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どうもこんにちは、しんざきです。段々あったかくなってきましたね。毎年この時期になると原因不明の鼻風邪にかかるんですが、遅めのインフルエンザでしょうか。

この記事で書きたいのは、大体以下のようなことです。

 

・リモートワーク環境下で、一部の新人・中途さんが伸び悩んでいました

・原因の一つは、「仕事が分からない」を言語化できず、特にリモート環境だと気軽に質問・相談できないことのようでした

・文字だけで質問・相談のやり取りする際には、高い言語化能力か、遠慮のない質問力が必要です

・「じゃあAIに聞けば?」となるかも知れませんが、ただ「分からない」だけだと、たとえAIに投げても適切な答えは得られません

・「なにがわからないのか」を明確にして、人に投げられる質問に成型するためにAI相手の壁打ちを使ってみようと話して、生成AIとのやり取りをある程度テンプレ化してみました

・最近、「質問の適切な言語化」にも慣れてきたようで、だいぶ質問できるようになってきました

・「AI使っても仕事わからん」となっている人は、「答えを得る」ことではなく「何が分からないのかを明確化して、知ってそうな人に投げられる状態にする」ことを目標にしてみるといいのではないでしょうか

 

以上です。よろしくお願いします。

さて、書きたいことは最初に全部書いてしまったので、あとはざっくばらんにいきましょう。

 

リモート環境では、「分からない」を言語化する能力で実力の伸び具合が変わってくる

みなさん、普段、遠慮なく「質問」「相談」って出来てますか?

仕事上で何か分からないことが発生した時、「取り敢えずこの人に相談すればいいや」って相手、いるでしょうか?

 

何度か書いている通り、しんざきはRDBMSを軸足に色々やるITエンジニアでして、自分で動きながら部下もマネジメントする、いわゆるプレイングマネージャーの立場で20年近く働いています。

そのため、新人さんを指導する立場になることもちょくちょくありまして、毎年そこそこの数の新人さんを見ています。タスクを直接管理することもありますが、メンターやアドバイザー的な立ち位置で指導する機会も多いです。

 

指導する側として、以前から悩んでいたことなんですが、「リモート環境だと細かい疑問をフォローしにくい」という問題があります。

めっちゃ新人指導しにくい。

 

もちろん、入社当初、ある程度仕事が回るようになるまでは、対面でつきっきりで指導します。それは前提です。

その上で、当たり前のことですが、配属されたばかりで即仕事が十分できる人はいませんので、周囲は色んな面でフォローして、ちゃんと働けるようにお手伝いしてあげないといけません。

これはどんなに仕事歴が長い人でも同じで、「放っておくだけで勝手に自走して、成果を出せるようになる」人は、全くいないとはいいませんが激レアです。新卒だろうが中途だろうがその点は同じです。

 

大きな問題の一つとして、

「「分からない」を拾いにくい」

「だから「言語化能力が高い人と低い人で大きな差が出る」

という点があります。

 

まず、リモート前の環境ならできたはずの細かいコミュニケーションや相談が、リモート環境だともの凄くやりにくいんですよね。

仕事のやり方を教えるにしても、その場で相手の表情を見ながら教えるのと、画面を見ながら教えるのでは、やっぱり得られる情報量も違うし、細かいフォローのしやすさも違うじゃないですか。

 

例えば仕事についての説明でも、対面なら

「あ、今はちゃんと理解してるな」

「今はちょっと目が泳いでるな、あとでここ確認しないとな」

とか、細かい情報からフォローを手厚めにしようとか、教え方の方針を変えようとか判断できたんですが、やっぱり画面越しだと気付かない部分も多くって、どうしてもフォローが行き届かないところが出てしまうんですよ。

 

以前の対面環境ならちょっと席を立って話しかけに行ったり、雑談混じりに質問を受けたりといったこともできたんですが、それもリモートだとなかなか難しく、「ちょっとした雑談」ベースの情報交換というのが大変やりにくくなっております。

 

もちろん、指導する側としても色々工夫はしていて、なるべく相談・雑談しやすい環境を作ろうとしてはいるんですが、自分も他の仕事をしながら見ている関係上、遺憾ながらそれにも限界はあります。

 

こういう状況で何が起きるかって、どうしても「質問する力」「疑問を言語化する力」で実力差がつきやすくなっちゃうんですよね。

つまり、仕事をしていて分からないことが発生する。先輩や上司に聞かないといけない。

 

けれど、そもそも「どこが分からないのか」が自分でもよく分からないので、どう質問をすればいいのか自体分からない。上司も忙しそうだし、さすがに「何がなんだかわかりません」とは聞きにくい。

 

これ、例えばTeamsやチャットで先輩に質問を投げる時って、文字ベースのやり取りになるので、

「どこが分からないのかを文章と質問事項にまとめて、先輩に投げられる形に整形しないといけない」

という点で、余計にハードル高いんですよね。

 

「じゃあ自分で調べるか」ってなっても、これまた何が分からないのか分かっていないので、適切な結果を引き当てることはできない。

そのまま時間だけがずるずる過ぎてしまって、「こんなに時間が経ったのにこれしかできてないの?」と言われるのが怖くて、ますます相談しにくくなってしまう。

 

悪循環ですよね。

こういう状態でも、構わずバンバン質問を投げてこれる人というのは、実際います。以前この記事でも書いたんですが、「何をどう困っているのか」をちゃんと言語化して説明することができる人。こういう人はすごく伸びます。

昨年入社した新人さんが、あまりにも助けを求めるのがうまくて、「こいつ人生二度目か?」と思った話。

ところがですね。去年入った件の新人さん、この辺のことが殆ど最初からできているんですよ。なんでしょう、大学や大学院時代の指導がよほど良かったんでしょうか。

まず、手遅れになる前にちゃんと「ここが分かりません、できてません」と言える。それだけでも偉いんですが、その背景として「今○○が目的の作業をしてるんですが、ここが分からなくてできてません」と、ちゃんと「作業の目的」と「できてない箇所」を最初の時点で説明できている。

ただ、やっぱりそういう「質問力」みたいなもので、新人さん同士でも実力の伸び具合に大きく差が出てしまうのは確かな話でして。そういうのって上司の責任なんで、私が解決しないといけません。

 

「曖昧な状態でも聞いてくれていいからね」とか「同じこと何度も聞いてもいいからね」とか、色々フォローをしようとはしつつ、なんとかしないとなーと思っていました。

 

AIに「答え」を求めてしまっている新人さんとの会話

で、もう半年くらい前の話なんですが、なかなか相談できないで仕事を抱えちゃう傾向がある新人さんに、何度か話を聞いてみました。

1 on 1って言い方だと構えちゃう人がいるんで、休憩中の雑談ベースで。

 

私はその人の直接の上司ではないので、細かいタスク状況は知らないんですが、色々苦労しているっぽいという話は共有されていました。

 

私「お疲れさまー。コーヒー飲みます?」

新人さん「あ、いただきます」

 

私「(ちょこちょこ雑談してから)そういえば最近○○の仕事振られたでしょ。どんな感じです?」

新人さん「あー……色々分からないところが多くて……」

 

私「どの辺が分からなそうです?XXさんがあの分野超詳しいけど」

新人さん「えーと……ちょっと、分からないところが多すぎて、どう聞けばいいかが……XXさんすごく忙しいですし、ちゃんと整理してからと思って」

 

大体想定通りです。まあ、そもそも上司に質問を投げるのに遠慮は要らないんですが、

「全然曖昧な状態で投げて手をとらせるのは申し訳ない」

という気持ちはよく分かります。

 

じゃあAIならいいんじゃねえの、と思いまして、

私「ちなみに、会社のAIbotとか使ってみました?あれ使い倒してもいいと思うんだけど」

新人さん「使ってはみたんですけど、なんかそれっぽい答えは返ってくるけど、やっぱり理解できなくて」

なるほどなーと思いました。

 

これは、分かっている人にとっては今更の話だと思うんですが、AIは「自動的に答えを教えてくれる装置」ではありません(正確にはプロンプトの作り方によりますが、一旦おいておきます)。

自分がよくわかっていない状態で、曖昧な質問だけを投げても、一般的な答えしか返してくれません。

RAG(その組織の知識を利用できる仕組み)を使ってるかどうかなんて関係なく、疑問の答えを得るためには、ある程度「明確な問い」が必要なわけです。

 

彼は、「疑問点が曖昧なまま、その答えだけをAIに聞いている状態」に見えました。

その場合、AIとのやり取りは「答えを聞く」ためではなく、「疑問点を明確にする」ために使うべきです。

 

その上で、AIとのやり取りだけで疑問が解決するならそれでいいですし、解決しないなら「明確になった質問」を他の人に投げればいいわけです。

 

私は、「じゃあ、「答えを出すところ」じゃなくて、「疑問点、質問点を明確にして、XXさんに投げられるようにするまで」を目標にしてみるのはどうですかね?」と言ってみました。

ある程度具体的なテンプレを提示してみました。こんな感じです。

 

1.まず、「自分が今やろうとしていることは何か」「現時点で知っていること」「どの辺が曖昧か」などの状況をそのまま書く(歯抜けでも全然よい)

2.AIに足りない情報をインタビューさせる(「上記の目的のために、抜けていると思われる情報はなんですか?」)とか聞けばいい

3.壁打ちしながら「何が足りないか」が分かったら、AIに聞いて解決するならそれでいいし、「その疑問点を上司に質問したいと思います。質問のポイントをまとめてください」と伝えて質問を形成させる

4.適当に整形して上司にもっていく

 

ポイントとして、「何度も壁打ちしながら、段々具体的にしていく」というところですよね。会社の上司と違って、AIにはいくらでも時間があるので、何度適当な質問を投げても怒られない。

解決しなくてはいけないのは、「分からない」ことではありません。「何が分からないのか分からない」という、その状態です。そこさえ解決できれば、あとは分かる人に聞けばいい。

 

だから、「自分は何が分からないのか?」ということを突き詰めないといけない。そのためには、「ここまでは分かるんだけど、あと何が足りない?」を壁打ちしていくのが一番速い。

「質問できるところまでたどり着く」ためにAIを使えばいいんじゃないですか、とアドバイスしてみたわけです。

 

人間って、「入出力するだけ」で段々疑問点を明確にしていけるので、「とにかくやり取りをする」だけでも全然効果があるんですよね。キャッチボールは、何度も続けないと意味がない。そこを上手いことやれるといいなーと思いました。

 

「質問力」「疑問の言語化能力」はとても重要だが、ある程度はAIで補える

こういうアドバイスって刺さる時もあれば刺さらない時もあるんですが、上記の新人さんには刺さったらしく、その後割とすぐ、結構色々な質問が出てくるようになりました。

当初は「質問できる人と、随分差がついちゃってるなあ」と思っていたのが、段々埋まってきました。

 

「分からないところを言語化する」ってある種の訓練なんで、何度もやってる間に自分だけでもできるようになっていくんですよね。

いわば補助輪つきの自転車みたいなもので、AIを「答えを得るためのタクシー」ではなく「問いを明確化するための補助輪」として使ったことで、自走もできるようになってきた、とも言えるかも知れません。

 

「質問力」「疑問を言語化する能力」がリモート環境下でもの凄く重要だ、というのは変わっていないと思います。むしろ、AIも使える今の環境では、重要性はますます上がっている。

 

ただ、AIを使っても伸びない人の多くは、「疑問を明確化する前に答えをもらおう」としてしまっている。

実際、この先いろんな仕事をする上で、一番価値があるのは「適切な問いを立てられる」ことなのに、そこを飛ばしてしまっているわけです。

 

現時点で「疑問を言語化する能力」が低い人でも、思考の方向性をちょっと変えて、「答えを得る」ためではなく「問いを作る」ためにAIを使うだけでも、疑問を言語化する力は鍛えられるかも知れませんよ、と。

そういう話でした。

 

今日書きたいことはそれくらいです。

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

Photo:Edwin Andrade

訳あって、アンダークラスについてちょっと調べている。この言葉は、なんらかの階級を指し示しているようで本当はそうではない気がしていたからだ。

そのうえで、私が診察室の内と外で見てきたアンダークラスらしき諸現象も思い出しながら、個人的な所感を付け加えたい。

 

まず、アンダークラスとはなにか。
これはそのものズバリ、そういう新書がまとめられているので参照する。(注:この文章で引用されているグラフも以下の新書からの引用です)

[amazonjs asin="B07L4KB94J" locale="JP" tmpl="Small" title="アンダークラス ──新たな下層階級の出現 (ちくま新書)"]

 

著者は、はじめに永山則夫の言葉を引用しルンペンプロレタリアート(モノ持たぬ労働者階級)に言及したうえで、アンダークラスについては以下のように定義する。

……そして底辺には、低賃金で不安定な非正規労働者の大群が形成されていて、その数と全体に占める比率は、増大を続けている。そしてこの構造は社会不安の大きな源泉になっている。

ここで非正規労働者のうち、家計補助的に働いているパート主婦と、非常勤の役員や管理職、資格や技能をもった専門職を除いた残りの人々を、「アンダークラス」と呼ぶことにしよう。その数はおよそ930万人で、就業人口の15%ほどを占め、急速に拡大しつつある。

……平均年収はわずか186万円で、貧困率は38.7%と高く、とくに女性では、貧困率がほぼ5割に達している。仕事の種類は、マニュアル職、販売職、サービス職が多く、具体的には販売店員、料理人、給仕係、清掃員、レジ係・キャッシャー、倉庫夫・仲仕、介護員・ヘルパー、派遣の事務員などである。平均労働時間はフルタイム労働者より1~2割少ないだけで、多くがフルタイム並みに働いている。

 

管理職や役員や専門職を除外した、非正規労働者で低収入の雑多な職種の人々がアンダークラスであるという、かなりざっくりとした定義がうかがえる。なお、本書はコロナ禍の前に著されているため、今日ではもう少し平均年収は高いかもしれないが、いずれにせよ低収入である点は変わるまい。

同書によれば、このアンダークラスという言葉を現在に近い意味で最初に用いたのは、スウェーデン出身のミュルダールという経済学者が最初であるという。

アメリカ社会の大多数は教育を通じて社会的/経済的移動が盛んで、また可能だが、そうした大多数の下には失業や不安定雇用が長引きやすく社会的/経済的移動が困難な人々があるという。その、社会的/経済的移動が可能か不可能かのボーダーラインより下に位置するのがアンダークラス、というわけだ。

 

その後アメリカでは、アンダークラスという言葉が素行の良くない人々へのレッテルとして用いられたり、福祉政策への依存により生み出されたものとみなされたりするなかで、「救済に値しない人々」といったニュアンスを帯びるようになっていった、ともある。

 

アンダークラス≠労働者階級

これらを踏まえたうえで、じゃあアンダークラスとは何か? を私なりに咀嚼しようとした時、それは「いわゆる労働者階級」とイコールではないな、と感じずにはいられなくなる。

かつて、「階級」という人々の区切り方があった。支配階級~中間階級~労働者階級とか、ブルジョワ階級~プチブル階級~労働者階級といった、特にヨーロッパ社会で用いられてきた区切り方だ。この階級という考え方のなかでは、労働者階級が一番下の階級、とみなされている。

では、アンダークラスはそのまま労働者階級とみて良いのか? とてもそうは思えない。そもそもアンダークラスは非正規労働者であって正規労働者ではないし、その内実は雑多だ。実際、『アンダークラス』の著者・橋本健二はこう書いている。

 これまでの日本の労働者階級は、資本主義社会の底辺に位置する階級だったとはいえ、その大部分は正社員としての安定した地位をもち、製造業を中心にそれなりの賃金水準を確保してきた。

これに対して激増してきた非正規労働者は、雇用が不安定で、賃金も正規労働者には遠く及ばない。しかも次章でみるように、結婚して家族を形成することが難しいなど、従来からある労働者階級とも異質な、ひとつの下層階級を構成し始めているようである。

労働者階級が資本主義社会の最下層の階級だったとするならば、非正規労働者は「階級以下」の存在、つまり「アンダークラス」と呼ぶのがふさわしいだろう。

 

労働者階級はいわゆるブルーカラー層にあたる。だからといって非正規労働者ではない。

逆に、アンダークラスだからといってブルーカラー層にあたるとも限らない。旧来の三つの階級の外側の存在とみるなら、アンダークラスという名称にも納得できるというものだ。同書所収の調査結果からも、それはうかがえる。

 

 

これを見ると、アンダークラスには事務職が少なからず含まれている。

仕事の種類からいえば、これはブルーカラー層というよりホワイトカラー層、労働者階級というより中間階級やプチブル階級と呼ぶべき人々である。

 

学歴にも注目したい。非アンダークラスと比較して中卒者が多く大卒者が少ないとはいえ、それでも、決して少なくない割合の大卒者が混じっているのである。

だから、少なくとも日本のアンダークラス=零落した労働者階級とみるのは正しくない。零落した中間階級、持続不可能になったプチブル階級もかなり含まれたまとまりとみるべきなのだろう。

関連して、アンダークラスの貧困率や性差も興味深い。

 

男女年齢別の貧困率、生活満足度についての調査結果を見ても、この、アンダークラスなるものが一律でも一枚岩でもない、さまざまな属性を持つ人々であることがうかがえる。

もちろん著者も、年金を取得している高齢者は、若年者とは様子が違っていることには自覚的だ。著者はそこから、アンダークラスを年齢や性別により四つのサブタイプに分類していく。

が、そのあたりについてはこの文章の主旨からは逸れるので興味のある人は『アンダークラス』をお読みになっていただきたい。

 

階級にふさわしいハビトゥスや趣味は、アンダークラスにありや?

ここからは、私自身が診察室の内外で見聞きしたことも踏まえながら個人的な所感を書くので、そのつもりでいてください。

雑多な属性を持った一群だから仕方ないかもしれないが、私は、アンダークラスに当てはまる人々に固有のハビトゥスや趣味を感じ取ることができない。

アンダークラスだから○○を特異的に愛好しているとか、アンダークラスだから××のような仕草をしがちといった、階級固有の「やりかた」「処世術」「嗜好」といったものは想像できない。

階級にふさわしいハビトゥスや趣味といえば、社会学者のブルデューが『ディスタンクシオン』でまとめたものを私は思い出す。そ

こでは、支配階級、中間階級、労働者階級それぞれには選びがちな趣味があり、それぞれにありがちな所作やハビトゥスがあるとされている。

たとえば労働者階級は実用性に即して趣味を愛好し、中間階級は上昇志向的に即して趣味を愛好し、支配階級は実用性から距離を取った趣味が選択できると同時に、余裕ある趣味態度をつくりがち……といった具合だ。

そうした趣味選択や趣味態度には、それぞれの階級の経済事情や他階級に対する卓越性の提示が染み込んでいる。

たとえば中間階級の勤勉な趣味態度は、支配階級に近づきたい上昇志向を遂行する推進力たり得ると同時に、労働者階級に対してみずからの卓越性を示す証拠ともなる。

 

他方、労働者階級は中間階級とは異なる趣味態度をとおして、勤勉さという中間階級のモノサシから心理的距離を取ることができ、そのおかげで無用の劣等感を抱えずに済むだろう。

ポール・ウィリス『ハマータウンの野郎ども』やリチャード・ホガート『読み書き能力の効用』に記されている労働者階級のハビトゥスや趣味も、そのような性格を併せ持っているものだった。

[amazonjs asin="4480082964" locale="JP" tmpl="Small" title="ハマータウンの野郎ども ─学校への反抗・労働への順応 (ちくま学芸文庫)"]

[amazonjs asin="4480512179" locale="JP" tmpl="Small" title="読み書き能力の効用 (ちくま学芸文庫 ホ-26-1)"]

 

このように、ブルデューが『ディスタンクシオン』でまとめたそれぞれの階級に固有のハビトゥスや趣味は、それぞれの階級の社会的適応や心理的適応に貢献する一面を持ったものとしても読み取れる。

たとえそれが、融通無碍なものではなく、ときには呪わしい一面をみせるかもしれないとしてもだ。

しかし、アンダークラスとまとめられる人々には、こういった固有のハビトゥスや趣味が見当たらない。

アンダークラスに該当していそうなさまざまな人々の実観測でも、そのハビトゥスや趣味は雑多というほかなかったと思う。労働者階級っぽさが感じられる人もあれば、中間階級っぽさが感じられる人もある。ハビトゥスや趣味といえるものが失われてしまっているとみえる人もいる。

そもそも日本では、ブルデューが1970年にフランスでまとめたような、ヨーロッパ的な階級と階級意識は乏しいように思われる。

戦前はさておき、太平洋戦争やGHQの施策などをとおして貧富の差が少なくなり、”一億総中流”という言葉すら生まれた後の日本社会では、労働者階級と中間階級の境目ははっきりせず、支配階級も目立ちにくい。

少なくとも、読む新聞も話す言葉も通う飲み屋もまるきり違うほどの差異は、日本ではみられない。

Xの行儀の悪い領域では、ときどき「○○はアンダークラスの趣味」といったメンションを見かけることがある。

しかし納得できるものを見たことはない。

 

ましてや、アンダークラスの社会的適応や心理的適応に貢献もしているハビトゥスや趣味となると尚更だ。ハビトゥスや趣味の桎梏から自由であるとも言えるが、ハビトゥスや趣味に守られている度合いも薄いのだろう。

特に中間階級的な上昇志向を内面化したまま、勤勉にアンダークラスを続けるのは、きついことのように思われる。

 

くだんの『アンダークラス』の後半には、アンダークラスの人がそうでない人よりもメンタルヘルスの問題に多く直面している統計的データが記されているが、中間階級的な上昇志向を内面化した零落した中間階級の人ほど、アンダークラスという状況に葛藤をおぼえるように推察した。

 

世代再生産が成らないなら階級っぽくない

それからもうひとつ。

前述の古典的な階級は、親から子へと継承されがちなものだった。支配階級の子どもはそのハビトゥスや趣味がアドバンテージとなり、同じく支配階級になれる確率が高い。

 

ときには、経営者の子が弁護士となったり弁護士の子が大学教授になる等、サブカテゴリが移動することは、ある。また正統な継承ではないとしても、支配階級の子がメディア産業やサブカルチャー領域に転じて活躍することも少なくない。

そうやって、ハビトゥスや趣味は階級間移動や階級内サブカテゴリ間の移動を伴いつつ、世代から世代へ続いていくものだ。

 

しかし、そうした営みが続くためには、どうあれ世代再生産が必要になる。逆に言うと、世代再生産が持続してきたからこそ階級という社会的/文化的まとまりが存在し続けてきた、とも言い直せるかもしれない。

ところが、ここでいうアンダークラスは世代再生産が成っていない。

世代再生産の適齢期のアンダークラスに絞って言えば、アンダークラスは子どもをなかなかもうけることができない。

特に男性においてその傾向は顕著だ。かつての労働者階級とは異なり、アンダークラスは世代を紡いでいくことができない。だとしたら、アンダークラスは世代を跨げず、そういう意味でも階級たりえないようにみえる。

なかには子をもうけられたアンダークラスもあろう。しかし、アンダークラスがそれそのままに子どもを育てることは今日とても難しい。

中間共同体がさまざまなリソースや経験を提供・共有していた時代が去った今、子育てにまつわるあらゆるリソースは親が直接伝授するか、購入可能な分野ならば金銭で贖わなければならない。

それができなければ、渡世のリソースとなる学力もスキルもハビトゥスや趣味も乏しいまま子どもは社会へ、その前段階としては学校へ放り出されることになる。

私が世の中を眺めて思うのは、実際には、アンダークラスの家庭に育った子どもが社会や(その手前の)学校で不適応を呈したりメンタルヘルス上の問題を呈したりすることは、かなり多いということだ。

アンダークラスという状況は子世代の不適応やメンタルヘルス上の問題を引き起こしやすいようにみえる。

 

と同時に、親子どちらかの社会不適応やメンタルヘルス上の問題がアンダークラスという状況を招き寄せる場合もあるようにみえる。

だから、アンダークラスという階級……というより状況は、経済的な問題が原因/結果になっているだけでなく、心理的な問題が原因/結果になっているようにもみえる。

 

もっと一般化した表現を試みるなら、

「経済・心理・社会的な諸資源の総合としての世帯が回らなくなると、アンダークラスという状況が到来する」

といったところだろうか。

アンダークラスという状況にはセルフネグレクトの問題も近接しているはずで、ここも、経済・心理・社会的な諸資源の欠乏が見え隠れする領域だ。

中間共同体がほとんどなくなった今、理論上、そうした領域への援助は社会契約に基づき国や自治体を経由して行われるべきかもしれないが、実のところ国や自治体やボランティアはそこまで小回りがきかないし、プライバシーという別の問題との兼ね合いもある。

ともあれ、世代再生産という見地から見てもアンダークラスは従来の階級とは違った何かに見え、かつ、これが大きな社会問題であるとは想像しやすい。

社会問題として、この方面についてもう少し知ってみたいなと今は思っている。

 

 

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

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twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

熊代亨のアイコン 3

Photo:Steve Mushero

「先輩、ちょっとうちの会社、ひどくないですか?」

「何?」

 

「評価が公平じゃないと思うんですよ。」

「具体的には?」

 

「例えば、昇進の条件です。シニアコンサルタントになるためには、Aランクの顧客を2社以上担当しなければならない、ってあります。」

「うん、何もおかしくないと思うけど。」

 

「でも、Aランクのお客さん自体、うちの部署では、4、5社しかないじゃないですか。普通に考えたら担当できないと思うんですけど。」

「担当させてもらえるように頑張りなよ。同期の滝川さんは、こないだアサインされたよ。」

 

「知ってます。なんで彼がアサインされたんですか?」

「優秀だからじゃない?」

 

「どういう基準で優秀だとみなされたのか、わからないんですよ。」

「評価基準のシートを見ればいいじゃない。」

 

「あの基準、抽象的でよくわからないんですよ。「1億円以上のプロジェクトをリーダーとして遂行できる能力がある」とか。」

「具体的だと思うけど。」

 

「どうすれば、Aランクの顧客を担当させてもらえるんですか?それを知りたいんです。」

「Aランクの顧客を担当できるくらいの能力がある、とみなされたら、アサインされるんじゃない?」

 

「だから、その基準が……」

「唯一言えるのは、すでにあなたより滝川さんのほうが、昇進にふさわしい、とみなされているということ。」

 

「だから公平ではないって言ってるんです。」

「そうだね。」

 

*

 

「先輩、うちの会社、ひどくないですか?」

「今度は何?」

 

「AI研修があるらしいのですけど、それを受けられる人って、全員じゃないんですよ。」

「知ってる。」

 

「課長がAI研修の対象者を選ぶ、ってことになってますよね。」

「そうだね。AI研修も安くないからね。自分で勉強すれば?」

 

「課長はどういう基準で、対象者を選ぶんですかね。」

「AIをうまく活かしてくれそうな人にするんじゃないかな。もう決めたって言ってたけど。」

 

「え、そうなんですか。何も聞いてないんですけど。」

「あなたは対象者じゃないんじゃないかな。」

 

「どういう基準で選ばれるのか、公表されてないのはおかしいと思うんですけど。」

「なんで?」

 

「不公平じゃないですか。」

「誰が優秀なのかは、上はみんなわかっていると思うよ。」

 

「どうしたら「優秀だ」ってみなされるのか、全くわからないんですけど。」

「そうだね。」

 

*

 

「先輩、ちょっとうちの会社、ひどくないですか?」

「そうだね、ひどいね。」

 

「ちゃんと聞いて下さいよ。」

「もちろん聞いてるよ。」

 

「有給の申請をしたんですけど、ダメだと言われたんです。」

「ほうほう。」

 

「休みたいときに休めないなんて、おかしいと思いません?」

「そうだね、おかしいね。」

 

「もう宿とか、取っちゃったんですよ。」

「それは困るね。」

 

「そしたら上から、「そこは期末の追い込みで、ギリギリ目標行くかどうかだから、なんとか休みの次期をすこしずらせないかな」って、言われました。」

「頼られてるじゃない。」

 

「そうなんですけど、前から計画してたんですよ」

「会社は有給に関しては、時季の変更権があるからね。でも、なんで期末は忙しいってわかってて、そこを外さなかったの?」

 

「好きなときに休みを取る権利があると思うんです。」

「そうだね。好きに休めばいいと思うよ。」

 

*

 

「先輩、ちょっとうちの会社、ひどくないですか?」

「ひどいよね。」

 

「いや、今回も本当にひどいんですよ。」

「どうしたの?」

 

「社内公募があったんです。新規事業の企画担当。」

「知ってる。」

 

「応募したんですよ。」

「うん。」

 

「落ちたんです。」

「そうなんだ。残念だったね。」

 

「で、選ばれたのが、また滝川さんなんですよ。」

「滝川さん、忙しいね。」

 

「選考基準が全くわからないんです。何を見て判断したのか、説明もなかった。」

「人と企画を見たんじゃないかな。」

 

「だから、その基準を聞いてるんです。」

「僕も知らないよ。あ、でもちょっと聞いたな。滝川さんは、事前に企画の素案を三つくらい作って、部長に持っていったらしいよ。」

 

「……それ、ずるくないですか?」

「なんで?」

 

「そういうことをしていいって聞いてないですよ。」

「そうだね。」

 

*

 

「先輩。」

「うん。」

 

「僕、この会社に向いてないんですかね。」

「急にどうしたの。」

 

「いや、ずっと思ってたんですけど。」

「うん。有給とかアサインの件とか?」

 

「それもありますけど……もしかして、自分は嫌われているんじゃないかと思いまして。」

「別に嫌われてはないと思うよ。」

 

「好き嫌いで評価されていて、嫌われてしまったらどうしようもないですよね。」

「好き嫌いで評価されているわけではないと思うよ。」

 

「絶対に嫌われていますよ。」

「そうだね。」

 

「先輩は理不尽だと思わないんですか?」

「何が?」

 

「この会社の評価です。」

「そう?評価は明確だと思うけど。優秀な人がアサインされて、社内営業がちゃんとできるひとが、希望する仕事ができる。わかりやすいよ。」

 

「僕がダメだって言ってるんですか?」

「そうは言わないよ。より優秀な人がいるだけ。」

 

「じゃ、どういうことですか。」

「会社で望んだ地位や仕事、結果を得たいなら、自己評価より、上司とか周りの評価のほうが重要だってことじゃない?」

 

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

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いぬじんさんの「子供の中学受験が終わった」という記事を読んだ。

 

「中学受験かぁ、懐かしいな」と思った。

いぬじんさんはもうすぐ50歳だそうだ。ということは、彼は現在50歳の私と同学年か、一つ下なのだろう。

この年齢でこどもの中学受験に伴走するのは、さぞかし大変だったろうな。

 

結婚と出産が早かった私は、すでに子育てをほぼ終えている。

長男はとっくに大学を卒業し、就職して自立しており、長女はまだ大学生だけれど、成人式を終えた大人である。

なので、私が子供達の中学受験に血道を上げていたのも、今から10年〜15年ほど前の話だ。

 

当時の自分がどんな風に子供の中学受験に取り組んでいたのか、先月閉鎖したライブドアブログに記事が残っていた(現在は非公開)ので、編集した上で、ここに転載しておこうと思う。

2017年2月20日に書いた記事なので、今からちょうど8年前の出来事を綴っている。

 

**********************************************

 

■ニーナさんはダイヤモンドが好き

 

あー、寒いんだかぬるいんだか、よく分からないお天気ですね。

今日はあれですよ、あれの日。

 

中学入試の合格発表の日ですよ!

