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東海林さだおの死

漫画家・コラムニストの東海林さだおが亡くなった。2026年4月5日のことだったという。

大げさでもなんでもなく、「一つの時代が終わった」と思った。あるいは過ぎ去ったのだと。

 

おれにとって東海林さだおは、コラムを通じて日本語の文章というものを教えてくれた人であり、漫画を通じて自分の知らない昭和サラリーマン世界を教えてくれた人である。

おれにとってどれだけ大きな存在であったかは、いくら書いても書き足りない。

 

とはいえ、連載を欠かさず読む、単行本をしっかり買う、よき読者ではなかった。

連載していた雑誌を読まなくなると、自然とコラムは読まなくなってしまった。漫画本を買う習慣がなくなると、ショージ君の漫画を読むこともなくなった。

それでもどこかで、令和の今でも東海林さだおが世界を見ているという思いはあった。

 

東海林さだおは基本的に世界の片隅を見る人なので、「世界の大局が安心だ」という思いにはほどとおい。

ただ、東海林さだおのような人がいてくれることが、そのファンがいてくれることが、日本社会の小さくて確かな安心だったと、そう思う。

 

こちらに掲載された記事でも、東海林さだおの文章を取り上げたことがあった。

『令和の日本には「貧乏」がない』

 

「なに、貧乏がない? ケシカラン!」と憤るまえに、中身を読んでほしい。

東海林さだおの後半生(人間のどこからが後半なのだろう?)はたぶん貧乏とは程遠かったとは思うが、決して「ビンボー」の視点を失うこともなかっただろうと思う。東海林さだおは偉大なる小市民であった。

 

令和の今も、若くして東海林さだおのような感覚を持って生きている人はいると信じたい。

少なくとも、高級ではない素朴でB級グルメの世界には、東海林さだおが見出して広めた「感じ」が生きているように思う。

 

「十代よ大志を抱け」

おれが東海林さだおの訃報を聞いて、最初に行ったのが、ゴミ部屋の中から本を探すことであった。

小さなころに父から与えられて、実家を失い一家離散となったときも、手放すことなく持ちつづけたおれにとっての最初の一冊、『ショージくんのコラムで一杯』だ。

むろん、おれが持っているのは文庫本ではなく単行本だ。カバーはすでになくなっていた。

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あらためて読み返して、やはり東海林さだおは文章がうまいし、着眼点も冴えているし、なにより人間くささがにじみ出ていていいなあと思った。

そう思うと同時に、幼い自分の生き方に影響を与えていたのではないかという一編も出てきた。

 

そのタイトルは「十代よ大志を抱け」というものである。

その昔、クラークおじさんは言った。「少年よ、大志を抱け」と。

これは、これから大人になってゆく青少年を励ますための言葉である。

ところが、この言葉のために、いかに多くの青少年の心が傷ついてきたか、クラークおじさんは知らないであろう。

励ますつもりの言葉が、逆に多くの青少年を絶望の淵においやったのである。

少年よ、大志を抱け。

青少年は、すべからく大志を抱かなければならない。

大志を抱けないような奴は、ロクなものにならんぞ、クラークおじさんは、暗々裏にこう脅迫していたのである。

 

「少年よ、大志を抱け」が、令和の今も青少年向きの名言として流通しているのかどうかは知らない。

ただ、少なくとも自分の時代には流通していた。その言葉を、東海林さだおは真っ向から否定するのである。

おれのようなこれから大きくなる子供に対してである。いや、当時の自分は想定読者ではなかったかもしれないが。

 

まあいい、「Boys, be ambitious」である。

Wikipediaなどを読むと実際に言ったかどうかとか、まあ言ったんじゃないかなとか、「Boys, be ambitious like this old man」だったとか、「Boys, be ambitious in Christ」だったとかいろいろ書かれているが、まあクラークおじさんがアンビシャス好きな人だったのはたしかなようだ。

晩年は山師のようなことをして失意のうちに死んだ。

 

それはそうとして、この言葉を「大志を抱けないようなやつはろくな人間になれない」という脅迫と受け取るのは、まあちょっと盛っている。

盛っているが、一方でおれのような小人物は「そうだよな」と納得してしまうところがある。

小志はいかん、とこう言っていたのである。

ささやかな人生でいい、市井の片隅の人生で十分、どう考えてもこういう結論しか出てこない青少年は、ここのところで早くもいじけてしまうのである。

「おれのはどうせ小志だ」

だが、もともと志には、大も小もありはしないのだ。

大切なのは志そのものなのである。

大きい志だの、小さい志だのと、そういう区別をすることがすでに間違っているのだ。

ビヤホールのジョッキじゃあるまいし、大と小とを区別して、「大のほうにしなさいね」などと、クラークおじさんは余計なことを言ったものである。

 

そうだ、おれは子供心にも小志の持ち主だった。

べつに東海林さだおに感化されたわけじゃないと思う。

なんとなく生きていれば、なんとなく生きられるのではないかという、ぬるい楽観主義者だった。

 

自分のことは悲観主義者だと思っているわりに、「人生」とか大きなスケールになると、なんともいえぬ楽観があった。

普通に高校に行って、普通に大学に行って、普通にサラリーマンになって、普通に結婚して、普通にマイカーを買って、普通にマイホームを持つ、そんな人生。

 

……はい、昭和の空気。バブルが弾ける前の日本の空気。それに染まっていた。

でも、そういう時代もあったのだ。そして、実際にそう生きてきた昭和の人たちもいる。

むろん、昭和には昭和の、今じゃ考えられない苦労も競争もあったろう。競争に参加させてもらえない人たちもたくさんいただろう。ただ、昭和の終わりごろに子供だった自分、バブル崩壊前を知っている自分には、そういう昭和の楽観があった。

 

その後のおれの人生といえば、バブル崩壊の余波を受けた父が事業に失敗し、実家も失い、一家離散し、社会の底の方を生きてきた。

おれは就職氷河期世代でもあった。あったが、それとおれとは関係ないところもあって、それは前に書いたとおりだ。

「氷河期からドロップアウトできた人生」

まあ、おれは普通に大学を卒業できなかったし、普通にサラリーマンになれなかったし、普通に結婚できなかったし、普通にマイカー持ってないし、普通にマイホームを持っていない。

四十代の半ばを過ぎて、東海林さだおが得意分野の一つとしていた、「ビンボーな大学生」のような生活をしているといってよい。

毎日雪平鍋でうどんを茹でて食べる毎日です。

 

こんな世界にだれがした?

さて、話を「十代よ大志を抱け」に戻そう。東海林さだおはこのようなことを書く。

人間の歴史は、小志の連中が大志の連中に舵取りをまかせてやってきたわけである。

その結果が、今日のこの地球の姿である。人類は、あと数十年しか生きられないであろうという悲惨な情況になってしまっているのである。

大志の果ての連中にまかせたばっかりに、とんでもないことになってしまったのである。

クラークおじさんに代わって、今度はぼくが断固として言う。

「少年よ、大志を抱くな」と。

 

この原稿の最後には「49.1」とあった。昭和49年1月に書かれたものだろう。

昭和49年の数十年後に人類が滅ぶとは、どの終末論だろう。ローマクラブの「成長の限界」がこの二年前くらいに出ている。

それに限った話ではなく、人口爆発や環境汚染への不安が世界を覆っていたのもまた一つの事実だろう。あるいは冷戦、核戦争もあるか。戦後の昭和は決して明るい未来へ邁進していただけの時代でもなかった。

 

して、「人間の歴史は、小志の連中が大志の連中に舵取りをまかせてやってきたわけである」という物言いをどう思うだろうか。

「少なくとも民主主義の社会では一人ひとりが舵取りの主体であって、このような他人事の考え方は許されない!」と怒る人もいるにちがいない。

 

しかし、おれはこれにも同感なのである。だいたい、民主主義で舵取りをしようと、たとえば政治家になろうと手をあげようという人間は、一般的な人間像と一致するだろうか。

思い出してほしい。学生時代に、クラスのほとんどの人間が学級委員長になろうと手をあげたり、全校生徒のほとんどが生徒会長になりたいと手をあげたりしただろうか。そんなのは、ごく一部のやつだった。

 

なんならちょっと真面目すぎるとか、変わり者だとか、そんなふうに思われてはいなかっただろうか。

真面目な人間を冷笑するのは昭和の昔も、令和の今も良いことではないだろうが、やはり少数派だったはずだ。

 

そういう意味で、やはり民主主義にあっても、小志の人間が大志の人間に舵取りをまかせてきてしまったというのは正しい歴史観のように思える。

あるいは、歴史を遡れば、民主主義がありながらもヒトラーのようなカギ括弧付きの「大志」を持った人間にまかせてしまったこともある。

 

とはいえ、だ。このコラムが逆説と絶望だけで終わっていないところがある。

「あるいは、小志の人間が社会をうごかせば、とんでもないことにはならないのではないか」という点だ。

 

でも、実際、どうなのだろう。聖人君子が国の舵取りをしたこともあれば、悪逆非道な人間が国の舵取りをしたこともある。

思想や設計が正しいと信じ込んだ指導者たちによって、ひどいことになったこともある。でも、やっぱり小志の人間が舵取りをした例はないんじゃないかな。今後も、たぶん。

 

小志すら抱けなくなった時代に

そんな「小志」の思想を令和のいま読んだ。大きな共感がまだそこにはあった。

が、正直にいえば、やっぱり「小志」も今や贅沢な望みだよな、と思う自分がここにいる。

 

「ささやかな人生でいい、市井の片隅の人生で十分」。これ自体、なかなか困難なことだ。

片隅とはいえ、まずは「市井」の中にぶらさがっていなくてはならない。

いまの時代、市井、すなわち庶民や大衆でいることは、なかなか大変なことだ。

 

先に「貧乏がなくなって貧困や困窮がなりかわった」ことについての記事を紹介したが、それと同じように「片隅」もなくなってしまったのではないか。

庶民や大衆でいることのハードルが高くなって、大志とはいえなくとも、金を稼ぐ人間としての有能さを抱いていなくては、小志の人生も歩めない。

 

もちろん、昭和の昔は福祉もなにも今に比べて充実していなかった。

とはいえ、どこか貧乏であることの余裕、片隅にいる余裕があった。そのような幻想がおれにはある。

そして、今はもう、市井の真ん中にいられなくなったら終わりだ。市井の下に追いやられる。そこは地下だ。落ちたら終わりだ。その嫌な緊張感がこの社会を覆っている。そんな気がしてならない。

 

そんな令和らしく、AIにも「少年よ、大志を抱け」について聞いた。そしたら、こんなことを返してきた。

令和の若者からすると、

「大志は抱くとして、その前に家賃と奨学金と物価をどうにかしてくれ」

という感想もありそうだ。

現実的なやつだ。

 

大志を抱くにしても、あるていど余裕があったほうがいい。

もちろん、立志伝中の人はものすごい底から這い上がったりしているが、それは稀の稀だ。

 

そして、稀でない小志の人にとって、家賃や奨学金や物価はものすごく重要だ。

べつに高望みはしない。ただ、人間、せめて小志くらいは抱いていいはずだ。

 

できれば、そのくらいの余裕のある世界であってほしいが、舵取りをしている大志の人たちはどう感じているのだろうか、おれにはよくわからない。

 

 

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【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :wikipedia

「転売ヤーだけは許せない」

そう考える人は多いが、なぜ転売で金儲けするのはダメなのだろうか。

 

「需給を乱して、流通や社会の秩序を混乱させるから」

間違いなくその通りだが、では需給を乱さず流通や社会を混乱させない転売なら、なんとも思わないだろうか。

きっと、なんとも言えないモヤモヤ感があるだろう。右から左にモノを流す「不労所得」で稼いでいるように感じるからだ。

 

他人のすることなら、多くの人がそんな嫌悪感を持つ。

不労所得という行為に、卑しさを感じる。

しかしそれが自分事になると途端に、その価値観に鈍感になる人はとても多い。

 

「転売と商売の違い」を自分の言葉で語れる人は、いったいどれだけいるだろうか。

 

「どうやって利益出すねん」

そんなことを思い知らされたのがもうずいぶん前、友人と一緒に飲んでいた時のことだ。

「頑張って4000万円の資産を作ったねん。Fire(早期リタイア)にはまだ心もとない金額なんで、起業しようと思っている」

 

大手企業に勤める友人が、そんなことを話す。

独身ということもあり、都内での勤務時には実家から通っていたと聞いていたので、かなり余裕があったのだろう。

気がつけばひと財産になっていたというのは、なんともうらやましい話だ。

 

「帰れる実家があるうえに一人なら、それだけあれば人生逃げ切れそうやん。致命傷にならん範囲で起業してもええんちゃう?」

「そうやねん、でも何していいのかどうもわからなくてな…」

 

大手で長い間勤め上げた知人からよく聞く、典型的な“起業相談”だ。

お金に余裕ができたので、勤労意欲を維持することが難しい。

 

会社を興すことに漠然とした想いがあり、最低限というには十分な資本金がある。

しかし大手で務めていたがゆえに、自分の強みが何なのかよくわからない。

 

営業職であればどうにでもなるが、技術職の彼がひとり親方で独立したところで、販路をつくることは難しいだろう。

まして彼の技術は大企業の環境ありきで、工場や研究設備を持たない個人の起業で仕事を貰えることは考えづらい。

そんなこともあり、本来なら止めるべきなのかもしれないが、そうもいかないのでこんなアドバイスをする。

 

「自分で営業も販路開拓もできないなら、すでにマーケットが十分に認知されている領域でしか無理やん。小売りとか飲食のような、大きな努力なしで売り物を認知してもらえる業態のことやけど」

「どういうことや?」

 

「よく知っている商品やサービスを、“少し安くて少し良い商法”で提供するなら、少なくとも消費者に興味は持ってもらえるってことや」

 

そんなものは、右から左にモノを流すだけで何の付加価値も生み出さないじゃないかと不満そうな友人。

少しでも付加価値を生み出していることを実感したい、そんな商売をしたいという。

 

しかし営業力や販売力がないということは、顧客の付加価値を想像できないということでありムチャである。

「なら本当にキャリアとは畑違いになるけど、少し本気で修行して飲食をやるしかないんちゃうかな」

「いや、それは無理やろ」

 

「なんでや?」

「飲食って、そもそも俺は食材を安く仕入れるルートを持ってないやん。どうやって利益出すねん」

 

「…それ、本気で言ってるんか?」

彼のように、飲食業を勘違いしている人は本当にとても多い。

 

「小さな居酒屋をやりたいんだけど、安い仕入先ってどうやってみつけるの?」

かつて、そんな質問をされたこともあるほどだ。

こう考える人は、起業そのものに向かないのでやめた方がいい。なぜか。

 

考えてもみて欲しいのだが、飲食ほど過酷に「付加価値」を要求される業界はない。

自炊なら500円で十分満足できる“食事”という行為に、800円、3000円、時に1~2万円を出してもらわなければ成立しない商売だからだ。

 

牛丼800円であれば、美味しいうえに料理や後片付けの時間と手間を削減できること。

焼肉とビール3000円であれば、それに加えプロならではの技術と味、外食らしい満足感を楽しめること。

フレンチのコースとワイン2万円であれば、それに加え非日常の空間とサービスによるもてなしを堪能できること。

 

それに満足することができてこそ初めて、500円で済む食事という行為に2万円を出していいと思える付加価値がつく。

 

言い換えれば、ビール大ビン1本を400円で買えることなど良く知っている顧客に、喜んで700円出してもらうのが飲食業だ。

700円で満足してもらえるアテやサービスを先に考えるのが筋であり、「安い仕入れルート」を語るなど100年早いというものである。

 

そんなことを話したうえで、改めて聞く。

「例えばお寿司屋さんが朝から市場に仕入に行くのは、スーパーよりも安くマグロを仕入れる為じゃないやん。むしろスーパーで売ってるより高価な本マグロを仕入れてるんやぞ」

「…確かにそうやな」

 

「どんな分野でもそうやけど、安く仕入れるルートを確保して、それを消費者価格で販売するだけで儲かり続ける商売なんか存在しないんちゃうかな」

「わかった、少し冷静になって考えてみる」

 

未開封のガンプラ

話は冒頭の、「転売と商売の違い」についてだ。

結局彼は独立することなく、その後もずっと同じ会社で仕事をしているが、本当に良かったと思っている。

自分の思考ルーティンが「転売」の発想でしかないことに、気がつくことができたからだ。

他人の転売行為には嫌悪感を持ちながらも、自分で起業を考えた時にはこれほどに、転売の発想から抜けきれない人はとても多い。

 

そもそも、「安定的に安く仕入れるルート」などというものは、成功し強者に昇りつめたものだけに、事後的にもたらされる特権でしかない。

そんなことは、私たちも日常、コストコや業務スーパーに行けば肌感覚で知っているだろう。

鶏もも肉を2㎏買えば100gあたり100円で買うことができるが、400gの小口パックだと120円になる。

 

会社経営でも同じで、例えば毎月3000万円の決済額の小売店の場合、カード手数料で3%持っていかれる。

しかしこれが1億円の決済額になると、決済代行会社が営業に来るようになる。

「1.8%にしますので、ウチに乗り換えて下さい!」

高い仕入れでも顧客を満足させる付加価値を生み出し続けた、その先にある結果の果実でしかない。

 

「転売と商売の違い」を考える上で飲食ほど、わかりやすい業界はない。

誰でも簡単に手に入れることができる400円の瓶ビールに、700円出してでも行きたい付加価値を提供できるお店に育てることができれば、それは誇るべき商売だからだ。

顧客のニーズに応え続ける限り、安定的な再現性があるのだから。

 

希少性や時限性のあるものを仕入れ、それを高値で売る「転売」には、安定的な再現性が全く存在しない。

「せどり」と呼ばれる行為も同様で、地域や販売店で価格差のあるものを見つけ出し、安く仕入れて高く売る儲け方にも安定的な再現性がない。

そんなものは、商売ではない。

 

「そんなこと言ったら、中古車や貴金属の買取業だって、規模を大きくしただけで再現性がないので転売じゃないか」

そんなお叱りを受けるかもしれないが、安定的な再現性があるということは間違いなく、誰かの付加価値になっている。

 

「親が集めていた未開封のガンプラ」は、昭和のオッサンには宝物だが、令和の若者には無価値なゴミでしかない。

無価値に感じる人から価値があると感じる人への橋渡しには安定的な再現性があり、誰かの幸せになっている。

 

再現性を失えば、事業が潰えるというだけに過ぎない。

転売行為が長続きしないように、社会から必要とされなくなったということである。

 

人によって言語化に差はあるだろうが、「転売と商売の違い」とはおそらく、そういうことではないだろうか。

少なくとも、400円の瓶ビールを700円で売る方法すら見当がつかない人に、起業は向かない。

 

 

 

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【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など

偉そうなこと書きましたが、なんせ起業するようなヤツは総じてどこか頭がおかしいです。

X(旧Twitter) :@ momod1997

facebook :桃野泰徳

Photo:Crystal Jo

ここ数年、進化生物学の書籍を年に数冊は読むよう心掛けているのだけど、20年前からは随分進歩したことを言っていて、たとえば過去に話題になった『銃・病原菌・鉄』もだいぶ遠くになったなぁと思ったりする。

 

特に最近の私が特に関心をもって眺めているのは、人間の子どもがきわめて未熟である点だ。

人間が、それ以前の人類と比較して幼若な状態で生まれてくる傾向があるのは20世紀から言われていたことだ。いわゆる「ネオテニー」という現象である。

 

旧い種だったら未熟すぎる状態で生まれてきて、成長してもその幼若さの面影が残るネオテニーは、ホモ・サピエンスと旧人類を分ける大きな特徴のひとつだった。

が、そのネオテニーに関連して、そもそもホモ・サピエンスの新生児が自力では首すら持ち上げられないほど未熟な状態で生まれてくる:このことに私は関心を持ち続けている。

 

なぜなら、ホモ・サピエンスの新生児がとりわけ未熟な状態で生まれてくるとは、生まれてきた段階では神経発達、特に脳の神経発達がまだまだの段階にあるってことだからだ。

 

人間は脳の神経ネットワークが未完成な状態で生まれてきて、その後、乳幼児期から思春期にかけては身体的な発達と並行して神経ネットワークも発達させていく。

そうであるなら、人間の神経ネットワークの形成のある部分は先天的だとしても、ある部分からは後天的な刺激や環境要因によって左右されるはずである。

 

この「人間の神経ネットワークの形成のある部分は先天的だとしても、ある部分は後天的な刺戟や環境要因によって左右されるはず」の部分についてアップトゥデートな見解を持っておくことが、臨床的にも、子育てのうえでも、本当は大事ではないかと思えてならない。

 

生まれたての脳は脆弱で発展途上

人間は非常に大きな脳を持って生まれてくる動物で、そのことが女性の骨盤のかたちや難産的傾向の背景ともなっている。

手許の成書によれば、生まれたての新生児の脳のサイズは350gで、成人になる頃には1450gにまで成長する。当然、その間は神経細胞の数が増え続けるし、神経ネットワークも拡大し続ける。

 

中途からは増大と拡大だけでなく、神経細胞や神経ネットワークの“刈り込み”も行われる。そうして人間の脳が解剖学的にも機能的にも拡大し続けることが知られている。

 

実際に子育てをしてみると、人間とその脳がいかに発展途上な状態で生まれてくるのか、うかがい知ることができる。

生まれてきて間もない赤ちゃんの頭はふにゃふにゃとしていて柔らかく、壊れ物のように扱わなければならない感じがする。

 

頭がふにゃふにゃしていることは、狭い産道を通過するにあたっては有利だろう。この、ふにゃふにゃとした頭のつくりは大泉門と小泉門という頭蓋骨の隙間によるものだ。

隙間のある頭蓋骨は、赤ちゃんが産道を通り抜けるうえで有利なのに加えて、巨大化していく脳にあわせて頭蓋骨を拡張していくにも適したつくりになっている。

 

そうした頭の隙間が閉まるか閉まらないかぐらいの時期の赤ちゃんの頭を触ると、心臓のような拍動を感じる。

赤ちゃんが何かに夢中になっている時には、頭のてっぺんが少し紅くなって熱を持ち、すごい量の汗をかいたりする。

 

そのとき赤ちゃんの脳は膨大なエネルギーを消費し、五感や身体を稼働させるのと同時に神経ネットワークを急速に構築しているのだろう。

頭のてっぺんが熱を持つ現象は小学校低学年ぐらいまで持続し、『マインクラフト』のようなゲームをプレイしている時などは、頭から湯気が出るのではないかと思うほど激しく汗をかいていたものだ。

 

ハードウエアとしての脳の発達と並行して、ソフトウェアとしての脳も発達していく。

精神分析的な発達理論によれば、乳児期から幼児期にかけては心理発達にとってきわめて重要で、養育者との情緒的な結びつきや超自我の形成など、その後の対人関係や社会適応の基礎を身に付けていく時期とみなされている。

この時期に虐待やネグレクトがあったり、望ましいコミュニケーションの応答ができなかったりした場合には、後にさまざまな精神疾患の呼び水たり得るとされている。

 

「精神分析など古臭い」、と思う人も当然いよう。しかし、これとコンパチブルな話を進化心理学の著作物で見かけることが最近は増えてきた。

たとえばケヴィン・レイランド『人間性の進化的起源: なぜヒトだけが複雑な文化を創造できたのか 』には、子どもが親の目線や指差しに早い段階から反応し、親と視線を共有するさま等、ホモ・サピエンスの赤ちゃんが親から学習する能力の高さが記されている。

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そうした学習内容のなかには、精神分析でいう超自我に相当するエッセンスも含まれている。

同書には、人間が協力的な集団を作って暮らすためにも幼い頃から規範を学ばなければならず、また、大人たちはそれを教えなければならないと記されている。

 

またジョセフ・ヘンリック『文化がヒトを進化させた』によれば、人間の幼児は3歳の段階でもその場の社会規範を読み取り、それに違反している者に抗議することができるという。

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言葉を話したり、身体を動かせるようになったりするだけが発達なのではない。

社会規範を読み取り、目の前の人間がそれを遵守しているか否かを判断するのも、これはこれで高度な社会的認知能力を要する能力だ。

先人がエディプス期と呼んだ時期には、このような社会的認知能力、かつては超自我とも呼ばれた能力も、神経ネットワークの形成と同時進行で育っていく。

 

環境への再注目としての「逆境体験」と「保護的・補償的体験」

ネオテニーな人間が、脳が未完成の状態で生まれてきて、脳のサイズも神経ネットワークも発達させながら学習能力や社会的認知能力をフル活動させて成長していくのだとしたら、月並みだが、生まれた後の学習環境、いわゆる後天的な学習環境がもたらす影響はけっして軽視してはいけないはずだ。

 

動物を観察した実験では、環境からの適切な学習や刺激が得られなければ神経ネットワークがうまく形成されない例が見つかる。

たとえば生まれたばかりでまだ目のみえない子猫に目隠しをしっぱなしで育てると、視力を獲得する機会は永久に失われる。

ラットの母親が赤ちゃんに哺乳する行為も、赤ちゃんからの哺乳刺激が不十分な場合、ラットの母親の母性本能は発現せず、赤ちゃんを殺してしまう転帰を迎える。

 

こんな具合に、動物の行動や能力のなかには、遺伝子には問題なくても、適切な環境や刺激が欠如していればうまく発達しないものが少なくない。

そして人間は他のいかなる動物と比べてもよく学び、よく教え、よく環境に適応する生物だから、生育環境や学習環境の良し悪しによって発達の程度がかなり変わる生物と推定される。

 

精神分析が流行に乗っていた時代には、この、後天的環境がもたらす影響が過大に喧伝されたという。

子どもが上手く育たなかったり精神病になったりした時、病気の原因とみなされたのは親の子育て、とりわけ母親の子育てだった。

 

ところが21世紀になり発達障害ブームを迎えてからは、これと正反対のことを言い出す人も出てきた。

つまり、子どものメンタルヘルスの問題を先天的要素や遺伝的要素に還元しすぎるような、極端な意見を述べたてる人々を私はSNS等でときどき見かけた。

私はそれを、「そこまで言い切ってしまうのは腑に落ちないな」と思いながらずっと見つめ続けてきた。

 

たとえば発達障害として知られるASDやADHDは、先天的要素や遺伝的要素の大きさが統計的に知られている。

統合失調症や双極性障害なども先天的要素や遺伝的要素の関与が大きいとされ、そのことを示すエビデンスも多い。

正真正銘の精神疾患の多くについて、先天的要素や遺伝的要素を意識するのは至当である。

 

他方、正真正銘の精神疾患未満の領域、それこそスペクトラムな診断基準にかするかかすらないかの状態や悩みに関しては、どこまで先天的要素や遺伝的要素で、どこから後天的要素や環境的要素によるのかは、判然としない。

カナー型自閉症のような、発達障害の中核群なら議論するまでもないとしても、たとえば昨今、ブロードバンドに判定される発達障害スペクトラムのグレーゾーンに関しては、どこまでが遺伝的要素によるもので、どこからが環境的要素のよるものだろうか?

 

たとえば、まともな生育環境で育つことができなかった生活歴を抱え、知的発達症のグレーゾーン、ASDのグレーゾーン、ADHDのグレーゾーン、双極性障害のグレーゾーンといったグレーゾーンそろい踏みと喩えるべき状態の症例に出会った時、その人のそうした状態がどこから遺伝に由来し、どこから環境に由来するのか、本当は私にはよくわからない。

 

環境への再注目といえる動きもある。最近は、小児期の逆境体験(Adverse Childhood Experiences: ACEs)や保護的・補償的体験(Protective Childhood Experiences: PCEs)に注目する専門家もいる。

小児期の逆境体験とは、虐待やネグレクトやトラウマになりそうな状況だ。

 

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『小児期の逆境的体験と保護的体験』に記載されているイギリスにおける研究では、高学歴で中流階級の中年の3分の2は逆境体験を体験したことがあるという。

 

小児期の逆境体験は、肥満や心臓病のリスク、心臓病やがんのリスク、さらに薬物乱用のリスクや自殺未遂のリスクをも高める。

体内のストレスホルモンであるコルチゾールの分泌パターンを逸脱させることもあるという。

 

環境が悪ければ悪いほど、メンタルヘルスだけでなく身体的なリスクも含めて悪影響が出るという研究結果は、多くの医療関係者や福祉関係者が予感していたものだろうが、それをきちんと統計的に検証したところにこの研究の価値があると思う。

 

と同時に、同書は小児期の保護的・補償的体験についても述べている。

さきにも挙げたように、小児期の逆境体験はありふれていて、体験したことのない人のほうが少ないぐらいだ。

それでも多くの人が成人後もどうにかやっていけるのは、逆境体験に対して保護的・補償的に働く体験、レジリエンスを高めるほうに働く体験があればこそだ。

 

友人がいること、コミュニティや集団の一員であること、生活が規則正しいこと、メンターがいること、教育を受けること、趣味を持つことなどは保護的・補償的に働く体験にあたる。

音楽やダンス、武術などをやることもそうだ。

 

本書を読みどころは、こうしたことを昔ながらの精神分析的な発達論から説き起こし、統計的な研究結果を踏まえて神経発達の生物学的理論と接続させている点にあると私は感じた。

こうした温故知新な知見を踏まえるにつけても、やはり、環境は子どもの人生を左右するきわめて重要な要素と考えずにはいられないし、そこで子どもが体験すべきことは多岐にわたると思う。

 

昨今、子どもの学習や環境を考えるといって難しい勉強をさせたりハードな習い事をさせたりする向きがあるが、そうしたことが教育虐待にあたり、ここでいう小児期の逆境体験に相当するようでは本末転倒だと思う。

何をもって逆境とするか、何をもって順境とするかという難しい問題はあるにせよ、ともあれ、環境が子どもにもたらす影響には敏感でありたいものだ。

 

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

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twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

熊代亨のアイコン 3

Photo:Ben Wicks

また髪の話してる

気づいたら、このところ床屋に行っていない。いつ以来だろう。よくわからない。

おれはべつに「おしゃれのため」に髪を切らない。髪を洗っていて、「なんか多くてうっとうしいな」と思ったら切る。それだけの話である。

切るときは舐達麻のDELTA9KIDくらいの短いツーブロックにする。気づいたら伸びている。その繰り返しだ。ちなみにメガネもDELTA9KIDに寄せている。

 

それはいい。ともかく、「あれ?」と思うほど髪が伸びない。ただ、襟足にピョコンと伸びている部分があったり、もみあげにビョーンと伸びてきた毛があったりして(それぞれに処理はした)、やっぱり前の散髪から時間が経っているのではないか、と思った。

 

いよいよ、おれもはげてきたか。この間、おれの父親の直葬があった。

25年以上見ていなかった父を、死体という形で見た。だれ? というくらい面影もなかった。

 

死に化粧で妙に若々しくされていた部分もあるだろう。ただ、一つ見ずにはおれなかったのは頭である。頭髪である。

一緒に住んでいた弟から「はげ散らかしている」と聞かされていたので、「そうなのか?」と確認したかったのだ。結果……、散らかりは整えられていたのかもしれないが、はげていた。

 

そうか、いよいよ来たか、という気になった。とはいえ、父がはげ散らかしはじめたのはもっと先の年齢での話だ。おれくらいの歳にはふさふさしていた。

ふさふさといえば、ずいぶん前に亡くなった母の父も、真っ白な髪ではあったが、死ぬまでふさふさしていた。あきらめるにはまだ早い。

 

というわけで、おれはAIにこんなことを聞いた。

「抗がん剤とか関係なく、大病で髪が伸びるのが遅くなるとかそういうことはあるだろうか?」

 

これに対してAIは心強いことを答えてきた。

「あります。いくつかの経路で起こりえます。」

 

AIは人に寄り添い過ぎで危ないというが、やはり寄り添いすぎではないのか。

でも、寄り添われようが、突き放されようが、おれの髪に影響はない。で、いくつかの経路ってなんなんだ?

