学生時代、多くの有名企業のCEO達が早起きしてジム通いしているという文章を読んで随分と面食らった記憶がある。
当時の僕はとんでもなく夜型であった。
惰眠をむさぼるのは何よりの快楽でり、人生の超面白い事は深夜にこそあると強く確信していたその頃の僕は、世のCEO達の行動原理がサッパリわからなかった。
その当時読んでいた自己啓発本やビジネス本には「成功する人間は早起きだ」という文面がそこかしこに並んでいた。
暇を持て余していた当時の僕は「朝方にすれば人生変わるんやろか?」と思い何度か生活リズムを変えてみた。
だが、惰眠と夜ふかしの快楽以上のものは何もみあたらず、何度やっても元の生活に戻るという日々を繰り返していた。
気がついたら意識高い系の権化のような生活習慣になっていた
「人間、朝方と夜型があるっていうし、僕は夜型なんだろう」
そう思い30代中盤ぐらいまで夜型のライフスタイルを謳歌していたのだが、ある事情により生活環境が一変し、僕は異常ともいえるような過労の日々を余儀なくされる事になった。
時間があまりにも無さすぎた。
結局、世の中の多くの人と同じように早起きでもって早朝に時間を捻出して無理くり生産性を維持する事になった。
この生活スタイルで時間は何とか捻出する事ができるようにはなったのだけど、問題はもう一つあった。
働くだけの日々は心をゴリッゴリに消耗するのである。
「このままではアカン」と僕はメンタル調整の為にサウナやランニングなどといったアクティビティを取り入れるようになった。
今では毎朝5:00に目を覚まして、近所を10キロ走ってから出勤する有様である。
こうなる事を意図してやったわけでは決してなかったのだが…僕も気がついたら世界の有名企業のCEO達と似たようなライフスタイルをなぞるようになっていた。
早起きは無理してやるようなものではない。
そうする必要に駆られたら自然とそうなるタイプのものだったのである。
世の中のビジネスパーソンが妙に朝から過活動なのは収斂進化みたいなものである。
つまり…成功する人間に朝型が多いというわけではない。
過労環境に人間をぶっこむと早起きしてアレコレするようになる人間が一定数出現するというだけの話だったのだ。
走ると身体はマリファナ様物質を作る
ランナーズハイという言葉がある。
これはランニングをしていると妙にハイになってくる現象を表したものだ。
ランナーズハイは限界まで追い込まないと得られないと思っている人も多いだろう。
僕も少し前までそう思っていたのだが、実は違うらしい。
ランニングする前に読む本 最短で結果を出す科学的トレーニング (田中宏暁)によると、強度の高いランニングでは人間はランナーズハイにはならず、むしろ軽いジョギングぐらいの運動強度の方が人はランナーズハイになりやすいのだという。
これは個人的にはかなり衝撃的だった。
ランナーズハイは運動を通じて作られるマリファナ様物質によりなるものなのだが、著者である田中宏暁らの研究によるとこのマリファナ様物質は20分程度の軽い運動でも出現するらしい。
つまりだ。理論的には20分以上の軽いランニングをする事は脳内麻薬を一発キメるのと全く同じことなのである。
僕はこの記述を読んで、なんで毎日走ると心が軽くなるのかをようやく納得した。
毎日無茶苦茶な過労でヒーヒーいいつつ人間関係のイザコザでムキーとなっている僕の脳は、ランニングを通じて得られるマリファナ様物質でもって鎮められていたのだ。
そりゃ走れば心が楽になるわけである。
早起きして軽く走るのは脳内麻薬を一発キメてから出勤するのと同じこと
こうして僕はクソ忙しい中で早寝早起きをキメて早朝から毎日10キロ走るという、傍からみれば過活動としか言いようがないライフスタイルを貫徹し続けるようになった。
あまりにもライフスタイルが一変したので、妻は僕を「凄すぎワロタ」と尊敬(呆れた)の眼差しで眺めるようになった。
だが、僕からすればこの”過活動”な生活が最もラクに生産性を維持し続けられる最適解でしかなく、むしろこの生活スタイル以外に今の生産性を健全な精神を保ちつつ維持する方法が思いつかない。
この生活を取り入れてから心底理解したのだが、世のビジネスパーソンが朝走ってるのは体型維持なんかの為ではない。
はっきり言おう。
過労で精神がヘトヘトになるまで追い込んだ状態で10キロ走ると…むちゃくちゃに気持ちよくなるのだ。
このフワフワ感が得たくて過労民はジョギングしているのではないかと疑ってしまうほどである。
僕は早朝の10キロジョグを脳内麻薬BARと呼んでいるのだが、疲れた身体に脳内麻薬を一発キメるのはメチャクチャにキく。
この一発があるから生きていける。
そう思ってしまうほどに走ることには麻薬性がある。
苦痛と快楽のちょうどよいバランス感覚が真の安らぎを我々にもたらす
改めて考えてみると、僕はこれとよく似た現象を仕事でもよく目にしていた。それは緩和ケアの現場だ。
