もう40年以上も前の話だが、幼稚園で七夕さまの飾り付けをしていた時のことだ。

 

保育士の先生から、「桃野くん、これに将来の夢を書いてね」と短冊を渡されたのだが、私はこれが毎年、本当に苦手だった。

「将来なりたい職業」なんていわれても、4歳や5歳で何を書いて良いのかわからない。

 

知っている職業を本気で書くと、「無邪気でかわいいね~」などと笑われるのは目に見えている。子ども心にはそれが気に入らない。

そんなことで私は毎年「車の運転手になりたい」などと書いて、大人たちの期待を裏切りお茶を濁していた。

 

そう言えば今年、第一生命が発表した「大人になったらなりたいもの」2021年版ランキングで、小学生の結果は以下のようなものだったそうだ。

男子
1位 会社員
2位 YouTuber
3位 サッカー選手
4位 ゲーム制作
5位 野球選手

女子
1位 パティシエ
2位 教師/教員
3位 幼稚園の先生/保育士
4位 会社員
5位 漫画家

第一生命 第32回「大人になったらなりたいもの」より

 

この結果を見れば明らかだが、子どもたちが回答する将来の夢は、「好きなこと」「テレビで見てカッコイイと思っていること」「親の影響」のいずれかである。

本気の夢というよりも、いわば日常の興味に近く、職業人気を反映するものではなさそうだ。

 

そしてその上で、この結果に私は「子どもたちから大人へのメッセージ」が溢れているようにも思える。それはなにか。

 

「私は自分を高めることが好きです」

話は変わるが、私の子どもの頃の本当の夢は、「国際線パイロット」であった。

昭和の男の子にとって、ド定番の夢である。

おそらく大人気テレビドラマ「スチュワーデス物語」の影響もあったのかも知れないが、なんせ当時は飛行機そのものが非日常の存在だ。

 

お金持ちの象徴であり、海外旅行といえばただそれだけでセレブであり、父親が海外出張に行ったというクラスメートはしばらくの間、皆のヒーローであった。

そんなこともあり、「カッコイイ大人になりたい!」と思っていた私は中学生になると、パイロットになるための方法を調べ、勉強を始める。

 

そして当時、国際線のパイロットになるためのルートは、事実上2つしかないことがわかった。

一つが、運輸省が所轄していた航空大学校を卒業すること。

もう一つが、JALかANAが募集する自社養成パイロット試験に合格することである。

 

航空大学校の受験資格は一般大学の一般教養課程修了(見込み)であり、20歳になる年から受けることができた。

そして受験科目は「英語」「数学」「一般教養」だったのだが、この一般教養という科目が相当な曲者だ。

全部で25問の設問があるのだが、出題範囲は「高校で習う全ての科目の全ての範囲」。

 

化学、物理、日本史、世界史などはもちろん、音楽、美術、保健体育も例外ではない。

しかも点数配分は全て同じである。

つまり理系・文系の違いがないどころか、全科目のあらゆる範囲を全て、高いレベルで修める必要があるということだ。

 

こうなると、ある程度ターゲットを絞りながら勉強する一般の大学受験をこなしながらパイロットを目指すのは難しい。

そのため高校は、そのまま大学までエスカレーターで上がれる私学に進み、ただひたすら、20歳の秋に向かって勉強を重ねた。

 

しかし結論からいうと、私は20~22歳まで3年連続で、航空大学校を落ち続けた。

いずれも学科は通ったのだが、2次試験の身体検査を突破できなかった。

 

事前に提出する必要がある航空身体検査基準の予備検査では問題がなかったので、きっと微妙なところだったのだろう。

そのためバイト代の大半を突っ込み、視力を回復するという特殊な鍼治療を受け、また航空大学校専門予備校で2次試験対策訓練を受けるなど悪あがきをしたのだが、最後まで結果は出なかった。

 

そんな私にとって、最後のチャンスとなったのがJALの自社養成パイロット試験だった。

通常の就職活動と同じように、大学卒業見込みの学生を対象に募集する、航空会社の採用試験である。

当時ANAがパイロットの募集を停止しており、JALは全国で30名限定での募集だったので、本当に狭き門だ。

 

そして1次試験の学科、2次試験の管理職面接、3次試験のネイティブ英会話試験を順調にパスし続けたある日、JALから一通の電報が届く。

「ハネダニ コラレタシ」

 

今から思えばなぜ電報だったのかさっぱりわからないが、その特別感に私は舞い上がる。

そして指定された日時、大阪伊丹空港から指定された飛行機に乗ると、キャビンアテンダントのキレイなお姉さんから

「桃野さん、お待ちしておりました。もうすぐ私たちの仲間かもしれませんね!」

というようなことを言われ、すっかり浮つく。

 

そんなポワポワした足取りでJALを訪問し、通されたのはイカツいおっさんが座る応接室のようなところであった。

思えばあの人は役員の誰かだったのかも知れないが、今となっては正直良くわからない。

そして簡単な質疑応答の後、オッサンは真剣な眼差しでひとことだけ、こう聞いた。

「桃野さんはなぜ、パイロットになりたいのですか?」

 

