先日、患者さんの転院先の打診がきっかけで、いくつかの病院の近況を聞いた。

ある病院の名前が出てきたとき、僕は以前、そこに面接に行ったときのことを思い出したのだ。

 

5年くらい前、僕は医局を離れることにした。

40代半ば、医局で大事にされるほどの実力も実績もなく、当時派遣されていた病院での仕事には、一睡もできない当直が月に何回かあり、そんなに給料が良いとも言えず、家族の生活圏からも遠かった。

 

しばらく仕事を休んで旅行に出かけ、一日中ゲームをしているような生活をやってみたあと、徐々に、しかし確実に減っていく預金にいたたまれなくなり、僕は新しい勤務先を探すことにした。

とりあえず自分で探してみよう、とネット経由で転職サイトにアクセスし、エージェントと一緒に4か所の病院を訪問し、面接を受けたのだ。

 

第一の病院は、鉄道の急行が停まる駅の近くにあり、立地は良さそうだったが、病院自体はこじんまりとしていて、病棟を訪れても活気はいまひとつで、面接でもあまり景気の良い話はなく、「まあ、そんなに忙しくないし、のんびり働けますよ」という感じだった。給料安め、休みは週休2日。

 

第二の病院(というかクリニック)は、まだ開設予定ということで、担当者に説明を受けることになった。

これまで経験したことがない、都会の駅に近いクリニックに電車で通勤して病棟なし、帰りはちょくちょくヨドバシカメラに寄れるな、なんてワクワクもしたのだが、話のなかで、「自由診療で、ニンニク注射とかも患者さんの希望に沿ってやってもらいます」というのがあったのであきらめた。

 

僕はダメな医者ではあるが、自分で効果を信用できない医療行為を他人にやる気にはなれないのだ(ちなみに、「ニンニク注射」というのは、ニンニクを注射するのではなくて、ニンニクの成分のひとつであるビタミンB1などを注射するものだ。ビタミンB1のなかのアリシンという成分に軽いニンニクのにおいがあるのでこう呼ばれている)。

 

第三の候補は、郊外の新しくて大きな、綺麗な病院だった。近隣には、さらに新しい関連施設も建設中だという。

院長は、いかにもやり手、というエネルギッシュな人で、先進医療にも積極的で、IT担当のスタッフも招いて、これからはITの時代だよ、地域との連携を積極的に進めて、どんどん病院を大きくしていきたいのだ。そのためには君の力が必要だ、と言ってくれた。給料も、候補のなかではいちばん高かったし、熱意も伝わってきた。

 

ただ、「まだ若いんだから、休みは週に1日あればいいよな」と言われたのは引っかかった。

仕事がちょっときつそうだな、でも、ここでIT医療みたいなことをやったら面白そうだな、カッコよさそうだし、と思ったのだ。

 

最後の四番目は、郊外にある、中規模の「救急病院ではなく、入院は高齢者中心で、リハビリは充実していて、大きな病院で診るほどではない急性疾患や検査一般を扱っている病院」だった。

率直な印象としては、第3のIT病院に比べて、なんだか古めかしい(建物も築20年くらいだった)し、活気にあふれている、とも言い難いが、田舎にあって環境はいいし、面接してくれた人たちも穏やかで働きやすそう。

条件としては給料は前述のIT病院よりは低かったがまずまず、休みはきちんと取れそうで、当直もなしだった。

 

僕は第三、第四のどちらかで迷った末に、紹介してくれたエージェントの「先生は、これまでの仕事に消耗されていて、『自分の時間を持ちたい』と最初に言われていましたから、それを重視してはいかがですか?」というアドバイスもあり、第4の病院で働くことにしたのだ。

なんだかネガティブな理由での選択だなあ、と自分にもどかしさも感じつつ。

 

あれから、5年。

あるスタッフが、第三の病院で働いている知り合いから聞いた話を教えてくれた。

あのとき、僕が「あっちで働けばよかったかな……」と思っていた第三病院は、今、病床がなかなか埋まらずに大変なことになっているという。

スタッフも、どんどん離れていっているそうだ。

 

鳴り物入りで、カッコよくデザインされた新しい施設は、見た目は良いが、デザイン重視の弊害なのか、身体機能が落ちている患者さんやスタッフにとっては導線が複雑で何をやるにも手間がかかり、極めて使いづらくて評判が悪く、入居者もスタッフも集まらずに売却しようとしても買い手がつかず、という状況なのだという。

おかげで、お金とか経営のことばかり言われ、圧力をかけられる医療スタッフは次々に辞めていき、人が少なくなれば仕事にもさらに余裕がなくなり、殺伐とした雰囲気になっているのだそう。

 

