ちょっと前、こんな記事があった。
中国と日本の文化の違いについて述べられた記事だ。
起業したら、部下や取引先から、なぜかしつこく「高い車に乗ってください」と言われたときの話。
中国人は「仲間内での評判=メンツが重要」なのだ。
だから、仲間の中での評判を得るためであれば、中国人は自分の財貨をなげうつことを辞さない。
自分の裕福さを誇示し、また尊敬を得ることを何より重視する。
(Books&Apps)
なるほど、という内容だった。
だが、個人的に一番気になったのは、主題の「中国人のメンツ」についてではなかった。
むしろ私の興味を引いたのは後段にある「中国で偽物が広く受け入れられている理由」という点だ。
この記事には、以下のようにあった。
始めた順番に関係なく「市場で勝った人」がエライのであって、「発明したけど、市場は取られてしまったやつ」は単なるマヌケなのである。
だから中国では下のような「偽物」が広く流通する。
中国人は形式よりも実利を取る。
「本物が手に入らないなら、別に偽物でもかまわない」
というノリなのかもしれない。
しかし、である。
上の記事によれば、中国人は決して「偽物が好き」なわけではない。
これはあくまで本物を有している企業のマーケティングの敗北であって、中国人も実は「しぶしぶ偽物を買う」ことを余儀なくされているシーンも多いという。
そんな話をしていたら、中国に何度も訪れている知人から「その話なら、ちょうどいい人達がいる」と、起業家を紹介された。
上海で「本物を保証する」TECHROCKというサービスを運営している人々だ。
私は早速、創業者のYaroslav Belinskiy氏と、日本のビジネス開発責任者の高山靖弘氏に話を聞いた。
中国人であっても絶対「本物」にこだわるもの
彼らが言うには、確かに様々あふれる「偽物」に対する拒否感は、日本に比べて少ないという。
特に服や靴、カバンなどのブランド物などは、偽物であってもあまり気にしない。
ただし、中国人が「絶対本物」にこだわる物もある。
それは「健康」に直結する品々だ。
具体的には、以下のような商品である。
・赤ちゃん用品(特に粉ミルク)
・スキンケア
・サプリ
・おもちゃ
このこだわりの背景には、実際に発生した健康被害の事件がある。
中国粉ミルク、自国産の不信なお メラミン混入10年 外資は市場拡大
中国では10年余り前に化学物質のメラミンが混入した国産粉ミルクが販売され、少なくとも乳児6人が死亡、約30万人に健康被害が及び、食品の安全性が制度面でなおざりにされている実態が浮き彫りとなった。子供を持つ中国人の親たちの中国企業への不信感はまだ消えていない。
(SankeiBiz)
2008年に発生したこの事件以来、中国国内メーカーへの信頼は大きくゆらぎ「中国産」を買おうとする人々は大きく減った。
とはいえ「偽物天国」の中国である。今もなお、外資メーカー商品の人気に目をつけた輩が、「偽物」を流通させている。
高山さんによると、アリババが運営するECサイト、淘宝網でも、天猫国際でも、本物であるかのように偽った商品が、山のように売られており、利用者も全く販売者を信用していないという。
例えば、以下のリンクで資生堂の洗顔料が売られているが、実はこれが正規品かどうかは、全くわからない。
LAOXと書いてあるが、そもそも、その画像もパクリの可能性がある。
そして、よくレビューを見ると、「偽物」というコメントが付いており、極めて疑わしい。(翻訳はTECHROCK社)
资生堂洗颜专科洗面奶 2支 日本柔澈泡沫清洁控油补水洁面乳保税
下のリンクはクレンジングオイルだが、こちらにも酷いレビューが付いている。
保税日本KOSE高丝softymo清洁保湿无刺激眼唇脸部卸妆油粉瓶230ml
TECHROCKは、ブロックチェーン技術とRFIDによる「本物保証」。
このような状況を見て、当然日本のメーカーも防衛策をとった。
正規品を扱える店舗を絞り、チャネルを限定することで「本物」を守ろうとした。
だが、残念ながら様々な商品を扱っている「店舗」に偽物が紛れ込まないという保証はない。
また正規品を扱っているように装う「偽物の小売店」まで出現したという。
高山さんによれば、中国には堂々と「どうやって偽物を売るか」というブログまであり、流行っているらしい。
結局、イタチごっこは終わっていない。
ここに目をつけたのが、TECHROCKサービスを立ち上げたのAlexander Busarov氏と、Yaroslav Belinskiy氏だ。
