つい先日、「消費者は、企業の理念などどうでもよい」という話を、雨宮さんが書いていた。

たいていの一般人は買い物には「コスパ」が重要で、企業の理念になんて、これっぽっちも興味がない。

ナイキのスニーカーを買ってる人って、ナイキの企業理念に賛同して、それを本気で信じてるからなの!?

……正直、「そんなわけねーよ」って思う。

おっしゃる通りで、私はナイキのスニーカーをこれまでに何足も買っているが、ナイキの企業理念を見たことはないし、これから見ることもないだろう。

ちなみに、アップル製品も数多く所有するが、アップルの現在の企業理念も知らないし、興味もない。

 

私にとって重要なのは、製品の便益であって、企業理念ではないからだ。

 

しかし、「理念を気にして買い物をする人」は、例外的な人々だとしても、「理念」を気にするビジネスパーソンは少なくない。

なぜか。

 

実は、「企業理念」が、全くの役立たずなのか、と言えば、そうではないからだ。

「企業理念」は、実は、そこで働く経営者、そしてそこで働く人々にとって、それなりの意味がある。

 

 

かつて、私はコンサルティング会社で、「コンサルティング」ではなく、研修や人材育成プログラムを売っていたことがある。

というのも、私が所属していた部門の主力商材が、コンサルティングから、人材育成にシフトしてしまったからだ。

 

実際、「コンサルティング」という商材は、テーマの流行り廃れが極端だ。

例えば今はDX(デジタルトランスフォーメーション)やwebマーケティングが流行で、各社が参入しているが、一昔前は、企業戦略、ERP、国際会計基準、ISO、CSRなどが流行っており、ほとんどのコンサルタントは、それでメシを食っていた。

 

しかし、流行には必ず終わりがくる。

コンサルティング会社は、その流行に合わせて商材を変え、コンサルタントもスキルを変化させていかなければならない。

 

だから経営者は当時、急激に売り上げを伸ばしていた「研修ビジネス」へ、徐々に人をシフトした。

要するに、「コンサルタントから研修屋へ」の切り替えを急いだのだ。

 

だが、どうしてもその流れへの適応が遅いコンサルタントもいる。

しかも、私が所属していた部門では「研修」を一つ下に見下す人たちが存在しており、「コンサルタントなのに、研修を売るなんて嫌だ」という人が少なからずいた。

 

そのため、コンサルタントが、研修売りに転身するためには、意識の変革が必要だった。

 

 

しかし、「お前らが扱う、流行りが終わった商材なんて、大して売れないのだから、つべこべ言わずに流行りの商材を売れ」と言われて、どれだけの人が納得して動けるだろうか。

 

まあ、コンサルティングにこだわりがあったり、プライドが高い人たちは動かない。

「自分の給料がどこから出ているのか、わかってるのか」と言われても、動かない。

 

だったら、クビにすりゃいいじゃん、と思う方も少なくないかもしれないが、そういうことを安易にやると、会社が荒れる。

自分から辞めていくのは勝手だが、会社がクビにするのは、筋が悪いやり方だ。

 

そこで、経営陣は一計を案じた。

「我々の存在意義は、中小企業を活性化することだ。そして活性化のためには人材育成が重要だ」と企業理念を再設定したのだ。

そうすれば、コンサルティングだけではなく、「研修」も「人材育成」も、商売の範囲に入る。

 

また、「研修はコンサルティングの入口商材である」とも定義した。

そうすれば、コンサルティングにあこがれて入ってきた新人たちも、納得して仕事できるだろうと。

 

このロジックをバカバカしいと思うだろうか?

