ひとむかし、前のこと。
会社で、困ることがあった。
といっても、売上やマネジメントに関するものではない。
そうならまだ良いのだが、もっとしょうもない話だ。
それは、部下から「もっと高い車に乗れ」と執拗に言われていたことだ。
いや、部下だけではない。
取引先からも金融機関からも私は、「いい車に乗りなさい」とはっきり言われていた。
「乗る車くらい、自由にさせてほしい」というのが普通だろうし、私は大半の人と同じく高級車に興味がない。
ダイハツの軽自動車を愛しているので、無理をして高いお金を出して、車に乗る必要は微塵も感じない。
だが、部下たちは言う。
「頼みますから、高級車に乗ってください。そうじゃないと、私がバカにされる。」
……え?
と、多くの人は「そんなバカな、部下には関係ないでしょ」と思うだろう。
でも、れっきとした事実だ。
部下たちは「うちの社長が軽自動車に乗っていることが、とても恥ずかしい。」と言う。
中には「社長が安い車に乗っているので、勤め先のことを親に言えない」という部下もいる。
取引先に至っては、「与信に問題が出ます」とまで言う。
このままでは、優秀な部下や取引先を失ってしまう可能性もある。
私は渋々、車を買い換えることにした。
痛い出費だが、仕方がない。
*
「そんな事あるわけない」と思った方も多いかも知れないが、実は上の話、すべて中国での出来事だ。
中国人の部下や、取引先は、私に「高級車に乗れ」としつこく言うのだ。
日本人は、中国人のことを知っているようで、実はほとんど知らない。
実際、同じアジアの国だが、欧米以上に日本人とは異なる。
例えば表面的なところで言えば、日本は右ハンドルだが、中国は左ハンドル。
「愛人」と書けば、日本では妻以外の関係のある女性を指すことが多いが、中国では妻のこと。
洋式トイレでは、便座の上に腰掛けるのではなく、便座の上に乗っかって用を足すし、列に並んで待つ、ということをしない国民性だ。
「中国のことなんか、しらなくていいよ」という方もいるかも知れない。
だが、これからの時代に「中国のことをよく知らない」のはアジアの中心のマーケットを放棄する、ということに等しい。
事実、中国は人口も経済規模もともに、21世紀世界の主役となる。
人口はすでに米国の4倍以上。2029年には名目GDPでも、米を抜くとの試算もある。
中国、名目GDPでも2029年に米国抜く=名実ともに世界一の経済大国に―濱本国際教養大教授が試算
国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事が7月下旬にIMF本部をワシントンから北京に移す可能性に言及、波紋を投げかけたが、この発言を基に、濱本良一国際教養大教授が「中国は名目GDPでも2029年に米国抜き、名実ともに世界一の経済大国になる」との論考を月刊誌『東亜』9月号(霞山会)に寄稿した。
これからは衰退しつつある欧米ではなく、中国とどう付き合っていくかが、重要なのだ。
しかし、日本人は未だに「中国人はよくわからない」という人も多い。
単純な偏見であることも多いのだが、彼らの行動の裏にある原理を理解できていないために、誤解をしてしまっている人も多いだろう。
そこで、この記事では「中国人の行動原理」について、20年以上中国に住み、ビジネスをしてきた経験をもとに書いてみようと思う。
*
さて、そこで、冒頭のエピソードだ。
このエピソードは、中国人と日本人の違いをよく表している。
通常、日本では、社長がフェラーリやポルシェなどをこれ見よがしに乗り回していたら、「社長は大丈夫か」と、関係者から不審な目で見られてしまうだろう。
だが、中国人の部下や、中国企業は全く逆である。社長が大衆車に乗っている事自体がNGなのだ。
「そんな会社に勤めてるなんて、友達に知られたくない」
「信用できない会社だ」
などと、思われてしまうのだ。
結局、しぶしぶ私は車を2台、持つことにした。
一台は、部下たちのため、そして取引している中国企業に行くときにつかう、1000万円以上する、高級車。
もう一台は取引している日本企業に行くときに使う、200万円で買える、普通の車。
中国人向けと、日本人向けに、2台の車を使い分けることにしたのである。こうすれば、お互いに嫌な気持ちになることはない。
だがなぜ、中国人と日本人、ここまで考え方が違うのか。
結論から言えば、中国人は「仲間内での評判=メンツが重要」なのだ。
だから、仲間の中での評判を得るためであれば、中国人は自分の財貨をなげうつことを辞さない。
自分の裕福さを誇示し、また尊敬を得ることを何より重視する。
その一方、「裕福な人物は、周りを支えなければならない」というメンツがあるので、貧乏な身内には必ず援助し、遠縁の親戚に対する金銭的な援助も惜しまない。
逆に、見知らぬ他人のことは「誰がどう思おうと、知ったことではない」である。
仲間のいない場所では、道端に座り込んだり、順番を無視して割り込むことにも全く抵抗がない。
疲れたら座ればいいし、順番などという非合理な暗黙の了解にもとらわれない。空いていれば優先席にも遠慮なく座り「人が来たら譲ればいいじゃん」と考えている。