・栄養・代謝の問題
・手術侵襲によるストレス反応
・全身性炎症
・ホルモン・自律神経の乱れ

こんなことを言ってきた。それぞれの説明付きで。

12月に大手術、その後も2月にストーマ閉鎖と、身体への負荷が断続的に続いていたわけで、栄養もホルモンも「まだ有事モード」が続いていた期間が長かった。髪に回す余裕がなかった、というのは理にかなっています。

 

うん、そうかもしれない。そう思おう。「休止期脱毛(テロゲン・エフルビウム)」なんて言葉もあるらしい。

調べたら「抜け毛」という形で出るらしいので、自分は違うのかもしれない。

まあしかし、大病、入院手術2回、大きかった心理的ダメージ、楽しかった修学旅行、それぞれがおれの髪の毛の成長を遅らせるということもありうるだろう。

 

ところでおれは精神障害者なのだが

というわけで、おれはなんとなく気楽に大腸内視鏡検査を受けたら、NET G1という希少がんが見つかった。

「希少がんがほぼ確定して地獄のなかにいる」

 

そして、ダ・ヴィンチによる6時間の直腸とリンパ腺摘出手術、人工肛門の一時造成、人工肛門の閉鎖手術と、それなりにいろいろあった人間である。

去年の秋から今年の3月はじめまでの話である。そして、5月になった今も手術痕の引きつりと、LARS(「低位前方切除術後症候群」)という排便障害に苦しんでいる。

 

LARSは直腸が無いことによる障害なので、一生治らない。直腸って生えてこないんだぜ。

「人工肛門の一時造設で休戦できたと思ったのは浅はかだった」

 

そんなわけで、今もたまに起こる強烈な手術痕の引きつりで身体がビクンとなって、「アヒャー」となり、そして結局はトイレのことばかり考えている毎日だ。

「結局トイレのことばかり考えている。」

 

……でも、忘れちゃいけないことがある。おれは手帳を持っている精神障害者なのである。おれは双極性障害II型だ。躁うつ病だ。

「おれが抑うつ状態になったときのことを書き留めておきたい。」

「長めの抑うつで失うものを知らせたい」

 

べつに「双極性障害が自分の唯一無二のアイデンティティ」とは思っていたわけではない。

しかしながら、自分の精神、自分という人間を構成する大きな要素だと日々感じて生きてきた。日々感じては、ベッドの中にふせって、会社に「すみません、午後から出ます」とLINEを入れていたのである。

 

それが今、この時点、というか、希少がんがわかったあとはどうだろうか。

正直に言うと、どっかに行ってしまった。そういう感覚だ。

 

もちろん、その期間も月一の精神科クリニックへの通院は欠かさなかった。主治医にも病気の話はした(「今はこっちの問題どころじゃないよね」)。入院中だって、毎日精神科の薬は飲んだ。

 

ただ、薬を飲んだうえで出るのが抑うつの症状であり、薬により寛解しない(ケースがほとんど)なので「障害」なのだ。

いや、そうじゃないよ、そうじゃないから「双極症」だよ、というのが最近の流れらしいのだが、一当事者のおれにその実感はないので「双極性障害」という言葉を使っている。

 

なのにまあ、希少がんとなったらそのショックで「自分という人間を構成している小さくない要素」であるはずの双極性障害がどっかへ行ってしまったのだ。

 

もちろん、その間に、たとえば希少がんのステージ(のようなもの)が決定するまでは「地獄のなか」のような苦しみのなかにいたし、人工肛門がどうしても合わないときも、極度の「ノイローゼ」(という言葉は古いのかもしれないが実感としてはこの言葉がしっくりきた)になって追い詰められていた。

いずれも「抑うつ」といえば「抑うつ」状態だろう。

 

でも、はっきりとした理由のあることだ。

大きな不幸やトラブルにみまわれた人間が一時的に「抑うつ」状態になるだけでは、「うつ病」とは言わない。

そこからどうしても回復しないと「うつ病」ということになる。「大うつ病性障害」ということになる。あるいは、なにも理由らしい理由がないように見えるのに「抑うつ」状態になるのも障害といっていいだろう。

 

おれがおれの双極性障害(躁うつ病)に感じるのは、その最後のやつで、理由を探せばあるにはあるに違いないくらい順調さを欠いた、未来もない人生ではあるものの、「理由のない抑うつ」という印象が強い。

あくまで自分の場合は、だ。まあともかく、希少がんという明確すぎる原因があっての精神が不調をきたすのはある意味「道理」のようなものだ。

それを「道理」といっていいのかはわからないが、「これは双極性障害の症状だ」とそのとき思わなかったのは確かだ。

 

あ、おれ「うつ」の話ばかりしているな。おれの「躁」ってなんなのというと、軽躁もいいところで、派手な散財とか、犯罪行動とか、そういうのが一切なくて、なんとなく不機嫌になって、歯ぎしりをして、イライラを周りちょっとぶつけるくらいで、しかもすごく短い。

なので、たまにおれは自分に躁があるのかどうか疑問に思うことがあると告白しておく。

 

肉体は精神を凌駕するのか

そして今だ。「気づいたら髪伸びてないような気がする」と同じく、「気づいたら抑うつになっていないような気がする」感じがしている。

おれの今の日々は、傷跡の引きつりや皮膚の敏感さ(この「引きつり」という言葉もなにかよい医学用語みたいなのがあればよさそうだが、いくつかあってなにが適切かわからないのでこのまま使う)、そしてLARS、トイレのことばかりだ。

 

これは、身体が、肉体が、精神というものを凌駕している証拠なのではないか? そんなことが頭に浮かんだりする。

 

「筋肉はすべてを解決する」という言い回しがある。言い回しは嫌いじゃないけど、事実、真実として言っている人がいると少しうんざりする。

うんざりするといっておいてなんだが、たとえば自分のような緊急時においては、肉体が精神を上回るんじゃないかと、そういう気持ちになる。

 

もっと平穏なときは違う。ただ、がんとかいう命の危機になると、肉体と精神では肉体の方にリソースを取られる。傷の修復のために、髪の成長が止まるように。

 

まあそうだ、これをして肉体が精神を凌駕するとはいえない。ただ、精神疾患が雨漏りだとすると、がんという巨大台風が来たら、とりあえず雨漏りよりべつの心配をする。

人間の注意資源とかいうものは有限らしいし、一人の人間のなかで注意資源の競合というものが起これば、その優先順位は生命活動の維持のほうに向けられる。そういうことかもしれないし、たぶんそういうことに過ぎないだろう。

 

これからどうなるかもわかったものじゃない。LARSは治らない(コントロールできるようになる、という可能性はある)が、手術痕のほうの問題は解決していくだろう。少しマシになってきている感覚はある。

それでもまだ、喪服を着るのにひさびさにベルトをしたらひどい感じになったりはしたが、まあそれでもだ。

 

そうなったとき、注意資源とかいうものが、ちょっと双極性障害に向けられるかもしれない。

おれはまた、これといった理由もなく身体が動かなくなり、ベッドの中で動けなくなることがおこるかもしれない。その可能性はある。なんともいえない。

 

おれは最初の手術のあと、しばらくリモートワークをしていた。

単純に手術で身体が衰弱(衰弱というのにふさわしい)していたこともあるし、人工肛門をつけた状態で外に出る、文字通りドアを開けて外に出ることに大きな心理的負担があった。

リモートワークはリモートワークで、これはコロナのころもやっていなかったはじめてのことで、いずれなにか書くかもしれないが、それはそれで一つなにか朝から働ける感じもあった。

 

その後、ぽつぽつと出社するようになって、この頃は毎日のように午前中から会社に行くことができる。

いや、おまえ、朝から会社に行くのは普通だろうというご意見もあるだろうが、おれにとってはたいへんなことなのである。

 

でも、なにがそれを可能にしているかといえば、率直にいえば「便意」だ。

便意で朝早く目覚める。トイレに行く。ここからがLARSだ。それが連続で起こる。1時間の間に5〜10回とか行く。「もう出し切ったかな」と思ってトイレから出ても、その瞬間に切迫した便意がくる。「便意」だけならともかく、ちゃんと出る。こま切れで出る。

 

そんな状態になるとどうなるかといえば、眼が覚める。これだけたくさんトイレに行って、眠気を持続できる人間はまずいないだろう。

そうして、たくさんトイレに行った分は遅くなるが、午前中に会社に行けてしまう。これを「疾病利得」というと意味が違いすぎるが、まあしかしLARSのおかげで寝込むことはなくなった。

 

もちろん、夜にLARSの波がくることもあって、朝もそうなると睡眠時間は短いし、何度もトイレに行くのは率直に言ってしんどい、つかれる。

便の状態をどうにかまとめられないか、いろいろ調べたり、AIに聞いたりして食事を考えている。LARSも改善するかもしれない。しかし、改善すると、双極性障害が戻ってくるかもしれない。そのあたりはわからない。いいのかどうかもわからない。

 

あるいは、希少がんがわかった時点から、今までずっと「躁」だったのかもしれない。

日々の検査、診断、入院というイベントへの準備、入院生活、医師や看護師とのやりとり、人工肛門のケア、そのすべてに対して、「躁状態」で乗り切った可能性、それもある。

だって、それらに対して「鬱」で寝込んでいるわけにはいかなかったのだから。

 

「肉体の大病による躁状態は抑うつを駆逐するのか」としたほうがよかったかもしれない。

そのあたりも、精神腫瘍科(サイコオンコロジー/がん患者の精神的な問題を扱う専門領域)の話なのだろうか。

おれのような例がどれだけあるか知らないが、似たような人がいたらどうなのか知りたいところだ。

 

最後に、なんか精神と肉体の二元論というか、人間がその二つで構成されているような書き方をしてきたが、あくまで便宜的なものだと思っていただけると幸いだ。

その二つのほかにも「霊性」のようなものがあるかもしれない。あるいは、心身相互の関係を切り分けることが誤りであって、統合体そのものが人間なのかもしれない。

 

そのあたりは勉強が必要だと思うので、今後の課題としたい。……って、そんなことに割く注意資源があればのことだけれど。

 

 

 

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【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :Gabriel Matula

『よふかしのうた』ロスになっています

『よふかしのうた』(コトヤマ,小学館,2019-2024)というマンガを読み終えた。

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アニメのPVか何かを見かけて、よくあるバトルものだと思って敬遠していたのだが、実際に読んでみたら、わりと純然たるラブストーリーであり、ジュブナイルだった。

 

マンガにせよ、小説にせよ、いい作品は読み終えた後に、ああ物語が終わってしまった…まだ終わってほしくなかったのに…という軽い「ロス」状態になることがあるが、『よふかしのうた』を読み終えた後の「『よふかしのうた』ロス」あるいは「ナズナちゃんとコウくんロス」がけっこうキツくて、2週間くらいもぬけの殻だった。

 

それじゃ、一体何が「ロス」の原因になったのかというと、たぶんナズナちゃんとコウくんの「夜の時間」から、読者である自分だけが置いていかれてしまった、と感じるからかもしれない。

 

もっと二人が夜の街を歩き続けているのを見たかった。

あるいは、ずっと部屋でゲームしてるだけの二人を、おいおいそれでいいのかよとヤキモキしながら見ていたかった。

 

そういった二人の「関係性」から切り離されてしまったことに強い喪失感を覚えていたわけである。

 

そのくらい『よふかしのうた』の登場人物たちは魅力的で、まるで本当に彼らと一緒に同じ時間をすごしてきたと感じさせる力があるのだろう。

そして、そこにはストーリーだけではない、マンガならでは体験があるのだとも思う。

 

たとえば、賛否あると思うが、ナズナちゃんはちょっと個性的すぎる格好だし、やせすぎている気もする。

コウくんの14歳という年齢も、見た目も、「夜の時間」を背負うには、ちょっと幼すぎる気もする。

 

だけど、そんな不完全な二人だからこそ、周りの人たちは「ああ…もう…違う、違う…」と身もだえしながら、しかし辛抱強く見守っているわけである。

 

僕はいわゆる「推し活」というものがよくわからない。

あえて「推し活」というならば、子どもたちの応援をするだけでもう手一杯だ。

 

ただ、この吸血鬼の少女と吸血鬼になりたい少年が、ゆっくりとお互いの想いを育んでいく様子だけは、もっと見守り続けていたかったな、とも思った。

そして、この感情は一体何なのだろうとも思った。

 

何かを喪失することは、不可逆な変化を引き受けること

一方で、人間は定期的に(いや、不定期でもいいのだが)喪失を体験したほうがいいのではないか、とも思った。

そうでないと、本当に大きな喪失に出くわしたときに、耐えられなくなるのではないだろうか。

 

人は、突然大切なものを失う。

それは人かもしれないし、モノかもしれないし、それ以外のことかもしれない。

自分が生きていた世界そのものが失われることだってあるだろう。

 

そのことに鈍感になれということではない。

むしろその喪失に向き合い、味わい、ちゃんと悲しみ、ちゃんと苦しみ、少しずつそれらが身体を通り過ぎていくのをじっと待つ。

そういう時間の過ごし方を知っておいてもいいのではないか、と思うのである。

 

じゃあその方法とは具体的に何か。

それは言ってしまえば、「時が過ぎるのを待つこと」でしかない。

どのくらいの時が必要なのかは、その状況や内容、その人によって違うだろう。

 

一生戻ることはできないかもしれない。

ただ、喪失とは、そういうものなのだ。

 

一度それを失う経験をしたら、それよりも前の自分に戻ることはできない。

つまりは、そうやって変わってしまった日常にどうやって順応していくか、そのプロセスを否応なしにでも経験する。

それが喪失の意味なのだと思う。

 

失うこととは、変わること。

生きることとは、その変化を受け入れていくことなのだ。

 

さよならだけが人生だ

ぼくの小さな人生の中でさえ、「喪失」は不可逆な変化をもたらしてきたように思う。

例えば、大学受験に失敗して、それと同時に当時付き合っていた子にフラれた。

わかりやすい喪失である。

 

ぼくはそこでいくつかの重要なことを学んだ。

努力したって報われないこともあること。

それでも報われたいなら、自分がイメージしている努力よりも、圧倒的に上回る努力をしないといけないこと。

人の心は変わるものであること。

そして、これについてはいくら努力したって、もう元に戻ることはないということ。

 

この最初の喪失については、初めての経験だけにかなり引きずった。

たぶん、3年くらい引きずった。

浪人して余計に成績が下がり、不本意な大学に入学した。

 

そこで気持ちを切り替えられたらよかったのだが、ぼくは心を閉ざしたままだった。

ただ、そのおかげでコピーライターという仕事に出会った。

あるいは文章を書く、ということに出会った。

 

自分の中で起きている変化を文章にすることで、その状況を知ることができるようになった。

やっと、何かを失うことで起こる不可逆な変化を、自分自身で見ることができるようになったわけである。

 

そこから、またぼくは色んなものを失い続け、そして変化し続けていった。

変わらないものを見つけるほうが難しいくらい、たくさん。

だけど、冷静に振り返ってみれば、何も変わっていないんじゃないと思うくらい、ほんの少しだけ。

いずれにしても、人生というのは失うことの連続なのだと思うのだ。

 

出会った瞬間から別れは決定づけられている

『よふかしのうた』は、きわめてピュアなボーイミーツガールの物語である。

少女と少年は、それぞれ違う理由で、恋をすることから距離を置いている。

きっと、彼らはそれが不可逆なものだとわかっているのだ。

 

一度誰かを好きになった後は、もう元には戻れないことを、本能的に知っているのだ。

だからといって進まないわけにもいかない。

物語は始まってしまっているから。

 

これは彼らだけの身に起きることではない。

ぼくたちの誰もが、自分以外の誰かと出会ってしまった瞬間、不可逆な変化は起きてしまっているのだ。

それが恋人であろうと、家族であろうと、会社の同僚であろうと、なんだろうと同じことだ。

 

ChatGPTは何度でも反応をやり直させることができるが、人間はそうはいかない。

その人と出会った瞬間に、その人との別れは決定づけられてしまっているのだ。

「さよならだけが人生」なのだ。

 

まあ、だからといって悲観することは全くないとも思う。

誰かと別れても、そこで起きた不可逆な変化はぼくたちの身体の中に刻みこまれたままだ。

その人はぼくの中で生き続けるのだ。

ナズナちゃんも、コウくんも、二人と一緒に夜ふかしを楽しんだあの時間も。

 

これほど自分を変えてくれる出会いが、残りの人生の中でどのくらいあるのだろうか。

わからない。

わからないけど、ぼくの物語はもうとっくに始まり、終わりに向かって進み続けている。

立ち止まるわけにもいかなさそうだ。

 

 

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【著者プロフィール】

著者:いぬじん

プロフィールを書こうとして手が止まった。
元コピーライター、関西在住、サラリーマンをしながら、法人の運営や経営者の顧問をしたり…などと書こうと思ったのだが、そういうことにとらわれずに自由に生きるというのが、今ぼくが一番大事にしたいことなのかもしれない。

だけど「自由人」とか書くと、かなり違うような気もして。

プロフィールって、むずかしい。

ブログ:犬だって言いたいことがあるのだ。

Photo by:Rico Zamudio

私のウォッチャーライフにも、いよいよ終わりが見えてきたようだ。

 

昨年は「そろそろ終わりが近い」という記事をBooks&Appsに寄稿した。

"語ることで食べていく"時代の終わり──プロブロガーとスピリチュアル教祖の転落 | Books&Apps

 

今回の記事は、その続編である。

私はこれまで12年以上も「子宮系スピリチュアル」の観察を続けてきたが、その開祖であり、「子宮委員長」を名乗っていた女性が、実質的に活動休止状態になっている。

 

彼女のブログは、3月31日を最後に更新が止まった。

Instagramやfacebookでは化粧品の宣伝が細々と続いているが、本人による私生活の開示を含めた近況報告などは上がってこない。

 

数年前から実業家を気取るようになっていた彼女は、昨年「電気代が払えない」と資金ショートを明らかにした。

それからの展開は早く、今年の2月には離婚を発表し、続けて経営していたカフェの休業も発表された。プロデュース&販売していた雑貨や著書もセールで在庫処分されたり、レーベルの終了が告知されたりしている。

 

自宅に隣接した店舗(雑貨店)の在庫を整理して、空いたスペースをアトリエにして絵を描くと言うが、島の駅「壱番館」(産直市場)の経営からはまだ手を引けていないのに、画家を気取って絵なんか描いてる場合なのだろうか。

 

彼女は活動を停止したわけではないし、本人にもそのつもりはないだろう。まだ何か企んでいる風ではある。

けれど、無理になってきているのだ。おそらく彼女の精神が、もはやこれまでの活動を継続できる状態にないのだと私は見ている。

ブログは彼女の生命線だったのに、それに手がつかないのは重症だ。

 

これまでの彼女なら、どんなに困難があろうと、どれほど精神が落ち込んでいようと、すべてを洗いざらい文字にして、ブログだけは書き続けていた。

「ブログに思いの丈を綴ること」が、彼女の生きる術だったのだから。

 

彼女はスピリチュアル教祖と言われているけれど、スピリチュアルの皮を剥いた実態は、ただのブログ芸人である。

元はと言えば、人気ブロガーとして注目を集め、世に出た人だ。

全盛期には、彼女の著書が書店の平台を埋めていたし、著名人とも交流して、テレビ出演もしていた。

 

インフルエンサーとして落ち目になった要因は、アンチやウォッチャーによるバッシングや彼女自身の魅力と能力の限界もあったのだろうが、ブログというメディアそのものが衰退したことも大きい。

活字メディアの衰退と共に、彼女の発信内容がカモに届かなくなっていったのだ。

 

令和の時代にまだアメブロを読んでいる人間なんてほとんどいない。かつて彼女の主張に夢中になり、顧客となったようなバカ女たちは、もはや娯楽として活字を読まなくなっている。

まともではない商売は、バカを引っ掛けられなくなったら終わりである。

 

彼女は決して、座して死を待っていたわけではない。

facebookとアメブロのコンボで無双できていた時代が終わりを迎えると、すばやく軸足をInstagramへ移していたし、YouTubeにもチャレンジしていた。

ただ、ブログの時ほど人気が出なかっただけだ。彼女が才能を発揮できる場所はブログに限られていた。

 

新しいメディアで新規のカモを引っ掛けることはできなくても、アメブロに馴染んだ既存の顧客を繋ぎ込めていれば細々と食いつないでいけるはずだが、彼女はもう2ヶ月もブログを休んでいる。もはや書くための気力が湧いてこないのだろう。

 

電気代も払えないほどなのだから、島の駅「壱番館」は利益が出る体質ではなく、かなり厳しい状況にあるにちがいない。

このさき彼女が浮上することがあるのか、それともこのまま消えてしまうのか、答えが出るにはもうしばらく時間が必要だ。

 

そして、同じく子宮系スピリチュアルの教祖であった假屋舞にも動きがあった。

昨年、競売にかけられそうだと書いた壱岐島のリトリートハウス「マノア」が、ついに競売にかけられたのだ。建設費に1億6千万円かかった物件の競売価格は、たった1,928万円である。

 

假屋舞は物件を取り返そうと、あわてて集金プロジェクトを立ち上げたが、資金の応援を頼むブログ記事についた「いいね」の数は、涙を誘うほど少ない。

かつてなら同じ呼びかけで何百といいねがついて、実際にお金も集まっていたはずだが、数字がすべてを物語っている。彼女に共鳴するファンは、もはや残っていないのだ。

競売の入札期間が6月5日までなので、この件に関してはもうじき答えが出る。

 

私はなぜ、12年以上も彼女たちの観察を続けてきたのか。

きっかけは、親しかった友人が子宮系スピリチュアルにハマったことだった。当時の知人たちにも、スピリチュアルに傾倒する者が少なくなかった。

 

なぜあんなばかげたものに夢中になるのか、子宮系女子と呼ばれた人たちの心理が、私にはどうしても理解できなかった。その謎の答えを探ろうとしたのだ。

しかし、長期に渡り観察を続けても答えは出なかった。仲間のウォッチャーたちの考察も面白かったが、これだという答えにはなっていなかった。

 

けれど、その答えを一冊の小説が教えてくれた。

今年の本屋大賞を受賞した朝井リョウの「イン・ザ・メガチャーチ」は、推し活をテーマにした作品だ。読みながら、子宮系スピリチュアルにハマる女性たちもまた、推し活をしていたのだと気づいた。

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作中に登場する国見という人物は、アイドルをプロデュースする側の人間だ。ファンを熱量の高い信者「花道」へと変える仕掛けを作る。

その国見が、こんなことを言う。

決して少なくない人が、自ら何らかの中毒に陥りたがっているということです。

何でもいいんです。とにかく、何かに対して熱量を高めていたい、何かに時間や労力や資金を注いでいたいという人はとても多い。

それは多分、我を忘れて何かに夢中になっている方が、楽だからです。

ずっと我に返ったまま生きるにはこの世界は殺伐とし過ぎていますし、人間の寿命は長すぎますから。

そして国見は続ける。

私たちはこれまでもこれからもずっと、花道から何も搾り取ってはいません。

花道に、自分自身を使い切らせてあげているんです。

皆、自分を余らせたくないんです。

(中略)

自分を過剰に消費していた何かがなくなったところで、それに自分を注いでた人たちは別の何かで自分を過剰に消費するしかありません。

1番のタブーは、自分が余ることなんです。

自分を使い切ることが今の時代に手に入れられる唯一の正解であり、幸せなので。

だから私たちは、花道から無理やり何かを搾り取っているわけじゃないんです。

一度何かを幸せだと認識させたのなら、最後まで自分を使い切らせてあげないといけないんです。

何かの拍子に視野が広がって自分を客観視してしまわないように。

 

これが、私が探していた答えだった。

子宮系スピリチュアルにハマっていた女性たちも、同じことだ。

中毒症状に陥っていた方が人生は楽だから、自ら狂いに行く。

目を覚ましたくないし、現実の声など聞きたくないから、目も耳も塞ぐ。教祖たちの無謀な事業に大金を投じるのは、自分を余らせたくないからなのだ。

教祖たちはそれを本能的に分かっているから、罪の意識などないどころか、むしろ自分を奉仕者だと認識しているのだろう。

 

いや、ひょっとしたら、教祖たち自身も信者たちと同じなのかもしれない。

無謀なことを次々と繰り返すのは、自分を余らせたくないがために、自ら狂いに行っているのかもしれない。

 

私はどちらかというと、まやかしの希望より厳しい現実の方がマシだと考えている人間だ。

歯を食いしばり、運命が与える試練を乗り越えてこそ、自分らしく生きていける。

 

そんな私に子宮系女子たちの心情など分かるはずがなかったのだ。12年かけて観察しても答えが出なかったのは、当然のことだった。

答えがわかった今、これで心置きなく観察を終えられる。

 

 

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【著者プロフィール】

マダムユキ

ブロガー&ライター。

リンク:https://note.com/flat9_yuki

Twitter:https://twitter.com/flat9_yuki

 

photo:Edwin Andrade

「子供の頃に観た映画の中で、一番記憶に残っている作品は?」

40~60歳くらいの世代の人にそう質問したら、おそらく少なくない人がこう答えるのではないだろうか。

「『震える舌』だけはトラウマ。あれを観て、砂場遊びすら怖くなった…」

 

少しだけご紹介すると、「震える舌」は自宅近くで泥んこ遊びをしていた女児が落ちていた釘でケガをし、破傷風を発症してしまう物語だ。

激しいけいれんを起こし、舌を噛み切ってしまうなど、破傷風とのすさまじい闘病の様子が描かれている。

 

必死に看病する両親だったが、激しい症状で愛娘が壊れていく中、やがて精神を蝕まれていく。

その様子がとにかくリアルで、恐怖でしかなかった。

 

おそらくあれを観たのは小学校で、教育委員会か何かの推薦映画になっており、半ば無理やり観せられた記憶がある。

なんであんなもん子供に観せんねんと、今でも恨みに思っている。

 

その上で、昔から疑問に思い続けていたことがある。

もう40年以上も前に観た映画なのに、なぜあんなにも鮮明に記憶に焼き付いているのだろうか。

悪夢の始まり、古釘が女児を傷つけ血が出たシーンまで明確に覚えているほどだ。

 

「子供の頃の記憶はそれほどに強烈」ということなのかと思っていたが、きっとそれだけではない。

 

「なんでこんなボロクソに言われなアカンねん…」

話は変わるが、私は人生で1度だけ、空から焼き鳥に襲われたことがある。

ネギマの塩串だっただろうか、会社からの帰り道、JR鶴見駅から独身寮に向かって歩いている時だった。

 

「うわ、なんや!」

とっさに飛び跳ねかわすと、周囲を見回した。

住宅街の小道だったので、どこかの窓から投げつけられたのかと睨みつける。

 

しかし時間は、すでに終電近く。

5月末の涼しい日だったので開いている窓もなく、電気が消えている部屋も多い。

(変なことするやつもいるもんだな…)

 

そんなことを思いつつ歩き出そうと足元を見たのだが、焼き鳥なんか転がってなかった。

幻覚だった。

 

当時、駅からの道すがら、歩きながら寝るような毎日を送っていた。

「証券外務員Ⅱ種試験に落ちたら、試用期間でクビにする」

新卒で入社した大和証券で、入社して間もなく、集合研修でそう言い渡される。

気楽な学生からいきなり、朝から深夜まで詰め込み勉強の毎日。“クビ”というプレッシャーもありとにかくキツかった。

 

さらにその試験に合格すると翌日、また集合研修で伝えられる。

「2週間後、全員に簿記3級試験を受けてもらう。もちろん、これも落ちたら試用期間でクビにする」

一息つく間もなく、また地獄のような睡眠不足の毎日が始まる。

 

焼き鳥の幻覚を見たのはその翌日、会社からの帰路だった。

とにかくキツかったが、この時期に学んだことはその後、長く記憶に焼き付き役立つことになる。

 

しかしそんな新入社員時代の「寝る間もなく勉強」などという“地獄”は、言うまでもなく人生の入り口でしかない。

縁あって29歳の頃に就いたTAM(ターンアラウンドマネージャー:事業再生責任者)のポジションのことは、今思い出しても酸っぱいものが喉まで上がってくる。

 

「桃野さん、これで何回目のリスケ(リスケジュール:返済の繰り延べ)やと思ってるんですか?」

「大変申し訳ございません。どうかこの経営計画に基づいて、お力をお貸し下さい…」

しかしその債務(借り入れ)は、前の経営陣が作ったものだ。私がお願いしたリスケなど、これが初めてである。

 

「御社への2億円の出資金、全額損金処理することになりました。それがどれだけのことか、理解できますか?」

「…今期の業績見込みでは、そうせざるを得ないかと拝察します。心からお詫びします」

株主も同じで、彼らが出資してくれた資本金など、すでに前の経営陣が溶かしきっている。

その出資に見合うバランスシートなど、私が来た時にはもう存在していない。

 

にもかかわらずTAMは、まるで自分が作った借入金と、自分が溶かした資本金であるかのように責められる。

「まじめに働いてるのに、なんで給料をカットされるんですか!私もう、これ以上頑張れません…」

 

従業員も同様で、若手社員が涙を流しながら、悲痛な抗議をぶつけてくる。

賞与0、給与カットなど通知されれば当然とはいえ、普通の感情を持っていれば心が削られる。

 

事業再生の責任者といえば、日産のカルロス・ゴーン氏や、JALにおける稲盛和夫氏を思い浮かべる人が多いかもしれない。

しかしどこにでもあるような中堅企業の場合、こんなもんだ。

そんな時、自分で選んだ道とはいえ、いつもこんな言葉が心に浮かぶ。

(なんで俺が、こんなボロクソに言われなアカンねん…)

 

しかしながら、再生に失敗したら自分も1年後、路頭に迷ってる可能性が高い。

選んだ道への疑問を考えている暇があったら、会社と自分が死なずに済む方法を必死で考えて、手足を動かした方が100倍マシだ。

そうやって連日、深夜の3時まで株主から会議室で詰められ、そのまま応接室のソファーで休むと、朝にはトイレの手洗い場で身支度を整えるような仕事をした。

 

「失敗したら死ぬ」

結果としてこの会社では、経営の立て直しにある程度成功し、債務は全て通常通り履行を果たせる流れに乗る。

株主には出資額の1/3程度が回収できるイグジット(出口)を示すことができ、事業を譲渡して会社を去った。

 

しかし今もなお、振り返って疑問に思うことがある。

「なんで、何とかなったんだろう…」

会社の立て直しを学んだことなど、一度もない。

財務の専門家でもなく、銀行もさじを投げた会社だった。

 

「ダメもとで、あいつにやらせてみよう」

そう言われ、どうせ無理だろうと皆が思っている中で就いたポジションだった。

 

思うにこの時、いつも「失敗したら死ぬ」という恐怖があった。

自分だけでない、800人いる従業員の生活ごと全てだ。そして私は、会社を潰した戦犯になる。

そうなると、「どうやって生き残るか」という最優先事項に、価値観も考えも行動も全てが収斂していく。

 

「たまにはゆっくりしたい」という感情は、「足を止めたら死ぬ」に上書きされる。

「なんで俺がやらなあかんねん」という不満は、「俺がやらなきゃ死ぬ」に上書きされる。

 

そうなると、学習能力も行動力も、タガが外れてえげつないことになる。

生き残りに必要な仕事に集中するために、会社中のブルシットジョブを叩き潰して回る。

なんのことはない、成果に集中できる環境を整え、経営を定量化・可視化しただけの事なのだが、実はそれだけで多くの会社は、どうにでもなるということである。

 

思うに人は、命の危険を感じてやっと、無意味な感情が削ぎ落され、結果を求める行動の純度が上がる。

なぜ結果を出せたのかと聞かれたら、きっとその答えはこんなところなのだろう。

「命の危険を感じれば、きっと誰にでもできると思います」

 

「空から焼き鳥が降ってきた」時も同様で、あの時はあの時なりに「命の危険を感じるほど辛かった」ので、知識や経験が血肉になったのだろう。

令和の働き方改革の時代、決しておススメできるわけではないが、そんな経験も悪くはないのかもしれない。二度とやりたくないが。

 

そして話は冒頭の「震える舌」についてだ。

40年以上も前の映画が、なぜ今も深く記憶に焼き付いているのか。

 

「子供の頃の記憶はそれほどに強烈」ということもあるだろうが、あれは子供心に「命の危険を感じる」物語だったからなのだろう。

砂場でただ遊んでいるだけで、破傷風になりこんなえげつないことになるのかと、自分ごととしての恐怖だった。

にもかかわらず、有効な対策もないので、この恐怖から逃れる方法がない。

 

命の危険を感じるのに逃げ道はなく、打つ手もないなんて、怖いに決まっている。

そんな心理を映画に使うとは、本当に勘弁して欲しい。っていうか二度とするな(泣)

 

そういえば高校時代、陸上部の顧問だったオッサンが夏合宿の初日に、こんなことを話していた。

「みんなで楽しくカラオケに行った想い出なんか、オッサンになれば忘れる。でも、必死になって限界まで自分を追い込んだ記憶は、一生消えない。自分を追い込め、そういう合宿にしろ!」

 

最終日、最後のメニューを消化してフィールドに倒れこみ、草を掴んで号泣した時の事は、今も鮮明に覚えている。

「いい思い出」というのは案外、命の危険を感じるほどの苦難を乗り越えた先に、あるものなのかもしれない。

 

 

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【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など
陸上自衛隊で空挺レンジャー(もっとも過酷なレンジャー課程の一つ)バッジを持っている友人と話していた時のこと。
「100万円貰えるなら、もう一度空挺レンジャー行きますか?」
「絶対に行きません」
「1000万円なら?」
「お断りです、絶対に嫌です」
「1億円では?」
「ん…嫌です」

X(旧Twitter) :@ momod1997

facebook :桃野泰徳

Photo:Javad Esmaeili

「貯金は増えているはずなのに、なぜか生活が楽になった気がしない」

そう感じたことはありませんか。

 

給料や預金残高の数字は増えているのに、食費や光熱費、サブスク代、海外製品の価格も少しずつ上がっている。

結果として、「前よりお金が増えたはずなのに、使えるお金はあまり増えていない」と感じる人も多いでしょう。

 

この記事では、ビットコインを「投資するもの」としてではなく、「円の価値を考えるためのものさし」として見る考え方を紹介します。
難しい操作は何も必要なく、ビットコイン 円のチャートを週に一度眺めるだけでも、自分が置かれた経済環境が少し違って見えてきます。

 

 

円で見た資産に、違和感を覚えるようになった

少し前、久しぶりに海外出張に出かけると数年前に泊まっていたホテルの宿泊費が、明らかに別の数字になっていました。

 

現地の物価もじわじわと上がっていて、以前と同じ行動をとっているだけなのに、手持ちの円が前より早く消えていく感覚がありました。

 

帰国後、ふと「昔は銀行に預けておけばよかった。利子がつくから」と親が言っていたことを思い出す。

 

今はそういう時代ではないと頭ではわかっていますが、あらためて言葉にされると、少しひっかかりを覚えます。自分は何を根拠に「資産が増えている」と思っているのだろう、と。

 

通帳の残高は確かに増えています。

給与も、数年前より名目上は増えました。しかし同じ生活を維持するために必要なお金も、気づけば増えていました。

 

例えば、サブスクリプションの料金や海外の商品、子どもの習い事費用——全部が少しずつ高くなっています。

額面の数字は増えていても、その数字で買えるものが変わっているとすれば、「増えている」という感覚は正確ではないかもしれません。

 

そこで私は、ビットコインのチャートを開いてみました。

2026年4月時点で1BTC=約1,000〜1,100万円台。2025年10月に記録した史上最高値(約1,897万円)からは調整が入っており、価格自体は大きく上下しています。ただ、価格の上下よりも、「円以外の物差しが存在している」という事実そのものが、自分には新鮮でした。

 

「円だけで資産を測る」ことが、以前より難しくなっている

日本で暮らす以上、給与も家賃も税金も円で計算されますし、円を捨てる理由は何もありません。

 

しかし、円の対外的な購買力が歴史的な水準で低下していることは、統計上も明らかです。対ドル、対ユーロのいずれでも、10〜20年単位で見れば円は大幅に弱くなっています。

 

輸入に依存している品目ほど値上がりしやすく、家電、食料品、エネルギー、デジタルサービス——日常生活に深く関わる領域が軒並み影響を受けてきました。

 

「預金は減らない」という命題は、額面のうえでは事実です。

しかし購買力という観点からは、インフレが続く環境において預金の実質価値が目減りしているのも事実です。

 

これは誰かを批判するような話ではなく、純粋に構造的な話です。

中央銀行が金融政策を運営する以上、通貨の価値は固定されない——それが「管理通貨制度」の原理です。

 

海外の資産形成リテラシーの高い層では、1つの通貨に資産を集中させず、複数の物差しで自分の経済を眺める習慣が一般的です。

 

ビットコインには「投資先」と「物差し」という2つの顔がある

ビットコインには、大きく2つの見方があります。

 

  • 投資先 :価格変動が大きく、短期売買にはリスクがあります。保有するかどうかは、各人のリスク許容度によります。
  • 物差 :発行上限は約2,100万枚と決まっており、政策判断で増やすことはできません。国家や機関の都合に左右されにくい、独立した尺度として見ることができます。

 

私が注目しているのは後者です。「1BTC=いくら円か」を見るだけでも、世界のリスクマネーの動きや金融政策が市場にどう反映されているかが見えてきます。

 

円高なら円建て価格は下がりやすく、円安なら上がりやすい。

そうした動きは、円の状態を別の角度から知る手がかりになるでしょう。

 

近年は、Morgan StanleyやBlackRockなど大手金融機関もビットコインETFに参入し、以前のような投機的なイメージは薄れつつあります。

 

まず「買う」前に、「眺める」から始める

おすすめしたいことはシンプルです。ビットコインの円建て価格ページをブックマークし、週に1度でも開いてみる。それだけで、円との距離感は少しずつ変わってきます。

 

眺めているうちに、「なぜ今このタイミングで価格が動いたのか」と気になるかもしれません。

米国の金利政策、地政学リスク、機関投資家の動向など調べていくと、世界経済の構造が少しずつ立体的に見えてくることがあります。

 

一方で、特に関心が持てなければ、それでも問題ありません。

「見てみたけれど、自分には必要ない」と判断するのも、十分に価値ある意思決定です。

 

もし「少額から試してみたい」と思ったら、まずは金融庁登録の暗号資産取引所を選ぶとよいでしょう。たとえばBinance Japanのように、PayPayから入金できるなど、日本の決済環境に対応したサービスも増えています。無理のない範囲で試してみるのがよいと思います。

 

【記事提供】

Binance Japan株式会社

 

【写真提供】 

Mariia Shalabaieva

まず始めに、「スーファミ版のストII」の話から始めさせて欲しい。

皆さんよくご存知の通り、「ストリートファイターII」は対戦格闘ゲームの金字塔であって、色んな人たちがゲーセンに通い詰めては遊びふけるようなゲームだった。

当時は、どのゲーセンに通っても、ストIIの台には人が行列を作っていて、遊ぶ時間を作るのも大変なことだった。

 

そんな折に、「スーファミでストIIが出るらしい」という話になった。もちろん話題になった。

スーファミのスペックでストIIの面白さが再現できるのか?という話ももちろん多かったが、「家で対戦できるじゃん!」という声の方が圧倒的だったと記憶している。

スーファミ版ストIIの発売日は1992年6月10日、既にゲーセンでは同年4月に「ダッシュ」が出ている時期でもあり、対戦台も既に一般的に流通していた。それを自宅で楽しめるというのは、それこそ圧倒的なメリットだった。

 

しんざきは当時中学1年生、怖いお兄さんたちの存在に怯えながらも、あちらこちらのゲーセンを渡り歩いている頃だった。

もちろんストIIは大好きで、少しでも列が短い対戦台を見かけたら即並んで、大体の場合1コインで負けていた。使用キャラはリュウだったり、E.本田だったり、ブランカだったりしたと思う(余談だが、当時は「春麗をゲーセンで使うのは恥ずかしい」という意識が中学生男子にはあったのである)

 

そんな私にとっても、「家でストIIが遊べる」というのは、もちろん一つの福音だった。

兄と二人で、親にねだり倒して買ってもらった。

 

「家にゲーセンが来た」。当時は本当にそう思った。

もちろん、若干見た目や操作感が異なる部分もあるにはあったが(ダルシムステージの象が少なかったりとか)、そんなことは本当に些細なことで、基本的には「ゲーセンそのままじゃん!!」としか当時の私には思えなかった。

「春麗を使っても恥ずかしくない!」となって、ひたすらスピニングバードキックを使っていた時期もあった。空中投げの判定のあまりの広さに感動した。

 

しかしここで私は、多分生まれて初めて、「入力端末の圧倒的な環境差」という深刻な問題に直面する。

みなさん、スーファミのコントローラーの形を思い出して欲しい。以下は任天堂のサポートページである。ここに画像がある。

 

もちろん、まず十字キーの問題がある。

当時、コマンド入力がようやくスティックで上手くいき始めていたところ、「十字キーでコマンドを入れないといけない」というのは大きなハードルだった。

まず波動コマンドが出なかった。昇竜も無理だった。練習して1p側では出せるようになっても2p側では無理、なんてのもよくある話で、スクリューなんて夢のまた夢だった。

 

ただ、これは練習で解決する問題だ、と私にもすぐ分かった。

問題はボタン配置の話だ。

 

XYABボタンに、左右のLRボタン。そう、確かに6ボタンがある。

ストIIの「小パンチ、中パンチ、大パンチ、小キック、中キック、大キック」と同じだ。

しかし、「Lボタンは押し辛かった」。そう、私にとっては本当に押し辛かったのだ。

 

ただでさえ、子どもの手は小さくて指も短い。おまけに利き腕ではない左手の人差し指が置かれるところだ。

格ゲーの忙しい操作を左手の親指で入力しつつ、人差し指で、必要なタイミングでLボタンを押す、なんて芸当は、とても当時の私にできることではなかった。

確かストIIの少し後にHORIからファイティングスティックも発売された筈だが、もちろんそんなものを買う金銭的な余裕もなかった。

 

ストIIではボタン配置のエディットができた。

そこで私は、あるいは当時の多くのファミっ子たちは、「どのボタンをLボタンに割り振るか」の判断を強いられた。

 

ちょっと考えてみて欲しい。皆さんなら、「ストIIでどれか一つのボタンが使えない」と言われたら、どれを切り捨てるだろう?

