故スティーブ・ジョブズは、スタンフォード大学卒業式の式辞で「点を繋げる(connecting the dots)」という概念について述べた。
リード大では当時、全米でおそらくもっとも優れたカリグラフの講義を受けることができました。キャンパス中に貼られているポスターや棚のラベルは手書きの美しいカリグラフで彩られていたのです。
退学を決めて必須の授業を受ける必要がなくなったので、カリグラフの講義で学ぼうと思えたのです。(中略)
もちろん当時は、これがいずれ何かの役に立つとは考えもしなかった。ところが10年後、最初のマッキントッシュを設計していたとき、カリグラフの知識が急によみがえってきたのです。そして、その知識をすべて、マックに注ぎ込みました。
(日本語訳出典:https://www.nikkei.com/article/DGXZZO35455660Y1A001C1000000/)
重要なのは、「学んだことがいつ役に立つかは、わからない」という指摘だ。
スティーブ・ジョブズは、この後に以下のように続けている。
繰り返しですが、将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません。できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。
だから、我々はいまやっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかない。
これは、他の思想家などにも見られる傾向だ。
フランスの文化人類学者、クロード・レヴィ=ストロースは、著書 の中で「ブリコラージュ」という概念を提唱している。
これは、「とりあえず、今手の中にあるもの、そのあたりに存在するものを使って何かを作る」という行動のことであり、重要なのは、「事前に何が必要かを想定しない」という点だ。
例えば、
「なんとなく哲学に触れたくなったから、授業を取っておこう」
「ロボットが面白そうだから、自分で組み立ててみた」
「英語で映画が見たいので、字幕無しで映画をずっと見ていた」
という学生がいる。特に将来の事を考えているわけではない。
ところが就活に際して面接官に
「学生のときに楽しかったことはなんですか?」と聞かれ、とっさに
「ロボットの組み立てにハマっていたのですが、英語の文献しかなく、海外の掲示板に質問を書き込んだら、哲学の話題で盛り上がったことです」
と回答できるのは、ブリコラージュ的、「connecting the dots」だ。
ペニシリンの実用化は「connecting the dots」から
そして「いつ役に立つかわからない研究」は、ときに歴史的な大発見に至る。
ペニシリンは1928年にアレキサンダー・フレミングによって発見された、世界初の抗生物質だ。
そしてこのペニシリンは
「フレミングが細菌培養に使った使用済みシャーレを洗わず放置したところ、偶然カビが細菌の増殖を抑える物質を作り出すことを発見した」
というエピソードとともに語られる。
ただ、この話はもう少し奥が深い。
実は、フレミングはこの発見を「実験用の試薬」として論文を書いたが、治療薬への応用の可能性はほとんど考えておらず、論文もほとんど注目されていなかった。
そして、フレミング自身もこの発見を中断してしまった。
実はペニシリンはその10年以上後、「ハワード・フロリー」という抗生現象を専門に調査をしていた学者によって再発見された。
彼はフレミングの論文を読み、動物実験を繰り返した結果、その効果を確信し、実際の患者へ投与し効果を立証した。
その後、この発見はノーベル生理学・医学賞につながるが、その時のフレミングのコメントが象徴的だ。
自らの研究は決して深い洞察に基づくものではなく、培地の汚染という偶然の出来事に端を発したものであったが、自分の功績はといえばその現象を無視せずに記録し、後続研究の端緒としたことである
スティーブ・ジョブズの述べた、connecting the dotsとは、まさにこのようなことを言うのだろう。
キャリアも「connecting the dots」的な発想で
「キャリア」を考える際にも、「connecting the dots」的な発想が意味を持つ。
ソウルドアウト社の池村公男氏は、現在は財務、人事、総務、経理などのバックオフィスを統括する「CFO」という立場だが、以前はインターネット広告代理店「オプト」の営業部長という、フロントからバックオフィスへの異色の経歴を持つ。
「求められればどんな仕事でもやる。むしろそのほうが、キャリアにはプラスです。仕事と言うのは、根っこが動かなければ、何をするかというのは、瑣末なことです。
弊社は中小企業の経営者を助けるための会社です。それがブレなければ「やりたいこと」にあまりこだわらないほうが、長期的な結果はよくなると思います。」
と、池村氏は述べる。
通常「仕事はやりたいことをやるべき」と言われることが多い。
しかし、池村氏はそれに対して「目的と手段を取り違えないほうがいい」という。
「会社は「営業をやること」「マーケティングをやること」が最終目的ではないですよね。「世の中を変える」や「顧客に貢献する」が目的。だからキャリアを考えるときも、同じレベルで考えなければなりません。
つまり、「職種」は手段にすぎない。会社が「営業で貢献してくれ」というなら、営業をやったほうがキャリア上は遥かにプラスです。それこそ、将来何が自分にプラスになるかわからないのですから。」
これは、「connecting the dots」の思想にほかならない。
「例えば、サッカーの小野伸二選手を知っているでしょうか。芸術的なパスをすることで知られた選手です。」
「彼のすごいところは、右利きであるのに、左足の方がうまく使えること。他の選手は利き足という「強み」を磨くことで一流になろうとしますが、小野選手は手段を選ばない。「苦手を克服する」ことで、一流になったことです。
「いまやりたい、強みである」と思っていることが、将来に渡ってもそうであるかはわかりません。だから「とりあえずやってみたこと」を強みに変えていくアプローチが、キャリアを考える上で重要ではないでしょうか。」
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「仕事が気に入らなかったら、会社なんてすぐに辞めちまえ」という過激な意見もよく聞かれる。
だが、落ち着いて考えてみてほしい。
今の仕事がもし「人生の目的」につながるものだったら、将来、必ず何かしらの役に立つはずだ。
仕事は手段にとらわれず、なんでもやってみよう。それがいつ大きな成果を生むか、自分にはわからないのだから。
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