「文章を書いてお金をいただいている」と言うと、多くの人が「すごいね」と言ってくれる。
そして高確率で、「自分には文章を書くなんてできない」と続くのだ。
考えてみれば、学生時代にも
「レポートを書きたくないからテストの授業を選ぶ」
「感想文なんてなに書けばいいかわからない」
と言っている友だちは多かった。
でも正直わたしは、「なんで書けないんだろう?」と内心首をかしげていた。
人間はたいていの場合なにかしら考えているのだから、その「考えていること」を「文字」として書き起こすだけじゃないか。
わたしにとって「書けない」というのは、「考えていない」と同じだ。
考えてない人間なんていないんだから、書けない人間だっていないはず。……と思っていたのだが。
「文章なんて全然書けません」という人に出会い、話してみて、「なるほど、こういう人は文章を書くのが苦手なんだな」と納得したので、今回は「書けない人」についての話をしたい。
「なぜ」が気になってしょうがないわたしと、気にしないAちゃん
職場の人間関係で悩んでいたAちゃんと、こんな会話をした。
「○○さんに嫌味言われるのがつらい。この前も、こんなにひどいことこと言われたんだよ」
「○○さんはみんなにそういう態度なの? それともAちゃんにだけ?」
「え〜どうだろ。知らない」
「最初からAちゃんに対して当たりがキツかったの? ここ最近の話?」
「うーん……。前から仲良くなかったけど、最近とくにいろいろ言われるんだよね」
「なにかきっかけがあったのかな? 心当たりないみたいだけど」
「わかんない」
「露骨に嫌味言われるなら、『気に触ることしちゃいました?』って聞いてみてもいいんじゃないかな」
「まぁねぇ。でもなんかなぁ」
「聞くのが気まずいなら、だれかにそれとなく聞いてみてもらうとか」
「気まずいっていうか、それでまた面倒なことになりそう」
「たとえば?」
「もっと嫌われるとか、そういうの」
この会話で、Aちゃんとわたしは根本的に「ちがう」のだと気づいた。
わたしはなんでもかんでも、「なぜ」を知りたい人間だ。
なぜそうなったのか、なぜそう思うのか。
それを知りたいから、相手にも「なんで?」「なにがあったの?」「どういう状況で?」と聞きまくる。
「なぜか」という考える材料がないと落ち着かない。
わたしは、そういう性分の人間なのだ。
わからなければ言葉にできない
一方Aちゃんは、「なぜ」の部分にはあまり興味がない。
なんでかわからないけどイヤ。よくわかんないけどこうなってる。
現状を感覚的に捉え、自分の感情もあるがままに受け入れているから、「なんで?」と聞いてもハッキリした答えが返ってこない。
そしてAちゃんは、わたしが知る限りもっとも「文章を書くのが苦手」な人だ。
Aちゃんの職場は定期的に報告書をまとめなくてはいけないのだが、Aちゃんは事あるごとに、「なにを書けばいいかわからない」と言っている。
そして、「今日は報告書の日だから」と飲み会に遅刻するのだ。
それくらい、文章を書くのが苦手らしい。
「テーマに対して思ったことを書けばいいんだよ」と言っても、「えーわかんない」と返ってくる。
「わかんないわけないでしょ」と思うのだが、Aちゃんはやる気がないわけではなく、本当に、本気で、「なにを書けばいいのかわからない」と頭を悩ませるのだ。
で、「ねぇねぇライターでしょ? どうやって文章書いてるの?」と聞いてくるのである。
でもわたしにとって「文章が書けない」はありえないことだから、なぜAちゃんが書けないのかが理解できない。
なぜ書けないのかを聞いても、「なにを書けばいいかわからないから」と言われてしまってはどうしようもない。
「うーん……なんでAちゃんはこんなにも文章を書くことが苦手なんだろう? 理由を聞いてもわからないっていうし、なにが苦手かもわからないみたいだし……」
と思ったところで、わたしのなかで答えが見つかった。
「わからないから書けないのだ」と。
「書く」とは「自分の頭のなかを説明する」こと
文章を書けない人はきっと、自分がなぜそう思うのか、その理由に無自覚だ。
だから、ことばで説明しようとしても、「だってなんとなくだし……」となってしまう。
もしわたしがAちゃんのように「書けない」状況だったら、「それはなぜか」を考える。考えて考えて考えまくる。
小学生のときに先生に作文を否定されたからかもしれないし、語彙力が足りずに自分の感情を表現できないからかもしれない。
文章に触れてこなかったから「こう書く」というイメージが湧かないのかもしれないし、上司からいつも報告書の表現方法で揚げ足を取られてうんざりしているからかもしれない。
……とまぁこうやって「なぜ」を考えるクセがあるから、「わたしはこれに対して、こういう理由で、こう思う」と文字として自分の考えを書き起こせる。