デフォルトで振られているのは大パンチ。これは大波動や大昇竜を出すための必須パーツだった。

 

しゃがみ大キックは相手が転ぶし、小キックは足払いでの連打が利く。小パンチは連打で暴れたり突進技を撃墜する時に使う。

しゃがみ中キックはリーチが長いし、その後波動拳を出すとなんか連続して当たる(当時はまだ「キャンセル」の概念をよく理解していなかったが一応使ってはいた)。

 

じゃあ中パンチ。

一番要らなそうだから。

 

これが当時の私の判断だったのだ。

私は、Lボタンに中パンチを割り振って、事実上中パンチを封印する道を選んだ。中パンチを、よりによって中パンチを、「一番要らない技」として切り捨てたのだ。

これは、ずっと長い長い間、私の思考に尾を引く呪いとなる。

 

呪いの効果はすぐに現れた。

なんか勝てないのだ。ゲーセンで勝てないのは普通のことだったが、まず兄に勝てない。

5歳上の兄は弟に対して一切の情け容赦をしない男で、例えば信長の野望で「神保強いよ」とか私に言っておいて自分は武田を使うような男なのだが、もちろんストIIでも一切容赦はなかった。

恐らく、100回やったら100回負けたのではないだろうか。

 

同年代の友人にも勝てない。なんならお隣の家で私より3歳年下の小学生さとしくんにもちょくちょく負ける。

もちろんただ単に下手、と言ってしまうのは簡単なのだが、当時の私の最大の問題点が、「通常技の性能や役割を一切分析・把握していない」ということであって、その端的な表象が「中パンチ切り捨て」ということだったのだろう、と今では思っている。

 

もちろん、格闘ゲームには色んなタイトルがあり、色んなキャラクターがいる。

それぞれシステムも違うし、技の性能も違う。そもそも6ボタンでないゲームも多く、SNKのネオジオ系列では大体4ボタンだ。それをひとくくりに議論することには無理がある。

 

だが、それらの事情全てをひっくるめた上で無理やり四捨五入すると、

「しゃがみ中パンチは実はめちゃくちゃ強い」

という結論が出る。これは、ある程度格ゲーを遊ぶ人なら誰でも持っている共通認識の筈だ。

 

様々なタイトル共通の話として、格ゲーの通常技は、ざっくりと

弱攻撃:暴れ・刻み・ヒット確認の起点
強攻撃:隙に刺してのリターン・差し返し・中距離のけん制
中攻撃:その中間

になりやすい(かなり乱暴なくくりだが勘弁して欲しい)のだが、しゃがみ中パンチは「中距離の万能枠」になりやすい。

 

しゃがみ姿勢で被弾面積が小さい、発生が比較的早い。

硬直差が優秀になりやすい、判定が強いことが多い、ヒット確認からのコンボや押し付け行動が強い、取り敢えずで振れる。

 

近年のタイトルではスト5が最も「しゃがみ中パンチのユーティリティ性」を強く表現したゲームだったと思うが、別にストリートファイターシリーズに限った話ではなく、「中攻撃」がシステム上存在する多くの格闘ゲームでそうだったろう。

 

先ほど私は「呪い」という言葉を使った。この「呪い」の意味は二つある。

一つ目は、「地味な通常技の性能について突き詰めないことに疑問を抱かない」という呪いだ。

 

本来、ゲームには様々な学びがあり、

「一見地味な技でも、いざ使ってみるといくらでも役割がある」

「勝負を決めるのは、技の振り合いと読み合いによる有利不利の積み重ね」

というのもその重要な一要素なのだが、私がこれに気付くのはずっとずっと後、「ギルティギア ゼクス」というゲームにどっぷり浸かった頃のことだった。

私はこのゲームで、「強い通常技を押し付けることがいかに凶悪な効果を発揮するのか」ということを嫌という程思い知らされることになるのだが、まあそれは別の話だ。

 

そして、呪いのもう一つの意味は、「単に「押し辛いから」というだけで、そのボタンを有効利用するための訓練、という思考にたどり着けなかった」ことだった。

 

SFC版ストIIは、かつて小学校で一般的だった、「お互いの家に遊びにいってゲームをする」という文化をもう一度開花させた。

「ストIIやろうぜ」という言葉を合言葉に、クラスで何人ものゲーム仲間ができた。

 

そんな中の一人、ここではTくんとするが、Tくんはオプションというものを一切見ない男で、そもそもボタン配置が変えられることを知らなかった。

「配置変えないの?」という私の言葉に、彼は「配置って何?」と答えた。そのあとすぐ、私はザンギエフを選択した彼のプレイを見て驚愕することになる。

 

皆さん思い当たるところもあるだろうが、SFC版ストIIの頃、大体クラスにひとりは「コントローラーで立ちスクリューができるヤツ」がいて、スクリューが出せるというそれだけでちょっとしたヒーローになっていた。T君はそのひとりだったが、

彼は「Lボタンに大パンチを設定したまま、立ち大スクリューが出せていた」。

 

この異常性は、恐らく当時SFC版ストIIを遊んでいた人でないと理解できないと思う。

「スクリュー(レバー1回転)をジャンプせず地上で出すだけでも神業なのに、左手で十字キーを回しながら、同時に左手の人差し指でLボタンを弾くように押す」という、脳のバグを疑うような指の独立性が求められる技だ。

 

私はTくんのボタン配置を何度も何度も確認して、その上で聞いた。「なんでLボタンで立ちスクリュー出んの!?」と。

Tくんはひとこと、「練習した」とだけ答えた。

 

これだ。これが、愚かにも中パンチを切り捨てた私と、そもそも「切り捨てる」必要すらなかったTくんの差だ。

 

世の中には二種類の人間がいる。スーファミのザンギで、デフォルト配置のまま立ち大スクリューを出せる人間と、相手が強いザンギだとダルシムに逃げる人間だ。

この時私は即座に後者の人間になって、一生ザンギを立ち小と立ち大で落とす作業に移行するわけだが、当時の私はつくづく小物オブ小物だったと思う。

 

あれから35年近くの時間が流れた。

当時の私は中パンチの強さに気付けなかったし、中パンチを使えなかった。

 

今の私はどうだろう?地味な技にこそ強さと独自の役割があること、地味な技を突き詰めることで異常な場所にまでたどり着けることを、理解し、実践できているだろうか?

 

私がTくんになれないのは仕方ないことだが、せめてあの日かかった二つの呪い――「地味なものの価値を軽視する呪い」と「不自由さを訓練で超えようとしない呪い」――くらいは完全に解呪して、地味なりの役割、地味なりの価値というものを、泥臭く突き詰めていきたい。

 

そんな風に考えながら、私は今日もスト6を遊んでいるわけである。

今日書きたいことはそれくらい。

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

photo:

世の中には勉強になることが溢れている、というより、何事も勉強するつもりで眺めると見え方が違ってくるものだ。

たとえば、一時期まで有名だったボジョレーヌーボーの売り文句。

 

 

これは、日本有数のワインショップ「エノテカ」さんから引用したものだが、まあその、どの年もとてもおいしそうに読める。

事情を知らない人々がこれを見て、

「ボジョレーヌーボーのキャッチコピーは褒めてばかりだ」

「嘘やインチキじゃないの?」

と疑ってかかっても無理からぬことだろう。

 

もともと、その年のブルゴーニュワインの作柄を占うものとされてきたボジョレーヌーボーが毎年こんなに素晴らしい出来だったら、ブルゴーニュワインも毎年素晴らしくて、当地には不作なんて存在しないみたいに思えるじゃないですかー。

 

ついでにボジョレーヌーボーに占われる側、本命であるブルゴーニュワインの売り文句をワインショップのウェブサイトで確認してみると、やっぱり悪いことは何も書いてない。

「溌剌としたフレッシュ感」

「がっしりとしたボディ」

「長期熟成できそう」

とか。

 

ときどき「フェミニンな」とか「男性的な」といった、何が言いたいのかわからない売り文句も混じっているが、とにかく、ワインを讃えるセンテンスがびっしりと貼り付けられている。

 

かつて、2ちゃんねるを立ち上げたひろゆき氏は「嘘を嘘と見抜けない人には(インターネットは)難しい」と言ったという。

 

ところがオンライン上のワインショップに並ぶ売り文句を眺めている限り、嘘を嘘と見抜ける気がまったくしない。

実際に買ってみて、飲んでみて、寸評してみなければワインショップの華美な売り文句の真贋は掴めそうにない。

 

ワインショップは嘘を……ついていなかった!

で、私はワイン愛好家の端くれになり、そういった華美な売り文句の貼り付けられたワインを飲む側に回った。

良い作柄の年のものも悪い作柄の年のものも、作り手が信頼できるものも、ワインがひどいことになっているものも、1000本、2000本と購入して飲んでみた。

 

そうして骨身にしみて理解したのは、「ワインショップは嘘をついていない」ということだ。

華美にもみえるワインの売り文句は、実際、ワインの性質をよく言い当てていると思う。

 

私はワインショップの売り文句をあてにしていないので、何が書いてあるのかを確認するのはワインを飲んでしまってからのことが多い。

で、飲んでからそれらを読むと、なるほど、ワインの特質をうまく言語化していると感心させられたのだ。

 

酸味の利いているワインはそのように書いてあるし、スパイシーな風味を伴うワインにも必ずそういうことが記されていた。

プロが品定めして書いているだけあって、私には気づけなかった特徴も表現されていて、読んだうえで残りのワインを飲んでみると「なるほどー」と唸らされることも多い。

 

じゃあ、たいして良くないワインの売り文句はどうなのか?

これがまた、飲んだ後に読むと「なるほどー」と思わされることが少なくないのである。

 

たとえば一般に不作の年とされるヴィンテージの、酸っぱくて水っぽい赤ワインがあったとする。

するとワインショップの売り文句はこのようにワインを賛美する:

「すぐに飲めて、酸味がよく利いていて、繊細な味わいです!」

 

なるほどー! 物は言いようってわけか!

 

ハズレ年のワインは寝かせておいても熟成可能性が乏しいばかりか、次第にショボくなっていくものが少なくない。

だから「すぐに飲める」。

酸っぱいワインは「酸味がよく利いている」と表現できるし、水っぽければ「繊細な味わい」と来るわけだ。

 

厄介なことに、これらは出まかせってわけでもない。

 

熟成だなんて、まどろっこしいことを言ってられない人にはハズレ年の早く飲むべきワインこそがお勧めかもしれない。

「酸味がよく利いている」は酸っぱいワインが好きな人にはポジティブな情報だろう。

水っぽいワインなんてろくでもないように思えるかもしれないが、例年より水っぽいおかげで、普段は意識できなかったことが意識できる場面がワインには稀によくある。

そういう意味では、「繊細な味わい」と言われたら嘘だと否定するのも難しい。

 

その延長線上として、一本1000円以下の、馬の骨みたいなメーカーが作っているなんだかよくわからない激安ワインの売り文句たちを眺めてみよう。

 

うーん、嘘はついていない……かもしれない。

(2026年の相場で)一本800円前後ぐらいのワインになると、たいていの品は長所よりも短所のほうが挙げやすかったりする。

 

それでもワインショップはどうにか売り文句をひねり出さなければならない。

短所だらけの激安ワインに華美な売り文句を与えるには、ワインの性質をよく確かめたうえで、語彙力をフルパワー全開にする必要がある。

 

そこでは力任せなワインが「豪快」だったり、甘ったるいワインが「ジューシー」だったり、渋いうえに酸っぱいワインが「タンニンと酸のバランスがとれていたり」する。

毒にも薬にもならない水っぽい白ワインが「どんな食事にもぴったり」的なレコメンドをされていることだってある。

 

ファー! どんな食事にもぴったりですかぁ。

 

あと、水っぽい白ワインを「ピュア」とかいうの、やめてもらえませんか。

ピュアな白ワインって言ったらさあ、よくできた甲州とか、よくできたピュリニーモンラッシェとか……。

 

失礼、ちょっと血圧が上がってしまいました。

 

とにかく、ワインショップの言うことにゃ、世の中にはまずいワインは存在せず、そのうえでワインショップは嘘を言っているわけではない。

しかし、そこでは言葉の綾というか、欠点をギリギリ褒め言葉に転換するような言葉の錬金術、いや言葉のメッキが行われていて、あばたをえくぼと評してワインが売られているのである。

商魂たくましいことだと、言わざるを得ない。

 

「褒め言葉からワインの欠点を連想する」

しかし、こうしたワインショップの能書きのメカニズムをいったん理解してしまえば、色々なことがわかってくるし見えてくる。

つまり、ワインに寄せられた褒め言葉を透かしてみれば、そこから弱点や欠点もある程度まで推定できるようになるのである。

 

つまり「ピュア」で「繊細」なワインは、水っぽいワインであるリスクが高そうだし、「豪快」で「野趣あふれる」ワインは濃すぎたり雑なつくりだったりするかもしれない。

 

もちろん、実際にそれらが讃えるべき長所といえるワインがないわけではない。

たとえばボルドーやブルゴーニュやカリフォルニアの超高級価格帯で「豪快」で「野趣あふれる」と記されていたら、それが正真正銘の長所である可能性もある。

 

しかし1000円前後の価格帯のワインに関しては、それらの売り文句がどこまで長所で、どこから弱点の裏返しなのかはわからない。

 

で、売り文句が短所のほのめかしだったワインに一杯食わされてみると、ワインに対する解像度はともかく、ワインショップの売り文句に対する解像度は高くなる。

日本語に対する解像度も高くなるかもしれない。

 

落胆させられるようなワインを掴まされた時は、ワインショップのウェブサイトでどんな売り文句が添えられているのか、ぜひ確かめてみていただきたい。

なにかの理由でボトルそのものが駄目になっているとかでない限り、「なるほどー」と膝を打つ部分が見つかるはずだ。

 

そして売り文句を検証していくなかで「ああ、ワインショップは短所を長所としてそれとなーく書いて、おれたちワインマニアにこっそり知らせてくれているんだ」と感じるようになってくる。

そうなるとますます、ワインショップの売り文句が嘘ではなく、トゥルースの一種であるように思われてくる。

 

「嘘はついていない。少しだけ尾ひれはひれをつけて褒めているだけ」という世渡り

してみれば、ワインショップの売り文句は、嘘か本当かという尺度で評価すべきものではない、と言わざるを得ない。

 

言葉巧みにワインについて口上を述べたてるそれは、本当であり、嘘ではなく、長所はもちろん短所すら率直に述べ立てたものだが、ところが全体としては売り文句として成立している。

ワインショップの売り文句は、どんなにひどい出来栄えのワインですら、センテンスのうえでは優れたワインであるかのように述べたてる。

 

これは正真正銘、言葉の錬金術、または言葉の幻惑術ではないだろうか。

けだし、このような言葉の幻惑術を用いて、本当であり、嘘ではなく、長所はもちろん短所すら率直に述べ立てたものが世の中にはたくさんあるのだろう。

 

いわゆるマンションポエムなども、こうした言葉の幻惑術の領分ではないか? と眉に唾を付けて眺めたくなる。

しかし、嘘ではなく短所すら実は述べ立てているわけだから、嘘と言ってもはじまらない。

ワインショップの売り文句やマンションポエムを読解する際には、ひろゆき氏の「嘘を嘘と見抜けない人には~」も通用しない。

 

これは非常に厄介なことだ。

しかし、ファクトかフェイクかといった二分法が通用しない領分が世の中には存在していること、それが一種独特な文法を形成し、流通している領分が存在していることを知っておくことは、娑婆の知識として役立つし、なんならワインショップの売り文句からテクニックを学び取り、みずから言葉の幻惑術を習得することさえ可能かもしれない。

 

こういう目線でワインショップの売り文句を眺め直すと、彼らの言葉運びの巧みさ、言葉の幻惑術の巧さにびっくりさせられると同時に、身が引き締まる思いがする。

娑婆にはこのような技芸のうまい人間とそのプロダクツが少なからず存在しているので、世渡りの一助として勉強してみるのもいいかもしれない。

 

 

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

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ブログ:『シロクマの屑籠』

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Photo:Hermes Rivera

少し前に、あるお母さんが、子供にこんな事を話していました。

「今、我慢すれば、後で楽しいことが待ってるよ」

 

おそらく、子供が勉強しないことに対する言葉だったのだと思います。

 

この言葉の根底にあるのは、

-苦しいことをしておかないと、楽しいことはない。

そんな考え方かもしれません。

 

子供の話だけではありません。

これは、「FIRE」(Financial Independence, Retire Early)や「倹約」にも見られる傾向ではないかと思います。

 

いまをできる限り切り詰めて、可能な限り投資に回す。

30代、40代で資産を築いて、FIREする。

するとそこから、ようやく楽しい人生になる。

そんな発想です。

 

「不安を消す」ための人生

私も学生の時、借金を抱えていましたので、その考え方は非常によく理解できます。

というのも、とにかく、将来が不安なんですよね。

 

知人の「ママ友」「パパ友」の中にも、

 

・良い中学・高校に入れないと、良い大学に行けない

・良い大学に入れないと、就職に困る

・大企業に入れないと、お金に困る

・収入を貯蓄や投資に回さないと、老後に貧困になる

 

ということを熱心に語る人がたくさんいます。

そして、その不安を消そうとして、「今は我慢」を自分(または子供など)に言い聞かせるんです。

 

例えば、東京とその近郊では、中学受験をするためには、多くの人は小学校4年生から、塾に通います。

大好きなゲームも、思い出になる家族旅行も、友達との遊びも控えて、受験にコミットする。

 

もちろん、中学生、高校生になっても大学受験のために、塾に通う。

休日は図書館通い、部活も趣味にも没頭せず、来たるべき受験に備える。

 

大学生になっても同じです。

今度は「就職」に備えて、授業はサボらず、就職のために情報収集。

 

「面接で話せるネタ」を作るために、奔走します。

語れるようなネタがある。人と違う「何か」を求めて。

それが充実した学生生活って、言われるんです。

 

就職してからも安心できません。

今度は「老後」のために、長い長い「我慢」が始まります。

 

外食せず、旅行も趣味にも、恋愛にも家族にもお金を使わず、ひたすら「貯蓄」と「投資」。

そして積み上がる貯蓄残高。

 

……と、極端ですが、こんな構成が

「不安を消す」ための人生

の典型です。

 

社会心理学者ヘールト・ホフステードによる国際比較研究では、「不確実性回避(Uncertainty Avoidance)」という指標で各国の不安耐性が測定されています。
日本のスコアは92点(最高100点)で、世界で最も不確実性回避の高い国の一つに分類されます。

・日本:92
・アメリカ:46
・世界平均:64 ResearchGate
・シンガポール:8(最低)

この指標が高い文化では、ルールや構造化された状況を好み、不安を最小化するために様々な対処をする傾向が見られます。

 

こうしたことから、日本人は「不安を消すための人生」を選択することが多いのかもしれません。

 

「「安心」にそんな価値がある?」

私も、そんな感じの人生を考えていました。

老後のための人生。

不安を消すための人生。

 

ところが、私には転機がありました。

 

先輩のコンサルタントと、お客さんの帰りに、「借金を早く返したいし、将来に備えて、ほとんど貯金してます」といった話をしたところ、

「将来っていつ?それって楽しいの?」

と言われたのです。

 

こまりました。

不安を消すための人生において、

「楽しいからする」という発想は、辞書にはありません。

 

また、「老後に困らない」という発想でやっているのです。

そこで言いました。

「今は我慢して老後に備えるのの何が悪いんですか。」

 

すると、先輩は言いました。

「いや、まったく悪くないよ。でも……」

 

「でも?」

「60歳?70歳?いや、40歳でもいい、中年以降の「安心」にそんな価値がある?」

 

ただ、その場では、私はその質問の意味が良くわかりませんでした。

安心に価値があるのは当たり前だと思っていたからです。

 

「将来の安心」に価値はあるか

しかし、後日。

将来ばかり気にして、「今」を有効に使えていないのではないか「今」を犠牲にしすぎているのではないか、という疑問が浮かびました。

 

友人に贈り物をする。

パートナーと、高級ホテルでお茶をしてみる。

僻地の海外に行ってみる。

高級車を買ってみる。

広い家に住んでみる。

飲み歩いてみる。

子供と遊園地に行ってみる。

会社を興してみる。

習い事をしてみる。

 

そういう選択肢をとれる人生にするには、直ぐに行動を起こさねばなりません。

また、ため込むばかりではなく、お金を使う必要があります。

仕事ばかりしているわけにもいきません。

 

そもそも、40代以上になってからではできないことも数多くあります。

例えば、家のローンを組んだり、結婚して家族を持ち、子供や孫を持ったりするには、生物学的に明確にタイムリミットがあります。

 

漠然とした将来の不安に負けて、「今」にフォーカスしていなかったことで、逃したチャンスがどれほど大きいか。

 

実際、私は若い時に「我慢」を優先したため

「なんで、若いときに、やっておかなかったのだろう」

と、後悔していることがたくさんあります。

 

「今」を積み上げたものが人生

その先輩は、こんな事を言っていました。

人生って「将来」じゃなくて「今」を中心に考えないと、すげえつまらない人生になるんだよね。お金より圧倒的に貴重なのが、時間だから。」

 

私は聞きました。

「いま我慢」しても、将来、楽しいことは来ないってことですか?」

「いや、正確に言うと、そういう思考をするひとは「今、我慢」がずっと続く人生になるってこと。」

 

DIE WITH ZEROという本があります。

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この書籍は、まさに「人生を楽しくすることのほうが、蓄財するより大事だ」と言い切っているのです。

 

その一節にこんな文章があります。

「私たちは、できる限り人生を充実させるにはどうすればよいか、という問題に取り組んでいる。もう一度繰り返そう。私たちの問題は「できる限り人生を充実させるにはどうすればよいか」だ。

見境なく豊かになることではない。つまり、この本の目的は、富の最大化ではなく、人生の喜びを最大化するための方法を探すことだ。この2つは根本から違う。」

 

確かに我々は、将来の不安をなくすために生きているわけではありません。

40歳、50歳からが人生、なんて寂しすぎる。

 

「不安を消すための人生」

「ガマンを優先する人生」

 

とは、決別しよう。そう思ったきっかけ。

それが「中年以降の「安心」にそんな価値がある?」という質問だったのです。

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書

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Photo:

歴史上最大の文化交流がまさに始まった

Xのポストが、AIによって自動的に多国語に翻訳されるようになった。日本でそのアップデートが行われたのは2026年3月30日のことだ。わざわざ日付を記すのは、なかなかな記念日だと思うからだ。

 

最初に結論から書く。おれはXのこの機能に賛成している。やってくれたな、イーロン・マスクという気持ちだ。

イーロン・マスクにも言いたいことはいろいろあるが、いや、あんまりないかな、まあこの機能はよかったぜ、と言いたい。

いまXというサービスが世界でどれだけの影響力があるのかは知らない。Twitter時代のほうが大きかったかもしれない。そのあたりは数字の見方にもよるだろうから調べない。

でも、それなりに影響力はあるはずだ。いろいろな国において、日本でほど存在感はなくとも、まあ一応は世界中の人間が使っている、といってもいいだろう。たぶん。

 

そこで、言語の壁が壊された。やや表現が大げさかもしれない。

とはいえ、まだそれがはじまってから一ヶ月か、というくらいにはいろいろの話題があった。

もちろんいい話題もあるし、悪い話題もある。しかし、いい話題もあれば、悪い話題もあるというのは、べつにインターネットなんかができる前から、世界はそうだった。

 

おれはインターネットのない世界を知っている世代だ。高校のころだろうか、親の始めたパソコン通信からネットに入った老人だ。まあとにかく、インターネットの黎明期を知っている。

インターネットのはじまりごろにあった、新しい世界の夢を知っている。

 

それがだんだんと消えていき、インターネットもすっかり日常の一部になった。世界とつながる夢も、金儲けと詐欺と認知戦にまみれたろくでもない現実に塗りつぶされた。

もう、インターネットとはこのようなものかと思いつつあった。

 

が、Xが言語の壁を壊した。AI翻訳が新しいとはいえ、既存の技術の組み合わせに過ぎないのは確かだ。

ひょっとしたら、類似のSNSは存在していたかもしれない。でも、Xがやってのけた。おれはなにか、「インターネットで世界とつながる」という大昔の夢を、ちょっぴり思い出した。それをまず言っておきたい。

 

単言語話者と世界

おれは単言語話者だ。日本語しかわからん。

「え、おまえは本当に日本語をわかっているの? この言葉を文法的に説明できるの? 外国語話者に教えられるの?」と言われると、「すみません、日本語もわからん」ということになる。

しかし、日常生活で困っていないくらいには話しているし、書いているので、単言語話者ということにしてくれ。

 

もちろん、まあ、中学、高校、そして中退した大学で英語教育は受けてきた。大学ではフランス語もちょっぴり学んだ。

とはいえ、「おれは英語もわかります」とはとうてい言えない。現在完了形や過去完了形を説明しろと言われてもまったく答えられない。たぶんいま、中学の英語のテストを受けたら涙目になる。

おれはペーパードライバーだし、ペーパー英検準二級(持っていても価値のないレベルだが)といってよい。

 

だけどまあ、英語はちょっとわかることもある。ファッキン・ジャップくらいわかる。

日本人にありがちな、「簡単な読み書きはできても聞き取れない、話せない」タイプだろうと思う。

もっとも、おれは英語話者とコミュニケーションを取ることなんてないのだが。

 

昔、大阪の西成のディープなところを歩いていたら、観光客らしき白人男性から英語で

「なぜこの街の飲食店は昼間なのに開いていないんだ?」

というようなことを聞かれたことがあり、おれは西成についてもわからないし、英語についてもわからないので、二重にとんちんかんな答えを言った記憶がある。

 

あとはあれだ、なじみのインネパ屋で店員からネパール料理についてのクイズをスラスラと英語で出されて、こっちがキョトンとすると、

「あれ、おまえら英語話せないの?」みたいな顔をされたこともあったっけ。

まあ、英語はわからん。

 

ただ、必要に応じて使わなくてはいけないときもある。

若い頃は、インターネットでエロいなにかのために、必死に英語にくらいついた記憶もある。そのころは機械翻訳サービスすらなかった。直感に頼っていた。AI翻訳のあるいまなど、スラングですらスラスラ訳してくれるに違いない。

 

そういうわけで、おれは世界を知らない。英語以外ももちろんわからんからだ。

とくに英語の話になってしまうのは、「言語帝国主義を内面化しているのではないか」と自己批判を求められるかもしれないが。

ともかく、そんな人間の世界は狭い。おれは日本から一歩も出たことがないし、このまま出ないで死ぬだろう。

 

とはいえ、世界に興味がないわけではない。他言語の音楽も聴くし、映画も観るし、文学にも接する。

……音楽はともかく、映画? 文学? そうだ、なにかすばらしい能力の持ち主たちが日本語に翻訳してくれるからだ。

 

たとえばおれがチャールズ・ブコウスキーのことを大好きだといったところで、それは日本語に翻訳してくれただれかのおかげだ。ちなみに、「詩はやはり原文にあたるべきなのでは?」と詩集を何冊か買ったが、よけいわからんよな。

 

そうだ、日本の単言語話者は世界の中でも恵まれている方だ。もちろん、圧倒的に英語世界の人間のほうが恵まれているだろうが(ここでいう「恵まれている」とは、多文化に触れやすいとか、そのていどのことと思ってください)、ボケっとしていてもだれか優秀な人が翻訳してくる。

フリオ・コルタサルだってイワン・ゴンチャロフだってフェルナンド・ペソアだって読める。ありがたい話だ。ありがたいと思うくらいには、異国の文化に興味はある。それと同時に、異国の文化のなかにも、自分の魂のようななにかと通じるものを見つけて楽しくなる。

 

が、おれは勉強も努力も嫌いだ。昔あった、あやしげな睡眠学習で英語がマスターできるというのであればやってもよかったが、そんな都合のよいものは存在しない。

地道に外国語を習得するためにがんばろう! という気にはならない。まったくならない。

仕事で英訳が必要になれば翻訳会社に頼るし、簡単なものであればAI翻訳と画像検索(海外で実際に使われている看板の文言を見るなど)でなんとかなってしまう。

 

だからたぶん、おれは死ぬまで日本の地から外に出ることはないだろうし、外国の言葉を学ぶこともないと思う。

とはいえ、世界のことは知りたいし、なんなら「翻訳する価値がある」と思われていないような、どうでもいいこと、しょうもないこと、とくに書くでもない日常のことも知りたい。

留学や移住でもしないかぎり、それは難しい。それがなんだろう、日常のつぶやきが、いちいち翻訳作業を通さずとも、あたかも同じ言葉で書かれたように伝わってくるのは、それはたいしたことだろう。

 

誤訳なんて些事だ

むろん、今回の件を手放しで喜べない、問題もたくさんあるという声もある。

そりゃ、あるだろう。たとえばAI翻訳による誤訳問題だ。意味を逆に取り違えてしまうこともあるだろうし、もうちょっと微妙なニュアンスが伝わらない、スラングが伝わらない、そこで誤解が起きる、摩擦が起こる、対立が起こる……。

 

とはいえ、それってAI翻訳だけの問題だろうか。プロの通訳でもその文化のすべてを知り尽くしているわけでもないし、間違えることもあるだろう。

 

翻訳にしたってそうだ。モスクワ留学の経験がある人から聞いたことがあるが、ドストエフスキーのような有名な文豪の翻訳にしても、いろいろの翻訳者がいつも同じところで誤訳している、なんて話もあるらしい。人間も間違える。AIも間違える。

 

で、間違ったところで、訂正すればいい。簡単に誤解が解けることもあるだろうし、なかなか通じないこともあるかもしれない。

あるいは、誤解して憎しみ合ったまま相互ブロックに至ることもあるだろう。でも、だからなんだ。SNSは、一歩間違ったら戦争になりかねない外交交渉の場ではない。

いや、そんなふうに使っているアメリカ大統領を一人だけ思い浮かべることができるが、しかしまあ、たかだかSNSだ。

 

そもそも、べつに日本語同士でやり取りしていても、ほんとうにしょうもない言い争いなんていくらでもある。

単言語話者同士でもろくにわかりあえないというのが、SNSが可視化したことの一つじゃないか。

 

それが世界規模になったところでなんだ。日本語話者にもわからんやつはいるし、スペイン語話者にもわからんやつはいる。

実際、「これはべつに文化の違いとか、翻訳の話じゃなくて、こいつがわからん人間というだけだよな」という、しょうもないやりとりも目にした。

 

だからもう、ちょっとしたロスト・イン・トランスレーションはいいやってことにしよう。

もとからわれわれはわかりあえない。そのくらいの心持ちで、それでも言葉の壁を超えて、「それ、わかる」とか、「これ、おもしろいよな」が共有されたらいいことだ。

 

日本にナチがいるからって、それを隠すべきなのか?

