つけっぱなしにしていたテレビのなかで、オリンピックボランティアが無償であることの是非について、数人が意見を述べていた。情報バラエティー番組、『スッキリ』だ。
そこでMCの加藤浩次さんは
「募集まだかけていない時点で『この契約の条項がおかしい』『お金くれ』って、『じゃあお前やんな』」
と言い、最後に「外野がウダウダ言ってんじゃねぇ」と締めた(そのときはまだ募集開始前)。
それを聞いたわたしは、「ああ、こういうの、以前にも聞いたことがあるな」と思った。
いつだったかと一瞬考えて、ナイティナインの岡村隆史さんが、「(テレビが)嫌なら見なきゃいい」と発言したことを思い出す。
こういう『文句を言うヤツを締め出せばいい理論』はたびたび見かけるのだけど、「こういう考えがパワハラにつながるんだろうなぁ」としみじみ思う。
文句を言うヤツは締め出せば解決?
この『文句を言うヤツを締め出せばいい理論』でわかりやすいのが、「イヤなら辞めろ」という言葉だ。
部活の顧問や会社の上司に意見をしたところ、「イヤなら辞めろ」と言われてまともに取り合ってもらえなかった……なんて経験をした人も多いだろう。
同じ思考回路で、意見が異なる人を排除したがる人は多い。
「残酷なゲームは子どもに悪影響があるのでは?」という危惧に対して、「イヤならやらせなきゃいい」。
「コンビニで子どもの目に触れる場所に卑猥な雑誌が置いてあるのはどうなの?」という疑問に対しても、「イヤなら行かなきゃいい」。
いつでもどこでも、問題提起に対して『文句を言うヤツを締め出せばいい理論』を振りかざす人がいる。
オリンピックボランティアに関してはIOCのジョン・コーツ副会長も「やりたくなければ申し込まなければいい」と発言しているから、こういった発言は別に、日本に限ったことではないだろう。
しかしそれでも、集団の一体感を重視する日本では、「自分とちがう意見のヤツは締め出してもいい」という考えが強い気がしてしまう。
この一言は、歩み寄りも対話もすべて拒否して「自分は変わるつもりは一切ないから俺理論に迎合しないなら出ていけ」と最後通牒を一方的に叩きつけるものだ。
このような対話を拒否する理論がまかりとおるなら、パワハラが起こるのも当然の結果に思える。
異分子を排除する集団的心理
女性初の文化勲章受章者となった社会人類学者の中根千枝さんは、著書でこのように書いている。
エモーショナルな全面的な個々人の集団参加を基盤として強調され、また強要される集団の一体感というものは、それ自体閉ざされた世界を形成し、強い孤立性を結果するものである。
ここに必然的に、家風とか社風とかいうものが醸成される。そして、これはまた、集団結束、一体感をもり立てる旗印となって協調され、いっそう集団化が促進される。(……)
「ウチ」「ヨソ」の意識が強く、この感覚が先鋭化してくると、まるで「ウチ」の者以外は人間ではなくなってしまうと思われるほどの極端な人間関係のコントラストが、同じ社会にみられるようになる。
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かんたんに言えば、「日本の集団は感情的な結びつきが強く一体感が生まれるが、一方で閉鎖的世界になる。
その結果、自分たちの世界の外にいるヨソ者にはとても冷たい態度をとる」ということだ。
このような集団社会で生きているわたしたちは、意識しているかどうかに関わらず、「集団の結びつきを壊す危険がある『異分子』を排除してもいい!」と思ってしまうのかもしれない。
そしてそれは集団を守る正当な行為だから、異分子追放に罪悪感はない。むしろ使命感をもっていたり、一種の正義感をもっていることもあるだろう。
「無理が通れば道理引っ込む」という言葉のとおりだ。
感情で結びついた一体感のある集団内では、無理を言いやすい。そこで邪魔になる道理は、「文句があるなら出ていけ」と引っ込ませればいいわけである。
感情で結びつく集団に身を置く日本人にとってその一言は、とてもキツイ脅しになる。だから多くの人は、おとなしく従うわけだ。
しかも日本はタテの人間関係のつながりが強いから、ウエの人がそう言えば、シタの人は譲らざるを得ない。
『文句を言うヤツを締め出せばいい』理論はこうやって、パワハラにつながっていく。
パワハラと衰退につながる異分子の排除
最近、立て続けにスポーツ界でのパワハラ告発があった。背景にはさまざまな事情があるのだろうが、この『文句を言うヤツを締め出せばいい』理論もまた、その要因になりえるだろう。
これは、仕事場でのパワハラでも同じだ。パワハラとはつまり、権力をタテに自分の主張を押し付けて相手に苦痛を与えることだ。言い換えれば、「この俺に従わなければヒドイ目に遭わせるぞ」という脅しである。
それは、「俺に文句があるヤツは許さない」思考に通ずるものがある。
反対する異分子などは拒絶してしまえばいい。そうすれば自分も集団も「このまま」でいられる。なにも変わらなくていい。楽で平和で、一番確実な解決法だ。
では、『文句を言うヤツを締め出せばいい理論』がまかり通るとどうなるか。
それは、集団の衰退だと思う。
都合の悪いことをすべて締め出せば、「ウミを出す」という自浄作用が期待できず、状況は改善されない。問題はいずれ後戻りできないレベルになり、集団は崩壊していく。
たとえば地方おこし協力隊の失敗談として、現住人がそもそも協力隊の人を受け入れる気がなくなにを提案しても無駄、わずらわしそうにするだけ、結果雑用をやらされるだけだった……というものがある。
そういった自治体は異分子を拒否し続け、なにも変わらず、なにも進歩せず、いずれ消えていくのだろう。
それは、異分子を受け入れず自浄作用も期待できない集団の末路といえるのではないだろうか。
異分子を受け入れる集団は強くなる
異分子を受け入れる度量のないコミュニティは、いずれ衰退する。変わらないし、変わろうとしないからだ。
時と場合によっては、集団のために異分子を追い出さなきゃいけないこともあるかもしれない。異分子をどう受け入れるかも、むずかしい問題だろう。
しかし「自分とちがうから黙れ」がまかりとおってはいけないし、それが許されるのはつまり、パワハラの温床になりうるということなんじゃないかと思う。
安易に「文句を言うヤツは出ていけ」と言わずに、「なぜ文句があるんだ。どうしてほしいんだ」とちょっと身を乗り出してちがう意見にも興味をもつ人が多ければ、その集団はもっと発展していくだろう。
そしてそういった環境や姿勢こそ、今後大切になっていくはずだ。『集団の多様性』というかたちとして。
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。

<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>
第6回 地方創生×事業再生
再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。
【今回のトーク概要】
- 0. オープニング(5分)
自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」 - 1. 事業再生の現場から(20分)
保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例 - 2. 地方創生と事業再生(10分)
再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む - 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説 - 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論 - 5. 経営企画の三原則(5分)
数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する - 6. まとめ(5分)
経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”
【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。
【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)
【プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
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