一時期、会社を潰した人の話を読むのにハマっていた。人の失敗談には様々な気付きがある。

その中でも特に面白かったのが「IT社長大失脚―天国と地獄をみた男の告白」という本だ。

筆者はITバブル黎明期に会社を立ち上げ、一時期はかなり上り調子だったようだけど、最終的にはプロの詐欺師に全てを奪われて失脚する事となってしまう。

その転落まで至る一連の流れが事実は小説よりも奇なりを地でいっていて、非常に面白い。皆様にもぜひ読んで頂きたい。読んでて背筋が凍る事請け合いである。

 

著者である小野寺隆さんいわく、プロの詐欺師は本物の熟練した職人であり、彼らに目をつけられたら、どんな人間でも赤子の手をひねるかのごとく、絶対に騙されてしまうのだという。

ある段階で、小野寺さんも自分が詐欺の被害にあっている事に気が付き、社員として入り込んできた詐欺師と直接対峙したそうなのだけど、絶対に自分が詐欺にあっているとわかってはいつつも詐欺師にその場で”納得”させられてしまい、騙し通されてしまったというのだというのだから驚くほかない。

 

小野寺は著書の中でこう説明している。

「何故嘘だとわかっていて騙されるのだ?と思うかも知れないが、プロの詐欺師を目の前にして騙されない人間はいない。

彼らにとって、普通の人を騙すのなんて、それこそ朝飯前であり、様々な手を尽くし相手を絶対に騙し通すのである」

 

僕はこれを読んで恐怖しか感じなかった。まったく、世の中には恐ろしい連中もいるものである。絶対に関わり合いになりたくない。

 

しかし数年後、まさか自分がこの手の人間と出会うハメになるのだから、人生は全くもって奇妙である。

その人は詐欺師ではなく、医者だったけど。

 

世の中には自分にとって都合のよい妄想をクリエイトし、それを完璧に自分の中で真実だと信じ込む人がいる

その人は僕と同年代の医師だった。ここでは彼をA先生としよう。

一時期仕事で関わった事があったので、たまーに仲良く酒を飲む事があったのだけど、僕が今の病院に移って以降は忙しくて数年間会っていなかった。

 

たまたま学会の帰りにその人に出会ったので、久々に昔話でもしようという事になり、近況報告のようなものを行った。

彼は、最近とある僻地に転勤になったようだった。まあ医者というのは時として、そういう役割を負わされるものなので「ああ、数年間はお勤めですね」と言った所、彼は真顔で僕にこう言った。

 

「いやー高須賀くん。困っちゃったよ。病院長にわざわざ呼び出されてね、君がいかないとあの地区はどうにもならないって言われちゃってさ。本当はあんなところ行きたくなかったんだけど、病院長から直々に熱く語られちゃったら断れないよね」

「この間もね、わざわざ本院の偉い人がやってきてさ、A君の獅子奮迅の働きにより、この病院の状況は劇的に改善した。みなさんも是非彼の事を見習って、この地区の医療に貢献して欲しいって言われちゃってさ。まあ大変だけど、頑張らないといけないね」

 

彼があまりにも真顔でこういうので、僕は真っ向から信じさせられてしまい、「へーすごいですね。じゃあ戻ってきたら、出世できそうだ」と相手を一通り褒めちぎってその会は終わった。

 

後日、前の病院の人と出会う機会があったので、「この間、A先生と飲んだんだよー。彼、凄い活躍してるらしいじゃん」と言った所、物凄く変なものをみるかのような顔つきで「何いってんの?」と言われ、自分が完璧に騙されていた事を思い知る事となった。

 

真実はこういうことだった。いろいろあって、A先生は僻地に飛ばされる事になった。

辞令がくだされたのは事実なのだが、なぜかその後、彼の脳内で「君がいかないとあの地区はどうにもならないと病院長から直々に言われた」という”妄想がクリエイト”され、それをどうも本人が”事実として完璧に信じ込んでいた”ようなのだ。

 

彼はその妄想を様々な人に真顔で言いふらしているので、ある時院長と親しい1人が「彼にそんな事を言ったんですね」と病院長に聞いた所、そんな事実は全くなかったというのである。

 

なんと彼は事実を最大限ポジティブな方向に修正し、そこに自分にとって都合のよい妄想をクリエイトして、それを完璧に自分の中で真実だと信じ込むという、驚異の異能の持ち主だったのである。

「あいつの話はラーメン二郎よりも天高く盛られている。話半分どころか、話十分の一ぐらいで聞いとかないと、胃もたれするぞ」

 

真顔で嘘をつかれると、マジで見抜けない

このエピソード自体は、まあ笑い話で済む。

しかし、冒頭のIT社長大失脚でのプロの詐欺師集団のエピソードを聞いていた自分は

「何故嘘だとわかっていて騙されるのだ?と思うかも知れないが、プロの詐欺師を目の前にして騙されない人間はいない。彼らにとって、普通の人を騙すのなんて、それこそ朝飯前であり、様々な手を尽くし相手を絶対に騙し抜くのである」

という言葉の本当の意味を突きつけられて、背筋が凍るような思いだった。

 

仮にだけど、先のA先生のような異能を持つ人が、プロの詐欺師にスカウトされて職業訓練を受けたらどうだろうか?

