そういえば、「指示待ち族」って、いつから使われるようになった言葉なんだろう。

ゆとり世代が社会に出るようになったころだろうか。

 

先日わたしは、

「後輩が指示待ち族でさぁ。いちいちぜーんぶ確認してくるの。もう自分でやったほうが早いって思っちゃうわ~」

という友人の愚痴を聞きながら、梅酒の水割りを片手に苦笑いしていた。

 

というのも、「指示待ち族」に心当たりがあったからだ。

「指示を待たれるほう」ではなく、「指示を待つほう」に。

 

いまはフリーランスとして自分の裁量で働いているわたしも、学生時代の居酒屋バイトでは、絵に描いたような「指示待ち族」だった。

でもいま思い返しても、それはしょうがないことだったと思ってる。

 

フリーターが仕切る居酒屋では新人のバックれが続出

指示待ち族は批判されがちだし、たしかに褒められることではない。

でも、その人は自分で考えられないから指示待ち族になったのか、それとも考える意義を失ったから指示を必要とするようになったのか。

これがまず大切だと思うのだ。

 

わたしが「指示待ち族」と化したのは、学生時代にアルバイトをしていた大手チェーン店の居酒屋でのこと。

その居酒屋では、店長は基本的にキッチンで料理をつくっていて、ホールは古株のフリーターが仕切っていた(居酒屋あるある)。

 

でもそういった人たちには「マネージメント」という概念はないから、自分の気分で他人に指示をする。

しかも本来だれも指示する権限なんてもっていないから、指示系統なんてものも存在しない。

 

Aさんが「ドリンク運んで」と言うからドリンクを運べば、Bさんに「ドリンクよりまず注文」と言われ、かと思いきやCさんは「料理が冷めるだろ!」と怒鳴る。

四六時中、こんな感じだった。

おかげで、なにをどうするのが正解かわからずウロウロする新人が続出(わたしも最初そうだった)。

 

「質問したいけどあの人の機嫌が悪くて聞けない」

「AさんとBさんとで言うことがちがうからどうしたらいいのかわからない」

「これをお願いしたいけど怒られるかもしれない」

こんな声をなんども聞いた。

 

わたしなりにできるかぎりのフォローをしたつもりだけど、「新人がバックれて音信不通になったから今日出てほしい」という要請はなくならなかった。

 

「バカ」と怒鳴られたので、指示待ち族になりました。

そんななか迎えた忘年会シーズン。居酒屋にとっては書き入れ時である。

その居酒屋は靴を脱ぐ個室式で、お客様が帰ったあとは床を軽く掃くことが決められていた。

食べこぼしやタバコの灰、お箸などが落ちていることがあるからだ。

 

また、開いたメニューの上に飲み物を置く人も多いので、ベタベタしないように1ページずつ拭くことも、マニュアルに書いてある。

年末で満席、お客様が待っている状態でも、わたしはきっちりとマニュアルどおり床を掃き、メニューを拭いた。

注文を取り、ドリンクと料理を運び、てんてこ舞いのなかでも、灰皿交換やおしぼり交換などのできるかぎりのサービスもした。

 

わたしは、「長く待った末に通された席の床に食べこぼしがあったり、メニューが汚れていたりしたら、楽しく乾杯できない」と思っていたからだ。

慌ただしく店員が早足で駆け回る店内では、小さなことで店員を呼び止めづらい。

だからこそ細やかなサービスを大事にしたかった。

 

しかしそんなわたしに、「そんなんやんなくていいから客通せよ!」「ドリンクあがってんのが見えねぇのか、さっさと運べよバカ!」と罵声が飛んできた。

忙しさでイライラがピークに達した、例のフリーターたちである。

 

たしかに、わたしは優先順位をまちがえたのかもしれない。

でも、わたしなりにお客様のためにできることを考えた結果だったのだ。

それなのに有無を言わさず「バカ」呼ばわりされ腹を立てたわたしは、これまでの鬱憤もあり指示待ち族になることを決意。

 

Aさんから頼まれた仕事中にBさんになにか言われても知らんぷりし、機嫌が悪そうなら近づかず最低限のこと以外はしない。

それぞれの指示がちがうときは「店長に聞いてきてください。店長の指示に従います」と保留にして店長に丸投げ。

 

こうしてわたしは、立派な『指示待ち族』になった。

その結果、見事バイトリーダーに「お前、ちょっとは自分で考えて動けよ」と言われるにいたった。

 

考える意義がないと思ったら、人間は考えなくなる

変な意地を張ったわたしにも非はある。むしろだいぶわたしが悪い。

もう少しうまく聞き流して、適当に愛想笑いでもして、丸く収めときゃよかった。

いくら腹を立てていようが、お金をもらっているのだから、もう少しやりようがあったはずだ。それに関しては反省している。

 

でも正直なところ、「自分で考えろ」と言っていいのは、こっちの考えに耳を傾け、尊重する度量のある人だけじゃないか?とも思ってしまう。

人の話を聞かないくせに「自分で考えろ」って、考える意味を奪っているのはそっちじゃないか。

 

なにかひとつでも、わたしに任せてくれたか?

なぜわたしがそうしたのか、聞こうとしてくれたことはあったか?

自分なりに工夫していたのに、自分のやりかたを押し付けてきたのはだれだ?

 

自分もガキだったし、相手が100%悪いだなんてことはまったくない。

とはいえ、あのときあの環境でわたしが指示待ち族になったのは、しょうがなかったとも思う。

だって、自分で考える意義を奪われてしまったんだもの。

 

事実、フリーライターになってからは、受身でいることはなくなった(当然だけど)。

自分で考えて試行錯誤できるし、なにより横槍が入らない。

編集の方と相談することはあっても、気分次第でどうこう言ってくる人や、イライラをぶつけてくる人もいない。

 

考えて行動すれば、そのぶん自分が成長できる。

そう思うから、考えて、動こうと思えるのだ。

 

その指示待ち族の人は、なんで指示を必要とするんだろう?

