いま、「副業」が、けっこう話題になっていますよね。
給料はなかなか上がらないし、いつまで働けるかもわからない。
少しでも稼げるときに稼いでおきたい、と、あんまりキツイことしたくないな、ラクに生きたいな、がせめぎ合いながら、僕も日々を過ごしています。
そんななかで、『「複業」で成功する』(元榮太一郎著/新潮新書)を手に取りました。
「複業」で成功する (新潮新書)
- 元榮 太一郎
- 新潮社
- 価格¥1(2025/06/04 08:12時点)
- 発売日2019/11/14
- 商品ランキング784,487位
著者の元榮太一郎(もとえ・たいちろう) さんは、1975年生まれ。
旧司法試験に合格後、大手法律事務所に 勤務したものの起業を目指して三年で独立し、弁護士ドットコムを創業して、上場企業に育てた方です。現在は、参議院議員も務めておられます。
世の中には、すごい人もいるなあ、としか言いようのないところもありますし、読むと、「複業」というか、「弁護士ドットコム」の起業物語ではないか、という気もするのです。
「弁護士」は、みんなが憧れる職業であり、多忙でもあるはずで、そのなかで、新しいことをしようとする人は、ほとんどいなかったそうです。
「副業」としての、「本業」の宣伝にもなるテレビ・ラジオ出演や本の出版ならともかく、本格的な「起業」となればなおさら。
長く”複業という生き方”を実践してきたので、メリットの大きさを実感しています。弁護士の顔がなければ経営する会社は立ち行かず、会社が成功しなければ参議院議員になることもなかった。
現役の経営者と弁護士という生の経験が参議院議員としての政策や活動に活きてくる。その事実は間違いありません。
私のようなケースに限らず、誰でもその人なりの複業のあり方を考えられる時代です。むしろ、考えなければならない。
サラリーマンをしながらコンビニでアルバイトをする人もいれば、週末起業から会社を興して成功した人もいます。試行錯誤しながらでも、自分なりの道をみつけていくべきです。
著者は、2019年5月に、中西宏明経団連会長が「終身雇用を前提に企業運営、事業活動を考えることには限界がきています」と発言したことを紹介し、「終身雇用、年功序列、企業別組合」が三種の神器だった日本型雇用システムが限界にきていることを指摘しています。
これはもう、いまの20代、30代くらいの人にとっては、「当たり前のこと」のはずです。
会社や組織が自分を守ってくれるわけではない時代を生きるには「自衛」するしかない。
「複業」にも、「収入を増やして生活をラクにするためのダブルワーク」もあれば、「本業」を活かしたり、相乗効果が期待できたりするものもある。
私がやろうとしていたサービスについては「絶対にムリだ!」という言葉をずいぶん聞かされました。
当時の弁護士は、どちらかというと依頼者と仕事を選べる立場にあったといえます。いわゆる「一見さんお断り」の世界でした。
そのため弁護士ドットコムのようなサービスに登録して選ぶ立場ではなく選ばれる立場になることを受け入れる弁護士は現れるはずがないと考えられていました。
常識に反すると見られていたわけです。
ところが、2000年頃からの司法制度改革で、2004年には法科大学院がつくられ、2007年からロースクール1期生が弁護士市場に参入してきたことによって、弁護士人口は右肩上がりに増えていくのです。
これまでは「弁護士がお客さんを選ぶ」のが当たり前だったのが、競争の激化により「仕事がなくなった弁護士」も生まれてきます。
顧客のほうも、より手軽に弁護士にアプローチする方法として、ネットを利用するようになりました。
著者は、まさにその「常識が転換するタイミング」で、「弁護士ドットコム」を創業したのです。
もしあと何年か遅かったら、同じことを考えて起業する人やネットサービスが現れていた可能性が高かったと思われます。
他人が「そんなのムリだよ」とか「弁護士だけで食べていけるのに、そんなリスクを冒さなくても……」というタイミングだったからこそ、成功できたのです。
今から考えると、「なぜ、あのとき他の人は、こういうサービスを思いつかなかったのだろう?」と疑問になるくらいなのですけどね。
その「弁護士ドットコム」も、創業からしばらく赤字が続いて、生活のためのお金にも困った時期があった、と著者は述懐しています。
弁護士ドットコムは8年間、実質的な赤字が続きました。
弁護士と利用者をつないだときに紹介手数料を取れば弁護士法に抵触するので、そこでは手数料を発生させていません。つまり私たちのビジネスモデルでは、サービスの核となる部分を収益につなげられなかったということです。
広告収入しかない時期が長く続きました。それもわずかな額です。最初はサイトに張りつけたグーグルのネット広告だけだったので、月に5万円程度でした。それが弁護士ドットコムに入ってくる収益のすべてだったのです。
500万円の創業資金が毎月減っていくだけだったのは当然です。