僕は彼は間違いなく稀代の名詐欺師になるだろうという確信がある。

 

ほとんどの人は、嘘をつくときに多少のつっかえだったり、言いよどみや視線のゆらぎみたいのが出てしまう。これは人間としての性質であり、まあ一種の良心みたいなものだ。

しかしである。目的を持って、嘘を妄想とセットで合成し、先のA先生のように「自分の中では完璧に真実だ」と信じ込めるような人は話が別だ。彼らはマジで真顔で嘘をつける。演技ではなく、本心からそれが本当の事だと思い込めるのである。

 

こうなるとマジで嘘が見抜けなくなる。真顔の力は凄い。実はこの事は科学的にもある程度証明されている。

 

笑顔を作ると、勝手に幸せになる

心理学者・リチャード ワイズマンが書いた「その科学があなたを変える」という本がある。

彼はこの本の中で、アズ・イフの法則という面白い現象を説明している。

 

私達は「幸せ・だから→笑う」とか、「その人の事が好き・だから→ドキドキする」と思っているが、これは実は因果関係が逆だというのである。

実際に自分でやってみるとわかるのだけど、例えば笑顔でいつつ、悲しいことを考えるのはとても難しい。他にも、怒った顔をしながら優しそうな事をいうのも非常に難しい。

 

もちろん、幸せだから笑ったり、その人の事が好きだから心臓がドキドキするというのもある程度は事実だろう。

だけど、その逆もかなり然りで、実は人間は表情とか心拍数などでかなり印象操作をされがちな生き物なのだ。

 

吊り橋効果を考えてもらえればわかりやすいだろう。恋のドキドキと生命の危機のドキドキを、人間は区別できないのだ。

だから件の彼のように、真顔で嘘を言われると、多くの人間は認知がバグる。

あまりにも相手が真顔なので「あれっ?この人、本当の事を言ってるんじゃ・・・」と脳が勝手に誤解してしまい、その結果見事に嘘を信じ込まされてしまうのだ。

 

ひょっとして、ショーンKや元・脱社畜サロンのあの人も・・・

予め断っておくと、ここから先は僕の推論である。

ちょっと前に、ショーンKという人が経歴詐称で大炎上していた。彼の事件をみて、こう思った人は少なくないはずだ。

「なんで誰も、この人が嘘つきだって見抜けなかったんだろう?ってか誰も見抜けないとか、マスコミ関係の人たちは能力なさすぎでは?」

 

しかし、今なら僕は騙されたマスコミ関係者の気持ちが痛いほどよくわかる。

だってショーンKさんがやってた経歴詐称は、僕をものの見事に騙したA医師のやってた事の上級編でしかないのだろうから。

 

きっと、彼も妄想を自分の中でクリエイトして、それを自分の中で真実だと思いこむ事に非常に長けた人間だったのだろう。そして、それを真顔で他人に語れる異能の持ち主だったのだ。

だから、彼を目の前にして嘘を嘘だと見抜けるような人は1人もいないのである。だって真顔で自信満々に堂々と嘘をいうのだから。それを信じないなんて、人間の脳の機能的には無理なのだ。

 

また、ちょっと前に脱社畜サロンの主催者・自称連続起業家である正田圭さんにも重大な疑惑が投げかけられていた。

#脱社畜サロン 主催者。自称連続起業家・正田圭氏の経歴に重大な疑義|えらいてんちょう|note

 

この記事でえらいてんちょう氏が正田圭さんを問い詰めたのだが、結局正田圭さんはえらいてんちょう氏に経歴を証明するようなものを一切提示する事ができないまま終わり、正田圭さんが脱社畜サロンを抜ける形で事の終わりを迎えた。

 

たぶんだけど、正田圭さんの頭の中では、本当に三桁億円のM&Aをやった、あるいはやっている事になっているのではないだろうかと僕は推測している。

僕を見事に騙し通したA医師と同じく、事実はどうであれ彼の中ではそれは間違いなく真実となっているのだ。

 

