最近インターネットで近藤誠先生の「がん放置理論」についての話題をよく見かけるようになった。
彼を有名にしたこの理論は、以下のような三段論法に端的にまとめる事ができる。
がんは”本物”と”がんもどき”に分かれる。
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”がんもどき”はがんではないので治療の必要はない。
”本物のがん”は手術をしても寿命が縮まるだけ。抗がん薬は効かない。だからどちらもやる意味がない。
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だからがんの治療は完全放置で構わない。
この理論が暴論であり、科学的に色々と間違っている事については既に様々な方々が指摘されているので今回はその検証自体は行わない。
けどこの話を聞いて、こう思う人も当然いるはずなのだ。
「なんで医者はどいつもこいつも金太郎飴のごとく手術や抗がん剤の使用を推奨してくるのだろう?」
これ、本当に凄く不思議に思わないだろうか?
確かに近藤理論も暴論にみえるが、一般的な医者の回答もそれだけ見れば「何でそれ選んだの?」と問いただしたくなる要素で満載だ。
その発言の根拠は、果たしてあるのだろうか?
というわけで今回は医者の治療の根拠がどこにあるのかについての話と、治療における意思決定がどのように行われるかについての話を書こうかと思う。
医者の思考決定はどのように行われるのか
医療というものは科学をベースに行われるものだ。
科学の定義は厳密に言うと難しいのだけど、ここでは再現性が担保されたものと考えるとしよう。
例えば相対性理論は地球上どこでも成立するし、水は100度になるとどこにいようが沸騰する。これらがわかりやすい科学の具体例だ。
このように誰がどこでやったとしても再現可能な現象が科学的な行いである。
医療はこの科学的な再現性を利用し、治療という技術の形で販売している産業といえる。
アメリカだろうが東京だろうが、どこで治療を行ったとしても同じ事をすれば同じ結果が出る。医療が科学だからこそできる事だ。
このように科学を背景に成立している医療だけど、実は私達医者は薬が具体的にどうやて身体に効いているのか等の治療自体のメカニズムにはあまり詳しくない。
それらを知る必要は、実際に治療を行うにあたっては殆ど必要ない。
例えるなら「車を上手に運転するのに、車が動く仕組みを知る必要はない」というのに似ているとでも言えばいいだろうか。
じゃあ一体、何を根拠に私達は治療を行っているのかというと、それはエビデンス(科学的根拠)と言われるものだ。
この膨大な治療のベースとなる理論が、私達医者が治療の根拠として用いているものである。
現代は先人の様々な行いにより数多くの「この治療は、この病気には効く」というデータが多く蓄積されており、それらを元に私達医者は安心して治療方針を決定しているのである。
このエビデンスという強力な理論を武器があるが故に、病気をキチンと診断できさえすれば後は先人が残してくれた膨大なデータを元に誰でも正しい治療選択を行うことができるのである。
ある意味では、現代医療は匠の技のような一子相伝で伝えられる再現不可能な個人技を否定したともいえる。
祈祷師や呪術師のような「誰にやってもらうか」よりも、「何をしたか」が重要とされるのが、今の医療なのである。
正しい選択さえすれば、誰がやっても同じ結果が出る。これが現代医療の素晴らしい点ともいえるだろう。
これでようやく冒頭に書いた「何でがんになったら医者は金太郎飴の如く、手術や抗がん剤の使用をオススメしてくるのか?」についての答えがわかっただろう。
つまるところ、手術や抗がん剤は、正しい場面で使えばキチンとエビデンス(科学的根拠)が担保されているのである。
だから診断さえ合っていれば、どこのどんな医者であれ、あなたに同じ治療をほぼ間違いなく推奨する。
というか推奨する治療が人ごとにコロコロ変わったら、そっちの方が駄目であろう。
だってそれ、何を根拠にしてるんだって話ですし。
根拠が同じなら、結論もほぼ同じに行き着くのが科学的には当然の話なのである。
標準療法が基本的には最善の選択肢。お金持ちの為の特別な治療法なんかは基本的にはありません