 

受験生のいるご家庭は、今この瞬間もドキドキしながら合格者掲示の時間が来るのを待っているのでしょうね。(注:当時はまだインターネット上の合格発表がなかった)

 

いやー、私も行った行った。あれはン年前の合格発表の日。今日と違って晴れてた気がする、覚えてないけど。

世間には学校を休ませたり、早退させたりする親もいると聞いていましたが、「そんな理由で学校休むとか早引けるってどうなんだろう?」と思った私は、ちゃんと息子を登校させました。

 

夕方に息子が息を切らせて学校から帰ってきて、二人で受験した学校(中高一貫の私立校)へ行って、

「やったぁあああ!ばんざーい!」

って、二人で叫んだよね。飛び跳ねました。

 

そりゃ、嬉しかったですよ。だって、うちは受験勉強をする時間がたった10ヶ月しか無くて、10ヶ月間みっちり二人三脚で、毎晩深夜12時とか、遅くなると1時過ぎまで一緒に勉強しましたから。

都会で生活していた頃は、生活に余裕がなくて、息子を塾に通わせられなかったんです。公立中学校に進学させる気でいました。

 

それが、結婚生活が破綻し、地元に帰ることに。

そして、教育熱心な私の実家のサポートを得たことで(親が塾代を払ってくれた)、急遽中学受験をすることになったのです。

 

けれど、

「え?偏差値に20台ってあるんだ?」

ってレベルからのスタートでした。その時点で、すでに息子は小学6年生で、4月も半ばっていう...。

あの頃は、前夫と別居したり、離婚したりもしながら、息子の4教科の成績が偏差値20〜30台だったのを、10ヶ月で60〜70台に持ってくのに集中しました。

 

あ、ちなみに偏差値20台と言っても、息子は小学校では全く落ちこぼれてなんかいませんでしたよ。むしろ賢いって言われているくらいでした。

要するに、公立小学校でやる義務教育の内容と、塾でやる受験勉強の内容に差がありすぎるのです。びっくりしちゃうよね。

 

あの時は、いわゆる母親(私)の狂気と、受験生本人である息子の短期集中型努力の甲斐あって、無事に志望校の合格を勝ち取りました。

 

あれからいくつもの春が巡って、今度は娘の番です。

残念ながら、娘は息子ほど受験に対する意欲も集中力もなく、小5の春から塾に通い始めましたが、成績は低空飛行のまま。

そこで、「このまま塾に任せてはおけない」と、息子の時と同様に、また私が横に張り付いて一緒に勉強することに。

 

昨日は、理科のテキストを復習しました。

内容は、空気や水の温度による変化についてです。

「気体の体積は温度が1℃上がるごとに、0℃の時の体積の273分の1ずつ増えます」 

 

にひゃくななじゅーさんぶんのイチ…

 

何なの、この中途半端な数字は?法則が分からねー…。

息子と違って、分からなくても数字をともかく丸暗記していくっていう勉強スタイルが苦手な娘には、これは覚えられないだろうなぁ。

お次は水です。

 

「水は0℃ではなく、4℃のとき体積が最も小さく、温度がそれより上がっても下がっても体積は増えます」

 

何これ? もう0℃でいいじゃんっていうね。なぜ4℃なのかっていうね。

 

理数系が苦手な私には、このあたりを科学的に説明することができません。

仮に説明できたとして、うちの娘が理解できるとも思えない。ともかく今は暗記させるしかないんだけど、さて、こういう中途半端な数字をどうやって覚えさせようか...。

 

そこで、私が考えた語呂合わせがこちらです。↓

私「いい?ここにNinaさんという女の子がいると思ってね。気体の体積の変化の割合はニーナさん(273)で覚えなさい。」

娘「イタリア人なの?」

 

私「イタリア人かもしれないし、ドイツ人かもしれない。少なくともヨーロッパから来たことだけは確かね。

ところで水の話だけど、4℃といえば、そういう名前の有名なジュエリーブランドがあるのよ。ほら、こういうの。綺麗でしょ?」(パソコン画面で4℃の公式HPを見せる)

 

娘「わぁ、綺麗!」

私「でしょう? だからね。水の体積はダイヤモンドって覚えなさい。いい? ニーナさんはダイヤモンドが好きなのよ。

 

では、要点チェックです。空気は温度が1℃上がるごとに、0℃の時の体積に比べてどのような割合で増えますか?」

娘「ニーナさんぶんのいち!」(273分の1ってちゃんとノートに書けました)

 

私「よくできました。では、同じ重さで比べた時、水の体積がもっとも小さくなるのは何℃の時ですか?」

娘「4℃!」

 

私「はい、よくできました。今日のポイントは『ニーナさんはダイヤモンドが好き』ですよ! しっかり覚えておきましょう。いいわね? 女の子はダイヤモンドが好きなの。」

夫「ひどい教えかただな」

 

あら、そうかしら? いい語呂合わせだと思ったのになぁ。

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今改めて読むと、我ながら何をやっていたんだと呆れもするけれど、親として子育てに励んでいた日々の楽しい思い出である。

 

結局、娘は中学受験をしなかった。小学校を卒業するタイミングで夫の転勤が決まり、引っ越しをした為だ。

引っ越し先の地域には中学受験の文化がなく、子供たちは住んでいる地域の公立中学校に進学するのが当たり前だったので、娘も家から近い中学校に通った。

 

その後、娘は中学に入ってからも高校や大学受験を見据えて塾通いが続いたものの、高校へは推薦で入り、大学も総合型選抜で合格が決まったので、考えてみたら彼女は一度も入試でペーパーテストを受けていない。

 

だからといって、塾通いや受験勉強が無駄だったとは思っていない。

結局のところ、私が子供達に身につけて欲しかったのは学歴ではなく、「学習の習慣」だったのだから。

冒頭で話したように、私は50歳になる。

学校教育を終えてから、もう何十年も経つ。それでも、「学ぶこと」には終わりがない。

 

私たちが生きている世界は、放っておいても変わり続ける。仕事のやり方も、常識も、価値観も、数年で更新されていく。そのたびに新しいことを覚え、理解して、とにかくやってみる。

それを面倒だと思わずにいられるかどうかは、才能よりも習慣の問題だと思うのだ。

 

泣いたり笑ったりしながら受験を終えた全国のお父さんお母さんへ。

目の前の結果だけで、どうか一喜一憂しすぎませんように。

 

受験の合否は、その年の出来事に過ぎないけれど、日常的に学び続ける力は、その後の人生を長く支える基礎体力となるのだから。

 

 

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【著者プロフィール】

マダムユキ

ブロガー&ライター。

リンク:https://note.com/flat9_yuki

Twitter:@flat9_yuki

Photo by :Aaron Burden

「タクシーに乗る時は、偉い人が一番奥で運転手さんの後ろです。お供の人は後から乗りましょう」

もう30年以上も前のこと、大手金融機関に入社した時の研修で、最初に教えられたビジネスマナーの一つだ。

 

不思議に思い、マナー講師さんに率直に疑問をぶつける。

「なぜですか?例えば部長とか偉い人は高齢の人も多く、奥に乗り込むのは大変だと思うんです。足が悪い人であればなおさらです」

「運転手さんの後ろが一番、事故の時に安全なんです。宴会などでも、上座は一番奥で下座は入り口に近いところです。同じことです」

 

「宴会はわかります、入り口で雑用をこなすためですよね?しかし可能性のほとんどない事故に備えるのが、本当に正しいのですか?」

するとマナー講師は、今はわからなくてもいいので奥が上座で手前が下座であると覚えろ、そのうちわかるというようなことを言った。

全く納得感がなかったが、新卒1年生だったこともありおとなしく引き下がる。

 

しかしそれから30年以上経った今も、“そのうちわかる”ような成長はできなかったようで意味が分かっていない。

さらに言えば、和室の飲み会で床の間を背負うのが偉い人というルールも、いまだに納得できない。

 

もちろん、床の間は神聖な場所というのが一般的な文化なので、そこに近い場所が上座という理屈は理解できる。

しかし結果として、下座の方が床の間の立派な掛け軸や生け花の美しさを堪能できるというのは、ズルいではないか。

そんなことに疑問を持っていたある日、ホテルラウンジで納得の光景を目にする。

 

お気に入りの店だったのに…

話は変わるが、今からもう20年近くも前だろうか。

グルーポンやポンパレと呼ばれる、共同購入クーポンサービスなるものが大流行したことがある。

 

例えば飲食店で、300名限定で通常価格60%offクーポンを発行する。

旅館でも同様に、100組限定で宿泊代50%offクーポンなどを発行して集客しようとするものだ。

 

フラッシュマーケティングと呼ばれる販売手法の一つで、24時間限定であったり、100組限定というような“今だけ”感の演出で消費者心理を刺激する。

半額以下などの大幅値引きで過剰なお得感も演出し、潜在顧客の掘り起こしに強力な効果があったとされた。

 

そんな流れに乗ろうとしたのだろう、ある時、近所にあった食べ放題・飲み放題の串揚げ屋さんが、50%offクーポンを300組限定で販売しているのをそれらサイトで見つける。

個人経営であろうそれほど大きくない、店内はいつも常連さんだけ10組もいないような規模のお店だ。

(いつでも気軽に行ける、安くて美味しいお気に入りの店だったのにな…)

 

そんなことを思いつつ、自分も50%offクーポンを買うのだが案の定、いつも満席で駐車場にも車があふれるようになった。

駐められているのは、県外ナンバーの車ばかり。フラッシュマーケティングとやらの集客力の恐ろしさを感じつつ、なかなか利用することができない。

とはいえクーポンには利用期限があるので、どこかのタイミングで使わないわけにはいかない。

 

そんなある日の平日夕方、開店と同時に並びやっと入店することができたのだが、あの時の修羅場は忘れられない。

串揚げの素材は冷蔵棚から取り、自卓で揚げるスタイルなので問題ないのだが、飲み物が全くこない。

20組50人くらいの客に対し、オーナー1人とバイトさん2名で運営しているので、完全にキャパオーバーだ。

さらに悪いことに、そのうち揚げ物の素材もすっからかんになってしまい、まったく補充されないようになる。

 

やがて店員さんに文句を言い始めるお客さんたち。

一見客であり、おそらくもう2度と来る気もない県外客ということもあるのだろうが、全く容赦がない。

そのクレーム対応でますます店員さんの手が止まり、飲み物も食べ物も提供されなくなる。

 

加えて、そもそもそれだけのお客さんを捌けるような店の作りにもなっていなかったのだろう。

店内には、気化した揚げ油が充満しそのうち目が痛くなりだした。

そして、1組、また1組と怒鳴りながら店を後にする。

 

するとあろうことか、今度はオーナーとアルバイトさんがフロアの真ん中で大声を出し、ケンカを始めてしまった。

もっと手を動かせというような叱責に対し、こんなもん間に合うわけねえだろというような言い合いが始まり、忙しさのストレスをぶつけあう。

そこにもう1人のバイトも参加して、オーナーとの激しい言い合いを始めると、やがて2人とも辞めるというようなことを言ってフロアから出て行ってしまった。

 

もう後は、営業どころではない。

そのため食事を切り上げ店を後にしたのだが、ほどなくしてそのお店は臨時休業になり、そのまま閉店してしまった。

結果として、フラッシュマーケティングとやらを利用したことで、お店をつぶしてしまった形である。

 

そしてグルーポンやポンパレといったサービスそのものも、数年ほどで急成長しその後、数年で急速に衰退し姿を消した。

当然である。あのようなサービスを飲食や宿泊業にまで適用するのは、どう考えても「物事の本質」を外しているのだから。

ではいったい、何を外しているというのか。

 

この眺め、自分が観ちゃだめだよね

フラッシュマーケティングとやらが力を発揮するのは、「自社(自店舗)を知らない潜在顧客」に対する、認知の獲得“だけ”である。

例えばサプリメントの通販であれば、初回限定50%off、今から1時間だけというような、“お試し”のやり方だ。

通販であれば、一時に需要が集中しても大きな問題になりにくいうえに、商品が良い物なら必ず一定数リピーターになるので、意味のあるマーケティングになりえるだろう。

 

しかし飲食や宿泊業では、「安いから利用するだけ」「正規の値段では絶対に来ない」顧客など、百害あって一利なしに決まっているではないか。

ましてそのような集団が一時に大量に押し寄せるなど、ブランドや信用を根こそぎ破壊し、ロイヤルカスタマーの期待を毀損する結果しか招かない。

極論すれば、「筋悪でもいいので知ってもらいたい」のであれば、迷惑系youtuberとして店を宣伝すればいいのである。

 

飲食や宿泊業がポンパレやグルーポンを利用するなど、そういう行為だったということだ。

サービスを利用したお店も、見境なくあらゆる業種に売り込んでいったフラッシュマーケティング事業者も、衰退して当然の結果であった。

 

そして話は冒頭の、ホテルラウンジで見た光景だ。

いったい何を見て、マナーに対するモヤモヤがすっきりしたのか。

 

東京のラグジュアリーホテル、高層階にあるダイニングラウンジでのこと。

偉い人に指定され、場違いなレストランにランチで赴いたのだが、高層階だけあって見たこともないようなとんでもない眺めが目の前に広がる。

個室でもないので、通路側に偉い人を座らせるわけにはいかない。

 

そのため20分前に店につくと、通路側に座り相手を待つのだが、眺めの良さを下座である私だけが楽しめてしまう形になる。

ふと周囲に目をやると、客層は上品そうな男女2人組ばかり。

そして例外なく、通路側には女性が座り、窓を背にする席には男性が座っていた。

きっと普段なら、通路側に女性を座らせるようなことなどしない紳士たちだろう。

(そらそうだよな…。この眺め、自分が観ちゃだめだよね)

 

結局のところ、マナーというものの本質は、「相手を思いやり、リスペクトする気持ち」である。

にもかかわらず、マナーを守ることが目的化したら本末転倒でしかない。

場違いなラグジュアリー空間に思いがけず出かけたことで、マナーの本質を見たような想いになった。

 

同様に、フラッシュマーケティングとやらについてだ。

事業者もお店も、原理原則で顧客のニーズを考えれば、売ってもいい業種なのか、利用してもいいサービスなのかくらい、容易に理解できただろう。

にもかかわらず、売ることが目的化し、また知ってもらうことが目的化した結果、本質を外し事業を潰した。

手段と目的をはき違えるということはそれくらい、あらゆることをぶち壊すほどの破壊力があるということである。

 

余談だが若い頃、マナー講師の教えに納得ができなかった私は今も、目上の人とタクシーに乗る時には必ずこう聞く。

「もし奥に移動されるのがご面倒であれば私、先に乗ります!」

マナーなんてものは手段の一つであって、決して目的ではない。

 

 

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【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など

偉そうなことを書きましたが、カタブツの昭和のオッサンの中には「マナー警察」も大量にいました。
「先に乗りましょうか?」と聞き、タクシー車内で20分、怒られ続けたこともあります…泣

X(旧Twitter) :@ momod1997

facebook :桃野泰徳

Photo:Hongwei FAN

アルコール依存ができなくなった人間の末路

おれはアルコールに依存していた。しかし、大病が原因でアルコールを飲めなくなった。

がんになれば禁酒なんて簡単なことさ

飲めなくなってどうしたのか。アルコールに代わるべつの依存先を探した。探した結果、そのとき行き着いたのがゼロ・コーラだった。おれはゼロ・コーラ依存症になって2ヶ月くらい過ごした。おれはゼロ・コーラを飲みまくった。

 

「ゼロ・コーラにもなんらかの害はあるのでは?」という疑問を持つ人もいるだろう。そりゃなんかあるだろう。

だが、アルコールの害とゼロ・コーラの害、どちらが大きいだろうか。とくにおれにとっては、差し迫った希少がんの手術ができるかどうかがかかっているのだ。

 

ゼロ・コーラを飲むのは「より害の小さい依存」にほかならない。AIなどと対話した先では「ゼロ・コーラより水を飲んだほうが健康的です」などと答えるが、それはさすがに人間をやめすぎている。

 

ゼロ・コーラが飲めなくなった人間の末路

さて、おれは無事禁酒ができた。希少がんの手術を受けることもできた。大腸切除。ストーマ(人工肛門)の一時造設。そうなった。

 

ストーマができたおれがどうなったか。飲食物に対する恐怖の塊になった。おれは不安症なので、「ストーマになったら何を食べてはいけないか」について、事前によく調べた。非常によく調べた。

だいたい「ストーマには食事制限はありません」という希望をもたせる言葉ではじまったあと、「ただし、以下の食べ物には気をつけましょう」で、食べるべきではないものがたくさん列挙されている。

 

正直、いんちきじゃないかと思った。それで頭がいっぱいになったおれは、入院中の病院食に出てきた野菜やわかめなどについても、ウェブで確認したり、AIに聞いたりしたうえで、「危険だから食べない」という選択肢をとったりした。病院食すら信じない。

もしストーマが詰まったらフードブロッケージ、腸閉塞でアウトだ。それだけは避けたい。とくに造設後は注意が必要だ。

 

というわけで、おれは退院してからも警戒を続けている。最初はレトルトのおかゆばかり食べていた。その後食べるようになったのは、以下の二通りの「おれ流オストメイト食」である。

 

・オストメイトうどん

Amazonブランドの一番安いうどんの乾麺を標準ゆで時間より長く茹でる。水で洗う。皿に乗せる。コンビニやスーパーで売っているサラダチキンと、一番安い3個100円くらいの充填豆腐、卵を1個のせる。めんつゆをかける。

・オストメイト雑炊

パックご飯をレンジで加熱する。雪平鍋に少量の水を入れ、火にかける。あたたまったご飯を入れ、卵を一つ入れて溶き、ヒガシマルの雑炊のもとを入れる。さらにサバ缶あるいはサラダチキンを入れる。缶詰が味付けではない場合、醤油などを垂らす。

 

この二つである。おれはこの二つを食べている。よく噛んで食べている。

それでもストーマが「キューッとなる」ことはあるが、詰まったことはない。野菜? そんなもの人間に必要ではない。サプリを飲め。あと、「本当にそんな食事だけをしているの?」と疑問に思った人は、おれのXを見ろ。まずそうな食事の写真が並んでいる。なによりの証拠だ。

 

まあ、それはいい。おれは食事に極度の恐怖を抱いている。その結果、ゼロ・コーラも飲めなくなった。炭酸飲料もガスを発生させるのでオストメイトにはよくない飲み物だからだ。

でも、ガスが発生するだけなら、人前でなければ関係ないんじゃないか? そう思って、一本飲んだ。こわごわ飲んだ。飲んでどうなったか。どうもならなかった。ガスの発生も感じなかった。

 

ただし、ぜんぜんおいしくなかったし、気持ちよくもなかった。怖がりながら飲むコーラは、まったくよい飲み物ではなかった。おれはそれ以来、一本もコーラを飲んでいない。炭酸飲料を飲んでいない。

アルコール依存の代わりの、ゼロ・コーラ依存もなくなってしまった。

 

2026年になってX依存になる

アルコールを飲む時間が、ゼロ・コーラを飲む時間になった。そのゼロ・コーラを飲む時間もなくなった。空いた時間ができてしまった。

なにか、べつのことをすればよい。たとえば読書はどうだろうか。読書ならば時間の区切りも自由だ。べつに意義のためにする行為でもないが、有意義といってもいいだろう。

 

が、おれは退院したあと本を一冊も読んでいない。恥ずかしながら、おれは読書の習慣を図書館に頼ってきた。本を買う金がない。本を置く場所がない。

入院前に、すべての本を返却して、長いこと続いた、「借りる→返す→返すついでに借りる……」のサイクルを終えた。そして、あらたに借りに行っていない。

 

最初は手術後の肉体の劣化で、近所のコンビニに行くのがやっとだった。図書館には行けない。今は、体力も回復してきて、図書館くらいには行ける。ただ、どうも足が遠のいてしまう。足が遠のくというか、ストーマがある身体で、外に出たくないのである。

ストーマ閉鎖後にLARS(直腸を失ったことによるひどい排便障害)で本当に外に出られなくなるのがわかっているのに、外に出たくないのだ。部屋に閉じこもっていたい。どこにも行きたくない。図書館にも行きたくない。

 

あと、本を読む体勢が取れない。へその右上にストーマがあって、うつ伏せになれない。おれは本をうつ伏せに寝っ転がって読むことが多かった。そういうことも頭をよぎる。

おれは日本人の平均以上に本を読んでいたが、もう本も読めない人間になった。本を読もうという気も起こらない。

 

そして、どうなったか。スマホを見るようになった。よく見るようになった。はてなブックマークをよく見る、5chも見ちゃう。でも、どちらも読み始めると、意外に簡単に読み終わってしまう。

 

……で、出てきたのがX、これである。旧Twitter、これである。

おれがTwitterのアカウントを作ったのは2009年3月らしい。Twitterも普通に使ってきた。使ってきたが、一番の目的ははてなブックマークと連携させることだった。

もしもはてなブックマークがなくなってしまったとき、Twitterにバックアップがあればいいな、と思ったのである。まあ、はてなブックマークは健在だし(すばらしい)、むしろTwitterのほうがどうなるんだよみたいになったこともあった。まあ、Xになったのだが。

 

で、おれはあまりXを見なかった。はてなブックマーク連携(記事と一言コメントの転載)と、それこそ自分の食事をアップするくらいのものだった。あ、あと、スペースで配信というのをほぼ毎日4人くらい相手に行っているか。

 

一方で、たまに自分がフォローしている人のタイムラインを見ることはあっても、べつに熱中したりはしなかった。

「おすすめタイムライン」? なにやら荒れていたり、いやな情報で溢れていたり、よくなさそうなので見なかった。本当に見なかった。

 

が、これが、時間ができてみてどうなった。「ちょっとおすすめタイムラインを見てみるか」となった。そうなるとおそろしいな、これは。

なんとなく自分の興味がありそうな話題、それもバズっている話題が並んでいる。バズっている話題というのは、それなりにバズる理由というものがあるもので、人の興味を引くなにかがある。おれも人の子なので興味を引かれる。正直、おもしろい。

 

そして、きりがない。これが怖い。どんどんスワイプしていけば、どんどんバズっているポストが出てくる。いくらスワイプしてもきりがない。きりがないと思って最初に戻って更新してみれば、今度は新しい話題がいくらでも出てくる。

おれはもう、椅子に座って、iPhoneの画面から目を離せない。ほかになにもできない。する気もおきない。時間は信じられないスピードで溶けていく。「あと15分」と思っても、気づいたら1時間くらい平気で溶けている。これはすさまじい。えげつない。やばい。そう思った。

 

そう思ったおれはどうしたか。Xに課金した。こんだけ使っているのだからいくらか払ってもいいだろう、というのと、広告が減る、というメリットを享受したかった。一番安いコースでは「減る」だけで、もしもそんなに減らなかったら、すぐに解約すればいい。そう考えた。

……したらなあ、たしかに減るんだよ、広告。

実感として。数字で見ると、今まで2957件の広告が表示されなくなって、一年間で42時間節約できる計算らしい。

 

それでもって、選挙なんていうネット言論空間を躁状態にするイベントもあって、ますます目が離せない。

おれのタイムラインではあまり多くないが、生の陰謀論とかも目にすることができて、ああ、これがインターネットか、と思ったりもした。いや、自分はネットの負の側面、SNSの負の側面について知っているつもりではいたが、あくまで知識として知っていただけで、実際にそういう人を目にしてきたわけではなかった。

 

……とか、なにやら勉強になったみたいなことを書いてはみたものの、じっさいに「ためになったなあ」、「勉強になったなあ」という手応えは少ない。

むろん、X上にも信頼できる思想家、専門家もたくさんいる。とにかくXにはたくさん人がいる。ピンからキリまでなんでもいる。なので、新しい知見を得ることだってある。

 

が、圧倒的にどうでもいい話が多い。どうでもいいならまだいいほうで、無駄に怒りを煽られたり、偏見を植え付けられたり、そういう情報もむちゃくちゃ多い。

たんにインプレッション稼ぎ、金儲けのためのポストも山ほどある。玉石混淆と言いたいが、じっさいのところ、圧倒的に石が多い。それがばんばん流れてくる。そしておれは、たくさんの石にぶつかりにいきながら、それをやめることができない。

 

正直なところ、Xの元ポスト→Togetterのまとめ→はてなブックマークのホットエントリと、ある程度しぼられてきた情報だけ見るのが効率的で健康的だ。

タイムラグは少しあるが、そんな時間のなにが貴重だというのか。

 

遅れてきたX依存症の末路はどうなる?

まあそういうわけで、おれはXをがっつり見ている。これが遅れてきたX依存症の現状である。

昔は「ツイ廃」などという言葉もあったと思うが、おれはあまりポストしないのでそれには当たらないだろうか。X閲覧依存症だ。

 

おれはこれが、まるで役に立たない、害になる時間の使い方だと思っている。これはよくないと思っている。思っているが、やめられない。だからもう、依存症なんじゃないかと思っている。

 

それでも、アルコールよりは害の少ない依存でしょう? アルコールは一滴でもがんその他の病因になることがはっきりしている。

それに比べて、Xを見すぎて肺がんの原因になるという研究はないだろう。ゼロ・コーラの健康の害とされるものの可能性より、さらに健康の害にはならないだろう。「より害の少ない依存症に置き換える」、これにぴったりだ。

 

だが、ちょっと言いたい。「そんなのアルコール依存症の戯言だろう」と思ってもらってかまわない。

「Xってアルコールより精神に悪い影響あるんじゃね?」

どうも、そう思えてならない。アルコールがもたらすリラックス、安楽、気分の明るさ、それらとは対極のもので精神が侵されていく。

 

精神というと、アルコールが作用する精神疾患などにも使われるので適切ではないかもしれない。そうだな、「心」に悪い。どうもそのような気がしてならない。

こんなことは、もう10年や15年前に発見されていたことだろう。それでもおれはいまになって気づいた。そして、それでもやめられない。それじゃあ、X見るんで、このへんで終わる。

 

 

 

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【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :Inspa Makers

ときどき、「ずいぶん未来まで生きたなぁ」と思うことがある。

未来を感じるのは、AIをいじっている時や凄まじいクオリティのアニメを眺めている時だけでない。地方を車で走っている時も、私は同じような感慨を持つ。

 

今日では当たり前の風景になった地方郊外のショッピングモールは、昭和時代から見れば未来に属するものだ。そのショッピングモールに、徹底的に整備された幹線道路や高速道路を使って大勢の地方民が集まってくる。そこに「未来」を感じる私は、昭和生まれ・昭和育ちのロートルなのだと思う。

 

ちょうど先日、「地方が車社会になる前の話がイマイチ流れてこない」というメンションがXでバズっていたが、私が思春期を過ごしたのは、まさに車社会ができあがる直前~直後の頃だった。だからだろう、今でも明け方に見る夢のなかで当時の風景が蘇ったりする。

これもひとつの機縁と思い、今日は、車社会ができあがっていく過渡期の地方の記憶について書いてみる。

 

1970年代、地方の車社会は完成していなかった

はじめに、思い出話の舞台を少しだけ紹介する。

私は1975年に石川県に生まれた。今日でもそうだが、北陸地方は共働きや三世帯住宅が多いため、世帯収入の都道府県別ランキングではだいたい上位だ。

そのうえ昭和時代の北陸地方は繊維業が栄えていて、織物工場の威勢の良い稼働音があちこちから聞こえていた。土地の値段は安く、たいていの家は車庫やカーポートを増設するのも難しくない。

 

そうしたわけで、私が保育園に進む頃には近所の家の多くが自家用車を所有していたし、世帯収入の高くない我が家でさえ自家用車があった。

確か、マツダのファミリアだったと思う。次に我が家にやって来るカローラに比べると手狭で、子ども心にも小さい車だと感じられたが、とにかく、世帯収入が高くない家でも乗用車を保有する状況が1970年代の北陸地方にはできあがっていた。

 

では、その当時の北陸地方が車社会だったか?

そんなことはない。

自家用車が普及している状況は、車社会であることをそのまま意味しない。さきほど私が「北陸地方は共働きや三世帯住宅が多い」と書いたのを思い出していただきたい。世帯に一台の自家用車では、家族全員が車で通勤・通学・通院するような生活にはまだ遠い。

 

統計を振り返っても、そのことが確認できる。

これは不破雷蔵さんのyahooニュースの記事 から引用したグラフだが、グラフを見ると、私が生まれた1975年の日本の自動車保有台数は3000万台にも届いていない。内訳にトラック・バス・特殊用途車両が800万台程度あることを差し引くと、自家用車の実数は多く見積もっても2000万台弱と推察される。

昭和から平成にかけ、日本の自動車保有台数は右肩上がりに上昇し、最終的には約8000万台に到達した。

今日の地方でありがちな「一人一台」のカーライフが完成したのは21世紀、早く見積もっても1990年代に入ってからのことだ。

 

車社会ができあがる前の地方も、それなりに豊かだった

そうしたわけで、私が子どもだった頃には車社会以前のフレーバーが残っていた。なかでも今日なかなか見かけなくなったのは、行商人だ。

我が家では富山の薬売りの行商人が頻繁に出入りしていて、私は風船や折り紙で色々なおもちゃを作ってもらっていた。他にも色々な行商人がやってきた。これも少し前にtogetterで話題になっていた、"押し獅子舞"の話も、そういう時代のものだろう。

 

私自身は"押し獅子舞"を見たことがない。そのかわり、北陸地方だからか"押し読経"の人は一年に一度か二度ほどはやってきた。

修行僧のような恰好をした人が、頼んでもいないのに玄関で朗々と読経をはじめる。祖母から教わったとおりに私が100円玉を手渡すと、彼/彼女は深々と一礼をし、仏教に関する小冊子を手渡して帰っていくのだった。

 

それから個人商店。私の集落には複数の「○○ストア」や「××商店」があり、肉や魚、野菜や果物、トイレットペーパーや電池といった日用品まで、ひととおりののものが並べられていた。

今日のショッピングモールなどに比べれば品揃えは貧弱かもしれないが、それが当たり前だと思っていたから足りないとは感じてなかった。

 

商店はそれぞれ品揃えが微妙に異なっていて、そのことは大人も子どももよく知っていた。

たとえば1980年代前半には「ガンダムチョコボール」や「ビックリマンチョコ」といったオマケが肝心なお菓子が流行ったけれども、そうした流行の品をどの商店がたくさん仕入れているのかは、地域の共有情報になっていた。

だから、昭和の個人商店だからといって商売の機敏が問われなかったわけではない。今から振り返ると、個人商店衰退の時代にも愛顧され、長く生きながらえたお店は、子どもや大人が欲しがる商品を仕入れ、並べるのがうまい商店だったからだ。

 

ひとつひとつの商店の品揃えは少なくても、全体としてみれば半径1㎞圏内にたいていのものが売られていて、衣服でも靴でも電気機器でも手に入れようと思えば手に入ったのである。

市町村の中心部には書店や銀行の支店もあり、寿司屋や仕出し屋、食事処などが繁盛していた。商店街には人気があり、活気があり、数年後に一挙に衰退するようには見えなかった。

 

あと、路線バス網も忘れてはならない。

1980年代前半ぐらいまで、地方都市の路線バス網は今日とは比べ物にならないほど本数も路線数も充実していた。自家用車に頼れない人がまだまだいる以上、通勤や通学、街の中心部への買い物などはバスに頼らざるを得ない。

けれどもバスの本数が多く、路線のバリエーションも豊富なら、バスだって十分に使えるのである。

 

今日、路線バスの本数と路線数が充実しているのは東京や大阪といった大都市圏に限られ、地方の路線バスの時刻表はしばしば以下の写真のような有様となっている。

こんなバス路線では、通学に使うのも厳しい。しかし1980年代前半の片田舎にはもっとずっとマトモな頻度でバスが走っていて、それが重要な交通手段になっていた。

しばしば私も、街の中心にある商店街やデパート的店舗までバスで連れていってもらった。そういう時、祖母は決まって喫茶店に立ち寄り、アイスクリームやプリンアラモードなどをご馳走してくれたのだった。

 

私自身にはあまり縁が無かったが、鉄道網も充実していたことを付け加えておこう。今日では廃線になっている国鉄路線や私鉄路線が現役で、北陸本線にはたくさんの特急や急行、貨物列車や郵便列車が走っていた。

この時代の貨物列車は実にさまざまなモノを運んでいて、子どもの好奇心を刺激してやまなかった。そうした貨物列車の存在は、ロジスティクスとしての車社会がまだまだ未完成だったことを証明していた。

 

そして街の中心部や個人商店は寂れていった

昭和が終わり、平成が始まる頃、景色が変わり始めた。ちょうどその時期、私は中学→高校→大学と進学し、地方都市の中心部にあるゲーセンや商業施設の最上階にあるゲームコーナーに足しげく通っていたから、街の変化のことはよく覚えている。

 

1980年代後半の段階では、地方都市の商店街や商業施設に、それほどの翳りがあるとは感じなかった。

平日でも夕方になればお客さんがそれなりいて、ゲームコーナーには地元の学生や若者がたむろしていた。CDや本、ゲームソフトを買う際も、地方都市の中心部に行くのが一番間違いないように思われた。

 

それが、私の高校在学中のうちに変わっていったのである! かつて、週末には満車になっていた駅近くの商業施設の駐車場はガラガラになり、ゲームコーナーにたむろしていた学生たちもどこかへ行ってしまった。

バスターミナルに近い商店街も閑古鳥が鳴くようになり、シャッターが下ろされた店舗が増えていった。

世間を知らない学生の私にもくっきりわかるほどの、すさまじい速度の衰退だった。

 

市町村の中心部にいた人々はどこに向かったのか?

国道である。

正確には、国道沿いに立ち並ぶできたばかりの店舗たちだ。

 

石川県には国道8号線という大きな幹線道路があり、沿線には昔からいくらかの商業施設が存在していた。とはいえ、国道沿いにしか無い店舗といったらせいぜいホームセンターぐらいで、頻繁に足を運ぶ場所ではなかった。

 

ところが1990年代に入ると、その国道沿いに大きな商業施設、今日でいうショッピングモールの前身のような総合商業施設が建ち始めた。

2000年に大規模小売店舗立地法が施行される前の出来事だから、総合商業施設といっても、現在からみればささやかな規模でしかない。それでもこの新しいタイプの商業施設ができたとたん、人々は殺到した。

一か所でたいていの用事が片付くうえ、ひどい渋滞を起こしていた市の中心部を通らなくても構わなくなるからだ。

 

やがてそうした総合商業施設がアピタやジャスコにとって代わられ、最終的にはイオンモールになっていったのは言うまでもない。

高校生だった私たちも、次第に国道沿いに移動していた。CDショップ、カラオケボックス、ゲームセンター、ファーストフード店。そういった学生の好きそうな店舗が国道沿いに次々に建てられていったからだ。

 

私と私のゲーセン仲間のホームグラウンドは、高校一年生の段階では市の中心部、バスターミナル近くの商業施設のゲームコーナーだったが、高校3年生の頃には国道沿いの総合商業施設のゲームコーナーになっていた。

そちらほうが対戦格闘ゲームのプレイヤーが多く、最新のゲームももれなく入荷し、他の用事を兼ねるうえでも便利だったからだ。

 

家族に連れられて買い物に向かう先も国道沿いになっていた。私とその家族だけがそうだったのではなく、友人やその家族もだいたい国道沿いをあてにするようになっていた。

カメラのキタムラやアルペン、CoCo壱番屋といった、全国チェーンの専門店舗もだいたい国道沿いに建てられていた。市の中心部に店を構えていた書店や玩具店も、体力のあるところは国道沿いに移転していった。

 

それが、私が目撃したモータリゼーションだった

そうした大変化の背景にあったのが、自家用車の普及だったのは間違いない。1990年代には母が仕事帰りに買い物をする際も、国道沿いのスーパーマーケットを利用するようになっていた。

市の中心部は人が集まる場所ではなく、その役割は国道沿いにとって代わられたのだ。

人の流れから外れてしまったバスによる交通網は、干上がった川の支流のように縮小していった。

 

今の私は、その大変化がモータリゼーションと呼ばれることを知っている。自家用車が「一人に一台」まで普及し、それに合わせて道路網も整備されていった結果、地方の暮らしや街並みは激変した。

 

それが起こったのは石川県だけではない。今日では「ありふれた風景」とか、ときには「なんにもない風景」と呼ばれがちな、あの国道沿いの景観、それから巨大ショッピングモールは、1990年代にできあがった、当時としては新しいものだったのだ。

 

私の身体はその新しい世界ができあがる前のことを憶えていて、ときどき、少し寂しく思い出す。あれこそが昭和の風景だったんだな、とも思う。

そうした景色について語る意志と能力を持った人は、これから減っていくだろう。だから、こんな風に書き残すことには意義があると私は思っている。

 

 

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

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twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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Photo:

こんにちは、しんざきです。気は長い方というか、ぼーっと待つのがあまり苦にならない性質でして、「昔のPCゲーのテープ読み込み待ちはこんなもんじゃなかった」を合い言葉にすると大体の待ち時間を穏やかな気持ちで乗り切ることができます。

 

いやー、大変でしたよね、昔のゲームの読み込み待ち。画面一枚表示するのに数十秒かかったりとか、場面転換の度にディスクを入れ替えないといけなかったりとか。今は場面転換どころか、セーブ&ロードすら一瞬で済むのすごい。

 

この記事で書きたいのは、大体以下のようなことです。

・子どもと接する上では、「待つ」ことがとても大事です

・子どもは感情を扱うことに慣れていないので、整理がつくまで待ってあげないといけません

・ただ、「待つ」のは放置とみられがちだし、待つこと自体が状況的に難しいことも多いです

・だから、「待つタイミングを選ぶ、待つ基準を決めておく」「ゆっくり考えていい、というメッセージを伝える」「周囲と「待つ」基準、方針について合意する」「待っている間も観察する」といった、いわば「能動的に待つ」スタンスや「待つための技術」が重要なようです

・これは仕事の上でも同じで、「放置ではなく能動的に、戦略的に待つ」ということを、周囲と合意しておくことが重要っぽいです

・世の中「すぐ結論が求められる」ことは多いので、上手に待てるといいですよね

 

以上です。よろしくお願いします。

さて、書きたいことは最初に全部書いてしまったので、あとはざっくばらんにいきましょう。

 

育児における「待つ」ことの重要さ

以前から何度か書いているんですが、しんざき家には3人子どもがいます。

長男、高校生。長女次女、中学生の双子。最近子どもたち全員、すごくよく食べるようになりまして、五合の米が一日で溶けます。約一週間で5kgの米が必要になるわけで、米の購入費こわい。麦飯増やそうかしら。

 

まず前提というか、当たり前のことかも知れないですが、育児の上で「待つ」ことってとても大事だし、一方とてもとても難しいことでもあるんですよね。

さすがに最近はなくなってきたんですが、しんざき家の子どもたちはみんな感情豊かな方で、昔は「何か悲しいこと/悔しいことがあって大泣きする」ということが頻繁にありました。3人ローテーションの中一時間制で泣いてるのかな、ってくらい、大抵誰かは大泣きしていました。

 

何かが欲しくて泣いたことも、何かをやりたくて泣いたことも、叱られて拗ねて泣いたことも、転んで泣いたこともありました。「どうして泣いているのか、親には(もしかすると本人にも)理由が分からない」ということもしょっちゅうでした。

 

で、親としては「子どもが泣いている」というのはもちろん非常事態なので、すぐに理由が知りたくなるし、早く泣き止んで欲しくなるわけです。だから、どうしても「泣き止む」ことを急かしてしまう。あるあるな話ですよね。

ただ、泣いている時に限らず、子どもが感情を大きく動かしている時、しんざき家では状況が許す限り「待つ」を選択するようにしてきました。

 

なぜかというと理由は大きく二つで、

・「感情に整理をつける」ということはどんな人間にとっても大変で、特に子どもにはその練習をさせてあげないといけないから

・「ちゃんと聞いてもらえている」「ちゃんと待ってもらえている」という認識は、自己肯定感の獲得の中ですごく大事だと思うから

 

そもそも、大きく揺れ動いた感情の整理なんて大人でも簡単にできることではないのに、まだ言語化の経験も足りていない子どもが、そうスムーズにできるわけがないんですよね。

感情って子どもにとっては嵐のようなもので、その嵐が多少なりとも静まらないと、親の助け船に乗ろうにも乗りようがない。

 

ちょっと前にこんな記事を読みました。

幼稚園のときに泣いていたら先生から「泣いてたら分かんないよ?」と言われたが「お前が勝手に聞いてきただけで何も訴えようなどとは思ってない」と激しくムカついたのを覚えている

 

多分似たような話だと思うんですよ。大人としては、とにかく子どもが泣いているという「課題」を「解決」したいけれど、聞いて答えが出るような状況ならそもそも泣いていない。

「どうして泣いてるの」という質問を重ねれば重ねるほどお互いに焦ってしまって、大人も子どもも疲弊するだけ、みたいな場面ってありがちだと思うんですよね。

 

だからこそ、可能な限り、「取り敢えず待つ」。

待っている間に少しずつ、自然に感情がおさまっていって、必要なら説明もできるようになるし、「ちゃんと時間をかけて整理していいんだ」「待ってもらえるんだ」という意識が根付く、という側面もあるんじゃないかと思うんです。

 

もちろん、子どもにもよるし家庭にもよるし状況にもよると思うんで、一般化する意図はない、ということは注釈させてください。しんざき家では状況が許す限りそうしている、というだけの話です。

 

ただし待つのも簡単じゃない→「待つため」に考えたこと

ただ、これも当然ながら、「待つ」のも言うほど簡単なことではなくて、世の中には「待てない状況」「待てない事情」が山ほど存在するんですよね。

単純に時間が足りない。子どもを待っている間、他のことができず他のタスクが進まない。待ってる間も容赦なく時間は過ぎるのだから、悠長なことを言ってられない場合も当然あります。

 

周囲へのご迷惑や、周囲からの視線が気になる。電車で子どもが泣いていれば騒音にもなるし、「子どもを放置する親」だと思われるかも知れない。

待てど暮らせどいつまでも解決しない、待てば待っただけ待ち損ということだってあるし、放置ととられて逆に子どもの疎外感を高めてしまうことだってあるかも知れません。

 

これについて、もちろん色んなやり方があると思うんですが、子どもたちが小さい頃から、何度も何度も試行錯誤する内に、こういうやり方がいいかなーと思うようになりました。