「Xの日本語が世界各国語に訳されることによって、日本の排外主義者の差別的な言葉が世界に知られるようになってしまった。これまで日本が築き上げてきた世界への信用を損なうものだ!」

という批判もある。実際、自動翻訳化で、外国人が「日本人はナチ」だとわかったみたいな書き込みも見た。

 

だが、それはそれで、悪くないことなんじゃないのか。

言語障壁があったから、日本人はなんかいいやつだと思われていた。そういうイメージがあった。それはそれでいいだろう。

でも、実際には排外主義者も差別主義者もたくさんいるじゃないか。日本語のネットにはヘイトがあふれていたじゃないか。現実でもそういう勢力が政治に食い込もうとしているじゃないか。それが日本の現実だろう、リアルだろう。

 

「そういう存在が外国にバレてしまうー!」と嘆いている人間は、恥は隠せばいい、隠したうえで、しらんぷりして他者とつきあえばいいと思っているのだろうか。それはちょっと不誠実じゃないだろうか。

 

もし自分が「日本人である」ということでメリットを享受しているというのであれば、「日本人である」ということのデメリットも引き受ける必要がある。

日本人がよいことをしたと得意げになるなら、一方で日本人が悪いことをしたら引け目を感じるべきだ。いいとこ取りは卑怯だ。

 

このあたり、歴史認識などで揉めるところでもあるが、もし日本の歴史を誇り、先人に感謝するのであれば、一方で過ちに関しても反省のような心をもつべきだ。

それは同時に成り立つ。

 

まあとにかく、自分の気に入らない思想を持った人間も存在するのが日本だ。

日本水準でも、世界水準(水準というものがあるのかしらんが)でも、どう見ても差別主義者のやつだって存在する。でも、それを隠して、いないことにして、「日本人は人種差別なんてまったくしませんよ」って顔をしているのは、これはいささか欺瞞がすぎるのではないか。

 

「もちろん、日本にもそういうやつはいるよ。でも、自分は違うよ」と、それはもう自分なりの意見を述べていくしかないだろう。

どんな立ち位置にあるやつだってそうするしかない。他人が自分の意見に賛同しないのは、自分に人徳がないというだけの話だ。おれは政治というのも究極はそこだと思っている。そういう点で、設計主義的ではない人間だと自覚している。

政治の究極のところは「人徳」ではないのか?

 

というわけで、変化を見ていこう

まあそんなところだ。とりあえずの興奮を書き残しておいた。書き残していたら、noteが同じようなことを始めると発表した。

悪くないと思う。同じようなことが世界で起こればいいと思う。

 

「そんなことをしたら、ネットがAI翻訳のゴミであふれてしまう!」と心配する人はいるだろうか。

もう、とっくにネットはゴミだらけだ。AI生成のしょうもないゴミもとっくに、たくさんあふれかえっている。

 

だったら、まだ人間が書いたものが放流されるほうがいい。

デマや扇動? そんなものとっくにあった。情報戦、認知戦、そんなものもとっくにあった。

 

だから、べつにあまり変わらんといえば変わらんと思う。いいことも悪いこともある。

これで世界の人たちが自由に意思疎通できるようになるとも言わない。平和がわかりあえて平和になるとも言わない。

 

とはいえ、これを見て怒り狂い、人々のこの意思疎通を破壊できるだれかさんもいない。

というわけで、どうなるか見ていこうじゃないか。そんなふうにインターネット古代人は思う。

 

 

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【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :Kelly Sikkema

この記事で書きたいことは、大体以下のようなことです。

 

・次女とFC東京-川崎フロンターレ戦にいったら次女がサッカーにハマりました

・私も巻き込まれて、これまで殆どサッカーの話題が出ない家だったのに、いきなりサッカーブームが起きています

・一方長女は、演奏会で先輩が綺麗だったことに憧れたらしく、最近急に身だしなみに気を遣うようになりました

・長男にも共通することですが、自分で「好きなこと」「好きなもの」を見つけた瞬間の子どものパワーって強烈です

・「これが好き」が多ければ多いほど生きる力が強くなる、というのは、自分でも体感しています

・それに対して、親に出来ることは、たまたま「好き」に出会う確率を少し上げることくらいで、あとはそれを邪魔せず一緒に楽しむことくらいなのかな、とも思います

・今後とも、無理のない範囲で子どもの「好き探し」をサポートしていきたいと思います

 

以上です。よろしくお願いします。

さて、書きたいことは最初に全部書いてしまったので、後はざっくばらんにいきましょう。

 

ここ最近、子どもを見ていて興味深いなーと思ったことがいくつかあったので、ちょっと書かせてください。

しんざき家には、子どもが3人います。長男、春からの大学一年生。長女次女、中学三年の双子。

 

昨年まで、しんざき家ともっとも縁がないものといえば「スポーツ観戦」でした。

しんざき自身はそこそこスポーツ好きでして、学生時代に長距離走をやっていた頃から、やるのも観るのもわりと好きなんですが、妻はおよそスポーツと名の付くコンテンツにはほぼ一律で興味ゼロで、長男も大体それに準ずる傾向がありました。

 

それに対して長女と次女は、ここ最近、色んな漫画を読み漁る過程でスポーツ漫画にも突き当たっていまして、特に「ハイキュー!!」「ブルーロック」「メダリスト」あたりにはかなりどっぷりハマっていました。

で、漫画だけにおさまらなかった次女が、「バレーボールかサッカーかフィギュアスケートを観てみたい!」と言い出したわけです。

GWにたまたま私と次女の空き日程が被ったので、ちょうどよくチケットが空いていたサッカーを観にいくことにしました。

 

ということで、行ってきました味の素スタジアム、FC東京-川崎フロンターレ戦。私自身、Webでの中継などは見ていたものの、Jリーグの観戦に来るのは初めてで、スタジアムの雰囲気も含めて目いっぱい楽しめました。

【FC東京×川崎フロンターレ|ハイライト】明治安田J1百年構想リーグ 第14節

野澤の得点の前の佐藤龍之介の縦パスが物凄かったですよね。FC東京こんなに強くなってたんだ、知らなかった……

 

この時の試合は2-0でFC東京の勝ちだったんですが、サッカーと言えばブルーロックしか知らなかった次女が、「サッカーってチーム戦なんだね……!!」とか「みんなボール持ってない時も滅茶苦茶走っててすごい!!」とか、よく分からないところで感動したりしていました。

いやまあ確かに、ブルロはチーム戦を体感する素材としては若干偏ってるかも知れないが、最後日本代表と試合したりはしてたろ確か。

 

で、この試合がよほど衝撃的だったらしく、次女がいきなりサッカーにドハマりしてしまいました。

私におねだりしてDAZNを契約させたのを皮切りに、色んな過去の試合を観たり、選手のインタビューを聴き漁ったり、FC東京のチャントを覚え始めたり。

おかげで、私の脳内でも延々チャントが流れています。

 

どうも次女の同級生にもかなり強火のFC東京サポがいるようで、サッカー見始めて数日なのに「パパ、佐藤龍之介が海外いっちゃったらどうしよう……!?」とかいきなり言い始めました。

サッカーを観始めてから、その心配に至るまでの期間が短い。選手の海外移籍は暖かく応援するんやで、と言い聞かせておきました。

 

一方。次女のサッカーとは全然別の話として、これがまた個人的には驚きだったんですが、長女が身だしなみに気を使い始めました。

以前まで長女はあんまり見た目に気を使わない方で、髪型も殆ど素のままだし、小学校の頃の服がほつれていても全然気にしないでずっと着ておりました。

これは私に似てしまったかなーと申し訳なく思っていたのですが、最近になって急に服や髪形をちゃんと整え始めまして、どうしたのかなーと思っていたら「演奏会で先輩が綺麗だったから」と。

 

長女、昨年10月くらいから、「文化祭での演奏がかっこよかったから」ということで楽器(マンドリン)を始めまして、つい先日部活の定期演奏会があったんですが、そこで憧れの先輩が凄く綺麗な装いをしていたらしいんですね。

身だしなみについてはこれまでもちょこちょこ言ってはいたものの、全然馬耳東風だったところ、「こうなりたい」という憧れがあるとこんなにも一瞬で行動が変容するのか、と。

 

ちなみに長女、昨年までは寝坊が多くて遅刻しがちだったところ、それも楽器を始めてからほぼ一切なくなりまして、理由は何かというと「部活の練習があるから」と。

長男についても同じようなことは直近起きていて、高2まではあまり勉強に対してモチベがなかったところ、ある時点からいきなり受験スイッチが入って勉強し始めまして、これが何故かというと大学の授業を聴講しに行ったからなんです。

どうも高校の授業があまり性に合わなかったところ、「こういう授業なら聞いてみたい!」ってなったことが、彼にとっては勉強のスイッチになったみたいなんです。

 

次女による家全体のサッカー熱、長女の憧れによる行動変容、そして長男の受験勉強のきっかけ。「好き」ひとつで、子どもの行動が激変する瞬間。

これらはほんの一例で、他にも「これが好き」から子どもたちのスイッチが入ったものって色々あるんですが、何が共通してるかって「自分で見つけた」「自分で探し当てた」ことだ、って話なんですよね。

 

もちろん、「何か好きなものが見つかれば」っていうのは親として昔から考えてきたことで、今まで色々機会作りはしてきたものの、親主導で何かさせようとしても、まあやっぱりそんなに長続きしないんですよ。

例えば長男も一時期サッカーに興味を示したことはあって、小学校のサッカークラブに入ったりもしたんですが、あんまり長続きしませんでした。長女にも次女にも似たようなことはありまして、親の「お膳立て」がある程度以上になると、どうも強烈なパワーを生み出しにくいような気がする。

 

「親として、子どもにしてあげられること」って何なのかな、と、育児生活が20年近くになる今でも時々考えます。

親なら誰でも、一生涯考え続けることなのでしょう。

 

もちろん、身の回りの世話とか勉強の補助輪とか社会的なルールの教育とか、親の役割なんて山ほどあるんですが、根本的な「生きる力」みたいな話についていうと、結構親ができる範囲って限定されているかも知れない、と。

 

「好き」を見つける、というのは人生において根本的に大事な話で、「好きなこと」「やりたいこと」があればある程、生きる力は強くなります。

デスマで毎日午前2時まで働いた時、「これが終われば新作が遊べる」「帰りにちょこっと新作が読める」ということが唯一の心の支えになることもある。

これは私自身が体感していることで、家族の存在と同じくらい、私はゲームと楽器とSF小説に救われてきました。

 

一方、趣味とかコンテンツって、親が「好きになれ」って言ってなるようなものじゃなく、ただし子どもたちが自分一人でたどり着ける範囲にも限界がある。

「こういう選択肢がある」「こういうのが面白い」っていう、いわば趣味のカタログみたいなものは誰かが提示してあげなくてはならず、けれど「そこに飛び込む」というスイッチについては子どもそれぞれのタイミングやらバランスみたいなものがあって、最後は自分自身でスイッチを入れなくてはいけない。

 

となると、親にできることって、「提示」と「共感」までで、その後は時の運なのかもな、と思います。

こういう趣味があるよ、こういうコンテンツがあるよ、ということまでは提示してあげる。何かを選んで楽しみ始めたら、一緒に楽しむ。せいぜいそこまでなのかもな、と。

 

エンジンが駆動した後、オイルをさしてあげる役。いわば整備士。それが親の最大の役割なのかも知れないと、そんな風に思うわけです。

 

取り急ぎは、先刻エンジンが起動したばかりの次女のサッカー熱、そして長女の楽器熱が、もしも本人たちが望むならそのまま続けられるように、親としては一緒に楽しんでいければなーと思う次第なのです。

 

当面FC東京の新参サポとして、味スタにもちょくちょくお邪魔しようと思っていますので、皆さんよろしくお願いします。

今日書きたいことはそれくらいです。

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

photo:Vienna Reyes

長年、何かを表現することから逃げてきた

新入社員の頃、広告に関するエッセイを書かないといけなくて、何を書こうか迷ったあげく、「これからはすべての人がクリエイターになれる時代が来る」という話を書いた。

25年前の話だ。

 

当時、その文章を、ぼくは広告会社で働きはじめた人間としての立場から書いた。

インターネットはさまざまな人に対して表現の場所を提供する。

だから、広告メディアを使って表現することができていたクリエイターは専門職でもなんでもなくなる。

 

そんな中で、広告会社の人間は、自分たちのいる場所を飛び出して、大胆に未来を描くことしかできることしか残されていないのではないか。

そんなことを書いた。

 

そのあとすぐにインターネットは本当に広告ビジネスを飲み込みはじめ、さまざまなデジタル技術が生まれていき、広告やマーケティングの世界はすっかり変わってしまった。

ぼくはその変化の中で翻弄されて、いつのまにか何かを表現することから逃げるようになった。

 

コピーも、デザインも、ムービーも、何もかもから逃げた。

そして、細々とブログという場所から文章を書き、何かをやっているフリをして、自分を納得させるようになった。

 

AIが表現の楽しみを思い出させてくれた

そして2026年。

生成AIを誰でも手軽に使えるようになった。

 

ぼくも、はじめは「100日行」なる内省作業の補佐役として使っていたけれども、多くの人たちと同じように、今は本当に色々な目的のために使っている。

特に今は画像作成に熱中している。

 

ちなみに、ぼくは文章を書くのに、できるだけAIを使わないようにしている。

特に、ブログや企画書など、自分自身の考えについて伝えるときは、考えるときの整理には使ったとしても、最後のアウトプットは自分で書く。

ぼくにとって文章は自分の身体にかなり近い気がしていて、そこをAIに触らせるのにすごく抵抗があるのだ。

 

はっきり言って、ぼくが書いている文章なんて、人から見れば、AIとたいして変わらないだろう。

むしろAIのほうが論理的で、わかりやすい文章を書く。

それでも、自分が書いたものではない文章を、自分の文章として出すのにひどく抵抗がある。

 

一方で、画像の作成をAIに頼むのはびっくりするくらい抵抗がない。

望み通りの絵が出てこないという話も聞くが、ぼくはあまり気にならない。

ぼくにとってAIによる画像作成は、何かを作るとか描くというよりも、カメラで撮影するのに近い。

 

欲しい画像を考えたら、とりあえずラフ画像を作ってもらう。

オーディションみたいなものだ。色んな役者さんに来てもらって、それぞれの考える演技を見せてもらう。

そして、とりあえず撮影する。

 

そのうえでまた考える。

こういうことはリアルな制作ではなかなか難しい。

よほどの制作費がないとできないことだし、だいたい同じ役者さんに大量に演技をしてもらって全部ボツにする、とかいうことはすごく気を使う作業だ(役者さんにも、スタッフにも)。

それが延々と、納得するまでできるなんて、なんて楽しいんだろう。

 

で、試しに作ったものをイベント告知のバナーにしてみたら、さっそく周りからいい反応をもらえた。

それについても、あ、これAIで作ったんです、って堂々と言える。

まあ、もともと、誰かの力を借りないと何も作れない世界でやってきたからか、不思議とまったく抵抗がないのである。

 

今度こそ本当にすべての人がクリエイターになる?

インターネットの台頭によって、自己表現ができる場所がすべての人に開かれた。

それだけでも、たくさんの人たちが挑戦をはじめ、新しいタイプのクリエイターたちはどんどん増えていった。

 

でも、まだ「技術」は閉じられたままだった。

もちろん、表現を助けてくれるさまざまなデジタルツールは増えたけど、それでさえ、使えるようになるために習熟が必要だった。

 

その習熟こそが表現そのものだという考え方もあるだろう。

ピアノの演奏を聴く人は、その音のすばらしさだけでなく、ピアノの弾き手がこれまで取り組んできた並々ならぬ努力のプロセスを想って、さらに感動するわけである。

それはとても大切なことだと思う。

 

だけど、そういった習熟に必要な時間が、多くの人には足りない。

まして、ピアノのように幼少の頃からやっておかないと身につかないとか言われると、どうにもならない。

 

しかし、AIはこの時間の壁を超えるかもしれない。

ピアノをまったく弾いたことがない人でも、その人が普段やっている表現方法を用いて、あるいはちょっとした手続きを踏むだけで、美しい楽曲を奏でられるようになるかもしれない。

ついに本当の意味で、すべての人がクリエイターになれる道が開かれたのかもしれない。

 

「できない理由」という鎖が解かれていく

25年前のぼくは、そんな「誰もがクリエイターになれる時代」が来るのを、危機感を持って、見守っていた。

 

今は逆だ。

やっと自由になれる時が来たのだ。

プロじゃないとできない、技術がないとできない、努力していないとできない、そう思っていたさまざまな表現手段が解放されていくのである。

 

ぼくはこれまでずっと「〇〇じゃないとできない」といって、自分ができない理由を探してきた。

その「できない理由」という鎖が今、ひとつずつ解かれていっている感覚がある。

 

絵が描けなくても、ChatGPTやPixAIを使えば、言葉からでも絵が作れる。

楽譜が読めなくても、SUNOというアプリを使えば、鼻歌だけで曲が作れる。

コーディングができなくても、Caludeを使えば、エンジニアと打合せをしているような感覚でWEBサービスが作れる。

 

いくらでもやりようはある。

「できない理由」がどんどんなくなっていくのである。

 

もちろん、それでも、AIではここが違うとか、こんなことができないとかいって「できない理由」を捻出することはできるだろう。

だけど、それはもうその人のこだわりにすぎない。

そこまでこだわるなら、AIを使わなくても、ちゃんとトレーニングを始めればいいだけだ。

 

そして、これからもAIを使わずに自力で何かを表現できる技術を持っている人は尊敬され続けるだろう。

 

そして世界はもっとエモいものに変わっていく

ちょっと飛躍する。

たぶん、ぼくが言いたいのは「いや~誰でも手軽に絵を描いたり音楽を作ったりできる便利な時代になりましたね~」ということではない。

そうなったからこそ、ぼくらはもっといけるぞ、ということなのである。

 

誰もが自由に自己表現ができるからこそ、もっと楽しく、もっとやわらかな方法で、他者に感情を伝えることができるようになる。

あるいは、自分だけでなく、他者を楽しませるためにはどうすればいいか、もっと本気で工夫できるようになる。

 

クリエイティブとは思いやりだ、とぼくは師匠から教わった。

伝える相手のことを想像してアイデアを練り、それがちゃんと届くように工夫することが、クリエイターの仕事なんだと言われた。

 

もし、すべての人がクリエイターになったなら。

世界は多様な表現と思いやりにあふれるものに変容していくのではないかと思っているのである。

 

 

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【著者プロフィール】

著者:いぬじん

プロフィールを書こうとして手が止まった。
元コピーライター、関西在住、サラリーマンをしながら、法人の運営や経営者の顧問をしたり…などと書こうと思ったのだが、そういうことにとらわれずに自由に生きるというのが、今ぼくが一番大事にしたいことなのかもしれない。

だけど「自由人」とか書くと、かなり違うような気もして。

プロフィールって、むずかしい。

ブログ:犬だって言いたいことがあるのだ。

Photo by:Jakob Owens

GWのようなまとまった休みには、子どもたちと一緒によく出掛けた。

といっても観光地や大都市には向かわない。GWは駅も高速道路も混雑し、疲れる割に楽しめないからだ。

 

それより好ましく感じられるのは、近場でお金のかからない、けれども身体を動かし五感を刺激するような遊びだ。

 

今の季節だと田んぼにはゲンゴロウやミズスマシがいて、さまざまな種類の蝶も舞っている。実家近くの海では、のしのしと歩くアメフラシを捕まえることもできる。

アメフラシを不気味がる人もいるけれども、よく眺めるとカタツムリに似た姿恰好をしていてかわいげがあり、そっと触れるぶんには紫色の色素を放出することもない。

 

子育てには、子ども時代をもう一周できる特典がついてくる

「子育てをしてみて良かった」と思うことは色々あるけれど、そのひとつは「もう一回子ども時代を追体験できること」だったと思う。

「子どもの遊びをもう一周させてもらえる」というか。

社会通念上、子どもの遊びとみなされていることを大人が堂々と再体験できるチャンスを子どもはくれるのだった。

 

たとえば虫取り網を持って里山を巡ること。

私の子ども時代に比べると、里山の昆虫も少なくなり、地球温暖化のために夏休みの昼間に外で活動するのは不可能になっている。

 

平野部では、一番暑い時間帯になると蝉たちも鳴くのをやめてしまい、死の世界のようになってしまう。

が、GWの頃はこの限りではないし、夏でも朝夕には狙い目の時間帯がある。

 

日本社会では、虫取り網を中年男性が振り回しているのは奇妙なこととみなされている。中年女性が振り回していても同様だろう。

ところが子どもと一緒に虫取り網を振り回すぶんには、気にしなくてもいい!

高いところにとまっていて子どもには手が出せない蝉などは、大人の出番だ。時を越えて虫取りのスキルが蘇る。

子どもと虫取りをしていてなにより嬉しいのは、子どもがトンボや蝶をキャプチャーした時に目を輝かせる様子がみてとれること、その繰り返しをとおしてみるみる上達していくことだ。

たとえば子どもが初めてキアゲハをキャプチャーし目を輝かせる時、脳内ではドーパミンが遊離して報酬系がドライブしている。

単にうれしいだけでなく、それが(この場合は虫取り網を使う時の)技能習得にも繋がっていく。

 

このことは虫取りに限らない。

子どもと生活していれば、そうしたことが生活の全方位・全場面で起こり続ける。

初めてのソフトクリーム、初めての運動会、初めての新幹線。なにもかもがそんな調子だ。

 

勉強も、子どもをとおして追体験できる。

小学校の授業では『スーホの白い馬』や『ごんぎつね』が登場し、中学校の授業では化学式や天気図が登場した。

高校なら古文や対数関数、種類が増えてきて手ごわくなった英単語やイディオムたちだ。

子どもと教科書や参考書をシェアしてみると、忘れてしまっていたことや間違って覚えていたことが幾つも見つかり、それも面白い。

コロナ禍で学校授業がストップしていた頃は、私が自宅で授業をやった。昭和時代に受けた授業を思い出しながら、どうやって子どもの集中力を教科書に向けるのか、学習指導要領に妥当するかたちにやるのか、自分なりにあれこれ考えた。

 

それは、煩わしい時間であると同時に豊かな時間だったと思う。

子どもがいなかったら、こんな時間は絶対に過ごせなかった。

乳幼児期から思春期までの少なくとも一面を、駆け抜けるように再体験させてもらったと感じている。

 

人生はライフコースではなくライフサイクル、そしてライフチェーンだ

子どもと過ごし、親の立場から子ども時代を追体験すると、人生が死に向かう直線的なものではなく、円環的なものとして捉えられる。

人生をライフコースと呼ぶのは適切ではなく、ライフサイクルと呼ぶのが適切だとも感じられる。

発達心理学の古典であるE.エリクソン『幼児期と社会』には、上掲のような年齢ごとの発達課題を示した図表が登場する。

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”幼児期には幼児期の、思春期には思春期の、前期成人期には前期成人期の発達課題がある”といった趣のこの表は、エリクソン自身の記述とはちょっと違ったかたちで一人歩きしてきた。

 

つまり、上掲の右側で×をつけて否定したように、彼の発達課題の図表を見て、人生の発達課題は階段状で、ひとつの段階をクリアしたらそれっきりの不可逆な進行だと考える人は少なくない。

だがエリクソン自身は、それぞれの時期の発達課題はあくまでその年齢における中心的課題であって、左側の図のように、それ以前~それ以後にも発達課題が潜在していて、まったく無視できるわけではない、といった風のことも述べている。

 

たとえば乳児期の発達課題は「基本的信頼」を母親(的養育者)との間で構築していくことだが、実際に子どもを育ててみると、1歳に近づく頃には次の発達課題である「自律性」が始まりつつあるのが感じられる。

あるいは前期成人期の発達課題である「親密さ」がうまくできるか否かは、それ以前の課題である「アイデンティティの構築」や「勤勉さ」や「自発性」などがどれぐらいできていたかにかなり左右される。

だから前期成人期における「親密さ」はその年頃の中心的かつタイムリーな課題として受け止めるぐらいが穏当で、それ以前の発達課題が無視できるようになったわけではない、と読むべきだろう。

 

そのうえ、親が子どもに関わっていると、親の発達課題が子どもの発達課題をとおしてリフレインされる。(下図)

上掲は、思春期の学生とずっと年下の幼児と祖母の発達課題が、それぞれに重なり合いながら進行しているさまを示したものだ。

 

たとえば子どもがまだ乳幼児期の頃には、親は親の立場から乳児期や幼児期をリフレインする。

このとき、親は乳幼児期を親の立場から追体験するだけでなく、親自身の「基本的信頼」や「自律性」や「自発性」の達成具合が子どものそれらの達成を助けるのか、それとも妨げるのかにかかわる変数となるだろう。親自身の乳幼児期の達成や未達成は、子育てにはなんらかのかたちで忍び込んでくる。

 

地域共同体や血縁共同体が健在だった頃は、親自身がそのように問われる度合いは低かっただろう。

なぜなら子育てはもっと集団的な営みだったからだ。

しかし核家族化が進んでいる現在は、親自身の発達課題の達成度合いは子どもの発達課題の達成難易度を相当左右するだろうと私は推定している。

 

図表のように、祖父母が健在なら、ここに祖父母までもが関わってくる。

祖父母が孫と一緒に過ごす時、彼らは半世紀以上前の子ども時代を、いわば三度目のものとして体験する。

 

老年期の発達課題は「統合」といわれ、やがて死んでいく自分自身と死後も残されるはずの世界とのつじつま合わせ的な一面もある。

そのつじつま合わせの作業に、三度目の子ども時代、ひいては自分よりもずっと未来を生きていく孫世代との関わりが果たす役割は小さくないように思える。

 

エリクソンの論述どおりに考えるなら、子どもの幼児期は親の幼児期でもあり祖父母の幼児期でもあり、世代間のかかわりをとおして人生は円環の理をなしている、ということになる。

乳児期や幼児期、ひいては子どもの時間全般は、子ども自身のものであると同時に親のものでもあり、うっすらと祖父母のものですらある。

元来は、そこに境目などなかったはずである。

 

だから、子ども世代、親世代、祖父母世代の人生はライフコース的ではなくライフサイクル的で、もっと言えばライフチェーン的だったはずなのだ。

子育てをとおして子どもと親と祖父母、それぞれの人生は接続しあい、グルグルと円環運動を続けてきた。

 

資本主義や個人主義に根差した人生観が直線的かつライフコース的であるのに対し、子育てにフォーカスした人生観はライフサイクル的・ライフチェーン的だ。

エリクソンを批判して「人生はライフサイクルではなくライフコースだ」と言い放った人々は、このことを忘れているか、忘れたふりをしようとしているように思う。

 

人ひとりの人生は一度きりだが、世代が連なれば人生はチェーンのように連なる。

地域の繋がりなどがあれば、その連なりは血縁の枠組みを越えて、横にも広がるだろう。

 

子ども時代は、形を変えて何度も蘇る。

子育ては、この、生物としての人間にとって当たり前だったはずのことを思い出しやすい活動で、自分の人生の過去と現在、それから死後の先の未来についてまで展望させる。

 

もし、このようなビジョンが昨今の思想的潮流のなかで忘れられているとしたら、大変な損失であるように思う。

現代人はもう一度、ライフサイクル、ひいてはライフチェーンをなんらかのかたちで思い出さなければならない。

 

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

[amazonjs asin="B0CVNBNWJK" locale="JP" tmpl="Small" title="人間はどこまで家畜か 現代人の精神構造 (ハヤカワ新書)"]

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

熊代亨のアイコン 3

Photo:Braedon McLeod

「お前にはこの美しさがわからないだろ?」

中学生ぐらいの頃、親にインドネシアに連れられて旅行に行った事があった。

 

その時に、棚田という山を階段状に切り崩して水田にし、米を育てている場所に連れて行かれたのだが、そこで親は僕に対して冒頭の言葉を投げかけた。

夕焼の空を背景に、金色の光が水田に降り注ぐその姿は、いま思うと確かに美しい自然の風景であったように思う。

 

しかしその当時の僕は、その光景が大変にツマラナイもので、親が何に惚けているのかが、サッパリ理解できなかった。

 

子供は山の景色を美しいと思わない?

ちょっと前に家族旅行に出かけた時の話だ。

その道中で田舎道の途中にポツンとあるベーカリーに立ち寄り、表のテラスで買ったパンを食べる事にした。

 

そこではまあ、美しい群馬の山々があり、僕は晴れたその天候の中でパンをかぶり付く事に、尋常じゃない喜びを感じていた。

一方で子供はまるで自然に興味を示さなかった。ふと、冒頭の場面が頭をよぎった僕は、子供に

「この山、美しくない?」

と聞いてみたのだが、子供は「全然そう思わない!ツマンナイ」と全力で言い放ち、ニンテンドースイッチのあつまれどうぶつの森に夢中になっていた。

 

自然は何も面白くない

ジブリの宮崎駿さんが、かつて「子供には野山で駆け巡って欲しいのに、自分が作ったトトロや天空の城ラピュタに夢中になって、家でテレビに夢中になっていると言われるのが辛いんだ」というような事を仰っているのをみた事がある。

 

こういう主張を宮崎駿さんがされる事は何となくわかるのだが、じゃあ自分が子供だった頃を振り返ってみると、ぶっちゃけまるで自然に興味など無かった。

 

子供の頃の僕は家でテレビやゲームに夢中だったし、漫画にも夢中になっていた。たまに自然を誰かに強制されて見にいかされる度に「なんでこんな退屈な場所に来なくちゃいけないんだ」と苦痛で苦痛で仕方がなかったぐらいである。

 

なんで自然が苦痛で、人工物は楽しかったのかを考えると、人工物はそこに意味が見出せたからだと思う。

テレビやゲームは何をすればよいのかを常に提示してくれたし、漫画はちゃんと次のページに人間を引きつけるぐらいには、キチンとしたストーリーや演出がある。

 

一方で自然はどうかというと、別にそこに派手な演出やストーリーはない。

厳密にいえば、ちゃんと歴史とか動物や植物とかに詳しくなれば、そこに何らかの意義は見いだせるのだが、子供がそんなものを知るわけがない。

 

意味や意義は考える人もいるし、考えない人もいる

個人的には、この演出とか意味に強くこだわるのは、僕自身の発達気質がだいぶ影響しているようには思う。

 

僕はどうも昔から意味とか意義のようなものに対して強いこだわりがあり、それが無いものに対して価値を感じられない傾向があった。

だから自分の行いは常に意味や意義を考え抜く傾向があったし、他人にもそれを強く求める傾向が高かった。

 

この気質は、こうやって文章を書いたりするのには強く役立つが、一方であまり難しい事を考えずに社会をやれてしまっている人や、権力をふりかざすタイプの人には嫌われる傾向が高かったように思う。

 

「うるさい、つべこべ言わずに、言われたことをやれ」

こういう事を言う人の事が、昔から本当に嫌いだった。

今はまあ、丸くなったのに加え、多くの人は僕のように全てのものに意味や意義を見出したいという狂った執着は持たないのだと理解したので、あまりカドを立てないようにしてはいるが。

 

人は、結論だけで生きている

脊髄反射という言葉がある。

かつて女の人が「私、生理的に受け付けない」と言ってキモい人間の事をバッサリと切り捨てているのをみた事があるが、僕はこの「生理的に受け付けない」という言葉が前から不思議だった。

 

そりゃ、僕にだって異性の好みみたいなのはある。

だからパット見で惹かれる人間もいれば、あんましタイプじゃないなーという人もいる。

 

じゃあタイプじゃない人間の事を好きになれないかというと、そんな事はない。

ちゃんと相手の事を理解さえすれば、だいたいの人の事は、僕は好きにはなれた。

 

意味や意義さえ感じられれば、ありとあらゆる苦行であっても僕は遂行する事はできる。

だから、生理的に無理だという主張は、単なる自分の努力不足を誤魔化しているだけのようにしか、感じられなかったのである。

 

快・不快の脊髄反射で人は動く

しかしそれから長い年月を経て、僕は「別に異性の好みに限った話ではなく、多くの人は脊髄反射だけで快・不快をベースに動いているだけだ」という事を徐々に理解するようになった。

 

耳に心地よい音楽が”いい”音楽である事は誰もが疑わないと思うが、これが耳に心地よい”言葉”だとどうだろうか?

 

「カッコいい!」あるいは「カワイイ」でもいいが、こういう言葉を言われて悪い気持ちになる人間なんて、ほとんどいない。

逆に「頭悪い」とか「ブサイク」という言葉を、不快感なしに受け入れられる人間はほとんどいない。

 

この事から分かる通り、人は何らかの刺激に対して、常に快あるいは不快の反応を発生させて生きている。

そしてその刺激に対して一定の脊髄反射が発生しており、そこから次の行動を発生させて生きている。

 

人は幸福になるためには生きてはいない?

この事自体は単なる現象を切り取った説明に過ぎないが、じゃあこれを積分させるとどうなるだろうか?

