Twitterで、サイボウズ社のトップが、こんなことを言っていた。

これを読んで、なるほどなー、と思うと同時に、従業員を大事にする、とは本当はどういうことなのか、私はあまり言語化できていなかった、と思った。

そこで本稿では「従業員を大事にする」とは一体どういうことなのか、言語化を試みる。

 

 

さて、青野氏は、「副業禁止」や「強制転勤」を、従業員を大事にしていない行為だ、と述べている。

そしてアップデートせよ、すなわち「イマドキではない」とも。

 

おそらくこれはサイボウズ社が「ティール組織」を模索していることの、表れの一つなのだろう。

ティール組織は、その提唱者であるフレデリック・ラルーによれば、「ルールも統制メカニズムもほとんど必要ない」とされている。

同社で働くすべての社員を、正しいことをできる道理をわきまえた人々だととらえている。この大前提を踏まえれば、ルールも統制メカニズムもほとんど必要ない。

つまり、サイボウズ社が目指しているのは、個人の行動をできる限り「禁止」しない会社、あるいは「強制」しない会社であると、読み取れる。

だから、副業禁止も強制転勤もNGなのだ。

 

確かに、従業員に様々な制約を課す企業を、数多く私は見てきた。

「社員はSNSをするべからず」という「禁止」

「社員は、上司の飲みの誘いを断ってはならない」という「禁止」

「社員は、後ろ向きな発言をしてはならない」という「禁止」

「社員は、社員旅行に必ず参加せよ」という「強制」

「社員は、リモートワーク時にも、就業時間は必ず机の前にいなさい」という「強制」

「社員は、スーツにネクタイをしなさい」という「強制」

 

これらの統制行為が、青野氏の言うところである「頭の中が20世紀で停止」なのだということは、容易に想像できる。

 

 

しかし、当たり前だが「禁止」や「強制」をできうる限り取り払ったとしても、それは「従業員を大事にしている」と同値ではない。

 

例えば「副業を認めること」は、従業員を大事にしていることになるのだろうか。

 

私は副業推進派だが、当然、そのように受け取る人ばかりではないこともまた、予想できる。

「副業を認めてくれても、別にありがたくもない。副業するつもりはないし、本業での給料が上がるほうがよほどいい」と言う人も多いだろう。

彼らは「副業は苦役が増えるだけ」と考えていて、副業が認められても、会社から大事にされているとは考えない。

 

あるいは「強制的な転勤」は、従業員を大事にしない行為なのだろうか。

これも必ずしもそうとは言えない。

卑近な例で恐縮だが、私の弟は金融機関に勤めており、転勤は強制だ。

 

しかし彼は「転勤が楽しみだ。いろいろな場所に行けるから」と言っていた。

彼はわざわざ転勤のある会社を選んでいた。実際、雪深い北海道に行かされた時も、ブラジルに飛ばされた時も、彼は楽しそうだった。

 

 

そして、あえてもう一歩話を進めてみると、違う風景も見えてくる。

 

それは、果たして「禁止」「強制」は、相手のことを大事にしない行為なのかという根本的な問いだ。

実は、これも、必ずしもそうとは言えないことが、すぐにわかる。

 

特に宗教や道徳教育の分野に関して、これは著しい。

豚を食べてはならない。
人には礼儀を尽くさねばならない。
親を敬わなくてはならない……

実は「戒律」「規律」「規範」に表現されるように、道徳観や倫理観は、人に「禁止」や「強制」を強く要求する。

 

上で取り上げたサイボウズ社でも、青野氏は「理念に反する行為には口を出す」と述べている。

必ず口を出すのは、社員の行動が会社の理念に反するときです。

“チームワークあふれる社会を創る”という理念に向かっていなければ、徹底的に突っ込みます。

それから、嘘をつくのもNGです。もし嘘が見つかれば、現場のどんな小さい嘘でも介入します。もし寝坊して遅刻したなら、「寝坊した」と言わなければなりません。嘘を認めると、多様な人たちが信頼関係を築けないからです。

 

「武士道」を著した新渡戸稲造は、「礼とは他人に対する思いやりを表現すること」とし、「青少年に正しい社会上の振舞を教えこむ」と書いた。

礼儀作法を社交上欠くことができないものとして、青少年に正しい社会上の振舞を教えこむための入念な礼儀の体系ができあがることは当然のことのように思われた。(中略)

教養のある者は、これらすべてのことを当然のこととして身につけていることが期待された。

年配者が新入社員に対して、あれこれ強制したり禁止したりするのも、規範教育の観点からであることも多い。

 