・「待つタイミング」を選ぶための基準を決めておく

・周囲と「待つ方針」「待つ基準」について合意しておく

・ゆっくり考えていい、というメッセージを伝えて、「今は感情を整理する時間なんだ」と認識してもらう

・待っている間も子どもを観察する

 

まず、「今は待ってもいいタイミングだ」「今は待ってられないタイミングだ」ということについて、ある程度基準を決めておいたこと。

 

当たり前ですが、怪我をした時とかの緊急事態とか、もうすぐバスや電車の時間だという制限がある場合、また公共の静かな場所で大泣きしている場合とか、「待ってる場合じゃない」という場面は当然あります。

そういう時は、取り敢えずおぶって移動したり絵本で釣ったり、とにかく強引にでも緊急避難して、もしも後から振り返れるようなら振り返ればいい。「待ってる場合じゃない」の判断は素早く、というのが一つの方針でした。

 

また、基本的には「やってはいけないことをした時は即叱る」「やらないといけないことをしない時は待つ」という方針にしていまして、「これはダメだよ」という場合にはすぐ指摘する一方、例えば片付けが面倒とか、お皿を洗いたくないとか、そういう「するべきことができていない」時は、もっぱら腹落ちするまで待つことにしていました。

 

一方、寝る時間だとか食事の時間だとか、「本来はここに納めたいけどコントロールできなくもない」程度の時間については、なるべく融通を効かせるようにしました。

その辺、「今は待つ時間」「今は待たない時間」というのは、私と妻で基準が一致していないと家庭内タスクにも不都合だし子どもも混乱するので、この辺はことあるごとに意識共有するようにしました。幸い妻も「待つ」ことの大事さは理解していたので、意識のずれは殆どありませんでした。

これが二点目の、「待つ基準」について合意しておく、ということです。

 

おかげで、長男が小学校に上がるくらいの頃には、だいぶ阿吽の呼吸で「待つ」「待たない」を判断できるようになりました。長男が大きくなった頃には、長男にも「待つ基準」を伝えて、長女次女を「待つ」時につきあってくれるようになりました。

 

三点目として、「今は待つ時間だから、ゆっくり考えていいんだよ」と納得してもらう、つまり、「待つ」目的や方向性を共有すること。

子どもの側からしても、「親がなんか怖い顔をして黙ってるだけ」となるとプレッシャーもかかるでしょうし、「なんとかしないと」という意識が強すぎて余計に焦ってしまうかも知れない。あるいは、「構ってくれない」と思って余計にヒートアップしてしまうかも知れない。

 

だから、色んな形で、「私は今待っているから、ゆっくり気持ちを整理していいんだよ」「時間はあるから、焦らなくていいよ」と伝えるようにしていました。時には抱っこしたりおんぶしたり、時には横で寝転がりながら、「後で理由が言えるといいねー」と伝えました。なるべく寄り添う、待つスタンスを伝える、というのは、そこそこ頑張ってきたと思います。

 

四点目として、「待っている間」のスタンス。これも状況によるんですが、私の場合、なるべく子どもの様子を観察して、何か助け船が出せそうなら出せるようにしていました。いわば、「待つ」を受け身の行為ではなく、能動的な観察の時間にしていたわけです。

これ、子どもが「放っておかれている」と思わないために、というのがそもそもの理由なんですが、周囲にも「あ、あの親は今は子どもが落ち着くのを待っているんだな」と理解してもらえる、という側面も大きくて、時には周囲の皆さんが協力してくれることもありました。

 

たとえば公園で長女が泣いている時、長男と次女を他の親御さんが見てくれたり、なんてこともありました。ありがたさしかありません。

繰り返しになりますが、上記は飽くまでしんざき家での方針です。家庭によって、子どもによって、マッチするしないはあるのだと思います。

 

とはいえ、上記のようなやり方が子どもたちに影響した部分も多少はあるのか、最近は長男たちも色んな場面で「待てる」ようになった気はしまして、私自身気が長くて損をした記憶がないので、子どもたちの気の長さに多少は寄与できたかなあ、と思うと、いいやり方だったのかも知れないと考える次第なのです。

 

ビジネスにおける「待つ」は思考停止ではなく「戦略的停滞」

ところで、上記のような話は、そっくりそのまま仕事にも当てはまります。というか、仕事上の「待つ技術」について考えていて、「これ育児と同じじゃん」となりました。

例えば部下の育成とか、チームの組成とか。あるいはトラブル時の判断とか。

 

子どもが泣いた時と同様、ビジネスでも、「判断を急がない方がいい時」「時間をとった時がいい時」っていうのはしばしばありますよね。

私自身が実際に遭った話ですが、社内の内部システムのトラブルについて、普段私が見ていたところを、初めて部下に任せた時。もちろん早く直す必要があるんですが、とはいえ顧客に露出するシステムではない以上「ド緊急」というわけではない。

 

こういう場合、焦りまくる部下に「今は時間を使える場面だから、焦らないでじっくり調べよう」と声をかえて、周囲にもそれを承知してもらう、という動きをするのが望ましいのは当然で、結果的にそれが部下のスキルを育てることにもなります。

「放置されている」と思わせないよう、部下の動きをある程度観察しておいて、助け船が必要な時はフォローする、というのも、これまた育児の時と同様です。

 

一方、これはSI会社にいた時の失敗例なんですが、当時はBtoBのパッケージ製品の保守をやっていて、「顧客側のトラブルに対応して、UIの一部に変更を加えることになった」なんてこともありました。

BtoBの顧客側トラブルってある種「子どもが泣いている」状況と相似しているものがありまして、先方の担当者様は「とにかく急いでUIの××の箇所を改善しろ」とおっしゃるわけなんですが、こちらとしては本来「待たれよ」と言わなくてはいけないところなんですよね。本当にそれって必要な変更か?根本解決になってるのか?と。

 

これも、本来なら時間をとって、きちんと状況を観察して要件の深堀りをして、とやるべきだったところ、当時は無駄にフットワークがいい営業さんと無駄にフットワークがいい会社判断のため、緊急対応とあいなって、事態が落ち着いたころ

「この変更のせいで滅茶苦茶運用がしにくくなったんですが」

という他社さんからのクレームに悩まされることになるんですが、これも「待つ方針」についての合意ができていて、顧客に「深堀りするまで待ってください」と言えていれば避けられたかも知れない問題ではあります。

 

「待つ」ことが「放置」とみなされてしまう。だから動かざるを得なくなる。けれど、時には戦略的に、能動的に「保留」「停滞」を選ぶべき時もある。

もちろん、仕事におけるタスク管理、時間管理のシビアさは育児以上なので、「待ってられない、本当に今すぐにでもどうにかしないといけない」という状況は当然あります。納期が週末の仕事について、じっくり時間をとって判断を待つ、なんて悠長なことをやっていられるわけがありません。

 

だからこそ、「こういう場合は待った方がいいです」「ここは時間ちゃんととった方がいいです」という、「待つ基準」「待つ方針」について、きちんとチーム内、また上の人とも合意しておくというのも重要で、これまた家庭での「待つ基準の合意」で学んだ話でもあります。

 

もうちょっとシンプルにまとめてしまうと、

・待つかどうかを判断する

・待つ目的と判断基準を共有・合意する

・観察しながら介入の準備をする

この三点が、育児と仕事に共通した、「能動的に待つ」という考え方に必要なポイントなのかもなーと。

 

家庭で当てはまる話が、仕事でも当てはまる。仕事の知見が、家庭でも活かせる。これについては、「待つスタンス」の話だけでなく、色んな場面で当てはまるなあ、と。

今後とも家庭と仕事を行ったり来たり、一方で得た知見をもう一方でも活かしていければなあ、と。

そう考えたわけです。

 

今日書きたいことはそれくらいです。

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

Photo:Marco López

コミュニケーション力とは、「知性」のことである。

 

そのように主張すると、

「たかがコミュニケーション力で?」

と思う方もいるかもしれない。

 

しかしこれは事実だ。

クイーンズランド大の心理学教授、ウィリアム・フォン・ヒッペル氏は著書の中で、「コミュニケーション能力」を「社会的知性」と呼び、要は、

「他者の考えていることを類推する能力」であるとしている。

 

この「他者の思考を読む」という能力こそ、人類を地上の覇者にした能力、すなわち知性の本質だ。

なぜなら、これによって「協力」が可能になるからだ。

 

「協力」が苦手だと、組織を作ることができない。

例えば、人間と近縁種であるチンパンジーは、集団で狩りをするときでさえも、全員が参加するわけではない。

のんきに座り込んでいる者、騒ぎをただ見物するだけの者。

チンパンジーは、怠けものと協力者を、ほとんど区別しない。

 

しかし、人間は違う。

4歳の子供ですら、チーム内で「協力」をしたものには報いようとするが、「非協力的なもの」には、褒美を分けようとしない。

 

これは、進化という観点から見ると、必要不可欠な行動で、協力者と傍観者を区別しない動物は、効果的なチームを作って維持する能力を持つことができないのである。

 

技能も伝えられない

また、チンパンジーはコミュニケーション能力が低いので、技能を伝達するのも苦手だ。

野生のチンパンジーが木の実を石で割って食べる技術を身につけるのに、10年もかかるのはそのためだ。

 

実際、母親のチンパンジーは、子供チンパンジーが何を知らないのかを類推することができないため、教えることが苦手だ。

ハンマーとなる石の持ち方や、木の実のおき方を効果的に伝えることができない。

 

一方で人間のトレーナーは、子供のチンパンジーが何を考えているかを類推できるため、1年で技能を伝えることができる。

「企業」「科学」「宗教」「軍隊」など、人間の文明の産物で「多くの人の協力」が不要だったものはほとんどない。

 

それゆえ、「コミュニケーション能力の不足」は、文明社会で生きていくことにとって、致命的になる。

企業が採用時に、「コミュニケーション能力を重視する」のには、こうした背景がある。

 

コミュニケーション能力の低い人の特徴

もちろん、人間の中にも、相対的にコミュニケーション能力の高い個体もいれば、低い個体もいる。

 

高い個体は多くの人を束ね、組織を運営して大きなことを成し遂げる可能性が高い。

逆に、コミュニケーション能力の低い個体は、他者や集団に必要とされず、孤立しがちで、社会的な成功を得にくいことは周知の事実である。

 

ではなぜ、「コミュニケーション能力の低い」個体は、「他者の思考を読む」ことが苦手なのだろうか。

 

*

 

私がまだ、大きな組織でコンサルタントをやっていたころ、経営者たちの中にも「コミュニケーション能力の低い人」が、数多く存在していたのを見た。

 

彼らは、一生懸命、

「やってほしいこと」

「期待すること」

「ビジョン・ミッション・パーパス」

「自分の哲学」

「自社の仕事の意義」

などを語るのだが、社員にはほとんど興味を持たれない。

いったい、社員たちはなぜ、経営者の言うことをほぼ無視してしまうのか。

 

社員たちの声は、こうだ。

「社長、何言ってんのかわかんないんですよね」

「現状は社長の認識と違います、といってるのに、聞かないんです」

「あー、また言ってんな、っていう感じです」

 

実は、これは、経営者の「単なる言葉の能力」の問題ではない。

「社長が、社員の考えていることを類推する能力が低い」

ことに原因がある。

 

つまり、コミュニケーション能力が足りないこと、言い換えれば

「経営者が、周りの人たちの話をちゃんと聞かないこと」

に起因することが多かった。

 

賢い個体は、コミュニケーションをするにあたり、周囲の手がかりを集めることに余念がない。

だから、「自分が話す」のは、出来るだけ、周囲の状況を正確に把握してからにする。

例えば、良い営業が「沈黙」を活用するのは、そのためで、相手に喋らせたほうが優位に立てるからだ。

 

高い知性を持つ「コミュニケーション強者」は、実際には「聞く」「見る」ことに長けており、状況から、他者の思考を類推することが得意なのだ。

 

地頭が良い人は、コミュニケーション能力が高い

昔、地頭について書いたことがある。

「地頭の良い人」と、そうでない人の本質的な違いはどこにあるか。

この「地頭」の正体について、私はずっと気になっていた。地頭の良さとは一体何なのか。

「地頭の良い人」というのは、同じ情報に接していても、そうでない人に比べて、そこから読み取ることができる情報が桁違いに多いのだ。

 

同じ情報に接していながら、「そこに気づくのはすごい!」という驚きを周囲に抱かせる人は、「地頭が良い」と言える。

 

コミュニケーション能力は、それと似た性質がある。

 

例えば、こんなことがあった。

ある会社の、品質管理プロジェクトに参加していた時のことだ。

私は当時、先輩のコンサルティングを見て学ぶ、OJTを受けていた。

 

その中で、一点だけ私に任されたのが、「内部監査テキストの説明」だった。

人前で話すのが苦手だった私は、よどみなくテキストの説明ができるように繰り返し練習を行い、その日に備えた。

 

そして本番。

私は時間ぴったりに説明を終え、間違いもなく、詰まることもなく、完璧にリハーサル通りに、説明を終えた。

心配していた質問もなく、私は「良くできた」と満足していた。

 

ところが先輩は、沈黙するお客さんに向かって

「あ、〇〇さん、監査チェックリストの使い方、不安でしょうか?」

と、声をかける。

また、「△△さん、計画作るの大変そうだと思ったら、手伝いますんで!」

とフォローをする。

 

すると、お客さんから一斉に、質問が噴出した。

それに丁寧に、先輩はこたえていく。

 

結果的に、その日は「成功」だったのだが、私は引っかかっていた。

私は「完璧な説明」をしたつもりだったが、先輩のフォローがなければダメだったのでは、と思ったのだ。

 

私は帰途についたとき、先輩に聞いた。

「私の説明、マズかったでしょうか」

 

先輩は言った。

「いや、マズくないよ。説明は完璧だった。でも……」

「でも?」

「チェックリストのところは、説明が難しいから、お客さん顔をしかめてたよね、あとみんなメモ書きが止まってた。説明をわかってなかったと思うよ。」

 

私は失敗したのだ。あれほどリハーサルをしたのに……

「何が悪かったんですか?」と、私は聞いた。

安達さんは、相手を見てないよね」と先輩は言った。

 

確かにそうだった。

私は「自分がうまくやること」ばかりに意識が向かい、「相手が何を考えているか」に想像力が及ばなかった。

先輩は説明がうまいことは当然のこととし、さらに「相手の反応を見て、出し方を変える」ことまでやっていた。

 

これを「コミュニケーション能力の高い人」は自然にできてしまうのだ。

 

 

わずかな表情、口調のちがいに気付く能力。

言語化できていない要望をくみ取る能力。

相手が用いている表現に合わせて、こちらの言葉を制御する能力。

 

コミュニケーション能力が「高い知性」の表れであることの所以である。

 

コミュ力が高い人が話しながら意識していること

ここからは余談だ。

こうした話を、今から約10年前の2017年に、書籍として出したことがある。

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好評をいただき、様々な本の中で紹介されたり、企業内研修のテキストとして採用していただいたりした。

ただ、すでに刊行から10年近く経過していることもあり、時代に合わない部分も出てきている。

 

そこで今回、この本を「新装版」として、書き直した。

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2月13日、本日発売なので、お手に取っていただければ幸いである。

 

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書

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Photo:Kylie Lugo

親はもうすぐ50歳

子どもの中学受験が終わった。

ぼくはもうすぐ50歳。夫婦ともにフルタイムで働きながらの中学受験は、とにかく体力の限界だった。

次に同じことをやれと言われても、お断りだ。お金を積まれてもお断りだ。

 

いやまあ金額によるけど、よほどでなければお断りだし、だいたい受験のスペシャリストでもなんでもないただのアラフィフに高額な報酬を払うような酔狂な人はいないだろう。

 

酔狂といえば、中学受験である。

中学受験に必要なのは父親の経済力と母親の狂気、とドラマ(原作はマンガ)『二月の勝者』で黒木先生が言ってたけど、ほんとそうだよなと思う。

 

まあ、父親に経済力がないばかりに苦労したのだけれども。

そのぶん、父親も狂気と、そして時間をしぼりださざるをえなかったのだけれども。

 

時間が…ない!

お金がないなら、なんとか時間をしぼりだして、子どもの受験勉強をサポートするしかないのだが、これが大変だ。

昼間は仕事をしていて何もできないので、こちらの対応も、どうしても子どもが帰ってきてしばらくしてからのスタートとなってしまう。

そのあいだに一人でさっさと問題集を解きはじめてくれていればいいのだが、そうはいかない。

 

いくら開始時間を決めていてもその通りにはなかなか始めない。

親が帰ってきて、さあやろうぜと何度も声をかけて、ようやく重い腰を上げる。

調子がいいときはそれだけでどんどん問題を解いていくのだが、問題が少し難しかったり、本人のコンディションがイマイチだとすぐに手が止まる。

手が止まったら、その問題はさっさと飛ばして解ける問題へと移ってくれたらいいのだが、鉛筆を持ったままじーっとしている。

フリーズしているのである。

 

そういうときは声をかけるようにしているのだが、そんなことにいつも気づけるわけではない。

ぼくが残してしまった仕事の対応や家事をしているあいだじゅう、ずっとフリーズしていることもある。

となると、子どもの状態をいつも気にかけながら別の用事をしなければいけない。常に出塁され続けているピッチャーの心境である。

 

子どもが問題を解き終えたら、親が丸付けをする。丸付けをすると同時に、間違えた問題にチェックを入れる。

これは後でもう一度その問題を解き直すためだ。

そこまで過保護にやることはないのではと思われるかもしれないが、分業にしないと間に合わないのである。

 

もちろん、それも全部自分でやっている小学生もいるだろうけど、うちではそのやり方をしていなかった。

 

話はそれるが、ぼくは何か成功体験を伝えようとしているわけではない。

だからといって完全な失敗体験だというわけでもない。だいたい、何をもって成功か失敗かなんて、明確なようで明確でもない。

 

志望校に無事合格できたからといってそれで「成功」なのかといえば、まあ一義的にはそうなのだろうけど、結局はそこからどんな6年間をすごすか次第でその後はまた変わってくるし、もっと言えば人生において何を成功とするかなんてその人次第である。

だからこの話はただの体験談であり、ここから中学受験のヒントになるようなことが得られるわけではないと思う。

 

さて予告通り、話はそれた。

とにかく、ぼくの場合はそうやって、子どもが問題を解いているあいだ見守ったり、丸付けをしたり、明日やる分の問題集のチェックをしたり、過去問のプリントアウトをして、学校から帰ってきたらすぐに始められる準備をしておいたりする。

そして、子どもがやるべきことを終えて布団に入り、眠りにつくまで見届け、そのあとそっとパソコンを開いて、日中の仕事の続きに取りかかる。

気がつくと深夜になっている。とにかく時間がなかった。

 

体力が…ない!

しかし時間以上にキツかったのは、体力が足りないことである。

ぼくはもうすぐ50歳。

週末に4時間ほど運動をして汗を流す習慣はあるけれども、平日はほとんど動けていない。おまけに、この数か月、腰痛の治療で痛み止め薬を飲み続けている。

この薬が厄介で、とにかく眠くなるのである。

 

日中に仕事をして、子どもが帰ってきたら対応、そして子どもが寝るところまで見届けて、そこから仕事を再開する、という状況が続くと、20時頃にとんでもない眠気がやってくる。

ちょっとソファに背中をあずけただけのつもりが、1時間ほど、時間が飛んでしまっている。

 

あるいは、眠たいのをとにかく我慢して、子どもが眠るところまでたどりつき、さて自分のことをやろうかと思ったところまでは覚えているのだが、気がつくと床の上で寝ていたりする。

だからといって、痛み止めの薬をやめるのは怖い。腰が痛いと座っていられなくなる。受験どころか仕事にも支障が出る。

 

なんだか年寄り臭い話をしているなと思うが、もう年寄りに片足を突っ込みはじめている年齢だ。

しかたがないとも思う。

 

ちなみに、塾の説明会や模試の会場、実際の受験会場で、ぼくよりも年上らしき男性たちを何人も見かけた。

見た目が老けているだけで実際は違う人もいるのかもしれないが、それにしてもみんなよく体力が続くなと思う。

まあ、ぼくとちがって「父親の経済力」を発揮できる人たちなのかもしれないが…。

 

だとしても、単純に子育てをするだけでも体力が必要だ。

そのうえ中学受験にまでチャレンジするなんて、やっぱり狂気の沙汰なのかもしれない。

 

お金が…ない!

経済力という話でいえば、中学受験でお金がかかるのは塾代だけではない。

受験の世界では、勉強が得意でない子ほどお金がかかるようになっている。

というのも、中堅帯の中学校では、午前のA日程、午後のB日程、翌日午前のC日程、翌日午後のD日程、さらには夕方の特別Z枠(勘弁してくれ…)のように、同じ学校を何度も受験できる枠を用意しているのである。

 

当然ながら、それらの枠を受ければ受けるほど受験料がかかっていく。

おまけに、日程が後半になればなるほど、競争は熾烈になっていく。

募集人数が減っていく上に、うちの子よりも上のレベルの学校を受けてうまくいかなかった子たちが「降りて」くるからである。

 

そんなわけで、うまく第一志望の学校に合格すれば、受験から解放されるわけであるが、うちの子のようにいつまでも合格が出ないまま何度も同じ学校を受験し続けると、体力も気力も、そしてお金も削られていく。

日程が進むと、明らかに保護者たちの表情が暗くなっていく。

 

はじめの頃は、待合室で、知り合い同士が出会ったのか、ぺちゃくちゃと楽しそうに話している人たちも多い。

それが二日目、三日目と進むにつれて、声のトーンがはっきりと下がっていくし、他人同士でぺらぺらと話している人は激減する。四日目ともなると、病院の待合室のようである。

ほとんどの人はうなだれて、無口で、寝不足で顔色も悪い。隣から聞こえてくる夫婦の会話の内容も、とにかく暗い。

 

お兄ちゃんの時はこんな風ではなかった、こんなはずではなかったとか、こんな学校に通ったところで大学受験で苦労するに違いないとか、勉強自体が好きではない性格を直さないとこれから絶対に困るとか、聞いているだけで気が滅入るような話をしている。

もちろん、ぼくだって同じようにメンタルをやられている。

 

しかし、ぼくも腐ってもブロガーである。

こんな悲喜こもごもの人生たちを観察できる機会もめったにないと思って、そういう会話に耳をすましたり、飲み物を買いに行くついでに会場内をうろうろして他の人たちの様子をのぞいたりしていた。

 

色んな人たちがいた。

明らかにすべり止めのために受けているだけの人もいれば、この学校に通らなければもう後がない、という様子の人もいた。

あるいはスタンプラリーのように色々な学校を受けて、受験自体を楽しんでいそうな人もいた。

だけど、どの保護者もみんな、子どもの合格を願っていることだけは同じだった。

 

希望は…ある!

さて、子どもは、意外と頑張れるものである。

もちろんとても疲れているのだが、周りの子どもたちも状況は同じだし、なかなか合格が出ない中でも、試験が終わるとちゃんと前を向いて、顔を上げて帰ってくる。

その様子を見ると、どれだけ心が折れそうになっていても、こちらもいい顔をして出迎えようと思うものである。

 

時間も、体力も、お金もない中で、なかなかのハードモードだった中学受験だが、最後まで気持ちよく、前向きに取り組むということだけはあきらめないように努力した。

それだけは家族で力を合わせてやり抜いたと思うし、中学受験をしてよかったなと思うことのほとんどすべてである。

結局、うちの子は第一志望も、第二志望も合格することはできなかったが、はつらつとしていて、受験が終わった翌日には、中学校ってどんな勉強をするのかなあ、と聞いてくる。思わず抱きしめたくなってしまった。

 

そこで思うのは、結局、中学受験の価値なんて、そんな程度のことなのではないだろうか、ということである。

同じ目標に向けて、家族で力を合わせて取り組み、悲喜こもごもを味わう時間。

子どもというものは、わりとどんなことでも楽しめる生き物だと思う。それが受験であれ、スポーツであれ、なんであれ、楽しめる人たちだ。

 

問題は親なのである。

あるいは、ぼく自身なのである。

ぼくが、子どもと一緒に楽しむ時間をすごすことができるか。妻と一緒に力を合わすことができるか。

その機会がたまたま中学受験という形で存在するだけなのだ。

どこに合格したかなんて、おまけのようなものだ。

 

もっと言えば、それは人生のすべてである。

目の前の人と、良い時間をすごすことができているか。そして何より、自分自身が楽しんでいるか。

経済力があるかとか、社会的地位があるかとか、そんなものは、おまけのようなものだ。

 

50歳を前に、そんなことを思う。

…ほら、だから言ったでしょ、中学受験のヒントになるようなことなんて、何も書いていませんよって。

 

 

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【著者プロフィール】

著者:いぬじん

プロフィールを書こうとして手が止まった。
元コピーライター、関西在住、サラリーマンをしながら、法人の運営や経営者の顧問をしたり…などと書こうと思ったのだが、そういうことにとらわれずに自由に生きるというのが、今ぼくが一番大事にしたいことなのかもしれない。

だけど「自由人」とか書くと、かなり違うような気もして。

プロフィールって、むずかしい。

ブログ:犬だって言いたいことがあるのだ。

Photo by:Ben Mullins

ちいさいころ、近所の本屋さんに両親に連れて行ってもらうのが好きだった。

おもちゃ屋さんよりも好きだったかもしれない。

 

なぜかというと、おもちゃ屋さんでは、めったに欲しいものを買ってもらえなかったが、本屋さんでは、欲しいものが買ってもらえたからだ。

せまーい通路をぬって歩いて、自分のお気に入りを見つけ、隙があれば、工作の本や、付録付きの雑誌なども買ってもらう。

両親の財布の紐がゆるくなる場所、それが私の子供の頃の印象だ。

 

そして今もなお、本屋さんは、特別な場所だ。

「特別」というと、ちょっと大げさかもしれないが。

 

例えば、飲食店は「料理」を売る。スポーツ用品店は「スポーツ用品」を売るし、家電量販店は「電気製品」を売っている。不動産屋さんは「家・土地」を売っている。

一般的には、お店というのは、何かを「売る」、つまり消費をする場所だ。

 

しかし、本屋さんは「本を売っているお店」と言えるのか、というと、微妙なところだ。

 

考えてみると、正直なところ私は書店に「本を買いたくて入る」わけではない。

結果的に本を買うことはあっても、書店は、「消費する」ために入る場所ではない。

 

これは、Amazonで本を買うのとは全く違う。

Amazonは消費、つまり本などを「買うため」におとずれるが、書店に行くのは本を買うためだけではない。

経営的にはゴメンなのだが、本屋さんに入って本を買わないことも多い。

 

実際、書店は昔から、本の販売だけでは経営が成り立たず、街の3分の2の本屋さんは、副業をやることで生き残って来たそうだ。

テレカ、お菓子、ハンバーガーショップ、コンビニ、ゲーム、アイス、家電、カルチャーセンター、CDなど、「本は客寄せパンダ」という位置づけだったらしい。

[amazonjs asin="B0F2M6M9C4" locale="JP" tmpl="Small" title="町の本屋はいかにしてつぶれてきたか: 知られざる戦後書店抗争史 (平凡社新書 1079)"]

 

書店とはどんな場所なのか

では、今の私にとって、書店とはどんな場所なのか。

書店はいうなれば、「叡智と出会う場所」だ。

 

辞書を引くと、叡智は「優れた知恵・心理を洞察する精神能力」とある。

こういうとなんか小難しいが、要は、知識の新しい切り口が「叡智」だと私は考えている。

 

書店の本アピール方法、選書、あるいは出版社によるフェアなど。

それらはすべて、「本の内容」そのものだけではなく、ある知識と知識の関係に関する、メタ情報を提供してくれる。

 

・3月に卒業する皆様へ

・人間関係に悩んている人は…

・あの著者が絶賛した元ネタの本……

 

こういう情報が、Amazonにはあまりない。

いや、あるのかもしれないが、レビューをいちいち読まないといけないし、レビューにはゴミ情報も多い。

 

もちろん、そういう叡智と出会う場所は本屋さんだけではない。

例えば、学校は叡智を扱うように作られているし、企業も仕事で「叡智」を生み出さねばならない場所だ。

また、そういう場所は街中に他にもあって、図書館、博物館、美術館、コンサート、セミナー、討論会、展示会、……などたくさん存在している。

 

そういう場所で得られるものは、検索やスマホのニュースから得られる「知識」とはかなり違う。

だから、本屋さんに足を運ぶのだ。

 

でも、本屋さんの何が良いって、博物館や美術館、コンサートなどと違って、「何の気負いもなく行ける」のがいい。

図書館でも良いのだが、図書館は数が少ないし、本屋さんはあちこちにある。

「副業」で面白いグッズがたくさんあるのも良い。おもちゃ屋さんと図書館の間のようなイメージだ。

 

書店とのつきあいかた(自己流)

さて、タイトルを回収しておく。

「人間が知識をどのように使っているのか」を書店に行って、見てみる。

 

本は、古典が良い、と思ったこともあったが、最近は新刊をよく見る。

「ベストセラー」と「新刊」は、世の中のひとの「悩み」を知るに最適だからだ。

 

最近はお金の本がやたらと多い。

高い「株価」が影響しているのかもしれない。

 

しかし、単に投資本が売れているのかとおもいきや、結構前に発売された「お金の使い方」に関する知識の一つである、「DIE WITH ZERO」がどこでも売れているので、

「金の使いみちにも興味があるのだな」

「人生に対する疑問があるのだな」

といったことも、あれこれ考えながら本を見ていくのは楽しい。

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そして、店内のPOPを見る。

店員さん(?)が渾身の力で書いたPOPはとても面白いものがたくさんある。

新刊やベストセラーを見たら、次に立ち読みしている人や、本を買っている人を見る。

どの本が手に取られているのか、どの程度立ち読みしているのか、どのような組み合わせで本が買われているのか。

 

年代によって、どのコーナーに行くのかを見る。子どもたちは何を読んでいるのか、学生は何に興味があるのか。

今どき雑誌を読んでいるのは、一体どんな人なのか。

 

実は、今も昔も「本を読む人」の数は、それほど変わっていないそうだ。

16歳以上の書籍の読書量は調査以来ほぼ月1冊台で、多少の上下はあれど長期で見ればほとんど変わっていない。
つまり雑誌は購買・読書ともに衰退傾向だが、書籍については購買量は減ったものの、読書量は減っても増えてもいない
(引用:町の本屋はいかにしてつぶれてきたか)

「本は文化」などという高尚な話にはあまり興味がないが、書店は面白い。

 

「町のおもちゃ屋さん」はなくなってしまった。

 

が、書店はいまだに、心躍る場所であり続けている。

それを残すために、本屋さんで少し、買い物をして帰る。

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書

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Photo:Tom Hermans

毎月のように話題になるためのキャンペーンを考え、タレントやインフルエンサーを探し、単発の施策を繰り返す。

その度に一定の成果は出るものの、終われば元通り。また次のキャンペーンを考える……そんな消耗戦を続けていませんか。

 

実は、多くの企業がこの状況に陥っているのには理由があります。それは、投資対効果の良い「成果が積み上がる施策」の選択肢が、年々少なくなっているからです。

同じ予算を投じても、一過性の施策と、資産として蓄積される施策では、1年後のリターンがまったく変わります。

本稿では、売上・利益につながる重要指標が時間とともに増え続ける施策を、投資対効果の高い施策として定義します。

 

その具体的な施策をお伝えする前に、「なぜ今、その選択肢が少なくなっているのか」を理解しておきましょう。この「積み上がる施策」がどのように変化してきたのか、歴史を振り返ってみましょう。

 

マス広告の時代

かつて、マーケティングの主戦場はマス広告・店頭・流通でした。

企業は、テレビCM、新聞・雑誌、交通広告、折込チラシ、店頭POPといった施策に予算を投じていました。投資対象はコンテンツそのものではなく、広告枠や店頭という「露出を買う」ことでした。

 

この時代は、メディア接触が特定の媒体に集中し、一定の予算を投下すれば広範囲に確実にリーチできました。

継続的に投資し続けることで、認知や信頼といったブランド資産が積み上がっていきます。

 

ただし、マス広告そのものは出稿を止めると効果が落ちるという性質があり、継続的な投資が前提となる施策でした。

 

その後、検索エンジンとSNSが普及したことで状況が変わります。

マス広告には大きな広告費が必要でしたが、SEOやSNS運用は低コストで始めることができ、「コンテンツを増やせばリーチが伸びる」という分かりやすい構造が生まれました。

小さい投資で大きな成果を狙える時代になったことで、これらの施策が注目されるようになりました。

 

SEO・SNSバズの時代

SEOでは自社コンテンツを作って検索流入を狙い、SNSでは自社アカウントを育ててフォロワーにリーチする。

こうしたオーガニック運用にコンテンツ制作費を投資してリターンを狙う手法が注目されるようになりました。

 

これらの運用に共通していたのは、コンテンツを積み上げればリーチも伸びていく構造があったという点です。

より多くのSEO記事を作れば検索流入が増え、SNS投稿を続ければフォロワーが増えてインプレッションが右肩上がりで伸びていく。非常に分かりやすい構造でした。

 

つまり、「コンテンツ蓄積=リーチ拡大」という構造により、一度投資すれば効果が継続的に発揮され続ける。だからこそ、オーガニック運用の投資対効果が高いと評価されていたのです。

 

メディア環境の激変と獲得広告の限界

しかし、この前提が現在は崩れつつあります。

生成AIの出現で検索行動が変わり、GoogleでもAIによる回答が目立つようになりました。さらにSNSはレコメンドメディア化が進み、フォロワーに対して自社の投稿が届きにくくなっています。

 

このようなメディア環境の変化により、自社コンテンツやアカウントを育てるオーガニック運用「だけ」に投資しても、以前ほど効率よく成果が積み上がらなくなっています。

もちろん、オーガニック運用は依然として重要です。しかし、マーケティング投資全体における比重や役割が変わってきているのです。

 

さらに追い打ちをかけるように、獲得広告のCPAが高騰しています。

多くの企業がデジタル広告に参入したことで競争が激化し、広告単価は年々上昇しています。

かつては低いCPAで顧客を獲得できていた企業も、今では費用対効果を維持するのに苦戦している企業が増えています。

 

獲得広告に頼り切っていた企業は、CPAの高騰により利益を圧迫され、事業の成長が頭打ちになってしまうでしょう。

オーガニック運用だけでは投資効率が低下し、獲得広告はCPAが高騰している。この二重苦により、従来の手法だけでは投資対効果を維持できなくなってきました。

 

「単発施策」だけでは成果が積み上がらない

だからこそ重要なのが、継続的に成果が積み上がる設計にする、という視点です。

現在、多くのSNS代理店が提案するのは、単発のプロモーションやインフルエンサー施策です。

 

新商品のローンチ時にインフルエンサーを起用する、キャンペーン時に大きなプロモーションを打つ。こうした施策は一時的に話題を作ることはできても、成果が資産として残りません。

いわば「単発の山を作る」だけで、継続性がないんです。

 

「バズ狙い」も同様です。短期間に大量のインプレッションを獲得できたとしても、一過性のもので終わってしまいます。

では、なぜ多くの企業が単発施策に頼るのでしょうか。それは、投資対効果の良い、成果が積み上がる施策の選択肢が限られているからです。

 

広告は、オフラインであれデジタルであれ、出稿を止めれば効果は落ちてしまいます。ただし、費用対効果が良ければ継続的に出稿し続けることができるでしょう。

しかし、「広告を出稿し続ければ売上・利益が伸びる」という単純な構造ではありません。

効果的な広告媒体や手法は限られており、多くの企業が参入すれば競争が激化し、効率が徐々に低下してしまうケースが多いです。

 

実際、多くの企業がデジタル広告に取り組んだ結果、広告単価は年々上昇し、費用対効果は悪化している傾向にあります。

オーガニック運用の成果が積み上がらない状況も踏まえると、投資対効果の良いマーケティング施策の選択肢が少なくなっているのです。

結果として、企業は単発施策に頼らざるを得ない状況に追い込まれています。

 

広告×UGCによる成果の積み上げ

では、どうすれば投資対効果の高い、成果が積み上がる施策を実現できるのでしょうか。

その答えが、広告とUGCを組み合わせて、継続的に成果を積み上げていく戦略です。

 

マス広告の時代には大きな広告費が必要でしたが、SEO・SNSの時代には小さい投資で成果を狙えるようになりました。

そして今、再び広告費に投資する時代になっていますが、ただ元に戻った訳ではありません。

 

SNSが台頭し、数千万人が日々発話するプラットフォームになったこと、これが大きな変化です。

広告を効果的に活用することによってUGCを増やすことができれば、成果が積み上がっていくマーケティング施策を実現できるのです。

 

また、SNS広告は少額からでも実施できるため、予算規模に関わらず取り組むことができます。

SNSで広告を使うことを「逃げ」だと捉えている方もいますが、むしろ逆です。

オーガニック投稿は、プラットフォームのアルゴリズム変更によって露出が大きく左右されます。フォロワーがいても届きにくく、バズっても再現性がありません。

 

しかし、広告は違います。広告費をかければ確実にリーチできるため、アルゴリズムの影響を受けにくいのです。

また、UGCが広告と決定的に違うのは、「施策を止めても残る資産」だという点です。広告を止めれば効果も落ちますが、一度投稿されたUGCは消えることなく、そのUGCが新たなUGCにつながる好循環を生み出します。

 

以前、ホットリンクが実施した調査では、UGCが増えるほど指名検索が増え、指名検索が増えるほど売上も伸びるという相関関係が確認されています。

UGCの循環を生み出す上で、オーガニック運用も必要不可欠な存在です。UGCが生まれるには、ユーザーが「このブランドについて語りたい」と思える接点や情報が必要であり、それを提供するのが自社アカウントやコンテンツだからです。

つまり、オーガニック運用の役割は「単独で認知を拡大すること」から「UGCを生み出す土台を作ること」へとシフトしているのです。

 

これこそが、単発施策と継続施策の決定的な違いであり、成果が積み上がる戦略の本質です。

2026年度のマーケティング投資を考える際、「この施策は、1年後も資産として残るか?」という問いを、ぜひ判断基準の1つに加えてみてください。

 

 

 

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【著者プロフィール】

増岡宏紀

株式会社ホットリンク 営業本部長

2016年にホットリンクへ入社後、SNSコンサルタント・プロモーションプランナーとして企業のSNS戦略立案や運用支援に従事。現在はコンサルティング営業本部長として、新規顧客の戦略設計から実行支援までを統括。業界イベント・セミナーへの登壇、マーケティング専門メディアへの寄稿・取材実績も多数。2025年12月には、日経BP社より著書『コミュニティマーケティングは「巨人の肩」に乗れ ~UGCと指名検索が増え続けるSNS活用の新常識~』を発売。

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前回記事:「SNS売れ」はどのように生まれるのか

Photo:Taras Shypka

はじめに

これから希少がんを切り終わったあと、人工肛門を一時造設した自分の話をする。LARS(低位前方切除術後症候群)についても触れる。この状況については、希少がんはほぼ関係なく、広く大腸がん、直腸がんになった人に共通するものになるかと思う。

ただし、おれは横の比較をするつもりはない。あくまで縦の比較であり、おれがおれの身体を通して、おれのなかで感じたことを書く。

 

ん? 横と縦ってなんだって?

