私が勤めている会社では、毎年新入社員がコンピテンシーワークというものをおこなっている。
コンピテンシーとは「高い業績・成果につながる行動特性」のことです。
例えば、ある特定の業務において、高い業績や成果を出している人がいるとします。その場合、その高い業績や成果を出している人には、何か業績や成果を出す理由があるわけです。
そして、その理由に当たる部分が、行動特性でありコンピテンシーなのです。
新入社員が会社で活躍している先輩にインタビューをし、コンピテンシーは何か考える。そして新入社員みんなで話し合い、「これだ!」というコンピテンシーをいくつか決めてプレゼンテーションする。
毎年研修中に行われるもので、私も3年前、発表した。その後は毎年後輩の発表を見ているので、今回で見るのは3回目だ。
先輩方の発表がどうだったのかはわからないが、自分の年もそれ以降も、劇という形でのプレゼンだったので見ているほうは楽しい。
今年は特にクオリティが高く、ユーモアたっぷりで終始笑いながら見ていた。日々の仕事に忙殺されているとつい忘れてしまいそうなことを思い出させてもらったりもした。
私は毎年どのような表現がされるのか、楽しみにしている。とはいっても発表されるコンピテンシー自体は毎回似たようなものだ。コンピテンシーなので、そうコロコロと変わるものではないから、ある意味当然である。
だからコンピテンシーという同じような内容がどのように発表されるか、その表現の違いを楽しんでいた、というのが正直なところだ。
ただ、今年は今までになかった言葉があり、ハッとした。
それが「仕事を楽しむ」だった。
どのような言い方だったのか忘れてしまったが、仕事を楽しんでやろう、みたいな内容が盛り込まれていた。
これは今までに一度もなかった。今までといっても自分たちの発表を含めて4回目だが、過去3回にはなかったと思う。似たようなコンピテンシーを毎年聞いていたからこそ、初めて聞く内容が出てきたことが興味深かった。
仕事を楽しめるのは「コンピテンシー」
仕事を楽しもう、という風潮は社会全体にあると思う。
「好きを仕事に」なんてフレーズはよく聞くし、「人生の大半は仕事をしている時間なのだから、仕事が楽しくなかったら人生つまらないよね」という話もいたるところでされている。
仕事が楽しいに越したことはないのは間違いない。ただ、それはあくまで個人が仕事に対してどう感じるかの問題であって、コンピテンシーだと思ったことはなかった。
それがプレゼンの内容に盛り込まれていたから、驚くと同時に、興味深く思った。
楽しく仕事をすることと活躍すること。この2つに関連性を見出すかどうかは人によるだろうが、コンピテンシーとして出てきたということは、関連性を見出す人が(全員ではないかもしれないが)多かった、ということだろう。
コンピテンシーは活躍している先輩社員のインタビューから考えたものだから、仕事を楽しんでいる社員が活躍している、ということでもある。いずれにしても、楽しく働くことが大切である、という風潮がしっかり反映されていると考えられる。
そもそも、私たちが働くのは幸せになるためである(と私は思っている)。仕事によって得られる様々なもので、私たちは幸せになる。
その場合、仕事は手段だろうか、目的だろうか。
私はコンピテンシーのプレゼンを聞いて、仕事は手段であり、目的でもあるのだな、と思った。
仕事が手段である場合、わかりやすいのが、お金を稼いで、プライベートを充実させることだ。たとえば美味しいご飯を食べることが自分にとって最高の幸せだ、という人がいたとする。
ご飯を食べるためには、お金を稼ぐ必要がある。ご飯を食べるという目的のために、仕事という手段でお金を稼ぐ。
こうなると仕事が手段でご飯が目的となる。わざわざ書くまでもない、シンプルな話だ。
ところが仕事こそが自分にとっての最高の幸せだ、という人にとっては、手段と目的が逆になる。そういう人にとっては、ご飯は仕事をするための手段(食事をしなければ生きられない→仕事をすることができない)となるからだ。
