田舎のコンビニについての話をしてみたい。

私は東北地方のとある県に生まれて、3歳くらいまでそこで育った、らしい。

 

らしいというのは、私の子どもの頃の記憶が極めて薄弱で、ある程度はっきりした記憶が残り始めるのは小3の秋くらいから、当然3歳までの記憶など全くなく、「生まれ育った」というのは単なる伝聞だからだ。

人に話を聞いていると、この「小3くらいからしか記憶がない」というのは、どうもかなり遅い方らしい。

 

近所の公園の公衆トイレの建物の上で踊っていたら派手に転落して、頭を12針縫う大けがをしたことがあって、その案件が私のほぼ初めての記憶である。

この時の怪我の跡は今でも私の頭にはっきり残っていて、触ると指先が軽くデコボコを感じる。

 

何故そんなアホなことをやったかというと、私は幼少期から高い場所が大好きで、なんらかの構造物について「登れそう」と判断すると、それがどんな場所だろうとおもむろに登り始めるという、とてつもなく頭の悪い習性を持っていた為である。

土手にも登ったしフェンスにも登ったし家の屋根にも登った。

 

当時の私の両親はさぞかし生きた心地がしなかったろう、と思うと案外そうでもなく、当時の話を聞いても「なんか知らんけどいつの間にか頭が血まみれになっててちょっとびっくりした」という程度の言葉しか帰ってこないので、恐らく途中から諦められていたのだろう。

よくこの年まで生きていたものである。

 

三つ子の魂百までとはよく言ったもので、この「登れそうな構造物を見ると取り敢えず登りたくなる」という習性は、今でも私の精神に強く残留している。

これについては以前下記の記事でも書いたので、手前味噌だが気が向いたら読んでみて頂けると幸いである。

人はどうやってオトナになるのか。電柱の足場が教えてくれた、「無言の信頼」という話

 

ということで、生まれ育った当時については正直よく覚えていないのだが、その後も年に最低1回はそこに帰って、家庭の事情でそこそこの期間を過ごしていたので、町の記憶ははっきり残っている。

 

ド田舎だった。

「田舎」という言葉には非常に幅広いグラデーションがあって、人によってイメージする「田舎」の像が全く異なる。

生まれも育ちも関東地方のとある大都会である私の奥様は、「畑か田んぼがあったらそこは田舎」という凄まじいエリート都会っ子認識であって、この点については私と奥様が相容れることは決してないのだが、まずは私が住んでいた「田舎」というものについて認識を共有しておきたい。

 

「この町のアイデンティティってなんじゃろ」という話題で、「国道」という言葉しか出てこない町、というのを想像してみて欲しい。そこはそういう町だった。

 

本当に、国道と山の隙間に小さく小さくしがみついているような狭く細長い町で、町の人と話をしてみても「今日国道で〇〇ナンバーを見た」という話が出る頻度が異様に多い。

「国道沿い」ということが町の唯一のアイデンティティであって、他に何か変わったことが起きるような可能性がある場所が町内に存在しない為だ。

 

国道から脇道に入るとぱらぱらと家屋が増えていって、しばらく行くとちょっと開けた場所に出る。

そこが町の中心である「広場」であって、そこから伸びる上り坂をもう少し進むともう山である。

狸も出るし猪も出るし、街灯は中心部にしかなくちょっとでも道を外れると真っ暗になる。

 

国道を車で30分ほど走るとそこそこ名前の知れた温泉街があって、そこが近隣の「最大都市」だった。

町内にある「商店街」には7時に閉まる八百屋と肉屋と乾物屋と寝具屋しかないので、ちょっとでも気が利いたものを買おうと思えばわざわざその温泉街まで車を走らせなくてはならなかった。

買い物をする度に温泉に行くことになる、と言えば聞こえはいいが、他に手段がないのだからどうしようもない。

 

山の麓に小さな神社があって、何のお情けか、温泉街の観光チラシにはその神社が小さく観光地として記されていたが、子ども心にも「わざわざ車で来てこんな小さな神社しかなかったら観光客がっかりしないかな……」と心配したものだ。

「東北に落ちのびた平家の落人が作った集落がこの町になった」などという話も聞いたが、これについては信頼できる史料が一切なく、眉唾でしかないと申し添えておく。

 

当たり前だが、車で気軽に行ける範囲にジャスコなど存在しなかった。

「ジャスコくらいしか遊び場がないような田舎」というテーゼが私には理解出来ず、ジャスコなど存在したらそこはもう田舎とは言えないだろう、と思わないでもないのだが、田舎争い程不毛な議論も世の中にはないと思うので深くは突っ込まないでおく。

 

ところで、何の間違いが起きたのか、その田舎町にコンビニが出来た。

恐らく、「その町に」というより、「その国道沿いの、たまたま町に近い場所に」という言葉の方が適切なのだろう。

 

町から見ると隅っこ、国道に面した空き地に唐突に出来たコンビニは、当初は24時間営業ではなく、朝は7時から開いていた。

それでは名前の通り23時に閉まるのか、というとそうではなく、夜20時半には閉まっていたのだから「看板に偽りありじゃん」と当時思ったものだが、数年後にはそのコンビニも24時間営業になっていた。

夜も煌々と灯りがついている場所、というものが、その田舎町では凄まじく浮いた存在として感じられたものだ。

 