このように、がん以外の病気も含めて基本的にはエビデンスを元にしたスタンダードな治療法が多くの場合において確立されている。
これが標準療法といわれるものの正体だ。
この標準療法という単語を聞いて「標準があるのだから特別もあり、特別の方が凄い治療法に違いない」と勘違いしている人が一部にいるけど、それは間違いだ。
ここでの標準という言葉は王道とか覇道みたいな意味合いに近い。
先程も言ったけど、現代医療では匠の技のような超絶技法は殆ど存在しない。
誰がどうやっても再現性が保証された最善の治療というものが、多くの場合においてキチンと確立されている。
この最善の治療法が標準療法といわれているものに相当するものだ。
エビデンス(科学的根拠)がしっかりある、効果が保証された治療であるがゆえにスタンダードの名を付けられる事が許されたといってもいいかもしれない。
だから私の為の特別な治療法なんていうものは、医療が科学的を根拠にしている限り、基本的にありえないのである。
一部の人、特に芸能関係の人は特別待遇を望む傾向が強いのだけど、残念ながら医療に特別はほぼ無いと言っても過言ではない。
仮にそんなものがあるとしたら、それは科学的な裏付けが何もなわれていないエビデンス抜きの机上の空論の実験台みたいなものでしかない。
一人一人に沿ったオーダーメイド医療という言葉は耳障りがとてもよい言葉だけど、実際問題私達はみんな同じ人間である。
同じ人間なんだからAさんにとっての最善は、Bさんにとっても多くの場合において、やっぱり最善なのである。
だから先人の残してくれた膨大な資料を元に構築された現状における最善の治療である標準療法を受け入れるのが一番よいのだ。
特別待遇を追い求めたくなる気持ちは重々承知であはあるが、医療においては王道が覇道なのだ。
最善を選び続ける事は凄く難しい
ここまで書かれた事を読んで「医者の仕事って簡単そうだな。だって本に書かれてる事をそのままやればいいんでしょ?」と思う人もいるかもしれないので、一応補足を付け加える事にしよう。
確かに私達は先人の残してくれた膨大なエビデンスを元にメシを食っている。
これは間違いない事実であり、医者のメシのタネ自体は本やインターネット上にゴロゴロ転がっているものばかりだ
だけど全ての患者の最善手を選び続けるという事は、本当に物凄く難しい。
後付で正しいロジックを組み立てるのは誰にでもできるけど、制限時間が限られた白熱する医療現場で、万人にとっての最善の選択肢を選び続ける事は本当に本当に難しい。
”最高の選択”をし続けるというのは、どの分野のプロでも本当に難しい。
かつて将棋の羽生善治さんが、公式戦で1手詰めを見逃して大逆転を喰らい負けてしまった事があったのだけど「あの羽生善治さんですら普通に真剣勝負である公式戦の場面で普通に間違えたりするのだ」と知って僕は深く安堵した。
人類最強の男ですらミスをするのだ。僕のような凡人なんて、死ぬまでに果たしてどれだけのポカをやらかすのだろうか。
我々は間違える。そして肝心な事として、間違えた後も現場は延々と続くのである。
ミスをした動揺を、次の場面に引きずることは許されない。だから現場のプロは、ある意味一般人とは違う、特殊なメンタル調整技術をみにつける事が必要ともいえる。
この絶対にミスが許されない場面で、常に最善の選択肢を選べるようなマインドセットであり続けるという事に医者のプロとしての面白さがある。
最善の選択肢を選び続ける事は、本当に難しい。
けどだからこそ、やりがいのある仕事ともいえる。
医者の仕事がどういうものなのかが、少しはお分かり頂ければ幸いである。
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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)
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都内で勤務医としてまったり生活中。
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(Photo:Kevin Morris)