「日本の常識は世界の非常識」なんて言葉がある。

「世界」とはいっても多種多様だし、ほかの国とちがうからなんだっていう気もするけど、日本独自の価値観やマナーというのはたしかに多い。

それに関しては、「いい」も「悪い」もない。ただ、「それが日本」というだけ。

 

でも、だから、こんなことも起こる。

 

苦労しないと理解できない日本人とビジネスしたいですか?

『リスクに背を向ける日本人』という本の最終章で、とある日本人女性が、筆者であるアメリカ人、メアリー・C・ブリントン氏に、こんな話をしたというエピソードが語られている(以下はわたしが要約したもの)。

 

日本的ビジネスの慣行を理解してもらうことは大切だから、本社から派遣されてきた外国人マネージャーに、日本ではどう仕事するかとか、日本でのビジネスの手続きとかを全部説明する。

でも少しして新しい人と交代するので、また最初から教えないといけない。日本文化を理解しない外国人に毎回同じ説明をするのに嫌気がさしている。

リスクに背を向ける日本人 (講談社現代新書 2073)

リスクに背を向ける日本人 (講談社現代新書 2073)

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彼女の悩み、というか愚痴に対し、ブリントン氏はこう答えている。

「日本的なビジネスのやり方や、日本的なビジネス関係の作り方があるのは理解しています。

だけど、こう考える必要があるんじゃないでしょうか? 日本的なビジネス慣行がそれほど特殊なもので、新しい取引相手ができるたびに何度も何度も説明しないといけないのだとしたら、日本の経済は今後ますます他の国から置き去りにされることになるだろう」って。

(中略)

私が外国人のビジネスパーソンだったとします。私はどの国の人たちとビジネスするか、選ぶことができます。

そうしたときに、同じビジネス文化を共有していて、だから互いに理解しあえる人たちとビジネス関係を結ぼうとしないで、わざわざ、苦労しないと理解できない人たち(たとえば日本人)を相手にビジネスをしたいと思うでしょうか?

ほかの条件が同じであれば、努力をしないと理解しあえない日本人を相手にビジネスをするよりは、そんな努力をしなくても理解しあえる国の人たちを相手にビジネスをするほうが、よっぽど効率がいいと思いませんか?

そして、こうした効率こそが、ビジネスの決め手なんだと思いませんか?

「おっしゃる通りです」としか言いようのない、見事な回答だ。

 

たとえば婚活でほぼ同じ条件の人と出会ったとき、

「朝昼晩はLINEすること。寝る前は電話。飲み会は事前報告。デート代は男性が支払う。記念日には食事に行く。異性とふたりで出かけるのは禁止。毎日「好き」と言って。

この前のレストラン、メニューが総じてカロリー高めだった。今後はヘルシーなレストランに行くこと。あと服もちょっとダサいから、わたしのフェッションスタイルと釣り合いのいいコーディネートしてきて」

と言う人と、

「だいたいの価値観は共有できているので、あとは付き合うなかでお互いうまいことやっていきましょう」

と言う人、どっちと付き合いたいだろうか。

 

顔がものすごく好みだとか、面倒な要素を差し引いてでもその人が好きだとかっていう理由があれば、前者と付き合うかもしれない。

でもそういった特殊な要素がなければ、後者のほうがいい。

 

外国人マネージャーに「これが日本的ビジネスですから」とあれやこれや説明するのは、究極的に、前者のやや面倒くさい人と同じ方向性の考え方だ。

そしてブリントン氏は、「そういう人と付き合いたいですか?」と問いかけている。

 

独自ルールを守らせようとしてくる人との仕事は、非効率

冒頭の質問者の方の『日本式』が、どの程度のレベルのことを指すのかはわからない。

「日本ではほうれんそうが大事なんですよ」

「お得意さんには手土産を持っていきましょう」

「名刺は両手で受け取ってくださいね」

くらいなら、文化のちがいとして「なるほど」と思うかもしれない。

現地に溶け込んでうまく一緒に仕事をしていくための配慮は、どの国で働くにせよ必要だ。

 

しかしそれが、

「印鑑は相手にお辞儀する角度で。サインはダメです。カタカナの苗字でも関係ありません、日本では印鑑なんです」

「電話は3コール以内に出てください。それ以上の場合は、『お待たせいたしました』と言ってください」

「出してもらったお茶は、一言言ってから飲むのがマナーですよ」

レベルだったらどうだろう。

 

言う方だって「いちいち説明するのが面倒くさい」と思うだろうが、言われる側のほうが絶対もっと思ってる。「いちいち面倒くさい」と。

 

そんなことをいうと「それが嫌なら日本から出て行け」と主張する人が現れるだろうが、これは「どっちが正しいか」の話ではない。

電話を3コール以内に出るのがいいのか悪いのか、という話でも、外国人がそれを守るべきかどうか、という話でもないのだ。

「独自ルールをいちいち相手に守らせようとしてくる人とビジネスをしたいか、もしくはそういう人と効率的に働けるのか」という、シンプルな問いかけである。

 

「効率」は最近注目を集めるワードなのに、海外が絡むとなぜか「ヨソの人間がこっちに合わせればいい」という結論に落ち着きがちだ。

でもそれって、効率が悪くないか?