彼ら自身も中国に住んでいたとき、大手コンビニでサントリーのウイスキーを買って飲んだところ、実はそれが偽物で、体調不良になってしまったという経緯がある。
曰く「アルコールを買うたびに、本物かどうかひどく悩んだ」そうだ。
こうして市場があると睨んだ創業者2名は、TECHROCKというサービスを立ち上げた。
このサービスは、RFIDとブロックチェーン技術を使って「本物保証」をECサイトの商品に付加する。
具体的には以下のような「RFIDタグのついた特殊パッケージ」に、商品を入れてしまう。
上部のRFIDタグを拡大すると、電子回路が埋め込まれているのが見える。
このタグをスマートフォンのアプリでスキャンすると、この商品がどこを経由してきたかがわかる、という仕組みだ。
このタグは非常にデリケートにできており、封を破ったり、シールを剥がそうとしたりするとすぐに回路が断線し、スキャンすることができなくなる。
スキャンできない商品は「誰かが商品を入れ替えた」可能性があると言える。
また、経由地の情報はブロックチェーン技術によって改ざんできないようになっており、TECHROCKのパッケージに入っている限り「本物」が保証される仕組みになっている。
実際、粉ミルクやアルコールは、中身だけをすり替えるという、手の混んだニセモノ販売の手法もあるという。
結局、商品すべてを「特殊なパッケージでガードする」という方法が、最も効果的だ、という結論になったと、彼らは説明している。
「安全」が証明されていれば、高くても売れる。
現在彼らは、TECHROCKでガードした製品を、楽天と提携して中国のECサイトで展開している。
2019年の4月にローンチしたサービスだが、すでにユーザー数は1万を超え、今なお増え続けている。
なお、Techrockで「本物保証」がされている商品は、少し高い値がついている。
平均して、他社の扱う同商品より、5%〜25%高い。
だが、高値でも「安全」な方を、皆が選ぶのだ。
実際、ノーベル経済学賞を受賞した、ダニエル・カーネマンは著書の中で、両親の感情は経済合理性よりも強いと述べている。
この調査は、幼い子供を持つ両親を対象に、1本10ドルの殺虫剤では小児の中毒が1万本につき15件発生するという前提で行われた。
もう少し安い殺虫剤の場合には、中毒の発生率は一万本に付き16件に上昇する。
両親に出される質問は、この場合あなたは安い殺虫剤に切り替えますか、というものだ。
回答した両親の3分の2以上が、たとえどれほど安かろうと、危険なものに切り替えるつもりはないと答えた。
まして中国である。
「今でも、5つ星ホテルで、トイレ掃除に使ったブラシで、コップも洗っていたという事件が起きるような国。大手メーカーの製品であっても、誰も信用しない。そこに本物保証の価値がある」
と高山さんはいう。
今後は「マーケティングデータ企業」に。
彼らは現在、メーカーとタイアップしながら、様々な商材に対応するTECHROCKパッケージを開発中だという。
だが、彼らが目指す世界は、もう少し先だ。
高山さんは「RFIDのスキャンを通じて、消費者が「いつ」「誰が」「なんの商品を」開封したのかが、データとして取れる」という。
現在でも、膨大な「顧客の開封データ」は、その商品が自家用なのか、贈答用なのか、ストック用なのか、すぐに使うようなのかといった、今までは細かすぎて取れなかった情報を提供してくれる。
現在TECHROCKは「届いた商品をスキャンすると、10%〜20%のポイント還元が受けられる」というキャンペーンを展開し、その結果、スキャン率を50%以上とした。
消費者には「本物保証」を提供し、メーカーには「消費者の開封情報」を提供する。
新しいテクノロジーは、「ニセモノ天国」の中国市場にメスを入れるのみならず、中国向け製品市場に、革新的なデータを提供することになるのかもしれない。
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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
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(2025/6/2更新)
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