人生を楽しむために、重要なことをひとつあげよ、と言われたら、何を挙げるだろうか。
もちろん正解はない。
人それぞれ、様々なことを挙げると思う。
が、私が個人的に強く感じているのは、実は「習慣化」である。
こういう話をすると
「また、石の上にも三年とか、継続は力なりとか、そんな話ですか、うんざりですよ」
という方もいるかも知れない。
だが、私が習慣化を重視しているのは、そんな理由からではない。
私は続けることが尊いとか、我慢が美徳だとかは、微塵も思わない。
ではなぜ、私が習慣化を重視しているのか。
それは、自発的な習慣化が「自信」を生み出すからである。
はっきり言えば、「習慣化」は非常に難しい。
「三日坊主」という言葉が示すように、人はやろうと思ったことを早ければ1週間、長くても1年、良き意図ではじめた、日記や運動、読書といった習慣も、途中で面倒になったり、忙しくなったりして、放棄してしまうことがほとんどだ。
例えば、奇特な人が、あるブログサービスの継続率を調べているが、「3ヵ月に1回書いていれば継続とみなす」という、甘めの条件であっても、
* 3ヶ月続くブログは70%
* 1年間続くブログは30%
* 2年間続くブログは10%
(参考:http://www.procrasist.com/entry/blog-analyzer)
と、習慣化できる人は極めて少数であることがわかる。
つまり、自分が望む「良い」習慣を「続けることができる」というだけで、自分は特別な存在であると認識することができる。
これは素晴らしいことだ。
もちろん逆に「悪癖をなくすこと」も一種の習慣化であり、同様に自信を生み出す。
「ダイエットで成功できると、人生が変わる」は、あながち嘘ではない。
つまり、「習慣」とは、人生をコントロールしていると自らに信じさせることができる、良い手段のひとつなのだ。
そして、「人生をコントロールできている実感」こそ、「人生を楽しむ」ということには、不可欠なことではないだろうか。
だが、私ももちろん、「習慣化」が得意な方ではなかった。
運動をしようとして挫折し、語学習得をしようとして挫折し、ブログを書こうとして何度も挫折した。
*
だがあるとき、私はあるプロジェクトでお世話になった方から、習慣化に必要ないくつかのことについて教えてもらう機会があった。
その方は管理職で、部下に「週報」を提出してもらう立場だった。
だが、部下たちはすぐに週報の提出を忘れたり、手抜きの週報を送りつけてきたり、とにかく「習慣としてのタスク」が苦手な人が多く困っていたそうだ。
ところが、「あること」を試した瞬間、習慣化の成功率が飛躍的に上がったという。
それは極めてシンプルだった。
管理職の机の前に、「週報の提出状況」と大きく書いた、紙を貼り付けたのだ。
メンバーは、週報を提出すると、その紙に1枚、シールを貼ることになっている。
提出状況はつねに可視化され、そして記録になる。
張り紙ひとつで、彼は「習慣化」をコントロールしたのだ。
「アナログも、結構効果があるだろ?」
とその方は言った。
なぜ、このようなシンプルな試みがうまく行ったのだろうか。
習慣化に関する本質的な何かが、そこにはあるのだろうか。
それ以来、私は、うまく日常に習慣化を取り入れている、「人生をコントロールしている」方々に、習慣化のコツを聞きつづけた。
「なぜ、運動を続けられるんですか?」
「なぜ、語学の勉強を続けられるんですか?」
「なぜ、読書の習慣が身についたんですか?」
そして、私は多くの人に話を聞くうちに、気づいた。
習慣化へのアプローチは、単一ではない。
少なくとも、多くの人は以下の3つのアプローチのうち、どれかを採用していた。
アプローチ1:「好きだから続けられる」
一つ目は、最も簡単なアプローチだ。特に目新しさもないが、一つの本質である。
それは「活動そのものの楽しさ」を追求することである。
なーんだ、よくある話だ、と思うかもしれない。
だが、ジョギングが好きであれば、大した工夫もなく、習慣化は可能だろう。
スマホゲームが好きであれば、毎日電車の中でやってしまうだろう。
ラーメンが好きであれば、食べ歩きも苦にならない。
つまり最も強力な習慣化の手法は「好きになること」である。
だが、往々にして我々が習慣化したいのは、件の管理職が部下に要求した週報のような「好きでもないこと」や「渋々やること」である。
また「好きなこと」であっても、悪癖であれば、習慣化は迷惑なだけであろう。
そこで、2つ目のアプローチだ。
