なんであなたが整体に?

二十年以上つきあっている人がいる。その人は性格として神秘的なものや宗教的なものに対して、ひどく懐疑的だ。

懐疑的というか、ちょっと遠くからバカにしているようなところがある。占いもなにも信じない。そういうところがある。

 

つきあいが長いので、その人にはその人なりのエキセントリックさがあるのは知っているが(美大出のデザイナーだし)、そのエキセントリックさは、そういう方面にはまったく向いていない。

デザイナーにはその感性ゆえか新興宗教にはまってしまう人もおり、そういう勧誘も受けたりもしたが、なにも影響受けることなく生きてきた。

 

が、その人が「整体」に通っているということを聞いて少し驚いた。

なるほど、座り続ける仕事ゆえに、腕がしびれるなど身体に問題があるのは知っていた。が、そんな場合は整形外科にでも行くものと思っていた。

というか、整形外科に通っていたが効果がないと言っていたのも知っていた。

 

で、「整体」である。

友人から「すごく効果のあるところがある」と勧められ、それならば試してみるかと、半信半疑で通い始めたらしい。

 

「整体」の効果

通ってみて、なんだかんだで、凝った身体にマッサージのようなものなので、それなりにほぐれるような効果はあったらしい。

根本的に治るとかそういうものでもないが、べつに悪くもなのではないので何ヶ月か続いた。

 

最初に誘ってきたその人の友人曰く、「最後に頭頂部のツボのようなところを刺激されると全身が軽くなり、絶好調になる」とのことであったらしい。が、その人自身は頭を触られてもべつになんにも感じないので、「やっぱり自分はこういうのには向いていない」とか思っていたらしい。

 

……のだが、先日衝撃的な体験をしたという。

一つは、お腹を触られて「胃が下がっているから戻しておきますね」と言われて、なんかぐいっとやられたという。

たしかに、一ヶ月くらい胃の調子が悪く、食欲もなかった。それは確かだが。

で、その方法は自分でもできるから覚えてくださいと、やり方も教わったという。

 

やられたときは、「何のこっちゃ」と思ったらしい。

しかし、なんと帰り道で小腹が空いて、コンビニに入ってカレーパンを買ったというのだ。

そして、それを食べたというのだ。

 

なにが、「なんと」なのか読んでいる人には絶対にわからないと思うので説明するが、その人はあまりコンビニに行かないし、ましてやカレーパンなんて脂っこい食べ物を買ったりはしないのである。

 

「しないのである」ってわかるのかよ、と言われそうではあるが、二十年以上のつきあいがある。

おれにとっては衝撃であった。「あなた、コンビニのカレーパンを食べることができたのですか?」というくらいだ。

なにより、本人が驚きの体験として語っているのだ。

 

いや、それより、胃の位置って、手術とかしなくて、外から手で触っただけで変わるものですか?

胃下垂(なのかな?)を治せるのですか?

 

さらなる「整体」の効果

その回では、さらにまた、べつの施術も受けたという。

最後に立ち上がって、かかとに重心をのせてといわれて、そのようにした。バランスを崩した。

それを見たあと、整体師は両足首をそっと掴んだという。あまり力はこもっていなかったらしい。

なんでも「神経が切れていたので、つなぎなおしました」というようなことを言ったという。

「神経」かどうかははっきりしないが、切れていたなにかをつないだというのだ。

 

刃牙ファンのためににわかりやすく言えば、「紐切り」の逆である。

それどころか、紐切りは神経を貫手で引きずり出すが、外から触っただけである。

いや、なんで刃牙ファンのためにわかりやすい説明が必要なのか。

 

まあいい、ともかくその「紐つなぎ」のあと、同じかかとに重心の姿勢をさせられたら、今度は安定したという。

それどころか、全身の凝りがおさまり……。

 

この話をしつつ、「見て、見て」とその人は頭を後ろにそらして上を見上げるような姿勢をした。

おれは驚いた。

これを読んでいる人にはなにが驚きなのかわからないだろうが、その人は長年の職業病ともいうべきもので、首を上に曲げてものを見上げる姿勢が苦しくなっていたのだ。おれはそれを知っていた。

 

それを、楽々やってみせたのだ。

おれはびびった。え、神経、つながったの? 洗濯物を干すのも楽になったというの?

 

目にしたものを信じるのは危険である

……と、おれはこれで「整体」というちょっと正体のよくわからないものを信じたかというと、またべつの話である。

語り手の性格も、常識的な思考の持ち主であることも、なおかつ西洋医学による重大な手術を受けたことがあることも知っている。

だから、カレーパンも、首の話も衝撃だった。首についてはこの目で見ている。

 

しかし、知能も精神も頼りないおれが、この目で見たからといって、なんの証拠になるだろうか。

人間というのは騙されやすいものである。

それゆえに悪質なカルト団体やマルチ商法がこの世から根絶されない。

目で見て信じてしまうからだ。そして、自分の目を信じすぎている。

 

とはいえ、懐疑に凝り固まっていればいいというものでもない。

思う真理教事件などで、なぜ優秀な理系エリートが? という話になったが、彼らは目で見てしまったし、体験させられてしまったのだ。

そんなものは、ちょっとしたトリックや、薬物の効果でなんとでもなるというのに。

もちろん、神秘思想への興味という下地もあったかもしれないが、百八十度の転換にやられてしまった部分もあるだろう。

 

