11月25日から12月2日までの8日間、私はあることにハマっていた。
それは、小説の書き写しである。
村上春樹さんのデビュー作『風の歌を聴け』をWordにひたすら打ち続け、完コピした。
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何をきっかけにそんなことを始め、何を期待し、何が得られたのか。それらを書いていく。
小説の書き写しに興味がある人はさほど多くないだろうが、書き写すだけという簡単な作業でさえ、やってみるとたくさんの気づきが得られるのだ、ということが伝わればと思う。
そして何か新しいことを始めたいと考えている人の背中を押す記事になれば幸いだ。
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まずはきっかけについて。
最初に「書き写す」ということに魅力を感じたのは、Books&Appsの熊代さんの記事、「他人の人生やライフスタイルをコピーする際に気を付けること」を読んだときだ。
それまでは誰かの書いた文章をただ書き写すだけの行為に意味があるなんて思ってもみなかったので、この記事を読んだときは衝撃を受けた。
いつかやってみたいな、とぼんやりと思い、しかし何もしないまま1年以上が経った。
そしてつい最近、完コピの大切さを説く本を読んだ。
『ビリギャル』の著者である坪田信貴さんの『才能の正体』だ。
その本では次のように書かれている。
僕がいつも言うのは、「頭のいい人の行動を完コピしろ」ということです。
いい成績を取りたいと思ったら、頭のいい人(できる人)に「どうやって勉強したら、できるようになるんですか」と聞きたくなりますよね。でも、実は、そんなノウハウを聞いても意味がない。
それよりも、あなたがすべきことは——「普段どんなふうに勉強しているのか、今ここでやってみてください」とお願いすることです。
何時間勉強しているのか、休憩時間は何分くらい取るのか、どのくらいのペースで問題集を解くのか、ノートはどんなふうに取るのか、参考書は何を使っているのか……全部“完コピ”するんです。
社会人の方も同じです。
たとえば営業成績がめちゃめちゃいい人に
「営業のやり方を教えてください」
「どうやったら営業成績が上がりますか?」と相談して、アドバイスを受けても、あなた自身の営業成績を上げるための効果は少ないでしょう。
それよりも、一緒に営業先へ同行して、その人がそんなふうに挨拶しているか、どんな表情で相手に話しかけているのか、どんな言葉遣いで話しているのか、どんな順番で話をしているのか……をしっかり観察して、それと同じ行動を“完コピ”する方が、成績上昇に直結します。
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少し長くなるが、もう一ヶ所引用したい。
ところで、「できる人の行動を完コピをしなさい」と言うと、恥ずかしいと思う人もいるし、そもそも誰かの真似をすることに対して、否定的な人も結構います。
「自分はその人より能力が低いのだから、できる人の真似なんかしても意味がない」と思う人が、わりと多いようです。
また「真似をするよりも、オリジナリティを出さなくちゃ」「自分の個性で勝負しないと戦えない」といった考え方をする人もいます。
しかし、それは間違っています。
そもそも、人間は一人ひとり違いますよね。
身長も違えば声も違う、骨格も関節も違うし今までに受けてきた教育も人間性も違う。
なので、どんなに“完コピ”しようとしても、必ずズレが出てくるのです。つまり、どんなに誰かの真似をしても、“あなたらしさ”は出てしまうものなのです。
つまり、ここで書かれていることをざっくり言うと
「どんなアドバイスを受けるよりも“完コピ”することが一番効果を出せる」
「“完コピ”で個性が失われることはない」
ということだ。
これを読んで、小説の書き写しをしようと決めた。
もともと文章をもっとうまく書けるようになりたいと思っていたのと、小説の執筆にもいつかチャレンジしてみたいと思っていたのとで、完コピするなら対象は小説だろうと思っていた。
村上春樹さんの小説にしたのは、日本で最も著名な小説家と言えば村上春樹さんだと思ったからだ。
特別に村上春樹さんが好きというわけではないが、どうせなら一番著名な小説家の本を写したかった。
『風の歌を聴け』という本にしたのは、本屋さんの村上春樹コーナーにあった一番薄い本がこの本だったからだ。挫折しないためには一番分量の少ない本を選ぶべきだろう、という割と単純な理由で選択した。
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では小説を完コピするにあたって、何を期待したのか。
