日光の当たる炎天下の中で頭部を守ることがいかに大事なのか、と言う研究でした。
しかし、読者の皆様はこう思うでしょう。
「炎天下のもと、帽子を被った方が良いことは当たり前じゃないか」と。
その通りです。
しかし、この研究には続きがあり、白眉だったのは、これに続いて「どのような帽子の形状であれば、より熱中症が防ぎやすいのか」という考察をしている点です。
「運動時の着帽効果に関する実験的研究(続)–改良型防暑帽の効果について–」
従来の運動帽は、太陽光の遮断に役立ったとしても、頭頂部皮膚面からの発汗による蒸れを調節する働きにかけている。
しかしながら、ヘルメットのような二重構造の帽子では、蒸れや蓄熱を抑制し、高い防熱効果を示す報告がある。
(出典:寄本明・岡本進・玄田公子・佐藤尚武 デサントスポーツ科学 .4 280-287)
そこには非常に価値ある考察が示されていました。
我々がAirpeakとして製品化した風通しをよくするために二重構造にしたスポーツ帽子ですが、寄本教授も全く同じ発想でなんと30年前に開発しようとしていたのです。
我々は早速、寄本氏にアポイントを取り、話をうかがいに行きました。
そして、寄本教授のお陰で、我々のAirpeakは非常に大きな進化を遂げることになります。
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今回は、その寄本教授にインタビューをして、研究当時のお話を聞いてみました。
白井:この論文を見つけた時は衝撃でした。
寄本教授「これはもう30年前の論文なんですよね」。
なぜ帽子の研究をやろうと思っていたのですか?
「子供の時から帽子って本当に意味があるんだろうか?と思っていました。小学生は赤白帽をかぶることが決まっていますが、頭の中で蒸れて暑くなって帽子脱いじゃうんですよね」。
帽子を被ることに意味はないのですか?
「いいえ、帽子を被ること自体には重要な意味があります。直射日光を防ぐことができるからです。特に頭皮は熱に鈍感で、暑さに気づきにくい傾向があります。
頭の温度が上がると、発汗作用を促すことがわかってます。結果的に、目眩や脱水症状を起こしたりとか、熱中症にかかりやくなるのです」。
では帽子を被ることの何が問題なのですか?
「帽子を被って太陽光を遮ることは効果的なのですが、問題は帽子を被ることで頭の中で蒸れてしまうということが問題なのです。
ですので、帽子を被れば直射日光を遮ることができるが、帽子を被ると頭の中が蒸れてしまうという相反する課題が帽子にはあったのです」。
相反する課題をどのように克服したのですか?
「実はそれを解決するヒントは、日本の伝統的な帽子にあったのです。それがすげ笠です。
その当時、労働科学研究所の肝付先生という方が農作業用の帽子を研究していて、最も涼しい帽子は『すげ笠』と結論づけられていたのです。
(写真:photolibraryより引用)
すげ笠は、広めのつばの部分で日光を遮ることはもちろんですが、笠を被った際に頭部と帽子の間に空間ができる作りになっているため、被っていても蒸れたりしないのです。
そして、それをヒントに大手スポーツメーカーと協力して、熱中症を予防する帽子を開発し、それを論文で発表したのがこの帽子なのです。しかし、この製品は、結局販売されませんでした」。
なぜ、発売されなかったのですか?
「カッコよくなかったからです(笑)。帽子の縫製も当時の技術では難しかったです。でも、やはり企業と研究している以上、製品が売れなければいけない開発する意味がないわけで、量産して販売するほどのものではなかったということです」。
30年ぶりに論文が、利用された気分はどうですか?
「いやー、こちらこそ30年前の論文を蘇らせてくれて、研究者冥利に尽きますね。しかも、この形なら売れそうですし、いや売れて欲しいですね。応援してます」。
白井:ありがとうございます。
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現在は、寄本教授にAirpeakの実証実験をお願いしており、論文で示されていた通り、とても良好な結果が得られています。
Airpeakは、一般的な帽子に比べて帽子の中の温度を低く保ち、体感的にも涼しく感じることがが実証されています。
昔、サイゼリヤの経営者が「おいしいから売れるのではない。売れているのがおいしい料理だ」といった趣旨の発言をしていたことを憶えています。
おそらくそれが「販売の壁」です。ユーザーがどのように感じるかを、きちんと検証しなければいかに自信作の製品であっても売れません。
我々は幸いにも、寄本教授のお陰でAirpeakの効果を検証し、その根拠までを示すことができたことで、「販売の壁」を超える大きな一歩を踏み出すことができました。
実際、検証データを持ってからと言うもの、各メーカーとの交渉もスムーズに進むようになりました。
上に紹介したサイゼリヤの経営者の言葉を直せば、
「良いものが売れるのではない。売れるものが良いものだ。」と認識し、「良い機能を持つ帽子だから売れるはず」という思い込みをしないことが重要なのだと思います。
余談ですが、「販売の壁」を乗り越えた後、大きな一歩がありました。
横浜市が主催している世界的に有名なトライアスロンレースである2017 世界トライアスロンシリーズ横浜大会での公式キャップに採用されたのです。
こちらについてはまた後日にご紹介したいと思います。
(⇒ To be continued……)
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