そう思って、辞めていく人もいた。

 

しかし、それを「バカバカしい」と思わず、納得して仕事を一生懸命する人たちもまた、存在したのだ。

しかも、結構な数。(無論、私も含めて)

 

「つべこべ言わずに研修を売れ」と言われるのと、結果は大きく違ったのだ。

 

買い物をするときに理念は気にならない。

しかし、働き手の時には、理念は「居残る材料」として、気になる。

それが実態だ。

 

 

理念の重要性について、最も有名な演説の一つは、TEDで6千万回以上再生された、サイモン・シネックの以下の話だろう。

彼は、社員のモチベーションにおいて、優れたリーダーは「Why」、つまりなぜやるのか、という理念を明確に定義することで、人を動かすと述べている。

 

 

面白い動画なので、興味のある人は見ていただきたい。

「理念が人を動かす」という物語は、なかなかの説得力がある

 

ただし、実のところ「理念」は業績には大した影響はないことが調査によってわかっている。

ビジョナリー・カンパニーなんて、嘘っぱち。

ノーベル経済学賞を受賞した科学者であるダニエル・カーネマンがその疑問に答えてくれていた。カーネマンは端的に言えば「ビジョナリー・カンパニーは嘘っぱち」ときっぱり述べている。(中略)

『ビジョナリー・カンパニー』で調査対象になった卓越した企業とぱっとしない企業との収益性と株式リターンの格差は、大まかに言って調査期間後には縮小し、ほとんどゼロに近づいている。

サイモン・シネックは「whyは重要」と述べているが、業績に効くのはあくまで、事業と商品。

結局のところ、一般消費者にとって「理念」はオマケに過ぎず、事業と商品の力を覆すほどの力はない。

 

それよりも、「理念」は現場で動く従業員への影響のほうがはるかに大きい。

なぜなら、仕事はつらく、不本意なことも多いからだ。

そんな時に、共感できる「大義」があれば、つらくても自分を納得させることができることも少なくない。

 

実際、「転職は面倒」だし、「やりたいことと多少は違うけど、基本的な理念は共通している」ので、「我慢してもいいかな」と思える。

戦時において、兵士に「聖戦」だ何だと理由をつけて「大義」を刷り込み、戦地に送るのと同様に。

 

これが「企業理念」という物語の効用である。

 

 

ただ、「物語」は、悪用が簡単だ。

「やりがいの搾取」という言葉に表されるように、低賃金から生じる不満に対して、「物語」を食わせて仕事の納得度を高め、従業員の定着を図る会社も少なくない。

 

それゆえに、ワシントン&ジェフーソン大学英語学科特別研究員のジョナサン・ゴットシャルは、著書「ストーリーが世界を滅ぼす」の中で、物語のあまりの強力さに、警鐘を鳴らしている。

私たちは事実に基づいた論証を非常に警戒して聞く。批判的に、疑いながら聞く。論証がもともと信じていたことに反するならなおさらだ。ところが物語に没入しているときは、知的な防御が緩んでいる。

ゴットシャルは物語は簡単に武器になり、それを詐欺師、プロパガンディスト、フェイクニュース作者、カルト指導者、広告宣伝業者、陰謀論で稼ぐ人々、デマゴーグは直感的に理解している、と述べている。

 

実際、この本には「物語」の力の大きさを示した実例が数多く乗っているが、私は以下の例を見て、納得した。

昔々、アーネスト・ヘミングウェイが友人たちとレストランにいた。彼は酔った勢いで、自分の筆力をもってすれば小説1冊分の力をたった6語に込められる、と豪語した。

友人たちは鼻で笑い、できないほうに一人10ドルずつ賭けるよと言った。すると文豪はナプキンに六つの単語を無造作に書いて、テーブルを囲む面々に回覧させた。

各人はナプキンを一目見るや、渋い顔をして隣に回していった。そして全員が財布を出し、ヘミングウェイに10ドルを渡した。ナプキンに書かれていたのは次の6語だ。

For sale : baby shoes, never worn.(売ります:ベビー靴、未使用。)

 

 

どう思っただろうか?

 

さすが、ヘミングウェイと思った方もいるのではないだろうか。

 

私は一瞬にして、わずかな言葉で「赤子を失った、かわいそうな夫婦」の姿が浮かび、悲しい気持ちになった。

物語の強さ、そしてヘミングウェイの偉大さを思った。

 

そして、2重にやられたのは、この話は「フェイク」だという事実だ。

ヘミングウェイですらないのか、と。

 

私は目の前に提示された物語に対して、なす術なく、感情を操られた。

 

物語の力は強い納得感を生み出す上に、影響を受けていることを悟りにくい。

それを、「理念」の語り手たちは、もちろん知っている。

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。

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