期待というと大袈裟だが、身についたらいいなーと思っていたもの、多少は身につくんじゃないかと思っていたものを一言で表現すると、執筆力、だ。
読むだけだとさらっと流してしまうような表現や、自分では使わないような言い回し、知らなかった言葉にも一つ一つ向き合うことになるから語彙力が鍛えられそうだ、となんとなく思っていた。
また、コピーとはいえ多くの良質な文章を書いていくわけだから、必然的に文章を書く力が身についていくだろうと安易に考えていた。
では、実際に何が得られたのだろうか。
結論から言うと、期待していたものは大して身につかなかった。
1冊しか書き写していないからそう思うのであって、継続すれば少しずつ身になっていくのかもしれないけれど、少なくとも1冊を写し終えた今、執筆力が身についたかというと、そんなことはない。
それもそのはずで、たった1冊を書き写すだけで執筆力が身につくなら、もっと多くの人がやっているはずなのだ。
でも、それもやってみて気づいたことだ。
たった1冊の書き写しでは執筆力は身につかなかったが、かわりに2つの発見をした。
1つ目は、書き写しのスピードは自分で作文する時より遅いこと。
2つ目は、書き写しでは、内容が頭に入らないこと。
順番に書いていく。
1:書き写しのスピードは自分で作文する時より遅い
一般的に考えて、自分で0から文章を生み出すより、既に完成している小説をコピーするだけの方が圧倒的に速く文章が生み出されるはず、と思うだろう。
しかし、実際は自分で文章を生み出すほうが、≪執筆の瞬間だけを切り取れば≫断然速い。
私は完コピするにあたり、文字数と時間を記録していたのだが、1冊全てを書き終えるのに要した時間は10時間44分であり、文字数は54,418字だった。
1分あたり約85文字打ったという計算になる。これが第三者から見て速いのか遅いのかはわからないが、この記事を書く時のように、頭に思い浮かんだことをそのまま文章にしている時は、もう少し早く打っている。
脳内の文章をそのまま打ち込んでいるだけなので、単純に考えれば自分のタイピングスピードと同じだけ文章が生み出されるわけだ。
一方、完コピの場合は、本を見て、文章を覚え、パソコンを見て、タイピングする、という流れになるため、脳内の文章をそのまま書き出すより多くの時間がかかる。
考えてみれば当たり前のことだが、書き写しをするまで気づけなかった。
(もちろん、言うまでもないことだが、トータルで見たら完成させるのにかかる時間は完コピの方が圧倒的に短い。)
2:書き写しでは、内容が頭に入らない
これは期待と逆の結果が出たという話になってしまうが、書き写すことで細部にまで着目することができ、語彙力が鍛えられると思っていたのに、最初の感想としては、むしろ読むだけのほうが内容をしっかり把握でき、言葉も身になると思った。
というのも、完コピする場合、最も注意が向かっているのは、「書き写す」ことであり、言葉や内容に着目することではないからだ。
小学生の頃の音読を思い出す。私は授業で音読させられることが嫌いだった。
なぜなら、音読した箇所については内容が頭に入っていかないからだ。
他人の音読を聞くのは問題ない。音読なんて聞かず、自分で意味を追えばいいのだから。
でも自分が音読すると、音読することが目的になってしまい、内容が頭に入らないのだ。
緊張しているわけではないし、音読が自分にとってハードルの高い行為だというわけでもない。ただ、「音読」と「内容を頭にいれること」を両立させることができなかったのだと思う。
今回の完コピでも、私は書き写すことに集中してしまい、内容の把握と両立させることがうまくできなかった。
1時間ほど書き写し、ふう、と休憩した時、「あれ、どんな内容だったっけ?」となってしまった。
もちろん、書き写す前に一度読んでいるから内容は知っているのだが、書き写すことでより深くより細かく把握できる、なんてことは一切なかった。小学生の頃から、進歩がない。
以上の2点を、完コピを始めた初日に発見した。
初日に発見があったことで、「やはり何事もやってみることが大事だな」と思ったのと同時に、「もう気づきを得てしまったから、これ以上続けるのは時間の無駄かもしれない」と思った。
ただ、どうせなら1冊は仕上げたいと思い、続けることにした。
7日後に完コピを終え、今はっきりと「継続してよかった」と言える。
最後までやらなければ気づけなかったことが2つあるからだ。
1つ目は、タイピングが上達していること。
初日は1分あたり73文字で打った。2~4日目は、80字前後だった。
そして5~8日目は、90字前後になっていた。一番多く打った日は1分あたり92文字であり、初日と比べて約20文字も多く打てるようになっていた。