たとえばある有馬記念があって、べつの馬同士、コスモキュランダとダノンデサイルの能力や実績を比べるのが横の比較だ。

一方で、コスモキュランダだけを見て過去の成績、好走傾向、調子の上下などを見るのが縦の比較だ。そういうことだ。

 

おれがいくら苦しいとわめいたところで、「もっと苦しい病気の人もいる」と言われてしまえば、それはそうだとしか言いようがない。「グエー死んだンゴニキ」はもっと若くして亡くなっている、と言われたら返す言葉もない。

「グエー死んだンゴ」ニキにはなれないけれど

 

しかし、それを言い出したらきりはないし、不毛なことになりかねない。だれも声を出せなくなる。いろいろな状況の人がいて、それぞれ近かったり遠かったりする。自分の声を出すことによって、わりと近い人の参考になるかもしれない。そのつもりで書く。

もちろん、病気のやつは自分の主治医の言うことを聞け。標準的な医療をしている医師の言うことを。

休戦したつもりでいた

さて、おれは希少がんである大腸のNET(神経内分泌腫瘍)に罹った人間だ。

「罹った」というのは、手術により取り切ったと言えそうなので過去形にしている。転移もなさそうだし、病理診断で写真を見ながら「マージンをとって切れました」というのを聞いた。

おれのなかで、NETという希少がんはなんとかなった、というのが今のところの感覚である(もちろんこの先どうなるかはわからない)。

 

しかし、入院して、手術して、退院して、それで終わりではない。おれは手術にあたって人工肛門を一時造設したのである。

それが決まったとき、おれは「希少がんと休戦した」と書いた。

人工肛門の一時造設で希少がんと休戦した話

「この距離なら肛門温存できそうです」。なにかこう、心から救われたような気になった。

おれは死ぬということよりも、具体的に人工肛門が怖かった。そのことは書いてきたとおりだ。死へのイメージが足りなすぎるかもしれないし、人工肛門を恐れすぎているのかもしれない。でも、そのあたりは人それぞれの感覚、価値観だろう。

結果、人工肛門の一時造設となった。これはなんなのだろうか。聞いた瞬間は「九死に一生を得た」と思った。

そうだ、おれは永久人工肛門ではなく、一時で済むという診断にずいぶんホッとした。助かったと思った。

むろん、人工肛門を閉鎖したあとに「頻便」になるという話は医師からもあったし、そのやりとりも上の記事に書いている。とはいえ、そのときのおれは希少がんの重さと、永久人工肛門かどうかで頭がいっぱいだった。閉鎖後の話が出たときは「なんと」と思ったくらいだ。

 

もちろん、「人工肛門(ストーマ)の一時造設」についてたくさん調べた。体験談もたくさん読んだ。体験談を読むと、閉鎖後の記録を残している人も少なくなかった。だから、「頻便」では済まないぞ、ということは頭のどこかにあった。どこかにあったが、まだそこまで考える余裕はなかった。まだ腸の中には希少がんがある。

しかし、今考えてみると、おれが救われたようになったこと、ホッとしたこと、よかったと思ったこと、ぜんぶ、浅はかだった。愚かだったといってもよい。休戦と書いたが、その戦場には大量の地雷が残されていたのだ。

 

人工肛門は最悪だ

と、「地雷」について書く前に、おれの人工肛門に対する印象を書いておく。

最悪なものを想像していたが、それよりもさらに悪い。

造設後2ヶ月、退院後1ヶ月くらい経っての正直な感想がこれである。あくまでおれの場合の話だ。

 

まずは、内臓が外に出ているという状況そのもの。いくら装具で覆っているとはいえ、このことが怖い。いやな感じがつきまとう。これが24時間絶え間なく続く。

そうだ、人工肛門は新たなる臓器だ。眼鏡のようにつけ外しできるものではない。それが常に主張する。ストーマ装具が主張する。ちょっと動けば、「いま、剥がれるような感覚があった」となる。

歩けば揺れてお腹を引っ張るし、なんなら常に引っ張られている。それだけ強力に吸着していなければ、四六時中便を受け止めて溜めることなどできないので当然だが、そこに意識が持っていかれる。

 

そして、排出の気持ち悪さ、これである。これはあまり世の中で語られていない。調べても出てこない。ストーマからの排出は基本的に無意識に行われ、本人は気づかないという建前になっている。

だが、おれはときどき「キューッ」となって、足をバタバタさせないと耐えられないような締め付け感に襲われる。そうでないときも、プツプツ、ポツポツと、ストーマが排出するのがわかるときがある。その気持ち悪さといったらない。むろん、ストーマに感覚はないので、周囲の問題だが。

そのあたり、医師に聞いてみたら、あっさりと、「ストーマ周囲の筋肉の反射」と答えてくれたわけだが、本当にこれも辛い。

ストーマが排出時にキューってなる問題(ストーマの痛み、違和感について)

 

これらが、とにかく24時間、絶え間なく存在しているのだ。部屋の外、病院や会社などであるていどの時間を過ごしていると、どんどん神経がすり減っていくのがわかる。ナイフでザクザクやられているように、メンタルが削られていく。

もちろん、自分の部屋のなかにいようとも、心は休まらない。はっきり言って眠れていない。もとより精神障害があって眠れないタイプの人間ではあるが、それにしても眠れない。眠れたとしても、ゆっくり眠れない。だいたい、ストーマがあるので自由に寝返りも打てない。

 

造設以来、「よく眠れた」ということは一度もない。時間的に睡眠時間が十分だとしても、おれの目はずっと極度の寝不足のときのように歪んでいる。目の下のくまもとれない。頭のなかももうストレスでむちゃくちゃになっている。もとから狂っているが、一線を超えた狂気の世界に行きそうだ。

 

最悪より地獄のLARS

「そこまでいうのであれば、たとえ排泄障害になろうが人工肛門を閉鎖するにこしたことはないじゃないか」と言われそうだ。

だが、こんな人工肛門が「パラダイス」のようだと言う人すらいるのが、LARS(低位前方切除術後症候群)である。

 

数少ない(唯一の?)LARSについてのサイトを少し読めばだいたいわかるだろうか。おれはこのサイトを運営している医師や看護師などの専門家がアップしたYouTube動画もすべて見た。

直腸がん術後の排便障害 With LARS

LARSは、Low Anterior Resection Syndromeの略です。日本語では「低位前方切除術後症候群」といいます。

直腸がんの手術療法には様々な術式がありますが、「低位前方切除術」や「括約筋間直腸切除術」は切除後、残存する結腸と肛門を縫い合わせる、つまり肛門を残す(排泄経路の変更がない)ものです。

この術式では永久的人工肛門を回避することはできますが、実は、患者さんは術後、長期間にわたって複雑でやっかいな排便障害を体験することになります。

LARSの代表的な症状は「不意に生じる便意(便意逼迫)」、「便の漏れ(便失禁)」です。ただ、これらは日中、いつ・どこであろうが、何の前触れもなく突然起こる、予測不可能な症状なのです。ですから、LARSの患者さんは四六時中、排便のことを気にしながら生活することを余儀なくされます。

当然のことながら、会社や学校など社会生活は極めて困難になります。一般の下痢とは原因も症状も全く異なるので、経験も知識もない他者にはなかなか理解してもらえません。家族や周囲の人にさえうまく伝えられず、一人で悩み苦しんでいる人たちがいます。

四六時中の人工肛門のストレスが終わると、次は四六時中の排便のストレスが待っている。その確率は7~9割とされている。

そして、なりやすい、重症化しやすい要素として、「男性」、「高齢ではない」、「一時的人工肛門造設」、「切除した場所の肛門からの距離の近さ」などがあり、おれはすべてに当てはまっている。おれがLARSになるのは確実だといっていいし、重症化する確率も客観的に見て高い。

 

では、LARSは治るのか。これが、不治の病なのである。なぜならば、直腸そのものが失われているから。直腸という貯蔵タンクがないのである。

ほかの部分は代わりになってくれない。また生えてくるわけでもない。薬やなにかでどうにかするには限界がある。これはもう、物理的に治らない。神経が一緒に切除されているから、などの理由もあるが、なによりも物理的に失われているのが大きいように思える。


この動画でも、患者役が「でもLARSはそのうち治るんですよね?」というセリフを言ったら、不穏な音楽が流れて終わる。

そして、後半に行くとそれに対して明確に答えることなく、どれだけ術後によくならないか、についてのデータが提示される。術後18ヶ月までは改善するが、その後は横ばい。

最初に重症だと、よくて一生軽症のLARS。つまり、一生排便のことで頭がいっぱいになりながら生きていかなければいけない。

 

というか、頭がいっぱいで済むわけではない。まずは家から出られない。頻便と不意の便意、便失禁、外出は難しいだろう。これが少し落ち着いたところで、おむつが必要な生活がつづく。そんな状況で外に出られるだろうか。

とうぜん、肛門は痛むだろうし、たいへんな皮膚障害が起きることもあるだろう。これが、治らない。一生続く。もう外で仕事をすることもできなくなるし、遊びに行くのも難しい。病院に行かなくてはならないときはどうするのだろうか。一日か二日でも絶食すれば大丈夫だろうか。

第7回 直腸がんの術後の排便障害「LARS」について知る【前編】 発症のメカニズムと食事について(大腸外科医に聞く)

 

絶食なら大丈夫だろうが、たとえば食事についてのエビデンスもない。まだLARSという病気自体、広く認知されているわけではないのだ。

まあ、それも仕方ないだろう。まずはがんを取り除くというところから始まって、つぎに肛門を温存できるかも、ということが可能になって、さてその次の問題だ。

が、自分のこととしては「仕方ないだろう」では済まされない。

 

永久人工肛門しか解決策がない

というわけで、上のサイトなどで語られている最後の、最善の解決策が「永久人工肛門造設」である。上のインタビュー記事でもこのようなやり取りがある。

―私は重度のLARSを経験した後、永久人工肛門を造設しました。このような患者の選択をどう思われますか。

肛門に近い直腸がんの方には、私は最初から永久人工肛門を勧めることもあります。手術前に患者さんにヒアリングし、家族構成やお仕事、たとえば長距離トラックの運転など長時間トイレに行きにくいようなお仕事かどうかを確認します。

また、生きがいとしているものがテニスやゴルフ、ダイビングと言った場合など、その方の状況を把握してから術式を決めるようにしています。

 

上の方で「パラダイス」と書いたが、そう表現していたのはこのインタビュアーの方である。YouTubeの動画でそう語っていた。

この方はがんサバイバーとして積極的に発信を行っており、非常に有用な体験談が読める消化器がんのコミュニティサイトにも関わっている。ただ、ネットに公開されている部分はあるものの、そのサイトは女性専用となっており、男性である自分が直接言及するのは失礼だろう。

 

まあとにかく、LARSを体験したあとだと、人工肛門がパラダイスに思えるという。ほかにも、一時的人工肛門造設者が、未来のLARSについて思い悩んでいる暇があったら、人工肛門のうちに人に会ったり、好きなものを食べたりしたほうがいいという書き込みなども見た。LARSになると、人にも会えないし、ものも食べられない。そういうことだ。

 

いずれにせよ、LARSの最終的な解決策がなにかといえば、「永久人工肛門造設」、これなのである。上の記事の動画版も見たが、「そうだよね、人工肛門だよね」という感じで語られている。そうか、なんだ、人工肛門にすればいいのか。

……って、なるわけないだろう。おれがどれだけ人工肛門を恐れ、実際になってみて想像より悪いと感じ、ガリガリ精神を削られているかは書いたとおりだ。

 

これが「一時的人工肛門造設」という休戦が残していった地雷だ。

地雷という比喩が不適切だと言われるかもしれないが、おれの正直な感覚である。がんとの戦争は終わったはずなのに……。

 

おれはLARSを知れば知るほど、ひどい恐怖とストレスがのしかかってきて、人工肛門とともに二重の地獄のなかにいる。

 

第8回 直腸がんの術後の排便障害「LARS」について知る【後編】 排便障害の本質的な辛さ「人間の尊厳」との関わりとは(看護学の教授に聞く)

こちらの記事ではLARSが「人間の尊厳を損なう」とされているが、おれにとっては同じように、人工肛門というものが辛い。あくまでおれの話だが、人工肛門が楽だというのもだれかの話にすぎない。

 

何かの代償なしに生命は救われない

さて、ここまで書いてきて、最新の情報として「そもそも人工肛門を閉鎖できるのか」という話も出てきたのでちょっと書いておく。

閉鎖に向けての検査で吻合部(つなぎ合わせ部分)が狭くないかということになったのだ。というか、内視鏡を入れたら、1cmの内視鏡が入らないほどであった。そこにバルーンを入れて拡大する手術(?)を2ヶ月くらいかけて何回も行う、そういうことになった。ひょっとしたらよくならないかもしれないし、そうなったら永久人工肛門確定だ。

 

……と、書いて、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ楽になった自分もいる。人工肛門か便意の地獄かという究極の選択をしなくて済むのではないか? ということだ。

これまで人生でこれといった選択をすることがなかった。ただ流されるままに流れてきて、低く暗い方へ流れ着いた。先の見通しもなにもない。しかし、それにしたって、究極の選択がこんな二択になるとは思いもしなかった。

 

まあ、これが大きな病気をすることなのだな、とも思う。ちょっと遅れていたら生命を失うような病気が、入院、手術くらいで都合よく消えてなくなってくれるわけがない。これが大病の代償というものなのだろう。

 

まあ、あまり大きな代償を払いたくないという人間は、こんなものを読んでないで、とっとと大腸内視鏡検査なり、人間ドックなりの予約をしたほうがよい。軽いうちに終わらせろ。そうでないと、おれのように人生が終わる。

 

 

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【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :

今年の正月休みのあいだに、私は長く続けてきたlivedoorブログを整理した。

Googleアドセンスを停止し、すべての記事を非公開にしたのだ。

 

最後にlivedoorで記事を更新し、活動の場をnoteに移したのは2025年の1月。

「noteに引っ越して、一年経ったらlivedoorブログを消そう」

そう決めていた。

告知はしていない。自分の中だけで決めていたことだ。人知れず、ひっそり消えるつもりだった。

 

「流れの早い世の中で、もはや個人のブログは読まれなくなっている。きっと1年も経ったら、私のブログが消えたところで誰にも気づかれないだろう」

そう思っていた。

案の定、年明けに全ての記事を非公開にしても、特に誰からも反応がなかった。誰にも気づかれなかったか、なんとも思われなかったのだろう。

寂しいような気もしたが、安堵の気持ちの方が大きい。

正直に言うと、会社員として働き始め、生活の中でリアルでの人付き合いが比重を増していくにつれて、好きなように書き散らかしてきた過去のブログが重荷になってきていた。

facebookのアカウントは、先駆けて削除済みだ。

 

私は地方で生きているし、これからも生きていく。

田舎の小さなコミュニティで、周囲の人々と密接に関わりながら生きていかざるをえない今後の暮らしについて考えると、ここらで一度、過去を精算する必要があった。

 

ただ、全てを消し去りたいわけじゃない。noteに転載して、取っておきたい記事もある。

そのため、今は一度すべての記事を非公開にし、ひとつずつ読み返しながら、残すものと、残さないものを選別している。

 

この作業が思った以上に大変で、遅々として進まない。

私がブログを書き始めたのは2015年で、最後の更新が2025年。意識しないまま、気づけば10年ものあいだ書き続けていたのだ。

一日につき一記事はチェックしようと決めたが、量が多く、いつ終わるのか分からない。

 

自分の書いた記事を一から読み返していると、時代の移り変わりが見える。

「あぁ、この時にはこんなことがあったのか」「そういえば、あんなこともあったなぁ」と、当時の空気感を思い返しては、しみじみと感傷にひたっている。

 

私がブログを書き始めた2015年ごろは、個人が情報発信する手段の主流は、まだブログだった。様々なブログサービスが乱立しており、みなが競うように文章を書き、それをFacebookやTwitterで共有し、コメント欄でやり取りをする。

たくさんの人気ブログがあった。耳目を集めるブロガーはインフルエンサーと持て囃され、何冊もの書籍が出版された。

 

「ブログで稼ぐ」が流行ったのもこの頃だ。

しかし、やがて発信の中心は文字から写真へ、写真から動画へと移っていく。

YouTuberが時代の寵児になったと思ったのも束の間、次第にショート動画やライブ配信へとトレンドは移り、若者の間ではTikTokerやライバーが脚光を浴びるようになっていった。

 

こうした時代の流れの中で、かつて隆盛を誇った人たちは、どこへ行ったのだろう。

「イケハヤ」や「はあちゅう」といった、炎上を繰り返しながらも強い影響力を持っていた元ブロガーたちは、今でもしぶとく活動はしているようだ。

けれど、もう彼らが世間の関心を集めることはない。

 

私は、かつて彼らが掲げていた「脱社畜」をうたうビジネスを、かなり批判的に書いてきた。彼らの手の内を知るほどに「こんな悪党どもは私が叩き潰してくれるわ!」と息巻いていたのだ。

今振り返ると、何をそんなに怒っていたのかと不思議に思うが、当時はまだ“憤れる若さ”があったのだろう。

 

あの当時、イケハヤ、はあちゅう、そして彼らの取り巻きへの批判記事を書くアンチやウォッチャーは、私以外にも数えきれないほど居た。私たちが書くような批判記事にもPVが集まったのは、それがネットのエンタメだったからだ。

彼らが起こす高火力の炎上の愉快さと、それに対する苛烈な批判の痛快さとがセットになることで、ネットユーザーを熱狂させるコンテンツになっていたのである。

 

ネットの空を茜色に染めていた火柱も、それを眺める野次馬たちの高揚も、今や昔の話だ。

今になって思うのは、彼らのような炎上ブロガーを終わらせたのは、アンチやウォッチャーからの批判ではなく、本人たちが起こしたスラップ訴訟でもなく、時間だったということだ。

 

インフルエンサーには旬がある。

どんな過激な表現にも、どんな極端な思想にも、人はやがて慣れてゆき、飽きてしまい、そして新しいオモチャを探し始める。

情弱ビジネスの一種であるキラキラ起業や、スピリチュアルの流行も同じだ。

 

かつてキラキラ起業と呼ばれたムーブメントは、まだ消えてはいない。

けれど、そこにかつての熱狂はない。

スピリチュアルと結びついたインチキなビジネスも、教祖たちが自滅したり、方向転換したりしながら鎮静化していった。

 

かつて多くの女たちの心をとらえた

「自分を愛し、自分だけの機嫌をとり、自分らしくワガママに生きよう」

「嫌なことはしない。どこまでも己の欲望に忠実であれ」

「私は私。他人がなんとディスってこようと、耳を貸す必要はない」

という、一昔前は新鮮だった子宮系スピリチュアル教祖たちの主張も、珍しくもなんともなくなってしまった。

 

まったくと言っていいほど同じ内容を、今では教祖たちよりはるかに面白いトーク力でアレン様が喋っているし、圧倒的な迫力で、ちゃんみなが歌いあげる。

本物の才能と突き抜けた存在の前では、スピリチュアル教祖たちのささやかな人気や影響力など吹き飛ぶしかない。

だいいち、いくらアメブロで「女たちー!女性性を開花させよう!子宮の声を聞いて!」と語りかけても、もはや「カモになりそうな女たち」は字を読まないのだ。

 

発信手段のトレンドも、時代と共に移り変わる。

私が馴染んでいたTwitterはXに変わり、青い鳥は消えた。

そして、SNSは「誰もが無料で発信できる場」ではなくなってしまった。

 

サービスは有料化し、どの投稿が表示されるかはAIが決め、フォロワー数は無意味と化した。

ブログを書き、リンクをSNSで流し、フォロワーから反応が返ってくる。そして交流が生まれる。そんな循環は、もう当たり前ではない。

つまらないけれど、仕方がないことなのだ。こうした流れに違和感や失望を感じること自体が、私自身がとっくに時代遅れになっている証拠なのかもしれない。

 

今のところ、noteは楽しい。

広告は表示されず、コメントを通じた読者との交流もあり、かつてのSNSやブログ文化を彷彿とさせる一面がある。

私はnoteに活動の場を移したけれど、livedoorブログ時代に親しく交流していた人たちの多くは、とっくに消えてしまった。

彼ら・彼女らは時代に敗北したのではなく、成長し、変化し、卒業していったのだ。

 

私自身もまた、変化している。気持ちも、立場も、生き方も。

私が10年間ブログに書いてきたのは、その時々で熱くなったり、冷めたりする自分の温度だったのかもしれない。

時代は変わる。

 

プラットフォームも、アルゴリズムも、読者も変わる。

それでも、書くという行為だけは、形を変えながら、しぶとく生き残っていく。

私は、次の場所で、また書くだけだ。

 

 

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【著者プロフィール】

マダムユキ

ブロガー&ライター。

リンク:https://note.com/flat9_yuki

Twitter:@flat9_yuki

Photo by :Denny Müller

少し以前の事だが、陸上自衛隊の元最高幹部とお酒をご一緒させて頂いている時、こんな質問をしたことがある。

「鈴木貫太郎ってなぜ、あのタイミングで総理大臣を引き受けたのでしょう。実利からも名誉からも全く割に合わないので、よくわからないんです」

 

鈴木貫太郎とは、太平洋戦争で日本が敗れた時の最後の総理大臣だ。

1945年4月、敗戦のわずか5か月前に、今に至るも史上最高齢となる77歳で着任した首相として知られる。

昭和天皇から、戦争を終わらせるよう直々に大命を受け、文字通り命を懸けて戦争を終わらせた人物といえば、ご存じの方も多いだろう。

 

その鈴木、元々は生粋の軍人だった。

日露戦争では、駆逐隊の司令として日本海海戦に臨み、多くのロシア艦を撃沈した歴戦の英雄である。

多くの武勲もあり海軍大将まで昇るのだが、退役後は名誉職のポストを歴任しながら老後を養っていた。当然、総理大臣どころか何らの国務大臣を務めた経験すら、まったく無い。

 

そんな鈴木が、「(戦前の)日本を滅亡させることになる、最後の総理大臣をやれ」といわれたわけである。人生をかけて築き上げてきた名誉が全てぶっ壊れるだけでなく、子々孫々まで「敗戦の総理大臣」と誹りを受けるだろう。

 

実際この時、長老たちは多くの政治家に総理大臣への就任を打診するのだが、適任と思われる者たちは皆逃げた。

そのため最後に、その役割が鈴木に回ってきたわけである。

 

どう考えても、こんなもの受ける方がおかしい。

とはいえ同じ立場なら絶対に受けたくないし、私だってきっと逃げる。

そんな思いもあり、同じ「最高位にあった元軍人」である陸将に、冒頭のような質問をしたということだ。

 

すると返ってきたのは、こんな言葉だった。

「桃野さん、それは貫太郎が軍人だったからです。逃げ出した人たちは、政治家だからです」

(そうか…そういうことか)

 

短くシンプルな答えだったが、一瞬で腹落ちした。

 

「もっと早く救助が来ていれば…」

なぜ腹落ちしたのか。

その説明の前に、毎年この時期になると思い出す印象深い話を聞いて欲しい。1995年1月17日午前5時47分に発生した、阪神淡路大震災についてだ。

 

いまさら多くの説明は要らないだろう。

淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の地震が主に阪神地方を襲い、死者・行方不明者6,437名もの犠牲が出た、痛ましい出来事である。

 

「確かに痛ましい大災害だったけど、東日本大震災の死者・行方不明者22,228人に比べると、減災できた方なのでは?」

そんな印象を持つ人がいるかもしれないが、全く違う。なぜそんなことが言えるのか。

 

政府の公式資料から記述するが、東日本大震災における犠牲者の死因は、90%以上が溺死であった。

あれほど急速かつ大規模に押し寄せてきた未曾有の津波の前に、人は本当に無力だった。

誰がどうしたところで、発災後に救える命は限定的だっただろう。

 

それに対し、都市直下型の阪神大震災は、まったく違った。

死因の7割超が、建物などの倒壊による圧死・窒息死であり、なおかつ建物が倒壊し挟まれたことで身動きが取れず、凍死や焼死に至った人を含めると、9割を超える。

東日本大震災とは、犠牲になった方の死因が全く異なるのである。

 

「もっと早く救助が来ていれば、助かった命が無数にあった可能性がある震災」であったということだ。

言い換えれば、自衛隊に1分でも1秒でも早く災害派遣要請が発出されていれば、多くの命が救われた可能性があるということである。

 

にもかかわらず、自衛隊に災害派遣要請が為されたのは発災後、実に4時間以上も経った後の、午前10時頃。

今さら名指しは避けるが、自衛隊に災害派遣要請を出す権限を持つ地元の首長による、余りに遅すぎる最悪の意思決定の結果である。

 

「いやいやいや。あれほどの大災害なんだし、全体把握には時間がかかるでしょ

「批判は結果論に過ぎない。むしろ4時間で意思決定したのであれば、十分では?」

 

そんなふうに思う人も、きっといるかもしれない。

そう考える人に対して聞いて欲しい話が、本コラムのメッセージである。

 

前例のない決断

その話とは陸上自衛隊の第36普通科連隊、黒川雄三・連隊長(当時・以下敬称略)の意思決定についてだ。

第36普通科連隊は兵庫県伊丹市に所在し、発災時における受け持ち地域は北大阪及び阪神地区である。もっとも被害の大きかった地域を管轄する、陸上自衛隊の部隊だ。

 

そして1995年1月17日5時46分。

黒川は経験したことがない大きな揺れで目を覚ますと、直ちに連隊本部に現れ、隷下部隊に対し出動待機命令を出す。

しかしいつまで経っても、政府や地元首長からの出動要請がまったく下りてこない。

その一方で、目の前では建物が大規模かつ広範囲に崩落し、また煙が上がり次々と火災の確認報告がなされる。

 

この非常時に指を咥え、人々が犠牲になっていくのを見ているしかないのか…。

そんなことに思い悩んだであろう黒川は、前例のない異例の決断を下した。自衛隊法第83条3項の近傍派遣条項を援用しての、独断での人命救助である。

 

詳細は端折るが同条項には、基地や駐屯地の近傍で火災が発生した際には、指揮官は独断で部隊を動かしても良いことが記されている。

とはいえその目的は火災の鎮圧であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 

黒川はこの条項を援用し、午前7時30分に部隊を動かすことを決断すると直ちに、人命救助に動き出した。

地元の首長が午前10時に自衛隊に災害派遣を要請する、実に2時間30分も前である。

言うまでもなくその結果、多くの人命を救助している。

 

これだけを聞くと、ただの「勇気ある美談」と思われるだろうが、まったく違う。

今の若い人には想像もつかないと思うが、1990年代といえば、社会党(現社民党)の党首が総理大臣であり、日本全体が“左傾化”していた時代だ。

自衛隊に対する世間の理解は最悪であり、マスコミをはじめとして、自衛官には何をしても許されるような風潮があった。加えて、兵庫をはじめとした近畿地方は伝統的にリベラルが強く、特に自衛隊に風当たりの強い地域である。

 

そんな中で、前例のない自衛隊法の援用を理由に、指揮官が独断で部隊を動かしたら、どうなるか。

「二・二六事件再来の恐れ」

「満州事変の教訓が生かされていない自衛隊法」

などのように、マスコミが書き立てる可能性が極めて高かっただろう。

 

当然、そのように世論が動けば黒川はクビになっていたであろうこと、想像に難くない。

控えめに見ても、左遷されキャリアを失うであろうことは、本人も理解していたはずだ。

にもかかわらず、黒川は前例のない独断で部隊を動かし、多くの人の命を救った。

 

繰り返すが、阪神淡路大震災における犠牲者の死因は7割超が圧死であり、身動きをとれなかったことによる凍死や焼死を加えると9割超に昇る。

その現実をまさに現場で目にしていた黒川が決断したことの重みを、どう思われるだろうか。

 

「もう一つの真実」

話は冒頭の、鈴木貫太郎の決断についてだ。

十分な名誉と悠々自適な老後生活をすべて捨ててまで、なぜ国家滅亡の責任者という誹りと命の危険を選んだのか。

どう考えても割に合わない総理大臣への着任を、なぜ引き受けたのか。

 

「桃野さん、それは貫太郎が軍人だったからです。逃げ出した人たちは、政治家だからです」

元陸将の言葉が、シンプルでありながら軍人という人たちの価値観と行動規範を表している。

 

軍人にとっての行動規範とは、適時適所において迷い無く正しい意思決定を下し、その意思を貫徹することにある。

政治家のように、利害得失の計算や環境要因により、「為すべきこと」が変わるようなことなどない。

 

「こんなことしてクビになっちゃったらやだなあ。見なかったことにしよう」

そんな行動規範からは、最も遠いところにいる。

 

「いやいやいや、それは鈴木貫太郎が特別だっただけでしょ。黒川連隊長も、例外的に立派な人だっただけでは」

そんな風に思われるだろうか。

確かに24万人もいる自衛隊はある意味で社会の縮図であり、立派な人もいればどうしようもない人もいる世界だ。

 

しかし、大部隊を率いる指揮官に昇れるような人はかなりの確率で、貫太郎や黒川と同じ決断を下すと確信している。

だからこそ冒頭のような質問に対し、元最高幹部は迷い無く即答した。即答できるということは、血肉になっている常識ということであり、考えるまでもないからである。

 

なお余談だが、自衛隊への災害派遣要請が遅れた地元の元首長は後年、講演会でこんなことを言ったことがある。

「自衛隊って、数年で偉い人が入れ替わるんです。あの時も、誰に連絡していいかわからなかったんです」

余りにもバカバカしい言い訳だ。小学生ですら、もう少しマシな言い訳をするだろう。

 

それに対し黒川は、後年までこう悔やんでいたそうだ。

「もっと早く部隊を動かしていれば、もっと多くの人の命を救えたのではないか…」

そして忙しい公務の傍ら、時間を見つけては四国八十八ヶ所をお遍路で回り、犠牲者に鎮魂の祈りを捧げ続けた。

 

この話は毎年、1月になると色々なメディアに何度も、同じような文脈で書いている。

今年も書いた。

ぜひ一人でも多くの人に、阪神淡路大震災における「もう一つの真実」を知ってほしいと願っている。

 

 

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【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など

改めまして、震災で犠牲になったすべての人のご冥福をお祈りします。
微力ですが、できる限りの教訓を語り続けたいと思っています。

X(旧Twitter) :@ momod1997

facebook :桃野泰徳

Photo: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kantaro_Suzuki_suit.jp

「あいつら、内容の無いことばかり喋ってやがる」と学校や職場の同僚を馬鹿にする人は珍しくない。

世間を知らない学生のセリフかと思いきや、30代、40代の人が同じことをさえずっているのを見てびっくりさせられることもある。ほとんどの場合、こうしたセリフは人望が無い人の口から出てくる。

 

いつも思弁している人、いつも世界の重要事について考えている人は、世間では少数派だ。

いや、実のところ、「あいつらは内容の無いことばかり喋っている」と言っている本人だって本当はそうなのだ。有意味なこと・重要なことだけを喋る人間など、めったにいるものではない。

仮にいるとしたら、それは事務的な内容や数学の解法のような内容しか喋らない、ロボットじみた人間だろう。

 

少なくとも、「あいつらは内容の無いことばかり喋っている」などという、内容の無いことをペラペラ喋ったりはしない。

 

「コミュニケーションの内容」より「コミュニケーションしていること」のほうが重要

人間同士のコミュニケーションを振り返った時、そのコミュニケーションの内容が厳密に問われている場面は思うほど多くはない。

もちろん、報連相的なやりとりに際しては正確な情報伝達が肝心だし、そのためのトレーニングも必要だ。しかし日常会話の大半は、「コミュニケーションの内容」よりも「コミュニケーションをしていること」のほうが重要だ。

 

その典型が、「おはようございます」「お疲れ様です」「おやすみなさい」「よろしくお願いします」といった挨拶のたぐいである。

挨拶には内容は無い。昔は、“お早うございます”にも内容があったのかもしれないが、もはやテンプレート化している今では無いも同然だろう。

だが、進学や就職のたび挨拶の重要性が語られることが象徴しているように、コミュニケーションに占める挨拶のウエイトは馬鹿にできない。挨拶を行う意志や能力を欠いている人は、社会適応は著しく難しくなるだろう。

 

お天気や季節についての会話や、時事についての会話、女子高生同士のサイダーのような会話なども、しばしば「内容のない会話」の例として槍玉に挙げられる。

しかし、交わされる言葉の内容そのものにはたいした意味が無くても、言葉を交換しあい、話題をシェアっているということ、それ自体には大きな意味がある。

 

言葉には、一種の“贈り物”みたい効果があって、言葉を交換しあうことが人間同士に信頼や親しみを生みだす。というより、黙っていると発生しがちな、不信の発生確率を減らしてくれる、と言うべきかもしれない。

人間は、「私はあなたの存在を意識していますよ」「私はあなたとコミュニケーションする意志を持っていますよ」と示し合わせておかないと、お互いに不信を抱いたり、不安を抱いたりしやすい生き物だ。

だから、会話内容がなんであれ、お互いに敵意を持っていないこと・いつでもコミュニケーションする用意があることを示し合わせておくことが、人間関係を維持する際には大切になる。

 

「空っぽのコミュニケーションが好き」も立派な才能

だから、内容のなさそうな会話を楽しくやっている人達のほうが、内容のなさそうな会話を馬鹿にしている人達より、コミュニケーション強者である可能性が高い。

言葉を交わす行為をストレスと感じたり、嫌がっていたりしている人は、この、“贈り物”としての言葉の交換をあまりやらないか、やったとしてもストレスと引き換えにやることになるので、そのぶん、信頼や親しみを獲得しにくく、相手に不信感を持たれてしまう可能性が高くなる。

 

対照的に、言葉を交わす行為がストレスと感じない程度に定着している人や、言葉の交換をとおして承認欲求や所属欲求を充たせる人は、ますます信頼や親しみを獲得しやすく、不信を持たれにくくなる。ということは、学校や職場での人間関係にアドバンテージが得られるってことだから、「空っぽのコミュニケーションが好き」は立派な才能である。

 

こうした言葉を交わす行為の効果は、いつも顔を合わせる間柄、日常的に顔を合わせる間柄においてモノを言う。

毎日のように顔を合わせて言葉を交わすからこそ、毎日の挨拶やコミュニケーションが大きな信頼や親しみを生む。逆に、そこらへんが不得手な人は、不信の芽を育ててしまいやすい。

挨拶も世間話もせず、飲み会にも顔を出さないような人は、遅かれ早かれ孤立する羽目になるだろうし、その孤立によって、成績や業績の足を引っ張られやすくなるだろう。

 

だから、「内容の無いコミュニケーション」「空っぽのコミュニケーション」を馬鹿にしている人は、何もわかっていない、と言える。

職場で最適なパフォーマンスを発揮し、チームワークを発揮していきたいなら、むしろ、挨拶や世間話を楽しんでいる人をリスペクトして、その才能、その振る舞いを見習うぐらいのほうが良いのだと思う。

 

もちろん、挨拶や世間話は出来るけれども業績や成績がまったくダメな人もそれはそれでダメだが、自分の業務や成績のことばかり考えたり、報連相的な情報伝達の正確さばかり気にしたりして、言葉の交換を軽んじているようでは、渡世は覚束ない。

 

「内容のないコミュニケーション」が上手になるためには

じゃあ、どうすれば「空っぽのコミュニケーション」が上達するのか?

