京セラの創業者である、稲盛和夫氏の本を読んでいて、一つのエピソードが目に留まった。
稲盛氏が若いころ、松下幸之助の講演会に出たときの話だ。
松下幸之助は講演会で、景気が悪くなった時のことを考えて、余裕のある時に蓄えをする「ダム式経営」をしなさい、と述べた。
ところが質疑応答の時、一人の中小企業経営者がこう言った。
「ダム式経営をしなければならないことはよくわかります。何も松下幸之助さんに言われなくても、中小企業の経営者はみんなそう思っています。しかし、それができないので困っているのです。どうすれば余裕のある経営ができるのか、その方法を具体的に教えてもらわなきゃ困ります。」
すると松下幸之助は、たいへん戸惑った顔をして、しばらく黙った。
そしてポツリと言った。
「いや、それは思わんとあきまへんなぁ」
すると、聴衆のあいだから「答えになってないよ」と、失笑が漏れたそうだ。
この話を読んで、強く思い出した。
「昔、私もそんな感じのことを言われたな。」
と。
本気ではない人に、いくら教えても、無駄なんで
新人の時、私は先輩コンサルタントが主催する勉強会に出た。
詳細は忘れてしまったが、読書についてだったと記憶している。
だが、当時の私は、読書の時間を作っていなかった。
そこで、先輩にそれを質問した。
「忙しい時に、どうやったら本を読む時間を作れますか」と。
ところが、その主宰者は言った。
「時間は作りなさい。」
あまりにも抽象的だと思ったので、私は言った。
「そのやり方を、具体的におしえてほしいのです。」
ところが先輩は言った。
「本当に私が言ったとおりにやりますか?」
先輩に詰められ、私はドギマギしてしまった。
「え……、参考にします。」
先輩は冷たく言った。
「本気ではない人に、いくら教えても、無駄なんで。」
甘さを見抜かれた
私は先輩に「くだらない質問をするな」と怒られたのだと理解した。
仮にも、コンサルタントという職業に就いた人間が、「本を読む時間を作るにはどうしたら良いですか」など、聞くべきではないのだ、と。
しかし、時間がたつと、もう少し本質的なものが見えた。
要するに、私の甘さを、先輩は見抜いていたのだ。
確かに、本気の人物は「時間が作れない」などとは、言わない。
何が何でも、本を読もうとするはずだ。
稲盛和夫氏の上のエピソードも、「できればいいなあ」という程度であるならば、絶対に高い目標や夢は成就しない、とつづられている。
しかし、私はその瞬間、身体中に電撃が走るように思いました。
幸之助さんのつぶやきとも取れる「思わんとあきまへんなぁ」という一言に込められた、万感の思いのようなものに打たれたのです。
「思わんとあきまへんなぁ」──この一言で、幸之助さんは、こんなことを伝えようとしていたのではないでしょうか。
「あなたは、そういう余裕のある経営をしたいと言います。でも、どうすれば余裕ができるかという方法は千差万別で、あなたの会社にはあなたの会社のやり方があるでしょうから、私には教えることができません。しかし、まずは余裕のある経営を絶対にしなければならないと、あなた自身が真剣に思わなければいけません。その思いがすべての始まりなんですよ」
つまり、「できればいいなあ」という程度であるならば、絶対に高い目標や夢は成就しない。
余裕のある経営をしたいと本気で思っているかどうか。本気であれば、そのための具体的な方策を必死で考え、必ず「ダム」を築くことができるということを、幸之助さんは言いたかったのです。
経営者たちが「具体的にどうすればいいか教えてください」などと、子供のように松下幸之助に尋ねている。
それがあまりにも稚拙だったので、松下幸之助は戸惑ったのだろう。
「君たちは子供か」と。
ただ、松下幸之助は優しい人だったのだろう。
「本気ではない人に、いくら教えても、無駄なんで。」と言わず、「思わんとあきまへんなぁ」と言ったのだ。
やってから聞け
それ以来、大事なことを人に聞くときには「やってみて困った部分を具体的に」聞くようにした。
そうすれば、相談される側も、具体的なアドバイスが可能だ。
先輩の時間も無駄にしない。
「抽象的な質問には、抽象的な回答だけがある」
が、「具体的にやってみたことに対しては、具体的な返答が得られる」のだ。
*
最近では新人に対しては「気軽に聞いて」という風土のほうが良い、とされているケースも多いと聞く。
確かに、作業のとっかかりなどは、そのほうが良い時も多いのだろう。
が、どんな場面でも、それは妥当ではない。
特に、本気度が問われるとき。
「本気でない人には、いくら教えても、無駄なんで。」
は、私の心にずっと残っている、先輩の名言である。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
・DXやサイバーセキュリティに本腰を入れたい経営者
・「投資」が経営にどう役立つかを体系的に学びたい
<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである
2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
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3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
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