医者をやっている人間なら誰でも知っていると思うのだが、モルヒネ等でキチンと痛みや不安が取り除かれた終末期患者さんには独特の悟った雰囲気がある。
実はこれは雰囲気だけではない。
終末期患者さんは実際に悟りに近い精神状態にあるらしく、中には神の実存を確信するような人もいるのだそうだ。
<参考 『幻覚剤は役に立つのか』というスゴ本を読んで「気持ちいいことを追及しよう」と決意した。 | Books&Apps>
僕はここに人生の本質があるのではないかと気がついた。
人間、暇は物凄く苦痛だ。
しかし過労も同じように苦しさはある。
仏陀は修行を通じて「人生の本質は苦である」と説いた。
彼はそれを四苦八苦という言葉で端的に示し、修行を通じてその苦しさから逃れる方法を説いた。
僕はこの仏陀の教えを単にラクになる為のものだと思っていた。
悟りの境地に達する事ができれば、一切合切から解脱できて、心地よい安寧の精神で居続けられるのだろうと思っていた。
けど今ではその考えが完全に誤りであるという事を理解した。
恐らくだけど、仏陀が言いたかった事はこういう事なのだ。
苦痛×脳内麻薬=めっちゃ気持ちいい
これがたぶん、良く生きるという事の一つの回答なのだ。
生産の本質とは苦行であり、修行の本質とは脳内麻薬の分泌である
風邪をひいて健康のありがたさを理解した。
灼熱の中でカラカラになるまで喉が乾いて、水がこんなにも美味しいものだという事を初めて知った。
私達は定常状態にあれば至極当たり前のようなものでも、両極端な状態に置かれる事でその落差を楽しむことができる生き物である。
自らの死という人生最大の危機に晒された終末期患者さんは、ある意味ではこの世で最大ともいっていい苦の状態に置かれた存在だ。
そんな彼らにモルヒネのような緩和鎮痛ケアを執り行う事で、人はメチャクチャにヤバい状態なのに心が落ち着くという究極に両極端な状態に身を置く事が可能になる。
これは人生修行の集大成といってもいいようなものだろう。
人生を仕上げる最後の最後の場は、このような手法でもって執り行われるのである。
これと相似したものを淡々と仕上げ続けるのが、多分なのだけど現代を生きる私達ができる最も効率のよい徳を積む方法だ。
忙しい中、物凄く頑張って働いて「もう無理…ヘトヘトだよぉ」となり
腹いっぱいご飯を食べて、夜にぐっすり寝て、修行を通じて脳内麻薬をキメる。
不健康×健康=メチャクチャありがたい
喉の乾き×水=超美味しい
苦痛×脳内麻薬=悟り
私達現代に生きるビジネスマンにとって、労働や家族運営といった生産行為は仏陀の時代における苦行のようなものだ。
それでもって苦痛を貯めて貯めて貯めて…そこに修行でもって脳内麻薬を打ち込む事で、人間は悟りというある種の超越状態に達する事ができる。
この作業を何度も何度も何度も、心臓が止まるその時まで、元気に動けるその時まで徹底して繰り返す。
これがイマを生きる修行僧である私達に課せられた御題目なのである。
人生は仕上がらない
人生は何もしないのには長すぎて、何かを成し遂げるには短すぎる。
僕はこれまでに受験や就活、結婚といった人生で立ち上げたプロジェクトが終わるたびに何度もこう思った。
「何回、これを繰り返せばいいだろう」
「いつになったら終わるんだろう」
「人生って、どうやったら仕上がるのかな」
しかし、どうも残念ながら?人生は仕上がるような性質のものではないらしい。
若くして数億円稼いだ人に話を聞いても、定年退職後の人をみても、残念ながら人生が仕上がった様子は微塵も感じられない。
暇を持て余した人間の行き着く先は無残だ。
ダラダラとただ無為に時を過ごし、いつまでもいつまでも終わりが来ない日々を待ち続けるのは、あまりにもあまりにも長すぎる。
アルコールの海に溺れるのも実に惨めそのものだ。
残念ながらそこには安寧はない。
それならいっその事、人生は寿命が来るその時まで永遠に仕上がらないものだと覚悟をキメて
苦痛×脳内麻薬=悟り
の日々を夢中になって過ごすと覚悟してしまった方が、全然心持ちも軽くはならないだろうか?
さあ、あなたも苦行と修行の日々を夢中になってやっていこう。
大丈夫、もんのすんげー気持ちいいから。
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【著者プロフィール】
都内で勤務医としてまったり生活中。
趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。
twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように
noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます
Photo by Emma Simpson on Unsplash