そんな状況が続いて事業をあきらめようかと悩んだことがあるかといえば、一度もありません。収益はなくても利用者が徐々に増えていったからです。(中略)
起業段階で200万円の貯金しかなく、毎月、諸経費が出ていく一方になっていれば、会社を存続させるのは不可能です。どうして8年間も耐えられたのかといえば、法律事務所オーセンスの存在に助けられました。
独立1年目は法律事務所のほうは開店休業になっていたのに、資金が切れかかってきたとき、「自分は弁護士だった、やるしかない!」と一念発起したのです。
最初は私1人でしたが、そのうち所属弁護士が増えていき、法律事務所オーセンスと名前を変えました。
弁護士ドットコムの赤字が続いていた8年間は、こちらの業務が本業に近い役割を果たしてくれたのです。
こうしたところに複業の強みがあります。独立後の私はまさしく複業状態にあり、弁護士としても仕事をしていたので助かったということです。
弁護士としての顔まで捨てて起業家の顔だけでやっていく完全なハードランディングにしていたら、赤字の8年を乗り切る体力はなかったでしょう。こうした経験からいっても、私自身、複業の強みをよく実感しています。
「副業」というと、「足りない収入を補填する」というイメージがあるのですが、著者のように「自分がやりたいことを実現する(あまりお金にならない)活動を続けるために、生活を支える仕事をする」という「複業」もあるのです。
せっかく弁護士という強い資格を得たのだから、と考えてしまうのだけれど、強くて稼げる資格があったからこそ、赤字続きだった「弁護士ドットコム」の創業期を支えることができた。
著者は、「弁護士ドットコム」の初期には、知り合いの弁護士に頼んで登録してもらったそうです。
面識のない、他業種の人に「うちに登録してください」と頼まれても警戒する人が多かったでしょうから、著者が「弁護士」としてつくってきた人脈が大きかったのです。
「弁護士ドットコム」がうまくいかなかったら、全盛期の『新日本プロレス』での稼ぎを自らの事業「アントン・ハイセル」につぎこんで会社を傾けてしまったアントニオ猪木みたいになりかねない話でもあるのですが。
「弁護士ドットコム」には、創業時のスタッフは残っていないそうなのですけど(IT企業にはよくある話です)、結果的に大成功をおさめたから良かったものの、著者の複業の損失補填に利益を使われていた弁護士事務所のほうにも、いろんな思いはあったのかもしれません。
こういうのは、著者のような「大きな起業」だけではなくて、会社を辞めてフリーランスで働くことを目指す、という場合でも、「いきなり辞めるのではなくて、まず仕事を続けながら副業を試してみる」という応用のしかたもあるはずです(というか、起業よりも、そちらのほうが事例としては多いでしょう)。
経済的に苦しくなると、選択肢が限られてしまったり、お金のためにやりたくないことをやって、自分の価値を下げてしまうという悪循環に陥りがちですし。
「そんないい仕事(いい会社)なら、副業(複業)なんてしなくて良いんじゃない?」って言われるような立場にある人だからこそ可能な「複業戦略」もある。
著者は稀有な成功例であり、ここまでやれる人は少ないと思います。
とはいえ、どんな会社も組織も「終身雇用」が難しい時代だからこそ、こういう戦略も知っておいて損はないはずです。
この本のなかには、法的に「副業(複業)」が問題になる場合や、そうならない場合なども紹介されていて、「複業をやってみたい」という人にとっては、知っておいたほうが良い知識も散りばめられています。
「やりたいことをやる」と「生活を破綻させない」は、うまくやれば、両立できるのです。
さすがに、「起業のための生活の基盤として弁護士になる」というのは、あまりにハードルが高くて、できる人は限られているだろうけど。
医者の場合でも、「やりたいことをやるために医師免許を取って、健診とか当直のアルバイトで稼ぎながら起業する」というのも可能だとは思います。
僕だったら、起業するより、それでラクに、自由な時間をたくさん持って暮らせればいいか、と考えてしまうのですが。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
・DXやサイバーセキュリティに本腰を入れたい経営者
・「投資」が経営にどう役立つかを体系的に学びたい
<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである
2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる
3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【著者プロフィール】
著者:fujipon
読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。
ブログ:琥珀色の戯言 / いつか電池がきれるまで
Twitter:@fujipon2
(Photo:Guido van Nispen)