コンサルティング会社に勤務していたとき。

 

個人的にはいわゆる「交流会」的な催しに参加するのがあまり好きではなかった。

なんとなく、交流会で仕事を探すのは失礼な気がしたし、興味のない話に付き合うのもつかれるからだ。

 

ところが、独立してからしばらくしてからのこと。

私の尊敬する知人が交流会をプロデュースするというので、「ぜひ参加してくれ」と、勧められた。

 

あまり気は進まなかったが、顔を立てる意味で、参加した。

だが、正直に言えば、会そのものでの出会いには、期待をしていなかった。

 

そして、その会の直前。

知人から連絡があった。

「めっちゃ面白い人、来てるんですよ。◯◯さんと◯◯さん。紹介します。」

「あ、ありがとうございます。」

そして、知人は何人かの人物を紹介してくれた。

その時、私は、「記事を書いている」と自己紹介した。

 

すると、何人かの方が非常に興味を持ってくれ、

「どんな記事ですか」

「どうすれば読まれますか」

「SNSはどのように使ってますか」

など、矢継ぎ早に質問を受けた。

 

私は知恵を振り絞って、なんとか彼らの知りたいことを提供しよう、と考えた。

すると、彼らの話も聞く必要があった。

 

私は、彼らのことをもっと知りたい、と思った。

 

 

結果的には、驚くべきことに、その交流会はとても実りがあった。

なんというか、まさに「人脈を得た」と言っても良いであろう、体験をした。

実際、その人々とは、後々までつながっている。

 

だが。

一体なぜ、そんなふうに思えて、交流会がうまくいったのか。

私は不思議だった。

 

そこで、いろいろと調べてみた。

すると、私の「人脈」の認識には問題があり、その本質は別のところにあることがわかった。

 

「人脈とは何か」と問われたら、なんと答えるか。

広辞苑を当たると、以下のようにある。

この説明においては、人脈という言葉には、「人と人のつながり」という意味以上のものは含まれていない。

とても客観的な表現であり、価値観の入り込む余地はない。

 

だが。

我々は「人脈をつくりたい」と言う人と出会うと、なんとなく警戒する。

たとえば以下のようなイメージである。

一体なぜこのように思ってしまうのだろう。

 

実は、これにはれっきとした理由がある。

トロント大学とブリガムヤング大学の共同研究に寄ると、人は「自らのための人脈づくり」=「不道徳」と考える人が多いのだ。

人脈づくりに汚らわしさを感じるのは、あなただけではない

多くの人々が仕事上の人脈づくりを、道徳的にも身体的にも汚らわしいと感じるほど毛嫌いしているようだ。

人の本質として、「他者を、自己の利益を得るための手段とみなす」ことを嫌う。

それらは、間違いなく、多くの人に共有されている感覚なのである。

 

ところが、である。

話はこれだけでは終わらない。

 

同研究では「人脈づくり」は間違いなく、我々に富をもたらすことも、示している。

現代社会で人脈作りは欠かせない。仕事上の人脈次第で雇用機会やビジネスチャンスは増えるし、後半かつ深い知識を獲得できる。

さらに、人脈作りがイノベーション能力の向上やスピード出世、地位の上昇、権限の拡大につながることを示す研究は山ほどある。(中略)

たとえば、北米のある大手法律事務所に所属する弁護士一六五人を調査したところ、社内と社外の人脈をともに効果的に形成する能力が、弁護士としての成功を左右することがわかった。

我々が現代社会で、富を入手しようとすれば、人脈作りは避けて通ることのできない課題だ。

 

日本国内においても、「営業職のビジネスパーソン」を対象とする調査では、人脈をより活用している人は生産性が高い、との結果が報告されている。

営業職のビジネスパーソン1000人に聞く、「人脈に関する意識調査」を実施

「冬眠人脈」を活用すると人脈の共有頻度が1.8倍に。その結果、効果的な営業が出来ている実感にもつながる

冬眠人脈活用層は、非活用層よりも生産性が2.6倍高い

Sansan株式会社 ニュース

つまり、人脈作りは、一般的には「不愉快」なのだが、逃げて回っていても、ダメなのである。

 

不道徳と思ってしまうが、仕事のためには必要……

それが「人脈作り」なのだ。

 

 

では、私が上で体験したことは、どのように解釈すべきだろう。

件の交流会は、そういった「疚しさ」を全く感じないどころか、「とても良い体験だった」と感じたのだ。

 

そして、そのポイントは間違いなく、知人が人脈の構築のために、何が必要なのかを理解してる点にある。

それは、以下の点だ。

 

ひとつめ。

人脈が生まれるには「テーマ」が必要である。

 

あとから聞いたのだが、知人が私に紹介してくれた人々は、いずれも「情報発信」に興味を持ち、課題を抱えている人たちであった。

知人は、それを理解しており、「彼らを引き合わせたなら、お互いが満足するだろう」と、交流会への参加を促したのだ。

 

ふたつめ。

人脈が生まれるには「参加者のレベルを揃える」必要がある。

なぜなら、参加者の課題解決の視点にギャップがあると、人脈は生まれづらいからだ。

 

特に、参加者のレベルが高ければ高いほど、「多面的な見解」「高い視座」「教養」が求められるので、「何かを売りつけたい」という人は、全くお呼びではなくなる。

社長ばかりの交流会に、一介の営業マンが紛れ込むと、だいたいにおいて、メチャクチャ嫌がられるのは、そのためだ。

実際、知人は「交流会に誰を呼ぶかが、最重要事項」と言っている。

 

みっつめ。

人脈が生まれるには「一芸」が必要だ。

 

これも単純な話なのだが、「一芸のない人」と人脈を築きたいという人は、残念ながらあまりいない。

「知り合う必然性」がないからだ。

また、

「◯◯商事です」

「◯◯コンサルティングです」

「◯◯省です」

など、組織の肩書を一芸にする人もいるが、最近の交流会では「◯◯の専門です」という方のほうが、遥かに歓迎されると感じる。

 

実際、尖った専門性をもつ人々同士が集まる交流会の盛り上がりは、尋常ではない。

お互いがお互いをリスペクトする雰囲気が、自然に出来上がるのだ。

 

私を交流会に送り込んだ知人は、おそらくそれらをすべて、理解していた。

だから、私は意義を感じることができた。

彼にはとても感謝している。

 

 

なお、余談だが上で紹介した、ハーバード・ビジネス・レビューでは、「人脈づくりが好きになる方法」を、以下の四つと定めている。

1.「義務感での参加」ではなく「学習目的での参加」と考える

2.共通の関心を見つける

3.誰でも何かしらの貢献はできると考え、自分が提供できるものを広い視野で捉える

4.個人的な利益のためではなく、より大きな目的、課題解決のためにやっているのだ、と思う。

 

興味がある方は、記事と合わせて、お読みになってみるとよいのではないだろうか。

 

 

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