コンサルタント時代に学んだことの中で、最も重要な事項の一つは、間違いなく

「頑張れば頑張るほど、成果が出なくなる」だった。

 

これは「頑張らなくて良いんだよ」とか「長時間労働は悪」といった、価値観の話ではない。

本当に「頑張ると成果が出なくなるから、頑張るな」というシンプルな話だ。

 

だが、直感には反する。

努力と成果には、因果がある気がするからだ。

 

 

例えば、こんな話だ。

 

ある会社で、画期的な商品を開発した。

BtoB向けのサブスクリプション契約可能な商材で、潜在的なニーズがあったため、まず既存顧客に向けて販売したところ、またたく間に数百社の顧客を開拓できた。

 

しかも、営業はとてもかんたんだった。

広告とダイレクトメールだけで、引き合いがバンバン来る。

あとは、出かけていって、サインを貰って、受注。

楽なもんである。

 

経営者は喜んだ。

「これは金鉱脈だ、全営業リソースを突っ込んで、市場を取りに行くぞ」と。

 

結果的に、最初の2年で、顧客は3000社以上に膨れ上がり、会社は躍進した。

新卒の採用もはじまり、人数も3倍以上に膨れ上がった。

 

 

 

ところが3年目。

 

風向きが少し変わった。市場の存在に気づいた競合が複数、出現したのだ。

しかも競合は大手企業。

資金力で圧倒される可能性を経営者は危惧し、「先に市場を押さえるぞ」と、息巻いた。

「目標は、最速で全国で2万社獲得だ。」

大きな目標だった。

 

 

しかし。

その年の中盤に差し掛かると、社員に疲労の色が濃くなってきた。

壮大な目標に基づき、営業のノルマは増える一方で、顧客からの引き合いだけでは目標を達成できないことが明らかになってきたからだ。

明らかにこちらからの売り込み、「プッシュ営業」を進める必要があった。

 

しかし、それでも皆は強烈に頑張った。

「テレアポ」「飛び込み」「紹介営業」など、やれることはすべてやりつくした。

もちろん、新卒にも営業の厳しいノルマが課せられた。

 

なかには当然、成果の出ない者も、過激な営業活動に反発するものもいた。

 

しかし「高い目標」を達成するために、早朝から深夜まで、成果の出ないものには指導を行った。

営業目標への不満を表明した人物は、「君にはこの仕事、合ってないよ」と、暗に退職を勧めた。

疲弊感を吹き飛ばすため、社内では数々のイベントが開催され、社員を鼓舞した。

 

明らかに顧客獲得のペースは鈍化していた。

だが、3年目はなんとか、社員の決死の努力で、年間目標は達成された。

 

 

そして4年目。

新しい問題が発生していた。

皆が薄々気づいていたが、誰も口にしなかった「解約」である。

 

経営者は解約率の急激な上昇に危機感を覚え、営業に新規開拓のノルマだけではなく「解約の防止」ノルマを与えた。

目標を「獲得」から「純増」の目標に変えたのだ。

 

営業一人あたりの担当者数は50社近くある。

それを守りつつ、新規開拓の目標を年間30社はこなさなくてはならない。

 

一人の経営幹部は、たまりかねて言った。

「さすがに、この目標は厳しすぎるのでは……」

 

しかし社長の腹心の一人は、同僚の幹部に向かってこう言った。

「やる気が無いんだな。」

 

「いえ、そう言うことではないのですが……。もうメンバーにも限界がきていると思います。」

 

社長は言った。

高い目標を、なんとか達成することで、人は成長する。やるんだ。

「はい……。」

 

 

だが、幹部の予想は外れ、社員は実に頑張った。

解約しそうな顧客を特定し、優先的に訪問した。

1日に十数社を訪問し、解約を防ぎつつ、その近くの会社に飛び込み営業やポスティングを行い、新規開拓の目を作り続けた。

素直に、愚直に努力した。

 

しかし、解約は止まらなかった。

純増目標をクリアするため、彼らはますます、行動の効率と、量を突き詰め、一時たりとも休まず働いた。

もちろん定時で帰る社員は、一人もいなかった。

 

そしてついに、あまりのノルマのきつさに、中には不正に手を染める者がでた。

退職率は年間30%にのぼり、ついに管理職が一人辞め、二人辞めるにいたって、社長は、新規の顧客開拓を止め、解約を止めることにのみ、注力することにした。

 

だが、かつての活気は、もう戻らなかった。

 

悪いのは「頑張り続けたこと」

さて、一体何が悪いのか。

 

社長が悪い、幹部が悪い、社員が悪い、そのように誰かのせいにしたくなる。

だが違う。

真に悪いのは、「頑張り続けたこと」だ。

 

最初の2年は、非常に楽に注文をもらうことができた。

「いい商売」だった。

 

しかし3年目以降。

競合が出現し、顕在需要をとりつくした後は、もはや「いい商売」は許されなかった。

市場を無視した高い目標を設定した彼らは、死ぬほどの努力をして、目標の達成をした。

素晴らしい!

