ネットでの相談が目に飛び込んできた。
就職活動を1年間してきましたが、事務の内定を取れません。
このままだとまずいということはわかっているのですが、最近では、就職活動を頑張る気が起きません。もうやめたいとすら思ってしまいます。
非正規雇用で働いていたばかりに悲惨な現状にあるという話は、ネットにいくらでも転がっていますね。それを見ると20代のうちに正社員にならないといけないと思うのですが、やる気が出なくて困っています。
厳しい言葉でもいいので、どうすべきか教えてください。
もし本当のことであれば、相談者のことをとても気の毒に思う。
だが、気の毒に思うのは「内定を取れない」ことに対してではない。1年以上も同じことを繰り返して、「前提を疑うこと」ができなくなっていることにである。
例えば、あるIT業の会社での話だ。
受託開発をしていた彼らは納期遅延と、長時間労働で苦しんでいた。現場の技術者たちは、必死の努力をしていたが、思うように状況は改善されない。
経営陣や現場にヒアリングをかけると、
「生産性向上が必要だ」
「見積もりの精度を高めなければならない」
「スキル向上で効率よく開発を」
「ツールを導入したい」
と、様々な改善策があがってきたが、どれも時間がなく、一向に改善は進んでいなかった。
しかし、ある「前提」については、誰も疑いを持っていなかった。
それは何か。
「売上目標」を達成しなければならない、という前提である。
売上目標を達成するには、営業がかなりの努力をして、仕事をとってこなければならない。
しかし、目標は「成長」という名目で、それなりに厳しい数字に設定されている。
したがって、
売上目標が高い ⇒ 営業が無理をしてでも仕事を取ってくる ⇒ 現場に負担がかかりプロジェクトが遅延する ⇒ 売上目標の達成が厳しくなる ⇒ 更に営業が無理をする
という、フィードバックループに陥っていたのである。
そこで、経営者に「売上目標はどのように立てているのですか?」と聞いた。
すると、「前年の数字に、成長目標をプラスして目標を作っています」と回答した。
「なぜ、成長目標をプラスするのですか?」と聞くと、「全員の給料を上げなければならないし、利益も出さなくてはならない。」という。
だが、
「本当に全員の給料を上げなければならないか」
「利益額は今の水準が適切なのか」
「大幅な成長が必要なのか」
については、細かな検証は誰も行っていなかった。
敢えて言えば、「何となくこれくらいは成長が必要」という思い込みによる目標である。
だが目標値を下げることで、現場の負担のみならず品質的な改善も成し遂げることが可能かもしれない。
現場の負荷を下げなければ、新しい試みはできないし、そもそも「永遠の成長」はありえない。
「前提」を疑うことで解決可能な問題は、極めて多いのである。
「前提条件」という言葉がある。
その定義は、PMBOKガイドによれば、
「計画を立てるにあたって、証拠や実証なしに真実、現実、あるいは確実とみなした要因。」
とある。
この「前提条件」を疑うことは、非常に強力なツールであり、例えばディベートで勝つ時にも有効である。
相手が「出発点」としている前提、仮定を攻撃することで、その後の論理を全て無にできるからだ。
これは、自問自答する時にも極めて有効だ。
「私はどんな前提に囚われているのか?」と言う問いを、自分に向けるのである。
冒頭の相談者であれば、おそらく前提としている条件はちょっと見る限りだけでも、3つある。
・事務仕事に就かなければならない
・20代のうちに正社員にならなければならない
・就活は頑張らなくてはならない
これは
「過労に陥っているのに、会社をやめることができない人」や
「ブラック企業で酷使されてしまう人」にも
同じことが言える。
「つらいならやめればいい」という言葉が、本当に辛い人に届かないのは、前提を疑うことにはエネルギーをつかうため、それができない状態になっているからである。
前提とは、すなわち公理である。公理が間違っていれば、間違った結論にしかたどり着かない。
逆に言えば、「物事がうまくいかないときは、前提をうたがうべき」という癖付けがされている人は非常に強い。
そういう人は、問題解決能力が高く、時として偉大な発見に至ることもある。
デカルトは真理を追求するために「間違った前提」から推論を出発することを怖れ、「絶対に疑うことのできないもの」を探した。
そして、彼は「今ここにいる私が疑っている、という事実」から、推論を出発したのである。
それが、「我思う故に我あり」という言葉だ。
アインシュタインは、古典力学で検証なく受け入れられてきた「時間の流れは不変」「光速度は可変」という前提を疑うことで、相対性理論を構築した。
このように、世界の捉え方、人生の見方を変えるには、「公理」、すなわち「自らが検証なく受け入れている真実」を疑わなくてはならないのである。
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