漫画『ドラえもん』の世界で生きているのび太たちと、わたしが暮らしてきた世界は、ずいぶんちがう。

 

野球のボールが人の家の庭に飛び込んだとしても、「ごめんくださぁい」なんて声はかけない。

そもそも、ボールが人の家に入る可能性がある場所でボール遊びなんてしたことがない。かみなりさんのような近所のおじさんに怒鳴られたこともない。

 

地域によってもちろん大きな差があるだろうけど、昔に比べたらずいぶん『世間』が狭くなったのだなぁ、なんて思う。

 

『世間』が狭くなり孤独になるわたしたち

『世間』という言葉は『社会』と同じような意味に思えるが、実は『世間』には「自分の活動範囲」という意味もある。

たとえば「世間が狭いね」と言うのは、活動範囲が偶然かぶったことへの驚きだ。

 

『「空気」と「世間」』という本では、世間と社会の定義を、こんなふうにまとめている。

自分に関係のある世界のことを、「世間」と呼ぶのだと思います。そして、自分に関係のない世界のことを、「社会」と呼ぶのです。(……)

電車の中で、熱心にお化粧をする女性は、そこが「社会」で、自分には関係がないと思っているからできるのだと思います。

もし、一人でも、会社の同僚が乗り合わせて来たら、彼女は今まで通りには化粧派続けられないはずです。「社会」しかなかった空間に、「世間」が現れたからです。

『世間』は同じ舞台上の出来事で、自分もそのなかの一員として体験するもの。社会は客席から見ている感じ、とでも言おうか。

 

昔はこの『世間』という舞台がオープンで、その舞台上にはたくさんの人、たとえば親戚や近所の人、同級生の親や友人たちがいたのだろう。

そしてその舞台上にいる人はみんな「関係のある人」だったはずだ。

 

でもいまは、『個人』という概念が重視されている。「自分は自分」「他人の言うことなんて気にするな」なんて言葉で、舞台の幕を下ろしている人が多い気がする。

舞台上には自分と、家族、数人の友人だけが立っていて、すりガラスの向こうにいるネットでつながった人々がじっとこちらを見ているだけ。

 

そんな状況を「日本も欧米のように個人主義な国になりつつあるのだ」なんて言う人もいるけど、それはちょっとちがうんじゃないかと思っている。

 

他人と関わりあう『個人主義』のドイツ

わたしは『個人主義』と言われるドイツで暮らしているのだが、実際に過ごしてみると、『個人主義』のイメージがかなり変わった。

わたしは『個人主義』に対して、「他人に無関心で自分優先」というイメージをもっていた。

舞台上の主役である自分に常にスポットライトが当たっていて、ほかのモブキャラなんてどうでもいい、という感じだ。

 

でも実際は、全然そうじゃない。むしろドイツでは、他人との関わりあいをとても大切にしている。

駅のホームに上がる階段を上っていると「電車が来るホームが変更になるよ。3番線だ」と声をかけられたり、電車が遅延したら向かいに座っている人と肩を竦めて「災難だね」と一言交わしたりする。

目が合ったら笑いかけ、レジでは「ありがとう。良い1日を」と言って立ち去る。

ぶつかりそうになったら「おおっと」なんて言って、お互い笑顔で「大丈夫?」「大丈夫大丈夫」と言う。

宅配の不在表には「向かいの○○さんに届けた」なんて書いてあって、後日「わたしの荷物あります?」と受け取りに行く(これはドイツの雑な郵便事情もあるのだが)。

 

ドイツはたしかに日本よりも『個』を重視するし、自立と自己判断を求められる。でもその一方で、日常的に多くの人が関わりあっているのだ。

ドイツでは舞台の幕は常に上がっていて、そばにいる人みんなが「同じ舞台にいる関係者」という感じである。

 

舞台に立っているのは自分だけという世界

日本……といっても地域で大きな差があるだろうけど、少なくともわたしの生活圏内は、そんな気軽に他人に話しかけられる雰囲気ではなかった。

コンビニの店員さんに「今日暑いですねぇ」なんて言ったら相手は困惑するだろうし、目が合った人に微笑みかけたらヤバイやつ扱いだろう。

それが異性なら、あらぬ誤解を招くかもしれない。というかそもそも、他人と目が合わない。

 

舞台の幕はいつも閉まっていて

「すみません、わたしはこういう者ですけども、中に入れていただけませんか」

と声をかけて了承を得なければ他人の舞台には上がれず、関わりあえない。

 

日本に一時帰国すると街の人びとがそっけない気がしてしまうのは、ドイツに比べて、他人であるわたしと関わろうとする人が少ないからだろう。

たとえば「田舎の温かみ」に憧れる人がいるけど、それは狭いコミュニティのなかで『世間の一員』として強制的に他人の舞台に上げられることで、人とのつながりを感じて癒されたいのだと思う。

 

いままで日本では『○○学校』とか『××社』とかっていう集団への帰属意識が強くて、同じ集団に所属している人はみんな同じ舞台に立つ仲間だと認識していたのだろう。

でもその『集団』という意識が弱くなることで、同じ舞台に立つ人がいなくなり、『世間』が狭くなってしまった。

そんな世界だからこそ、うまく人に甘えられなかったり、孤独感を強く感じたりして、生きづらいと思う人が多いんじゃないかなぁなんて思う。

 

個を重視するからこそ大切な『つながり』

これからは日本でももっと、『個人』が軸になっていくだろう。

でもそれなら、『世間』は広くなくてはいけない。そうでなければ、他人とのつながりをもたない孤独な『個人』が、自分のことだけを考える世の中になってしまう。

というより、いまもすでにそうなっている気がする。

 

道端の迷子に声をかけることすらためらい、具合が悪くても電車で席を譲ってほしいと言えず、子どもが泣いていてもそ知らぬ顔をする。

『世間』という舞台がオープンならば、身の回りの出来事はすべて「自分と関係のあること」だ。

迷子がいたらすぐに声をかけるし、「席を譲ってもらえませんか」と言えるし、泣いている子どもを一緒にあやしたりするだろう。

 

でも現代日本(少なくともわたしが知っている範囲)では、そんな関わりあいさえむずかしくなってしまった。

それは、さみしいことだと思う。

多様性を認めよう、人はみんなちがうのだから尊重しよう。そんなことを言っているのに、そこには人とのつながりがない。

個人が重視され、自分で人生を切り開く力が求められ始めた現代だからこそ、他人とのつながりをより大切にしていく必要があるんじゃないかなぁなんて思っている。

 

【お知らせ】
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。


<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>

第6回 地方創生×事業再生

再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは

【日時】 2025年7月30日(水曜日)19:00–21:00
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。

【今回のトーク概要】
  • 0. オープニング(5分)
    自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
  • 1. 事業再生の現場から(20分)
    保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
  • 2. 地方創生と事業再生(10分)
    再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
  • 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
    経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説
  • 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
    「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
  • 5. 経営企画の三原則(5分)
    数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
  • 6. まとめ(5分)
    経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”

【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
ご視聴登録は こちらのリンク からお願いします。

(2025/7/14更新)

 

【プロフィール】

名前:雨宮紫苑

91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&写真撮影もやってます。

ハロプロとアニメが好きだけど、オタクっぽい呟きをするとフォロワーが減るのが最近の悩みです。

著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)

ブログ:『雨宮の迷走ニュース』

Twitter:amamiya9901

(Photo:Eduardo Skinner)