 

 

 

だが、彼らの「努力」は称賛されるべきだろうか。

実は、そうではない。

あえて言えば、その時点での「目標未達」は必須である。

なぜかといえば、そうなれば、自分たちの失敗を認めることで、戦略や商品の見直しなどができたからだ。

 

多少は競合にシェアを奪われたかもしれない。

が、じっくり構えて、マーケットの攻め方を変えたり、解約に先に先に手を打つこともできたはずだ。

 

しかし、皆の頑張りによって、強引に目標を達成してしまった。

だから、社員も会社も、その方針が真に破綻するまで、全力で走りつづけなくてはならなくなった。

それこそ、人と会社が壊れるくらいに。

 

したがって、繰り返すが「頑張り」は美徳ではない。

破綻を先送りしているだけだ。

「頑張ること」は、「本来やらねばならないこと」を力技で覆い隠してしまい、むしろ、取り返しのつかない深い傷を負う可能性もある。

 

押せば押すほど、強く押し返してくる。

「そんなこと言っても、単なる努力不足のケースもあるのでは?」と疑う方もいるかも知れない。

 

でも、違う。これは世界中で普遍的な事象なのだ。

実際、上のように「頑張れば頑張るほど、問題が次々に湧いて出てくる」現象には名前がついている。

「相殺フィードバック」だ。

 

米国MITスローン経営大学院のピーター・M・センゲは著作「学習する組織――システム思考で未来を創造する」で次のように述べる。

多くの企業が、自社製品が突然に市場での魅力を失い始めるとき、相殺フィードバックを経験する。

企業はより積極的な売り込みを推し進める──それが今までいつもうまくいっていたやり方だ。宣伝費を増やし、価格を下げるのである。

 

こういった方法によって、一時的には顧客が戻ってくるかもしれないが、同時に会社からお金が流れ出ていくので、会社はそれを補うために経費を切り詰め、サービスの質(たとえば、納期の早さや検査の丁寧さ)が低下し始める。

長期的には、会社が熱心に売り込めば売り込むほど、より多くの顧客を失うことになるのだ

「今まで、楽に成果が出ていたのに、急に何をやってもうまくいかなくなる」

という感覚。

「頑張っても、局所的に解決するだけで、根本は何一つ解決されない」

という、あの状況。

 

そんな時、「もっと頑張る」は、最悪手なのだ。

 

「もっと頑張る」のではなく「頑張らないといけない状況」に手を付ける

相殺フィードバックが発生している状況では、頑張れば頑張るほど、よけいに状況がおかしくなる。

 

ではどうするか。

やらなくてはならないのは「もっと頑張る」ではない。

「頑張らないといけない状況そのもの」に手を付けることだ。

 

「原因究明なら、我々もやっているよ」という方もいるかも知れないが、それも違う。

 

原因を究明するのではない。

原因究明はたいてい、局所的な対処療法にとどまってしまう。

例えば「責任者の変更」や「価格の見直し」、あるいは「広告の増加」「営業の能力開発」などだ。

 

でも、大抵は全く効果がない。

いや、効果がないどころか、疲弊感は増すばかりとなる。

 

言うならば、それらは「敗因を分析して、次は勝とう」というもので、頑張ることを継続している。

でも、やらなくてはならないのは「敗因分析」ではない。

「勝利条件の変更」である。

 

例えば、上の場合「より多く売る」が勝利条件となっているが、本来ならば3年目の時点で

「こんなに頑張らないと売れない状況はおかしい」

「そもそも掲げたほどのの市場は存在しない」

と気づくべきだった。

 

そして、勝利条件を「より多く売る」から、例えば「より多く顧客の成果に貢献する」に変更すべきだった。

あるいは、「顧客からの紹介以外の新規受注はしない」という選択肢もあっただろう。

 

そうすれば、全く状況は変わる。

営業を自社でやる必要はなく、リソースを顧客へのサービスにすべて投入できたかもしれない。

代理店を起用するという方法もあったかもしれない。

サービスを別の形に変え、さらに大きな市場を狙えたかもしれない。

 

「狭き門より入れ」

この「頑張らないといけない状況」そのものに手を付けることを怠ると、企業は破綻の道を突き進む

そして多くの場合、それは「まわり道」と「スピードダウン」を含む。

 

要は「狭き門より入れ」という話だ。

 

ビジネスは複雑系なので、単純な一つの解決策がすべてを解決する、などという都合の良い話はほとんどなく、結局はサービスの質が「本物」であることを求められる。

前述したセンゲは、「最適な成長率は、最速の成長率よりも遥かに小さい」と言うが、「本物」を作るのには、膨大なリソースと時間が要求される。

最適な成長率は、可能な限り最速の成長率よりもはるかに小さい。成長が──ガンがそうであるように──過度になると、システムそのものは、減速することによって相殺しようとする。そして、おそらくはその過程で、組織の生き残りが危うくなる。

「狭き門より入れ」は唯一の解決策なのだ。

 

経営者は「大手競合の参入」に焦りを感じた。

しかし、そこで「先にもっと売るぞ」ではなく「形だけ真似てもダメなくらいにサービスの質を高めよう」と意思決定をすべきだった。

そうすればむしろ、「大手のサービス」に愛想を尽かした顧客が、こちらに流れ込んでくるということもあり得たのだ。

 

成果ではなく「上司を喜ばせること」を主目的とする輩はどこにでもいる

だが、センゲの言うように、「社長、成長スピードを落としましょう」という発言は、ほぼ常に、歓迎されない。

自分自身の権力基盤を構築することや、「格好よく見える」こと、「上司を喜ばせる」ことなど──が重要性をもつような意思決定を指す。複雑な人間のシステムでは、短期的に物事をよく見せる方法がつねに数多くある

その機に乗じて、社長におもねり、政敵を排除しようとする幹部も出てくる。

しかし、それこそさらなる命取りだ。

 

信頼関係が育まれていなかった組織は、このような事態に非常に弱い。

すぐに「足の引っ張り合い」になる。

 

実際、心理的安全性やビジョンが必要なのは、うまく行っているときではない、本当にきつい時なのだ。

辛いときほど「協力・一致」が必要であり、誰かが得をする、誰かが損をする、ではなく協力してことに当たる姿勢が問われる。

 

さて、今の状況はどうだろうか?

「つらい時」に現実を直視できる状況だろうか。

 

そうでないならば、できるだけ早く手を打つことだ。

組織の壊滅に至る前に。

 

 

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(2024/4/21更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

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元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。

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