このスピード自体が遅い、速いといった感想もあるだろうが、あくまで一個人の成長という観点で捉えていただければ幸いだ。
これは思わぬ副産物だった。
単純にタイピングスピードが速くなったというのもあるだろうし、漢字の変換や言い回し等、作者の特徴に慣れ、ミスが減ったというのもあるだろう。
2つ目は、最初は頭に入らなかった内容が、先に進むにつれて頭に入るようになったことだ。
初日の発見で、「小学生の頃から、進歩がない」と書いたが、今からでも少しずつ進歩できることに気づいた。
書き進めていくにつれて、どんどん内容が頭に入っていくようになったのだ。
内容を把握しようとしたわけではなく、最初と同じように書き写すことだけに集中していたのだが、どういうわけか、内容を把握できるようになっていった。
これは嬉しい。私だってやればできるじゃないか、と自信がついた。
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さて、長くなってしまったが、言いたいことはシンプルで、やはり何事もやってみることと、継続することが大事だということだ。
よく聞く話だから、言われなくてもわかっているという人が多いと思うが、あえて言いたい。
実践できているだろうか。
今回の話でいうと、小説の書き写しなんてことは、パソコンと本があれば誰にでもでき、頭も体力も使わない、お金もかからない、場所も問わない、おまけにかかった時間は11時間にも満たない、というかなりハードルの低い作業だった。
それでも、こんな簡単なことでさえ、私は今までやってこなかった。
たった1冊写しただけ(しかも継続といってもたった8日間)で偉そうに語れるものではないけれど、これと似たような、「簡単だけどやってこなかったこと」はきっと周りにたくさんあるんだろうなー、と思う。
同様に、「やってみたけどすぐにやめてしまったこと」の中には、継続していればかけがえのない何かが得られたものも、きっとたくさんあっただろう。
勉強にしたって仕事にしたって、始めてみれば何かしら発見があるものだし、継続することで向上・洗練されていくものだ。
わかってはいても、なかなか始められなかったり、継続できなかったりするけれど、やはり新しく何かを始めること・それを続けていくことは、すごく楽しい。
“退屈でうんざりする”毎日をおくっている人は、簡単なことでも、無駄だと思えるようなことでも、そんなことは気にせずに何か新しいことを始めてみてはいかがだろうか。
何も思いつかない人は、坪田さんが『才能の正体』でおすすめしている“完コピ”をできる範囲でやってみるというのも面白そうだ。
いずれにしても、何かを始めれば、きっと何かしらの発見があると思う。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

こんな方におすすめ
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<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
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・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
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3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
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・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
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2025/7/14(月) 16:30-18:00
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お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【著者プロフィール】
名前: きゅうり(矢野 友理)
2015年に東京大学を卒業後、不動産系ベンチャー企業に勤める。バイセクシュアルで性別問わず人を好きになる。
【著書】
「[STUDY HACKER]数学嫌いの東大生が実践していた「読むだけ数学勉強法」」(マイナビ、2015)
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