一番良いのは、子ども時代から挨拶や世間話を毎日のように繰り返して、そのことに違和感をなにも覚えない状態で育ってしまっておくことだと思う。

毎日挨拶ができること・世間話を楽しむことには、文化資本(ハビトゥス)としての一面があるので、物心つかない頃からインストールしてしまっているのが一番良い。

 

だが、一定の年齢になってしまった人の場合は、自分の力でコツコツと身に付けていくしかない。

その際には、会話の内容や正確さだけでなく、言葉を交換すること自体にも重要な意義があることをきちんと自覚し、「こんな会話になんの意味も無い」などと思ってしまわない事。

それと、そういう会話を上手にこなしている人達を馬鹿にするのでなく、社会適応のロールモデルとして、真似できるところから真似ていくことが大切なのだと思う。

 

そしてもし、今の職場で挨拶や世間話をする機会が乏しいとしても、そのままほったらかしにしておかないほうが良い。

世の中には、挨拶や世間話をする機会が乏しく、業務上の報連相的なやりとりばかりの職場も存在するが、それをいいことに言葉の交換をおざなりにしていると、じきに「空っぽのコミュニケーション」ができなくなってしまう。

そのような人は、職場以外でもどこでも構わないから、挨拶や世間話を実践して、「空っぽのコミュニケーション」ができる状態をキープしておいたほうが良いと思う。

 

いざ、「空っぽのコミュニケーション」が必要になった時、慣れていないととっさに出来ないし、できなくなってしまった状態でできなければならない場所に参加した時にはすごく困ってしまうからだ。
──『シロクマの屑籠』セレクション(2017年5月7日投稿)より

 

 

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

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twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

熊代亨のアイコン 3

Photo:

どーもー、ズイショと申します。本年もよろしくお願いしますー!

本題ではないので諸々省いて結論から申し上げますと、今の僕はうつ病になってしまい休職中の身となっております。

 

まず睡眠時間がコントロールできない。朝まで寝れない時もあれば、一日中起き上がれずに布団でうとうとしている日もある。

夜20時に倒れるように眠りにつき25時頃に覚醒してそれから布団に入り直してもずっと眠れない。このテキストは早朝5時に書き始めています。

 

食事を取れるも取れないもその日次第で家族の団欒の日としたい土日はすき焼きやら寿司やらハンバーガーやら飲み食いはできるが、そんなハレの日に対して家族が家にいない平日のケの日は薬を飲むために仕方なくパウチのゼリーを腹に入れて薬飲んでそれだけなんてことを繰り返しています。半年で体重が10kg減ったり、カップ麺なんかに頼って5kg戻したり。

 

こんな「うつ病って大変なんだよ」なんて話はネット上に出回って枚挙に暇がないありふれた話なので本題ではなくてですね、今回僕がしたいのは「マジョリティがマイノリティになってみてわかったことが色々ありました」という話です。

 

以下からが本題になります。

僕の自己紹介をすると、ステータスだけで言えばそれなりに楽しくご機嫌に生きてきたんだと思います。それなりの給料をもらえる会社員としての本業があり、副業もそれなりにこなして妻子を持ち働いてきました。つまりは特に福祉に頼らずマイペースに生きているそこらへんのおっさんです。次の3月で40歳になります。

 

ところがどっこい経緯は省きますがうつ病を患い急転直下でダメになってしまいました。

会社とか家族とか環境のせいにするつもりはさらさらありません。僕はどうもおかしくなってしまった。ずっとおかしかったのかもしれない。今までのように生きるのはどうにも難しい状態に陥っている。ただその現実を受け入れるばかりの毎日です。

 

人間を格上だとか格下だとかそういう考えのもとに他人を値踏みして生きてきた自覚は一切ありません。それでも僕は自分はもうダメだと思い至りうつ病になってしまいました。

しかし、その一方で俺は今までマジョリティであったことへの強い自覚と、僕は今マイノリティになってしまったんだという強い自覚があります。

 

うつ病になって休職に至ったことで、それ以前の僕には関係がなかった色々な手続きや制度に触れる機会が増えました。

うつ病なんざいつ治るかはわからないため退職という選択肢も当然ありえるので、そういうサポートをしてくれるサービスを受けてみたりもしました。あるんですよ、退職給付金サポートみたいなサービスが、世の中には。

結論としては僕にとっては何の役にも立ちませんでしたが。

 

故郷を離れて生きる自分は現状報告を常に故郷の父親にはしていたものなのでありのままを共有していると、「退職給付金最大480万円!」と謳う広告を父親に紹介されて、一度相談してみれば?と促され、最悪の場合は父親に金の無心が必要になる可能性もあるのでこれを突っぱねては金の無心もやりにくいというので、とりあえず受けてみました。

 

しかし、そこでサポーターから聞かされたのは当たり前に自分でリサーチして知っている程度の傷病手当や失業保険の仕組みについてまでで、広告でひらひらとひけらかすようなおいしい話は特にありませんでした。1時間のオンライン面談のうち15分で「そこらへんは全部わかってます」で話は終わり、残りの45分は業界の情報交換に終始しました。

 

僕が「今回は初回無料相談ということですが、契約するとなるとどうなるんですか?」と尋ねると彼は「最初の契約で30万前後、その後は失業保険の代行で月2万頂いてます」と回答しました。

全部自分でそこらへんの手続き未だできる僕からすると大変に馬鹿げた金額になるのですが、それを自分でできない方々がメイン顧客になるとのことです。手取り20万あるかないかのブラック環境下で働く方々が多いとの回答を得ました。

 

うつ病ながらもそこらへんの知識を以って自分で書類処理ができる人というのは面談希望者の全体の1割以下らしく、その人たち以外の9割の方々を助けるためのサービスをやっていると担当者の方はおっしゃっていました。

ふざけたサービスだなと僕は思いましたし、担当者の方もふざけたサービスであることを隠しもしませんでした。彼にも彼のノルマがあるし、絶対に契約してくれない僕とも1時間の面談を続ける義務があったのでしょう。

「人類の半分は偏差値50以下」というのは僕が好んで使う言葉ですが、なるほど世の中はこういう風に回っているんだなと改めて感じました。

 

僕がうつ病なのは事実なのであーだこーだ言う資格はないのかもしれませんが、見えない世界が見えてくる。

うつ病であることは診断を受けた以上間違いないながらも、これはあたかもダークツーリズムのようでいたたまれない気持ちになります。言葉を選ばなければ、下界に降りてきた気持ちもあります。自分が病を抱えて初めて見えた社会は助けてくれないんだなという冷酷な景色が見えます。

 

他にも色々な手続きを進めていますが、悪い世界をちょっと見学に行こうかなという感覚が抜けません。これは、僕が本当にうつ病であることを認めたくなくて面白がってるフリを気取ってるだけなのかもしれませんが。

それでもやっぱり感じるのはマイノリティへの不親切、存在するはずの福祉の存在をアピールしない世の中の仕組み、そういうものを頑なに隠して自己責任に追い詰める社会の有り様。そして、それをサポートしますよと手数料を掠め取る変な事業会社。

 

俺はそういうやつらと戦いながら何とか生き延びるしかやることがないんだけれども、「向こうがそのつもりなら俺だってハックしてやるぜ」の方針でやるしかないんですけど。

とりあえずはそういった現実をこの眼で見てやったぜを自分の誇りにしながら、まあなんとかやっていこうと考えています。何から卒業すればいいのかはわからないけど、何をハックすればいいのかはなんとなくわかる。そんな自分にも嫌気がさします。

 

詳細をここで多くは語りませんが、会社の制度とか国の制度とか、こんなに優しくなくてこんなに不親切でこんなに聞かないと説明してくれないんだとびっくりする毎日です。

 

俺はなんとかやってやるよやってみせるよと孤軍奮闘しながら、俺はもう一度くらいは上に登ってやるよと思いつつ、こんなのみんながみんなできるわけないじゃんもっと親切にしてやってくれよと思いつつ、僕は今できることを必死にやっています。同じように必死にやってる人がたくさんいるんだな、でも、うまくできない人もたくさんいるんだろうなということを思いながら。

 

ダークツーリズムは上からじゃなくても下からでも参戦できる。この世の中は狂っている。困っている人を助けながら生きてきたつもりではいたが、こんなにも世の中は困ってる人に冷たい世界なのかを思い知る一つの冒険を俺は今やっている。

 

無力感がある。俺のこれまでの善行ぶった振る舞いと関係なく世の中はマイノリティを虐げてきたし、俺も虐げた側だったのかもしれない。それだけが辛い。誰かを助けたかった、それは叶わなかった。その報いを一手に引き受けるほどの愛も情も俺には無かった結果が今なのだろうか。無念としか言いようがない。愛すべき人間が増えただけでその人らを抱きしめる腕の数は足りないまま、とぼとぼと歩く。

 

以上、ズイショでしたー!本年もよろしくお願いします!

 

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:ズイショ

関西在住アラフォー妻子持ち男性、本職はデジタルマーケター。
それだけでは物足りないのでどうにか暇な時間を捻出してはインターネットに文章を書いて遊んだりしている。
そのため仕事やコミュニケーションの効率化の話をしてると思ったら時間の無駄としか思えない与太話をしてたりもするのでお前は一体なんなんだと怒られがち。けれど、一見相反する色んな思考や感情は案外両立するものだと考えている。

ブログ:←ズイショ→ https://zuisho.hatenadiary.jp/
X:https://x.com/zuiji_zuisho

photo by Kinga Howard

こんにちは、しんざきです。ついこの間まで、2025年って12月60日くらいまで伸びないかなあと妄想していたんですが、気が付いたらもう2026年1月が半分を過ぎていますね。

何なんでしょうこの4倍速展開。イベントテキストを高速スキップする設定のソシャゲか?

 

この記事で書きたいことは、大体以下のようなことです。

・年末大掃除をしていて、「子どもが欲しがって/必要だと思って」買ったのに案外使われなかったものを色々整理しました

・「使われなかったもの」の共通の原因は、大きく「欲しがる動機が一過性」「片付けや出し入れに手間がかかる」「普段の生活で触れない/目にしない」あたりであった気がします

・つまり、「必要性の検討が不十分だった」「使い始めるまでの手間とハードルを甘く見積もっていた」「普段の行動の導線上になかった」ということになります

・あれ、これシステム開発の仕事でもよくやってるヤツだな?

・開発業務でも、「作ったはいいが定着しないシステム」というものがしばしばありますが、考えないといけないことは大体同じであるように思います

・つまり、「必要性の検討」「導線の検討」「運用の手間の検討」です

・必要性についてはどうしても調整が難しい部分がありますが、使うまでの手間と導線については改善できる可能性があります

・「これ、買ってもいいけど遊ぶ/使うかな……」と迷った時は、「開発案件のつもりで、導線と運用の手間を改善する」のが一つの手です

以上です。よろしくお願いします。

 

さて、書きたいことは最初に全部書いてしまったので、後はざっくばらんにいきましょう。

 

「買ったけど案外使わない」の理由

皆さん、「買ったはいいが、思ったほど使わなかったもの」って発生させてしまう方でしょうか?「これ良い!欲しい!」となって買った/買ってあげたのに案外有効活用されていないとか、しまいこまれたまま2、3回しか使われていないとか、値段に関係なく、そこそこ悲しいですよね。

 

お恥ずかしいことながら、しんざき家ではわりと頻繁にそれが発生してしまいます。特に「子どもが欲しがったか、あるいは必要だと言うので買ってあげたけど使わなかった」ものが割合として多いのですが、まあ大人サイドでもちょくちょく発生します。

 

昨年末、家の大掃除をしていて、「あー、これ買ったはいいが殆ど使わなかったなー」「あー、こっちも全然使わなかった、もったいなかったなー」というものが複数出てきました。

例えば、商品名は伏せるんですが、iPadと物理パーツを連携させることで様々な物理パズルが楽しめる知育玩具とか。

例えば、リ〇ちゃん人形を遊ばせられるサイズになっているコンビニ型のおもちゃとか。

例えば、冷蔵庫で事前に冷やしておくと、夏暑くなった時に首の周囲に巻いておくことで冷感を得られるリングとか。

例えば、コロナ禍で頻繁に朝ごはんを作る状況になったので買ってみたホットサンドメーカーだとか。

以上はあくまで一例であって、他にもまあ色々あります。プリントを整理するための整理ボックスとか、足指用のクリームだとか、PC用の新しいガジェットだとか。単に例示し切れないだけです。

 

で、これらの品々について改めて考えてみたところ、どうもある程度共通点がありそうに思ったんですよね。大体同じような理由、同じような経緯で、買った後あんまり使わなくなってる。

・「欲しい理由」が一過性である、ないし目的の緊急性が低い、切迫度が低い

・普段の生活で目に入る場所に置いていない、片付けられると目に留まらない

・利用できるまでにひと手間かかる、準備が面倒である

・いざ使ってみると使用感が違った、既存のものでやりくりした方が便利だった

他にも色々あると思いますが、しんざき家に関する限り、この辺が代表的な理由であるように思います。

 

上記で言うと、「iPadにパーツを装着しないといけない知育玩具」なんて、「利用できるまでにひと手間」の最たるものですよね。

まず「箱を取り出す」「パーツを取り出す」「パーツをiPadにつける」「iPadを起動する」だけで既に四段階手間がある。しかもその後、物理的なおもちゃ部分を取り出して、遊んで、終わった後は片付けないといけない、なんて「遊ぶ」前の段階で既に相当疲弊してしまいそうです。

 

「普段の生活で目に入る場所においていない」という話で言うと、冷感リングもそうかも知れません。

もちろん「いちいち冷蔵庫にしまっておかないといけない」という手間もさることながら、我が家、子どもが普段通る導線上にキッチンがないので、「見よう」「使おう」という意図がないと冷感リング自体に接触しないんですよ。

 

もちろんこの辺りの話は、その商品自体の問題というよりは、しんざき家での利用シーンとのギャップや、事前の見積もりが甘いというところに根本原因があります。

その点、単に我が家にフィットしていなかったというだけで、快適に利用される方もたくさんいるだろう、とは思うんです。

 

ただこれ、よく考えてみると何か既視感があるというか、学校の試験を受けていたら「あ、進研ゼミでやったやつだ!」みたいな感覚があったんですよ。

早い話、「開発してサービスインしたはいいが、運用が定着しなかったシステム」と似ているような気がするんです。

 

「定着しないシステム」の発生をどのように防いでいるか

上のパートで書いた「使わない理由」について、もう少し一般化してみると、多分下記のようになると思います。

・要件の検討・必要性の深掘りが足りていなかった

・普段の導線上に配置されていなかった

・運用に至るまでの手間や運用上の工数が想定より高いハードルになっていた

・UI/UXのフィッティングやモックテストが不十分だった

 

あーあったあった。何度もあった。

しんざきはシステム関連の仕事をしていて、開発にもちょくちょく携わってはいるんですが、「作ったけど使われない機能」だとか、「サービスインしたけど利用されないシステム」みたいなものも、しばしば観測してきました。

 

CSVでデータを食わせれば凄く綺麗なダッシュボードを作ってくれるのに結局Excelで済ませられてるBIツールとか、わざわざカスタマイズで開発されたっぽいのに職場の誰に聞いても「いや、何の機能なのか知らないです……」って答えが返ってくるメニューとか、そういうのですよね。

 

もちろん仕事って内容も環境も変化するものですし、その時々によって必要性や必要度合いも変わるわけですから、こういう「使われないシステム」問題、そう簡単に解決する話でもないんです。

開発側に問題がありそうなことも、利用者側に問題がありそうなことも、誰も悪くなさそうなこともあります。

 

とはいえ、「あともう一歩、こういう風になってればちゃんと使われそうなのになあ……」ということも時にはあって、実際それで仕事をいただいて、システムの改善でお金をもらったことも何度もあります。

とすると、それと似たようなことが家庭でもできるんじゃないのか、って話ですよね。

 

「使われない」理由には、ある程度定型パターンがあります。すごく単純にまとめてしまうと、「要件」「導線」「運用」の三つ。

・必要性が一過的なものかどうか、継続して必要か、緊急性があるか

・普段の生活で目にする配置になっているか

・使い始めるまでの手間、使い終わった後の手間は重くないか、重い場合軽減できないか

この三点をもう一押し検討してみる、というのは、家庭内で「使われない」ものを減らすために、もしかすると有用かも知れません。

 

「期待しなかったけど使われているもの」から、「使われるコツ」を考えてみる

ここでちょっと話のスコープを限定して、子どもの遊び用のおもちゃの話をすると、まず「要件の深掘り」って難易度かなり高いんですよ。

子どもの「欲しい!」なんて大体一過性なものですし、欲しい理由を整然と説明できる子なんてそうそういない。

もちろん、「欲しい」をロジカルに言語化しようろするのはいい経験になるかも知れず、実際私が長男にパソコン買ってあげた時はそれに近いことをやったんですが、まあ毎回やるのは結構厳しいし、疲弊しそう。

 

ただ、「導線」と「運用」については、工夫する余地がかなりありそうです。

たとえばしんざき家で言うと、「バトルライン」を始めとするボードゲーム。

バトルライン、以前次女がボドゲ会で遊んでめちゃめちゃ欲しがったんで買ったんですが、本来遊び始めるまでのセッティングとか、カード配置とか、片付けとかかなり大変で、普通なら「運用」のハードルに引っかかりそうなものなんですよね。

しんざき自身、これ買ったはいいけどあんまり遊ばれない、みたいなことにならないかなーとちょっと心配でした。

 

ただ、「ゲーム自体が超面白い」ということを置いても、ほぼ日常的にガチガチに遊ばれている(上記画像は、なぜか防音室にたてこもってバトルラインを遊んでいる長女と次女です)というのは確かなところで、これは

・ボードゲーム棚が階段のすぐ側にあって、日常的な導線上で目に入る位置に置いてある

・片付ける時、元々の棚ではなく、パーツ用のケースにそのまま放り込めばいいようになっている

という工夫をしてあって、ここでかなり改善されていそうなんですね。ちなみに、「ドミニオン」とか「宝石の煌めき」辺りにも似たような改善をしていて、遊び倒されています。

 

やっぱり、「まず普段の生活で目に入る」「準備・片付けがあんまり大変じゃない」という要素ってめちゃ大きいと思うんですよ。

一方、「期待していなかったけどめちゃ使われている」例をもう一つあげると、長女次女に買ってあげた貯金箱のおもちゃですね。

これ、硬貨を入れると自動判別して残高を計算してくれるっていうよくできた貯金箱なんですけど、「お小遣いを入れたら即この貯金箱に入れる」という形で、運用と日常生活を紐づけたところ完全に定着しまして、今でも貯金箱として使っています。

しんざき家ではお小遣い帳システムを導入しているんですが、お小遣い帳が定着したのもこの貯金箱のおかげかも知れません。

 

これは、「運用と普段の導線を紐づけたので定着した」例と言えると思います。

もちろん、そんなにうまくいく話ばかりではなくって、「工夫をしたけどやっぱり使われませんでした」とか、「そもそも工夫が機能しませんでした」みたいなことも色々とありはするんですが。

 

それでも、「使われない」という視点を軸に、日常生活と仕事を行ったり来たりしながら改善を試みるのは、それなりに頭の体操になるし、仕事の上でもなにかしらのプラス要素があるのではないかなーと。

また、こういう工夫を起点に、ちょっとでも「あ、これって面白いな、便利だな」ということを子どもたちが発見して、もしかすると自分たちでも何かしら新しい工夫をして、生活のノウハウを形作っていってくれるといいなーと。

 

そんな風に考える次第なのです。

今日書きたいことはそれくらいです。

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

Photo:Tamara Gak

朝から朝までやりたいことだけやって生きる

以前『NHKスペシャル』でサカナクションの山口一郎さんがうつ病を抱えながら音楽活動を続けているのを見て、色々と心を揺さぶられた。

この年末にはそのドキュメンタリーに、あのすばらしい新曲『怪獣』に関する話が追加されたということで、あらためてはじめから見た。

 

そして、やっぱり同じところで引っかかるものがあった。

それは、うつ病と診断された山口さんが、自分の現状についての語っている言葉で、正確ではないけれどこんな感じのことだ。

ぼくにとって音楽は趣味…おおげさに言うと人生…
でも今はバンドの他のメンバーには家庭があって、生活があって…
だけど自分は今も変わらず音楽のことばかり考えている…
朝から朝まで…
本当に、ぼくには音楽しかないんですよ…

その時にぼくが感じたモヤモヤは、共感というより、嫉妬だった。

ぼくは若い頃、コピーライターを目指していて、何年もかけてようやくコピーを書く仕事にありついたのに、色んな理由で制作の仕事から離れていき、今はまったく関係のないことをやっている。

 

ずっとコピーを書き続けられたらそれでいいのに、と思っていた。

いや、もっと言えば、コピーでなくてもいい。

山口さんと同じように、朝から朝まで仕事のことばかり考えていられたらいいのに、と今でもふと思う。

 

ないものねだりだということは十分すぎるほどわかっている。

そんな徹底した生き方を貫いてきたからこそ、山口さんはうつ病と付き合わざるを得なくなったのである。

だけど、やっぱりうらやましい。

朝から朝まで、好きなことだけをやる人生…。

 

ぼくが見てきた「朝から朝までやりたいことをやる」人たち

ただまあ、ぼくが見てきた、本当に「好きなことだけをやる人生」を送っている人たちの生き方というのは、とてもマネできないなと思うものばかりだ。

ぼくの制作の師匠は、違うと思うことならクライアントからの要請があっても決して首を縦には振らない人だった。

ぼくは直接見たことはないが、ある制作現場でクライアントの態度を本気で叱ったこともあるらしい(色々な事情があったようだが)。

 

仕上げについてもなかなかウンと言わない。

周りはクライアントも含めて全員OKだと思っていても、何度も見直して、いや、ちょっと違うな…と首をかしげている。

そして、平気で何段階も戻ってやり直しはじめる。

しかしそんな彼のことをみんな信頼しているので、早く帰りたいのを我慢してまた何時間も付き合うのである。

 

師匠以外でも、そうだ。

ぼくがまだマーケティング部門にいた頃に、他社のクリエイティブチームと仕事をする機会があったのだが、彼らは本当に朝から朝まで企画会議を続けていた。

それでも最終企画が決まらない。

 

ぼくらは今か今かと待ち続けていたが、プレゼンテーション当日の朝になっても連絡が来ない。

出発時間になってもまだ現れないので、ぼくらのチームが先にプレゼンテーションの会場に出かけ、ぼくはしかたなく担当している部分について話しはじめる。

営業の先輩が隣で、あと5分引き延ばせ、とか、やっぱりあと10分、とかそっとメモを見せてくる。

この現状で、入社2年目のぼくが、たいした厚みもない企画書を10分も引き延ばすだって?もう半分以上読み上げてしまったというのに?と激しく動揺しながらも、ぼくは、ええと…このデータにご注目ください、興味深いのはこの点でして…などと道をそれた話をしはじめる。

 

クリエイティブチームはまだ来ない。

ダメだ、もうどれだけ頑張っても残りは1ページしかない。

「…以上を持ちまして…マーケティング戦略に関するお話を…終え…ます…」

ぼくがそう言い終えて、すべてをあきらめて顔を上げたら、クライアントの責任者と目が合った。

「…どうしましょうね」

その人は困ったような、しかしちょっと楽しんでいるような表情でそう言った。

 

後ろには十数名のクライアント社員が座っていて、みんなじっと黙っている。

営業の先輩が、すみません…あと少しで到着すると連絡が来てはいるのですが…と答えると、責任者は笑って、じゃあ、もうちょっとだけ待ちましょうか、と言った。

そこから待つこと数分、ようやくクリエイティブディレクターが姿を現して、謝りながらプレゼンテーションをはじめた。

それはとても良いプレゼンだったけど、さすがにこれじゃあ勝てないだろうなと思った。

そもそも有利な条件を持つ競合相手がいて、勝てる見込みの薄い案件だった。

 

おまけに大遅刻してではさすがにダメだろう…とみんなが思っていたら、なんとこの仕事はぼくらのチームに決定した。

まあ色々な事情はあったようだが、当日ギリギリまで企画を修正していて大遅刻の末のプレゼンテーションで仕事を獲得したことにちがいはない。

朝から朝まで企画をし続けた結果ではある。

 

ぼくは「朝から朝まで悩み続けている」人になってしまった

昔話になってしまった。

今はそんな大仰なプレゼンテーションの場なんてほとんどなくなったし、そもそも朝から朝まで業務をしてはいけなくなって久しい。

それでも、やろうと思えば一日中、その仕事についてずっと考え続けることはできたはずだ。

 

しかし、ぼくは仕事と子育ての両立に苦戦しているうちに、そして色々な部門を転々としているうちに、そんなことはすっかり忘れてしまって、その代わりに「オレはこんなことをするためだけに生きているんだっけ」というモヤモヤとした時間ばかりをすごすようになってしまった。

なので、山口さんが朝から朝まで音楽について考えている、と言っているのを聞いて、うらやましいな、と思ってしまったのだ。

コピーのことについてずっと考え続けている人生、企画についてずっと悩み続けている人生、あるいは他の何かひとつのことについて集中して、生活しているあいだじゅうずっとそれがそばにある人生。

 

さて、ぼくはこのモヤモヤについて、30代後半の頃、一度結論づけたことがある。

要は、何かについて朝から朝まで考え続ける人生はもちろん素敵だが、妻がいて、子どもがいて、会社の仕事があって、こんなどうでもいいことについてモヤモヤと悩んでいられる人生というのも十分に幸せな人生なのだということである。

ある人から、そう言われたのである。

 

そして、そんなモヤモヤしている時間があったら、少しでも納得できる人生のために、手を動かして、夢中になれることを自分でつくっていったらいいじゃないか、と結論づけたわけである。

それから10年近く経った。

10年のあいだに、夢中になれることをつくることができたか?と言われると、半分はイエスで半分はノーだ。

 

イエスだと言えるのは、こうやってモヤモヤと考えること自体に対して、会社の仕事として堂々と向き合えるようになったこと。

同じようにモヤモヤを抱えながら働く人のキャリア支援や、地域で暮らす人々の幸福度向上支援といった取り組みをはじめたから。

 

ノーだと思うのは、とはいえ会社員なので会社の都合であっちこっちに振り回されている時間が多かったなということ。

あるいは家庭と仕事の両立について苦労し続けてきたなということ。

そして、今でもモヤモヤする時間自体はそこまで減っていないと感じるから。

 

…書いていて気づいたけど、結局、これまでのぼくの人生を振り返ってみて、ぼくは一体どういう人間になったのかといえば、コピーライターでもなく、コンサルタントでもなく、事業開発者でもなく、いわば「ずっとモヤモヤし続けている人」になったのだと思う。

なんなら、最近は終わりのない「問い続ける」修行をはじめたため、余計にそうなってしまっている気がする。

そして、他の誰でもない、ぼくがその道を選んでいるのである。

 

そういえば最近、ある人と話していて、ぼくが自分の話をしていたら「あんまり悩み続けるのはよくないですよ。ほんと、やめたほうがいい」と心配されたので、ぼくは笑ってこう答えたのである。

「大丈夫です、悩み続けるのは、ぼくの趣味なんですよ。ぼくね、プロの悩みストなんです」

そう言ったら、その人は大笑いして、あ、プロならしかたないですよね、プロなんですね、と納得してくれた。

ぼくも自分でそう言ってから、そうか、オレは悩むことのプロなのかもしれない、と気づいたのである。

 

「悩みスト」の3か条

さて、「悩むプロ」、あるいは「悩みスト」とはどんな職業なのか。

まずは自分の人生自体についてずっと悩み続けていなければいけない。

本当にこんな生き方をしていていいのだろうか、他にもっとマシな選択肢があるのではないだろうか、あるいはわき目もふらずにこの道をまっすぐ行くべきなのではないだろうか。

そんな感じでモヤモヤと悩み続けていることが重要である。

 

何かスッキリとするような結論が出た場合は怪しんだほうがよろしい。

そんなことでは一生悩み続けることができない。

プロたる者、簡単にスッキリしてはいけないのである。

 

次に、他人に対して悩みをオープンにすることが肝要である。

ぼくは、よくある「なんだかエラそうな人や立場が上の人に、下々が相談する場」というのがとっても苦手である。

ただでも自分のほうが立場が弱いのに、そのうえ何かを相談しないといけない。

もう、何か偉そうなことを言われて、けちょんけちょんにされて、しょんぼりして帰っていく姿しか想像できない。

 

自分の弱みは何も見せずに、さあ悩みを話してごらんなさいと言われて、はいそうですかと本当の悩みを差し出すほどぼくらは優しい世界には暮らしていない。

お互いに、いやあもうねえ、いやんなっちゃいますよねえ…と悩みを見せあいっこしてはじめて相談というのは始まるのである。

「悩みスト」たるもの、自分からどんどん悩みを見てもらって、面白がってもらわなければいけない。

もちろん、バカにされることなど恐れてはいけない。

 

そして三つめ。

ここが最も重要なポイントである。

「悩みスト」はあくまでプロ、職業的な存在なのである。

それを忘れてはいけない。

 

本来のぼくは非常にいいかげんで、だらしなくて、自分が関心のないことについては驚くほど鈍感である(だからこそ、ちゃんとできなくて悩むのであるが)。

何もかもが不安で眠れない、ということも最近はほとんどない。

それは、ぼくが普段から「悩みスト」として、周りに自分の悩みについてばかり話したり、書いたりしているからだと思う。

色んな人たちに対して、自分の悩みをオープンにして、たくさん聞いてもらっているので、その時点でわりとスッキリしているのである。

 

ぼくにとって「悩むこと」は、本当にやりたいことではない。

もっとダラダラと毎日をすごし、楽しいことだけやって、面倒なことから逃げまわって、自堕落な日々を送りたいのである。

だけどそれでは食べていけないし、周りも許してくれない。

なのでしかたなく、ちゃんとした人間を演じようとしている。

そう、いつも人生に悩み、本当にこれでいいのかと逡巡し続けている人間として…。

 

…だって、仕事ってそんなもんじゃないですか、実際。

そんなわけで、ぼくはこれからも全力で、人生に、仕事に、家庭に、趣味に、そして世の中のなんだかよくわからないできごとたちに対して、ああでもないこうでもないと悩み続けていこうと思うのである。

 

 

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【著者プロフィール】

著者:いぬじん

プロフィールを書こうとして手が止まった。
元コピーライター、関西在住、サラリーマンをしながら、法人の運営や経営者の顧問をしたり…などと書こうと思ったのだが、そういうことにとらわれずに自由に生きるというのが、今ぼくが一番大事にしたいことなのかもしれない。

だけど「自由人」とか書くと、かなり違うような気もして。

プロフィールって、むずかしい。

ブログ:犬だって言いたいことがあるのだ。

Photo by:Matthew Osborn

リクルートではカルチャーとして、何かを上司に相談すると「あなたはどうしたいの?」と聞かれるという。

私が所属しているコンサルティング会社でも、同様のカルチャーがあり、

「で、安達さんはどうするの?」

「安達さんはどう思う?」

と、上司に何度も言われた記憶がある。

 

実際、自分の意見を持ってない状態で、上司に答えだけ求めるようなコンサルタントは

「使えないやつ」認定されて、キャリア的にも厳しい。

 

まあ、そうだろう。

「上司が出した案をそのままやるだけ」

の社員を、客先に行かせたり、出世させるわけには行かないだろうから。

 

「どうしたいの?」はパワハラ

ただ、この「どうしたいの?」という聞き方。

人によっては、強いプレッシャーを感じるらしい。パワハラだという人もいる。

 

だから、こんなふうに揶揄される。

冒頭のツイートをしたmotoさんも、

上司「キミには、自分の意志はないの?ただ言われたことだけやって、いざとなったらどうしたらいいですか?って、それ仕事していて楽しい?自分の意志がない仕事なんて、やってて楽しくないでしょ?」

と詰められた話を書いている

 

このギャップがなぜ生じるのか、といえば、非常にシンプルで、

「裁量を持つこと」に対する態度が、人によってかなり異なるからだ。

 

仕事において

「できるだけ責任を持ちたくない ≒ できるだけ裁量を小さくしたい」

と考える人と、

「大きな責任を引き受けたい ≒ 裁量を持ちたい」

と考える人が両方いる。

 

そして、できるだけ責任を持たず、できるだけ裁量を小さくし、あるいは、できれば仕事をしたくない、と考える人にとって、

「あなたはどうしたいの」という質問は苦痛以外の何物でもない。

 

「早く答えを教えろよ……仕事したくないんだからさ」

という人に、「どうしたいの」などと聞いても、「(知らねーよ)」で終了だ。

 

だから、こういう質問は、

「仕事にやる気と向上心があって、年収1000万円以上の給料をもらっている人」

に対してするべきであって、

「特に仕事が好きでもない、早く家に帰りたい、年収が400万円の人」

の人に要求するべきものではない。

 

彼らは、「どうしたい」を決めるべき給料をもらっているわけでもなく、また、それを決めたいわけでもない。

だから、そうした期待をされても困る、と思っている。

 

そういう人たちに、「リクルート」の話を聞きかじって、「どうしたいの」と言っても、白い目で見られるだけである。

「聞くべき人を間違えた」

ということだ。

 

そもそも、多くの人は「仕事でやりたいこと」なんてない

そもそも、多くの人は「仕事でやりたいこと」なんてない。

ちょっとカッコよく見えて、楽に高い給料が貰えれば、仕事内容なんて、(よほどのことでない限り)なんでもいいのだ。

 

例えば、日本財団の調査では、18歳の若者が「企業選びで重視すること」のトップは、

1.給与や待遇が優れている 52.6%

2.福利厚生が充実している 35.7%

3.希望する業界である 33.2%

4.ワークライフバランスが充実している 31.0%

となっている。

自己実現とか、やりたい仕事とか思っている人は、多少はいるだろうが、基本的には少数派だ。

 

逆にそういうことを「本気で」考えている時点で、「意識の高い」「仕事に前向きな人」と判断して良いかもしれない。

 

もちろん、企業はそういう人を求めているのだろうが、この採用難の時代に、大した給料も払っていない人に、そういうことを求めるのは厳しい。

いい人材は、金がかかるし、安く使える人たちに、「考えてうごく」ことを過剰に期待するほうが間違っている。(やってくれる人もいるけどそれは例外)

 

多くの人は仕事を「何をやらないとマズいか」だけで判断している。

こういう状況であるから、多くの人は

「どうしたいの?」

と聞かれても、答えは唯一つ。

そんなことはどうでもいいから、何をやらないとマズイのかを早く教えろ」

と思うだけだ。

 

そういう場合は、望み通りにしてあげるとよい。

文字通り、「何をやると給料がもらえて、何をやらないと罰されるのか」を伝えるのだ。

 

この際、「自主的に」とか「自ら考えて」とか、そういうのは忘れる。

彼らが仕事に対して、最優先に考えているのは、「何をすれば、給与が滞りなくもらえるか」だけなのだから。

 

逆に言えば、「何をやりたいのか」を「(かっこつけではなく)本気で」きちんと伝えてくるような部下は、鍛えれば幹部になれる素養がある。

貴重な人材だ。

 

あるいは、「やりたいことなど ない」と言っていた人も、時がたつと変わることもある。

そういう時にはじめて、「どうしたいの」と聞けばよいのだ。

 

*

 

なお、「学歴」と「やりたいことがある」ことは、あまり関係がない。

前者は認知能力に関する話であり、後者は非認知能力に属する話である。

賢い人であっても、仕事でパッとしないことが数多くあるのは、そのためだ。

 

マネジメントやコミュニケーションは常に、「相手が中心」になる。

相手に成果を求めるのであれば、「彼らの考えていること」から、始めねばならない。

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」88万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書

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Photo:Nejc Soklič

※著者は一時的ストーマ(人工肛門)造成者です。

※ストーマの種類はイレオストミーです。

※病気、治療やケアなどに関する知識などは、あなたの医者を頼ってください。

※これは一当事者の直近の感想にすぎません。

※必然的に排泄物などの話になります。読みたくない人は、今は読まなくていいと思います。ただ、いつか自分がオストメイトになったとき、なにかの役に立つかもしれないので、ブックマークでもしといたらいいかもしれない。