これは、楽しさと無関係に、習慣化を可能にする。
アプローチ2:「自動記録」
結論から言えば、活動を可視化して、記録が残るようにするだけで、習慣化の成功率は驚くほど向上する。
貯金と投資をしたいなら、家計簿をつけることが最も習慣化に対して効果的だ。
運動をしたいなら、運動のログを取ることが、最も習慣化に対して効果的だ。
食事制限をしたいなら、レコーディングダイエットが示すとおり、食事の記録を取ることがおすすめだ。
そして、ここからが肝心なのだが、そのためには、できうる限り「自動化」が良い。
記録を取るのが面倒なので、習慣を断念した、という事があるが、本末転倒だ。
だが、自動化のための良いツールに出会えれば、もう半分以上勝ったようなものなのだ。
例えば、先ほど紹介した管理職は、「シールを貼る」という極めてシンプルな方法によって習慣化を促した。
つまり、「どうやって習慣化しようか」を考えてもダメで、「活動記録を自動化するツールがあるか」を考えるのが最も良い。
例えば、家計簿をつけること。
Freeeやマネーフォワードなどのクラウド家計簿を使い、可能な限り現金ではなく「クレジットカード」や「電子マネー」を使うことも記録の自動化という観点からは有効だ。
一昔前は「クレジットカードだと使いすぎる」という批判もあったが、最近では家計簿が使った金額を可視化してくれるので、逆に用途が記録され、管理が捗る。
あるいは、運動すること。
最近はApple Watchという、最高の活動計がある。
自分がどの程度動いているかをトラッキングし、適切な活動量の目標を定めてくれるのでデバイスを身につけるだけで、運動の習慣が身につく。
Apple Watchは、他にも睡眠時間(個人的には、AutoSleepがオススメ。)や心拍数の測定など、自動記録ツールとして極めて優秀だ。
また、行動管理にはGoogleの「ロケーション履歴」で自動取得することができるので、営業などの効率化に利用している人もいる。
以上のように、習慣化したい活動に関しては「自動記録ツールがあるかどうか」をまず調べてみるのは悪いことではない。
ところが、残念ながら「自動記録ツール」が提供されていないシーンも多い。
その場合、どうすれば習慣化が可能になるのだろう。
アプローチ3:「習慣の設計」
好きでもない、ツールもない場合に残された手段は、この記事の本題である「習慣の設計」だ。
実は、好きでもないことの習慣化は「なんとなくやってみた」で成功できた人は極めて少ない。
成功しているのは皆、「頭を使って、習慣を設計した人」だけである。
例えば資格の勉強は、「会社の帰りに必ずカフェによって、そこで1時間だけ勉強する」という設計を行った人は継続できる可能性が非常に高い。
家の片付けは、ベストセラー「人生がときめく片づけの魔法」で著者の近藤麻理恵さんが指摘するように、「捨てる」を終わらせてから、モノの定位置を決める、という設計を行うと、きれいな状態が継続する可能性が高い。
読書を習慣にするには、電車にのるときにスマホをバッグの中に放り込み、本を取り出せば良い。
筋トレを継続させたいなら、スケジュール帳に筋トレを書き込み、そこに予定を入れないようにすれば良い。
本当かどうかはわからないが、ある資産家は「チョコレート」を金庫の中に入れ、食べるためには金庫を開けないといけない状態にしたという。
巷にあふれる習慣化の書籍や、webページのノウハウは、すべてこの類の話だ。
そう言う意味では、スポーツジムのインストラクターや、語学学校がやっているのは、「習慣化の設計」を外部委託されているのと同じである。
そう、お金を取れるくらい、「習慣を設計できる」ことには価値があるのだ。
さて、では「習慣の設計」の本質とは何なのだろう。
定義すれば、習慣の設計でやることは、一つしかない。
それは、小難しく言えば
「熟考を必要とせずに、行動を起こさせる」ために、強い欲求や制約に、弱い意志を従属させる」
ことである。
単純に言えば、「意志にたよろうとせず、「考えなくてもできる」「やりたい」「やらなければならない」のついでに、習慣化したいことをやる」のが、習慣化の設計の本質だ。
逆に、悪癖をやめたいなら、「意思力をつかわないと、それができない」ようにすればよいのである。
会社の帰りにカフェによる、という方が、勉強するよりも欲求として強いときには、カフェで勉強することが正しい。
スマホやチョコレートをバッグや金庫から取り出すのが面倒なほど、読書や甘い物の禁止は有効である。
