先日、調べものついでに井原西鶴『日本永代蔵』を読み始めたのだけど、これがめちゃくちゃクールで、めちゃくちゃ世渡りの役に立ちそうな雰囲気ですっかり気に入ってしまった。

内容からいってbooks&appsをお読みになっている皆様にもお勧めできると思い、紹介記事を書くことにした。

 

はじめに、『日本永代蔵』の雰囲気を紹介したい。

 近年、江戸は静かに治まり、千代田城の松の緑の色も変わらぬお城の見える常盤橋につづく本町の呉服所は、いずれも京の出店で、紋付鑑(もんつきかがみ)にもその家の名をあらわしており、番頭や手代がそれぞれお得意の御屋敷へ出入りし、気を揃えてはげみあい、商売に油断せず、口達者で腕ききで、知恵・才覚もあり、算用が達者で、悪銀(わるがね)をつかむようなことがない。

──昔は掛算今は当座銀 より

この作品の登場人物の大半は町人や商売人だ。

番頭・手代・御屋敷といった、現代では使われなくなった、それでもどこかで聞いたことのあるボキャブラリーが次々に登場するので、読むほどに江戸時代情緒が高まってくる。

 

そして商売人たちの背景としてさまざまなものが描かれている。

さきに挙げた引用からも、江戸幕府による安定した治世と、そのお膝元で活躍する商人たちの繁栄が読み取れるが、これに限らず、賑やかな街並みや当時の風俗、盛んな寺社信仰、三井グループの勃興や千石通しの発明の話まで、江戸期のエネルギーがこれでもかというほど描かれていて、それらを追うだけでも楽しい。

 

この、豊かとしかいいようのない一時代を活写した『日本永代蔵』が出版されたのは1688年、元禄元年であるという。

これがどういう時代かというと、ときは元禄文化真っ盛り、江戸幕府の安定した治世のもとで急速な発展をみた時期にあたる。

江戸期の人口動態を振り返ってみても、その発展っぷりは明らかだ。

(※引用元:第1部 少子社会の到来とその影響/内閣府ホームページ)

 

グラフをみればわかるように、慶長元年(1600)ごろをスタートとして1700年代まで、日本の総人口がものすごいスピードで増加している。

これは、戦国時代が終焉を迎えたことに加えて、新田開発、技術の改良、流通の発展などが重なったおかげだ。

とりわけ『日本永代蔵』の舞台背景である1600年代後半から元禄にかけては気候的にも温暖で、これらの恵まれた条件が結実したのが上方文化、そして元禄文化ということになる。

 

江戸時代全体を見渡せば、そこには飢饉をはじめ、悲惨な暮らしや長い停滞があったとされているが、そうした話の多くは気候が寒冷になっていき、成長が頭打ちとなった1700年代以降のものだ。

江戸時代のなかでも高度成長期の絶頂に書かれた『日本永代蔵』からは、そういう「しけた」雰囲気は感じられない。

 

こうした右肩上がりの時代に執筆され、人気を博した作品であることを意識しながら『日本永代蔵』を読むと、わかりやすいのではないかと思う。

 

『日本永代蔵』でサクセス&ライフハック!

さて、そんな江戸時代の一番おいしいところを抜き出したような『日本永代蔵』だが、そこに記されているサクセスストーリーやライフハックは意外にも現代っぽく、書店で平積みされた本に書いてあってもおかしくない内容が盛りだくさんで驚かされる。

 

まず、この作品では「カネがカネを呼ぶ」といった内容がよく出てくる。

いっさい、親の遺産など譲り受けず、自分の商才でかせぎ出して、五百貫目以上になれば、これを分限という。千貫目以上を長者というのである。

この銀(かね)の勢いでは、利が利を生んで幾千万貫にもなり、末永く繁昌することだろうと、網屋では、万歳楽の祝言の謡(いわい)で祝っていたのだった。

──『初午は乗って来る仕合せ』より

カネがカネを呼び、借金が借金を呼ぶ。『日本永代蔵』には、今でいう金融や資産運用、投資に相当する考えが何度も登場し、大商人はもちろん、職工や農民にまで影響しているさまがみてとれる。

こうした経済状況のもと、丁稚奉公から手代へ、手代から番頭へ、ゆくゆくは大旦那へと成り上がっていくサクセスストーリーが次々に語られる。

 

実際には、そうした金融や資産運用で成功する人、丁稚奉公から大旦那になりおおせる人は全体の一部でしかなかった。

しかし元禄文化の盛りに書かれた本作品は、しけた現実を凝視しすぎることなく、江戸ドリームを堂々と描いてみせるのだ。

 

でもって、サクセスストーリー本を読みたがる人はサクセスしたくて仕方がない人なのは今も昔もきっと同じで、ご丁寧にも『日本永代蔵』には読者のためのライフハック的記述がちりばめられている。

 

たとえば以下は、作中、貧乏なアラフォーの相談に対して裕福な人が伝授した、「長者丸」という「妙薬の処方」の内容である。

△早起き五両
△家業二十両
△夜業(よなべ)八両
△倹約十両
△達者七両

と、合わせてこの五十両の薬を細かく砕いて粉にし、十分に気を付けて秤目にまちがいのないようにして調合に念を入れ、これを朝晩飲み込んだら、長者にならないということはありますまい。

