はじめまして、ビルマテル株式会社、取締役の白井 龍史郎と申します。
弊社はアイデアやデザインなどの知的財産を権利化し、商品化する、いわゆる知財を基にした事業をしております。
その中で最も大きな事業の1つが、「熱中症の予防」に関するものです。
もちろん「熱中症の予防」と一口に言っても、様々な対策がありますが、弊社が特許権などの知的財産権を持っている分野は
「産業用ヘルメット」と「スポーツ用の帽子」
においてです。
中小企業が知的財産権を活用して、商売をするとはどのようなことなのか。
今回は「産業用ヘルメット」の事例を用いて、その話を書いてみたいと思います。
そもそもの弊社の商売の興りは、私の祖父の代に遡ります。
私の祖父は戦後に会社を興し、主に「セメント用の砂利、砂」を扱う事業を行っていました。当時は国土の再建のために、大量の建材が必要とされたからです。
そして時は流れ、高度経済成長がひと段落し、ビルが立ち並ぶと建材の需要も落着き、過当競争によって価格も下がりました。もちろん会社の業績にも影響が出ます。
そのため、祖父から代替わりした現会長は「付加価値の高いサービス」を求め、ビルの屋上の緑化事業を立ち上げました。
これが今から30年ほど前からはじめた事業であり、現在でも弊社の主要な事業の1つです。
そんな屋上緑化事業をはじめて間もない頃、屋上で作業をしていた社員の何名かが、熱中症で倒れることがありました。
当時、普通に使われていたヘルメットは通気性が悪く、炎天下で作業をすればしばしば、頭部の温度は危険な状態になります。
そこで現会長は「社員の健康を守るのは会社の責任である」と考え、この解決に乗り出しました。
そして、ここから会社の方向性が知財を活用した「知識集約型」へと大きく変化します。
では、具体的にどうすれば「熱中症の予防」ができるでしょう。
様々な方法がありますが、弊社が着目したのは「ヘルメット」でした。
熱中症はヘルメットの内部の温度が高すぎることにより発生する。
↓
ヘルメットの通気性が確保できれば帽体内部を冷却できる。
↓
穴の開いたヘルメット作れば良いのではないか。
このアイデアを形にするとこのようなヘルメットになります。
そこで、弊社はこのアイデアを特許化し、権利化することにしました。しかし、新規性・進歩性が認められず、特許化に至りませんでした。
会長は今までの経験上、特許で守られないものはいずれマネされて資金力が豊富な大企業に負けてしまうという思いがありました。このアイデアを特許化するために更にアイデアを練るのです。
その結果、考えついたのが二層構造にして、穴をずらせば、異物の侵入を防ぎながら、通気性を確保することができる!ということです。
さらに穴の部分は畝(うね……出っ張り部分)をつくることで、薬品など液体の侵入も防ぐことができるのです。
このアイデアを形にするとこのようなヘルメットになります。
ヘルメットの通気性を確保するための穴と畝構造により、新規性・進歩性が認められ特許化に成功したのです。更に、会長の夢であった海外展開も視野に入れ、弊社で初の国際特許の取得にも成功しました。
権利化してからは生産、販売です。様々な人からの協力を受け、金型まで作り、試作品を完成させました。
しかし、新たな壁が立ちはだかります。
当時のJIS(日本工業規格)を満たすことができなかったのです。
JISにはこうありました。
① 通気孔の位置は、帽体の左右側面であること。なお、帽体の左右側面とは、帽体外表面を上 方から見て周方向に分割したとき、前後 60 度未満の位置をいう。(下図参照)
① 通気孔の位置は、帽体の左右側面であること。なお、帽体の左右側面とは、帽体外表面を上 方から見て周方向に分割したとき、前後 60 度未満の位置をいう。(下図参照)
これを読むと、ヘルメットの上部に通気口を設けるのはダメ、ということになります。
ヘルメットの目的は頭を保護することであり、孔を開けることでその中に異物が入り込んでしまったり、強度が落ちてしまってはダメである、という規格の主張です。
現会長は私達のアイデアは通気性を確保しつつ、十分な強度の確保と異物が入り込む危険性の排除が出来ていると確信していました。
現会長はなんとかこれを認めてほしい、と当時の労働省(現厚生労働省)に足を運び、「この発明を認めてほしい」と、陳情しました。
何しろ、「二層構造のヘルメット」は前例がないのです。法律や規格は「まだ見ぬもの」に対してのものではありません。法律や規格で規定されていないものには冷たい反応でした。
しかし、現場では多くの社員たちが熱中症に悩んでいるのです。
