コンサルティング会社にいたとき、新任の管理職向けの研修をやっていたことがある。
その研修の中で、「𠮟り方」は一つのジャンルとなっていた。
大人に向かって「叱る」のは、なかなか得られない経験であるから、管理職になった時には「叱り方」を学ばせたい、という意向を持つ経営陣はそこそこ多いので、それを反映した形だ。
*
しかし、本当に「叱ること」が重要なのか? という点については、あまり議論はなかった。
だが、「叱ること」と「マネジメント」は、私が観察するかぎり、研修や書籍などでは現状、ほぼセットで語られている。
「上司は部下を叱って当然」
「叱らない上司はむしろダメ」
「叱ることは、怒ることとちがって、その人のためになること」
そんな「常識」が、そこには存在している。
果たして、それは自明なのだろうか。
叱らないマネジャー
叱らないマネジャーを見たことがある。
この人は、「テクニックとして叱らない」というのではなく、芯の部分で「叱っても、成果が上がるわけではない」と、ドライに考えていたフシがあった。
例えば、部下が期日までに宿題を提出しなかったときのやり取りは、こんな感じだった。
マネジャー「今日が期日ですよね。」
部下 「すいません、まだ終わってません。」
マネジャー 「(ちょっと考えて)いつまでに終わりますか?」
部下 「申し訳ないです。明日までにはやります。」
マネジャー 「現在までの進捗を見せてください。」
部下 「これです。まだ全然終わってなくて……。」
マネジャー 「わかりました。これでいいです。ありがとうございました。」
部下に警告したり、問い詰めたりするのかと思いきや、マネジャーはするりとその仕事を引っ込めてしまった。
後で聞いたところ、その仕事は別の人に振り分けたとのこと。
そして、そのマネジャーは、「締め切りを守れなかった部下」に対して、次の仕事はとても簡単なものを与えた。
それこそ、「誰でもできる仕事」を。
彼はそこでまた、様子を見ていた。
部下が、それをクリアできればもう少し難しい仕事を与えた。
できなければ更に簡単な仕事だけを与えた。
彼は淡々と、ただ、「できましたか?」と聞き、できていればそのまま。
できていない場合は、その場で仕事を中止し、たいてい、自分で片付けるか他の人に対処させた。
叱ったら成果が出るのですか?
一般的に、会社は部下たちに「同じような仕事」を与えて、成果を競わせることが多い。
しかし、このマネジャーは全く反対のことを志向していた。
能力が高い者にはそれなりの仕事を与え、
能力が低い者には、低いなりの仕事を与えた。
そうして、評価にはそれが反映された。
特にボーナスには、大きく仕事の成果が反映された。
それを見て、私はマネジャーに一度、聞いたことがある。
「叱らない上司はダメと、研修で教えているのですが、マネジャーさんは全く叱らないですね。」と。
そのマネジャーは言った。
「叱ったら成果が出るのですか?」
ストレートに問われて、私は言葉に詰まった。
「部下を育てるためには、叱ることも必要かと。」
マネジャーは首を振った。
「20年、30年と積み重ねてきた結果が、今の彼らの能力です。今更私が叱ったところで、変わるとは思えません。」
私は食い下がった。
「叱られて本気になって、能力が伸びる方もいるのでは?」
彼は言った。
「彼らがサボるか、本気になるかは、私の管理の範疇外。私が責任を持っているのは、彼らの気持ちではなく、仕事の成果ですので。」
「叱るのも上司の役割」という思い込み
ただし、彼の名誉のために言っておくと、彼は決して「部下を放置するマネジャー」ではなかった。
成果には細かく気を配っていたし、部下の相談にも乗っていた。
ただ、決して「感じのいい人」でもなかった。
言葉を荒げることは決してなく、叱ることもしない。
部下の「出来ない」に対して、寛容ではあったが、評価は容赦ないため、おそらく、あまり部下からの人気はなかった。
中には、「部下への愛情が足りない」とこぼす人もいた。
しかし、私は彼を見て、「叱るのも上司の役割」という考えを改めざるを得なかった。
なぜなら、叱らなくても十分、仕事は回っていたからだ。
「叱るのは上司の役割」という方がいるかも知れない。
だが、叱られても大した改善もせず、「偉そうにして、腹が立つよなーあの上司」という、上司への不満をぶちまけるだけの人もたくさん見てきた。
「叱る」と「パワハラ」の区別がつかない人も多い現在、ある意味彼は、そうした環境に適応したマネジャーだったのかもしれない。
*
最近、ヒルティの「幸福論」を読み直したとき、次の一節を文中に見つけた。
悪は激しくしかったり非難したりするには及ばない。たいがいの場合は、明るみに持ち出すだけで十分である。
そうすれば、たとえ表面上は抗弁しても、どんな人間もある良心において、それは自らを裁くのである。
それゆえ、非難すべき人と話す場合には、落ち着いて静かに、事柄を包み隠すことなく、別段柔和を装うこともなく、あっさりと、怒らないで話さねばならぬ。
おこってみてもいくらかでもよくなることなど、めったにないからである。
私の記憶の中の、あのマネジャーは、ちょうどヒルティの述べるような態度だったな、と改めて思ったので、ここに記事にするとする。
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(2026/6/2更新)
【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
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