けれども、これに加えて大事なことは、なによりも毒断(どくだち・服薬の妨げとなる飲食をさけること)をすることである。

〇美食と好色と、絹物を不断着にすること 〇女房を乗物にのせて贅沢をさせ、娘に琴・歌がるたをさせること 〇息子に鼓や大鼓など種々の遊芸を習わせること 〇蹴鞠・楊弓・香会・連歌・俳諧に耽ること 〇座敷普請・茶の湯道楽 〇花見・舟遊び・昼風呂入り 〇夜歩き・博奕・碁・双六 〇町人に無用な居合・剣術 〇寺社参拝・後世の安楽を願う心 〇諸事の仲裁と保証の判をおすこと 〇新田開発の出願と鉱山事業にかかわること 〇食事のときの飲酒・煙草好き・目的のない京上り 〇勧進相撲の資本主になること・奉加帳の世話役 〇家業のほかの小細工、金で刀の目貫を装飾してひけらかすこと 〇役者に見知られ、揚屋と近づきになること 〇月八厘より高い利息の借金。

まずこれだけを、斑猫(はんみょう)・砒霜石(ひそうせき)よりも恐ろしい毒薬と心得て、口に出して言うことはもちろん、心に思ってもいけない。」 ──『煎じよう常とはかわる問薬』より

この井原西鶴からのアドバイス、現代人にも結構通用するのではないだろうか。

 

なお、ここでは質素倹約が奨励され、投資にのめり込まないことが是とされているが、『日本永代蔵』の別の箇所では世渡りの一助として、世間の習慣に沿ったかたちで金銭を使うことが肯定されていたり、借金してでも投資すべしと書かれていたりする。

こうした個々のアドバイスの違いを矛盾とみるのでなく、状況や環境によって最適解が変わってくるとみていると、当時の世渡り感覚が浮かび上がってくる気がして、読者としての私は楽しい気分になるのである。

 

でもって、お金儲けの本であると同時に渡世の本でもあるのが『日本永代蔵』だ。

渡世のアドバイスにも現代に通用しそうなものが多く、たとえばツイッターで不満ばかり言っている人はこれを読んだほうがいいように思える。

 

たとえば以下は、「婿を選びたい人」へのアドバイスだが、

あるいはまた、娘を持っている親は、自分の資産以上に、先方の家の立派なのを好み、財産のほかに聟(むこ)の男ぶりがよく、諸芸のたしなみがあって、人の目に立つくらいなのを聞き合わせて、縁組しようとするが、小鼓を打つ者は博奕を打ち、実直な手代らしく見える者は、遊女狂いがやまなかったり、一座での社交ぶりがうまいと人がほめると、その男は野郎遊びに金銀を使う者であったりする。

こうして考えてみると、男ぶりがよくて家業に抜目がなく、世情に通じており、親に孝行で、人に憎まれず、世のためになるような若者を、聟に取りたいと尋ねまわっても、そんな者がいるはずはない。

もし、いるとしたら、よいことがあり過ぎてかえって難儀があるものだ。──『世は欲の入札に仕合わせ』より

これなども、「いいパートナーがいない」と悩んでいる人に聞かせたくなる内容だ。

 

なお、井原西鶴の作品は江戸時代のジェンダー観に支えられているので現代風に翻訳する必要があるが、老若男女問わず辛辣に観察している感があるので、そこはあまり気にならないのではないかと思う。

 

あまりに面白かったので引き続き井原西鶴『好色五代女』を読み進めているが、こちらも人間観察の鋭い作品で、たとえ時代や慣習が違っていても、人間の煩悩にはそれほどの違いがないさまを魅せてくれる。これもオススメだ。

 

世の中カネだ。しかしてカネで買えないものもある

このように、元禄文化のサクセス本&ライフハック本として楽しい『日本永代蔵』なのだが、最後に、この本に通底しているもうひとつのセンスを紹介しておこう。

 

この本の、いわば主旋律は「カネが重要、カネを稼いでナンボ」で楽観的、長調で奏でられているのだけど、悲しげな対旋律も存在する:それは「カネを稼いでも栄華はむなしく、人生には終わりがある」といった調子のものだ。

たとえ万貫目の銀を持っているからといって、老後までもその身を働かせ、気をつかって世を渡る人は、人の一生は夢の世のようにはかないことを悟らない人だから、いくら金をためても何の益もない。
──『祈る印の神の折敷』より

カネは町人にとって諸力の根源であり、ゆえに全力で求めるべきものではある。

しかしカネはあの世には持っていけないし、世代から世代へと栄華を継承するのは生き馬の目を抜くような競争社会のなかでは難しく、しばしば没落が起こる。

 

だから本作品では「カネばかりに執心するのも良くない」とも説かれ、儲けたカネでみずから楽しむこと・手代や番頭たちを養っていくこと・寺社などに寄進すること、などなどをカネ儲けの向こう岸として記している。

 

そして世の中にはカネの力が及ばない領域もある。

その最たるものとして西鶴は、人間の生・老・病・死・苦を挙げていて、転じて、身も心も健康であることが肝心で常に油断をしてはならない、そして世間の道理を第一として神仏をまつるのが良いとも説いている。

 

江戸時代に比べれば、現代はカネでより多くの問題が解決できるようになったと言えよう。

とはいえカネでは解決できない問題が依然として残り、カネがあっても世間の道理に楯突いては諸事ままならない点は今も変わりはない。

このあたりにも警句をちりばめながらカネの世界を描いているところに、私は本作品の旨味があるように思う。

 

渡世に興味のある人には全力でオススメしたい。

 

 

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(2021/11/29更新)

 

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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Photo by Finan Akbar