だっていちいち、ルールをすべて説明して、「わからせてやる」必要があるんだから。

 

もちろん、日本人と仕事をするなら『日本式』に理解があったほうがいいし、相手の文化に敬意をもってある程度順応するのは、外国人としては当然の振る舞いだ。どの国においても、固有ルールは存在する。

しかしそれが高度……細かくなればなるほど、効率が悪くなる。「それなら別に日本じゃなくてもいいや」と言われても、文句は言えない。

 

『日本式』のなかで外国人が働くのはかなりたいへん

わたしはドイツで、カルチャーギャップは感じたものの、そういった「ドイツルール」に困ることはなかった。

電話対応のドイツ語をまちがえたり、うっかりお辞儀をしたり、面接にスーツで行って人事に「フォーマルだね」と苦笑されたことはあったが、それくらいだ。

 

「あなた外国人? じゃあドイツのルールを教えるね」と、握手の強さ加減や立場で決まる座席順、こういうときはこう言うべきという定型文、サインの角度など、いちいち説明されてはいない。

 

もしドイツルールを押し付けられたら?

もちろんやる。やりますとも。外国人ですから。合わせますよ。

でも正直、「面倒くせっ」とは思うだろう。だって、「仕事」をしに来たのであって、異文化体験をしに来たのではないのだから。

 

実際、日本で働いている友人たちはみんな苦労していた。

「会議で上司が後から来たとき、立ち上がって挨拶しなかったと嫌味を言われた」

「お辞儀で頭をあげるのが早いと注意された」

「酌をしないと気が利かないって本当?」

などなど。

 

うん、たしかに外国人にとって、なにをどう気をつければいいかわからず、しかもいちいち注意されるんだから大変だよね……。

相手は「外国人に日本文化を教えてあげている」認識なんだろうから、さらに大変だよね……。

 

いつまで「グローバルなビジネス文化」に参加しないままでいられるのか

前提としては、外国人が現地ルールに適応すべきだ。

ゴミ出しのルールや電車でのマナーなどの公共性の高いテーマであれば、「こうやると日本でトラブルになりませんよ」と教えてあげたほうがいいだろう。

敬語がまちがっていて失礼な表現になっていたら、やんわり指摘するのもまた親切だ。

 

しかしビジネスの場にかぎっていえば、特殊でありかなり細かい『日本式』の慣行を「外国人にわからせる」という姿勢は、外国人からしたら正直ちょっと面倒くさいというか押し付けがましいというか、単純に「非効率」。

 

同じ本には、こうも書かれている。

私は日本が好きで、日本文化が大好きです。だから、不必要に日本のことを批判するつもりはありません。

それに、「アメリカ的」なビジネスのやり方を世界中のすべての国が受け入れなければならないとも思っていません。

けれど、世界中の企業はお互いに文化を超えてつきあうやり方を学びつつあるんですよ。日本だけが、この「グローバルなビジネス文化」に参加しないですむと思いますか?

ヒトの移動が容易になり、ビジネスがますますグローバル化するなかで、「ソトから選ばれる国」になる努力をしていかなきゃいけない現在。

ほかの国々が「それぞれ国のちがいはあるけども、それを大事にしつつうまくビジネスしていきましょう」と言ってるなかで、いつまで「日本のビジネス慣行はこうなんです!」と言い続けられるだろうか?

 

そう考えると、今後求められるのは、「外国人に日本式のやり方をわからせる努力」よりもむしろ、「多くの国の人が戸惑わずに働けるようにグローバルなビジネス文化に寄せていく」なんじゃないだろうか?

そっちのほうが、ソトから人が来てくれるようになるし、ナカ(日本)からソトに飛び出し活躍する人も増える。

 

自国の文化を大事にする気持ちはわかるけど、「ビジネス」という視点で考えたら、「効率的」に進められる相手のほうが需要が高い。

だから、情緒的なものはちょっと棚上げして、外国人が日本独自のマナーに苦労せず働けるように『日本式』ビジネスのやり方をアップデートしていく、という方向からも考えていったほうがいいと思う。

 

今後、「外国人に日本式慣行をわからせる」だけでなく、「そんなことをせずともビジネスできる」が重要になると思うんだが、どうだろう。

 

【お知らせ】
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。


<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>

第6回 地方創生×事業再生

再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは

【日時】 2025年7月30日(水曜日)19:00–21:00
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。

【今回のトーク概要】
  • 0. オープニング(5分)
    自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
  • 1. 事業再生の現場から(20分)
    保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
  • 2. 地方創生と事業再生(10分)
    再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
  • 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
    経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説
  • 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
    「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
  • 5. 経営企画の三原則(5分)
    数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
  • 6. まとめ(5分)
    経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”

【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)

 

 

【著者プロフィール】

名前:雨宮紫苑

91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&写真撮影もやってます。

ハロプロとアニメが好きだけど、オタクっぽい呟きをするとフォロワーが減るのが最近の悩みです。

著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)

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ブログ:『雨宮の迷走ニュース』

Twitter:amamiya9901

(Photo:Heather Anne Campbell)