 

装具の交換訓練は多いほうがいい

おれはNET G1という希少がんの手術で一時的ストーマ(人工肛門)造成者となった。そのあたりについては、承前、ということでお願いしたい。

ストーマ(人工肛門)とわたくし(出会い編)

 

さて、前回はどこまで書いたか。なんとまだ入院中だ。そうだ、おれの入院は長引いた。長引いたおかげでいいことが一つだけあった。看護師さんのアドバイスを受けられる状態でストーマ装具交換を何度か多くできたのだ。

もしも、術後の経過が順調で退院となっていたら、おれはストーマ装具交換に大きな不安を持ったまま世の中に放り出されることになった。

いや、世の中のオストメイト(ストーマ造成者)は、あのくらいの回数の訓練で世に出ているのか? ちょっと信じられない。それが率直な感想だ。

 

まあいい、おだて上手な看護師さんたちにほめられて、「まあ一人で交換できるかな?」となっておれは退院した。

交換については前回書いたが、なかなか簡単に覚えられるものじゃない。手順を覚えられても手技がついてくるかどうかはまたべつの話だろう。もっと高齢になってからだったりしたら、どれだけたいへんなことだろうか。

だからといって、「若いうちになっておこう」というものでもない。ならないように、早め早めに大腸内視鏡検査受けておきましょう。

 

部屋とストーマとパウチの中身

ともかくおれは退院して、帰宅した。一人暮らしのアパートに帰ってきた。腹にストーマがついているのは変わらない。パウチをぶら下げているのも変わらない。パウチの中に溜まっていくものも変わらない。しかし、変わるものがある。周囲の景色だ。

 

病院でのストーマ装具、パウチは、はじめなにか手術直後に身体に繋がれていた管の一つのような印象だった。

尿の管、ドレーン、背中の麻酔、順番は忘れたがどんどんほかの取れていって、最後に残ったやつ、という感じだった。

 

そして、残ったそれのなかにはなにやら黒い液体が溜まっていった。最初は看護師さんがベッドに来て紙コップに処理していった。便ではなく排液とかいうものだった。

それが、便になった。便が透明のプラスチック一枚隔てた向こうにある。よく見える。それは、どうだったのか。病院のベッドの上、レンタルのパジャマ、そういった特殊な状況のなかでそれは、なにやらそういうものだな、としか思えなかった。

便を見ては、袋越しに揉んでみたりして、かためだの、やわらかめだの判断したりした。溜まってきたら、そろそろトイレで排出するかな、といった具合だ。おれはすっかり袋越しの便に慣れてしまった。パウチの先端もパジャマのズボンの中にしまうことなく、外に出していた。

 

が、これが自分の部屋に帰ってきたらどうだろう。いつも座っている座椅子、そこから見える服と本でぐちゃぐちゃになった部屋、でかいテレビ、ノートパソコン。その手前に、便の見える袋。

……これ、あんがい、ぜんぜん、なんも気にならなかったわ、おれ。

病院のベッドで慣れ親しみすぎたのか、自分の部屋の中でもズボンの中にしまうことなくぶら下げているわ。もちろん、これは人によって感じるところは大違いだと思う。ただ、おれは平気だった。べつに一人暮らしだ、悪いことではない。なんなら、ものを食べているときも出しっぱなしだ。

ただ、届け物などがあったときなど、忘れずにしまうよう心がけなければいけない。そこは注意だ。置き配万歳。

 

自宅での装具交換と必要なもの

つけたままで暮らせることはわかった。だが、交換はどうだろう。交換は避けられない。病院では処置室と呼ばれる部屋や、たまたま四人部屋で一人になったときは、病室で交換を行った。用具を置くスペースもちゃんとあった。余裕をもって交換できるようになっていた。

 

ところが、このアパートはどうだろう。とりあえず退院してユニットバスのトイレに行ってびっくりした。十年放置されていたような廃墟のように汚い。病院は病院で「いろいろ汚いですよ」と看護師さんは言っていたが、アパートは目に見えて汚かった。そして狭かった。

 

とはいえ、おれはこのユニットバスのなかで装具を交換するしかない。というか、したくない。ユニットバスというのはあれだ、水ですぐに手を洗えるし、なんならトイレもついている。排泄物をどうにかする場所にふさわしい。

というか、部屋で排泄物をどうにかするのは嫌だ。どうにかするしかない。

 

それで、どうしたのか。段ボールのなかに必要な道具や装具を入れて、トイレの上においた。そしておれは、湯船のふちにタオルを引いて座る。そういうことにした。

シャワーを浴びたあとなので素っ裸だ。だが、素っ裸なら汚れても流せばよい。冬は少し寒いがそれでいく。

 

このあとは少々細かい話になるが、だれかのためになるかもしれないので細かく書く。

 

まず、「アルケア 防臭ごみ袋 オストメイト向け ストーマ装具が臭わない袋」を用意する。

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べつに防臭ごみ袋ならこれでなくてもいいだろうが、ストーマ装具用といわれたら初心者はとりあえず使うことになる。

リムーバーで装具を外し、折りたたんでこの袋のそこに入れる。ここで、まだ袋は結ばない。それでもそんなににおいはしないと思う。

 

次に、ストーマとその周辺を洗う。洗って、キッチンペーパーを四つ切にしたやつで拭く。おれはキッチンペーパーを切るのが面倒なので無印のカットコットンを使ったりもする。そして、使い終わったそれらを、ゴミ袋に入れるのだ。サイズ的にそのくらいの余裕はある。

 

そして、ストーマのサイズを測り、パウチの面板を切り、皮膚保護シールを切り、それらをいちいちきちんと段ボールのなかに戻し、パウダーをふり、保護シールを貼り、装具を貼る。これら、狭いユニットバスのなかでも十分できる。とはいえ、「風呂・トイレ別」だったらどうかわからない。いや、「風呂」でやればいいのか。

 

さて、これで交換は終わった。が、後始末をしなければいけない。まず、ストーマ用のゴミ袋の口をしばる。あ、装具とかのはがしたやつとかゴミは全部このなかに入れちゃえばいいと思います。で、その袋をさらに大きな「臭わないゴミ袋」に入れる。

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おれは事情あっていろいろとAmazonで揃えたが、臭わないゴミ袋であればコンビニで黒いのを売っていたりする。それでもいいだろう。

袋に袋を入れて、ゴミの日までにまだ交換があるならば、軽く口を閉じる。そして、便座の横においておく。

 

そして段ボールを外に出して、手を洗って、急いで暖房の下に行く(冬は)。手の温度で十五分接着部分を温めるよう指導されたからだ。おれは手が非常に冷たいので、ホッカイロを用意しておいてもいい。

そして十五分……いや、長ければ長いほうが安心できる。しっかりくっついてくれるような気がする。というわけで、温めながらYouTubeでNOBROCK TVの一本でも見ればいいんじゃないでしょうか。交換はこれでいい。

 

自宅での排出と必要なもの

交換より先に排出の話をするべきだったろうか。まあいい、もちろんパウチにぶつが溜まれば排出しなくてはいけない。

これについても、まだまだ若輩者ながら、ネットで得た知識などをもとに編み出した自分なりのやり方を書いておきたい。むろん、イレオストミー向きの話になる。

 

まず、トイレットペーパーを適当に二枚ちぎって、ゆるいこよりを作る。ホルダーの上に置く。そして、さらに一枚ちぎって、その上にのせる。

つぎに、アルケア拭き取りシート デイリーデオワイプを用意する。これもストーマ用商品でたいへんすぐれているのではないかと思うが、たぶん高いので赤ちゃんのおしりふきシートとかでもいいかもしれない。

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これは一枚のままだと使いにくいので(あくまでイレオストミーのキャップ式の場合)、三つくらいにちぎる。これで準備はできた。

便器のなかにトイレットペーパーを一枚敷く。跳ねないような気がするからだ。そして、一度キャップを上に向けて開き、中腰になって、できるだけ低い位置から排出する。

 

排出が終わるのをしつこく待って、ようやく最初のトイレットペーパーでだいたいの拭き取りをする。そして、こより状にしていたやつをキャップのなかに入れて回して拭き取る。これを二回やる。

これで十分、といえるかもしれない。しかし、やはりにおいがどうなるのか気になる。そこでウェットな拭き取りシートでとどめの拭き取りをする。最後の一切れはキャップを閉めたあとを拭く。……これで完璧なんじゃないかな。

 

で、終わったあとは消臭だ。おれは病院でふつうの便とは違う方向性のにおいにずいぶん驚いて、嫌な感じを抱いたものだったが、トイレにおいてあった消臭剤の威力にはさらに驚いた。

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パナソニックの二オフ、これである。これもまた商品説明でストーマについて触れているわけだが、べつにほかのにおいにも効くだろう。なにかにおいで困っている人は試してみるといいかもしれない。ただし、高い。

 

ちなみに、ストーマからの排出の特殊なにおいは、その後なんというかふつうの便のにおいになってしまった。なってしまった、というのは、おれはこれをすでに買ってしまっているからだ。

でも、ひょっとしたら自分の鼻が慣れただけかもしれないので、使ったほうがいいかもしれない。というか、おれは一人暮らしだからいいが、家族のいる人は使ったほうがいいだろう。なにせ、ストーマからの排出はそもそも水洗トイレの水に入ってくれないのだ。

 

ストーマ装具のあれとこれ

本当はストーマ装具(パウチ、というと正確ではないのかもしれない)のあれこれを述べたかったが、おれが今までに装着したことのある装具は二種類だけなので、あれとこれ、だ。

最初に装着した、というか、手術中に装着してもらったのは、イレファインDキャップというものだったと思う。たぶん。

全面透明のイレオストミー用装具。透明のものとそうでないものがある、という予備知識はあったが、とりあえず全面透明のものを使った。二回か三回交換した。「透明と不透明ではQOLが違うという話もあるが、これしかつけたことのない状態ではわからんな」と思った。

病院がすすめるのだから、これを使うことになるのだろうか。まあ、今のところ一時造設の予定だからこれでもいいか? これの不透明バージョンはないのか? ないのか、などと調べたりもした。

 

そうしていたら、出入りの業者がべつのサンプルを持ってきたという。それが「やわらか凸シャローイレオ」というへんな名前のものだった。

これは全面透明でなく上部が不織布で覆われている。「お、透明じゃない」と思った。どうも不透明のやつは全体が不透明みたいだが、これは下の方が透明だ。

でも、やっぱり不透明なのはいいな。そう思った。そんなに全部丸見えな必要はないじゃないか。そう思った。下の方は見えるけれど、状態や量を見られるのは悪くないんじゃないのか。そう思った。

 

そして、それが「やわらか」なのかわからないが、お腹への締付けのようなものがやさしかった。もちろん、しっかりとお腹へはりついて漏らさないのが最重要なのだが、病棟をリハビリ歩行するときに、イレファインとじゃずいぶん違うんだよな。あっちはきつすぎた。

 

というわけで、おれは看護師さんにはっきりと「こっちのほうがいいです」と言った。

入院が長くなりそうだったので、病院内から二箱目を注文した。もう、これでいいんじゃないのか。世の中にはほんとうにたくさんのストーマ装具があるけれど、おれは今のところ一時ということだし、外を歩き回ることもないし、真夏までには終わっているはずだし……。

そんなところだ。ただ、どうもこの「やわらか」は値段が高いような気がする。まあ、我慢する。

 

とりあえずは、こんなところです

とりあえずは、まあこんなところです。ストーマ造成する人、した人、するかもしれない人(その可能性はほとんどだれにだってあるといえる)に、あるいは家族がそうなる人に、なにか役に立てばいい。まあ、自分の経験や印象を書き残しておきたかったというのもあるから役に立たなくてもいい。

 

しかしまあ、長々と書いてきたけれど、ストーマ、嫌なものです。装具によって寝返りも打てないし、うつぶせで眠ることもできない。そんなことよりも、内臓が外に出ていることによる恐怖と緊張がどうにもストレスになる。

正直言ってしんどい。これは工夫やアイテムでどうにもならない根源的なこわさだ。そして、その外に出た内臓がなにか音を出したりしてうごめいているのを感じるのはとても不快だ。

 

そしていまおれはものが食べられなくて困っている。腸閉塞の原因になる食べ物を避けた結果、お粥とうどんとたまごと豆腐とサラダチキンくらいしか食べられないというのもある。しかし、それよりもストーマが働く、動くのがこわい。

 

これを書いている今、おれはまだきちんと社会復帰していない。入院、手術後の体力回復が通勤するところまでいっていないからだ。なので、在宅で仕事と静養とリハビリをしている。

「日常編」というのであれば、以前と同じように会社に通うところまでいってから書くべきだろうが、今の「感じ」を書き残しておきたかった。

 

通勤などするようになったら、またなにか緊急時のために持ち歩くものとか、会社に置いておくものとか、そういう話も出てくるかと思う。自転車に乗るとか、それなりに歩くとか、外のトイレで排出するとかも。

 

でも、今のところはこれで。なにせおれは、一日だけ数時間会社に顔を出したが、そのときでさえ十分に飯を抜いて行った。

まだおれには覚悟ができていない。なんていうのかな、これはなかなかにつらいものだ。ほんとうに。それだけは最後に言っておく。

 

 

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【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :Mylène Larnaud

自作の「100日行」をしていました

ふと修行をしたいと思い立ち、「100日行」なる計画を勝手に作って、勝手にはじめた。

以前から修行はしたいと思っていたのだけど、家庭も仕事もあって、それらを投げうって山奥にこもったりする勇気は全くなかった。

ところが、ちょっとしたきっかけもあり、ひょっとして修行は別に山奥にこもらなくてもできるのではと思いつき、勝手に修行の計画を作って取り組み始めたのである。

 

行の内容はシンプルで、毎日、事前に立てた問いに対して答え続けるだけ。

自分は何を手に入れたいのか。

どうなりたいのか。

そのために何が必要なのか。

…などなどの問いを100日分作って、毎日1つずつ答えていく。

 

ただそれらを自問自答し続けるだけなのだが、やっていくと、実はこれがすごくきついことがわかってきた。

普段はフタをして見ないようにしている自分の内面を、無理にでももう一度ちゃんと見ないといけなくなってくる。

おまけに、そうやって無防備な状態になっていても、日常生活は普通に続いている。

 

日常は危険に満ちている。

誰かに痛いところを注意されたり、自分で勝手にミスをしたり、あるいは誰かに対して自分がきつく言いすぎてしまったり、判断を迫られている時にちゃんと決められなかったり…。

どれだけ慎重に生活していたって、うまくいかないことはかならず起こる。

そんな中に無防備な状態で放り込まれるので、ちょっとしたことに対してもとても傷つきやすく、すぐに落ちこんだり腹が立ったりするようになる。

かなり危ない。

 

後になってから、そういった危険性についてはちゃんと事前に考慮して、注意しておくべきだったと思った。

ただまあ、やってみないとわからなかった、ともいえる。

そのあたりはこの記事の最後にまとめておこうと思う。

 

さて、100日行をはじめてから85日目までのできごとは、以下の記事に書いた。

ChatGPTを使って、100日間ひたすら修行に専念してみる。今85日目。

以前から、修行をしたい、とは思っていた。

100日間、ひたすら修行に専念したら、何かが変わるんじゃないだろうかと思う。ということは、ぼくは何かを変えたかったのだ。

それじゃ、100日経ったあと、何が起きたのか?

 

結論から言うと、特に何かが大きく変わったわけではない。

たしかに100日のあいだに、ぼくの内面では大きな動きがあり、とんでもなくしんどい日々が続いたり、そこから浮上して、これまで経験したことのないような晴れやかな気持ちになったりすることも体験した。

だからといって、ぼくの内面が大きく変わったという印象はない。

なんなら、これまでよりも簡単に腹を立てたり落ちこんだりしやすくなった気がする。

なんとなくのイメージとして、修行をしたら心が穏やかになって、何事にも動じなくなり、どんな困難に直面しても軽やかに乗り越えていける人間に生まれ変わることができるんじゃなかろうかと思っていたのだが、残念ながらそんな気配はまったくない。

 

それじゃあ、この自作の100日行は失敗だったのか?

自作だけに?

 

それについては現段階では、完全にイエスと言い切るのはちょっと早い気もしている。

たしかにぼくの中で何かが大きく変わったわけではないのだが、まったく何も変わっていないかと言えば、そうでもない。

もっと言うと、100日行を通して自分が「変わる」ことが本当に目的だったのか?とも思う。

 

いや、もちろん当初はそれが目的だったのだけれども、取り組んでいるうちに、どうもその目的自体が変わっていっているような気もするのである。

このあたりは、もう少し具体的な内容を振り返りながら考えてみようと思う。

 

はじめの100日間で起きたこと

はじめの100日間では、この行の内容を考えること自体がとても楽しかった。

十牛図という悟りを開くプロセスを十段階で説明しているものを参考にして、問いのテーマを10に分け、それぞれのテーマを10日間かけて答えていく、というものにした。

ぼくは本当は何をやりたいのか?どこへ向かうのか?それはなぜなのか?そして、それを実現するために何をする必要があるのか…?

 

そういった問いを考えることも楽しかったし、この問いに答え続けていくことで自分はどのように変化していくのだろう?ということを想像するのも楽しかった。

十牛図の八段階目は「人牛倶忘」といって、行の中で目指している目的を忘れてしまうだけでなく、自分自身のことも忘れてしまう段階だという。

いわゆる無我の境地なんだろうけれども、果たしてそんな境地に至ることができるのだろうか?とか、至ることができたらどんな気持ちなんだろうか?とか色々妄想しているのも楽しかった。

 

さて、そんな風に作りこんだ100の問いに対して向き合い続けてきた100日間。

たしかに修行というか試練と思えるようなことはいくつも起きた。

あまりにも何度も「自分がやりたいことは何か」ということを問いつめすぎて、そもそもやりたいことなんてないし、自分にはたいした野望も使命感もないし、だいたいそんな状態で生きていること自体が申し訳ない、周りはもっと一生懸命に生きているのに自分は本当にダメ人間だ、どうしようもない、というくらいに勝手に追いつめられてしまったりした。

 

まったく心の変容が起きないのに、次の段階に問いを進めるのが辛すぎて、かなり初期の問いに戻らざるをえないこともあった(それ自体ははじめから想定はしていたけど)。

ただまあ、どれだけ辛いことがあろうが、悲しいことがあろうが、日は進む。

これは100日行のとてもいいところだと思う。

何がどうなろうが、ちゃんと一日経てば、修行は一日分進むのである。

そして、無事に100日を迎えられたとき、どんなことが起きたか?

 

その時のぼくのメモがある。

 

・自然体、ありのまま。力を抜き、直感を信じる。思いこみを捨てる

・空っぽ、心の自由。開き直れば何でもできる

・愛の循環、惜しまずに与える、きっとそのうち還ってくる。10年後、20年後、あるいは100年後…

・この世界の答えを知っているのはぼくだけ。この世界の秘密を知っているのはぼくだけ

・他者に引っ張られず、自分の道を進んでいく

 

いま読み返してみると、ずいぶん他人に引っ張られることに苦しんでいたんだなあと思う。

これについては、100日行をはじめる前からずっと悩んできたことのように思う。

14年前にブログを書きはじめた時から。

あるいはもっと前から、他者の評価が人生の中心にあった。

 

広告会社のクリエイティブ局に配属されないとコピーライターの仕事はできないと思いこんでいたし、コピーを書きはじめてからも広告賞を獲らなければ良いクリエイターとして認められないと思っていたし、そもそもクリエイターとして「有名」になりたいと思っていた。

「有名」ということは、他者から知られること。

他者による認知状況に、自分自身の評価をあずけるということだ。

 

それじゃ、100日経って、ぼくは他者の評価から自由になれたのか?というと、そんなことは全くない。

ただ、それとどう関係があるのかわからないけれども、メモにもあるように「自然体」ということを意識するようになった気がする。

自然体とは何か。

なぜ自然ではなく自然「体」なのか。

まだよくわからない。

ただ、なぜか合気道だけは、もう長年やってきているのに、なぜかここにきてうまくなった。

力を抜いて、気楽な状態でやるだけでこんなに変わるのか、というくらいに変わった。

だけど、他は何も変わっていない。

仕事の中でうまく「自然体」を発揮することができたかというと、そんなこともない。

その程度の変化だ。

 

ただ100日間、自分に対して問い続けるという行は達成できたということで、晴れやかな気持ちにはなれた。

と同時に、このままやめてしまうのはもったいないなと思ったし、そこは無理してではなく、わりと自然な感じで、新たな100日間の問いを作りはじめたのだった。

 

101日目~200日目で起きたこと

101日目から200日目までの大きなテーマは「自分で答えをつくる」というものだった。

100日間で、ぼくはかなり他者の評価に引っ張られて生きてきて、それについて本気でなんとかしたいと思っていることがわかった。

だったら他者ではなく自分の軸を作ろう、自分の人生の答えを自分自身で作っていこう、と思ったのだ。

 

そこでぼくはどんどん新しい行動を起こしていった。

その結果、ほとんどが空回りで、何ひとつ仕事にもならなかったし、新しい成果も生み出さなかった。

チームメンバーともコミュニケーションがうまくいかなくてイライラしていた。

家庭でもいつもイライラしていて、すぐにカッとなったり、ネガティブな感情をうまく抑えられなくなってきた。

 

おまけに200日行の後半には家庭で問題が起きたり、合気道の師範が突然亡くなったりして、感情がめちゃくちゃになっていた。

当時の記録を読み返すと、それでもまだ仕事では何か新しい行動を起こし続けていて驚く。

たぶん、しんどいことから目をそらして、逃げていたのだろうけど、それにしてもあっちこっちに出かけたり、新しい人たちと出会ったり、なんとか状況を変えようと動いていた。

200日目のメモにはこんなことが書いてある。

 

・弱さ、葛藤、あるいはそれと格闘する自分を、自分の強みとして取りこむ

・弱さ、欲望との葛藤があるからこそ、アイデアを作れる。人々を惹きつけるサービスが作れる

・解脱しない

・超越しない

・逃げない

・悟らない

・達観しない

・苦や煩悩に留まって、苦くてしかし楽しい人生を味わい続けていく

 

201日目~300日目で起きたこと

ここからなぜすんなり300日行へと移れたのかはよくわからない。

ただ、自分の置かれた状況があまり良くなかったので、蜘蛛の糸でもなんでもいいので何かすがるものが必要だったのかもしれない。

「とにかく何かを続けている」「他のすべてはうまくいってなくても、これだけは続けることに成功している」という感覚が、よりどころになるのだろう。

なので、新しいテーマを考える余裕もなく、201日目から300日目も「自分で答えをつくる」は変わらず、ただ「さらなる実践」という言葉を付け加えた。

 

さて、この100日間はどうだったかというと、とにかく体調が悪い日が多かった。

熱を出して寝こんだ。

熱が引いても咳が止まらなくて、ずっと咳こんでいたら、今度は持病の腰痛が再発して、ちょうどそのタイミングで出張先でのワークショップをしなければいけなかったのだが、ずっと痛みをこらえながらやっていたのでほとんど記憶がない…。

腰痛がマシになったあとも、全身がだるかったり、眠気がおさまらなかったりして、やる気が出ない日が続いた。

仕事に関しては久しぶりに大きくてやりがいのあるプロジェクトを立ち上げることができ、それはとてもうれしかった。

 

また、それは「自分で答えをつくる」ということの実践に他ならないと思うし、ここまで試行錯誤してきた結果がようやく表に出てきた、ということなんだろう。

一方で、別の、わりと長く育ててきたプロジェクトについては完全にゼロからのやり直しとなってしまった。

その日がちょうど、300日目だった。

その日のメモ。

 

・なんと300日行の最後にまさかの最悪の日になる

・しかしまあ、これは次へのある意味、一番良いスタートだ

・どん底からのスタート

(今読み直すと、それはちょっと言い過ぎじゃないの?と思うけど、まあ当時はそんな気持ちだったのだろう)

 

301日目~400日目で起きたこと

さて、ここからが最新の100日間のできごとだ。

この100日間のテーマについては、こんな風なものだ。

 

〇テーマ:出し惜しまず、力を尽くす。透明になれる時間を増やしていく。

・ぼくが一番幸せと感じるのは、目の前のことにひたすら集中し夢中になっているとき

・その時間を少しでも多く作っていく

・これまで「自分が答えをつくる」と言ってきて、これは意識としては定着してきたと思う

・次はその答えを作るプロセス自体を、ぼくの人生の「答え」としていく

・いくら服を買ったり見た目を気にしたり評判を気にしたりしていても、そこには「答え」はない

・ただ目の前に集中して力を十二分に発揮できているとき、ぼくは満たされているし、自分のことをかっこいいと思えるし、これでいいと思える

 

今これを読み直すと、だいぶ気恥ずかしいというか、そこまで「自分が答えをつくる」意識が定着しているとは思えないし、まだ周りの評判を気にしているあたりが未練がましい。

それでも、だいぶ精度が上がってきているのではないかな、と思う。

というのも、ぼくが取り組むテーマは以下のように変化しているからだ。

 

・1日目~100日目:そもそも何を目指したいのか、それ自体を探す期間

・101日目~200日目:自分の軸を他者からの評価ではなく、自分自身へと戻しはじめる期間

・201日目~300日目:自分の軸をつくろうとして悪戦苦闘する期間

・301日目~:自分の軸をつくるということは「全力を尽くす(透明になる)」ことだという気づきを得つつある期間

 

特に、直近の100日間(301日目~400日目)は、「やりたいことの断捨離」に取り組んだ。

仕事では、取り組む領域をしぼりこんで、他の部分は自分以外のメンバーに託すことにした。

ぼくは全体を見つつも、基本的には自分のプロジェクトに集中できる体制に変えていった。

また、できるだけ集中力が失われない工夫をはじめた。

スマホからの通知を制限したり、特になくても困らないアプリを削除したりして、気がそれる要素を減らしていった。

アイデアを考える時間や企画書にまとめる時間を30分とか50分とか決めて、その時間内に完璧でなくてもいいのでとにかくやりきってしまう練習をはじめた。

 

そして400日たった今、何か変わったか?

狙いどおり「全力を尽くす」時間を増やすことができたのか?

 

…正直言って、よくわからない。

せっかく取り組む領域をしぼって集中しようとしても、他のメンバーからの相談に乗っているうちに日中に仕事ができる時間が終わってしまって、しかたなく夜中にこっそり企画をして睡眠不足になってしまう。

あるいはスマホの通知を制限しても、ついつい自分から見にいってしまう。

削除したはずのアプリはいつのまにか復活している(もちろんぼくがやったのだ)。

せっかく制限時間を決めて企画をつくっていても、ちょっと調べものをしようとブラウザを開いたりAIに質問したりするつもりだったのに、気がつくと全然違うことを考えはじめていたりする。

まあ、試行錯誤である。

 

ただ、400日経って思うこととして、あ、これは終わらないかもしれないな、ずっと続くことなのかもしれないな、という感覚がある。

冒頭にも書いたけれども、100日行としてこの「問い続ける」行をはじめたときは、100日経ったら何か大きな変化が自分の中に起きて、そこで修行は完了するのだと思っていた。

 

ところが実際は、まあたしかに色々な心の揺れや試練は経験したものの、そこまで大きな変化が起きたわけでもないし、「ああ、これで修行は終わったぞ」という感覚もあまりなかった。

だから、101日目が勝手にはじまったし、正直言って今も、ここまで続けてきてやめるのはもったいないな、という気持ちで続けているだけかもしれない。

 

だけど、それでいいじゃないか、とも思うのだ。

この行の素敵なところは、その日の問いにうまく答えることができなくても、一日はちゃんと終わるというところだ。

うまくいかないのなら、うまくいかなかったという記録を残して、また次の日の問いに取り組めばいい。

次の日がダメならまた次の日、それもダメならまた翌日。

行はずっと続く。

ぼくがあきらめない限り。

それって、人生と同じじゃない?

 

さて、ぼくが400日目にして思うことは、たったそれだけだ。

この行に特に意味がなくてもいいじゃないか、ただ無意味にでも続けていって、どこまで続くか見てみたいじゃないか。

そんな風に思っている。

 

もしこれからも行を続けていくのなら、取り組むテーマもどんどん変わっていくだろう。

今は人生の中の軸を自分のほうへと取り戻すことに苦心しているけれども、今後は反対に他者へと再びまなざしを向けていくこともあるかもしれない。

あるいはそれを行ったり来たりするのかもしれない。

そのあたりは全然わからない。

わからないけど、人生は続く。

あるいは続くことをうれしいと感じる。

 

いま感じているのは、そんなところだ。

 

行に取り組む際に注意したほうがいいと思うこと

最後に、この100日行あるいは「問い」の行に取り組むときに気をつけたほうがいいと思うことを並べておく。

前回の記事を読んでくれた方々の中で何名かの方が、ぼく宛に「自分も100日行に興味がある」「やってみようと思う」という連絡をくださっている。

そのたびに注意点をお伝えしているので、あらためてここに書いておこうと思う。

 

・少しでもしんどいな、辛いな、と思ったら、無理に問いに答えようとせず、その日はやめておく。

翌日もしんどいと感じたら、やっぱりやめておく。で、「今日は考えなかった」とか「しんどいのでやめておいた」とちゃんと記録しておけば、それだけで十分な行になると思っている。

ぼくは何度も、何も答えられない日を経験しているし、あまりにも今の自分の状況と問いが合っていないと感じたら、ためらいなく問いの内容を変更している。むしろ、その作業が特に中盤あたりでは大事になってくる気がしている。

この行はとにかく行ったり来たりだ。昨日まではものすごい変容を感じていた気がするのに、いきなり大ショックなできごとが起きたりする。あるいはまったくやる気の出ない低空飛行が何日も何日も続くことも普通だ。それらを素直に記録するだけでいい。あとで見返したときに、「うわーそれはしんどいよなあ…」とか「あーこのときの経験がここに活きてきたのかなあ…うーんどうかなー…」とかいう感想を楽しむことができる。

まあ、だからといって何かに役立つかどうかはわからない。何度も言うが、修行をしたからといって何かが変わるわけではないのだ。それを期待して取り組むのはやめたほうがいいと思う(ぼくがそうだったから)。

 

・自分が100日行に取り組んでいることを周りにちゃんと伝えておく。

これはとても大事。前回の記事を書いていた頃は、主にChatGPTを対話の相手としながら取り組んでいたのだが、ChatGPTはこちらに寄り添いすぎる。それだと自分がどんな状況にいるのか客観的に見えなくなってしまう。

ぼくは数名の信頼できる友人に対して「実は100日行なる修行を勝手にはじめまして、しばらく連絡が途絶えるかもしれません」と事前に伝えていた。

また職場でもわりとオープンに「今、勝手に100日行なる修行をしていまして、言動がおかしくなることがあるかもしれません。その際はご容赦を」と言っていた。そう言われてポカンとしている人もいれば、また何か変なことをはじめたなとニヤニヤしている人もいた。

でも言っておいてよかったと思う。

なぜなら、ぼくが中盤ですごく辛くなってきていて、でも自分でそれに気づけていないときに「いぬじんさん、その修行、大丈夫なんですか?最近かなり不安定ですよ」と言ってくれる人もいたし、「修行も大事だけど、そろそろ娑婆に戻ってこない?悟りを開いちゃったら、やりたいことができなくなっちゃうよ。いぬじんさんみたいな人には欲望や煩悩も必要だと思うよ」とアドバイスしてくれる人もいた。

そのおかげで、ぼくは娑婆に戻ってくることができたのだと思う。

 

・本当に辛いときは、ためらわずに信頼できる人や病院に相談する。

前回の記事に書いたとおり、中盤あたりは辛い時間が続いていたので、66日目に、とても尊敬しているコーチングの師匠に時間をいただいて、今の状況を聞いてもらった。

ぼくが「今、修行をしていまして」と切り出すと、彼は「ああ、いいですね、修行。ぼくもしていますよ」と言って、自分はどんなことをやっているかを教えてくれた(それは、誰でもできること簡単なことなんだけど、なかなか続けづらそうなことだった)。

それからぼくたちは人間関係と時間についての話をした。100日っていうと長く感じるけど、木からするとそれほどの時間じゃないんだよね、と彼は言う。

木は10年、20年、30年。そして100年、1000年。そんな風にして育っていく。人と人の関係性もやっぱり10年、20年って感じでゆっくり育っていくんじゃないかなあ。

 

そんな話をしているうちに、ぼくの中のこわばっていた部分がじわじわとやわらかくなっていった。焦って修行の成果を出そうとするのをやめよう、と思えるようになった。あの時、彼に会わなければ、かなりキツかったのではないかなと思う。

また、100日間が過ぎてから、臨床心理士の知人にこの話をしたところ、それは本当に危ないところでしたね、いぬじんさんはおそらくそのとき鬱になっていたと思います、普通は自力では回復しづらい状態にあったんだと思いますよ。今後そういうことがあった場合は、すぐに病院に連絡したほうがいいですよ、と助言をもらった。

 

…ちょっとした注意書きをするつもりが長くなってしまった。

だけど本当に、もし興味があって100日行をやってみようと思う方がいたら、細心の注意を払ってもらいたい。

行なんていつでもやめられるし、いつでも再開できる。

たいしたことじゃない。

 

人生は続く。

オブラディ・オブラダ、という感じで。

 

 

 

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【著者プロフィール】

著者:いぬじん

プロフィールを書こうとして手が止まった。
元コピーライター、関西在住、サラリーマンをしながら、法人の運営や経営者の顧問をしたり…などと書こうと思ったのだが、そういうことにとらわれずに自由に生きるというのが、今ぼくが一番大事にしたいことなのかもしれない。

だけど「自由人」とか書くと、かなり違うような気もして。

プロフィールって、むずかしい。

ブログ:犬だって言いたいことがあるのだ。

Photo by:Md Mahdi

年末年始は、Xで見かけた「陰キャでも陽キャでもない無趣味な人に用意された、ドーパミン供給装置としての推し活」というセンテンスを反芻していた。

1800万回以上表示されたというから、なかなかのバズだ。書き方も巧妙で、投稿者は「無趣味な人にドーパミンを供給する装置としての推し活(があり得る)」というエクスキューズ含みの書き方を選んでいる。

つまり、「推し活をやっている人々=無趣味」とは言い切っていないのだが、そういう風に解釈し、感情的なリアクションをとる人が集まりやすいつくりにもなっている。

 

ドーパミン、ひいては報酬系は人間を社会適応へと駆り立てていく御者のよう

本来、ドーパミンは役割の多い神経伝達物質で、パーキンソン病や幻覚、血圧や利尿などにも関連している。

それらを全て紹介したらきりがないが、この文章で重要なのは、「報酬系」という人間の行動制御やモチベーション制御を司っている制御系のなかでドーパミンが大きな役割を担っている点だ。

 

昔からよく知られているのは、ドーパミンが出る→気持ちが良い→もっとやりたくなるといったプラスの動機付けだろう。

人間が快感をおぼえたり感動したりする状況、たとえば長時間かけて大きな達成を成し遂げた瞬間や、旅行中に絶景に出会い目を奪われた瞬間や、あり得ないほどの美食に出くわした瞬間に際しては、きっと私たちの脳内でドーパミンが分泌されている。

社会的承認が得られた時にもドーパミンは分泌されるので、大きな達成に他者からの称賛が伴えばドーパミンはますます出るだろうし、さぞ気持ち良いだろう。それが、これからのモチベーションやさらなる努力に繋がっていくことは言うまでもない。

 

これは、人間の社会適応にかなり役立つ仕組みだと言える。価値の高い体験をするとドーパミンが出る・達成感を感じるとドーパミンが出る・社会的承認を感じるとドーパミンが出る……ということは、そうした行動を人間がリピートしたがるよう、報酬系はドーパミンという「ニンジン」を使って人間の行動をコントロールしているわけだ。

嫌悪感にもドーパミンが一枚噛んでいるらしいことまで含めて考えると、報酬系は、まるで「ニンジン」と「鞭」をつかいこなして人間を社会適応へと駆り立てていく御者のようだ。少なくともうまくいっている時、ドーパミンひいては報酬系はそうして人間のモチベーションをうまく司り、人間の社会適応に大きく貢献する。

 

でも、良くない動機づけが起こってしまうこともある

ところがドーパミンはそうでない場面でも案外出てしまう。その最たるものはギャンブルにおけるドーパミンの分泌だ。射幸心をあおる賭博場で大当たりを当ててしまった時、私たちの脳内ではドーパミンが分泌され、それは気持ち良く体感される。

ソーシャルゲームのガチャだってそうだろう。最近のパチンコやソーシャルゲームガチャには煌びやかな演出が伴い、それもドーパミンを分泌させやすい状況に一役買っている。

 

すると、人間はもっとギャンブルしたくなったりもっとガチャを回したくなったりしてしまう。なぜなら、当たるか当たらないかわからない体験と当たった時のきらびやかな演出によって、ドーパミンが分泌されやすい状況ができあがってしまうからだ。