この疑惑が提議された時、脱社畜サロンのイケダハヤト氏は正田さんを全面的に支持していた。

田端氏やけんすう氏など、各方面から「さっさと謝った方がいいよ」と落とし所を提示されたにもかかわらず、全面的に正田さんを”信じ”ており、謝ることは1つもないと傍から見たら完全に開き直りとしかいえないような態度を呈していた。

 

これを見て、各方面から「イケダハヤトさん、大丈夫か?」という声があがっていたけど、僕は「ひょっとしてイケダさんは本心から正田圭さんの事を信じちゃってるのでは?」と思った。

だって、僕の知ってる事例とあまりにも似ている点が多すぎるのだ。

 

繰り返すが、真顔で自信満々に堂々と嘘をつかれた時、それを見抜ける人間はいない。

そして一度、真実だと信じ込んでしまったら、どんなに事実を提示されようが、それを間違いだと認める事はできない。見たいと思うものしか見れないのが、人間だからである。

 

そしてもう1つ、これは完全に仮説というか妄想なのだけど、恐らくこの手の真顔で嘘をつける人に備わっている才能がもう1つある。

相手にオキシトシンを分泌させる能力だ。

 

オキシトシンとは、出産の時に母体に大量に分泌されるホルモンだ。

このオキシトシン、子宮を収縮させる作用に加えてもう1つ効用がある。それは相手を絶対的に信じ、愛情を注がせる作用だ。これがあるから、出産後に女性は我が子に「うちの子、カワイイイイイイ」と無限の愛情を注げるようになる。

 

実はこのオキシトシン、科学的実験により人工的に鼻にスプレーで吹きつけられると、盲目的に目の前の他人を信じてしまい、たとえ不利な契約を要求されても合意してしまうという驚異の効果がある事が確かめられている。

なぜそんな不思議な事がおきるかというと、オキシトシンは相手の人間を「仲間」と「それ以外」に区別する効用があるのだ。

 

そして、いったん脳の中で「仲間」と認知し信用した相手からのお願いを人間は絶対に断る事ができなくなる。

こう書けば、なんで疑惑の玉手箱である自称連続起業家・正田圭さんをイケダハヤトさんが全面的にかばったかがわかるだろう。

正田圭さんにオキシトシンをドバドバだされたイケダハヤトさんは、正田圭さん「仲間」と強制的に認知させられていたのである。

 

人は家族や仲間については、基本的に何があってもかばうようにプログラムさせられている。

だから田端さんやけんすうさんが設定してくれた落とし所ですら、イケダハヤトさんからすれば妥協できなかったのだ。

 

きっと小野寺隆さんを騙したプロの詐欺師も、冒頭で僕に完璧な嘘を信じ込ませた彼も、ショーン・Kさんも、相手の脳からオキシトシンを出させる異能の持ち主なのだ。

そう言われてみれば、なんだかみんな憎めない顔をしているような気がしてこないだろうか?だから、目の前にいる人達は彼らを「仲間」と認識してしまい、相手が嘘をついているだなんて一瞬たりとも考える事ができなくなるのだ。

 

嘘つきのプロを目の前にして「私だけは絶対に騙されない」なんて思うのがいかに甘いかがわかっただろう。

遠くからみれば滑稽かもしれないけど、いざ彼らと目の前で対峙すれば、私達はみな赤子同然なのだ。

 

「いかなる悪事も、初めたときは善意からであった」

かつて、ローマ帝国の創造者・ユリウス・カエサルはこういった。

 

「いかなる悪事も、初めたときは善意からであった」

昨今のイケダハヤト尊師の活動をみて本当に思う。

彼は、もともと清貧を愛する部分があった。年収300万円でも豊かに生きていける。それが彼のスタンスであり、彼が高知に移住して鴨長明のようになるだろうと誰もが思っていた。

 

しかし現実は残酷だ。高知の限界集落で鴨長明のようになる事は現代では非常に難しい。

はじめは美味しそうなトマトや地元グルメを紹介していたイケダハヤトさんも、結局危険な暗号通貨への投資を煽るようになったり、YoutubeでFXへの投機を煽ったりと、立派なゼニゲバへと転落していってしまった。

 

今の彼の活動は誰がなんと言おうがヤバイ。けど、彼も初めはきっと崇高な志があったのだ。

「いかなる悪事も、初めたときは善意からであった」

私達も、いつダークサイドに落ちるかわかったものではない。

だからこのカエサルの名言を、心の中に忘れず持ちつづけたいものである。

 

 

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【プロフィール】

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高須賀

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(Photo:Titof