前から思っていたのだが、人間は口ではみな「幸せになりたい」というのに、どう考えても幸せになろうという行為を主目的には誰も動いてはいないのである。

 

この言行不一致が僕は前から不思議で仕方がなかったのだが、最近になって「人間の行動ベースは快・不快を総合させた積分量にある」事にふと気がついた。

 

例えばちょっと前にストロングゼロが覚醒剤よりもキくなんていう発言をインターネット上でみかけた事があった。

その発言者は確かちょっと社会的にシンドそうな立場にいる人だったように記憶しているのだが、その人にとってストゼロは確かに辛いことを緩和させてくれるような作用があるだろうな、とは何となく思いはした。

 

不快だけにとどまる事は、人間には難しい

精神科医の松本俊彦氏は薬物などの依存症を「意志の弱さ」ではなく「生きる苦痛を緩和するための病気(慢性疾患)」と主張するが、自分も辛いことから逃げ出したい時ほど、快楽を強く追い求める傾向は高かったなと思う。

 

そもそも僕は快楽がかなり好きな人間であった。

性的快楽は言わずもがな、美食やサウナ、ランナーズ・ハイのような、気持ちのよいとされるタイプのものがあれば、どれも積極的に突き進んでいたように思う。

 

しかし今の僕は快楽にはさして興味が無い。これは単に中年になって心が摩耗したというのもあるとは思うが、それ以上に「生きるのが楽になったので、心にカンフル剤をわざわざ打ち込む必要がない」というのが大きいように思う。

 

僕は少し前に「多くの人間は、結論だけで生きている」と書いたが、そういう意味では僕は「生きる事自体が苦しすぎるので、快楽による除痛」を目的として”生きていた”。

 

しかし生きる事が苦しくなくなった僕は、快楽は快楽として過度に神聖視しなくなった。

今でも性的快楽にしろ美食にしろアルコールによる陶酔にしろランナーズ・ハイにしろサウナでのととのいにしろ、やればちゃんと「気持ちはいい」のだが、心の痛みに対して鎮痛剤として「無くてはならないもの」としては欲してはいない。

 

そう、かつての僕は苦しさから逃げ出すのを目的に生きていたのである。自分はちゃんと物事に意義や意味を見出すタイプの人間だと思っていたが、肝心の自分自身の行動原理について理解したのは、40年もの月日が必要であったわけだ。

 

退屈さを、愛せるようになった

冒頭の自然の話に戻ろう。

今の僕が自然に美しさを見いだせるようになったのは、一つには加齢に伴う知識による補正が働いているのだとは思う。

 

赤城山という名前を知ることで読みとける景色の情報量は、なにも知らない子供の脳とは前提条件が異なる。

大人の僕にとっては興味深い景色も、子供にとっては単なる起伏でしかない。そして単なる起伏に、面白さは無い。

 

だが、それ以上に影響しているであろう事は、大人としても僕の感性が、素直な子供と比較してヒネクレているという事があるように思う。

良くも悪くも、大人の世界は擦り切れている。単純な勧善懲悪のような分かりやすい世界ではこの世はなく、故に僕はこの世界をとても曲がったものとして、当たり前のように受け入れている。

 

そういう歪んだ眼鏡をかけて生きている今の僕にとって、ありのままの自然法則を堂々と提示される事は、なんていうか曲がった心を真っ直ぐに伸ばしてもらえるような、不思議な清涼感が感じられるのである。

 

そこにあるのは、ある意味では演出やストーリーとは無関係な、退屈な世界である。

赤城山が割れて中から世界の巨悪が出現したり、あるいは天から天使が舞い降りてきたりだなんていう”余計さ”はありえないし、特に必要はしない。

 

むしろ逆だ。退屈だからこそ、いいのである。その退屈さが、心にとても、響くのだ。

ひねくれる事なく、退屈に退屈に日々を堅実に積み重ねるその所業こそが、わかりやすい興味深いイベントに満ち溢れた刺激的な日々よりも尊く感じる。

 

そういう”結論”でもって生きる事を全力で肯定できるようになった事に、僕は喜びを感じるのである。

 

 

 

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【著者プロフィール】

名称未設定1

高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように

noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます

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とある殺人事件の途中経過

2026年3月の終わりから4月にかけて、ある事件が世の中を騒がせた。……と、書くべきなのかもしれないが、事件の内容に触れるので、はっきり書く。

京都府南丹市で男子小学6年生が行方不明になり、結果として継父(この件についてはあとで触れるのであえてこう書く)が逮捕された事件だ。

 

結果として? 結果というのはおかしい。まだ裁判すら始まっていない。おれは推定無罪というものを大切なものだと思っている。なので、表現には気をつけたい。

とはいえ、これを書いている現時点では、逮捕が最新の情報だ。そして、殺人に関与したという供述があったという報道。

 

もちろん、警察のリーク情報がどこまで正しいかなんてわかりはしない。

おれはそんなに警察もマスメディアも信用していない。

 

でも、語るうえでその情報を自分が知っているということをごまかすわけにもいかない。

これから書くことが、その流れに乗ってしまう可能性を最初に警告しておきたい。

 

もちろん、今後の捜査の進展や、あるいは裁判でまったくべつの事実がわかる可能性もある。

ただ、今回おれが書きたいのは「事件の真相」の話ではない。なので、この時点で書きたいものを書く。それに「事件の真相」はあまり関係ない。

 

おれとワイドショー

さて、おれはこの事件、発端はよく知らない。気づいたら、なにか世の中で小学生が行方不明になっていた。

テレビで、行方不明者の服の特徴と、山だか森だかの映像を見た。「山だか森だかは行方不明になるとたいへんだからな」とか、そんなことを思った。

 

……が、おれはいま、週の半分くらいリモートワークをしている。

希少がんとその治療の後遺症みたいなものがある。体調が悪いと出社できない。もとから精神疾患で午後から出社があたりまえになったりしていたが。まあ、人生初リモートワークだ。

 

で、リモートワークをしながら、テレビを垂れ流しにしている。

そして、ワイドショーが垂れ流しになっている時間が多い。

 

世の中にはワイドショーが多い。一時期減ったとかいう噂を聞いたが、想像以上にワイドショーだらけだった。

夕方のニュースとかいうものも、えらく長時間になって、ワイドショーと見分けがつかない。

平日にテレビを見ない人が想像する以上に多いと思う。もっとも、いまどきテレビなんて持ってない人も多いだろう。

 

で、おれはどうもこの行方不明事件の報道量がちょっとすごいな、とようやく気づいた。

なにやら、ちょっと不自然な感じでランリック(ランリュックとも……というランドセルにかわる通学用バッグ。わりと歴史がある。世の中、ランドセルやめてみんなこれにすればいいのにと思ったが、まあ今回は関係ない)が見つかったりしたらしい。

ミステリー的に話題になっているのか? それとも劇場型犯罪なのか?

 

そう思ったが、ネットで見てみると、どうも継父が盛大に疑われていた。

なにか状況的にいろいろ考えると、怪しいぞということだった。かなり決めつけに近い書き込みもあった。

 

え、そうなの? おれがテレビを見ている分には、そんな情報ぜんぜんなかったぞ。

マスメディアとネットの情報に乖離があった。おれはそう感じたので書いておく。

 

それで、ちょうどリモートワークしているときに事件に進展があって、「ご遺体」(と、テレビは言うのだが、昔から使ってきた言葉だったろうか?)が見つかり、継父が逮捕されるにいたった。

それはもうすごい情報量だった。夜のニュース(報道ステーション)でも30分以上やっていたんじゃないだろうか。

おれはそんななか、ほかならぬワイドショーの中で、報道のあり方に対する二つの異議を見た。

 

「報じない」という選択がもたらすもの

一つ目は、「マスメディアが報じないこと」についての異議だった。

コメンテーターとして出演していた、どこかの大学の女性教授で、たぶん弁護士の資格も持っている人のコメントだったと思う。父親の逮捕後のコメントだった。

曰く、「マスメディアが家族や継父の件についてまったく報道しないことで、逆にネット上で不確定でいいかげんな情報が氾濫している」と。

 

マスメディアも継父に対して疑いを持ち、たくさんの取材を進めていたのは確かだろう。

逮捕されたと同時に大量の情報が放出されたからだ。

そこまでいろいろなことを調べておきながら、今回の事件については、普通の殺人事件ではありえないほどに被害者の家族関係に触れていなかった。不自然なほどに触れていなかった。あるていど確定して問題のない情報は出すのが、メディアの役割ではないのかと。

 

さきほど書いた通り、おれはテレビ報道ばかり見て、そのあとネットの情報に触れて、その落差に驚いた。

なので、テレビが不自然なまでに最後の目撃者であり、被害者を車で送っていた継父に触れていないのは、確かだ。

 

そして、ネットで不確定情報が溢れていたのも本当だ。その多くは継父を犯人視するものであったが、なかには継父の国籍がどうこうという話まで出ていた。

結果的に(あくまで逮捕まで、だが)、前者のネット探偵の推理は正しかった。一方で、国籍がどうのこうの、具体的に言ってしまえば中国籍だという説は、現時点ではどうもデマの可能性が高いように思える。

 

もちろん、メディアが継父の国籍を調べ上げているかどうかわからないのでなんとも言えない。

ただ、あまりにも報じなさすぎるために、その不自然な空白が、たとえば犯人であることの確定情報としてネットを駆け巡ってしまったのは否めないかもしれない。

もちろん、情報を出すことで、火に油という可能性もある。むずかしいところだが、マスメディアとネット、情報がどうあるべきか考えることはたくさんあるだろう。

 

事件の詳細を報道する「メリット」とは?

二つ目は、「事件を詳細に報道して視聴者がえるメリットはなにか?」という問いだった。

これは、脳科学者の中野信子さんによる発言だった。

「中野信子だったかな?」と思っていたが、なかなかインパクトのある発言だったので、発言がネットにまとめられていたので確定情報として書く。新聞記事にもなっていた。

これに中野氏は「これは本当に嫌なニュースで、なるべく見ないようにしていた」といい「いつ、どこで亡くなったか興味があるかもしれないが、分かったところでなんなのよ、と思う」とコメント。

そして「このニュースをお届けする側に立っているものが言うべきではないかもしれないが」と前置きし、「見ている方は、このニュースを見て得られるメリットって何かしらと思ってしまう」とも吐露。

「お母さんは子供がいたら再婚するなっていうメッセージなんでしょうか。それともお父さんは子供を殺すなよってことですか?」と訴え「私はちょっとそういうの、どうかと思いますし、この事件が多くの人に知られている事件ですが、再婚して幸せに暮らしている人もいっぱいいるでしょうに。

再婚している人は皆そういう目で見られるんでしょうか。野次馬根性を満足させるためだけのニュースならどうかと思う」と語った。
デイリー

この発言をしているときの中野氏は、かなり悲痛な表情をして、悲痛な語り方をしていた。

悲痛というのが正確かわからない。「泣きそうな」が近いかもしれない。

 

ともかく、おれはこの発言を見て、「おお、よく言った」と思った。

おれが同意するのは、「分かったところでなんなのよ」というところだ。

 

これはおれがそれこそ子供のころからといっていいほど昔から思っていたことだ。

殺人事件があった。たとえばそれは男女の痴情のもつれの結果だとする。

それについて、事細かに報じる理由はどこにあるのだろうか? それを聞いた人間はなにを思うべきなのだろうか? 暴力はよくないです?

 

たとえば、ある詐欺の手法が多くの人に被害を与えている。それなら、詳細を報じる必要がある。

その手法を周知させることによって、新たな被害が防げるからだ。

 

あるいは、介護殺人が増えている、というニュースならどうだろう。

これも一つの社会問題として、介護退職や老老介護の問題などについて人々に示唆を与える。場合によっては福祉の制度を改正する道につながるかもしれない。

ストーカー殺人のニュースも、色恋営業からの刃傷沙汰も警察の対応を変えたかもしれない。そう、ときには法律が変わるきっかけになるかもしれない。

 

で、この事件になにかそういうメリットはあるのだろうか。おれにはないように感じられた。

まあ、行方不明の小学生がいる、ということを報じることは情報を集めるのに役に立つだろう。だが、継父が殺人の犯人かもしれないということになんのメリットがあるのか。

 

これについて、Yahoo!ニュースで「シンママ」(シングルマザー)の恋愛や結婚を否定する流れになってはならない、というような内容の記事が出た。

それに対する、ヤフコメの反応はどうだったろうか。

 

ほとんどが「シングルマザーは恋愛も結婚もするべきではない」という意見で埋め尽くされていた。

たまに継父が連れ子を虐待したり殺害したりことをあげつらい、シンママは自分一人で子供を育てるだけの技能、才能、努力が必要であると言う意見だらけであった。中野信子の懸念どおりではないか。

 

ちなみに、おれはこのシングルマザー批判はまったく想像していなかった。想像力の欠如だ。

そして、こんなところに人のヘイトが火を吹くのかということも想像できなかった。とはいえ、「法律的に規制するほど事件発生率が高い」というのであれば、それも一つの議論だろうが。

 

いずれにせよ、「なんのメリットがあるのか」というのも一つの問いだ。

そもそも報道とはなんのためにあるのか、メリットのためなのか、という問いもありうるだろう。

でもまあ、できれば広く社会にとってなにかメリットがあったほうがいいようには思う。少なくともだれかが報道で傷つくのはよくない。

 

人ひとりの死を報じ、論じることについて

また、一つおれは思ったことがある。この間、一冊の本を読んだ。東浩紀の『平和と愚かさ』という本だ。その本の主題については前に書いた。

おれはけちなので一冊の本からいろいろなことを取り出す。

 

おれが事件のニュースを見ていて思ったのは、批評家の笠井潔の探偵小説についての主張を紹介したこの部分だ。

探偵小説の起源は、一般には一九世紀前半のエドガー・アラン・ポーに求められる。けれども笠井によれば、ほんとうの起源は第一次世界大戦にある。

第一次世界大戦は人類がはじめて経験した総力戦であり、多くの人々が殺された。無数の人々が、集団的に、匿名的に、本論でここまで使ってきた言葉でいえば、まさに「ゴミのように」殺された。

笠井はその言葉を「大量死」と呼び、探偵小説はその経験への抵抗として生まれたジャンルだと主張している。彼はつぎのように記している。「戦場の現代的な大量死の経験は、もはや過去のものかもしれない尊厳ある、固有の人間の死を、フィクションとして復権させるように敷いた。

機関銃や毒ガスで大量殺戮され、血みどろの肉屑と化した塹壕の死者に比較して、本格ミステリの死者は、二重の光輪に飾られた選ばれた死者である。

犯人による、巧緻をきわめた犯行計画という第一の光輪、それを解明する探偵の、精緻きわまれない推理という第二の光輪。第一次世界大戦後の読者が本格ミステリを熱狂的に歓迎したのは、現代的な匿名の死の必然性に、それが虚構的にせよ渾身の力で抵抗していたからではないか」。

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おれはべつに、現実に起きた殺人事件(であろう)を、ミステリとして見ているわけではない。

ただ、大量死に対する固有の死というものを思い浮かべた(さらに話を進めた「大量生」の話にはここでは触れない)。

 

さきほどおれは、痴情のもつれのような殺人事件を報じるにどれだけの価値があるのか、と書いた。

しかし、一方でそれは大量死ではない死にほかならないのも確かだろう。だからといって、光輪のある死とは決して言わぬ。言わぬが、一つの死を軽んじることもまたなにか違うのか? という気になった。

そしておれは、言語の壁が崩されたX(これついてはまたなにか書きたい)で見かけたポストを思い浮かべた。

ねえ、俺はマフディ、22歳だ。ガザで死にたくないし、俺はただの数字じゃない。ただ、良い人生を歩みたいだけなんだ。

AIによって翻訳された言葉に、一人の青年の自撮りが添えられていた。「俺はただの数字じゃない」。

 

ガザで行われていることが国際法的にジェノサイドにあたるのかどうかおれにはわからない。ただ、おれはジェノサイドだと思っている。

マフディが直面しているのは、自分一人の死であると同時に、数字として処理されてしまう大量死の一つだ。もちろん、人は固有の死であれ、大量死の一つであれ、殺されたくはない。良い人生を歩みたい。それはマフディも、京都で亡くなった中学生も一緒だ。

 

今の日本国内に大量死は存在していないといっていい。でも、世界では違う。

そこでわれわれは人の死をどう扱うべきなのだろうか。どう思うべきなのだろうか。

 

マスコミはそこまで考えて、人の死を報じてほしい。大手のマスコミを「オールドメディア」などと揶揄する言葉も多く見るが、今のところ事件をリアルに取材して、報じられるのはマスコミだけだ(迷惑系YouTuberの突撃がその代わりになるとは思えないが)。

そのバランスを間違えないかぎり、マスコミには存在価値があるし、そうあってほしいと思う。

 

たとえば、今回は「報じなさすぎる」という意味で逆に目立たせてしまったが、誰かを犯人と決めつけて報道する、メディアスクラムみたいなものは、松本サリン事件や和歌山のヒ素カレー事件のときからはよくなっているとはいえる。

 

今回、ワイドショーで中の人からの批判も見た。それを予定調和という人もいるかもしれないが、やはりそれでも中から批判が出るのはいいことだろう。

少なくともおれは、「本日、某県で殺人事件があり、容疑者が逮捕されました。事件の詳細は伏せさせていただきます」というニュースだけの世界は、警察権力へ国民の監視が成り立たないという意味でよくないと思う。

かといって行き過ぎもよくない。そのバランスは難しい。最適解があるのかも想像はつかない。でも、なんとかやってほしい。

 

そして、インターネット、SNSというものによって、ひとりひとりがメディアとなったわれわれも、なにをどう表現し、発信するのか、しないのか、それも突きつけられている。

おれがここに書いたことは大きな誤りかもしれない。だとすれば、これを踏み台に、大いに論じてよい方向に進めばいいと思う。

 

たぶん、それしかない。それくらいしか「メリット」はない。

そう思っている。

 

 

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【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

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この記事で書きたいのは、大体以下のようなことです。

 

・昔の部下に、「他者への連絡・相談」が絡むタスクを必ず遅らせてしまう人がいました

・「叱られないか、どう反応されるかに対する不安」「相手の時間を奪ってしまうことへの罪悪感」「相談するタイミングの見極めが苦手」「過去の上司に対話を拒絶された経験」などが主な問題だったようです

・心理面とインフラ面の両方から、なんとか解決できないか、上司・同僚として色々試行錯誤しました

・しんざきのチーム内で一番効果があったのは「エスカレーションの単純化」と「エスカレーションルールの設定と周囲への共有」でした

・「部下のコミュニケーションコストをどう下げるか」というのはマネージャーにとって重要な仕事のひとつです

・一方、「連絡・相談が気軽にできる」というのが、ビジネスパーソンとして非常に強力なスキルになることも確かです

・特に4月からの新人の皆様には、「こまめな相談・連絡は何より自分を守るためのもの」「新人期間は、相談スキルを身につけるための無敵タイム」ということを覚えておいていただきたいです

 

以上です。よろしくお願いします。

さて、書きたいことは最初に全部書いてしまったので、後はざっくばらんにいきましょう。

 

何度か書いているんですが、しんざきはDBを中心に色々やるITエンジニアです。部下をマネジメントしつつ自分でもタスクをこなす、いわゆるプレイングマネージャーの立場で20年近く働いています。

 

とはいえ最近はDBというよりクラウド絡みの仕事ばっかりやってまして、

「えっ!?メインフレームで独自実装してたレガシーシステムをモダナイズしつつ四カ月でフルクラウドに!?」「できらあっ!!」

みたいな会話してるところに横から慌てて突っ込みを入れる仕事で主に生計を立てています。

ドキュメント皆無なのに大丈夫なのかな、あのシステム。

 

それはそうと。皆さん、「他人への連絡・相談」ってお得意でしょうか?

例えば、

ドキュメントの不明点についての確認。

スケジュール調整とミーティング設定。

他部署との利害調整と依頼前の頭出し。

単なる進捗の報告から資料のレビュー依頼まで、「人への連絡・相談」が絡むタスクというものは、仕事をしていれば山ほど発生します。

 

もちろん人によって、業種によって、タスクによって全然変わってくる話ではあるのですが、しんざきの経験上は、「連絡・相談」が絡むタスクの得意不得意って、人によってだいぶ違いがあるような気がしています。

 

かつ、(私も含め)どちらかというと連絡・相談に苦手意識、心理的障壁がある人の方が多いような気がしています。

報連相、「社会人の基本」みたいな顔してますけど、案外難易度高いスキルですよね。

 

そりゃ、「報連相してもただ聞き流すだけで、なんのフォローもしてくれない」なんてなったら連絡も相談もしたくなくなります。そりゃそうです。

 

***

 

さて。

昔私がいた会社で、「連絡が絡むタスクが極端に苦手」という人がいました。仮に名前をAさんとします。当時3~4年目くらいだったでしょうか。

 

単にタスク遂行速度の話であれば、速い人も遅い人もいるのですが、Aさんの特徴的な点は、

「人との連絡や相談が絡むタスクと、そうでないタスクのスピードにものすごい落差がある」ことでした。

 

例えば定型の事務処理とか、ドキュメントの整理とか、独力で片付けられる仕事なら、Aさんは何の問題もなく、前倒し気味にどんどん仕事を進められるのです。

 

ただ、「誰かに連絡・相談しないといけない」というタスクについては、必ず後回しにしてしまい、大抵の場合期限から大幅に遅らせてしまうという傾向がありました。

特に、「自分が作った成果物のレビューを受ける」という段階になるとその傾向が顕著で、手元で抱えたまま何の報告もせず、気付いたら当初の予定から2週間遅延、なんてこともありました。

 

これ、管理側として、いくつか選択肢はあるんですよ。

 

もちろん、「単純に管理強度を上げて、細かい進捗まで逐一見る」という手段は、大変ですけどまあ、解決方法として成立します。

Aさんが明確に「ひとりで完結しないタスク」を苦手としているのは確かなので、「そういう仕事は可能な限り回さない」という選択肢も、もちろんあったでしょう。

 

ただ、「完全にひとりで完結するタスク」ってとても幅が狭いですし、定年間近な人ならまだしも、社会人としてまだまだこれからのAさんにとって、「できるタスクが超限定される」という状況も、その状況に慣れてしまうのもあまりよくないことです。

 

「連絡が苦手」という人の中には、成功体験を積むことで改善する人も、「コツさえつかめばできるようになる」という人もいます。

本人と話してみると、Aさん自身「ダメなのは分かっているんだけど、つい遅れてしまって……」という感じだったので、なんとかできないかなーと色々試行錯誤しました。

 

***

 

Aさんと話したり、Aさんの仕事の傾向を観察していてちょっとずつわかったことなんですが、Aさんが「連絡・相談」タスクを遅らせてしまう理由には、大きく5つくらいがあるようでした。

 

1.叱られないか、どう反応されるかに対する不安
2.相手の時間を奪ってしまうことへの罪悪感
3.相談するタイミングの見極めが苦手
4.相談内容を言語化するのが苦手
5.相談しても状況が改善しないことによる学習性の無力感

 

1つめとして、何と言っても「叱られることを想像してしまう」こと。

2,3とも関連するんですが、とにかく「こんなこと言って怒られないかな、呆れられないかな」という恐怖や不安がとにかく大きいんですよね。

もちろん、叱られるのは誰にとってもイヤなことですが、Aさんの場合、後述の経験もあってか、特に「こんなことも分からないの?」的な反応を受けることに対する不安感、恐怖感が大きいようでした。

 

2つめと3つめは関連しているんですが、「相手の状況を見極めようとし過ぎてしまうこと」。

もちろん「相談」というのは、一時的には相手に時間をとってもらうことですし、忙しそうにしている人には話しかけにくいし、メールやチャットで時間を奪うのも申し訳ない。

そういう心理的な遠慮が働いてしまう点も大きいようでした。

 

あと、特にPC仕事だと「相手が何の作業をやってるのかよくわからん」という状況も頻繁にありますし、そこで「今相手にコンタクトをとるのは正解なのか?」という疑問が大きくなってしまうことが、Aさんの抱える問題の一つのようでした。

 

更に、「相談」って、しないまま時間が経てば経つほどしにくくなっていくものなんですよね。

「なんでいままで言わなかったの!?」とか、「こんなに時間かけてこの状態!?」とか言われるんじゃないか、という恐怖感がどんどん大きくなってしまう。「相談できなかった」ことが、そのまま不安を蓄積させていくわけです。

 

4点目、そもそも「何を相談すればいいんだ?」というのを言葉にするのが苦手。

まあ、これは仕方ないこともありまして、「分からないこと」「煮詰まっていないこと」は、相手に伝わるように言語化すること自体が一苦労でして、これを解決するには「慣れる」しかありません。ある程度ベテランの人でも、「分からない」を言葉にするのが苦手な人は全然います。

 

5点目として、私以前の上司のスタンスが問題になっている部分も大きいように見えました。

相談してみたものの、「そんなこと自分で判断しろ」と言われてしまう。あるいは、進捗遅れに対してフォローしてもらえない、他部署との調整をエスカレーションしてくれない。「相談」に対する失敗体験ですね。これが、1点目の「相談することに対する恐怖感」を助長しているように見えました。

 

この辺、単に「私はちゃんとやるから相談してくださいね」のひとことで済めば問題ないんですが、そこそこ根深い問題のような気がしたので、色々と対策を試行錯誤してみることにしました。

 

***

 

大きく考えた方針は三点で、

・「連絡・相談に対する心理的負荷をなるべく減らして、相手の反応を警戒しなくて済むようにする」
・「連絡・相談自体を「ルール」として部署全体で共有して、他のメンバー含めて「相談するのが当然」という状況にする」
・「相談してうまくいった、という成功体験を積んでもらう」

この三つを実現できる方法を色々考えました。

 

当時はまだコロナ以前の話で、チャットソフトによる業務的なやり取りがまだそこまで一般的にはなっていなかったのですが、例えば「相談アリ/なし」というトリガーだけを伝えられるチャットルームを用意して、中身については私(上司)が自分から確認にいく、というシステムにしてみました。

 

これなら、相手が都合のいい時に見に来てくれるので、「相手の時間を奪ってしまう」という不安はだいぶ軽減されます。

また、「分からない」自体を言語化しなくても、ヒアリングでこちらから補助しつつ徐々に拾ってあげられるので、言語化の練習にもなるかなーと思いました。

 

また、相談や連絡について、エスカレーション自体にルールを設けました。「10分考えて結論が出なければエスカレーションする」とか、「自分一人で解決しないタスクについては、最初からチャットのメンバーに関連メンバーを入れておく」とか、そういうのです。

これ、「ルールとして全体に周知」というのが重要で、自分だけでなく相手も「ルール」として認識しているので、「連絡したら怒られる」という不安はかなり軽減されます。「だってルールだし」の精神です。

 

あとは、もちろん口頭でも色々話しました。

「相談っていうのは、何より自分を守るためのことですよ」とは、結構口酸っぱく言ったような記憶があります。

つまり、相談しないで自分一人で抱えてしまうと、それは自分の責任になってしまう。相談して、相手にも状況を周知しておくことで、相手にも責任を共有することができる。

 

上司なんて責任を押し付けるためにいるんだから、がりがり相談してもらって構いません、とかいった記憶があります。

 

「40%の出来でもってきてください」とも言いました。「完成形」までもっていくのって物凄く大変ですし、人に見せる時の心理的ハードルも上がるので、先に「30~40%」と指定してしまうことで、速いうちに方向性の修正をする練習ができないかなーと思いました。

 

コロナ後、リモートワークが主体になってからは、割と普通に行われることも多くなったような気はしますが、当時は「何が利くのかなー?」とあれこれ悩みながら色々やりました。

 

***

 

色々やっているうちに、Aさんの状況についてはちょっとずつ改善していって、普通の連絡・相談タスクならほぼ遅れない、くらいにはなったように思います。

この時、Aさんの場合は「ルール化」の影響が一番大きかったようには思えまして、「もうルールとして決まっているならやるしかない、相手が怒ったとしても自分のせいじゃない」というように頭を切り替えることに成功したみたいです。

 

相談自体を「ナシ/あり」のスイッチだけにする、というのもそこそこ大きかったのか、とは思います。やっぱり「相談内容を言語化する」って大変ですしね。

この辺、何が刺さるかってのは人それぞれなので、単純に色々試したのが良かったんだと思うんですが、「気軽に相談できるインフラを整える」っていうのは、上司の重要な仕事の一つだよなーと考えた次第です。

 

上でも書きましたが、コロナ以降、リモートワークがメインになって、この辺の「連絡・相談」の事情もだいぶ変わりました。

連絡自体のコストはだいぶ下がっている一方、「相談しなければいけない点の言語化」についてのハードルはむしろ上がっているような気がします。

チャットソフトで、「何を相談しなければいけないか」というのを整理するのって多分滅茶苦茶大変で、そのためだけに生成AI使うのもナシではないと思うんですが、ここ最近でも手こずっている人は多くみられます。

 

自分の手が届く範囲ではなるべくフォロー・サポートしつつ、皆が気軽に相談できる環境が作れるといいなあ、と思っている次第なのです。

 

***

 

ここから先は、私の話というより、この四月から新社会人になった皆様へのおっさんからの助言、という感じなのですが、

・「進んでない」とか「うまくいってない」というのは、一番言いにくいですが、上司にとって一番重要な情報です
・新人の内は進んでないっつっても大した影響が出ることはないので、遠慮なく「進んでません」と言える練習をしておいた方が良いです
・上司が相談しにくい人であれば、他に相談しやすい人をみつけておくのが良いです
・なによりも自分を守るために、気軽に軽率に「連絡・相談」していきましょう

以上になります。

 

とにかく、「連絡・相談」が苦手だと何が起きるかっていうと、「色んなことを抱え込みやすくなってしまうし、問題が大きくなるまで発覚しなくなってしまう」んですよね。

そこをなんとかするのは上司の仕事ではあるんですが、それでも上司の目が常に全体に行き届いているかっていうとそうでもないので、問題をなるべく小さいうちに人に投げられるに越したことはありません。

 

マネジメント上、一番困るのは「実は進んでませんでした」ということを知るのが遅くなることで、フォローのための手段がどんどん限定されていきます。

だからこそ、まだ芽が小さい内から気軽に「ごめんなさい進んでないです」と言えるのが良いですし、それが一番上司も助かります。

 

新人期間というのは、「どんな大失敗しても業務にクリティカルな影響を与えることは(普通は)ない」という、一種の無敵期間なので、この無敵タイムの間に、是非「気軽に相談できる」という社会人としての重要な強みを身につけていっていただければ、と考える次第なのです。

 

まあ、社会は広いので、中にはいきなり金融機関の結構重要な現場に配属されて、失敗したら即プロジェクトにでかめなダメージが発生する仕事を押し付けられる、みたいな例もあるみたいですが(私とか)。

そういう会社とは付き合い方自体を考えるべきなので、相談連絡自体の重要性が下がる話ではありません。気楽にいきましょう。

 

ということで、4月からの新人さんにもそうでない人にも、「気軽にエスカレーションしつつ楽しく働きましょう」という程度の結論をもって、この記事を閉じたいと考える次第なのです。よろしくお願いします。

 

今日書きたいことはそれくらいです。

 

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

コンサルタント、という仕事は、初対面の、様々な人と話すことが必要な職業です。

しかし、不特定多数を相手にする接客業(例えばホテルや飲食店)が接客する相手を自由に選ぶことができないように、コンサルタントも大体において「話をしなければならない人」は、自分で選べません。

 

どんな嫌味な人であっても。

どんなに話を聞かない人でも。

どんなにワガママな人でも。

「その人に合わせた対応」を、その場で考えて行う必要があります。

 

しかし、私が個人的に苦手だったのは、上のような人々ではありませんでした。

正直なところ、話を聞かなかったり、ワガママであったりする人でも、「接し方」のコツさえわかってしまえば、対して困ることはありません。

 

それよりもずっと難しいのが「賢い人たち」と話すことです。

 

賢い人は、怖い

「本当に賢い人」に接したことはあるでしょうか。

 

別に「IQが高い」とか、「勉強ができる」とか、そういった話ではありません。

そういう人は、正直なところ、世の中に結構います。

 

では、最も希少で、最も「賢い人たち」は、どのような人たちか。

それは、人の心理を読むのことに、異常に長けた人たちです。

 

人の心理をコントロールして、大きな組織をつくります。

人々に支持される、それでいて独創性のある作品を作ります。

世の中で何が売れるのかを察することができます。

目の前の相手を安心させます。

つながりを作るのがうまく、強力な人的ネットワークを持っています。

 

そして、彼らの最も大きな特性として、

「こちらの考えていることは見透かされてしまうのに、相手の考えていることはわからない」

があります。

 

私は何度か、そういう人に出会いました。

例えば、こんなことがありました。

 

「管理職育成プログラム」の一環で、合計で10人ほどの管理職に対して、インタビューを行ったときのことです。

私は管理職たちに部署の課題や人事の悩みを聞き、あるいはその内容から、管理職としての適性を量る、といった任務を与えられていました。

 

インタビューは全員に対して、ほぼ同じ設問で行われます。

回答の内容のばらつきを抑え、比較をしやすくするためです。

 

私が怖いな、と思ったのは、5人目くらいの方だったと思います。

私が部署の課題について尋ね、目標の達成状況について聞き取りを行い、内容をメモして、

「何か質問はありますか?」と聞きました。

 

すると、その方はこう言いました。

「そうですね……、安達さんの仕事って、何をすることなの?」

 

私は答えました。

「貴社から頂いたテーマがこちらです」

そして、「管理職育成」プロジェクトの資料を見せました。

 

すると彼はこう言いました。

「うんうん、それは知ってます。でも、私の質問の回答にはなってないですよね?」

 

*

 

こういうインタビューでは、

「用心深く、ほとんど話をしてくれない人」

「こちらを敵視する人」

「俺は優秀だぞアピールをする人」

「見下してくる人」

「無関心な人」

というのは、数多くいます。

 

彼らはみんな、「自分」しか見えていない。

話し相手については、全く興味がないのです。

そして、そういう人の扱いは、簡単です。

彼らが望むような回答をすればいい。

 

しかし、賢い人の多くは、相手自体に興味をもち、探ろうとしています。

そして、「あなたと話す価値はあるの?」と、こっそりと、逆に値踏みしてくるのです。

しかも、表面的にはとても紳士的にふるまうので、腹の中が読めない。

 

上の彼が聞きたいのはありきたりの「プロジェクトの内容」ではありませんでした。

私がどのような人間で、どのような基準で仕事をしているのか、それを返答から知ろうとしていたのです。

 

具体的には、

・どんな管理職を「優秀だ」と思っているのか

・どんな行動を「良い」と思っているのか

といった、私の「個人的な考え方」に属するようなことです。

これは非常にこたえづらい。

 

当時の我々の考え方として、上のような話は、そもそもコンサルタントが決めるものではありませんでした。

・経営者がどう思うか?

・現状の評価基準がどうなっているか?

・一般的な評価基準に照らし合わせた時にどうか?

・他社ではどうか?