先日、シロクマ先生と黄金頭さんが、それぞれコンビニについて書いていらした。

コンビニが田舎町にもたらした文化、そして壊した文化の話。/熊代 亨

老害のおれ思うに、コンビニが街の文化を支えてるんだぜ/黄金頭

お二人ともそれぞれの視点でコンビニについて論じられており、この文章自体それを読んで書こうと思い立ったものなのだが、お二人共通する点としてコンビニのことを「文化拠点」と捉えておられる。

 

ただ、私個人の心象について述べれば、私はかなり長い間、コンビニのことを「文化拠点」として捉えられなかった。

何か背徳的な場所というか、「子どもが立ち入ってはいけない場所」のような、奇妙な抵抗感のようなものをコンビニに感じていた。

これは多分、他人にはなかなか想像しにくい感覚なのではないかと思う。

 

恐らくそれは、この田舎町に出来たコンビニが徹頭徹尾「外の世界」であって、決して町に馴染むことがなかったからではないか、と思っている。

その町自体が、無意識にかそうでないのか、当初はコンビニの存在を緩やかに拒絶するようなところがあった。

 

国道のことしか話題にしない町の人々は、何故か妙にコンビニの話題を避けているように思えた。

私の縁者も含め、当時町の人たちは「買い物は出来るだけ町の商店街で」というようなことを端々で口にして、「商店街」の店も何故かわざとらしく品揃えを増やして、八百屋が文房具を売り出したり、肉屋がお菓子を仕入れ始めたりしていた。

 

シロクマ先生のいう「文化の破壊者」を警戒するがごとしだが、恐らく文化の破壊者というよりは町の商流の破壊を警戒していたのだろう。

もっともコンビニの方はそれを気にする素振りも全くなく、国道を走る車のドライバー相手の商売でにぎわっているように見えた。

 

***

 

10年くらい前だったろうか。

久々にその県に行って、当時の知人連中と飲む機会があった。

 

その時興味深い話を聞いた。

彼はその更に数年前に結婚していたのだが、奥さんと「コンビニで出会った」というのだ。

聞いてみると国道沿いに出来た例のあのコンビニの話で、しかも「あのコンビニで会った夫婦って他にも何組もいる」というのである。

 

一体どういう話なのだろう、と思ったのだが、聞いてみると

「コンビニの駐車場でしょっちゅう集まって飲んでた」

「そのコンビニでバイトしてた友達が発起人というか、声かけて人を集めてた」

「そこに女の子も来てて、気が合う同士で付き合い始めた」

というのだ。

 

当時そのコンビニは、まず夜間のアルバイトで、「就職にも上京にも失敗した若者」の受け皿になっていた。

地元の働き口など皆無に近く、都会に出ても環境に馴染めず、なにやかやで結局地元に戻ってきてしまった若者たちが、コンビニのバイトで稼ぎを得ていたわけだ。

 

コンビニバイトというと、一昔前は「フリーター」と呼ばれる若者たちの代表的な稼ぎ口であったように思うが、フリーターになるにもまずその為のインフラが必要だ。

就職に失敗した時点で稼ぎ口自体が存在せず、地元に居場所がなく引きこもる以外の選択肢がなかったところに、「バイトで稼ぎながら食いつなぐ」という選択肢が生まれた。

実のところ、これって地域社会においては滅茶苦茶大きかったんじゃないかなあ、とまず思うのだ。

 

更には、当然地元に娯楽施設などなく、「町の集まり」のようなものにも顔を出しにくい、馴染みにくい若者たちの、一つの「社交場」として「コンビニの駐車場」が動作していた。

高校を卒業してすぐ働き始めれば出会いの場など殆どなかったところ、これまた一つの「出会いの避難所」としてコンビニが機能していたのだ。

 

これは、それまで私が知らなかった人の流れだった。

「そういう流れもあるのか」と思った。

 

正直言って、「コンビニの駐車場でたむろする若者」的な存在に、私は忌避感を持っていた。

夜中まで騒がれるのは単純に迷惑だし、治安上の不安もあった。

コンビニの店員までそれに絡んでいたとあっては、とんでもない話だと思う向きも理解出来る。

昨今はなおさら、「コンビニの駐車場でたむろする」という行為に、負の印象を抱く人は多いのではないだろうか。

 

とはいえ、現実に目の前にいる知人は、結婚して子どもも出来て、今は地元の町を支える重要な力になっている。

「数件の結婚」というのは、数字上は大したものではないが、田舎の共同体においては文字通り破壊的な影響力を持つ。

その結婚が発生するかどうかが共同体の死命を決する、というケースは全く珍しいものではない。

 

そんな彼らを紐づけたものが、当初は町から拒絶されていた「コンビニ」だったとしたら、「異物が地域社会に根付いていった一つの実例」がそこにあるのではないかと、私は感慨を抱いたのだ。

 

ほんのn=1の実例に過ぎない。

ここから一般化して何かが言えるような話ではない。

 

ただ、田舎に出来た一軒のコンビニが、当初緩やかに拒絶され、やがては地域社会に根付いていくという、そんな風景が日本のどこかにあったのだという話が、どなたかの心に残れば幸いなことこの上ない。

 

今日書きたいことはそれくらい。

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

 

Photo by Daniel Walker