だから、赤の他人が窮乏していても、それは「自己責任」の世界である。
一方で、日本人は「世間体=建前」が重要だ。
だから、中国人とは真逆で、見知らぬ他人や場の空気に異常なまでに気を遣う。
例えば、大半の日本人は、誰も知り合いがいない場所でも座り込んだりしないし、順番をキチンと守り、ゴミを道端に捨てたりすることもない。
優先席には席が空いていても座らない人が多いし、電車内では皆静かにしている。
「場の空気を読むこと」が何よりも重要なのだ。
逆に、仲間には「気のおけない」という表現にもある通り、肩肘張らないし、富を誇示することもない。
ただ、窮乏した身内が訪ねてきても、援助を渋るし、見知らぬ世間の目を気にして「世間体が悪い」と縁切りをしたり「生活保護を頼れ」と突き放したりする冷たい面もある。
窮乏していても「生活保護を頼るのは世間に顔向けできない」や「迷惑をかけたくない」という理由で、助けを求めない人も多い。
もちろんこれは、良し悪しの問題ではなく、風土風習が、事実としてそうなっている、というだけの話だ。
*
だが、こうした中国人の気質は、現代のビジネスで非常に強い。
なぜなら、資本主義社会で成功するための重要な考え方、
「世間がどう言おうと、やりたかったら、やればいいじゃん」
「どうせやるなら、さっさとやったほうがいいよ」
「やったもん勝ち、早いもん勝ち」
を体現しているからだ。
だから、世間体を気にせず「やったもん勝ち」の中国人は、バンバン起業するし、著作権など気にしない。
彼らは順番を守ったり、列に並んだりすることはほとんど意味がないと考えている。
なぜなら、暗黙の「最初に始めた人がエライ」という「世間の常識」「外国の都合」「誰かが勝手に作ったルール」などを気にしないからだ。
始めた順番に関係なく「市場で勝った人」がエライのであって、「発明したけど、市場は取られてしまったやつ」は単なるマヌケなのである。
だから中国では下のような「偽物」が広く流通する。
だが、勘違いしてはいけないのは、「中国人は偽物が好き」なのではない。
事実、最近では中国人も「質の高い本物」を入手したがっている。
だが、「著作権」などの既存の権利の上にあぐらをかいているだけでは、マーケティング力で「偽物」を売る会社に勝てず、中国人には振り向いてもらえない、というだけの話だ。
中国人が「偽物」に寛容なのは、「やったもん勝ち」という、中国人の気質に依るところが大きい。
*
余談だが、最近では、中国政府は、この中国人の気質に則って「起業」を推奨している。
習近平の打ち出したスローガンは、「革新、起業、創造」だ。
規制を緩和し、起業を促し、裕福な人々が沢山排出されれば、その周りから裕福になるだろうと、政府は考えているし、事実そうなった。
例えば少し前、訪日客の「爆買いブーム」があったが、これは、中国人の「身内に頼まれたら、身銭を切ってでも買って帰る」という、中国人の気質が引き起こしたものだ。
中国では、儲かった人々は良いクルマに乗って儲かっていることをアピールし、身内や遠い親戚まで、できるだけたくさんの人を助けるためにお金を使う。
そして、そのようなバックグラウンドがあれば、優秀な人材は好きなだけチャレンジができるし、失敗を恐れる必要がない。
「落ちこぼれても大丈夫。身内が絶対に面倒を見てくれるから。」という確信は、資本主義と非常に相性が良い。
こうして、豊かさは中国で大きく拡散した。
一方で、日本ではこのトリクルダウンの考え方は、うまく機能しなかった。
なぜなら「儲かった人々」は、必ずしも身内や親戚を助けるために使わなかったからだ。
そのようなことを考えていくと、皮肉なことに実は、中国人は日本人よりも「資本主義」と相性が良いのかも知れない。
最近になって、そう思う。
【著者プロフィール】
中込直樹(なかごみ なおき)
山梨県南アルプス市出身。
大学卒業後、香港にてペプシコーラのプロモーションに携わる。
2007年香港にて、ウィングファットインターナショナル創業。製造拠点(3カ国4工場)を中心にキャラクターライセンスを使用した
玩具や雑貨、ベビー用品の企画製造を手掛ける。
2018年中国にて、玩具及び雑貨の輸入販売を手掛ける夢創貿易発展有限公司(ドリームクリエーション)創業。日本企業向けに、中国進出のマーケティングを支援。
【コーポレートプロファイル】
社名:永發國際創建有限公司(Wing Fat International Creative Limited)ウィングファットインターナショナル
設立:2007年
社員数:1,200名(連結)
代表者:中込直樹
本社所在地:Room 652-654 , 6/F , SuiFai FTY Estate , 5-13 ShanMei Street , FoTan , Shatin , N.T. , HongKong
(香港沙田火炭山尾街5-13號穗輝大廈6樓652-654室)
事業内容:
キャラクターコンテンツ事業ベビー用品、キャラクターグッズの製造
マーケットリサーチ及びアジア企業進出コンサルタント
レストラン事業、スポーツマネージメント事業
(Photo:Lei Han)