そもそも、人間の歴史を紐解いても、コミュニティの健全な維持には規範は不可欠であり、それが守れなければ殺されたり、コミュニティから追放されたりする。

したがって「禁止」や「強制」は、「従業員を大事にする」と両立する。

 

いや、むしろ規範を守るからこそ組織やコミュニティから「大事にされる」と言ってもよい。

「自由」ばかりを主張し、組織の規律や規範を守れぬ人間は、誰からも大事にされようがないのである。

 

なお余談だが、それゆえ、「全部自由」な、リバタリアンたちは世の中から一般的には「大事にされない」。

全部自由な奴は、コミュニティにとって迷惑なのだ。

 

「従業員を大事にする」ための、2つのこと

こうした観点から、「従業員を大事にする」には2つのことが必要だ。

 

一つは規範、すなわち「やっていいこと」と「やってはいけないこと」を明確にし、内外に示すこと。

 

規範の良しあしの判断は、価値観に依存する。

だから、どのような規範を持つかは、国家が定めた規範である法に違反しない限り、自由が認められている。

 

極端な話、ある会社は「社長に逆らうな」が規範の一つだったが、それでも、その組織を愛している人は数多くいた。

「主君に忠義を尽くす」のもよい。

「上意下達」もよい。

命令されることに生きがいを感じる人も、世の中にはたくさんいるし、むしろ「古いルール」には得るところも多い。

実際、新渡戸稲造は、「武士道」の中で、古い儀式的なルールを、「ある一定の結果を達成するための、もっとも適切な方法を長い年月にわたって実験してきたことの結果である」と、肯定している。

 

だが、規範を守るには、それを皆が理解している必要がある。

だから、従業員を大事にしたいならば、「やっていいこと」と「やってはいけないこと」を明瞭に区別し、規律を守る人だけを選別しなければならない。

そうでなければ「話が違う」「だまされた」となるのは、目に見えている。

 

 

そしてもう一つは、従業員の能力を活かすこと。

 

人間の能力は、凄まじい個人差がある。

だから、企業の中で活かされやすい人もいれば、企業ではあまり役に立たない人間もいる。

 

だが一方で、「役に立たない人間」を放っておくのは、「大事にしている」とは言えない。

組織の中の人間、コミュニティの中の人間は、「役割」がなければ尊厳を保てないからだ。

 

実際、金銭で人をとどめておけないNPOは「仕事のみで人を惹きつけなければならない」ため、「能力を活かす」ことこそが、責務になっていると、ピーター・ドラッカーは指摘する。

非営利組織のリーダーにとっては、人の成長を考えることは必須のことである。人は組織とビジョンを共有するからこそ非営利組織で働く。何も得ることのないボランティアが長く働いてくれることなどありえない。金銭的な報酬を得ていないからこそ、仕事そのものから多くを得なければならない。

もちろんこれは、企業でも「従業員を大事にする」ためには必須である。

だから、どんな人間にも仕事に意欲がある限り「自分は無能で、何の役にも立たない」と思わせてはならない。

 

なお、「やる気のない奴はどうすんの?」という疑問もあるだろうが、ドラッカーは「挑戦しない奴は辞めてもらうべき」と述べている。

この問題についてはここでもう一度シンプルな原則を繰り返させていただきたい。挑戦してくるならばチャンスを与えるべきである。挑戦してこないならば辞めてもらうべきである。

「従業員を大事にする」ならば、時には冷酷な判断も必要だ。

 

結論

「人を大切にする組織」とはどんな組織か。

 

1.「やっていいこと」と「やってはいけないこと」を明確にし、内外に示している

2.能力の高低にかかわらず、意欲がある限り、チャンスを与えている

 

 

【お知らせ】
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。


<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>

第6回 地方創生×事業再生

再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは

【日時】 2025年7月30日(水曜日)19:00–21:00
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。

【今回のトーク概要】
  • 0. オープニング(5分)
    自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
  • 1. 事業再生の現場から(20分)
    保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
  • 2. 地方創生と事業再生(10分)
    再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
  • 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
    経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説
  • 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
    「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
  • 5. 経営企画の三原則(5分)
    数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
  • 6. まとめ(5分)
    経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”

【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
ご視聴登録は こちらのリンク からお願いします。

(2025/7/14更新)

 

 

【著者プロフィール】

安達裕哉

元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯有料noteでメディア運営・ライティングノウハウ発信中(webライターとメディア運営者の実践的教科書