競争が嫌い、だから資本主義は嫌、という人がいた。
まあ、言わんとしていることはわかる。
「何を望むのか」と聞くと、
「とにかく、競争がイヤ」なのだそうだ。
まあ、そうだ。競争は疲れる。
「社会保障を手厚くして、(その人の言うには、例えばベーシック・インカムのように)競争に参加しなくても、ふつうの生活ができて、人としての尊厳が保たれるようにしてほしい」
それが、あるべき姿なのだそうだ。
社会保障の原資はどうする?と聴くと、
「原資は、富裕層に課税、企業に課税で、調達すればいいじゃない。」
という。
「競争させられるよりはいいし、働く人は言われなくても働くでしょ。だいたい、経済って、人にとってそんなに重要じゃない。」
と、彼は言った。
彼は、自由市場、競争、私有財産を嫌っているようだった。
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実は、自由市場も、競争も、私有財産もない世界が、かつて現実に存在したことがある。
それは、戦時の「軍国主義」下の体制である。
かつて、その代表格、ファシズムは資本主義に嫌気が差した大衆に、熱狂的に支持された。
その理由は、ファシズムが本質的に「脱経済化」を目指したからである。
「経済的な優劣により、社会の序列が決まるわけではない」
というのが、彼らの主張は、大衆の耳に心地よく響いた。
もちろん、目の前にある経済的不平等を一朝一夕に解消はできない。徴税や社会保障を通じて、徐々に金の流れを変えなければならない。
また、人は「金」を受け取っても、承認欲求が満たされない限り、世の中に不満を持ち続ける。
だから、公約は簡単だが、それを実際に制度化するのは難しい。
では何によってファシストたちは大衆を満足しようとしたか?
それは、「理念」「文化」である。
ファシズムは、いずれも民族意識や伝統などを重んじる。
富者も貧者も、その前では平等であるべき、と論じる。
例えば、ナチスは労働者階級の社会的地位、重要度、平等性を担保するべく、彼らを「英雄」として扱った。
具体的には、小作農をナチスは保護した。
諸々の演説、催事、祝祭によって賞賛されるだけでなく、一定期間、町育ちの少年少女を小作農の下で働かせ、小作農たちの自尊心を高める工夫をした。
さらに、下層労働者も保護された。
下層労働者の社会的地位を高めるため、「労働奉仕」の名のもとに、あらゆる成人男性を身分や収入にかかわらず働かせた。
あるいは、市民軍、親衛隊、青年団、各種婦人団体など、準軍事組織が数多く作られた。
その目的は、「経済的に恵まれない層の人間が命令し、恵まれた層がそれに従う」という構図を作るためである。
もちろん、その組織の中では、経済的な階層とは逆の方向に昇進が行われるよう細心の注意が払われており、「経済的弱者」は、その「脱経済活動」の中で、強者への優越的地位を利用して溜飲を下げることができた。
さらに、ファシストは、社会の恵まれない層に対して、恵まれた層の特権だった非経済的な贅沢を与えた。
例えば「歓喜力行団」がそれである。
彼らは、多くの恵まれない層に、「安易な自己肯定感」を与え続けたのである。
歓喜力行団は娯楽の「喜び」を通じて労働の「力」を回復させるための党組織で、1933年より音楽コンサートや日帰り旅行、リゾート地やクルーズ船での保養など、それまで労働者階級には手が届かなかったような中産階級的レジャー活動を広く国民全体に提供した。
バルト海のリューゲン島の砂浜にある巨大な保養施設プローラや、数多くの大型クルーズ船(いわゆるKdF-Schiff)はその好例である。他の主要な渡航先として大西洋にあるポルトガル領マデイラ島などが挙げられる。
歓喜力行団はただのレジャー・娯楽組織ではない。歓喜力行団の究極の目的は、余暇活動を上流階級から下流階級まであらゆる大衆に格差なく提供し、階級ごとに分断されたドイツ人を階級対立のないひとつの「民族共同体」にまとめる橋渡しをすることであった。
知られているとおり、貧しく、無知な人々から大きな支持を取り付けたナチスは、「独裁」に突き進むことになる。
以上から見て分かる通り、ファシズムのような全体主義の究極の強みは、
「自分の生活レベルは低いままだけれど、それ以上に、上流のいけ好かない奴らの方が、激しく没落しているよね」
という、成長をともなわずとも得られる満足感、いわゆる「メシウマ(他人の不幸で飯がうまい)」なのだ。
そう、全体主義とは「メシウマ」が原動力なのである。
ファシストにとって「弱者保護」や「伝統の重視」、「お金より大事なもの」という大義名分は常に大衆の指示を獲得する武器になるが、「メシウマ」が原動力である以上、全員が等しく貧しくなった時点で、制度は破綻する。
それが、全体主義の欠陥であることは、歴史が証明している。
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ピーター・ドラッカーは、これから訪れる「知識経済社会」は、我々が知るいかなる社会よりも、競争の厳しい社会であると述べた。*1
ということは、世の中にはこれから、「競争に敗れた人」が益々増える、ということでもある。
したがって、競争に敗れた人の尊厳をどう確保するか、は社会にとって非常に大きな課題である。
カネを与えるだけではダメである。身分社会を強化するだけだ。
我々は彼らを励まし、尊厳を与え、社会に貢献できるように場所を作らなければならない。
でなければ、全体主義の再来は、そう遠くない将来に十分に起こりうる現実だ。
*1
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