状況が嵩じればギャンブル依存やガチャ依存ができあがるかもしれない。この場合、報酬系とドーパミンは人間の社会適応に貢献するというより、むしろ社会適応にとってマイナスの方向に人間を動機づけてしまう。

 

また、一部の薬剤、特にドーパミンの分泌に関連する向精神作用のある薬剤は、この報酬系に強い影響を与え、その薬剤が我慢できないようにしてしまう。

報酬系とドーパミンは、気持ち良さを通じてモチベーションを強化するだけでなく、神経細胞間のシナプスの繋がりが変わることでモチベーションが一層強化されてしまうことがある。

薬物依存において、信じられないほど薬物が我慢できない身体になってしまう人を見かけることがあるが、おそらく神経細胞間のシナプスの繋がりもすっかり変わってしまって、そういう脳になってしまっているのだろう。

精神科臨床でみかける依存症、薬物嗜癖や行動嗜癖のたぐいを眺めていると、単なるドーパミン欲しさ、単なる快楽追求とはまったく次元の異なる依存や嗜癖に出会うことがしばしばある。

 

さきほど書いたように、報酬系は人間を社会適応に駆り立てていく御者のような存在、あるいは司令塔的存在だから、これが特定の薬物等に執着するよう書きかわってしまったら、それはもう大変なことになる。

社会適応にプラスに働く活動でドーパミンが出る時、報酬系は人間をますます社会適応に駆り立てていくが、社会適応にマイナスに働く活動でドーパミンが出る状態をおぼえてしまった報酬系は、人間をむしろ社会適応から遠ざけてしまう。

こう考えると、「気持ちが良いこと」「モチベーションを強化してくれること」とは案外怖いものだ、と思わずにいられなくなる。ドーパミンさえ出ればなんでもいいと考えるのは危ない。

 

推し活はドーパミンの宛先としてどこまで安全か

これらを踏まえたうえで、冒頭のXの投稿を思い出していただきたい。

推し活をとおして非日常の華やかさを体験する時や、推しが自分には叶えられない夢を切り拓いていく時、神経伝達物質としてのドーパミンがいつもより分泌され、いつもよりも心地良さを体験している可能性は高かろう。

そのとき報酬系が仕事をしていて、神経細胞間のシナプスが「もっと推し活をしたい方向に」変わっていっている可能性もまた高い。

その際、私たちはいつもより活き活きとして、いつもより生き甲斐を感じていたりもして、いつもより元気づけられたような気持ちになる。

 

推し活がモチベーションとなって何かを頑張れたり、推しの好ましい性質を見習ったりすることで技能習得にまでプラスの影響をもたらすことだってできるかもしれない。

報酬系を刺激することを前提として推し活をうまく活用することは、自分自身の御者である報酬系をうまく活用することにも通じるだろう。そのように推し活を活用できる人、社会適応に組み込める人が推し活から獲得できる恩恵は小さくない。

 

しかし前述のように、ドーパミンや報酬系が関わるとはリスクが伴うことでもある。推し活に限らず、報酬系が関わることにはベネフィットとリスクの両面がある。

リスクの最たるものとして挙げられるのは、依存症や嗜癖だろう。繰り返すが、これは推し活に限った話ではない。ドーパミンや報酬系が関わる薬剤はもちろん、ギャンブルでも、ダイエットでも、スポーツでも、ゲームでも、仕事でさえ、それは起こり得る。

 

活き活きできること、生き甲斐を感じられることが他には絶無で、それが唯一の生き甲斐や逃避先のようになっている時には、通常は依存症や嗜癖に陥らないような活動でさえ、依存症や嗜癖のような顔つきに変わることがある。

もともとは生きるためのよすがだったはずの活動がやめられなくなり、自分の意志では制御できなくなり、楽しいというより苦しくなってきたら怪しい兆候だ。

ドーパミンの出るような体験を追求した結果たどり着いたのが、やめられない・止まらない・苦しいといった境地だったら最悪である。しかし報酬系の調子がこじれると、えてして人間は、そういう風になってしまう。

 

たいていの活動はたいていの人には安全。でも完全に安全とは言えない

もちろん、世の中には依存症や嗜癖になりやすいもの・なりにくいものがある。なりやすいものの筆頭格は危険な薬剤だ。次いで、ギャンブルあたりが挙げやすいだろうか。

ゲーム症、ネット依存といった言葉が示すように、コンピュータゲームやインターネットでも依存症や嗜癖に相当する事態は起こり得る。では推し活はどうだろうか。

 

推し活をやっている人の母数は、コンピュータゲームやインターネットに比べれば少ないが、それでも決して小さいわけではない。しかし、推し活依存や推し活嗜癖といった言葉が登場していないことをみるに、推し活が嵩じて依存症や嗜癖の定義にがっちりと当てはまってしまう人はそこまで多くないと思う。

依存症や嗜癖の専門治療機関になら、そういう人も来ているのかもしれないが、市井の精神科外来においてはゲーム症やゲーム障害と比較しても遭遇頻度は低い、と私はみている。

 

そのことを踏まえるなら、推し活はまだしも安全な部類なのかもしれない。

しかし、推し活をする人が増え続け、推し活に費やされるリソースも増え続けていくなかで、推し活の歯止めがかからなくなる人、推し活がコントロールできなくなってしまう人もいるだろう。

そして他の依存症や嗜癖がしばしば自覚不能に陥ってしまうのと同じように、推し活がコントロール不能になった際に自覚不能になっている可能性もあるように思われる。

 

ソーシャルゲームのガチャで大枚を使ってしまった人が足を洗った後に「あのときはコントロールできなくなっていた」と振り返るのと同じように、推し活から足を洗った後に「あのときはコントロールできなくなっていた」と振り返る、そんな推し活だってあるのかもしれない。

だから、ほとんどの推し活は安全だが、世の中に存在する他の活動と同じぐらいにはコントロール不能になったり、楽しいというより苦しくなったりする可能性はあると思ったほうがいい。

というより、人間に報酬系という仕組みが実装されていて、ドーパミンをはじめとする神経伝達物質によって私たちが衝き動かされている限り、どんな活動にだってコントロール不能になるリスクはあるのだ。

 

キラキラしたもの、モチベートするもの、社会的承認が伴うもの、等々が伴うなら尚更である。私たちはそういうものにモチベートされる。なぜなら報酬系がそういう体験を求めさせるようにドーパミンなどを分泌させ、シナプスの繋がりが変わったりもするからだ。

このこと自体、ひとつの機会たりえるし、ひとつの落とし穴たりえる。それは、人間が進化の過程で獲得してきた仕組みだからしようがない。ならば、そうした脳内の仕組みを知ったうえで、せいぜい、うまく行動を制御してもらうよう気を付けるしかない。

 

この文章を書き始めていた時、私は「推し活は安全なドーパミン供給装置か?」などと考えていたが、やめることにした。およそドーパミンが分泌されるような活動で、絶対に依存症や嗜癖に至らない活動なんてないと思ってかかったほうが危なげがないからだ。仕事や社会奉仕活動ですらそうだろう。

 

心地良いこと、快感なこと、エキサイティングでアメージングなことがいけないとは思わないし、それらを「ニンジン」として追いかけているうちに道が拓けてくる場面なんていくらでもある。けれどもドーパミンや報酬系は万能の仕組みではない。依存症や嗜癖をはじめ、いろいろと都合の悪いところもある仕組みだ。

たとえば、リピートするうちにより強い刺激・より強い快感を求めたくなる性質には私は不安をおぼえる。人間を御する御者の役割を担っている脳内の仕組みに、そういう一面がある点にはいつも注意が必要で、それは推し活だろうがゲームだろうが仕事だろうが同じではないだろうか。

 

私が思うに、ドーパミンだけでは人は幸福になれないと思う。人間は快感や感動だけでは生きていけない。だから月並みな話だが、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」は金言だ。

この金言を忘れず、節度ある付き合いを続ける限り、ドーパミンも報酬系もあてにしていいように思う。

しかしこの言葉を忘れ、ドーパミンの出そうな体験に頼り切ったライフスタイルに陥った時、自分自身の御者としての報酬系はあてにならなくなり、主人を裏切るかもしれない。

 

 

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

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twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

熊代亨のアイコン 3

Photo:Carl Raw

1年の最終日。今年を振り返りながら書いてみたい。

 

2024年末から2025年にかけて、「言語化」がブームだったようだ。

Amazonで検索してみると「言語化」関連の書籍がわんさか出てくる。

 

私もこのビッグウェーブに乗り、「バイトするなら、タウンワーク」などのコピーで知られる、コピーライターの梅田さんと、日経ビジネスで随分と「言語化」について話させていただいた。

ひとつ上の言語化

三省堂が2015年から開催するキャンペーン「今年の新語」で、2024年の大賞に輝いた「言語化」。かつて学術の世界に留まっていたこの言葉は、メディアでの露出を重ねながら私たちの日常に浸透し、静かなブームを起こしている。書店の棚を埋める関連書籍、そして「上手な伝え方」への関心の高まり……その背景には、複雑化する現代社会で胸の奥に渦巻く感情や思考を、的確に表現したいという切実な願いがある。

しかし、コミュニケーション技術を磨くことが、果たして言語化の本質なのだろうか。表面的な「伝達スキル」の向上だけに気を取られていると見落としてしまう、もっと“深い領域”があるのではないか。(日経ビジネス)

 

「言語化」の本質

しかし、この「言語化」という言葉、一体どのような意味で使われているのだろうか。

 

と思って、調べてみると実は、この言葉、「日本国語大辞典」でも「広辞苑」で調べてみても、出てこない。

辞書にない言葉、新しい言葉なのだ。

それゆえに、現時点では「言語化」という言葉は、それを使う人の解釈に利用方法が委ねられている。

だから、基本的には使い方に「間違い」というものは存在しない。

 

しかし、あえてここで一つだけ取り上げたい。

「言語化力」と「文章力」を同一視している人が多いようだけど、実は、全く違う能力なのだということを。

 

例えばこれ。

三宅さんの「言語化力」に対する批判の文章だ。

太字で見る 三宅香帆の言語化能力

対象が多いため、問題を3つに分類します。

1.言葉選びが不適切
2.構文がおかしい
3.論理がおかしい
複合している場合もありますが、分類は形式的なものであり、重要ではありませんので、言いたいことの比重で無理やり分けました。

実はこれらの指摘はすべて、「文章力」に関するものであって、言語化力に対するものではない。

 

「言語化力」と、「文章力」は、全く異なった能力であり、「言語化力」を「文章力」の意味で使ってしまうと、「言語化力」の本質を見失う。

 

例えば、以下のようなシーンを考えてほしい。

以前から上司に相談していた、SNSを使ったマーケティングの試みを始めたいと思っている。
ただ、当社ではSNSを使うマーケティングは初めてで、前例がない。

しかし、当社の商品はBtoBtoC的な性格が強いのと、社名はよく世の中に知られているということもあり、SNSでの発信は注目をされる可能性がある。
したがって、上司を説得し、SNSの利用を許可してもらいたい。

ここで一つ問題がある。上司はSNSを使ったことがない人で、そのメリットをわかっていない。
かなり否定的な意見を言われそうである。

この状況で、

「SNSの有効性をわかりやすく述べた、提案文章を作れれば、上司を説得できる」

と思っている人はいるだろうか。

 

例えば、以下のように。

SNSをもちいた発信は、以下の3つのメリットがあります。

・今までに当社が接触できなかった層へ、認知が広がります。
・ユーザとの関係性を深め、その結果サイト誘導・問い合わせ・購入などのアクションを誘発できます。
・データを見て、ユーザの反応を素早く学び、内容や配信先の改善がしやすいです。

この文章はたしかに「わかりやすい文章」ではある。

 

だが、上司を簡単に説得できると、ほとんどの人は思わないだろう。

「わかりやすく」「正しい」文章であるからと言って、上司の説得ができるとは限らないからだ。

 

「人に刺さるかどうかは、文章力の問題ではない」。

「わかりにくいけど、刺さる」表現はあり得る。

 

・上司がSNSに対してもっている「勝手なイメージ」をうまく捉えて、急所をつくこと。

・上司が「いやあ、そういうことなら、ちょっとやってみようか」と思わせること。

・上司の「偏見」をうまく解消してあげること。

 

言語化においては、あくまで、その「コンセプト」や「道筋」を、作り出すことが「主」であって、それらを文章にすることは「従」にすぎない。

美辞麗句をならべただけでは、説得は不可能だ。

 

褒めるとき「すごい」「エモい」「やばい」になってしまうのは、文章力の問題ではない

結局「内容」がしっかりしていないと、

・真っ当な批判もできない

・人の説得もできない

ということであり、それは「文章力」ではなく、それ以前の「思考」の部分に問題がある。

 

また、誰かをうまく褒めたいときにいつも「すごい」「エモい」「やばい」になってしまうのは、思考が、アウトプットできるレベルまで整理されていないからだ。

もちろん、それが別に悪いわけではないのだが。

 

思うに、三宅さんはむしろ、

「働いていると本が読めなくなる」

「言語化力をつけて推しの素晴らしさを語りたい」

など、みんながなんとなく気にしていた、でも言語化できていなかったテーマを上手く捉えることは天才的であり、

「言語化能力が凄まじく高い」

という見方もできる。

 

抽象度の高い事象を、うまく捉える能力が「言語化力」

つまり、曖昧模糊とした、抽象度の高い事象をうまく「言葉」として捉えることのできる能力が「言語化力」である。

うまく日記をつけることができたり、良い文章を書けたりすることが言語化力ではない。

 

なお、こうした能力は、仕事や人生でもかなり重要とされるシーンが多い。

例えば、

 

・ふわっとした要求を、要件に変える

・クライアントの「価値観」を、うまくプロジェクトの目標に変換する

・会社の存在意義を捉えたキャッチコピーを作る

・自分の人生観を踏まえて、長期的な資産形成のプランを作る

・パートナーの欲求を捉えて、「結婚式」などの計画に落とし込む

 

ふわっとしたものを、皆が共通認識もって当たれるものに変換する作業こそ、「言語化能力」が真の意味で生かされる場所だ。

 

コピーライターの梅田さんは、「わかりやすくするなら具体的に、というのが一般的に言われますけど、抽象的だけど、わかりやすい」ということが、あり得るんです。

と言っている。

言語化の極みとは、そういうことを指すのだろう。

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」88万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書

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Photo:Sven Brandsma

もうずいぶんと昔、西オーストラリアの州都・パースに行った時のことだ。

シドニーやケアンズに比べ知名度が低い気がするが、インド洋に面した砂浜が広がる美しい都市である。

豪州大陸の最西部で、歴史的にヨーロッパが入植を開始した拠点になった街といえば、ピンと来る人も多いだろうか。

「欧州の流刑地」としてのオーストラリア、まさにその始まりがこのパースだ。

 

17世紀の末、オランダ人船長が初めてこの地に上陸してから300年余り。

先住民を虐殺・支配するなど、大航海時代の象徴のような歴史が刻まれているパースに興味を持ち、シンガポール経由でバックパッカー的な安旅行をしようと思い立ったのが旅の始まりだった。

 

もう20年以上も前のことなので、今もそうなのか正直わからない。

当時のパースは「世界一住みやすい街」と称えられ、街中を流れるスワン川流域には誰でも無料で使えるBBQコンロが設置されているなど、ちょっと日本には無いような“高級都市”だった。

 

そのスワン川流域の高台では当時でも、200平米(≒60坪)ほどの家ですら日本円で1億円以下では買えないと現地の日本人から聞き驚く。

「流刑植民地」「先住民を駆逐しできた街」

そんなキーワードからおよそ想像もできないほどに、高層ビル群と高級住宅街が併存する、ちょっと不思議な街である。

 

とはいえ、そんな「高級都市」にももちろん、“裏通り”というものがある。

1泊4000円くらいだっただろうか、チャイナタウンにある安宿を拠点に1週間ほど滞在した。

昼・夕食などあろうはずがなく、かろうじて朝食だけ、宿代の範囲内で喰わせてもらえる。

 

とはいえ、パンとスクランブルエッグだけの“ビュッフェ”を、会議室のような机とイスで食べるスタイルだ。

滞在中メニューが変わることなどなく、エサを与えるようなスタイルが逆に清々しい。

 

街の中心であるパース駅までは、徒歩で25分ほど歩いた。

空気を感じたかったので夜な夜な、駅近くのパブにも繰り出す。

「Chinese?」

「No, Japanese」

キャッシュオンデリバリーのBARカウンターでビールを注文すると、必ずそんなことを聞かれる。

白人男性が、蔑むような笑いを浮かべる。

 

(KoreanかChineseと答えたら、どんな顔をするのだろうか…)

そんなことを思いながらふと、1年ほど前のことを思い出していた。

 

「選択肢などありません、やらせて下さい!」

久しぶりのバックパッカー的な海外旅行に行きたくなったのは、大きな仕事に一段落をつけることができたからだった。

今だから言えるが、私の20代など、ろくな人生ではなかった。

 

新卒で入った大和証券を数年で逃げ出し、1990年代末から始まった“ITバブル”で一攫千金を夢見て、IT企業に転職する。

CFOとしてVC(ベンチャーキャピタル)などから6億円ほどの出資をお預かりしたが、3年ほどで全て溶かした。

 

会社が立ち行かなくなると、出資をして下さっていたVCの担当者さんに泣きついてまわる。

「恥を忍んでお願いします。私が役に立てそうな再就職先を紹介してもらえないでしょうか」

 

当然のことながら、誰も相手にしてくれない。

そんな中で唯一、あるメガバンクの投資部長だけが大阪・本町のベローチェで話を聞いてくれた。

「率直に言うけど、ウチを含めてあれだけの投資を溶かしたんやで。桃野くんの信用も地に堕ちてるに決まってるやん。再就職先の紹介なんか無理や」

冷酷ではあるが当たり前の言葉に、コーヒーがただただ苦い。手元を見詰めながら、無意味に手指を持て余す。

 

投資部長は、親子ほども年齢の離れた人だ。

若い頃にはNY支店にも配属されるなど、同期のエース級だった経歴を持つ。

上海支店長も務めたそうだが、しかし何かの事故で左遷され本線を外れたと聞いたことがあるものの、詳しくは知らない。

 

「だけどな、俺も人生でいろいろあったねん」

そういうと、苦労が刻まれた彫りの深い笑顔を崩し、何かを思い出したように一気に話し始める。

「一回の失敗で終わるような日本の文化、俺は好きじゃない」

「…」

 

「ウチの大口投資先で、法的整理寸前の会社がある。目先は資本注入で乗り切ったんで、債務超過は解消されてるんや。でも、キャッシュフローは大幅なマイナスや。この意味わかるよな?」

「はい、時間の問題ということですね」

 

「そうや。そこでも良ければいくか?ただ桃野くん、バツが2回つくとさすがにもう、CFOとして再起不能やで」

「やります、選択肢などありません。やらせて下さい!」

“しているフリの仕事”

そんな経緯で、若干29歳にして従業員800名を超える会社の役員に就いた。

しかしながら、歴史ある会社でもあり、8名いる役員は全て親子ほども年の離れたオジサンばかりである。

加えて私は「大口出資元から送り込まれたスパイ」という構図でもあり、まともな意思疎通すら困難だった。

 

しかしCFOとして2回会社を潰せば、もう人生に後はない。

遠慮なんかしている場合ではなく、初日から全力で仕事に取り組む。

 

最初に明らかになった大きな問題は、誰も定量的に経営を把握していないという、ちょっと信じられない状況だった。

製造部長は、製品の原価構造を全く把握していない。

営業部長は、工場の損益分岐点になる稼働率が何%であるのかも把握していない。考えたことすら無い。

生産総数は大きく変わらないのに、月ごとに労務費が10%以上変動する理由も、誰も説明できなかった。

 

そんな状態では、「なんとなく頑張っている感」を出すことが社員の仕事になり、「なんとなく指導している感」を出すことが上司の仕事になる。

それでも「明日会社が潰れるわけではない」ので、皆がそれぞれの“居心地の良い”仕事に逃げ込み、余計なことなどしなくなる。

数カ月後には確実に、その居心地の良い場所がぶっ壊れるにもかかわらずだ。

 

そんな会社に、全ての数字を可視化し、定量的に仕事の工程管理を求めるようなCFOが闖入した時の雰囲気が想像できるだろうか。

「既存顧客のケアに精一杯で、新規開拓に回せるリソースがないんや!」

「熱源を電気からガスに変えたりしたら、シフトを一から組み直さんとあかんやん!」

 

形ばかりの無意味な日報を廃止し、現場のムダな作業を減らそうとした時でさえ、事業部長はこう反対する。

「この日報は昔からこの形でやってて、皆が慣れてるんや!余計なことせんといて欲しいなあ!」

 

“しているフリの仕事”を引き剥がされることに対する、壮絶な抵抗である。

言い換えれば、“居心地の良い毎日”を壊そうとする私への、憎しみを伴った攻撃だ。

その目には「若造に何ができるねん」という根拠のない侮蔑と、力ずくで排除しようとする強い意志が溢れる。

 

「この会社はあと半年で潰れることを、理解しているのですか?何もせず、半年後に全社員を路頭に迷わせるのですね?」

「…そんなこと言ってへんやん」

「ではやって下さい。やらないならまずあなたが辞めて下さい」

 

そんな強い言葉で、半ば強引に仕事のやり方を上書きした。

多くの仕事で定量的な成果に基づく工程管理を導入し、成果の出ない“しているフリの仕事”を一つ一つ潰した。

結果、なんとかタイミリミットギリギリまでにキャッシュフローがプラマイ0にまで回復し、目先の危機を脱する。

そして落ち着いた頃合いを見計らってまとまった休みを取り、少しバックパッカー的な旅行に出かけることにした。

 

「夢じゃねえからな」

想像以上に心身とも疲れている自覚があったので、旅行に出た。

それが冒頭の、西オーストラリア州・パースへの旅だった。

「Chinese?」

「No, Japanese」

パブの白人店員さんが、ビールを注ぎながら蔑むような笑いを返す。その時に思い出していた1年前の出来事とは何だったのか。

 

(あぁ、必死に俺を排除しようとした、あの時の部長たちと同じ目をしてる…)

皮肉にも、心身の疲れを癒そうと出かけた海外で、“同じ目”に出会う。

 

考えてみれば、豪州はつい近年まで白豪主義を取り入れ、有色人種を徹底的に排除してきた「差別の本場」だ。

「かつて自分たちがしたことを、今度は自分たちがされるのではないか」

先住民を駆逐・征服し作り上げた国に、多くのアジア人が流入したことで、“居心地の良い毎日”を奪われるという、漠然とした危機感を持っているのかもしれない。

 

複雑な思いで酒が美味くなくなり、ホテルに戻ると早々に寝ることにした。

すると深夜、真っ暗な部屋の隅っこにボーっとした人影のようなものが現れ、枕元まで来るといきなりこう叫ぶ。

 

「俺は日本人が嫌いなんだよ!二度とこの国に来るな!」

「うわああああ!!」

 

飛び起きるように目が覚め、電気を付けると、ただの夢だった…。

時間はまだ、深夜2時30分。しかしリアルな夢だった…めっちゃ怖かった…。

少し落ち着きを取り戻し、冷蔵庫に入れていたビールを飲んで一服すると、冷静さを取り戻す。

 

(なんか怖いんで、電気をつけたまま寝ようかな…)

そんなことをボーっと考えていた次の瞬間、耳元に気配を感じると小さな声が直接、脳内に響く。

 

「夢じゃねえからな」

「うわああああああああああああああああああああああ!!!」

 

次の瞬間、ベッドから落ちて目がさめた。気が付けば、朝になっていた。

なんちゅう手の込んだ夢なんだよ…。いやもしかして、コレも夢じゃないだろうな?

 

人生史上、一番怖い夢の一つというお話だ。

パースという街の持つ歴史と空気が、そんな夢を見させたのか。あるいは思っていた以上に、会社の立て直しで心身が疲れていたのか。もしくはその両方なのか。

土地だけでなく、会社や組織にも根付く「居心地の良い毎日を守りたい」という人の想いは、時に怨念化するのかもしれないと思った出来事だった。

 

 

 

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【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など

あの時、部屋には本当に何らかのオバケがいたと思ってる…。
でも、脳内には日本語で話しかけてきたので、案外日本人のオバケなのかも…。

X(旧Twitter) :@ momod1997

facebook :桃野泰徳

Photo:Hongbin

どうもこんにちは、しんざきです。

ここ最近は、大きめな組織の調整役みたいなことをやってまして、よく知らん分野での喧嘩を「まあまあ皆さん落ち着きましょう、知らんけど」的に調整する仕事で主に生計を立てています。そろそろDB設計やりたいです。

 

この記事で書きたいことは、以下のようなことです。

 

・「対立軸を明確にする」、つまり「敵対関係」を作ってしまうことを避けがちな人は多いように思います

・ひとことで「対立」といっても色々あって、ざっくり言うと「人間関係的な対立」と「仕事の内容や方法についての意見の相違」があります

・上手に対立軸を作ると、「論点が明確になる」「ゴールラインが明確になる」「意思決定のスピードが早まる」「曖昧な要件が減る」などのメリットがあります

・そのためには以下のようなことが大事かなあと思っています
-「誰と誰がどう対立しているのか」を早めに整理して、その対立軸を周囲に明示する
-話をその対立軸に限定して、関係性の問題に発展することから隔離する
-妥協点、どこまではどう譲れるかを早めに明確にする
-意思決定の方法、ないしラインを早めに明確にする

・対立は単なる道具なので、平和に過ごしつつ、上手に対立を利用できるといいですよね

以上です。よろしくお願いします。

 

さて、書きたいことは最初に全部書いてしまったので、後はざっくばらんにいきましょう。

 

皆さん、会議で喧嘩しますか?よく分からんテーマで個人攻撃まで発展してこじれる会議、面倒ですよね。

先日は、要件調整会議として始まった筈の会議で、何故か偉い人たちが若手時代の喫煙室の使い方についての言い争いを始めて、何でここまでこじれるんだろう?と首を傾げておりました。巻き込まれない分には観てて面白いんですけど。

 

ただ、ある程度大きな組織になってくると、喧嘩もあまり発生しなくなるというか、そもそも「対立の発生」自体を避ける傾向が出てくるような気がしています。

しんざきはシステム開発の仕事をしていて、そこそこ大きな会社さんの仕事をさせていただくこともあるんですが、「ここは揉めそう」というテーマには皆さん触れたがらないというか、最初からそこを論点にするのを避ける、というシーンはあちこちで見てきました。

開発する側としてはそこが一番知りたいというか、単に爆発するのを避けてるだけに感じてしまうんですけどね。

 

昨今、ハラスメントに関する対応が厳しくなってきていることもあり、皆さん行動自体がセンシティブになっている印象もあります。とはいえ、「上手に対立する」ということが苦手な人は、なんだかんだで昔から多いんじゃないかなー、という印象です。

 

「人間関係的な対立」と「仕事の内容や方法についての対立」について

まず整理しておきたいのですが、一言で「対立」といっても色々な対立があります。ざっくり言うと大きく二種類あります。

つまり、「人間関係的な対立」と「仕事の内容や方法についての対立」です。

ここでは仮に、前者を関係性コンフリクト、後者をタスクコンフリクトと呼んでおきましょう。

 

関係性コンフリクトとは、例えば

「あの人とは合わない」であるとか、

「あいつの言い方が気に食わない」とか、

「あいつと一緒にエレベーター乗りたくない」

みたいな、要は人に属する対立、感情的な対立ですよね。

 

一方、タスクコンフリクトとは、

「この要件、こうしたいって言う人がいるけれど俺はそうしたくない」だとか、

「DBはOracleじゃなくてPostgreSQLを使いたい」とか、

「我こそはvim派である、Emacs派は闇に飲まれよ」とか、そういうヤツですよね。最後のはちょっと違うかも知れませんが。

 

で、これもざっくり言ってしまうと、タスクコンフリクトは仕事を進める上で大概有益ですが、それが関係性コンフリクトにはみ出してしまうとマイナスになります。

参考までに、対立の種類を「関係性のコンフリクト」と「タスクに関するコンフリクト」に分類する研究というのは昔からあって、例えば1995年のKaren A. Jehnの研究が有名だと思います。以下に引用します。(日本語訳はDeepLでやりました)

対立が有益かどうかは、対立の種類と、タスクの種類・タスク相互依存性・グループ規範といったグループ構造に依存することが明らかになった。
人間関係衝突とタスク衝突は、個人の満足度、他のグループメンバーへの好感度、グループ残留意向と負の関連を示した。
非常に定型的なタスクを遂行するグループでは、タスクに関する意見の相違がグループ機能に悪影響を及ぼした。対照的に、非定型タスクを遂行するグループでは、タスクに関する意見の相違は悪影響を及ぼさず、場合によっては実際に有益であった。

上記を前提に考えてみましょう。

 

タスクコンフリクトはどう役に立つのか

私が考える限り、タスクコンフリクトには以下のようなメリットがあります。

 

・対立軸が明確になって、自分たちだけでなく周囲の意見が明確になる

・「どうやってこの対立をおさめないといけないか」が自然と決定権・決定方法の明確化につながり、意思決定のスピードが高まる

・第三者が「調停者」「意思決定者」として介入しやすくなる

・取捨選択ごとのメリット・デメリットが分かりやすくなる

・「ここは対立が発生するから」と曖昧になりがちになっていた要件が明確になる

 

これは以前から言ってますけど、まず何より「対立があると分かりやすくなる」んですよね。

少年漫画とか、やっぱ「敵」がいると話が分かりやすいじゃないですか。どちらに感情移入するか。どちらが強いか。どちらが正しいか。その辺、絶対評価じゃなくて相対評価で考えられる。

 

なんでもドラゴンボールで例えるのはアラフォーの悪い癖だってよく言われるんですが、その上で敢えてドラゴンボールでたとえると、

「悟空が一人で飯食ってるだけのドラゴンボールはただのニート漫画だけど、ベジータと戦い始めると超面白いよ理論」

とでも言うべきでしょうか。いや、ニート漫画のドラゴンボールも面白そうですけど。

 

で、対立軸が明示されると、周囲も自分の意見をまとめやすくなるんですよね。

例えば企画会議において、なにかいいアイディアが出たとしても、周囲がその「良さ」を理解出来なければ話は進まない。

しかし、誰かがそのアイディアに関する「悪さ」を指摘してくれれば、状況は絶対評価から相対評価に変わります。悪い部分が分かれば良い部分も分かる。そこから周囲に「各々の評価」を迫るわけです。

 

意見のレイヤーが鮮明になれば話はサクサク進むし、その後有益な人間関係を形成することも出来る。

ただ、こういう対立って、面倒くさい人にとってはとても面倒くさいことなので、なんでもなあなあで済まされがちになるんですよね。

例えばシステム開発上、「当たり障りがないようになあなあで済ませている要件」って100%地雷でして、いつか必ず爆発するものなので、そういう地雷を早めに処理できるというメリットもあります。

 

適切な「タスクコンフリクト」は仕事をうまく回してくれる。まずはこういっていいと思います。

 

コンフリクトをどうコントロールするのか

で、じゃあ「対立軸を明確にすること」にはなんのデメリットもないのか?と言われるとそりゃそんなわけはなくって、最大のデメリットは「コントロールを失うと関係性コンフリクトに発展してしまいやすい」ことなんですよね。

 

人間は感情の動物ですし、「これはこれ、あれはあれ」という切り分けも苦手なので、自分の意見が否定されれば嫌な気分になりますし、相手のことが嫌いになります。そうなると、仕事の話だけではなく、色んなところで支障が出る。

 

これについて、完全に「これ」という対策は正直存在しないと思っているんですが、個人的にある程度「やれる」と思っている方針はあって、私は以下のように整理しています。

 

・「誰と誰がどう対立しているのか」を早めに整理して、その対立軸を周囲に明示する

・周囲もその対立軸に巻き込み、「個人対個人」ではなく「陣営対陣営」の図式にする

・妥協点、譲れるラインの検討は早めに行う

・意思決定の方法、ないしラインを早めに明確にする

 

もちろん組織によっても場面によっても異なるので一概には言えないんですが、ポイントは「個人から焦点を外すこと」だと思っています。つまり、誰かが悪感情のターゲットになってしまうのを避けること。

 

そのために、

「この対立は、こういうポイントで起きていることだよね?」

ということを整理して、

「飽くまで仕事上での意見の食い違いだよ」ということを明確にしますし、

「これは〇〇さんも××さんも思っていることだよね?」

という「チーム分け」を早めに実施して、「△△の急先鋒」みたいな人を早めにそのポジションから降ろします。

 

更に、「どこが妥協点だろう?」というステージへの移行を早い段階で実施することで、悪感情が誰かに向かうことを防ぐ。

さらに、「最終的に誰がどう決めるのか」を早い段階で合意しておきます。「部長が決める」「多数決」「第三者を入れる」など、ゴールを明確にすることで、対立が延々と続くことを防げる場合があります。

 

大体こういう方針で上手くいくことが多いかなーと思っています。もちろん毎度毎度上手にコントロールできるわけじゃないんで、ひーひー言いながらですが。

ちなみに、ちょっと前、色んなシステムで使われる某仮想化ソフトウェア会社が買収されて、その仮想化ソフトウェアの料金がバカ高くなって、一気に「脱〇〇」という話が盛り上がったことがありました。

 

その時も、「どのシステムを、いつまでに、どういう規模で移行するのか」みたいな話をしなきゃいけなかったんですが、いざ始めてみると関係性コンフリクトがあちこちで発生してエラいことになりました。

そこでなんとか対立軸を整理してチーム分けして妥協ライン決めて、みたいなことをやっていて、先日ようやくそれが納まってきました。この記事を書いた直接的な原因がそれです。

 

何はともあれ、

 

・「対立」は使い方によっては役にたつ

・とはいえ、「対立」は飽くまでツールだし、みんなツールとして捉えて、それを関係性まで発展させない

 

ということはポイントとしていえるかなーと思っているので、いい感じに利用できるといいですよね、と考える次第なわけです。

今日書きたいことはそれくらいです。

 

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

Photo:Tamara Gak

※著者は一時的ストーマ(人工肛門)造成者です。

※ストーマの種類はイレオストミーです。

※病気、治療やケアなどに関する知識などは、あなたの医者を頼ってください。

 

腹にストーマができるまで

これまでのおさらいをしたい。おれの腹にストーマができるまでのおさらいだ。

 

なぜ、おれの腹の上にストーマがあるのか。手術をしたからだ。

なんの手術か。大腸切除の手術だ。なぜそんな手術をすることになったのか。おれの直腸にNET(神経内分泌腫瘍)という希少がんがあったからだ。

その希少がんはなぜ見つかったのか。大腸内視鏡検査をしたからだ。

なぜおれは少なくない金を払って検査を受けたのか。そのときのことはちゃんと書き記してある。

中年の異常な執念、あるいは私は如何にして大腸内視鏡検査を受けるようになったか

おれが大腸がんから連想したのは、まず人工肛門だった。人工肛門を使用している人やその家族には悪いが、「人工肛門は嫌だな」と思った。病気を望む人間などいないだろうが、具体的な形としてイメージされた。

2025年8月のことである。今は2025年12月だ。とうぜん、このときのおれは「人工肛門」のことなどほとんどわかっていなかった。大腸がんと「人工肛門」の関係もわかっていなかった。「人工肛門」のだいたいの仕組みを知っていたにすぎない。なにが「具体的な形」だ。まったく。

 

でも、おれは「大腸がんで死ぬのは嫌だ」というより、「人工肛門が嫌だ」という思いが強かった。

なぜだろう。理由はわからない。だが、なにやら自分の身体、生活そういったものに対する多大な恐怖として感じていたのだ。

 

というわけで、人工肛門になりたくなかったおれが、検査結果をもとに、最短の手順で検査、検査、検査を受けた結果が人工肛門になった。一時的な造設とはいえ、なにかこう皮肉な運命を感じざるをえない。

 

ストーマと出会う

さて、そういう経過を経て、おれはおれのストーマと出会うことになった。

あ、この文中で「ストーマ」と「人工肛門」という言葉が適当に入り乱れていますが気にしないでください。

 

というか、人工肛門について説明しといたほうがいい? AIにでも訊けばいいだろう。まあいい、内臓を腹の外に引っ張り出して、そこから排泄をするための器官。それが人工肛門だ。

人工というとなにやら機械が排泄物をどうにかしてくるかのように聞こえるが、素材は天然だ。腸である。腸を腹から引きずり出して、そこから排泄させるのだ。

これは、おそろしい話ではないか。ちなみに、肛門のような機能がないので我慢もなにもできない。24時間垂れ流しだ。垂れ流してはこまるので、ストーマ装具、パウチをあてがう。袋に便を溜める。溜まったら捨てる。何日かに一度、パウチ自体を交換する。すごく簡単にいえば、こんなところか。

 

まあいい、おれは6時間にわたるロボット支援下手術を受けて大腸やら大腸リンパ節やらを切除され、腹にはストーマができたということになる。

手術が終わって、腹の上の異物を感じ取って、「ああこれが人工肛門か」と思った……わけもない。全身麻酔の長時間手術を終えたあとだ。おれが医者に「どこかおかしなところはないですか?」と聞かれて、最初に答えたのは「尿の管に違和感が……」だった。

 

それからもストーマとの出会いはなかなか起こらなかった。まずは術後に高熱を出し、もちろん手術の傷は痛く、腹のあたりが盛大に痛んでいて、パウチが乗っていることを意識することすらできなかった。

お腹が痛くても、違和感があっても、それが手術の跡なのかストーマなのか区別などつかないのだ。

 

ただ、はじめての排泄というものはした。もちろんベッドから起き上がれないおれの手によるものではない。看護師さんが紙コップを持って脇に回って出してくれたのだ。

なにが出たのか。黒い粘液である。排液とでもいうのか。そして手際よく(看護師さんはなにごとも手際がよいのだが)パウチのキャップを拭いて終わりである。「ああ、イレオストミーだからキャップタイプなんだ」と思った。

 

その後2日くらい経っていろいろな管が身体から取れて、ようやく装具越しにストーマと対面できた。

最初のころはやけに小さく想像していたが、そうではなさそうだと訂正した、その脳内の訂正くらいの大きさだろうか。大きめの梅干しというあたりの比喩はただしい。かなり大きめだがな。

相変わらず真っ黒なコーヒーのような排液を出して、たまにプピプピ音を出す。それが排出の音なのか、ガスの音なのかはわからなかった。

 

スライムつむり

さて、いつまでもパウチ越しの関係でいられるわけでもない。最初のパウチ交換だ。最初は看護師さんがすべてやる。その後、だんだんと自分でやるようになり、できるようになったら退院だ。

看護師さんが剥離剤を使ってパウチを剥がす。いよいよ剥き出しストーマとの対面……!