偉い人相手にどう答えるべきか。カッコイイことを言わなきゃ落とされるのではないかと焦ってしまった私は、ついこんなことを答えてしまう。

「私は自分を高めることが好きです。パイロットという仕事は、一生をかけて自分を高めることができる仕事です。だからパイロットになりたいと思いました」

 

・・・我ながら意味がわからない。

っていうか、どんな仕事でもそうだろう。安っぽいにも程がある。俺は何を言ってるんだ。

 

口に出しながら後悔するが、時すでに遅しである。

その後、形ばかりの質問を一つふたつと聞かれた覚えはあるが、終わった空気感の中で面接終了を告げられてしまう。

そして当然のように合格通知が届くことはなく、10年の歳月を掛けてひたすら努力をし続けてきた私の夢は、完全に終わりを告げた。

 

結局「素直な感性」を言語化するのが一番強い

あの時私は、なんと答えるべきだったのか。

立場を変えオッサンになり、逆に役員の立場でも多くの学生さんとお会いしてきたが、もし私があの瞬間に戻れるなら、きっとこう答えるのではないだろうか。

「心からカッコイイと思えるからです。給料も魅力です。10年間、パイロットを夢見て努力をしてきた時間は本当に幸せでした」

 

もちろんそう言ったところで結果は変わらなかったかも知れない。

しかし少なくとも、本当に思っていることを口に出して落ちたかった。

 

私自身、面接してきて気持ちよかったのはやはり、キレイな言葉よりも本音で話してくれる学生さんである。

「第二志望なんですが、それくらい入りたいと思っています!」

と言った学生さんもいて思わず笑ってしまったが、逆にそこに嘘があるわけないので、全ての言葉が信じられた。

 

TBSを受けた私の友人は、最終面接で自社への志望動機を聞かれた際に、

「テレビ業界で働きたいんです。競争率が高すぎるので全社受けてます。バイトを休んでいるのでもう交通費がありません。ここで決めてください!」

と社長に迫り、大笑いを取ったそうだ。結果は合格でその後、経済記者として長く活躍した。

 

最終面接に残っている学生など、企業が求める能力的なハードルは皆が超えており、紙一重の差しかない。

であれば最後はやはり、嘘のない言葉で自分を出すこと以上の作戦はないだろうと、つくづく思う。

素直に思ったことを言うのが、やはり後悔しないで済む何よりの戦い方だ。

 

そして話は冒頭の、小学生の将来の夢についてだ。実はこのアンケートには続きがあり、以下のような結果になっている。

■選んだ職業になりたい理由

小学生男子
1位 好きだから
2位 かっこいい/素敵だから
3位 誰かの役に立ちたいから
4位 収入が良さそうだから
5位 親や親族がその職業をしているから

小学生女子
1位 好きだから
2位 かっこいい/素敵だから
3位 誰かの役に立ちたいから
4位 親や親族がその職業をしているから
5位 収入が良さそうだから

 

■最も幸せを感じるとき

小学生男子
1位 ゲームをしている時
2位 家族といるとき
3位 美味しいものを食べているとき
4位 友人といるとき
5位 YoutubeやNetflixなど動画を見ているとき

小学生女子
1位 家族といるとき
2位 友人といるとき
3位 美味しいものを食べているとき
4位 ゲームをしている時
5位 YoutubeやNetflixなど動画を見ているとき

第一生命 第32回「大人になったらなりたいもの」より

 

見て頂いたら明らかなように、小学生にとってなりたい仕事とはつまり、

「好きで、カッコよく、収入も良さそうで、それに関わっている時に幸せを感じるから」

である。

 

小学生の幼い感性などではなく、これって結局、高校生だろうが大学生だろうが同じだ。

就職活動の時はもちろん、その後の人生の節目でも、私たちが仕事を選ぶ際に考える基準と被るところがとても多い。

であれば志望動機を聞かれた時、正々堂々とそう答えてしまうのが結局、一番共感を得られるだろう。

キレイ事を言ったところで、上滑りして必ず見透かされてしまい、ろくな結果にならない。

 

しかしそのようにして就いた仕事であっても、現実は時に過酷でもある。

嫌いになり、カッコイイと思えず、十分な賃金も受け取れず、仕事をしていて幸せを感じる瞬間が全く無い結果になってしまったらどうするか。そんな時は躊躇せずに、本気で居場所を変えるべきだ。

「仕事に対する価値観」を全て外しているにも関わらず働き続けると、人は必ず心身を壊してしまうのだから。

 

小学生たちの「大人になったらなりたいもの」ランキングは、私たち大人にそんな原点を再確認させてくれる。

子どもたちの素直な感性は、「私たちはかつてどうであったのか」に気づかせてくれる、とても素敵なコンテンツであり、メッセージだ。

 

 

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(2024/3/26更新)

 

 

 

【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

先日、地元にできた土佐料理屋に行ったのですが、カツオのたたきが柵のぶつ切りで出され「そのままかぶりついて下さい」と言われました。

驚き土佐出身の友人に聞くと、「むしろ薄切りの方が驚くよ、刺し身じゃないんだし」と言われました。
また一つ、美味しいカルチャーショックを知ることができました^^

twitter@momono_tinect

fecebook桃野泰徳

Photo by Daniel McCullough