役所に人脈やツテなどは、弊社に当然ありませんから、現会長は何度も飛び込みで労働省に足を運びます。
が、そのたびに門前払いを受けました。しかしこれには社員の健康がかかっています。あきらめる訳にはいきません。
それでも何度も何度も、「デモンストレーションをさせてくれ」、と労働省に足を運んでいたある日、ある一人の官僚から
「最近、何度も来ているね」
と声がかかりました。その方は退任間際ではありましたが、非常に多くの実績を残した力のある方で、「これは何かある」と、現会長に声をかけてくれたのです。
これは千載一遇のチャンスでした。
現会長はヘルメットの安全性を証明するために、常に持ち歩いていたじょうろと水を使い、水を通さないことを実演しました。
さらに、釘を穴に挿してもヘルメットの中に入らないことを実演し、ついに省内の幹部がそのアイデアを認めてくれたのでした。
「認めた」というのは、すなわちそれはJISの規格を書き換えるということです。安全性が確かめられたことで、JISには次の文章が加わりました。
通気孔より帽体内部を直接見ることができない構造(二重構造、覆い、特殊な帽体形状等) であり、かつ、帽体だけの状態で直径 2.5mm の金属製の試験棒を通気孔へ挿入させたとき、 試験棒が帽体内部に到達しない構造の場合には、上記①~③は適用されないものとする。た だし、このような構造は容易に取り外しできない構造で、衝撃試験等によっても容易に脱落 しないこと。
弊社のアイデアに沿うように、「この場合はどこでも孔をあけて良い」という、例外規定を設けていただいたのです。
しかし、ここまで、試作品の開発から実に、二年の歳月が経過、投資も数千万円になっていました。
私達にはこの特許を用いてヘルメットを製造し、販売してくれるパートナーさんが必要でした。
弊社はさっそく、ヘルメットの展示会に意気揚々と乗り込みました。
しかしもちろん、新参の会社に声をかける会社は殆どありません。展示会も終わりに近づき、ヘルメット事業はもう諦めなければ……と、当時、現会長は感じたそうです。
ところが、最後の最後に、一社だけ弊社に声をかけてくれた会社がありました。今このヘルメットを製造販売してくれている国内大手ヘルメットメーカーさんです。
当ヘルメットメーカーの社長はひと目見て「コモディティ化したヘルメットに風穴を開ける商材になり得る!」と確信し、なんと弊社に多額の契約金を支払って、独占製造販売契約を結んでくれたのです。
弊社の「特許」が初めて大きな収益を生み出した瞬間でした。
その後も弊社はヘルメットの改良を着々と続け、幾つかの特許を生み出します。
例えばヘルメットメーカーさんから、「二層構造である分、ヘルメットが重い」と言う申し入れがありました。顧客から「通気性も良いし、安全性は信頼できるが、ヘルメットが重く感じる。」という声を頂いたそうです。
しかし、ヘルメットをこれ以上軽量化するのは安全性の面で非常に難しく、材質を変えればコストが嵩みます。
そこで弊社は発想を変えることにしました。
つまり、ヘルメットが重く感じるのは「重さによるもの」と言うよりはむしろ、頭にしっかりヘルメットが固定されていないため、頭を傾けるたびにヘルメットが動くので重く「感じる」のです。
頭にしっかりとヘルメットを固定してしまえば、ヘルメットは軽く感じるのではないかと考えたのです。
そこで弊社は、「片手で」「簡単にヘルメットを頭に固定できる」アジャスターを生み出し、ここで特許を取得しました。
このアジャスターは一般的なヘルメットにも採用され、総出荷数は1700万個以上になります。
この二つの特許により、ヘルメットは爆発的に売れ、これまでに二層構造の特許が使われたヘルメットの出荷総数は160万個を超えたのです。
(現在の市販品「ヘルメッシュ」 参考URL http://www.tanizawa.co.jp/library/2008/07/post_11.html)
このように、一介の中小企業であっても、「現場の課題」を確固たる信念と工夫によって乗り越え、その工夫を「特許化(知財化)」して活用すれば、高収益な商品を生み出すことは可能です。大企業でなくとも、知財を活用した知識集約型のビジネスは十分成り立つものだと感じています。
そしてこの「ヘルメット」の技術は、帽子業界の常識を覆す「熱中症を予防するスポーツ用の帽子」につながっていくのです。
(⇒To be continued……)
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