なんて話を、冒頭の友人に(かなりオブラートに)伝え、こう聞いてみた。

「自分で考えられる後輩を指示待ち族にしてしまっているのは、環境のせいもあるんじゃないかな?」と。

 

指示がおおざっぱだと、どの方法でやればいいかわからず、逐一確認しなきゃいけなくなる。

もし後輩クンがその作業に慣れていない・知らないのであれば、マニュアルをわたしてあげるとか、最初はいっしょにやってみるとか、そういうフォローがあればいいんじゃないだろうか。

 

もしかしたら、勝手に進めたら機嫌を損ねると思っているのかもしれない。

「経過報告はほしいけど基本的には任せるよ」とか、「どういう順番でやるかは自由だけど、この日にこれは終わらせといて」とか、ある程度裁量権をわたしたらどうだろう。

 

指示を求める後輩クンは、「指示が必要」なのではなく、「指示以外のことをやると面倒なことになる」もしくは「他人にごちゃごちゃ言われたとき『この人が言ってました』と責任転嫁できる」と思っているかもしれない。

環境が彼を指示待ち族にしているとしたら、注意しても意味はない。

むしろ「あー怒られた。ミスしないようにだれかに聞こう」となる可能性すらある。

 

いやまぁ、わたしなんかが企業で立派に働いている友人に偉そうに言えた義理ではないのだけど……。

 

でもそれを聞いた友人は怒ることもなく、

「後輩はわたしがOKしなきゃやっちゃいけないって思ってるのかも。どんどんやってくれていいのに。でもそういう話、してなかったなぁ。この仕事はいままで自分ひとりでやってたから全部自己流でマニュアルもないし……。たしかに、指示がないとやりづらい環境だったかもしれないね」

と言ってくれた。

 

「指示待ち族」をうむ環境なら、指示を与える側はそれに対処すべき

念のために書いておくと、「お前が悪いから指示待ち族になったんだぞ!」とまで言う気はない。

そういう状況でも積極的に動き、結果を出せる人がいるのも事実だ。

 

そして、環境いかんに関わらず、指示がないとなにもしないというスタンスの人がいることも知っている。

それはその人の性格と能力の問題だから、まわりがなにしようがどうしようもない。

ただ、「なんでこいつはいちいち言わなきゃ動かないんだ」「もう少し考えるクセをつけてほしい」と思っている相手にも、言い分があるかもしれない。

 

たとえば、「みんな言うことがちがうからだれかからのお墨付きをもらっておきたい」とか、「不慣れな作業でやり方があっているか不安だから思わず聞いてしまう」とか、「自分流でやると怒られるんじゃないか」とか、「後からなにか言われたら面倒だから事前に確認しておこう」とか。

そういう人は、やる気がないわけでも、考える能力がないわけでもない。

ただその人のまわりに、考える意義を奪っている「なにか」があるだけだ。

 

それなら、その「なにか」を取り除くのは、指示を与える側の役目じゃないだろうか。

「こいつ指示待ち族だな」と思ったら、それがその人の性格的なものなのか、それとも環境がそうさせているのか、一度考えてみてもいいかもしれない。

 

【お知らせ】

Books&Apps主催の完全オンラインライブのWebライティングスキルアップセミナーの5月日程を更新しました。


webライターになってみたもののネット界の現状に鬱々としている人、企業のオウンドメディアのライティング担当となったが何を書いたらよいのかさっぱりの人、、SEOライティングでそこそこ稼いでるんだけど本当にこんなんでいいの?と思っている人、悩めるwebライター及びwebメディア編集担当の方に向けて、本当に役に立つ愛のある(添削つき!)ライティング講座です。

Books&Apps主催のライティングセミナー
「Webライティングの本当のところ、6時間でまとめました。」

【内容】
◎第1日目
1.オウンドメディアの役割とは?(30分)
・オウンドメディアの成果とは何か?
2.オウンドメディアに求められるコンテンツとは(90分) 
・成果の出るコンテンツとは?
・Webで多くのユーザーが集まる記事とは?
・バズ記事の事例
3.webライターに求められているもの(60分) 
・webライターに求められているものは本質的には「文章力」ではない
・オリジナリティの高い経験と拡散力

・Q&Aタイム(15分〜30分)

※第1日目終了後に添削課題を発表いたします。

◎第2日目
4.添削課題の講評(60分) 
・事前に課題を出してもらい添削したものを講評
5.ワークショップ(60分)
・タイトルのつけ方(座学)
・提出課題の良かったものにタイトルをつけるワークショップ
・Q&Aタイム(60分)

【実施日時】
①or②の日程をお選びください。
①5/14(木)18時〜21時・5/28(木)18時〜21時
②5/21(木)18時〜21時・5/28(木)18時〜21時
5/28は共通です。
【定員】
各会10名
【参加費】 5万円(セミナー参加費3.5万円+課題添削1.5万円)
→新しいイベントのためキャンペーン価格3万円でご提供いたします

お申込み・詳細は[Books&Apps主催セミナーお申込みページ(Peatixサイト)]をご覧ください。

 

 

【著者プロフィール】

名前:雨宮紫苑

91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&写真撮影もやってます。

ハロプロとアニメが好きだけど、オタクっぽい呟きをするとフォロワーが減るのが最近の悩みです。

著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)

ブログ:『雨宮の迷走ニュース』

Twitter:amamiya9901

(Photo:Dennis Sylvester Hurd)