などの基準を総合的に加味して、最終的には、その会社自身が決めるものだとしていました。

我々の役割は、事実の収集と、その話の内容の報告です。

 

その話をしたところ、彼は言いました。

「でもさ、安達さんだって、いろいろ話を聞いて、「この人は優秀だなあ」とか、思うんでしょ?そっちのほうに興味があるんだけど。」

 

彼は背景を知りつつ、私にあえて、「個人的にはどう思う?」と、聞いたのでしょう。

 

ただ、私は、そのような場合に「リスク回避的な回答」をするように訓練されていましたので、

「それは、私が決めることではないと思います。」

と答えました。

 

彼はちょっと笑って

「ごめんね、安達さんと話したくてね。」

と言いました。

 

私は戦慄しました。

人当たりがいいのに「実はものすごく怖い人たち」」の気配を感じたからです。

話を続けるとおそらく、「彼の思い通りに話を引き出されてしまう」でしょう。

 

「隠し事」ができない

子供がいる人ならわかると思いますが、子供の隠し事は稚拙です。

言動や、様子から「何を隠しているか」は、親からすればすぐに読めてしまう。

 

おそらく、それと同じことです。

私が何を考えているか、彼には簡単に読めたことでしょう。

 

繰り返しますが、この「こっちからは相手が何を考えているかわからないが、相手からは簡単に読まれてしまう」

という状態が、「賢い人の怖さ」の正体です。

 

例えば、世界一の名探偵、といえば、シャーロック・ホームズの名前を思い浮かべる人も多いでしょう。

彼は助手のワトソンが考えていることを言い当て、驚かせます。

ホームズは黙り込んだまま、その細く長い身体を猫背にして、何時間も化学実験室に向かっていた。

何かひどくいやな臭いのするものを生成しているのだ――深々とうつむくその様が、私には、ひょろ長い怪鳥けちょうに見えた。くすんだ灰色の毛と、黒い鶏冠を持った怪鳥――

「だからワトソン――」とホームズが突然口を開く。「君は、南アフリカの証券への投資を思いとどまった。」
私は驚きのあまり身を震わせた。このホームズの不思議な力に慣れているとはいえ、どうして私の胸のうちの考えに潜り込めたのか、皆目見当がつかなかった。

「いったい、どうしてそのことを?」と、私は聞き返す。
ホームズは椅子をくるりと回し、手に試験管を持ったまま、その深くくぼんだ瞳を面白そうに輝かせるのであった。

「さあワトソン、ぐうの音も出まい」
「まったくだ。」

「では、この件について、君に証文を書いてもらわねば。」
「なぜかね?」

「五分後には、君はきっと『ひどく簡単な話だ』などと言うからだ。」

(踊る人形 青空文庫

 

このような人と同居するのは、普通の人であれば、さぞかしストレスでしょう。

なんでも見透かされてしまうのですから怖いです。

 

人の心を読み、人を動かす能力を「社会的知性」と呼びます。

(これは詳しく本にも書きました。)

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この社会的知性が高い人は、一般的にとても仕事ができます。

他者が考えていることが、手に取るようにわかるので、当然です。

悪用すれば、人を操ることもできる。

 

それを知っていると、上の私のように

「この人にはすべて読まれてしまう」

という恐怖がわいてきます。

 

相手がたまたま良い人であればいいですが、そうでない場合は……。

発言には、くれぐれも用心せねばなりません。

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書

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Photo:

最近は、為替や株価について意識することが増えました。インフレが進んでモノの値段がドシドシ上がっていくと、貨幣の価値の曖昧さや水物っぷりが実感できますね。

貨幣の価値は絶対ではない。

経済に詳しい人には当たり前のことかもしれませんが、長年、デフレ経済下で暮らしていた私にはそれが肌感覚としてわかっていませんでした。

 

自販機の缶ジュースの値段が僅かずつ値上がりしていたこと、ファーストフード店のハンバーガーの価格が上下することは、本来、貨幣の価値が変動することを示すサインでした。

デフレ経済下にも、その兆候はちゃんと目の前にあったのです。にもかかわらず、私はそれを意識していなかったから見ていなかった。見えていなかったのです。

 

そして迎えた2020年代。

貨幣の価値は上下動し、それに伴ってモノの値段も上下動しています。チョコレートの値段も、コメの値段も、パソコンの値段も、素人にもわかるように変わり続けてきました。

それらは、ある程度までは需要の変化や供給側の都合によるものだったけど、それだけでは説明できない一面をも含んでいたのでした。

これは第一ライフ資産運用研究所さんからのグラフですが、日本では近年、物価の上昇が激しくなっており、2026年もこの傾向が続きそうです。

物価の上昇が激しくなっているということは、貨幣の価値、とりわけ日本円の価値が相対的に低下しているということです。

 

一万円札一枚で買えるモノの量が減っているので、まるで一万円札が腐ってきているようだ、と私はつい思ってしまいます。タンス預金しっぱなしのお金も腐ってきていると比喩できるでしょう。「お金はタンスにしまっておくと腐る」だなんて、誰も教えてくれなかったよ……。

 

本当は、ノーポジなんて存在しない

誰も教えてくれなかったといえば、「本当は、ノーポジなんて存在しない」もそうですね。

ノーポジション、略してノーポジとは、投資の世界においてなんにも株や証券を買っていない状態を指すそうです。字義どおりに考えるなら、どこの証券会社も銀行も利用せず、タンス預金で日本円だけ溜めている人はノーポジに相当します。

 

でも、経済音痴な私が最近になってようやく気付いたのは、為替レートの上下まで含めて考えるなら、この世にノーポジなんてものは存在しない、ということでした。

たとえば1ドルが100円だった時に日本円で100万円をタンス預金していた人は、ドルに換算して1万ドル持っていたことになります。

でも、その1ドルが150円になったら、その100万円のタンス預金は三分の二の価値、約6700ドルになってしまうのです。そうなったらアメリカ製の製品、たとえばiPhoneやアメリカ産穀物などを買うのは難しくなってしまうでしょう。

 

最近の日本円の為替レートは、どの通貨を相手にしても分が悪くなっています。かつてはぜいたくし放題と感じられたアジアの新興国に出かけても、割安感はもうありません。

日本円というポジションがどんどん弱くなっているのが肌感覚として理解できます。

 

もちろん過去には逆の時期があったのでしょう。円高がどんどん進んでいる頃は、日本円で外国通貨や外国製品がますます買いやすくなり、そういう時期に財産を日本円でもっていた人はタンス預金しているだけで相対的にお金持ちになれていたんだと思います。

 

日本円がうなぎのぼりに円高になっていった時、日本人が意識的に日本円をため込んでいたわけではありません。

でも、結果的に日本円にポジションを持つのと同じことが起こり、世界レベルでみれば相対的にお金持ちになれていたのでした。

今は正反対のことが起こっています。円安がドシドシ進んでいる時に日本円だけを持っているのも、それはそれで日本円にポジションを持ち続けているのと同じことです。100万円のタンス預金も、円安が進行すればどんどん安くなってしまうでしょう。

 

ですから、「為替レートのことなんか気にしない、自分の財産は日本円のままでいい、それをタンス預金するんだ」と言っている人は、完璧にノーポジションなわけではなく、全財産を日本円に張っている人、それもタンス預金に張っている人、と表現すべきなのでした。

決して何も選択せずに済ませているわけではありません。その人は「日本円のまま」「タンス預金をする」という選択をしているのです。

 

その選択の結果は自己責任となって帰ってくるでしょう。手元にある日本円の額面が同じでも、円高やデフレが進めばその価値は相対的に上がっていくでしょうし、円安やインフレが進めばその価値はどんどん下がっていくでしょう。

 

余談ですが、社会全体の富の総量が増えることで貨幣の価値が下がっていく、という側面もあります。『7つの階級 英国階級調査報告』という本のなかに印象的なフレーズを見つけたので紹介しましょう。

過去30年間で社会全体の富の総量が数倍になったイギリスについて、著者は「それによって毎年の社会全体の所得は、事実上減少している」と述べたうえで以下のように付け加えます

こうした富の絶対的な増加は、社会の分断をさらに広げてしまう。

登山にたとえると、資産を持たない人が、経済ランクの頂上を目指す場合、30年前と比較し、山頂が何倍も高くなっているのと同じだからだ。

いくらかの資産があって、山の中腹から登頂を目指す人にとっても同じだ。社会全体の富の全面的かつ絶対的な増加は、連鎖的に社会の格差を増大させる。

富の分配の不平等が大きくなっている場合は、特にその傾向が強くなる。

年収1000万円の価値、年収500万円の価値は、日本国内全体やグローバル世界全体の富の絶対的増加によって目減りしていくのです。

私と同様、こうしたことに最近になって気づいた人も多いのではないでしょうか。

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こういうのって学校で習うの?

コロナ禍が起こり、ロシアがウクライナに侵攻し、中東が戦乱に巻き込まれているなかで、こうしたことがようやく自分事として感じられるようになりました。

ほとんど手遅れではあるのですが、為替レートについて意識するようにもなりました。なぜなら、真のノーポジションなんて世界にはどこにも存在せず、お金はいつだって・容赦なく上下動していることがわかってしまったからです。

 

昨今は円安がどんどん進み、インフレも進んでいますから、日本円をタンス預金しているだけの人は気づかぬうちに資産を目減りさせていくのでしょう。

「ディフェンシブな資産運用」なんて言葉がありますが、今の状況でディフェンシブな資産運用っていったいどんなものなんでしょう?

正直、私にはそれがよくわからないのですが、それでも「全額日本円にしてタンス預金する」がディフェンシブな資産運用にあたるとは、どうにも思えません。

 

ところで、こうしたことって学校で教わるものなのでしょうか?

ざっと調べたところ、インフレやデフレについては高校のカリキュラムの中でも習ったりするようです。

しかし、日本円で給料をもらい、日本円で貯金していること、それ自体がノーポジションではなく、「日本円に全賭けしている」ことになることまでは、たぶん教えていないんじゃないでしょうか。少なくとも私の頃は教わっていなかったように記憶しています。

 

なにより、当時は円高が進みまくっていた時期だったので、何も考えずに財産を日本円で持っておくことが結果的に正解だったのかもしれません。円高が進み続けている状況において、円で資産を持つことはそんなに悪い話ではなかったでしょうから。

 

政治・外交にもノーポジションは無い

余談ですが、「政治的にもノーポジションは無い」、仮にあったとしても著しく難しいものだと私は考えています。

 

たとえばAという勢力とBという勢力が争っている時に中立であるとは、AとBの勢力が均衡している状況下にはノーポジションのように見えます。

というより、双方との通商が利益にすらなる、おいしいポジションですが、もしAが圧倒的優位に立ち、Bが圧倒的不利に立たされる局面になってくると、そのようなポジションはあまり良い風には(Aからは)みえないでしょう。

滅ぼされようとしているBに比べれば沙汰はマシかもしれませんが、それでも、戦後に冷や飯食いに甘んじる覚悟はできていなければなりません。

 

ですから、こうした中立も、立派なポジションのひとつなんですよね。

それは「Aが大勝してもBが大勝しても壊滅的に悪いことにはならないし、相争っている間は有利ですらあるかもしれない、だけど戦後は冷や飯になりそう」なポジションであると自覚しなければなりません。

少なくとも、大勝している側をずっと支援してきた陣営に比べれば冷遇されるでしょう。

 

こうしたことは国や組織だけでなく、人間関係においても起こり得ます。

中立を気取るのも構いませんが、それをノーポジションと誤解すること、まして絶対に安全なポジションだと誤解するのは危険です。

 

とりわけ、「是非味方になってください」と手を引っ張られている状況で中立を宣言するのは、相手側からは「塩対応」と解釈されるリスクが高く、よほどうまい大義名分が伴っていなければ恨まれる可能性があるといえます。

 

そういう時に穏便にお断りする大義名分があるかどうかによって、中立宣言が恨まれる度合いや理解を示される度合いは変わってくるので、中立というポジションをとりたい人はそういうことにも神経を巡らし、事前に大義名分をこしらえるセンスが要請されるでしょう。

 

こういう人間関係や外交関係のポジションについても、学校は教えてくれません。

少なくとも授業では習わないので、授業以外のどこかで学び取っておきましょう。

 

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

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twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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「学校に行きたくない!くもんの宿題なんて嫌だ!」

ある日、子供がそういって泣き叫んでいた。

 

正直に言えば…気持ちはすごくよく分かる。僕だって学校になんて行きたくなかったし、くもんなんて拷問以外の何事でもなかった。

 

じゃあ、嫌な事からは逃げた方がいいのだろうか?

この問いに対する自分の答えは「今よりもっと苦しくなりたいのなら逃げてもいいが、楽になりたいのなら逃げないほうがいい」である。

 

自由だからといって、社会の義務を背負わなくていいわけではない

現代社会はとても自由だ。私たちは基本的には誰かから何かを強制される事はないし、仮にされたとしても跳ねのける事はそう難しいことではない。

 

じゃあ現代社会は優しいのか?その答えはNO!である。

 

世の中は世の中で、求めている事がある。

例えば医者は病院で真面目に働く事が薄っすらと求められているし、子供は小学校に真面目に通う事が薄っすらと求められている。

 

この規範を踏襲している限りにおいて、世の中は人に優しい態度を取る。

病院で働く医者は「立派なかたですねぇ」なんて言ってもらえたりするし、学校でキチンと教育を受けている子供も「ちゃんと勉強して偉いねぇ」と言ってもらえる。

 

対して、この2つを不真面目にやる人間に対して、社会は冷淡だ。

働かない医者は単なる無職だし、学校に通わない子供は単なる登校拒否で、特に何らかの保障を与えてくれるわけではない。

 

ワガママと自由は何が違うのか?

ワガママと自由の区別はとても難しい。

 

全体主義という言葉がある。これは社会全体の利益が尊ばれるという主張で、過激になるとナチズムやかつての共産主義政権のように、個人の人権が極めて蔑ろにされる性質のものだ。

これに対応するのが個人主義だ。これは個人の人権こそが尊いものであり、過激になると社会全体なんてのは個人にとっちゃどうでもいいものだという事になる。

 

言うまでもないことだが、このどちらも極端な形では”正しく”はない。社会は社会でキチンと存続しないと個人は生活ができないし、個人の自由もある程度は認められないと、息苦しすぎて生活ができない。

故に私たちは常にこの両者のバランスを上手に取らなくてはいけないのだが…この2つを上手に調律する事は非常に難しい。

 

嫌な事をやると、ワガママ成分が消える

冒頭の子供の「学校が嫌で、くもんの宿題が嫌だ」という発言に戻ろう。

この2つは、確かに嫌だ。そして子供にも一応は拒絶を主張する権利ぐらいはある。

 

しかし、この2つから逃げて、子供に何のメリットがあるだろうか?

そりゃ勿論、死にたくなるとか、徹底した人格批判がそこで行われるというのなら、逃げるのも妥当性があるが、ちょっとぐらい嫌だというのなら、単なるワガママと受け取られても、何も言えない。

 

逆に、ここで頑張って学校に行ったとしよう。すると子供は多少は社会性が育まれるだろうし、くもんの宿題をイヤイヤでもやれば、四則演算が身体で覚える事ができる。

 

ここで興味深いのが、このいずれもが社会全体からすれば、身につける事が望ましい性質であるという事だ。

逆に逃げて何が得られるかと言うと、個人の自由が拡大される程度であり、少なくとも社会には特に何の功徳も積まれない。

 

社会の信用は冷淡に判断を突きつけてくる

社会にキチンと功徳を積むとどうなるのか?その答えは極めてシンプルだ。社会が優しくなるのである。

 

借金を例に話を具体化させてみよう。例えば住宅ローン。これはサラリーマンが家を買う時に、年収の概ね10倍程度ものお金を借りれるシステムだが、金利はわずか1%程度と、他の制度と比較すると極めて良心的だ。

 

仮に同じ額の借金を、社会的な信用が全く無い状態からやると金利がどれぐらいになるか個存じだろうか?その答えは金利15%である。

いわゆる信用ゼロの状態から借りられるサラ金からお金を借りると、同じ借金でもこんなにケタが違うのである。

 

昨今はホルムズ海峡の閉鎖もあって住宅ローンの金利上昇で阿鼻叫喚の自体が叫ばれてるが、そこで問題となるのは精々数%の話であり、サラ金の15%とは比較にならないレベルの話でしか無い。

 

サラ金で数千万円借りて15%の金利を背負って生きる息苦しさは、住宅ローンで数千万円借りて発生する息苦しさとは文字通り桁違いのレベルである。

同じ借金をしたとしても、社会というのは権利を果たしているモノには徹底して優しい。対して、権利を果たしていると主張できない人間に対しては、どこまでも冷酷になる。

 

このように、世の中というのは冷淡に人を扱う性質がある。

社会というのは義務を果たしている人間には”それなり”の対応をするし、逆に義務を果たさない・あるいは義務を果たしていると主張できない人間に対しては”そういう存在”として対応をしてくる。

 

信用スコアは可視化されてないが、日本にもちゃんとある

この社会からの信用スコアは中国なんかだと可視化して提示されているようだが、日本に存在しないというわけではない。

 

例えば中年のオジサンが公園で子供を眺めていたら不審者扱いされるかもだが、子持ちのお父さんが子供を眺めていたら、それは至極普通の事とされる。

たまに「なんで苦労して金を払って子供を育てなくちゃアカンのや」という人がいるが、そういう人は、社会の信用スコアの力をわかっていないのだと思う。

 

社会は常に社会が追い求める規範や利益があり、それに見合った貢献をしてくれる個人に”それなり”の対応をする。

 

残念ながら、承認欲求は社会からの信用スコアの代用にはならない

承認欲求という言葉がある。誰かに認めて欲しいという気持ちがその源泉にあるとされるこの言葉だが、多くの人は承認を与えてくれるのはフォロワーやファンのような”個人”だと思っているフシがある。

だから現代ではインターネットのインフルエンサーが「承認欲求を稼げる人」として人気なのだろう。

 

自分もそういう存在に憧れた人間の一人なので、わからなくもない。

僕もインターネット歴が長いので、そういうインフルエンサーを何人も見てきたが、そういう人間が社会から独立して「わし、インフルエンサーで食っていきますわ」となって幸せになっている事例が驚くほど少ない事に、中年となって愕然としている。

 

なぜ社会と繋がらない個人は変になっていくのか?

一体何でそんな事態になってしまうのだろうか?

それについて自分なりに真剣に考察を重ねたのだが、結論は「個人が権力を持ってしまうと、社会の義務を果たすのがダルくなってしまい、結果的に社会の信用スコアがゼロになる」というものである。

 

世の中の不条理に晒されなくても生きていけてしまう強い個人は、社会からすれば扱うのが面倒な個人でしかない。

そういう社会の手に余る個人がどうなるかというと、社会はそっとその人を”見放す”のである。

 

こうして社会から見放された人間は、見放されているが故に社会性を失う。

社会から目を背けて生きる人間に対して、社会は極めて冷淡な態度をとる。

 

異次元レベルの社会的制裁に君は耐えられるのか?

そうして、いつの間にか社会からの信用スコアが消失した人間は、金利15%という重たい世界で生きる事を余儀なくされてしまうのである。

 

金利数%で生きている人間は、金利の上昇は確かに「苦しい」が、何とか対応できないレベルではない。辛いのは確かだが、頑張れないレベルではない。

だが金利15%の世界で生きるのは苦しいとか辛いとか、そういうレベルではない。そももそも9割の人間は、そんな世界では息を吸う事すら不可能である。

 

あまり社会から与えてもらう承認の事を馬鹿にし過ぎない方が無難である。

社会がクソだと叫びたくなる気持ちは痛いほどよくわかるが、残念ながら人は社会なしでは生きられない。そして義務を果たさない人間に対する社会の制裁は、異次元レベルで重いのだ。

 

悪人をやれない人間は、真っ当をやってしまった方がコスパはいい

以前から、なんで多くの人が自分の行いを善行のように語るのかが不思議でしかたがなかった。

 

少なくとも、自分を悪人であると正面切って主張している人をみた事はあまりない。

たまに自分の事をダメ人間だという人はいるが、そういう人間を本当にダメな奴だと正面切って批判して「ホンマにその通り。君は正しい!」とニコニコする姿なんて、一度も見たことがない。

 

なぜ人は善人ヅラをするのか?それは人が弱いからだ。

人間という生き物は、堂々と悪人をやれるほどには、精神的に強くはないのである。

 

スターウォーズのダース・ベイダーがカッコいいのは、あれが真剣に悪をやっているからである。

もしルークに「お前は悪人だ!」と言われて「ち、ちげーし。ジェダイが悪いんだし!」と顔を真赤にして反論したら、そこから神性は一気に剥がれ落ちる。

 

人はみな、罪深い生き物なのである

歳を取るという事はシンプルではない。故に僕らは、気が付かないうちに罪を重ねて生きる事になる。

みんな本当は、自分がとても罪深い人間であるという事を”わかって”いる。

 

だが、僕らはその罪を受け入れられる程には強くはない。だからどうしても自分の事を”善人”であるように振る舞ってしまうし、自分の行いが”善行”であると過度に主張してしまう。

しかし…そろそろ自分が悪人である事を、ゆっくりと受け入れられる位には、強くなるべきではないだろうか?

 

いつまでたっても正義のヒーロー役しかやれない人間は、少なくとも”大人”ではない。大人は必要に応じて悪役だってやるし、子供をひっぱたいてでも学校に行かせ、くもんの宿題をやらせる。

そうして子供に無理をしてでも社会の信用スコアを蓄積させ、子供から嫌われる事を甘んじて受け入れるのである。

 

好きな人から、愛する人から、嫌われたっていいではないか。

その人がキチンと真っ当に生きられるようになるのなら、大人はいつだって悪人の顔を、するべきなのである

 

 

 

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【著者プロフィール】

名称未設定1

高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように

noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます

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30代に2回のクビを経験した。

 

いま思うと若気の至りだなぁと思うのだが、それと同じぐらい

「自分が上の立場になった時に、元気な若者を上手にあしらえない程度の精神性しか無い上司は、無様だな」

とも思う。

 

人間の精神の発達というのは、純粋な能力の多寡では推し量る事が難しい資質だ。

達観したっぽい事をいう小学生は山ほどいるが、実際に達観した境地にいる小学生というのは有り得ない。

 

何故なら、普通に考えて小学生が自分でリスクを取って、自分自身を死地へと投げ込むという事が、現象的に不可能だからである。

そういう意味では、よく分かっていないながらもリスクをとって自分で自分を追い詰めて、そこから這い上がってこれて良かったなと思う。

 

お陰様で、今では色々な意味で、理解した上で他人に優しく接する事ができるようになったと思う。

ロジックが分かった上で他人への気遣いができるようになったのは、とても役に立つ知恵である。

 

「現場が回れば…それでいいんだ…」

異性の顔の好みが千差万別なように、人間には様々な謎のこだわりがある。

僕は以前、世の中には”正しいもの”と”間違ったもの”があり、それは議論を重ねる事で結果的に”正しい考え”に帰着するような性質のものだと思っていた。

 

しかし、この歳になって理解したのだが、管理職以上の立ち位置の人にとっては、正しいか正しくないか以上に”とりあえず現場を回す事”が重要になるという事だ。

 

わかりやすく例えでいえば、食事ならどんなにマズくてもまず3食キチンと出るのが大切で、一番駄目なのはメシが全く出ない事だ。味の好みはそこでは特に問われない。

同じように会社なら、最善の効率で仕事が回る事は確かに理想的ではあるが、たとえどんなに非効率であろうが、現場が回って経営できるぐらいに利益が上がってれば、その内容は正直どうでもいいのである。

 

若い頃の僕は、この「現場が回れば…それでいいんだ…」という経営者の祈りが全く理解できなかった。

だから眼の前で非効率な事や間違った事が行われる事が耐えられず、つい色々と問いただしてしまったように思う。

 

能力と地位は、必ずしも相関しない

会社組織が面白いのは、必ずしも能力と地位がキチンと比例するわけではないという事だ。

たまたま偶然でいいポストに能力が乏しい人間がつくだなんて事はよくある事だし、今は通用しない昔の常識を使って仕事をし続けてて軋轢を生んでいる管理職も割とよく散見する。

 

実力と地位が相関してる時というのは幸せな状態である。この場合、上司は部下を丁寧に指導すればそれで何も問題は無い。

部下はそれなりにはストレスフルだろうが、そこで歯を食いしばっていれば、それで現場が上手く回る。

 

しかし実力と地位が相関していない状態はどうだろうか?

こうなると、もう上司はある意味では神輿みたいなものである。売上のような第三者的な目線が必要な場所だと、上司はとりあえず置物のような存在として取り扱われて、部下が必死になって安月給で現場を回す事になる。

 

この上司置物状態は中々にストレスフルだが、もっと最悪なのは売上等が全く気にされないような場所でコレが発生する事である。

このような環境では、上司が行う黒魔術が常に発動し続ける事で現場が”回る”事になり、結果的に現場はファンタジーの世界のような展開となる。

 

偉い人のいう事しか通らない世界では、優秀な若者は残らない

こういう事をいっちゃアレなのだが、医療現場というのはある意味ではファンタジーな世界なのである。

7割の病気は自己治癒力で勝手に治り、残り2割ぐらいの病気は最善の選択肢を尽くしたとしても、間違えたり何もしなかった事と比較しても、そこまで短時間では大きな差は出ない。

 

例えば大学受験の模擬試験なら、試験の結果なんて終了後即座に結果が出る。だから自分が間違った事をした事はすぐに客観視できるし、修正も可能だ。

しかし医療現場では、最善ではない治療を選択したからといって、患者さんの7割は自己治癒力で勝手に治ってしまうし、誤診をしたとしても、その場で患者さんが突然死ぬようなドラスティックな変化は起きない。

 

だから、こういう場面で部下が上司に「これ、間違ってませんか?」と聞いても、多くの上司は「今までこれで何も問題なく仕事ができている。なにが問題なんだ?」と返してしまえるし、それで現場は”回って”しまう。

 

こうして旧時代の間違った価値観で動き続けている自己批判が出来ない権力者が、己の感覚をアップデートできないままに、現場が回り続けてしまう。

もちろんこれで稀に問題が生じる事はあるのだが、結局それは稀な現象だし、仮に起きても何だかんだでどうにか出来してしまうのである。

 

たとえ経営層に「あれじゃ駄目だ」と若手が訴えたところで、経営層が全ての現場を正確に把握する事など不可能だから、経営層は「よくわかんないけど、とりあえず上のいう事を聞けない下が悪い」で終わってしまう。

 

それでも自分で回せない場所は、たくさんある

こうして謎の黒魔術が発動し続けるファンタジー病院は日本全国にソコソコあるのだが、大切なのは「それでもやっぱり、世界は回っている」という事なのである。

 

結局、どんなに頑張った所で、人間が自分一人で回せる場所というのは限られている。

そういう絶対的な限界を考えると…そういう「実力ではなく、権力で物事が決まる場所」というのも、地域社会が回り続けているのなら、それはそれで必要悪なのである。

 

ただ、必要悪といっても程度の問題はある。

非常に正しい医療が、適切なフィードバックが働きながら施行され続ける理想的な病院が模範解答だとするのなら、「ギリギリ合格点」が行われ続けている限り無くホワイトな病院もあれば、「ドロッドロの黒魔術が行われている病院」というものもある。

 

本来ならば、そういう黒魔術が行われている病院は潰れるなり適切に空気の入れ替えが行われるべきなのだが…残念ながらそうならない条件が揃ってしまう事というのが、稀ではあるが確かに存在する。

 

たまに社会を大きく賑わせる病院がポッと出現するが、あれは多分、何らかの黒魔術が形を伴って発動してしまった結果なのだろう。

火のないところに煙は立たないのと同じで、魔法陣が存在しない場所では黒魔術は発動しないのである。

 

人は、ゴロゴロ転がってれば、自分に見合った器の場所に行き着く

”置かれた場所で咲きなさい”という言葉があるが、多くの人はこの言葉を”とにかく我慢しろ”と誤って捉えているように思う。

 

例えばだが、もし仮に自分がドロドロの黒魔術が行われている会社にたどり着いたとしよう。

この会社が自分の常識に照らし合わせて、物凄く間違った事をやっていたとしても、とりあえず偉い人の言う事を聞けば給料が出るのだとしたら、問われている事は

1. 権力者に従順になって、その対価として給料をもらう。
2. 権力者に従えないから、別の場所にいく。

のどちらかになる。

 

世の中には色々な文化がある。だから、自分の肌に合う水場を適切に探し出し、その水に肌が合うのなら、給料が安いとか労働拘束時間が長いというような条件には、ある程度は目をつぶるしかない。

自分自身に関して言えば、適切に対話が成り立たない場所で働く事が、どうしても無理だと気がついた。

世の中には上司が絶対に正しくて、部下は「正しくても、間違い」になるような場所というのが残念ながらある。

 

こういう場所は見た目は残念ながらホワイトで、実際に仕事の内容も量も少ないホワイトっぽいオーラを放っているのだが、実際には求められている仕事のレベルが上司を批判するに値しないが故に黒魔術の温床になりがちで、黒魔術師はその術式が発動する為にも、詠唱にチャチャ入れをされる事を酷く嫌う。

 

逆に、キチンとした事をやらないと物凄く徹底して批判されるような場所というのは、本当にお金では買えない自由な議論が行える場所だと気がついた。

 

ここでは常に上下関係なく正しい医療という目標に向かって皆が集中できる場所であり、そういう場所に居続ける為には自己研鑽や他人から批判されてもキチンと受け入れる度量のようなものは求められるが、少なくとも「馬をみても鹿と言わなくてはいけない」みたいなキテレツな現象には晒される事は無い。

 

こうやって跳ねっ返りが、強い自分自身が必死になって生き延びる為に試行錯誤していくにつれて、結局は人は「何かを追い求めたら、その他のものは切り捨てなくてはいけないのだし、それを手にするのに何かが足りないのなら、自分自身を強くするしかない」のだという結論に至ってしまった。

 

試練を通じて研鑽する過程は、決して楽ではないものの、その過程で積み重なった胆力は自分自身を強くしてくれるし、その強さというのが、その人の生み出す”器”の形なのである。

 

そういう意味では組織だけではなく、自分自身もゴロゴロと転がして、取りあえずスルッと収まる場所に行き着く事が大切だ。

そういう場所で、ちゃんと咲くことが大切なのだ。

黒魔術の贄になるぐらいなら、ちゃんと自分を回してあげる事も、じっくりと考えるべきだなと自分は思う。

 

 

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【著者プロフィール】

名称未設定1

高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

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私は怒っている。

何に怒っているのかというと、上司と人生の不条理に対してである。

 

まずは、先月寄稿したこちらの記事を読んでほしい。

ミスを犯した役員が「被害者」ぶった日に、会社が失ったもの

「で、結局、どうなるんですか? 今回もマナミさんはお咎めなしなんですか?」
「経費の三重請求は、もし他の社員がやったら懲戒処分ですよ。あの人はミスばかりしてるのに、社長夫人だからという理由で毎回お咎めなしなのは、おかしくないですか?」
「ミスをしたのは自分なのに、自分がちゃんとできないのは社員の教え方が悪いと責任転嫁するなんて、人間性を疑います」

 

記事に書いたように、社長夫人であるマナミさんのせいで、会社の要であった社員が異動することになった。

本当はすぐにでも退職したいらしいが、「経理と総務を兼任している自分が、業務の引き継ぎと後任のフォローをしないままで辞めるとなると、途端に会社が立ち行かなくなってしまう。そんなことをすれば、これまで仲良くしていた同僚たちにも迷惑がかかる」との理由から、どうにか踏みとどまってくれているのだ。

 

彼女の責任感の強さに甘える形で、会社はどうにか日々の業務が回っているのだが、社長夫妻は

「彼女が辞めると言い出さないのは、例えどんなに不満があっても、結局はウチの会社の居心地が良いのだろう」

と、どこまでもズレたことを言っている。アホなのか。アホなんだろうな。

 

もちろん、会社は急いで求人を出した。

けれど、ただでさえ人材不足の田舎で「薄給で働いてくれる、経験豊かな、経理のベテラン」なんぞ市場に居るはずがない。

「できる人に来てもらおうと思ったら、知り合いを高給と高待遇で一本釣りするしかないですよ」

 

と私は進言していたが、現状認識の甘い経営陣は「いつも通り」の条件で求人を出した。

つまり、スキルと経験のあるベテランからすれば「こんな給料で働けるか、バーカ!」という舐め腐った条件なのである。

 

案の定、応募者のなかに実際に働けそうな人間は一人もいなかった。

 

事務は人気の職種なので応募はあるのだが、蓋を開けてみれば、

「経理の経験はありませんが、真面目なので適性はあると思います。派遣の仕事やパートで、入力の仕事なら、したことがあります」

という50代女性ばかりなのである。

 

応募者たちの経験は似通っており、若い頃(1990年代)に数年の会社勤めをし、退職後は空白期間がある。恐らく子育てに専念していたのだろう。

子育てが一段落してからは非正規の仕事を転々としており、主にサービス業や介護の仕事に従事している。

 

未経験にも関わらず応募してきた理由は、50代になって体力の衰えを強く感じ始めたからに違いない。

体を動かす仕事に疲れを感じるようになり、どんなに薄給だろうと、座ってできる仕事に転職できれば御の字なのだろう。

 

私も、前職では全くの未経験から独学で会計の勉強をして経理業務もこなしたので、「未経験者には無理」とあしらうつもりはないが、いかんせん、こちらには若くない新人の教育にリソースを割く余裕がない。

「本当は、すぐにでも会社を辞めたいと思ってます」と言っている経理担当者に、「時間がかかると思うけど、後任はゼロベースなので、一から丁寧に教育と指導をしてください」とお願いすることもできない。「いいかげんにしろ」とキレられるに決まっている。

 

結局、私に白羽の矢が立った。

ベテランとは言えないが、最低限の知識と経験があるからだ。

 

やりたくはないが、やらざるをえん。

承諾する代わりに給料を引き上げてもらったが、釈然としないのはマナミさんの態度である。

 

「あの人(経理担当者)は不親切で、私とは相性が悪かったし、いつかこうなったと思う。仕事ってチームワークが大事でしょ。お互いにサポート精神が必要じゃない?」

サポートされてばかりでお荷物になってる側が言っていいセリフじゃねぇぞ。

 

「あなたが担当してた仕事は、私が引き継ぐから大丈夫よ」

で? 「迷惑かけてごめんなさい」も「引き受けてくれてありがとう」もナシですか?

 

当初は、1日に3回くらい背中に蹴りを入れたくなったが、もはや憤ることも虚しくなった。

彼女には、本質的な知性がないのだ。知性がないから、周りの言うことも、自分の立ち位置も理解できないのだ。

 

知性とは畢竟、己に対しても客観的な視点を持てることではないだろうか。

冷徹な観察眼を自分自身にも向けるのは、辛いことだ。

 

もしも友人にバカしかいないのであれば、自分もまた同レベルのバカだということだし、パートナーが大した人間でないということは、自分も大した人間ではないことを自覚しなければならない。

レベルが釣り合っているから、付き合っているのだから。

 

現実とはいつだって情け容赦がない。

けれど、現実を受け止める勇気がなければ、自分の立ち位置は永遠に分からない。

自分の立ち位置を正しく把握できなければ、人としての成長も見込めないのだ。

 

他者に認めてもらえるだけの能力がないのに、プライドだけはエベレスト並に高いマナミさんのために、私は毎日「クソが!」と毒づきながら猛烈に働いている。

 

「ユキさんの仕事をマナミさんが引き継ぐの? 無理でしょ?」

と同僚たちは口を揃えるし、私も無理だと思っているが、それでもやらざるをえんのだ。

無理なことを可能にするために、私はこれまで担当していた業務を全て細かいタスクに切り分けて、暗黙知を片っ端から言語化し、マニュアルに落とし込み、テンプレートを作っている。

 

それまではマニュアルが存在せず、個人の能力に依存していた業務を「どんなアホでもできる」ところまで持っていかないと、事態が前へと進まないためだ。

それと並行しながら、睡眠時間を削って会計・経理・簿記の学び直しもしているのでフラフラである。

全て猛烈に怒っているからできている。全身にみなぎる怒りを機動力に変え、力技で目の前の課題を薙ぎ倒しているのだ。

 

思えば、いつだって私の原動力は「怒り」であり、怒っている時ほど高いパフォーマンスを発揮する。

前職でもそうだった。ブチ切れている間に、気がついたら問題を全て解決してしまっていた。

 

ブログや寄稿記事にしても、怒りに任せて書いたものほどよく読まれる。

闘争が私のアイデンティティーなのかもしれない。

 

夫に愚痴をこぼすと、呆れたように笑われた。

「ブログ書いてた頃から、あなたはずっと怒ってるし、闘ってるよね」

 

まったくだ。

書いて闘うことに疲れて、勤めに出たら、騙されて死にかけの商店街組合の立て直しをさせられた。ようやく片付いたと思って転職したら、今度は「プロ被害者」かつ「無能ハラスメント」の上司が待っていた。

再び修羅場に身を投じることになり、「元の木阿弥」感がすごい。

 

「我が闘争だわ」と自分で言って、笑ってしまった。笑うしかない。人生は不条理だ。

 

 

 

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【著者プロフィール】

マダムユキ

ブロガー&ライター。

リンク:https://note.com/flat9_yuki

TwitterAmel Majanovic

ウサギと戦争反対

ネットの話題は移ろいやすい。その速度は上がる一方だ。SNSでは反射神経だけが求められる。なにかものを言おうとすると、もう話題は通り過ぎている。ただ、いつ通り過ぎた話題を語るのも勝手だ。

 

Xでの話だ。あるイラストレーターが「世界中から戦争がなくなりますように」というコメントとともにウサギのイラストを投稿した。

これが炎上した。イラストレーターは自分がおかしくなった、暴走したと謝罪し、最後にはイラストも謝罪文も削除してXから去った。

 

正直、書いていて意味がわからない。おれは今そう思った。

実のところ、最初のポストを見たときも、それに最初についたであろう批難の声を見たときもそう思った。そうだ、おれはわりと移ろいゆく話題を追いかけてはいる。

 

そのときは最初の批難に対する批難、が多かったように見えた。そりゃそうだろうと思った。おれはそれで目を離した。が、ちょっと目を離しているうちに炎上、謝罪の流れになった。

なぜ炎上したのか。無責任に見えるからか? 現実の暴力に対して軽すぎるからか?

