Twitterで、「100万円を目指す人間は100万円稼げない」という理論をよく見かける。

「目標を高くしないとそれ以上にはなれない」的なことらしい。

「なにを根拠に?」という疑問もあるのだが、それ以上に気になることがある。

それは、「いったいこの人たちはどこに行き着くんだろう」ということだ。

 

高い目標をもって、達成して、また目標を立ててがんばって……。

 

それを死ぬまでやり続けるんだろうか?

無限に湧いてくる欲を少しでも満たすために?

なんだかそれって虚しくない?

 

「上」を見ればもっとほしくなるのが、人間の性

人間の欲望というのは、わたしたちが思っている以上に底なしで、露骨で、それでいてなかなか抑えることができない厄介な感情だ。

その例として、『予想どおりに不合理』という本から、給料と相対性のくだりを2つ、かいつまんで紹介したい。

 

ひとつめは、若い社員の話。

・3年目の若い社員が給料のことで文句を言い出す

・入社時彼は「3年後は10万ドルの給料はほしい」と思っており、現在は30万ドル近い年俸をもらっている

・それでも不満をもつ理由は、同僚が31万ドルもらっているから

 

ふたつめは、アメリカで実際に起こった経営者の給料の話。

・1976年、最高経営責任者の平均給料は、従業員の平均の36倍だった。しかし1993年には131倍にもなっており、幹部の給料増加が問題に

・そこで1992年、証券規制当局は、経営幹部の報酬と役得の開示を義務付けた

・幹部の報酬が公開されるようになると、マスコミが報酬ランキングを組むように

・結果、経営者たちは自分と他人の給料を比べるようになり、幹部の報酬はさらに上昇

・最高経営責任者の給与は、平均的な従業員の369倍になるという皮肉な結果に

 

どれだけカネをもってようが、社会的に成功してようが、自分の目標を達成していようが、関係ない。

「上」を見ればもっとほしくなるのが、人間の性なのだ。

 

わたしが理想ぴったりの家に引っ越さなかった理由

これはわたしにも心当たりがある。

2年前、当時の彼氏と同棲していた学生寮のワンルーム(トイレ・バス付きでキッチン共同)から引越すときの希望は、「駅から近く2部屋ある日当たりのいい家」というシンプルなものだった。

 

はじめて内見した物件は、まさに理想どおりの家。

リビングダイニングになる部屋と寝室があり、バスルームとキッチン付き。

トラムの駅まで徒歩5分で、10分乗れば街に出られる。

「最初から当たり引いたね! もうここにしちゃう?」という話が出るくらいには、申し分なかった。

 

しかし、予想外のことが起こる。

ドイツは難民危機後、未曾有の住宅不足で、引っ越ししようにもなかなか家が見つからない状況だった。

そのため、条件に当てはまっていない物件や、家賃の希望上限を超えている物件にもとりあえず内見希望を出していたのだ。

 

そこで訪れたのが、2軒目の物件。

「たぶん住まないけど一応」と内見に行ってみると、駅から徒歩2分で利便性がよく、日当たり抜群。

静かな郊外だけど田舎すぎずちょうどいい感じ。

リビングダイニングの部屋、寝室、もう1部屋あるうえベランダつき。

 

「もう1部屋あるなら仕事部屋にできるね」

「この広さならL字デスクも置ける」

「ベランダで読書もいいね」

「1軒目とちがって食洗機も備え付けだよ」

「スーパーも歩ける範囲にある」

なんて話になり、ふたりともすっかりそこが気に入ってしまった。

 

ただネックなのが、家賃が希望上限+80ユーロということ。

家賃の上限設定自体が経済的に結構ギリギリだったから、本来だったら迷わず1軒目にすべき状況だ。

しかし、現在わたしたちは、2軒目に内見した家に住んでいる(ちなみに彼氏は夫になった)。

 

1軒目に内見した家にも入居できたのだが、うっかり「上」のモノを見てしまったせいで、「アリ」だと思っていたはずの1軒目の物件が「ナシ」に思えてしまったのだ。

 

少し上を見ただけで現状に満足できなくなるのが人間の性

こういう経験は、きっとだれにでもある。

最初は「2万円のバッグを買ってプチ贅沢」と満足していたのに、1年後には5万円の鞄ですら安っぽく見える。

 

誕生日に1万円もするフレンチのコースに連れて行ってもらって感動したのに、ゴージャスな生活をしている友人のインスタを見ると、「もっといいところに連れて行ってほしい」と不満がでる。

 

アイドルのコンサートに当選して寝れないほど興奮していたのに、ファンクラブに入って前方の席に慣れると、ちょっと席が悪いだけでまったく楽しみじゃなくなってしまう。

 

いまより上のモノ、自分よりたくさんもっているヒトを見ると、どうしても比べてしまう。

欲しがってしまう。

最初はそれで充分だったはずなのに、少し上を見ただけで、それでは満足できなくなる。つねに不満を感じてしまう。

 

悲しいことに、人間というのは、そういう業を背負っているらしい。

 

