私が知る限り、もっとも人心掌握に秀でたマネジャーの一人は、あるSIerのMさんだ。

 

といっても、Mさんは特に人望があるわけでも、人徳が高いわけでもない。

そういった定性的な話ではない。もっと実務的なのだ。

 

実は、彼が人心掌握に優れていると判断する理由は、「人を動かすこと」の巧みさゆえである。

 

私が言わない方がいい、彼に言ってもらおう

私がMさんの人心掌握術の巧みさを知ったのは、「情報セキュリティ対策プロジェクト」の時だった。

 

ご存じの方も多いと思うが、セキュリティ対策はさまざまな日常の手続きを煩雑化することがある。

例えばお客さんとの情報のやり取りに関する制限がかかったり、記録をつけなければならなかったりなどだ。

 

Mさんの部下も例外ではなかった。

現在進行中のプロジェクトの情報のやり取りに問題がある、とセキュリティ監査で指摘され、その改善策として上から提示されたルールが、かなり煩雑なものだった。

 

特に、Mさんの部下の一人のTさんは、その改善策の導入にはかなり消極的だった。

Tさんの様子を見て、ルールをきちんと導入するには、何らかの罰則や、厳し目のルールが必要なのではないか、そんな議論も出た。

Mさんはそんな状況を見て、私にそっと囁いた。

「どうやらTさんには、私が言わない方がいい。彼に言ってもらおう。」

 

Mさんが指名したのは、まだ3年目の若手だった。

その若手に、「Tさんを説得してくれ」と、Mさんは頼んだのだ。

その若手は戸惑ったが、「わかりました」とそれを引き受けた。

 

「何を言ったか」よりも「誰が言ったか」のほうが圧倒的に重要

驚くべきことに後日、Tさんはそのルールをきちんと守るようになった。

どうやら、若手の説得が、功を奏したようだった。

 

私はMさんに、「なぜあの若手の方に説得を依頼したのですか?」と聞くと、Mさんは言った。

「Tさんは天邪鬼だから上の言うことは聞かない。でも決して理がわからない人ではない。そこで、Tさんと仲のいい若手にお願いした。最近は一緒に釣りにも行っているみたいだから。」

 

私はその時、「何を言ったか」よりも「誰が言ったか」のほうが圧倒的に重要、という現実をまざまざと見せつけられたのだった。

そしてこの経験は、後のコンサルティングに大きく活かされることになった。

 

企業には本当にさまざまな人物がいて、中には「コンサルタント」というだけで、毛嫌いする人もいる。

そういう人には、私から正当性を訴えたところで、逆効果なのだ。

 

その場合は、ターゲットとする人物と親しく、敬意を抱く人物をまず探し、その人物にアプローチすることから始める。

「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」は、現代でも有効な格言だ。

 

なぜ「誰が言ったか」が重要なのか

しかし、私はなぜこのような非合理がまかり通るのか、永いこと不思議に思っていた。

客観的に考えれば「何を言ったか」と「誰が言ったか」は、関係がないはずである。

 

例えば、「選挙に行こう」という言葉は、民主主義国家において重要であることは、誰でもある程度理解できるから、この呼びかけの重要度は「誰が言ったか」とは関係がないはずである。

 

しかし、現実はそうではない。

2010年の米国連邦議会選挙において、フェイスブックとカリフォルニア大学サンディエゴ校の研究者たちが、ある実験を行った。

6100万人のフェイスブックユーザーに対し、「投票に行こう」というメッセージを複数のバージョン送り、その反応を分析した。

例えば、一部のユーザーには「投票に行こう」というメッセージだけを送った。いくらかのユーザーは投票に行ったが、影響力はがっかりするほど小さなものだった。

また、別のユーザーには、「投票に行こう」というメッセージだけでなく、すでに投票を終えた友人の顔写真を表示した。すると、メッセージの動員力は4倍にまで改善された。

 

つまり、人は「メッセージ」だけではモチベーションを高めるには不充分であることを、この実験は示している。

直接的交流が、信頼できる協調的な態度を促すには不可欠なのだ。

さらに、ソーシャル物理学の筆者である、MITのアレックス・ペンドラントは追加の実験によって、この交流による圧力は「お金で釣る」などの市場型インセンティブに比べてもおよそ4倍の効果、最も親しい人に対しては8倍の効果があると実験によって示したのだ。

 

これらの「人間関係」を用いた影響力の行使は、様々な用途が考えられる。

例えば、アレックス・ペンドラントは「省エネの意識」にもこのソーシャル・ネットワークのインセンティブが使えることを示している。

最初の実験では、持ち家居住者に対してソーシャル型のフィードバックを与えた。自宅の電力消費量と、他の平均的な世帯の消費量とを比較できるようにしたのである。

比較する相手が国全体における平均の場合、人々の行動は変わらず、省エネ行動もほとんど見られなかった。

しかし比較する相手を周囲の近隣世帯にしたところ、行動変化が起きた。つまり比較する相手が自分とどれだけ近い関係であるかが重要なのだ。これこそソーシャルネットワーク効果である。

 

人は「仲間」を信用し、「他人」を信用しない。

アレックス・ペンドラントは、こう結論づけている。

「人は仲間の言うことは信用するが、他人は信用しない。」

多くの人々が政治家や弁護士一般を不審に思う一方で、個人的に知っている政治家や弁護士個人に対しては信頼感を抱くのは、それが理由である。

これは、集団間に差別意識をもたらすものであり、ときには集団間の抗争にまで発展する。

多くの人が、「誰が言ったか」を重要視する理由は、我々の脳の機能に「誰が言ったかを重視せよ」というプログラムが組み込まれているからである。

 

「正しいことを言えば、皆わかってくれるはず」と言うのは、人の本質を知らない、愚かな言動だ。冒頭のMさんは特に人望がある人ではなかったが、人望の本質はよく理解していた。だから、人心掌握に長けていた。

そう、「人望」の本質とは、「仲間意識を得る能力」ということだったのだ。

 

 

 

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(Photo:Matus Laslofi