 

そりゃおかしいだろう、という声も広まった。ウサギと戦争反対のイラストをアップするべつのイラストレーターも出てきた。「#NOWARBUNNY」というハッシュタグも作られた。これが読まれている時点で流行っているかどうかわからない。

 

ただ、話の根っこは流行っているかどうかではない。戦争の話だ。なぜ人は人を殺すのか。人類の文明や文化につねにつきまとってきた話だ。

そして、今なぜ「世界人類が平和でありますように」(文言がちょっと違うか)という願いが炎上するのか。これは考えるに値する。

 

東浩紀『平和と愚かさ』を開く

「考えるに値する」のでおれはじっくり考えはじめた……わけではない。まず東浩紀の『平和と愚かさ』という本を開いた。そこに、「これ」に関する考察が書かれていたっけと思ったからだ。

 

ちなみに、『平和と愚かさ』はおれがそうとう久しぶりに買った本だ。いつ以来、なに以来か思い出せない。

おれは貧乏人で安いアパートの部屋も狭く、図書館通いをしていたからだ。

 

そして、何ヶ月ぶりにか読んだ本でもある。

希少がんになって2025年12月に入院することになり、図書館通いが途絶えた。退院後も図書館に通う体力がなかった。

そして、2026年2月、二度目の入院となった。今度はWi-Fiの弱い古い病院だったので、なにか本を読もうと思った。そこで買ったのが『平和と愚かさ』だった。

病気になって酒も飲めなくなり、Xのスクロールに没頭するようになったおれは、よく目にする東浩紀のポストに「いつも真っ当なことを言う」という印象を持った。たまには、本を買おう。新しく書かれた本を読もう。そう思った。

 

入院中、この本を読んでいるとき、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃が始まった。病院でスマートフォンを見るだけでは、どういう規模の話かいまいちわからなかった。

昭和生まれのテレビの子であるおれは、テレビがどのくらい報じるかでニュースの規模をはかる。

 

ただ、結局のところ退院して一ヶ月経ったいまも、これが戦争なのか、なにかべつの規模のものなのか、よくわからない。

ロシアによるウクライナ侵攻は「この時代に国家間戦争が起きるのか」というたいへん大きな驚きがあった。それで感覚が麻痺してしまったのか、自分には戦争というものがよくわからなくなってしまった。

アメリカによるベネズエラ攻撃も国家間戦争だったのか? そもそも戦争の定義とはなんだろう。おれには学がないので、そんなことも知らない。

 

そんなおれが『平和と愚かさ』を読んだ。とても難しい言葉で書かれていたらどうしよう、という思いはあった。

おれには読める本と読めない本の境目がわりとはっきりあって、たとえば同じ著者の『動物化するポストモダン』はまるで読めなかった。

 

一階建ての本と二階建ての本というものがあって、あれは二階建てだと思った。

しかし、『平和と愚かさ』は一階建てだった。これはおれの「感じ」の話だ。あと、読めるけど意味がわかったとはいえない「広すぎる一階建て」の本とかもある。いつか話そう。

 

いま平和を語りにくいわけ

話がそれた。話を戻す。『平和と愚かさ』の最初のほうに、こんなことが書かれている。

戦争はよくない。あらためて繰り返すが、それはじつに単純なメッセージだ。
にもかかわらず、ぼくがそんな単純なメッセージから本書を始めるのは、それこそがいま素直に思考し表明できなくなっているものだからである。

反戦ウサギの話に直結する話ではないか。そして、こう続く。

戦争はよくない、停戦するべきだ。開戦からしばらくのあいだ、そう発言するだけで、おまえはロシアの侵略を許容するのかと批判される状況が続いた。

少なくとも日本のSNSではそうだった。本書が出版される二〇二五年の時点では、多少状況は改善している。けれどもそれは戦争への関心そのものが落ちていることを示しているにすぎない。

またどこかで新たな戦争が起これば、やはり同じように、正義の側について戦うのか悪の側について戦わないのか、どちらかを選べという空気が支配的になるだろう。これはたいへん不自由な状況だ。そしてぼくはここにはとても重要な哲学的問題が隠されていると感じている。本書はその探究を主題としている。

ロシアの侵略からその空気はあった。そして、言葉どおり、新たに不自由な状況が生まれている。言葉通りだ。

なので、どういう立場からであれ、あのウサギの炎上に興味を持った人は、『平和と愚かさ』を読んでみるといい。その探究の本といってもいいからだ。おれの文章など読んでいないで、今すぐ買って、そして読め。以上。

 

……といって終わってもいいが、まあこちらはこちらで話を進めさせてもらう。

おれは先ほど、「戦争の定義を知らない」と書いた。なんらかの国際法に書いてあるかわからない。AIに聞いてみたら、1945年の国連憲章以来、国家間の戦争というもの自体が禁止されているので、明確に定義されていないと言ってきた。

国際人道法が問題にするのは「武力紛争」らしい。なので「宣戦布告」というものも存在しないらしい。今ならあいさつなしにパールハーバーに行ってもいいのだろうか。よくわからない。

 

本書では、現代においては平和とされている状況で行われている「認知戦」も、広義の戦争ではないかという考え方が紹介されていた。

ひょっとしたら、日本だってすでにネット上でどこかの国と戦争をしているのかもしれない。

 

そして、それゆえに「平和」が厄介な概念だという。認知戦まで戦争だとすると、平和とはなんだということになる。

戦争と平和を単純に対立させていいのだろうか。その境界はじつはあいまいではないのか。そこに、平和というものの概念に弱さがあるのではないか。

 

そこで著者は「平和とは戦争が欠けている」のだと定式化する。欠けているのは「思考」だとする。

多くのひとが平和だと感じる状況においては、ひとは戦争を戦っていないだけではない。そもそも戦争について考えていない。少なくとも考えないことが許されている。それが重要なのではないか。

平和の本質は戦争をしないことにあるのではない。戦力を放棄することにあるのでもない。戦争について考えないことが許されることにある。

だから逆に、いったん戦争が始まると、平和について語ることは原理的にはむずかしくなってしまう。戦争が始まるとは、すべての人が戦争について考えねばならなくなること、つまり戦争について考えないことが許されなくなることを意味するからだ。

これはとても具体的な話である。平和から戦争に移行するとは、「戦争について考えないことが許される」状態から、「みなが戦争について考えねばならない」状態に移行するということである。そしていったんそのような移行が完了してしまうと、もはやかつての平和は悪の放置にしか感じられなくなってしまう。なにも考えないで敵国民と共存し、平和を享受していた過去は欺瞞にしか感じられなくなってしまう。

ザ・ブルーハーツは「爆弾が落っこちるとき、すべての自由が死ぬとき」と歌った(と、思ったが、いま歌詞を確認したら微妙に記憶違いであった。なので、これは歌詞の無断使用にはあたらない)。

その自由のなかに、「戦争について考えない自由」も含まれる。なるほど、そういうことか。

 

そして、そこに平和についての大きな考えが示される。

平和は「考えないこと」の広がりで定義される。だから、平和について考えるとは、「考えない」ことについて考えるということでもある。

ほんとうに、そうなのだろうか?

たとえば、過去の戦争について加害者だった側が「考えない」ことは許されるのだろうか。

 

そのあたりについては、著者が旅(この著者の用語でいえば「観光」なのかな)をしながら考察しているので、そちらをあたってもらいたい。答えがあるとはいわないが、考えるきっかけはたくさんある。

さて、おれは「考えないことについて考える」という点について考えたい。

 

「妙好人」の境地

著者は「考えないことについて考える」ことを、「ほとんど自己矛盾のような作業」と書いている。

おれがそこで思い浮かべたのは、「禅問答みてえだな」だった。

 

おれは西洋哲学というものがわからない。いまはなんの時代だか知らないが、ポストモダンを学ぶには、モダンを知らなければならないだろう。

では、なにが近代を成立させたか、その前の時代を知らなくてはいけないだろう。西洋思想の基盤の一つであろうキリスト教について知らなくてはならないだろうし、古代ギリシア、ローマまで遡る必要があるだろう。おれは西洋哲学というものを学ぶ気力がない。

 

なので、まだ仏教思想の切れ端を読んでいるほうが楽だ。仏教にだって長い歴史、積み重ねがあるのだろうが、なんというか一階建てだ。

思想と宗教という違いがあるのかもしれない。たとえば、思想は思想でも東洋思想となって、自己矛盾にしても「絶対矛盾的自己同一」とかいわれると困る。

 

困るので、「禅問答」というところに落ち着く。そしてさらに、おれは禅から浄土真宗に飛んで、こんなフレーズが思い浮かんだ。

「たりきには じりきもなし たりきもなし ただ いちめんの たりきなり」

だれの言葉だろう。妙好人・浅原才市の言葉である。

 

妙好人とは、浄土宗、浄土真宗の在俗の篤信者のことを指す。修行に打ち込むでも、学識を積み上げるでもなく、一つの悟りのような境地にいたった人たちのことだ。

東方正教会には「聖なる愚者」という言葉があるが……それとはちょっと中身が違うな。でも、字面のイメージは近いかもしれない。妙好人はあくまで市井の人であり、そのあつい信仰と人柄によって周りの人から尊敬された人たちである。

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それについて研究して本を出したりしたのが鈴木大拙だ。

「他力宗の生命は実にいかめしい学匠達や堂々たる建築の中に在るのでなくして、実は市井の人、無学文盲ともいわれ得る、賤が伏屋に起臥する人達の中に在る」という。曽我量深も小学校を出ただけのお百姓さんの日記を読み「ああいう立派な文章でも、内容でも、自分など書けるものではない」と書いた。

 

むろん、妙好人の味は鈴木大拙や曽我量深の研究文にはない。その言葉そのものにある。

いや、じっさいのところは、その人に接して生きるなかにあるのだろうが、周りにはいないし、残された文章で知るしかない。

 

話が長くなった。おれは平和について、さっきの浅原才市の言葉を連想した。

「平和には 戦争もなし 平和もなし ただ一面の平和なり」

 

戦争について考えないということは、行き着くところこういう境地ではないのか。そんなふうに思った。

平和について考えると、もはや「考える」の世界に入ってしまう。「考える」世界はより賢さが求められる。東浩紀はSNSとAIにより賢さへの強迫が加速しているのが今の時代だという。

そこでは「考えない」という平和は許されない。状況が状況であれば、「反戦」という「戦い」に参加しなくてはならない。

 

だから、平和すら考えない、それで済む、それが人類究極の目的かもしれない。そんなことを考えた。

 

……考えたが、それはあまりにも非現実的すぎる。ジョン・レノンくらいドリーマーだ。

人類全員がそんな境地に至ればいいが、そんなことはありえない。邪悪な人間がひとりでも出てきたら、なにも考えない人はあっさりとだまされてしまうし、世界が間違った方向に行ってしまうだろう。

 

たとえば、上の本に妙好人・小川仲造のこんな言葉が見受けられる。

◯此度も身こそろしやにゆかずとも、銃(つつ)はろしやにむけまする、心の国が一大事。
◯御国の為に、法の為、ここが御恩の報じどき、すすんで、てつだい、いたしましょ。

明治三十七年二月日露戦争んつき、国債応募のよろこび
よろこべよろこべ、もろともに、
ほとけが陛下と御出世か、
大臣軍人みな神か。
ろしやのあくまを、ごうぶくし、
せかいのわざわい、はらはんと、
とうとい御徳があらはれて、
あさ日が山ばにおあがりで、
せかいに光がかがやいた。

これでは、あまりよくない。

もちろん、彼らは知の人ではない。市井の雰囲気や報道を素直に信じ込んでしまう。

 

いや、知の人ですら、いざ戦争の世の中になるとどうなるかわからない。たとえば、日本で宗教の戦争協力というと神道のイメージがあるが、縁遠そうな浄土真宗ですら接近、合一してしまう。

政治と宗教を考える『親鸞と日本主義』を読む

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「考えないことについて考えつつ考えないことにはおちいらない」。

その塩梅のむずかしさ。「政治的な思考停止の領域についての合意の広がり」の塩梅のむずかしさ。

 

それでもおれは、東浩紀の言う「考えないこと」の価値を論じることが重要であるという指摘を、単に「勉強したり、考えたりするのはめんどくせえな」(まあそれも本心であって、なおかつ許されるべきなのだが)と受け取るだけでなく、考えてみる価値があるものだと感じた。『妙好人』でも鈴木大拙がこう言っていた。

禅者の言葉に「教壊」というがある。これは、教育で却って人間が損なわれるの義である。その実、内面の空虚なものの多く出るのは、誠に教育の弊であるといわなくてはならぬ。

 

『平和の愚かさ』の帯には「ぼくたちは政治について語りすぎている。そのせいで平和から遠ざかっている」とある。

 

まあおれもSNSでブログでこのサイトで語りすぎているような気がする。なんならこの文章もそうだろう。

「高卒のわりにそこそこ賢いだろう」という態度が透けて見えるかもしれないし、それは正しい。

 

どうやってここから横超するのか。それは自力ではどうにもならぬから、他力本願といくしかないのか、考えていても答えは出ない。

ただ、おれが文章を書くのをやめないことだけはわかっている。

 

 

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【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :UX Gun

SF小説家、アーサー・C・クラークの小説が好きで、よく読む。

 

とくに、

「幼年期の終り」

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「2001年宇宙の旅」

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「都市と星」

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「宇宙のランデヴー」

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などは、何度も読み返した。

個人的に、「幼年期の終り」は、安部公房の「第四間氷期」などと合わせて読むのがおすすめ。

 

 

それはそれとして。

つい先日、「SFずきの知人」とちょうど話題となった「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の話や、「火星の人」「三体」などの話になった。

流行り廃れはあるが、個人的には、SFは「ありそうな未来」がテーマになっていると面白い。

それらはある意味では、「今後の科学技術に対する考察」でもあり、理系を志す少年少女たちの燃料でもある。

 

そんな話をしていたときに、「クラークの3法則」の話が出た。

 

アーサー・C・クラークには、よく知られている主張が3つあり、そのなかでも、第三法則は最もよく知られている。

十分に高度な科学技術は、魔法と区別できない。

という主張だ。

 

我々は「科学技術」を扱うことで、魔法のような力を行使できる。

よく知られた事実だ。

 

遠隔地の人間と話をする。

未来を予想する。

容姿を変える。

数万度の火を起こし、稲妻を作り出す。

鉛の弾を超音速で飛ばす。

人間のように話ができるマシンを生み出す。

 

このような話をしていたときに、別の知人が、こんなことを言った。

そういえば「ハリー・ポッター」で描かれている「魔法」って、けっこう科学技術でできちゃうよね。

と。

 

そうなのかな?と思ったが、確かに魔法使いのできることは、「姿現し」などの空間転移以外は、科学技術で再現可能にも見える。

なるほど、たしかにわざわざ「魔法」である必要もないかもしれない。

 

また、彼によれば、ハリー・ポッターの世界における「魔法」の描かれ方は、科学技術にそっくりなのだという。

 

再現性と法則性がある。

体系的に教育される。

運用にはルールと罰則、限界がある

人を傷つける魔法は禁忌とされ、通常は使われない

 

従来の魔法使いは、「おとぎ話」や「TVゲーム」で描かれるように、杖を振れば何でもできたり、戦闘のために魔法を使うシーンがメインで描かれていた。

また、「魔法」とは、単に「個人的な能力」とみなされていた。

 

「魔法を礎にした社会はどのようなものなのか?」について、詳しく描かれることはなかった。

(ファンタジーの世界の住人は、「魔法」があるにもかかわらず、我々と同じような思考をする)

 

しかし、ハリー・ポッターの世界では、魔法はもう少し複雑な描かれ方をしている。

「社会における体系化された技術の一つ」

であり、数学や工学、化学のような扱いだ、というのだ。

 

ただ、そう考えていくと、実は我々の世界でも、学校で、科学の礎たるSTEM、つまり「数学」や「工学」をきちんと習得できないのは、問題なのではないかと思った。

何しろ、ハリー・ポッターの魔法使いの世界では、魔法が使えないのは人権にかかわるくらい、重大なことなのだ。

 

 

「STEM」という言葉がある。

科学、技術、工学、数学の頭文字を取ったもので、国力の根幹を支える、不可欠なものとして認識されている。

科学、技術、工学、数学(STEM)教育と研究は、国家の発展と生産性、経済競争力、そして社会の幸福にとって不可欠なものとして、世界的にますます認識されるようになっています。

世界各国の政府が、学校における理科と数学、そして高等教育におけるSTEM分野の教育と研究を統括するSTEM政策を策定しようとしていることからも明らかなように、STEMへの世界的な転換が見られます。(Research Gate

これらは、いわば現実世界における「魔法教育」のようなものかもしれない。

 

実際、世界における時価総額トップの企業群の創業者はほぼ「STEM」の学位取得者で占められている。

つまり、強大なパワーを操り、マシンをコントロールできる「魔法使い」たちが、大きな力を持っている。

 

一方で、魔法を習得するのは、簡単ではない。

実際、日本においては、「魔法」の習得者は、全体の2〜3割に過ぎない。

2〜3割の「魔法使い」が存在しており、残り7〜8割の「マグル」(ハリー・ポッターの世界では、魔法が使えない大半の人々は「マグル」と言われる)が、存在しているともいえる。

 

*

 

とはいえ、日本も含め、主要国の国家元首は中国を除き、STEM分野の出身者ではない。

政治家の多くは「マグル」であり、マグルの代表でもある。

 

しかし富は魔法使いに集中し、マグルはこれをコントロールできなくなってきている、と感じる人も多いのではないだろうか。

 

ハリー・ポッターシリーズの主人公、魔法使いであるハリーは、自分の養父母であるマグルのおじさんとおばさんに、半ば虐待のような生活を強要されている。

おじさんとおばさんは、大きな力を持つ魔法使いに対して、恐怖を抱いているからだ。

そしてそういう対象は、迫害しても構わない、と思っている。

 

テクノロジーへの不信、そして、科学者への敵視というのは、マグルが魔法使いを恐れるのと、何ら変わりはないのかもしれない。

自分たちのよく知らないパワーは、怖いものだ。

 

実際、ハリー・ポッターの世界では、魔法使いたちは、マグルたちの記憶を改ざんし、記憶に残らないように暮らしている。

マグルたちとの無用な争いを避けるためだ。

 

まあ、与太話としては面白かった。

忘れてほしい。

 

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書

[amazonjs asin="4478116695" locale="JP" tmpl="Small" title="頭のいい人が話す前に考えていること"]

Photo:Shayna Douglas

3月5日に40歳になった。もうこれで、文句のつけようのない中年である。

小さい頃は自分が40歳になるだなんて想像すらしなかったし、40歳は完全無欠な大人だと思っていたが、実際には至らない点が多い。多少の円熟はしたとは思うが。

 

40歳を迎えて思うのは、次の10年が最初で最後のやりたい事に全力で向き合える機会だろうなという事だ。

20代30代の頃は、そもそも仕事や技能の取得が出来ておらず、それ故に自分がどれぐらいの能力があって、どういう事が実際に出来るのかが、全くわからなかった。

 

しかし40歳にもなると、さすがに自分の能力やスキルについては客観的に把握ができるようにはなってくる。その上で、自分が何を成し遂げるべきなのかを冷静に見据え、それらにコツコツと向き合い続ける事で、きっと明るい50代が迎えられる事だろうという予感がある。

 

いま思うと、20代~30代は苦の連続だった

最近の僕は精神的にはとても落ち着いている。この落ち着きが何に由来するかといえば、若かった頃にあった「会社に行きたくない」という感覚が薄いからだと思う。

 

いま思うと、20代30代は地獄だったように思う。その地獄が何に由来するかといえば、結局は会社に行くと自分が何かをできない事を痛感させられ、それで自尊心が削られるからだ。

この自尊心の目減りが会社に行きたくない、働きたくないという正体の9割ぐらいだった。

 

しかし40代になり、少なくとも自分の専門分野に限っていえば幸運にもそれなりの才覚に恵まれていたという事がハッキリとするようになってからは、僕は会社にいくのが全く苦痛ではなくなった。

むしろキチンと自分の能力を発揮して自分自身の存在感を出せるという事もあり、働く事が楽しくなったとすら言えてしまうかもしれない。

 

やりたくない事をやらなくては、人は楽にはなれない

以前にも「結局、辛いのは弱いからであり、だから楽になりたいのなら強くならなくちゃ駄目だ」というような事を書いた事がある。

生きるのが楽になって思うのは、結局いまの自分を構築しているのは、辛く厳しい20代30代の自分が踏ん張ってくれたからに他ならないという事だ。

 

もしあの頃の自分に「それがお前の本当にやりたい事なのか?」と、スティーブ・ジョブズの最後のスピーチっぽく誰かが問いかけたら、恐らく過去の自分が全力でNO!というと思う。

もしそこで、踏ん張ることを辞め、楽な道に逃げ出していたとしたら…まず間違いなく40歳になった僕は、今ほどには心の安寧は迎えられてはいないだろう。

 

特に若い人に多いとは思うのだが、そもそも自分が何をやりたいのかなんて、多くの人にはサッパリわからないものだ。

そりゃアンパンが好きだとか、カツカレーが好きだみたいな雑な好きぐらいなら誰でも簡単に言えるだろうが、40歳でそれなりに達観した境地に達したいみたいな状態に至りたいと思ったとしても、そのためにどうすればいいのかは好きとか嫌いの理の範疇には無い。

 

必死になって生き延びろ。そうすれば答えは出る

こう考えればわかるとおり、実は好きとか嫌いのようなものは、やりたい事の判断基準にはあまり役には立たない。

むしろ嫌で嫌で仕方がない事の方が、安楽な好きなんかよりも、よっぽど将来の自分の為になる可能性のほうが高いだろう。

 

子供をみていても思うのだが、人間が最も凄いなと思うのは、発達するという事だ。

例えば僕は今ではフルマラソンを完走する事もできるし、数時間ぐらいなら全く身動きせずに坐禅を組む事もできる。仕事の速度や正確さは業界内でも恐らく上位3割にはいるだろうし、昔はあまり得意ではなかった他人への共感も、あまり苦ではなくなった。

 

この出来るようになった事だが、いま思えばどれもこれも全て僕が大嫌いだったものばかりである。

だからそもそも自分は出来ないと思っていたのだが、色々な副次的な理由もあって、結局どれも履修する事になり、そして僕は”発達”した。

 

人は発達してしまう

一度自転車に乗れるようになってしまった人間が、二度と自転車に乗れなくはならないように、人間の発達は基本的には不可逆的なもので、出来るようなればその技能が失われる事はまず無い。

必死になってギリギリ生き延びるような日々が続いていると、自分が高度に発達するだなんて事は想像も出来ないが、実際には生き延びてさえしまえば、大抵の人間は結果的に発達する。

 

一度発達さえしてしまえば、もう後は楽なもんである。その技能はもう、二度と失われる事はない。だから辛い事から逃げずに頑張る事には意味はある。

 

自分で自分の事がわからなくなると、正しい判断が行えなくなる

逆に、適切な発達をせずに出世してしまった人の予後は暗い。

 

僕はかつて、秘書をわざわざ雇っている人達の気持ちがよくわからなかった。自分の事ぐらい自分でするべきであり、自分で自分のスケジュール管理すらできないような状態に陥っているのは、明らかにオーバーワークだと思うからだ。

 

しかしこの歳になってくると、確かにある領域に限っていえば、仕事を外注せざるをえないなと感じる事は多い。

全てを自分で処理するのは、増え続ける仕事と対比させると、さすがに難しいものがある。

 

そういうわけで、秘書のような方に、自分のスケジュールを管理してもらう事も仕方がないのかな、と思うようにもなった。

 

だが、そうやって自分の仕事を自分の器を超えるような形で拡張させすぎた人の何人かが、ちょっと頭がおかしいのではないか?という行動をときおり取るような姿を散見するようになり、とても不思議なものをみるような気持ちになってきた。

 

この手の人達は、恐らくなのだけど自分で自分の事がちょっとわからなくなってしまっているのだと思う。

 

若い頃はこういう状態になったら「ちょっと休んでスッキリしなさい」とか、あるいはあまりにも酷いと説教されてハッと我に返ったりできると思うが、微妙に偉くなってしまった後で、そういう風にゼロの地点に立ち戻るのは、かなり難しい。

仕事を誰かに外注するのは確かに良い事だ。だが、それは必ずしも自分で自分の事を把握しなくてもよいという事にはならない。

 

だから間違った選択をしたくないのなら、常に自分の事を見つめ直す事である。

だいたいの誤った判断は、自分を見失っている事に起因する。

 

偉くなったんだし、ちょっとぐらい火遊びしても問題ないだろうというのが、転落の火種になるのだろう。

 

40代は、20代に見えていた景色と全く異なるから希望を持っていい

20代の頃の僕は、結局はこの世はお金が全てであり、性的快楽にまさるものはなく、美味しいものを食べるのは無常の喜びで、仕事もせずにグータラ毎日遊び耽るのが最高の人生だと思っていた。

運動なんて疲れる事は絶対にやりたくなかったし、会社に所属する意味も全くわからなかった。子供は凄く嫌いだし、別にいなくてもいいかなと思っていた。

 

しかし40代の今の僕は、ランニングがライフワークになっており、人生で最も幸福を感じる瞬間が子供と公園で遊んでいる時だという、20代に想像していた景色とは完璧に異なるものだった。

会社に通う意味も、お金や仕事を覚えるためというよりも、人のふり見て我がふり直せ的な、自分自身の立ち振舞いの修正に最も役立つ、社会生活におけるメンテナンス的なものになるという風に、全く異なる意義として捉えるようになった。

 

逆にあんなに好きだったグルメ活動は一旦やめてみたら意外と辞められるもので、そこまでの執着は今ではない。

もちろん、暇が戻ってきたらまたやり始めてもいいかなとは思うものの、最悪無いならないで未練は感じない。

 

あと美しい異性に全く心を惹かれなくなってしまった。これはまあ、性欲が抜けたのに加え、女性と人間関係で随分揉めてて色々と学べた事が大きいのだと思う。

若い頃の僕が、今の自分をみたら、随分つまらなさそうな大人にみえるのかもしれないが、逆に40歳になった今の自分が20代の自分を思い返すと「いろいろな欲望に自我を振り回されたりしてて、執着も多くて、苦しそうだなぁ…」と思う。

 

昔は「これぐらい当然だ」と思っていたことが、この歳になると苦悩を生み出すものに対する執着でしかなく、それをさっさと捨てれば楽になれるのにというのは分かるのだが…まあ、若いってそういうものでも、ありますからね。

なにはともあれ、ちょっとは余裕をもって40歳を初められそうでよかったなと思う。

 

これからもコツコツと日々を積み重ねてゆき、想定外の50代を迎える日を楽しみに待つ事にしよう。

 

 

 

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【著者プロフィール】

名称未設定1

高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように

noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます

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数日前、「脱オタクファッション」について当時を知る人々とおしゃべりする機会があった。

1980~2000年代は、オタクとみなされることが社会不適応者の烙印たりえる時代だったから、そうしたマジョリティからのオタク差別をかわすための擬態として、「脱オタクファッション」を求める向きが存在していたわけだ。

 

ところで、オタクが差別の対象となる時代は、オタク界隈が日陰者の隠れ家たりえる時代でもあった。

オタクが社会不適応者の烙印だったからこそ、社会不適応者にとってオタク界隈がアジールたり得た、とも言える。

当時のオタク界隈はカウンターカルチャーとして機能していた、とも言えよう。

そのことは、当時の景色からも、そこで生まれたコンテンツからも、そこで育ったクリエイターからも言えるだろう。

 

社会のマジョリティからは蔑まれても、内部に独自の価値観やステイタスを持ち、「マジョリティの価値観やステイタスから距離を置ける社会空間」としてのオタク界隈。そこに救われた人はけっして少なくなかったはずだ。畢竟、成功したカウンターカルチャーとはそういうものではないだろうか。

ところが00年代後半以降、オタク差別は次第に解消され、オタク界隈で育まれていたコンテンツやクリエイターが広く支持されるようになっていった。オタクという言葉の響きも、のっぴきならないものからライトなものへと変化した。

 

それはカウンターカルチャーとしてのオタク/オタク界隈の終わりの合図でもあった。控えめに言い直すなら、オタク界隈がマジョリティに親和的になった、とするべきだろうか。

コンテンツで例示するとしたら、たとえば00年代なら『涼宮ハルヒの憂鬱』であり、10年代なら『君の名は。』であり、20年代なら『超かぐや姫!』あたりが事態をよく物語っていると思う。

 

それで良かった、とも言える。

オタクがマジョリティになっていくと同時に自分自身も社会に馴染んでいき、社会へと組み込まれていった世代にとっては特にそうだ。

しかし、カウンターカルチャーとしてのオタク界隈が終わった後、社会不適応者がたゆたっていられるカウンターカルチャーはどこに行ったのだろう?

 

サブカルチャーからカウンターカルチャーへ──オタクの誕生

本題に入る前に、カウンターカルチャーとしてのオタクについて少しだけ振り返っておきたい。

 

社会学者の宮台真司らは、『サブカルチャー神話解体』のなかでオタクの出自として1973~76年頃の東京有名私立校などの一部の若者たちを挙げている。

73~76年、東京の有名私立校などの一部の若者たちによって原新人類=原オタク文化が混融した形で担われていたが、77年以降にメディアを通じて性や恋愛と結びつく形で新人類的なものが上昇を開始すると、新人類的なものとオタク的なものの担い手が対人能力によって分化し始め、オタク系メディアの物語世界が「ついていけない人間」に対する「救済コード」として機能しはじめる──。

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ここでいう新人類とは、1970年代にオタクと袂を分かち、20世紀末のサブカルチャーの主流派となっていったグループだ。

宮台らによれば、76年あたりまではオタクと新人類は首都圏の良い学校に通っている良家の子女を共通祖先としていたが、コミュニケーションを志向し異性関係に開かれていく新人類と、そうではないオタクに分派していったという。

 

1983年には新人類のオピニオンリーダーの一人である中森明夫によるエッセイ「『おたく』の研究」が雑誌『漫画ブリッコ』に掲載され、これ以降、オタクには根暗な社会不適応者の集まりというスティグマが貼りつけられるようになった。

当時を憶えている人なら、1988~89年に起こった東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の犯人についての報道がそれに拍車をかけたことも思い出せるだろう。

 

かくして、オタクとオタク界隈は社会の表舞台から遠ざけれた。

新人類が若者文化の雛型として持て囃されるのをよそに、アニメやゲームに傾倒している人も、外見からそのように見える人も、まともに区別されることなくオタクという一言でまとめられ、蔑まれ、アンタッチャブルな人物とみなされた。

 

この時期、NHKはオタクという言葉を放送禁止用語にしているが、それぐらい、オタクとみなされること、オタク呼ばわりされることは社会適応にかかわる大問題だった。

オタク界隈に通じている人々もそれは自覚していて、オタクたちは自分達の対義語として「一般人」や「カタギ」といった語彙を用いていたし、コンテンツの作中描写、たとえば『ああっ女神さまっ』などにはオタクが社会不適応者らしい姿で登場している。

 

だが、それは悪いことばかりでもなかった。大人たちや若者文化のマジョリティに忌避されたからこそ、当時のオタク界隈はカウンターカルチャー(のひとつ)として機能した、とも言える。

新人類とそのフォロワーの嘲笑をよそに、この時代のオタク界隈はコミュニケーションの苦手な者のアジールとして機能する側面を持っていた。

自分の好きなアニメの話になるとマシンガントークをしてしまう人、独り言がやめられない人、いつもオフ会の時間に遅れてくる人、新人類的なコミュニケーションや恋愛に嫌悪感を持つ人でも、仲間意識を持ちあえる場所だった。

 

社会から後ろ指をさされかねない者同士、そのようなコンテンツをシェアしている者同士という仲間意識が、お互いを結び付ける一助になっていたのは想像にかたくない。

少なくとも地方在住の私には、『アドバンスド大戦略』や『機動戦士Vガンダム』や『痕』といった個々のコンテンツの話題が通じる相手であるだけで「友達」のように感じられた。

 

それからクリエイターを揺籃する地としてもオタク界隈は機能した。

大人文化はもちろん、若者文化の主流派からも距離を置いていたからこそ、許される表現や試される表現があった。

 

『Fate』シリーズなどの那須きのこ、『魔法少女まどか☆マギカ』などの虚淵玄、『君の名は。』などの新海誠は、この時代・この界隈で頭角を現したクリエイターだ。

ボカロやゆっくり実況、今日のアニメ表現の少なからぬ部分でさえ、この時代のオタク界隈から受けた影響は小さくない。

 

若者文化の主流派からパージされていたからこそ、2010年代以降に台頭していく表現や感性の種が蒔かれたといえる。その種を育てたのは、クリエイター自身であると同時にそれらを支持した当時のオタクたちだったのは言うまでもない。

 

若者文化の主流派としての始まり、カウンターカルチャーとしての終わり

ところが00年代の中頃、『電車男』や『涼宮ハルヒの憂鬱』が人気になったあたりからオタク差別がなりをひそめていく。マスメディアにおけるオタクの扱いも変わり、「クールジャパン」なるシュプレヒコールまで聞かれるようになった。

 

それからは皆さんもご存知のとおりだ。

ライトノベル的なもの、ガンダム的なもの、推し活的なもの、そういったものが若者文化の主流派へと繰り入れられ、それらを愛好していることが差別に直結する事態は緩和された。

オタクという言葉も希釈され、洒落た服装をした男女が気軽に自称できるものにもなった。

今ではもう、オタクを自称すること、オタク呼ばわりすることにたいした社会的意義は存在しない。たとえばもし、推し活する人をオタクと呼ぶなら、今日の若者文化の主流派はオタクということになる。そこまで希釈された言葉に、もはやたいした意味などない。

 

しかし、そのこともオタクたちにとっていいことづくめとは限らない。

00年代後半の段階から、ライト化・カジュアル化していくオタク界隈、あるいはコンテンツたちに不満な目線を向けるオタクは存在したが、それは「にわか」に難癖をつける以上の意味があったよう、2026年からは回想される。

オタクとオタク界隈が若者文化の主流派に転じたことに伴い、それらはコミュニケーションを不問に付すアジールとしての機能を喪失していった。

 

もちろん、コンテンツを観ているだけで本当の本当に誰ともコミュニケートしないなら、それすらどうでも良いことだったかもしれない。

が、しかし、同好の士と繋がろうと思ったら今後はコミュニケーション能力が問われることになる。

かつてのように、個々のコンテンツの話題さえ共通していれば無条件に仲良くなれるのではなく、たとえば空気も読まずにマシンガントークしてしまう人は同好の士のあいだでも浮いてしまう可能性がにわかに高まった。

 

旧来のオタクたちに比べて、若者文化の主流派をなすマジョリティのマスボリュームは巨大で、コミュニケーション能力に下支えされた影響力は強大でもあった。

コンテンツだけ見ていて人間を見ていない人間が、コンテンツも人間も見ている人間、ひいては本当は人間のほうを見ていてコンテンツはそのために選択している人間に影響力で伍するのは難しい。

 

SNSで全員が繋がり合った世界で「いいね」や「シェア」を利用しコンテンツを遠く高く飛ばしていくのは、コンテンツと専ら一対一で向き合っているような影響力ゼロの人ではない。

コンテンツをみんなと一緒に推せる人、そしてコンテンツ(と自分自身)をアッピールできる人だ。

そうなると、アニメもゲームも次第にマジョリティのほうを向いたジャンルへと変質していき、たとえば2000年前後につくられたビジュアルノベルにあったような、「マイノリティのためにつくられた作品」は相対的に少なくなっていく。

 

さきほど『サブカルチャー神話解体』から引用した際に、コミュニケーションの可否によって新人類とオタクが袂をわかち、前者が若者文化の主流派となったと書いた。

これが示すように、元来オタクはコミュニケーションに苦手意識を持つ人々が構成員に多かったカテゴリーで、オタク界隈のコンテンツもコミュニケーションに苦手意識を持つ人々のほうをある程度は向いていた。

その傾向は、たとえば『Kanon』や『CROSS†CHANNEL』や『灼眼のシャナ』といった往時の作品を振り返ってもわかることだし、くだんの『サブカルチャー神話解体』にも、たとえば「青少年マンガのコミュニケーション」の章にもそれは詳述されている。

 

2026年第一クールの秀逸なアニメにしてもそうだ。

コミュニケーションに苦手意識を持つ旧来のオタクのほうを向いた作風は主流ではない。

それらの作品はそもそもクオリティが高いからコミュニケーションに苦手意識を持つ人でも十分楽しめる。だが、旧来のオタク「のために」作られた作品とは違う。

コミュニケーション強者におもねる作品とまでは言わないにしても、コミュニケーション弱者に格別な配慮をはからう作品ではない。

 

母屋を乗っ取られるとはこのことだ。支持層の傾向から言っても、作中描写やキャラクターの造形から言っても、90~00年代にオタク界隈で育まれ成長してきたコンテンツ、ひいてはジャンルは、若者文化の主流派に占拠された。

例外がないわけではないにせよ、アニメやゲームはカウンターカルチャーとしての性質をおおむね失い、大人文化や若者文化の主流派とも接続し、アジールと呼び難い場所に変わってしまった。

カウンターカルチャーとしてのオタク界隈は、終わってしまったのである。

 

コミュニケーションの苦手なオタクはどこへ行った?