食事も仕事も、手段になったり目的になったりする。
つまりある行為が手段になるか目的になるかは人によって違うということである。
人によって、というより、その時その時によって、違うのかもしれない。いずれにしても、手段と目的は容易に入れ替わるものである。
「仕事を楽しむ」は若い人たちの感覚としては割と一般的なもの
私は新入社員の「仕事を楽しむ」話を聞いて「これって手段と目的の一体化だよなー」と思った。
仕事を例にするならば、仕事とは幸せを感じるための手段であり、それ自体が幸せに感じる目的でもある、ということだ。
手段そのものを楽しむことで、手段を目的化させている。楽しいことをするのが目的で、手段が楽しかったら、手段=目的となる。
(もちろん、新入社員の仕事の目的が楽しむことだと言っているわけではない。新入社員の「仕事を楽しむ」という言葉から、勝手に考えを巡らせているだけである。)
思い返せば私もそう思いながら入社した。だから、「仕事を楽しむ」という新入社員の言葉には、共感している。
たぶん、若い人たちの感覚としては割と一般的なものなのだろう。決して自分を一般化しているのではない。周囲の人たちを見て、自分もそのうちの一人だったんだなーと今更ながら感じている次第だ。
ただ、一方で、仕事の「手段」としての側面が最近自分の中で大きくなってきているのを感じている。
身も蓋もない言い方をすれば、やっぱりお金って大事だよね、ということだ。年収を上げていくのも、貯金を増やしていくのも、楽しい。働いて、お金がほしい。
自分を正当化したいがために言っているように思われてしまうかもしれないけれど、これはこれで、幸せな人生をおくるための手段なので、間違っていない。
仕事以外のところに目的があって、そのために働く。仕事そのものが目的にならなかったとしても、別の目的を達成することで喜びを感じることができるなら、そのための手段も有意義なものではないだろうか。
森博嗣さんの『「やりがいのある仕事」という幻想』という本に、次の文章が書かれている。
基本的なことをいえば、人間はやりたいことだけをして生きていける。スキーがしたい人は、たぶんスキーで滑ることが楽しいのだと思うけれど、スキー板を担いでまた山の上まで登らなければ、続けて滑ることができない。
リフトがあるけれど、これは金を取られるので、面白くないだろう。でも、そういうものを全部ひっくるめて、「スキーをしている」と言えるのだと思う。(略)
やりたいことをするための準備というものがあるように、仕事だって、やりたいことをするための手段にすぎない。だから、やりたいことがあれば、仕事も自然にやりたいことに含まれるだろう。
これは仕事という手段が楽しくなくても、それによってやりたいことがやれるなら、仕事もやりたいことの一部になる、という考え方だ。最近よく言われる、「仕事を楽しむ」スタンスとは違う。
正直なところ、どちらにも共感できる。
仕事は楽しいこともつらいこともある。でも今のところは総じて楽しい。やっぱり仕事は楽しくなくては! と思う。
それでも、心のどこかで「必ずしもそれだけではないよなー」と違和感を拭いきれないでいた。それはきっと、仕事が手段としての側面と目的としての側面の両方を持ち合わせていたからだ。
今も、そしてこれからも、仕事は自分の中で手段になったり目的になったりコロコロと入れ替わっていくのだろう。
ただ、どちらの側面が強くなったとしても、その状況に自覚的でありたい。そう思わされた、興味深い発表だった。
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【著者プロフィール】
名前: きゅうり(矢野 友理)
2015年に東京大学を卒業後、不動産系ベンチャー企業に勤める。バイセクシュアルで性別問わず人を好きになる。
【著書】
「[STUDY HACKER]数学嫌いの東大生が実践していた「読むだけ数学勉強法」」(マイナビ、2015)
「LGBTのBです」(総合科学出版、2017/7/10発売)
(Photo:N A I T)