911に乗る人よりプリウスに乗っている人のほうが幸せに見える

冒頭で紹介した書内で触れられている、ホットオアノット・コムという格付け出会いサイトの共同創設者、ジェームズ・ホン氏のことばも併せて紹介したい。

当然、ジェームズは大金を稼いでいる。そして、まわりにはそれ以上の大金持ちがぞろぞろいる。

親友のひとりはペイパル(PayPal)の創始者で、何千万ドルもの財産を持っているくらいだ。

しかしジェームズは、自分の人生と比較するまわりの輪を大きくするのではなく、小さくする方法を心得ている。

ジェームズはまず、ポルシェのボクスターを売って、かわりにトヨタのプリウスを買った。

 

ジェームズは≪ニューヨーク・タイムズ≫紙にこう語っている。

“ボクスターの生活を送りたいとは思いません。だって、ボクスターを手に入れたら、つぎは911に乗りたくなりますからね。その911を持っている人たちが何に乗りたがっていると思います? フェラーリですよ”

予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

  • ダン アリエリー,Dan Ariely,熊谷 淳子
  • 早川書房
  • 価格¥1,100(2024/04/06 01:43時点)
  • 発売日2013/08/23
  • 商品ランキング1,184位

きっとそういう人たちは、フェラーリに乗っても満足しない。できない。

だって、世の中にはいつだって「もっと上」がいるから。

 

「まだまだ」「もっともっと」「自分のほうが」と追い求めた結果、幸せになっている人ってどれくらいいるんだろう。

むしろ、よからぬことに手を染めたり、承認欲求を持て余して攻撃的になったり、手段を選ばず強引になってまわりから孤立したり、不幸になっている人のほうが多いんじゃないだろうか。

 

だれとは言わないけれど、怪しげな情報商材を売ったり、内容がないのにオンラインサロンを開いたり、犯罪行為を自慢して炎上させたり、報酬を受け取ったPRであることを伏せてプロモーションするステマをやったりするインフルエンサーの顔が浮かんだ。

 

そういう人たちも、「もっともっと」に歯止めが効かなくなった結果なのかもしれない。

ボクスターを手に入れても、911を車庫に並べても、それでも満足できない人生。

そんなの、虚しいだけじゃないか。

そういう人たちより、プリウスに乗っているホン氏のほうが、よっぽど「豊か」に見える。

 

はるか「上」ばかり見上げて腐る人生なんて、真っ平御免

でも「欲張り」は、仕事上では「向上心のあらわれ」としてむしろ歓迎されがちだ。

4部屋ある物件の内見に行ったわたしに「4部屋もいらないでしょ」と言う人はいても、成り上がってやると息巻いている新卒に「そんなに気負うなよ」と言う人はほぼいない。

むしろ、「やる気があっていい」と言われる。

 

じゃあ、100万円稼いだ人はそこで満足するんだろうか?

次は200万円を目指したくなるんじゃないだろうか?

200万円稼いだら、500万円稼いでいる人に嫉妬するんじゃないだろうか?

 

上を目指し続けるということは、つねに渇きと戦うことだ。

でもその戦いの先に、いったいなにがあるんだろう?

 

ホン氏のように、その戦いをやめて穏やかな人生を送ったほうが幸せな人は、世の中にきっとたくさんいる。

そういう人たちは、ボクスターや911のパンフレットを捨てて、プリウスに乗ったほうがいい。

 

ただ、ホン氏のように「求めるのをやめる」ことができるのは、ある程度すでに成功を手にした人だけだ。

それ以上望まずとも生活ができる人に限られる。

そうじゃない人は、「ここまでがんばろう」と望む上限を決めておいたほうがいい。

 

わたしは家賃の上限があったからうっかり大きな家を契約せずに済んだが、もしそういう制限がなければ、「より良い家」を求め続けたかもしれない。

でも「上」を見ればかぎりないんだから、つねに現状に不満をもつことになるし、身の丈に合わない不相応な夢を見てしまうだろう。

 

そんなの、虚しいだけだ。

満足を知らず、はるか「上」ばかり見上げて腐る人生なんて、真っ平御免である。

「満足したらそこで終わり」という考えもあるけれど、満足した瞬間人生が強制終了するわけじゃない。

欲にのまれて他人を煽る人の言うことを聞く必要もない。

 

向上心結構。

ただ、「上を目指すことが大正義」という主張がまかりとおっているからこそ、「欲望に押しつぶされるなよ」という提言もここに置いておきたい。

 

【安達が東京都主催のイベントに登壇します】

ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。


ウェビナーバナー

▶ お申し込みはこちら(東京都サイト)


こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
・DXやサイバーセキュリティに本腰を入れたい経営者
・「投資」が経営にどう役立つかを体系的に学びたい

<2025年7月14日実施予定>

投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは

借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。

【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである

2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる

3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう

【登壇者紹介】

安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00

参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。


お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください

(2025/6/2更新)

 

 

【著者プロフィール】

名前:雨宮紫苑

91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&写真撮影もやってます。

ハロプロとアニメが好きだけど、オタクっぽい呟きをするとフォロワーが減るのが最近の悩みです。

著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)

日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち (新潮新書)

日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち (新潮新書)

  • 雨宮 紫苑
  • 新潮社
  • 価格¥814(2025/06/10 01:25時点)
  • 発売日2018/08/08
  • 商品ランキング329,924位

ブログ:『雨宮の迷走ニュース』

Twitter:amamiya9901

(Photo:Nenad Stojkovic)