だから、カチコチなのは危険だ。

カルトとか神秘とかそういうものに対しては、「しなやか」であるべきだというのがおれの持論だ。

持論というか、前にも書いたが、ネガティブ・ケイパビリティだ。

帚木蓬生さんの本で知った概念だ。

判断できないことを、判断しないままにしておける姿勢、しておける能力。

だからおれは、その人から「整体」についてのその話を聞いて、目で見ても、「そういうこともあるのかもしれないね」と思うことにした。

 

その人の話の内容は、たぶん科学的ではないし、常識的でもない。

だからといって、「そんなのはまやかしだ、いんちきだ、プラシーボ効果のようなものだ」と言ったりはしない。

言わないどころか、心のなかで、「まだ科学では解明されていないこともあるかもしれないな」くらいに思う。

 

これは日頃から自分のあてにならない心を、知能を、知識を、あてにならないものと信じる、最小限の信念が必要なことかもしれない。

おれは東スポの一面で、「ネス湖の近くの海にネッシーの親戚かもしれないUMAがいる」という記事を読んでも、「深海に棲むネッシーの親戚もいるかもしれないな」と思う。東スポは人生のためになる、クオリティー・ペーパーだ。

 

かといって疑わしきものをそのままにしてよいのか問題

というわけで、本人が「こんなことあるのかしらん」という半信半疑というか、わけのわからない体験をしたという話に対して、「えー、マジですか。でも、神経切れたの、触っただけで繋がりますか」と笑いながら返すにとどまった。

 

べつにその整体師に高額な請求をされてもいないし、へんな薬とか水とか壺とかを売りつけられるという話もないようだ。

そして、そんな変な話になったら、真っ先にその人自身が疑うであろうという、その人への信頼もある。

 

あるのだが、それでよかったのかな、という思いがないわけでもないのも事実だ。

詐欺師というのは普通の人間が考えている以上に人間の心理というものについて考えているのだろう。

それに、無料や低額料金で門をくぐらせて安心させておいて……、というのは普通のビジネスでもある話だ。

 

だから、ひょっとして、その人が危ないゾーンに踏み込むのを、それに気づきながら止めていないという可能性もある。

まだ、本人も半信半疑の笑い話にしているが、なにより効果を「実感」しているのは本人だ。

これからその整体師に対してどういう感情を持つようになるかはわからない。

それが、小カルトのようなものだったらどうだろうか。

 

なので、判断しないことをよしとするというおれの持論も、現実の、目の前の差し迫っているかもしれないことに対しては、有効とは言えないところがある。

 

もちろん、これはべつによくある「整体」の話かもしれないし、常識的な範囲で社会の中に存在しているのかもしれない。

それはおれが「整体」について無知であり、あるいは少し偏見を抱いているところがあるのかもしれない。

 

マッサージを受けたら、身体の具合がよくなった。そんな単純なことかもしれない。

ところで、マッサージに科学的な根拠はあるのだろうか。

おれはそれについての論文を読んだこともない。というか、論文なんてものを読んだこともない高卒である。

 

というか、おれも軽い腰痛を抱えているが、たったいま塗りたくった第2類医薬品のこの「ジクロフェナクナトリウム」とはなんなのだ。

メントールがスーッとさせてごまかしているだけではないのか。いや、メントールがスーッとさせるというのに根拠はあるのか。そう思い込んでいるだけではないのか……。

 

疑いだせばきりがない。

 

疑いにもきりがないし、信心にもきりがない

疑いだせばきりがない。かといって、信じる心にもきりがない。

疑いすぎて地球が丸くないとか、選挙の結果は操作されているとかのお陰謀論にはまってしまうかもしれない。

信じているものがその人や周りの人にとって害にならなければいいが、そうでないものを信じてしまうこともあるだろう。

 

やはり、しなやかに、信じる。また、信じない。

菊池寛も言ったではないか、「情報信ずべし、しかも亦信ずべからず」と。

いや、この全文を正確に引用すると『「何々は脚がわるい」と云われし馬の、断然勝ちしことあり、またなるほど脚がわるかったなとうなずかせる場合あり。情報信ずべし、しかも亦信ずべからず。』なので、まったくもって「馬券哲学」の話なのだが。

 

いや、競馬が人生の比喩なのではない、人生が競馬の比喩なのだ……って、これも寺山修司の言葉を正確に引用するとまたちょっと意味が違うのだが、それはまあいい。

ともかく、おれは「整体」について半信半疑だし、その人にもそう言うし、その人も半信半疑であってほしいな、とは思うのだ。

 

そうなったら、そのときはそのときだ

とはいえ、これから先、おれもその「整体」の話をもっと聞いて、興味を持つかもしれない。

ちょっと行ってしまったりしてしまうかもしれない。

そうしていきなり、「整体師の先生に脳の神経をつなぎ直してもらい、躁うつ病が完全に治りました!」とか言い出すかもしれない。

 

でも、まあ、そのときはそのときだ。

急に万病に効くという謎の白い液体をネットで売り出したりするかもしれない。

けれど、そのときはぜひ、「そんなものもあるかもしれないな、買わないけど」というくらいの態度で見てほしい。

いや、お金は欲しいので、できたら買ってほしいけど(売る気なのかよ)、ぜひともしなやかな物事の見方というものを覚えておいてください。なにをえらそうに、という話ではあるけれど。

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by Bas Peperzak