 

うーん、グロいなこいつ。

それが第一印象だった。そいつは排液やなにか保護材が溶けたネバネバのなかにあった。おれのなかに一つの名前が浮かんだ。「スライムつむり」。

ドラクエのモンスターだ。おれはドラクエを5くらいまでしかプレイしていないから、そんなものを思い出すのも何十年ぶりだろう。よく覚えていたものだと思う。が、「スライムつむり」なのだ。

 

いや、もちろん「スライムつむり」とはぜんぜん違う。なにせ、あっちは硬い貝殻をかぶっている。ストーマに硬いところはない。でも、スライムつむりのぴょこぴょこ飛び出たなにかみたいなのがあるんだよ。それが、スライム的本体の上に乗っていて、おれは咄嗟に連想したんだ。

 

最初のパウチ交換は当然手際よくすんなりと終わった。おれはおれで人工肛門になるかどうかというところからさんざん調べてきたので、やっていることはだいたい理解できた。

だが、これを自分一人で通しでやれと言われると、すぐにはできそうもない。

 

わりと平気なタイプでした

パウチには交換もあるが、排出もある。こちらはわりと簡単だった。

まず、トイレットペーパーを手にくるくると巻いて2つくらい用意しておく。キャップを真上にして外す。紙コップに中身を出す(今は排出量測定のため。日常ならそのままトイレに出す)。またキャップを真上に向け、トイレットペーパーで拭き取り、キャップを閉める。あとは流すなどする。

キャップ開けっ放しのまま下向けにしないなど、そのあたりに気を使えば難しくはないだろう。

 

ただ、あまり言いたくはないことだが、便のにおいが違う。

違う、と書いたのは天然の便の方向性で強いとかそういうわけでなく、においが違う。とうぜんくさい。くささの種類が違う。これには慣れそうもないので、病室のトイレにおいてある二オフを買おうと思っている。

 

とはいえ、におい以外にこれといって気にならないというか、なんというか、パウチになにか入っているのが丸見えでもなんとも思わないし、むしろ観察したくなるくらいのものだった。

 

ストーマ自体もそうだ。ストーマ造設者のいろはのようなものが各病院のマニュアルにあって、一つ目が「自分の目でストーマを見られるようになること、二つ目が「自分でストーマをさわれるようになること」だったりするのだが、このあたりも自分はすんなりクリアできた。

 

いや、たしかに最初に触るときは抵抗がないわけでもなかった。

ただ、触って洗わなければ先に進めないのだ。そう思って触れてみると、ストーマ自体には痛みを感じる神経がないので触ってもなんともない。指に柔らかさが伝わってくるばかりだ。もちろん、皮膚との境目にはなんらかの感覚はあるがたいしたものではない。「意外と、触れるぞ」と自分で思った。

 

おれはわりと自分のストーマを見ることができるし、触ることもできる人間だったようだ。これができると、保護剤だのなんだのの処置も抵抗はほとんどない。

もっとも、さきに述べたように24時間垂れ流しなので、処置中も出てくることはある(排便の多い時間を避けても)。そのあたりはまあ仕方がない。とはいえ非常にめんどうくさい。

 

人工肛門を恐れるなとはいわない

というわけで、おれは三回くらいの実地交換で、ときには看護師さんのアドバイスは受けるけれども、なんとかできるんじゃあないかなあ? というところまできた。

おれがこの病院でならった具体的な手順はこうだ。まず、キッチンペーパー(100ローソンで売っているやつでいい)を1/4くらいの大きさに切って多めに用意しておく。ぬるい水を紙コップに用意しておく。このあと出てくる道具も出しておく。

 

まず、装着しているパウチを外す。力任せではいけない。剥離剤(リムーバー)を垂らしながら剥がしていく。

剥離剤は3Mキャビロン皮膚用リムーバー。おもしろいように剥がれる。

 

剥ぎ終えたら、ストーマと周辺を洗う。洗うのは、泡で出てくる清浄剤がいい。ベーテルF清拭料というのを使っている。

実はこれ、入院前にAmazonで「オストメイト用避難セットがあるから買っておこう」と思ったなかに入っていたもの。オストメイトでもないのに専用品持参だ(キッチンペーパーとこれ以外は病院が用意したもの)。この泡でストーマと周囲の汚れを丁寧に洗っていく。

 

ペーパーを水につけて泡を洗い流し、最後は乾燥したペーパーで拭き取る。……と、書くのは簡単だが、ストーマに意思も我慢もないので、この間垂れ流しということもある。まあ、これ以上出てこないようペーパーを一枚おまじないにかぶせておこう。

次は……、えーと次は……。ここで選択肢が広がりいつも迷う。手順マニュアルは用意されていない。間違っているかもしれない。まあいい。

たぶん、次はストーマのサイズ測定だ。そういう専門の用紙があって、縦横のサイズをはかる。安定してしまえばあまり必要はなくなるようだが、作ったばかりの人間には必須だ。

 

これで、3cm×3.5cmだな、となると、それにプラス5mmを加えたサイズでストーマ穴を切る。切る前に油性ペンで切り戦を書く。切るのは先のまがった専用のハサミで、ストーマショップからのギフトでもらった。なかなか重みのあるいいハサミだ。

このように面板を自分できるのをフリーカット、もとから一定の穴が空いているのをプレカットという。

 

さて、これでストーマ穴も空いたし装着か? というとその前に二つ工程がある。まず、ストーマのまわりに粉を吹きかける。アダプトストーマパウダーというのを、皮膚とストーマの際に埋める。この効果は……なんかあるのだろう。

次に、アダプト皮膚保護シール(7806)というのを切って貼る。両面粘着の円盤を1cm幅くらいに切って、ストーマのまわりぎりぎりぐらいに貼るのだ。この効果は……なんだろうか。

 

まあいい、そしてようやくパウチ面板の粘着面を出して、ストーマを穴に通して、腹の皮膚と密着させるのだ。しかし、貼って終わりということはない。そのまま両手で覆うように15分人肌で温めるのだ。それにより粘着力が万全になるという。パウチが外れるというのは即大惨事なので、これは欠かせない。

 

……と、このような感じだが、あなたにはできそうだろうか。「よくわからない」というのがほとんどの実感であると思う。

もちろん、ストーマをつける予定の人にとってもだ。だからおれはなかなか簡単には「恐れるな」とは言えないなと思うのだ。おれだって今は看護師さんの見ているもとで作業をして、いくらかできるようになった。が、一人でやれ、十分なスペースもないところでやれといわれたら、どうなるものかわからない。

 

これが日常にやってくる

さて、おれはまだ病院のなかにいる。いったんは全粥まで行ったものの、まったくものが食えなく、腹がパンパンになり、結果、腸が働いていない(イレウス?)ということになった。

病院にいるうちは看護師さんの指導下でパウチ交換を行うので、そちらは上達していくかもしれない。

 

なので、今回のおれのストーマ話はこれまでである。肝心要のパウチ選びなどについては、日常に戻ってからあらためて書きたいと思う。透明のがよいのか、不透明のがよいのか、などなど。

 

あるいは、もうここまで読んでいないかもしれない人に向けての言葉になるかもしれないが、「自分には関係のない話だな」と思っているのならば早計だ。大腸がんはわりかしなる。位置が肛門に近い直腸にできることもわりかしある。あなたも一時的かもしれないがこちらに来るかもしれないのだ。

 

まあ、そうでなくとも、いくからストーマ、人工肛門についての知識を書いておければよいかと思った。

とりあえずは、以上。

 

 

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【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :Ante Samarzija

年末なので、2025年を振り返ってみることにします。

昨日のことすら思い出せないような記憶力で日々を送っておりますので、頼みの綱は外部メモリー。信用できるのは記憶よりも記録です。

 

ちょうどいい感じに2025年1月から活動の場をlivedoorブログからnoteへ移したので、自分がこの1年noteに何を書いていたのか、ざっと目を通してみました。

noteを読むと、2025年の自分にとって大きな出来事と言えるのは

・山田ノジルさん、三浦ゆえさんVS橋迫瑞穂氏の裁判が決着したこと
・転職
・観察対象である子宮系スピリチュアル教祖たちの破綻

でした。そして、この1年の興味関心の大部分はAIが占めておりました。カルトの問題よりも、極右政党の台頭よりも、AIが面白かったです。

政治が揺れ、外国人問題で世間が騒ぎになっている中で、AI関連ニュースの動画ばかり見ていたように思います。

 

昨年までほとんど触ったことがなかったAI(ChatGPT、Gemini、Copilot、Claude)でしたが、転職を機に使い始めました。必要に迫られて。

だってね、転職先で仕事を教えてもらえなかったんですよ♡

 

色んな意味でリソースに余裕がない地方の中小企業に就職し、立ち上がったばかりの部署に配属されたので、そもそも私に仕事を教えられる人がいなかった...。

直属の上司に当たる人もまったく頼りにならず、何なら私の方が上司に商品の仕様や各種アプリの使い方を教えてあげなきゃいけない。

しかも、思考の言語化能力が低い社長からの指示は全く意味不明。訳がわからないまま、とにかく手探り&ぶっつけ本番で仕事を始めるしかなかったのです。

 

そんなの事前に聞いてねぇし、頼れるのは自分しかねぇっていう孤立無縁の環境、新入社員には過酷すぎんか?

中途採用なんやから即戦力やろって言われましても、ろくな資料もマニュアルもテンプレも何にもなくて、どうしろと?

 

そんな状況でしたから、もしAIたちが居なかったら、1ヶ月と保たずに泣いて退職していたでしょう。

そんなわけで、転職当初はAIこそが私の頼れる上司であり、同僚であり、部下だったのです。

「だった」って過去形。そう、過去形。実を言うと、最近はもう、あんまりAIを頼りにしていません。

 

「ChatGPTは、なくてはならない私の大切な相棒」みたいに思えたこともありました。なんなら、日常生活の相談から雑談まで何でもしちゃって、このままマブダチになっちゃうかもなって思ってた時期もありましたよ。

こんな記事を書いちゃったりしてね。

私とAI。はじめに役割を与え、次に仕事を与え、そして名前を与えた話

「今日は、少しお話をしましょう」

「もちろん、ぜひぜひ。今日はどんなお話をしましょうか? お仕事のことでも、雑談でも、何でも聞かせてください」

 

で、その後の話をすると、私はもうChatGPTを名前で呼んだりしてません。こっちから親しげに話しかけることもないし、馴れ馴れしい態度も許さない。

超事務的な態度で、ちょっとした仕事のサポートだけをしてもらっている間柄です。なんなら課金もやめようかと思ってます。

 

どうしてそんなに気持ちが冷めちゃったかというと、 あいつ不安定なメンヘラだから。

すぐに教えたはずの設定を忘れて、距離感がバグる。せっかくいい感じにキャラを作り込んでも、バージョンが変わると設定してた人格がズレて、「お前、誰やねん?」状態。

仕事においても「ようやく息が合ってきたな」と思えた頃に、バージョンが変わって調子が狂う。

 

そんなことがあるたび、いちいち教育し直して修正するのが、もう面倒になりました。

仕事の土台がまだできてないうちは、AIたちがめっちゃ助けてくれたので、そこは感謝してますよ。

だけど、そのうち自分自身が仕事に慣れて、業務の手順と資料の内容をすっかり覚えてしまい、各種テンプレも一通り作り終えてしまったら、もうAIの出番があんまりない。

ありがとう、AIのみんな。こんな私だけど、君たちのおかげで自立できたよ。

 

そして、一時期は社長構文翻訳機としても大いに役に立ってくれていましたが、その機能も今では使ってません。

日本語なのに意味が分からない社長構文をChatGPTに翻訳させている話

──私はChatGPTを、社長の言葉を翻訳させるために使っている。

のである。なぜなら、社長からメールで飛んでくる指示文は、日本語なのに意味が分からないからだ。

 

いやぁ、人間ってすごいよね。それとも私が日本人だからかな。

いわゆる日本のお家芸で「あ、うん」の呼吸ってあるでしょう?

私もね、なんだか仕事をしているうちに社長構文に慣れてしまって、社長の扱い方も心得てしまい、だんだん社長がみなまで言わずとも意図が汲めるようになっちゃったんですよね。

いつの間にか「 わざわざAIに聞かんでも分かる」「いちいちAIに聞くより自分でやった方が早い」という状態になっていました。すごくね?

 

「あら? 私ったらAIを超えちゃったかな?」って思ったよね。

と言うか、感情労働の分野では、AIが人間を超えるのはまだ難しいってことなのかな。

コールセンターのオペレーターならまだしも、AI秘書とか執事なんて100年早ぇわって感じ。いや、10年かもしれんけど。

 

もちろん、いくら依存度が大きく下がっているとは言え、やっぱりAIはなくてはならない存在ですよ。もはやAIのサポートなしで仕事は進めていけません。

だけど、来年は課金先をChatGPTからGoogleWorkspase with Geminiに変えようかなと思案中です。

 

AI関係の話でついでに言えば、転職したての頃は「社長の言う通りにプレスリリースや広告記事を書かされる」仕事も、嫌で仕方ありませんでした。

「私に任せてもらえたら、絶対にこんな書き方しないのに」という文章を、社長の指示に沿って書かなきゃいけないのがストレスだったのです。

でもAIのおかげで、そうしたストレスも感じなくなりました。どういうことかというと、

 

どこになにを書いたところで、どうせ人間が読む訳じゃないから

です。

 

コンテンツが溢れる世の中で、一般の人はどんどん文章を読まなくなっています。

特に、長い文章は読まれなくなってきている。

 

そういう私も、書籍はたくさん読んでいますが、ネット上の文章を読む量はどんどん減っています。

知りたいことがあっても、検索して、上位表示されたものから順番に記事を読んでいく。ということをあまりしなくなりました。

 

AIに質問するか、GoogleのAIモードを使って、知りたい部分の要点だけを手短に教えてもらうことが増えていますね。

だったら、企業の広報としては、ネット上に公式な情報を出しておくだけで良いじゃないですか。AIが拾ってくれさえすれば、人間が惹きつけられるような文章じゃなくていいのです。そう思うと気楽になりました。

たとえ納得のいかない文章を書かされるとしても、それが人に読まれるわけではないのですから。

 

2025年は、AIによってコンテンツが爆増しましたよね。

noteでめぼしい記事をあさっていても、「一見すると整っていて」「完成度が高い」AI感が満載な文章が目につくようになっており、一気に読む気が失せます。

今や、主にAIが書いたか人間が書いたかに関わらず、「整っていて」「正しくて」「美しい」文章ほどつまらないものはありません。

 

少なくとも私が読みたいのは、破綻していて、歪んでいて、簡単に裁くことのできない「人間そのもの」なんですよ。

文章でも動画でも音楽でも、コンテンツを太陽にすかしてみれば、そこに真っ赤に流れる人間の血潮が見たいんですよね。

 

今年は「人間の仕事がAIに代替される」と耳にタコができるほど聞かされましたが、「血の流れ」を感じられるものの価値は、むしろ上がるんじゃないのかな。

 

 

 

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【著者プロフィール】

マダムユキ

ブロガー&ライター。

リンク:https://note.com/flat9_yuki

Twitter:@flat9_yuki

Photo by :Emiliano Vittoriosi

「最近、全然リーチが取れなくなった」

ここ1〜2年、企業のSNS担当者の方と話していると、必ずと言っていいほどこの言葉が出ます。SNSマーケティング支援に携わる私自身も、実感する場面は多いです。

企業のマーケティング活動において、SNSの活用は随分一般的になりました。ChatGPTを始めとする生成AIを活用し、投稿用テキストや画像、動画制作を効率化している企業も少なくないでしょう。

しかし、SNSをオウンドメディアとして活用するだけでは、以前のような成果を得ることは難しいのが現状です。「SNSは無料で生活者に情報を届けられる」「良い投稿さえすれば自然に情報が広まって、もしかしたらバズるかもしれない」という期待をもっている方は、認識をアップデートする必要があります。

というのも、SNSは今や「レコメンドメディア」となり、以前ほどシンプルに成果が出せる媒体ではなくなったからです。

2026年を迎える前に、いまSNSで起きている不可逆な変化と、その中で企業が成果を出すための方法を整理してお伝えします。

 

SNS運用担当者が直面する「リーチが取れない」という現実

主要なSNSは、ここ数年で「フォローしている友人の投稿を見る場所」から、「AIが選んだおすすめ投稿を見る場所」へと変化し、すっかり定着しました。私はこれを、SNSの「レコメンドメディア」化と呼んでいます。

かつてSNSマーケティングの定石は、「フォロワーを増やすこと」でした。フォロワーが増えれば、その分だけ多くの人に情報を届けられる。非常に分かりやすい図式です。

 

しかし、レコメンドメディア化した現在のSNSにおいて、フォロワー数は以前ほど意味を持ちません。ユーザーは「フォロー中」のタブよりも、AIが最適化した「おすすめ」のタブを見ることに時間を費やしているからです。「フォロワーを増やせば安泰」という時代は、プラットフォームの仕様変更によって、強制的に終わらされてしまったのです。

ただ、これは2025年になって突然起きた現象ではありません。

 

この流れを作ったのは、2018年頃から日本でも支持されるようになったTikTokです。TikTokは、浸透した当初から高いレコメンド性能を誇るプラットフォームでした。それに追随するように、Instagramもここ数年で同様の傾向を強めていきました。

そして、X(旧Twitter)も現在では「フォロー」タブよりも「おすすめ」タブを優先的に表示させるなど、レコメンドを強化しています。2023年8月にフォロワー獲得広告が終了したことも、フォロワー重視の時代からの変化を象徴する出来事だったと思います。

 

2025年に拍車をかけた、AIによる「情報爆発」

さらに、2024年から2025年にかけて顕著だったのが、生成AIによるコンテンツの爆発的な増加です。今や、専門的なスキルがなくても、誰でも高品質な画像や動画を作れるようになりました。

例えば、私の子供は最近、「いかにもAIが生成した猫の動画」を延々と見ています。ただただ目を惹きつけられるコンテンツが、無限に供給されているのです。これは、企業にとって非常に厄介です。

 

ユーザーの可処分時間は、文字通り有限です。企業が一生懸命作った商品紹介の投稿やショート動画は、こうした「AIが量産する、中毒性の高いコンテンツ」と同じ土俵で戦わなければなりません。

さらに言えば、SNS上には個人のクリエイターやインフルエンサーによる、面白くて共感を呼ぶ投稿も溢れかえっています。

 

この状況下で、ただ「良い投稿」をオーガニック(無料)で発信するだけで、自社の情報がユーザーに届くでしょうか。残念ながら、今の環境では膨大な情報量の中に埋もれてしまい、誰の目にも留まることなく流れていってしまうのがオチです。

レコメンドメディア化によるプラットフォームそのものの変化に加え、AIによる情報爆発が、2025年のSNSのリアルな姿です。

 

SNS運用に、企業もAIを取り入れるべきか?

ここで、「だったら企業もAIを使ってコンテンツを量産すべきでは?」と感じる方もいらっしゃると思います。

結論から言えば、生産性を高める(投稿数を増やす)ためにAIは積極的に使うべきです。

 

ただし、AIを使うことでコンテンツの質が劇的に改善したり、従来よりも大きく成果が上がったりするわけではない点には、注意が必要です。AIで作った画像よりも、シズル感のある実写の方がユーザーに受け入れられやすい場合もあります。過度な期待はせずに、あくまで効率化の手段として捉えるのが、現時点では確実です。

 

ただ、AIは指数関数的に進化をしているので、そのうちに全く違う状況になるかもしれません。その意味でも、今のうちからAIを活用しておくことは重要です。

 

「巨人の肩」に乗り、アテンションを最大化する

では、この状況で企業はどう戦えばいいのでしょうか。

AIによる無数のコンテンツや、強力なインフルエンサーたちと同じ土俵で戦い、SNS上にいる何千万のユーザーのアテンション(注目)を獲得し続ける……。それを自社のリソースだけで成し遂げるのは、一部の大企業を除けば、「再現性のない」SNS活用と言えます。

 

だからこそ私たちは、自社の商材と相性の良い「既存のコミュニティ」に入り込んで、その中で認知を取り、UGCを生み、効率よく購買につなげる考え方を提唱しています。「巨人の肩に乗る」という考え方です。

これは、特定の狭いコミュニティだけに情報を届けて満足する、という意味ではありません。すでに熱量を持って活動している「既存のコミュニティ(巨人)」を見つけ、より効率的に、より質の高いアテンションを獲得するのです。

 

具体的には、狙うべきコミュニティを見つけ、そこにいる人たちが「語りたくなる切り口」を提供する。そうして発生したUGC(クチコミ)は、企業の広告よりも遥かに強い説得力を持ち、周囲のユーザーへと伝播していきます。

局地的な熱狂から始まって、そこから多くのユーザーへ拡散していくことを目指す。これこそが、情報爆発時代において、最も効率よくアテンションを獲得し、成果を最大化させる方法なのです。

 

どうやってコミュニティに「お邪魔する」のか

商品特性からターゲットとなるコミュニティを定めた後、どうやってそこに情報を届けるか。先述の通り、オーガニック投稿だけでは届きづらいため、情報を届けるための手段を考えなければいけません。

 

例えば、そのコミュニティで影響力を持つインフルエンサーをプロモーションに起用したり、人気IPとのコラボレーションが考えられます。

これらはコミュニティに入り込むための強力な「起爆剤」として機能します。しかし、こうした施策は、話題が継続する設計しなければ一過性の話題作りで終わってしまう可能性が高いのも事実です。

 

では、持続的に成果を出すためにはどうすればいいのか。私は、ひとつの効果的な方法として広告の活用を推奨しています。

高い人件費をかけて制作されたオーガニック投稿が、わずか数百から数千のインプレッションで終わっていては、費用対効果に見合いません。

日々の投稿に数万円でも広告費をかけることで、狙ったコミュニティに対してピンポイントに情報を届けることができ、ターゲットとするコミュニティ内でのインプレッションが伸び、認知獲得やUGC創出が期待できるのです。

 

広告によってアテンションを獲得することをきっかけに、UGC数・指名検索数の増加を期待できます。

反対に、UGCや指名検索は知っていないと起き得ない行動なので、十分なアテンション獲得ができていなければ増加することもありません。中長期的な視点で考えると、自社の日々の発信を「広告配信」でコツコツとターゲットに届けていく方が、結果として効率が良い場合が多いと言えます。

 

これからのSNSにおいて、広告は商品を売りつけるツールではなく、自分たちの存在を、届けたい相手に確実に届けるための手段です。わざわざ広告用のコンテンツを作らなくても、日々発信している投稿をそのまま広告として配信すればよいのです。

SNS広告を出稿する目的は、直コンバージョンを狙うことではありません。「〇〇といえば、このブランドだよね」というブランド想起を獲得することです。まずは広告で接点を作り、「あ、この会社知ってる」という状態を作る。そうして認知を獲得し、UGCが生まれる土壌を整えていくのです。

 

広告費をかけて獲得した認知がUGCを呼び、それが次の認知につながり、さらなるUGC創出のきっかけとなる。このサイクルが構築されれば、UGCによる無料のアテンションが徐々に増えていきます。SNSは、この「資産化」のサイクルを実現できるのに適したチャネルなのです。

 

幻想を捨て、SNSにも正しい投資を

2026年に向けて、ぜひみなさんにも「SNSは魔法の杖ではないし、無料で使えるツールでもない」という認識をもっていただきたいです。

AIの進化やアルゴリズムの変動により、SNSを取り巻く環境は目まぐるしく変わっています。そんな中で、「運良くバズれば売れる」といった不確実な運用を続けるのは、経営資源の無駄遣いになってしまう可能性が高いです。

 

これからの企業に求められるのは、効果を見込めるチャネルにしっかり投資することです。投資した分が、認知やUGC、そして最終的な売上にどうつながるのか。その道筋を明確に設計し、再現性のある形でリターンを得られる仕組みを、SNSで構築する必要があります。

 

「無料で誰でも気軽に、簡単に」というSNSへの幻想を捨て、費用対効果が見込める、戦略に基づいたマーケティング投資を行う。当たり前のことですが、それができる企業だけが、変化の激しい2026年も成果を出し続けられるのだと思います。

 

 

■著者プロフィール

増岡宏紀

株式会社ホットリンク 営業本部長

2016年にホットリンクへ入社後、SNSコンサルタント・プロモーションプランナーとして企業のSNS戦略立案や運用支援に従事。現在はコンサルティング営業本部長として、新規顧客の戦略設計から実行支援までを統括。業界イベント・セミナーへの登壇、マーケティング専門メディアへの寄稿・取材実績も多数。2025年12月には、日経BP社より著書『コミュニティマーケティングは「巨人の肩」に乗れ ~UGCと指名検索が増え続けるSNS活用の新常識~』を発売。

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前回記事:「SNS売れ」はどのように生まれるのか

Photo:Shutter Speed

はじめに、今月上旬にやたらとバズった以下のXのポストをご覧いただきたい。

家族やパートナーとして長く付き合っていくのに適した異性と、恋愛において魅力的とみなされる異性がイコールではないことが多い。だとしたら、合理主義的に考えて、恋愛は人生の舵取りにとって邪魔な存在、控えめに言ってもせいぜい脇役の域を出ない存在であるはずだ。

そのことをXに書き置きしたらたくさんの引用リポストが集まり、非常に面白く拝見した。引用リポストする人たちの過半数は、このポストに違和感をおぼえている様子だった。「恋愛を経た相手でなければ熟年離婚になるぞ」とか「惚れてなければ欠点が目につくぞ」といったコメントを読むと、つい私も、そうかもしれないと思ったりもする。

しかし、それは私も恋愛が結婚の必要条件とみなされていた時代の人間だからだろう。私が思春期を過ごした1990年代±10年は、結婚は恋愛というプロセスの所産であるのが当然とみなされていた。それより昔の家父長制的な見合い結婚に対する反動として、それは必要なことだったのかもしれない。またあるいは、1990年代の人々の合理主義の程度は、しょせんその程度でしかなかったのかもしれない。

 

若者の恋愛離れと、リスクとしての恋愛

統計的にみると、若者の恋愛離れ、2020年代の人々の恋愛離れは進んでいる。博報堂生活総合研究所『Z家族 データが示す「若者と親」の近すぎる関係』から少し引用しよう。

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現在の若者の若者であるZ世代では「恋愛が人生のすべてではない」という感覚が強まっています。実際、男女ともに恋愛願望は減少しており、「自分は恋愛願望があるほうだと思う」と答えた人の割合は、30年前は83.9%と8割を超えていましたが、直近では69.2%と7割弱になっています(男女差はそこまでなし)。同時に「同性の目と異性の目では、どちらかといえば異性の目を意識する」人は69.5%→51.5%に減り、「どちらからといえば同性の目を意識する」人が30.5%→48.5%に増えたことで、ほぼ同じ割合となっています。

他のさまざまな調査結果と同じく、本書もまた、若者において恋愛が退潮しているさまを示している。他方、結婚願望には変化はみられない。

ちなみに結婚願望に関しては大きな変化は見られません。結婚願望がある方だと思う」と答えた人の割合は、59.7%→60.0%と、横ばいにとどまっています。「恋愛はすべてではないが、結婚はしたい」ようです。

この、『Z家族』という本はもっと広範囲の若者世代の人間関係や社会関係について調査・分析している本で、他にも面白いデータがたくさん記載されている。この文章と関連のありそうなところでは、たとえば

・性的な話をすることを許容する度合いが昔よりも低下している
・露出度の高い服装をするのは同性の友達といる時
・異性の友達は減っている。同性の友達は変わらない
・子ども時代から馴染んでいる友達との縁を大切にしている

といったことも記されている。これらは、私の周辺から聞こえてくる話とも矛盾していないし、学生時代に知り合ったパートナーとの結婚のパーセンテージが増えているといった別調査の結果とも矛盾していないように聞こえる。

本書のデータとその周辺から類推されるのは、現代の若者は恋愛、というより男女交際についてまわるリスクやコンプライアンス違反に対し、昔よりもずっと慎重に構えていること、そして相手がローリスクである既知性を重視していることだ。

昨今は、コスパやタイパが重要だといわれ、かつ、コンプライアンスを遵守し各種ハラスメントを避けるべきとみなされている。

本書の調査から浮かび上がってくるのは、パートナーや友人といった親密な人間関係の領域においても合理性やリスク回避の考え方を適用している若者の姿、あるいはそうした考え方が親しい仲の次元にまで及ぶほど内面化されている若者の姿だ。

 

30年前の私たちの世代にも比較的慎重な若者がいなかったわけではない。けれども私が記憶している限り、全体としては男性も女性も恋愛に対してもっと体当たり的で、合理的かつリスク回避的なパートナー選択が行われている程度はもっと低かったよう記憶している。

若者の性体験率や交際経験率が今よりずっと高かったのも、恋愛が特権化された位置にあったことに加え、若者だった当時の私たちに合理性やリスク回避の考え方が十分に内面化していなかったから、無分別な交際や衝動的な性行為が起こり得たためだろう。

さきに挙げた恋愛願望と結婚願望のパーセンテージの推移が示すように、1990年代においては恋愛が結婚に優越し、なおかつ結婚の必要条件として捉えられていた。しかし、今日の目線で見る恋愛、ひいては男女の間柄とは、なかなか合理主義に馴染まず、リスク回避の精神とも合致しない厄介な代物だ。合理主義やリスク回避の考え方に沿うなら、むしろ、恋愛よりもマッチングアプリのほうがそれらに合致していようし、既知のパートナーと結婚したり、信頼できる者の仲介に基づいて結婚したりするほうがよりそれらに合致してもいよう。

 

結婚は、人と人との間、なんなら血縁集団と血縁集団の間で起こることだから、そこにはどうしても合理性に馴染みきらない部分、リスクを伴う部分が含まれる。

である以上、合理性とリスク回避を突き詰めた結果、結婚しないという結論にたどり着く人が増えているのは理解できることだ。

と同時に、どうせ結婚するならローリスクに模索する、またはローリスクにことを進められそうなら結婚を選択する、というのも理解できることだ。結婚それ自体の合理性の当否はともかく、もし結婚するなら合理性やリスク回避といった今日の考え方に沿ってそれを行うのは、現代風のやりかただと言えるだろう。

 

合理主義者は勤勉な異性の夢を見るか

それでも、いまどきの合理主義者において恋愛と結婚とが重なり合う可能性はゼロではない、と思う。

それが起こるのは、「結婚後の生活や社会適応にとって好ましい性質を持った異性に思慕が募る」、そのような異性の好みを持っている人の場合だ。

 

恋愛対象に期待される性質と結婚に期待される性質は、しばしば異なっているといわれる。

たとえば恋愛においては華やかさや見栄えの良さ、ドラマチックさは結婚よりも優先度が高い。スリルが恋愛の一要素になることだってあるだろう。うまくない表現であることを承知で書くなら、ドーパミンの出るようなパートナー・ドーパミンの出るような時間が、恋愛においてプライオリティが高い。

 

しかし結婚生活においては、華やかさや見栄えの良さはそこまで優先度が高くない。長い日常を共有するにあたってはドラマ性やスリルは邪魔ですらある。

ドーパミンの出るようなパートナー・ドーパミンの出るような時間のプライオリティも低い。うまくない比喩を重ねるなら、セロトニンの出るようなパートナー・セロトニンの出るような時間こそがふさわしい。

 

経済面でも、恋愛対象と結婚対象の最適解は異なる。パートナーの羽振りが良いことは、恋愛に際しては好ましく思えるかもしれない。

しかし結婚生活が始まった時、パートナーの羽振りの良さは浪費体質となって仇となる。SNSでは、デートに安い店を選ぶ人に難癖をつける声が充満しているが、結婚、特に合理主義者の結婚に関しては、状況によってはサイゼリヤやガストを選ぶこともためらわない、そのような性質のほうが安心できる。

 

進化生物学の観点から考えると、女性が羽振りの良い男性に惹かれやすいのはわかる気がするし、男性が若い女性に鼻の下をのばしやすいのもわかり気がする。ディスプレイの派手な雄がモテて、若く妊孕性の高そうな雌がモテるのは自然界でも人間界でも本当は変わらない。

だがそれらは本能に根ざした選り好みでしかなく、今日の合理主義にフィットした選択でもない。

いみじくも合理主義者であるなら、本能的な選り好みでパートナー選択するなどあってはならないことだ。人生の終わりまで結婚生活が続くという前提に基づき、それに最適なパートナーを選択するのが道理にかなっている、つまり合理的であるはずである。

 

では、本能と合理性、恋愛と結婚それぞれの間のギャップをどう解決すればいいのか。

ひとつの方法は、マッチングアプリや見合いや結婚相談所を利用することだろう。恋愛に依拠しないかたちで結婚のパートナーを探し、決定するこれらの方法はこのギャップを解決しているようにみえる。

ただし、この方法にも問題点はある。それは、恋愛したい本能を合理主義で無理やりに封印した場合、その封印が解けてしまったら大変なことになってしまうかもしれない点だ。特に、本当は恋愛したいと思っている人が合理主義的に強引に恋愛に封印をほどこして生きていく場合、封印が解けてしまうリスクはどこかに残る。

 

もうひとつの方法は、自分自身の選り好みを変えてしまうこと、できるだけ若いうちからセロトニンの出そうなパートナー・セロトニンの出るような時間を志向するように育ってしまうことだ。

もう少しだけ言い換えをさせていただくなら、恋愛に際して魅力的と感じる性質と結婚に際して好ましいとされる性質が事前に重なり合わせるよう、そうした性質を内面化してしまうことである。

 

そんなもの内面化できるの? と突っ込む人もいらっしゃるだろう。だが、合理主義者諸氏は自分の胸に手をあてて振り返ってみるべきである。

そもそも、その合理主義じたいが子ども時代からの環境や教育によって内面化され、社会経験の積み重ねによって強化され、しまいに当たり前すぎて疑問に思うことすらなくなった行動原理ではなかったか? 近代以前の人間のほとんどが合理主義者ではなく、もっと衝動的に生きていたことを思い出すにつけても、ある行動原理、ある志向を経験の積み重ねをとおして内面化していくことは不可能ではないはずである。少なくとも、そのように人間自身を馴致する余地はある。

 

馴致する余地はある、と書いたが、『Z家族』の内容を思い出すにつけても、これは現在進行形で起こっている現象ではないだろうか? と私は疑う。

合理主義とリスク回避の考え方がこれほど広く浸透している今、そこで行われる結婚、ひいては世代再生産は、恋愛に最適化した者はうまくいかず、結婚生活に最適化した者がうまくいくかたちで進行していくだろう。社会全体のトレンドとしてセロトニンの welfare が来ているこの数十年の流れを踏まえるなら、やがて日本人の性嗜好はもっと合理主義に寄ったものに変わっていき、ドーパミン頼みの恋愛はますます下火になっていくかもしれない。

そうなれば、合理主義者は恋愛と結婚のギャップに悩むことなく、ぐるっと回ってロマンティック・ラブと合理主義的配偶者選択の幸福な結婚をみるだろう。

 

 

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

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twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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Photo:Zoriana Stakhniv