漫画『ドラえもん』の世界で生きているのび太たちと、わたしが暮らしてきた世界は、ずいぶんちがう。
野球のボールが人の家の庭に飛び込んだとしても、「ごめんくださぁい」なんて声はかけない。
そもそも、ボールが人の家に入る可能性がある場所でボール遊びなんてしたことがない。かみなりさんのような近所のおじさんに怒鳴られたこともない。
地域によってもちろん大きな差があるだろうけど、昔に比べたらずいぶん『世間』が狭くなったのだなぁ、なんて思う。
『世間』が狭くなり孤独になるわたしたち
『世間』という言葉は『社会』と同じような意味に思えるが、実は『世間』には「自分の活動範囲」という意味もある。
たとえば「世間が狭いね」と言うのは、活動範囲が偶然かぶったことへの驚きだ。
『「空気」と「世間」』という本では、世間と社会の定義を、こんなふうにまとめている。
自分に関係のある世界のことを、「世間」と呼ぶのだと思います。そして、自分に関係のない世界のことを、「社会」と呼ぶのです。(……)
電車の中で、熱心にお化粧をする女性は、そこが「社会」で、自分には関係がないと思っているからできるのだと思います。
もし、一人でも、会社の同僚が乗り合わせて来たら、彼女は今まで通りには化粧派続けられないはずです。「社会」しかなかった空間に、「世間」が現れたからです。
「空気」と「世間」 (講談社現代新書 2006)
- 鴻上尚史
- 講談社
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『世間』は同じ舞台上の出来事で、自分もそのなかの一員として体験するもの。社会は客席から見ている感じ、とでも言おうか。
昔はこの『世間』という舞台がオープンで、その舞台上にはたくさんの人、たとえば親戚や近所の人、同級生の親や友人たちがいたのだろう。
そしてその舞台上にいる人はみんな「関係のある人」だったはずだ。
でもいまは、『個人』という概念が重視されている。「自分は自分」「他人の言うことなんて気にするな」なんて言葉で、舞台の幕を下ろしている人が多い気がする。
舞台上には自分と、家族、数人の友人だけが立っていて、すりガラスの向こうにいるネットでつながった人々がじっとこちらを見ているだけ。
そんな状況を「日本も欧米のように個人主義な国になりつつあるのだ」なんて言う人もいるけど、それはちょっとちがうんじゃないかと思っている。
他人と関わりあう『個人主義』のドイツ
わたしは『個人主義』と言われるドイツで暮らしているのだが、実際に過ごしてみると、『個人主義』のイメージがかなり変わった。
わたしは『個人主義』に対して、「他人に無関心で自分優先」というイメージをもっていた。
舞台上の主役である自分に常にスポットライトが当たっていて、ほかのモブキャラなんてどうでもいい、という感じだ。
でも実際は、全然そうじゃない。むしろドイツでは、他人との関わりあいをとても大切にしている。
駅のホームに上がる階段を上っていると「電車が来るホームが変更になるよ。3番線だ」と声をかけられたり、電車が遅延したら向かいに座っている人と肩を竦めて「災難だね」と一言交わしたりする。
目が合ったら笑いかけ、レジでは「ありがとう。良い1日を」と言って立ち去る。
ぶつかりそうになったら「おおっと」なんて言って、お互い笑顔で「大丈夫?」「大丈夫大丈夫」と言う。
宅配の不在表には「向かいの○○さんに届けた」なんて書いてあって、後日「わたしの荷物あります?」と受け取りに行く(これはドイツの雑な郵便事情もあるのだが)。
ドイツはたしかに日本よりも『個』を重視するし、自立と自己判断を求められる。でもその一方で、日常的に多くの人が関わりあっているのだ。
ドイツでは舞台の幕は常に上がっていて、そばにいる人みんなが「同じ舞台にいる関係者」という感じである。
舞台に立っているのは自分だけという世界
日本……といっても地域で大きな差があるだろうけど、少なくともわたしの生活圏内は、そんな気軽に他人に話しかけられる雰囲気ではなかった。
コンビニの店員さんに「今日暑いですねぇ」なんて言ったら相手は困惑するだろうし、目が合った人に微笑みかけたらヤバイやつ扱いだろう。
それが異性なら、あらぬ誤解を招くかもしれない。というかそもそも、他人と目が合わない。
舞台の幕はいつも閉まっていて
「すみません、わたしはこういう者ですけども、中に入れていただけませんか」
と声をかけて了承を得なければ他人の舞台には上がれず、関わりあえない。
日本に一時帰国すると街の人びとがそっけない気がしてしまうのは、ドイツに比べて、他人であるわたしと関わろうとする人が少ないからだろう。
たとえば「田舎の温かみ」に憧れる人がいるけど、それは狭いコミュニティのなかで『世間の一員』として強制的に他人の舞台に上げられることで、人とのつながりを感じて癒されたいのだと思う。
いままで日本では『○○学校』とか『××社』とかっていう集団への帰属意識が強くて、同じ集団に所属している人はみんな同じ舞台に立つ仲間だと認識していたのだろう。
でもその『集団』という意識が弱くなることで、同じ舞台に立つ人がいなくなり、『世間』が狭くなってしまった。
そんな世界だからこそ、うまく人に甘えられなかったり、孤独感を強く感じたりして、生きづらいと思う人が多いんじゃないかなぁなんて思う。
個を重視するからこそ大切な『つながり』
これからは日本でももっと、『個人』が軸になっていくだろう。
でもそれなら、『世間』は広くなくてはいけない。そうでなければ、他人とのつながりをもたない孤独な『個人』が、自分のことだけを考える世の中になってしまう。
というより、いまもすでにそうなっている気がする。
道端の迷子に声をかけることすらためらい、具合が悪くても電車で席を譲ってほしいと言えず、子どもが泣いていてもそ知らぬ顔をする。
『世間』という舞台がオープンならば、身の回りの出来事はすべて「自分と関係のあること」だ。
迷子がいたらすぐに声をかけるし、「席を譲ってもらえませんか」と言えるし、泣いている子どもを一緒にあやしたりするだろう。
でも現代日本(少なくともわたしが知っている範囲)では、そんな関わりあいさえむずかしくなってしまった。
それは、さみしいことだと思う。
多様性を認めよう、人はみんなちがうのだから尊重しよう。そんなことを言っているのに、そこには人とのつながりがない。
個人が重視され、自分で人生を切り開く力が求められ始めた現代だからこそ、他人とのつながりをより大切にしていく必要があるんじゃないかなぁなんて思っている。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
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3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
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・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
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ブログ:『雨宮の迷走ニュース』
Twitter:amamiya9901
(Photo:Eduardo Skinner)