そうなると、即座に疑問が立ち上がってくる。

コミュニケーションできないオタク、たとえば人間集団に溶け込めないオタクやオフ会の片隅で無口だったオタクはどこへ行ったのだろうか?

 

答えの半分は、「今でもオタク界隈に残っている」だ。

友達はできづらくなるかもしれないし、オフ会にも気軽に参加できなくなるかもしれない、しかしアニメやゲームに向き合うことはできるし、SNSで「いいね」や「シェア」をやってのけることだってできる。

ソーシャルゲームの片隅でなら承認欲求をみたせなくもない。マジョリティに母屋を乗っ取られたことを気にしないなら、まあ、楽しむことはできる。

 

しかし、マイノリティ同士が繋がれるアジールはどこにある?

トー横キッズになれる人は、なれば良いのかもしれない。そこは確かにカウンターカルチャーみが深い場所だ。

が、誰もがそこに入れるわけではないし、身の危険と隣り合わせの場所である。旧来のオタクに相当するような青少年に親和性の高い場所とも思えない。

 

私は年を取ってしまったので、たとえば進学校に通っているコミュニケーションの苦手な少年が易々と所属でき、友達を見つけられるカウンターカルチャーみの深い場所がどこにあるのか、よくわかっていない。

 

わからないままでいいのかもしれない、とも思う。

かつてのオタク界隈がそうだったように、新時代の表現やクリエイターは大人の与り知らないところで育まれるだろうし、そのほうがアジールとしてちゃんと機能するだろうとも思えるからだ。

 

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

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twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

熊代亨のアイコン 3

Photo:Clark Gu

「あの時、あの場所でしか存在しなかった体験」の話をする。

まず、ゲームセンターの話から始めさせて欲しい。

時期としては、私がお小遣いとか勉強時間とか睡眠時間とか栄養とか、色んなものを削りに削って、ゲーセン通いにリソースを全振りしていた頃。もう少し正確に言えば、大体1992年~1998年くらいまでの期間になる。

 

かつて、ゲーセンに通っている人たちの間では、「ホームどこ?」という言葉が「相手の身元確認の手段」として成立していた。

ホームというのは、要は「自分が普段通っていて、主な居場所にしているゲームセンター」のことだ。「色んなゲーセンがあって、ゲーセンごとに遊べるゲームに偏りがあったので、みんなあちこちのゲーセンを巡っていた」という前提知識がないと、そもそも意味不明な言葉だ。

 

当時は、ゲーセンでも「強い人/上手い人がたくさんいるゲーセン」と「そうでないゲーセン」の間にはかなり明確なヒエラルキーがあって、前者を「ホーム」にしている人たちは、それだけで「こいつ、なかなかやりそうだな……」と一目おかれたりしていた。

私のホームは、名古屋の端っこの方にある、「キャビン」という小さなゲーセンだった。家から出て、角を二回曲がって、しばらく坂道を転がり落ちていくと、道の左側にキャビンがあった。今はもう、ないのだけれど。

 

あの光景は、今でも目を閉じるだけで鮮明に思い出せる。匂いも覚えている。ふっと何かの匂いを嗅いだ時、「あ、キャビンの匂いだ」といきなり記憶が蘇ることがあるくらいだ。

主にタバコと駄菓子とおっさんの体臭が主成分で、いい香りとは言い難かったが。

 

キャビンは小さな体育館のような作りになっていて、天井は鉄骨が剥き出しになっていて、鉄骨から飛行機の模型がいくつもぶら下がっていた。

入り口の方にUFOキャッチャーが三台。真ん中のあたりには格ゲーの対戦台が大きな顔をしていて、ゲーセンの一番奥には(当時基準の)レトロゲームと脱衣麻雀が何台か置いてあった。そして、格ゲーの周辺、対戦台エリアを囲むように、壁際に何台ものアクションゲーム、シューティングゲームが並んでいた。

 

私はキャビンで色んなゲームを遊んだが、特に色濃く残っているのはシューティングゲームの記憶だ。

つま先から頭まで沼に浸かっていた横シューの最高傑作、「ダライアス外伝」。

最終盤、強大な敵と相対するプレイヤーを鼓舞するように1面のBGMが流れる演出の珠玉、「ガンフロンティア」。

R-TYPE。バトルガレッガ。ソニックウィングス、19XX、ゲーム天国、雷電II、アクウギャレット、BATSUGUN、ウルフファング、ギガウィング、プロギアの嵐、中華大仙、疾風魔法大作戦、蒼穹紅蓮隊、ストライカーズ1945。

 

無理だ。私があの頃キャビンで遊んだゲームのタイトルは、とてもじゃないが挙げ切れない。

「やり込んだ」と胸を張って言えるゲームもあれば、1コインクリアすらできなかったゲームもたくさんあるが、とにかく思春期の時間の何割かを、私はキャビンに捧げている。

 

キャビンの唯一の店員であるおっさんには毛髪も愛想もなかったが、脱衣麻雀をスタッフクレジットでプレイしている時以外は割と親切にしてくれて、年少だった私が他の客に絡まれたら声をかけてくれたし、店で売っているキャベツ太郎をおごってくれることもあった。

人生の中に「頭が上がらない人」というのは何人かいるが、「あの場を提供してくれていた」というそれだけで、キャビンの親父も私にとっての「頭が上がらない人」の1人だ。

 

ということで、キャビンはとても良いゲーセンだったのだが、今から考えると1つだけ、大きな問題があった。

「とにかくうるさかった」のだ。

 

当時のゲーセンなんて大体そんなものだったかも知れないが、キャビンのゲームはどれも音量設定がデカく、デモの間も音が鳴りっぱなしで、一つ一つのゲームの音なんてろくに聞こえなかった。

格ゲーの対戦台は特にそうで、ゲーム中のキャラの声もデカければ、遊んでいるプレイヤーの奇声もだいぶデカかったので、自分が遊んでいるゲームのBGMをじっくり聴くことなんてとてもできなかった。当時、一部のゲームではヘッドホン端子がついている筐体もあったらしいが、キャビンにはそんな気の利いた台は一台もなかった。

 

これはだいぶ後になってから分かることなのだが、私はどうも「複数の音が鳴っている中から、一つの音を聴き取る」ということがかなり苦手な性質であるらしく、それも「聴こえない」に拍車をかけていた。

当時、「ゲームのBGMにもいい曲がたくさんある」と認識し始めていた私には、ここだけはなんとももどかしい点だった。

 

***

 

次に、レイストームというゲームの話をしたい。

レイストームは、1996年、タイトーから発売された、3Dポリゴンを使った縦スクロールシューティングゲームの大傑作だ。その最大の特徴は、「「高さ」「深さ」という側面から、プレイヤーの視点を完璧にコントロールする」という、圧倒的なゲーム演出にあると思う。

レイストームには、前作「レイフォース」から引き続く、「ロックオンレーザー」というシステムがある。

眼下の敵にカーソルを合わせることで敵を「ロックオン」することができ、そこでロックオンレーザーを放つと画面上のどこにいてもレーザーが敵を襲い、撃破する。

 

ロックオンレーザーは敵を倒すためにも重要だが、得点を稼ぐためにも非常に重要で、「敵をどういう順番でロックオンして、どう倒すか」というのがゲームを遊ぶ上での重要な要素になる。

縦スクロールシューティングというものは、自然と「自機を上から見下ろす」という視点になるものだが、レイストームというゲームにおいては、ロックオンレーザーと3Dポリゴンによる当たり判定の関係で、それが直接的にプレイフィールに影響する。

 

その顕著な例が4面の対艦隊戦だ。レイストームでは、「高さ」が合わなければ敵にも敵弾にも接触しないため、下の方の敵はすりぬけられる一方、「遥か下方から撃ってきたレーザーが、自機と同じ高さまで来て襲いかかってくる」なんて場面もある。

 

さらに、ロックオンレーザーも撃ってから着弾までにタイムラグがあるため、特に自機がR-GRAY2の場合、「遥か下方に見える敵艦にロックオンレーザーを撃ち込んだ場合、戻ってくるまでしばらく時間がかかる」という現象が発生するわけだ。

この感覚が、「宇宙空間での艦隊戦」というAREA4で特に顕著になり、「2Dの縦シューなのに、自分がちゃんと宇宙空間で戦っている」という絶妙な臨場感をもたらしてくれた。

 

これに限らず、ロックオンレーザーのパターンを構築する時は、「敵の高さと位置」の意識がかなり重要になる。

結果、プレイヤーは「自機の高さと、敵の相対的位置」を自然と意識することになり、結果レイストームが「縦シューとしても他に類を見ない程「見下ろす」という視点を強く意識する」ゲームになっていると考えるわけだが、とはいえ本記事では、レイストームの視覚的演出は本題ではない。

 

ここで特筆したいのは、レイストームのBGMの演出だ。

レイストームにおいて、自機が託された使命は「惑星間戦争で敗北直前まで追い詰められた人類による反撃」だ。

敵勢力である「セシリア連合」、衛星セシリア自体が元々は地球からの植民衛星であり、セシリアを圧政で支配した地球政府の自業自得的な面もあるのが業が深いのだが、それはそうと自機である「R-GRAY」を駆るプレイヤーは、地球圏から衛星セシリアへと攻め上がっていく。

 

で、レイストームのBGMは、このストーリー展開と明確に、見事にシンクロしている。

具体的に言うと、序盤、地球圏でのBGM(AREA1~4)は比較的明朗で軽快な曲が多いのに対して、地球圏を離れて衛星セシリアに戦いの場が移って行く(AREA5~8)につれて、BGMの構成がどんどん重く、無機質に、陰鬱に、しかし荘厳になっていくのだ。

 

その最たる例が、最終面(AREA8)の「HEART LAND」および「INTOLERANCE」だろう。

最終ボスである「ユグドラシル」についにたどり着く自機R-GRAY。

 

当初は、ユグドラシルは複数のパーツを破壊しないと全容をあらわすことがなく、プレイヤーは激しい攻撃を凌ぎながら、緑色のシールドに覆われたユグドラシルを「見下ろして」ひたすらロックオンレーザーを撃ち下ろしていくことになる。

この時BGMとして流れているのが、心臓の拍動のように静かに重々しくドラムの音が響く、「HEART LAND」。

https://open.spotify.com/intl-ja/track/0zQRBKIcAExLq97MEzqe3T?si=44cac7ab151146a9

 

そして、全てのパーツを破壊すると、旋回するR-GRAYに合わせて視点がぐるっと動き、自機の前についに「ユグドラシル」の本体が姿を現す。

同時に、まるで滅び行く種族への鎮魂歌のように、静かに、ゆっくりと、「HEART LAND」からスネアの音を経てシームレスに繋がる、「INTOLERANCE」の荘厳なメロディが響き始める。

https://open.spotify.com/intl-ja/track/7uQjOtGpe3MWDHPRQk4cNB?si=9a5d307a6e0b466e

 

サントラのライナーノーツやエンディングの文章を読むと分かることだが、実はレイストームというゲームでは、エンディング後に衛星セシリアの住民数十億が命を落とすことになる(※PS版のエクストラモードだともっとひどいことになる)。

そのため、まさにプレイヤーが作戦を成し遂げようとしているその瞬間、流れる曲が鎮魂歌となるのはある意味で正しい。

 

しかし、この「INTOLERANCE」という曲、とにかく静かで、荘厳で、そしてかっこいいのだ。

STGのラスボスという最高に盛り上がるシーンで静謐な曲が流れるというのは、例えばダライアス外伝やガンフロンティアとも通じるところがあるが、レイストームの「INTOLERANCE」の素晴らしさはダラ外の「SELF」にも全く劣らない。聴いたことがない人は聴いてみて欲しい。

 

ところで、ここでひとつ問題があった。それは、「レイストームのBGM演出は、ゲーセンで味わうにはあまりに繊細過ぎた」ということだ。

しんざきが通っていたキャビンなどは特にそうだが、音がうるさいゲーセンでは、演出を味わうどころか、メロディを聴き取ることすら殆どできやしなかった。「なんとなくかっこいいメロディが聴こえる……」と歯がみするのがせいぜいだった。

 

***

 

そんな私を何が救済したかというと、それは当然サントラ、ではなくPS版「レイストーム」だった。

 

アーケードゲームの家庭用移植というものには、遥か「ゼビウス」の昔から様々な性能上の問題がつきものだったが、PS版レイストームについて言うと、元々のアーケード版がPS互換システムを使っていたこともあり、これが間違いなく超絶良移植だった。

SS版の「バトルガレッガ」(STG移植のひとつの到達点である)に並ぶのではないか、とすら個人的には思っている。

 

もちろん、画質や処理落ちを始め、アラが全くないというわけではない、ないのだが、自室という静かな空間で、初めて「ユグドラシル」を背景にした「HEART LAND」と「INTOLERANCE」を耳にした時には、「これが本当のレイストームだったのか……!!」と思うほどの衝撃を受けたものだ。

 

PS版のエクストラモードで聴けるアレンジ版BGM、「ノイ・タンツ・ミックス」がこれまた素晴らしいアレンジ揃いで、一面の「GEOMETRIC CITY」のアレンジで響きわたる笛の音を聴いた時には、これを吹くだけのために管楽器を始めることを決意してしまうほど感動した(それでケーナを始めた)。

 

サントラはそれはそれで素晴らしく、今でもレイストームは(オリジナル版もアレンジ版も)Spotifyのお気に入りリストに入っているが、それでもやはりゲームBGMの味は、ゲームとセットで体験した時にこそ最大化するものだ、と私は思う。

ゲーセンで散々「音が聴きとれない」という辛酸をなめた後だっただけに、感動もひとしおだったのかも知れない。

 

***

 

上でも書いたが、レイストームが発売されたのは1996年。今からちょうど30年前、PS版で考えても29年前になる。

あれから、ゲームを取り巻く環境は激変した。

 

「個人経営の街のゲーセン」というのは残念ながらその多くが姿を消し、私がかつて通い詰めたキャビンも、今では建物すら残っていない。

その一方で、ゲームを遊べる環境は恐ろしく進歩し、今ではオンラインで何の問題もなく通信対戦ができるし、SteamやSwitch、PS5を始め、様々なプラットフォームでもの凄い数のゲームを遊ぶことができる。過去の名作も遊べるし、現在の大作も、インディーズの新機軸のゲームもDL販売で手軽に遊べる。

 

これは、疑いなくゲーマーにとっては素晴らしい時代であると思う一方、ほんのちょっとだけ、奇妙な寂しさも感じる。

それは、インターネット時代にパソコン通信のモデムの接続速度の遅さを懐かしむような、たいした意味はない、ほろ苦いノスタルジアとでも言うべきものだ。

そう、ちょうどキャビンのタバコ臭い匂いのように。

 

「ゲーセンで聴こえなかった音を、家庭用移植版で初めて聴けて感動する」というあの時の体験も、おそらくは「あの日、あの時」しか存在しなかった体験なのだろう。

とすると、それをどこかに書き残しておくのも、全くの無駄ではないのかも知れない。そう思ってこの記事を書いた。

 

誰かの「あの日、あの時」をほんのちょっと思い出す、そのきっかけにでもなれば、幸いなことこの上ない。

今日書きたいことはそれくらい。

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

様々な会社の、新卒採用を手伝っていたことがある。

その時の話だ。

 

通常、採用の面接官は、「採用に値する人」を振り分けるのが目的だ。

が、正直なところ、新卒採用では「だれを雇うべきか」は、ほとんどわからない。

実績に相当するものが、学歴程度しかないからだ。

 

では、何もできないのかというと、そうではない。

「雇ってはならない人」を通さない、という役割がある。

 

その「雇ってはならない人」を見分ける方法の一つが、

「「話のつじつまが合わない部分」をついたときの反応を見ること」であった。

 

*

 

例えば、学生が、志望動機を

「豊かな社会に貢献する」という企業理念に共感しました。
私は実家があまり豊かではなかったので、皆が豊かな生活ができる世の中を作りたいと思っています。

といった(テンプレっぽい)話をしたとする。

 

もちろん、テンプレっぽい、というだけで落としたりはしない。

が、この話、信じてよいのだろうか。

 

そこで面接官は、具体的に聞く。

「豊かな社会」と「豊かな生活」について、あなたなりの具体的な定義をしていただけますか?

 

「具体性」を問われると、少なくない学生が、定義ができないことがある。

そういう学生には、

「豊かな社会」に共感したと、先ほどおっしゃいましたが、一体、何に共感したのですか?

雰囲気に共感したということですか?

と、少々突っ込んで問いただす。

 

あるいは、

豊かな社会とは、皆が不足なく暮らせる社会で…

と、抽象的な言葉で逃げようとする学生にも、

皆が不足を感じない社会なんて、そもそもあり得ると思いますか?

と、現実との矛盾点を問う。

 

ただ、内容そのものは、正直何でもよいのだ。

我々は、価値観ではなく、能力と性格を見ているのだから。

 

つまり、ビジネスでよくある、

「会議で突っ込まれる」とか

「お客さんから聞かれる」とか

「部下から矛盾を突かれる」など

といった、少々苦しいシチュエーションを、この場で擬似的に作り上げるのが目的なのだ。

 

そして、こういうところでは、人間の本性が出る。

 

「こまったなあ」という表情を浮かべる学生もいる。

焦って凍りついてしまう学生もいる。

中には、

「雰囲気で共感していました、すいません。でも気持ちは本物です。なぜなら~」と、謝れる人もいる。

それならいい。

謝れることは、社会ではとても重要なことだし、能力不足は、育成でなんとでもなる。

 

が、少なからずいるのが、こちらに怒りの矛先を向ける人だ。

表情と、口調が変化する。

 

「いえ、そういうことではなくて。誤解していただきたくないのは……」

と、こちらの誤解のせいにしようとする人。

 

「私が申し上げたのは、豊かというのは経済的な意味だけではなくて——」

と、「話のわからない人たちだ」、とでも言いたげに、最初に言ってもいない前提を突然持ち出してくる人。

 

「ダボス会議で言われていたのは……」

などと、別の権威を持ち出して、質問に答えず、話をすり替えようとしてくる人。

 

反論するのは全く問題ないのだが、感情的なのはいけない。

面接の場で、何回かこのような反応が見受けられたら、

彼らは

「謝れない」

「間違いを認めない」

「頑迷である」

という特性を持った人たちの可能性がある。

 

彼らはどんなに学歴が良く、ペーパーテストができても、基本的には落とす。

ビジネスでも、アカデミックでも一緒だと思う。

「謝ったら死ぬ」とまでは行かないが、重要なときに「自論の欠点/間違い」を認められないのは、後々、顧客対応や社内のやりとりなどで、大きなトラブルを引き起こす可能性が高いからだ。

 

面接官は、単に話の辻褄が合わない部分を突いただけ。

圧迫したわけでも、叱ったわけでも、人格を否定したわけでもない。

 

でも、このタイプの人はそれらを区別できない。

 

「論理の指摘」を「人格への攻撃」として受け取ってしまう。

こういった性格面での未熟さは、10年経っても、20年経っても、だいたい治らない。

 

柔軟ではない人は、年配も若者にもたくさんいる

余談だが、よく、「若者は柔軟だ」と言われる。

が、実際に様々な採用に携わると、決してそんなことはない、と気づく。

 

現場で見聞きした限りでは、おっさん、おばさんと、若者は大して変わらない。

事実、「年を取ると頑固になる」という話には、大したエビデンスがない。

 

おそらく、直接なにか言われたときに

「黙っている」とか

「反抗しない」

といった若者が見たことが多いからなのだろうが、それは彼らが、柔軟だからではなく、経験からくる「意見」を持っていないだけの可能性が高いのではないだろうか。

それは柔軟さではない。

 

おそらく、柔軟さや素直さ、謝れるかどうか、といった性質は、年齢よりも「個人差」のほうが圧倒的に大きい。

 

なんでも「はい、はい」と、無条件に受け入れてしまうのは、素直ではなく単なる阿呆だ。

だが、話の矛盾や欠点を突かれて、相手に怒りの矛先を向けたり、謝罪して修正をできないような人間は、組織の人間関係や対顧客の関係を危うくしかねない。

 

あくまでも冷静に、「組織に絶対に入れてはいけない人」を見極めることは、かなり重要なのである。

 

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書

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Photo:Amel Majanovic

就職氷河期世代

就職氷河期世代、というものがある。内閣府の定義によると、大卒者は「1970年(昭和45年)4月2日から1983年(昭和58年)4月1日まで」に生まれたもの、高卒者は「1974年(昭和49年)4月2日から1987年(昭和62年)4月1日まで」に生まれたものを指すらしい。いま、Wikipediaを読んで知った。

 

とはいえ、おれ自身が就職氷河期世代であるということは知っていた。おれは1979年(昭和54年)の生まれだ。

大卒だろうと高卒だろうと氷河期真っ只中だ。凍え死んだ世代の一人だ。それは知っていた。

 

おれは「知っていた」と書いた。おれは就職氷河期世代の人間の一人として「生きてきた」わけではない。

おれにとって就職氷河期とは、あくまで他人事だ。おれに「就活で何百社も落とされた」とか、「仕方なく非正規雇用についた」というエピソードはない。おれは人生で履歴書を書いたこともないし、就職面接を受けたこともない。

おれは就職氷河期世代と、同じ世代だ。ただ、それだけだ。

 

ドロップアウト

おれの最終学歴は高卒だ。中高一貫の私学を出た。出たあとどうしたか。一年くらい大学に通っていた。なので、非公式な言い方では大学中退ということになる。

おれが入ったのは慶応義塾大学文学部だった。入学式で学部長だかだれだかがこう言った。

「文学部は就職に不利だと言われるが、諸君らは大学の名前で就職できるから安心したまえ」。

「諸君ら」がどうなったかはしらない。

 

ひょっとしたら、学部長だかの言うとおり、慶應の卒業者は就職氷河期でも問題なく就職できたのかもしれない。それはよく知らない。だが、おれは就活中らしい上級生のこんな会話を聞いた。

「アコムってところに行ったけど、金融系と思ったらサラ金だったの」

 

アコムだったか、プロミスだったかは覚えていない。ただ、おれのなかでそこはサラ金だった。サラ金。今だったら消費者金融というのだろうか。

ともかく、慶應の就活生がサラ金を知らないのか。そして、そんなところに就職先を求めるのか、と、意外に思った。

 

たぶんだが、その当時、リアルタイムではまだ就職氷河期なんて言葉はなかったように思う。

少なくとも、就職氷河期にいるとは自覚していなかった。

 

もっとも、おれはその自覚をすることなく、就職氷河期からドロップアウトした。ドロップアウトしたのは大学だが。

おれはフランス語の活用が覚えられなかったし、語学のクラスで「二人一組を作って」と言われて、相手がいなかったし、「大学にもなってこんな幼稚園みたいなことをさせられるのか」と絶望した。おれは大学に行かなくなった。おれは大学を辞めた。

 

大学を辞めたおれはひきこもりのニートになった。ひきこもりのニートになるくらいは実家が太かった。

「このままひきこもっていても、この鎌倉の実家の土地を売れば遊んで暮らせるのでは?」などと思っていた。

おれにはニートの才能があったので、なんの気兼ねもなくダビスタなんかをしながら暮らしていた。

 

が、親が事業に失敗した。実家がなくなった。一家離散となった。おれにもなにもなくなった。

なくなって、一人暮らしを始めることになった。不本意だ。不本意ながらそうなった。

 

生きるために働くことになった。自分の身分が何なのかわからなかった。生きるために最低限の金だけ現金で渡された。

初めて銀行口座を作ったときは感動したし、その後けっこう経ってからクレジットカードを作れたときは恩義すら感じた。おれは楽天カードを愛している。いずれにせよ、おれはおれが正社員というものになったのがいつなのかよくわかっていない。そうなる前にちゃんと納税していたかというと怪しいが、納めるだけの税金があったのかどうかもわからない。

 

最初は洗濯機すらなかった。近くにコインランドリーもなかったので、ユニットバスで服を手洗いした。そのアパートは水道代定額だったので、そういうこともできた。そんな生活だった。

ずっとパソコンも持っていなかった。おれが自分のパソコンを持つことができたのは、おれがブログをはじめたずっとあとだ。おれは会社のパソコンでブログを書いていた。

 

べつに苦労話をしているつもりはない。単なる事実だ。そしてこれは、就職氷河期世代とはなんの関係もないと思っている。

 

おれのは自己責任だし

さて、就職氷河期論となると、「自己責任論」が出てくる。とくに下の世代から出てくる。

「いつまで世代論で政治や社会に文句を言っているのか。就職氷河期世代でもちゃんと就職して結婚して子供を作り、資産を形成している人もいる。自分の能力や努力が足りなかったのをいつまで人のせいにしているのか」と。

 

そういう意見に対して、氷河期世代は大卒者の就職率などを出して反論する。就職活動の悲惨さを述べる。どうしようもない時代に左右されたのだと主張する。

 

おれはというと……、なにも言えない。おれがまともな人生から脱落したのは、おれが「もう大学に行きたくない」という自己の決断であった。

フランス語の活用を覚えようとする努力を怠ったのだし、友人を作れるという才能に欠けていた。おれには努力するということが物心ついたあとからいっさいできなかったし、なにかになりたいという意志も欠いていた。

 

おれはまったくの無能な人間であって、なおかつ努力する才能もない。日本経済、社会情勢、そんなものと関係なく、勝手に没落した。社会の底に落ちた。それはおれの自己責任にほかならない。

 

というわけで、下の世代から投げつけられる自己責任論、それに対する反論について、おれはなにも言えない。

おれと同じ世代にいた人間がすべておれのような怠惰な無能であったわけがない。向上心と性能があった人間も多くいただろう。そういう人間が、ほかの時代であれば得られたであろう人生を得られなかったケースも少なくないだろう。

 

でも、おれはそれを自分事として語れない。おれには友人というものもいないので、直接見聞きした話も語れない。

「そうだね、この世代の自己責任だよね」ともいえないし、「いや、時代のせいなんだよ」ともいえない。「おれは自己責任で社会の底辺に行って、貧しい人生を送ってきたけれど、ほかの人は……知らねえや」となる。

 

おれは世代自体からドロップアウトしてしまったので、「氷河期世代の敗者」ですらない。そもそも氷河期の戦場に立っていないのだ。もちろん、立たなかったのも自己責任だ。おれはそういう人間だ。

 

氷河期世代には報いがあっていい

なにごともすべて世代論で語るのは無理がある。人には人それぞれの人生がある。高度経済成長で成長できなかったやつも、バブルの恩恵を受けられなかったやつもいる。たくさんいる。もちろん、氷河期世代で勝ったやつもいる。それなりにいる。全滅ではない。

 

全滅ではないが、かなりの損耗率だ。軍隊では何%が損失すると全滅扱いになるのか忘れたが、かなりやられた世代だと思う。世代というものにやられた世代だと思う。

それでおれは「氷河期世代」という言葉には反応してしまう。どの世代でもいえることだが、生まれる前に「自分はこの世代に生まれたいです」と選択して生まれてきたやつは、人類史上一人も存在しない。いや、なんかの宗教のだれかにはそういう話があるかもしれないが、おれは知らない。

 

おれはたまたま同世代である氷河期世代に同情の気持ちを持ってしまう。たまたま同世代だったからだ。もっとも、おれは同情されてしまう側ではあるので……世代の外側から共感する感じだろうか。うまく表現するのはむずかしい。

おれは土俵にすら乗らなかった人間だからなにも言う資格はないかもしれない。それでも、なにやら苦労が多かったよな、と。いや、おれはその苦労、とくに就活の苦労を知らないのだけれど。

 

なので、なにか世代という偶然に振り回されて、不利な人生を送った人間にはなにか助け舟があってもいいような気がする。もちろん、下の世代からこういう発想がよく思われないのはわかっている。個人の努力も、世代の努力も足りなかったのだろう。人数はいるくせに、なんて役立たずでお荷物の世代なのだろう、と。

 

しかし、戦争に動員された世代に同じことを言えるだろうか。まあ、言えるやつは言えるか。そもそも、戦争の時代と不景気の時代を比べるなと言われるか。それでも、時代の不幸はあって、なにか救われてもいいような気がする。

……とはいえ、令和の現代日本がだれかに報いを与えたり、救いを与えたりできるほど恵まれた時代だろうか。そんな余裕ねえよと言われたらそれまでだ。そんな時代を作ったのはおまえら氷河期世代だろと言われたら、さらに返す言葉もなくなる。つらいなあ……。

けど、どのみち人生なんてコントロールできねえよ

昔のおれ、今のおれ。令和最新版のおれとなると、避けて通れないのが病気の話になる。おれは希少がん(NET-G1)になった。なってそれなりに大きい手術をして、一時的に人工肛門もつけた。いまはそれを閉鎖したあとの後遺症というか、LARSという病のなかにある。

で、がんを経験して人生観が変わったのか。がんサバイバーとしてだれかになにか言いたいことがあるか。

 

……ちょっとなにか、人生観が変わったとか、がんサバイバーとして人に説教できるような余裕はない。今のところはない。でも、ちょっと思ったことはある。新たに気付いたというより、確信が増したということだ。

 

それはもう、単純で当たり前な話だ。「人生はコントロールできない」ということだ。

自分が大腸内視鏡検査を初めて受けるときに、がんである可能性なんて露ほど思っていなかった。それが希少がんだった。死ぬよりなりたくなかった人工肛門にもなったし、LARSとかいう排便障害持ちになるとも思っていなかった。そんなもん、わからんとしか言いようがない。

 

ただ、おれは双極性障害という精神障害持ちだが、そうなるとも思っていなかった。思っていなかったが、精神のどこかがおかしいという感覚を抱いて生きてきたところはある。なので、精神科のクリニックに通うようになることも、手帳持ちになることも、それほど特別なこととは思わなかった。

 

が、希少がんは違った。「ああ、人生ままならないな」と思った。

「人生思い通りだ!」と思ったこともないが、まあそれでもここまでコントロールできないものに人生左右されるのかという話だ。ほっといたら希少がんが進行して死んでいたかもしれない。検査したのも偶然、希少がんだったのも偶然。ぜんぜんどうにもならない。

 

だからあなたが、氷河期世代科どうかも知らないし、そんな世代論どうでもいいが、まあ人生そんなにコントロールできねえよということは言っておきたい。

「わりと自分は勝ち組かも」と思っている人間も、健康診断一つで地獄に落ちることもある。それを忘れるな。

 

もちろん、自分で自分の人生の選択をコントロールして、成功した人もいるだろう。失敗した人もいるだろう。でも、どうにもならんこともある。そういうことだ。運命は残酷なので、氷河期世代で辛苦を味わって来た人間が、さらにがんになることだってあるだろう……。

 

結局、人生でいちばんたいせつな生命ですら、自分ではコントロールできないんだよ。

コントロールできることとできないことを見極める賢明さがあったところで、コントロールできないものはできない。人生は思っているほど人間のものではない。

 

まあ、それでもおれは今日という日まで生きてきた。それでも、生きてはきた。

明日死ぬつもりもない。けれど死ぬかもしれないと思っている。おれはそうだ。あなたはどうだろう?

 

 

 

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【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

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