むずかしいことはない。
「書く」とはつまり、自分の頭のなかを説明するということだ。
どういう思考を辿って結論を出したかに自覚的であれば、「書く」ことで困らない。
逆に、「自分がなぜそう考えるのか」に無自覚だと、説明のしようがなく、「書けない」になるのだろう。
(ちなみに、物書きへの最高の賞賛は、「そんなことまで考えているんですか!」だと思う)
文章は「こういう理由でこう思う」が基本
事実だけを伝える報告書やニュースは別として、文章は基本的に、筆者の感情や感性、価値観によって成り立っている。
「わたしはこういう理由でこう思います」が、文章の基礎なのだ。
Aちゃんはその基礎がふんわりしているから、「書けない」状態なんじゃないかと思う。
あ、フォローしておくと、Aちゃんの頭が悪いだとか、自分のほうが優れているだとか、そんなことは微塵も思っていない。
Aちゃんは、わたしがもっていないものをたくさんもっている素敵な女性だ。
ただ、「書く」ことにかぎっていえば、自分の思考回路に無自覚だとむずかしいのかもなぁ、と思うだけで。
逆にいえば、文章を書けない人は「なぜ自分がそう思うのか」を突き詰めれば、苦手意識をあっさり克服できるのかもしれない。
最近言われてうれしかった言葉? 「頭がいい」かなぁ。だってうれしいじゃん。
……で終わらず、
「なんで自分にとって頭のよさが大事なのか」
「容姿を褒められるのとなにがちがうのか」
「褒められたシチュエーションや褒めてくれた相手との関係性も影響しているのか」
と、いろんな方向から自分の考え方を分析して深掘りしていくのだ。
「東大生の姉と比べられ続けていたから、頭の良さを褒められるとうれしい」
「会話から聡明だと思ってもらえるのは、言葉遣いや考え方がしっかりしていると言われているみたいで自信につながった」
「言ってくれたのが尊敬している先輩だったので、認めてもらえたようで印象に残っている」
こうやって自分の考えに理由がつけられれば、ぐっと文章が書きやすくなるだろう。
「わたしはこういう理由でこう思います」と書けばいいだけなのだから。
「考え」さえはっきりさせればだれでも文章を書ける
オンライン社会において、「文章」は最有力コミュニケーションツールとなった。「書かない」を選べる状況は、なかなかない。
そういう環境もあり、「文章をうまく書こう」という本や記事は、うんざりするくらいいろんなところに転がっている。
でもそのわりに、内容は「比喩表現をうまく使え」だの「起承転結を考えよう」だの、テクニック的なことに偏っている。
いやいやちがうでしょ、大事なのはそこじゃないでしょ。
「どう伝えるか」はあくまで伝えることがはっきりしてからの戦略、調理方法だ。
書けない人は「伝えること」という材料が手元にないんだから、調理方法をいくらわかりやすく説明したところで意味がない。
文章を書くときまずやるべきなのは、「なぜ自分がそう考えたかをはっきりさせること」だ。
文章を書くのが苦手なら、
・テーマに対して自分の立ち位置(好き・嫌い、快・不快、賛成・反対)を決める
・なぜ自分がそう思うのかをトコトン考える
(生い立ちや他人の言葉、自分の性格、経歴などに影響されていることが多い)
・具体的な理由が思い浮かばなければ、他の人と話して「この人と自分の考えはなんでちがうんだろう」と比較してみる
・自分がどういう思考回路をたどってその結論にいたったかを箇条書きなどで文字にする
・それをつなげて文章にする
というのを試してみてほしい。
そうすれば少なくとも、「わたしはこういう理由でこう思う」と書けるはずだ。
考えていない人なんていない。
だから、「考え」さえ明確にすれば、だれにだって文章は書ける。
「読みやすい文章を書く」はその次の段階だから、ひとまず棚の上に置いておこう。
(ちなみに胡散臭い文章は、「なぜ自分がそう思ったのか」という一番大事な部分でウソをついているから薄っぺらい)
書けないことで困っている人、苦手意識をもっている人は、テーマに対して「なんで自分がそう思うか」をじっくり考えてみることをおすすめしたい。
そうすればしぜんと、自分が伝えたいことが見えてくると思う。
結局のところ文章は、「わたしはこういう理由でこう思います」に行き着くのだから。
少なくともわたしは、そうやって文章を書いている。
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
ブログ:『雨宮の迷走ニュース』
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(Photo:Joel Bez)