その地域に、第一の病院を買い取った医療法人が進出してきた。

第一の病院は、駅前の手狭な場所から、その医療法人の肝いりで一等地に移転し、交通の便がよい新第一病院に通院する地元の人たちが激増しているというのだ。

それで、多くの患者を失った第三病院は、より一層の窮地に陥っているという。

 

転職の面接で、「これはもうジリ貧になるんじゃないか」という印象だった第一の病院が、いまや日の出の勢いとなり、積極的な拡大方針、IT化で、「こんなところで働いたら、『やりがい』がありそうだ」と感じた第三病院は、やることなすこと裏目裏目で、危機的な状況に陥っている。

 

結局、僕は第四の病院で働いていて、あらためて考えてみると、僕はそんなに「やる気」に満ち溢れていたわけじゃなかったものな、と、あのときの転職エージェントのアドバイスに深く感謝している。

あのとき、候補として訪問した病院は、いま、そんなことになっていたのだ。

僕は自分としては「良い選択をした」と思うのだけれど、それはあくまでも「結果的に」だよなあ、と、この話を聞いて、自分の幸運に感謝せずにはいられなかった。

 

第一の病院は、真っ先に「ここは選ばないな」と思ったところだった。

僕が自分のプライドを重視できるくらいの元気があったら、第三病院で嵐の渦中にいたかもしれない。

あのとき、第四の病院を選んだのは、「バリバリに働く自信がなかった」という消極的な理由も大きかったから。

 

そして、あらためて考えずにはいられない。

結局のところ、どんなに情報を集め、自分の目で確かめたつもりでも、そこで働く従業員レベルであるかぎり、その組織の実態なんてわからないし、そこが将来どうなるか予見するなんてことは極めて困難なのだ。

 

けっこう偏差値が高い大学に行った高校の同級生も多かったけれど、当時人気の就職先は、銀行などの金融機関かマスメディア、有名商社、国家公務員だった。頑張って銀行に就職し、懸命に働いたのに、IT化という大波の前で、苦しんでいる者もいる。

今や、銀行にはそんなに人は要らなくなったのだ。スマートフォンで振り込みができるし手数料もネットのほうが安い。

既存のマスメディアもインターネットの台頭の影響で揺らいでいる。

 

学生時代に「戦後、優秀な学生は当時の花形産業だった石炭関係に就職したが、エネルギーが石炭から石油に切り替わったことで、多くの人が路頭に迷ってしまった」という話を聞いた。

 

人は未来を知りたいと思い、さまざまなものの将来像を予想するけれど、ほとんどは当たらない。

僕が子どもだった1980年くらいの時点では、2022年には宇宙旅行に気軽に行けるようになっていると思っていたけれど、こんな高性能なスマートフォンをこんなに多くの人が持つ時代になるなんて想像もできなかった。

インターネットは人類の相互理解を進めると黎明期には信じていたのに、むしろ、囲い込みとか断絶のほうが目立っている。

 

「パーソナルコンピュータの父」といわれるアラン・ケイの「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」という言葉を思い出す。

将来を約束された職場を求めるのであれば、他人がつくった組織で働くのではなく、自分で起業するしかないのかもしれない。

それが成功するかどうかはわからないけれど、少なくとも自分でハンドルを握っていれば、予測も諦めもつきやすそうだ。

ただ、そういう生き方は、たぶん、僕のような人間には向いていない。

 

もちろん、未来を予測するための努力やデータ集めをするのは悪いことではないはずだ。

でも、実際のところ、「未来はわからない」し、「アテは外れる」ものだ。

自分が長年働いている医療業界で身近な病院の「5年後」でさえ、僕にはわからなかった。

たぶん、そのくらいが普通の人間の能力の限界なのだ。

 

「わからないからこそ、面白い」し、「乗っている船が沈みそうだと感じたら、早めに脱出する選択肢もある」ことは知っておいて損はない。

これを読んでいる人たちには、自分の未来予測を過信せずに、「予測は外れるものだし、そのときには現実を素直に受け入れて、臨機応変に対応する」覚悟と準備を持って生きることをおすすめしたい。

 

そして、「自分はこの組織で何をいちばん重視しているのか」は、しっかり言語化して、自分に言い聞かせておいたほうがいい。

そうしないと、すぐに本来の目的を見失って、「ラクなほう、稼げるほう、カッコよく見えそうなほう」に流れてしまいがちだから。

(もちろん、ラク、稼げる、カッコいい、が最優先事項の場合もあるだろうし、それならそれで良い)

 

あと何年かすれば、第三病院に強力な改革者が登場してまた勢力図が激変するかもしれないし、僕がいる病院だって、凄惨な権力争いが勃発して僕の居場所がなくなる可能性もあるのだけれども。

 

 

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【著者プロフィール】

著者:fujipon

読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。

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