スケジュール表に忠実に従うのが得意なら、習慣化したい行動をスケジュール帳に入れるのが最も効果的だ。
歯磨きを10分以上、念入りにやりたいなら、スマホを用意して、適当な動画でも見ながら磨けば、10分なんてあっという間だ。
これらが、なぜ合理的なのかは、昔書いた。
要するに、人は、考えるのが嫌なので、「毎回意思決定しないと実行できないようなこと」は絶対に習慣化できないのだ。
「コツコツ努力できる人」は前向きでも、モチベーションが高いわけでもない。自動的に動いているだけ。
カーネマンは、人の行動は「通常は、ほぼ考えることなしに判断されており、しかも冷静なはずの理性ですら、感情には屈服してしまう」と言っている。(中略)
要するに、人間の脳は熟考が苦手である。熟考は大変にエネルギーが必要なので、なにか行動を起こす時に「正当な理由」や「動機づけ」などはほとんど無力である。
つまりどんな人でも「やりたくない」「面倒くさい」という感情には、いかなる思考や動機付け、方法論も長期的には必ず敗北する。
それがどんなに正しく、自分のためになり、長期的に果実が得られるとわかっていたとしても、殆どの人は定期的な運動をしないし、愛煙家は禁煙しない。毎日英会話の勉強をすることもなく、継続的な努力をすることもない。
なぜなら、感情がそれを許さないのだ。
真に重要なのは、ポジティブな「思考」や、習慣化などの「方法論」ではなく「感情」へのアプローチである。
もっと言えば、「習慣化」とは、感情を統制することにほかならない。
そして、「習慣化の設計」が正しくできているかどうかは、すぐに分かる。
三回連続サボったら、設計がうまく行っていないと判断すれば良い。
そうなったら、習慣を再設計しよう
早起きする、ではなく、自動的にカーテンが開き、照明がつくようにすれば、意志力への負担は減る。
毎日日記をつける、ではなく毎日5ツイートする、のほうが簡単に実行できる。
ジム通いが続かなかった私が、運動するために設計したのは、「ジムは映画を見る場所」と決めたことだ。
単に走るのは退屈だ。テレビも特に見たくない。だが、「見たくても見ていなかった映画」は、スマホで簡単に見ることができるし、続きが気になるのでジムに積極的に行くようになった。
これで、すでに8ヶ月も習慣を継続できている。今では最新の映画は殆ど見てしまったので、ちょっと昔の映画も見るようになった。
まとめ
習慣化のために必要な、具体的なアイデアや方法論は重要だが、それは万人に当てはまるものではない。
好きになれ、と言われても、好きではないことのほうが多いし、Apple Watchがいいですよ、と言われても、読書習慣をつけることに対して、Apple Watchは無力である。
だからこそ、知っておきたいのは「習慣化の設計」についての本質的な部分だ。
習慣はできるだけ「無意識」「やりたいことのついで」「楽しいことの付属物」として扱うこと。
そんな工夫をすれば、いつの間にか良い習慣は、いかなるものであってもあなたのものだ。
そしてそれは、間違いなく「自信」を付与し、人生をコントロールできる、という感覚を得ることだろう。
(2025/7/14更新)
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第6回 地方創生×事業再生
再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは
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自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
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「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
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【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。
【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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