DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルールという本を読んだ。

 

SNS上で「人生観が変わる」との絶賛の触れ込みでもって流れてきたこの本だけど、確かにとても面白い。

内容を一言でいえば「お金に振り回されずに、ちゃんと人生を楽しめ」というものである。

 

現代人は脳みそがお金に占領されすぎているが、そもそもお金なんて命ある限りの資産なのだから、死ぬ直前に資産がゼロ円になるのを目指す位が一番いいじゃないかという提言を著者はしている(だから題名がDIE WITH ZEROなのだ)

 

こう内容を一言でいってしまうと「そりゃそうだ」でしかないのだが、実際にはこの本は著者の半生記でもあり、要旨以上に色々と得るものは多い。

本を読むと著者の筆力もあってグイグイと引き込まれ、いろいろな考えが頭に思い浮かぶこと間違いなしである。

「自己啓発本はちょっと…」という人にも素直にオススメできる素晴らしい本だ。

 

拝金主義から逃れる為には一旗あげなくてはいけない?

さてこの本の分類だが、いわゆる巷に最近溢れているFIRE本の範疇といえば範疇だろう。

実際、この本の著者は働きすぎを戒めており、この本を推奨している人達も多くが早期リタイアを標榜しているタイプだった。

 

FIRE(Financial Independence, Retire Early)は日本語に翻訳すると経済的自由ならびに労働からの早期引退といった意味の標語である。

日本だと作家の橘玲さんが広く知らしめたこの概念はインターネット上ではとても人気があり、40歳になる前に億を超える資産を早々に築き上げ、遊んで暮らしたいという人が数多いる。

 

自分自身、この概念に強く惹き付けられていた時期は確かにあった。

特に苦労して入学した大学を卒業した後、労働市場に新卒として組み込まれる事に恐怖しか感じていなかった頃は、なんていうかお金が光り輝いてみえたものだった。

 

お金で買える幸せは生活を楽にはしてくれない

しかし30台も中盤となり、お金の事をほとんど気にしない生活をするようになってから、お金に対するものの見方は随分と変わった。

 

かつてはお金さえあれば全てが丸く収まると思っていた。

しかし現実はお金は心地よく生きるにあたっての潤滑油でしかなく、人生の歯車そのものには決してならない。

 

フェラーリやら料亭、都内一等地のタワマンなどといた、無理をして他人が作り上げた幻想に乗っかろうとすればお金は無尽蔵に吸われて消えてしまうが、そういうものに手を出して手に入る幸せは砂上の楼閣のように儚い。

そういうものを何度か経験してみる事は確かに人生における素晴らしい体験の一つではあるが、それらを無理してでも持続したいとは僕は思えなかった。

 

生活を楽にしてくれるもの。それは体力と精神力である

なにより、一番肝心な点としては、そういうステータスの維持は生活を全く楽にはしてくれないのである。

よく「こんなに稼いでいるのに生活が全く楽にならない」といっているタイプの人がいるが、そういう人の気持は実によくわかる。

 

結局のところ、お金をいくら稼いだところで生活は楽になるようなものではない。

他人からみれば稼いだお金でアレコレ外注したりして生活なんていくらでも楽にできそうにみえるものだけど、実際にそういう手段でもって生活が楽になった事例を少なくとも僕は一つもしらない。

 

それじゃあ一体なにが生活を楽にしてくれるのだろうか?

僕はかなり長い間、それが謎で謎で仕方がなかったのだけど、最近になってその正体の片鱗がやっとこさつかめるようになってきた。

 

生活を楽にしてくれるもの。それは体力と精神力である。

前置きが長くなったが、今回はそれを僕が心の底から理解するキッカケとなった過去の話を交えながら記事を書いていこうかと思う。

 

不摂生をしていると、30台から健診の数値は悪化する

今から2年ぐらい前の話である。その当時、僕は職場の人間関係が険悪な事もあって、物凄いストレスフルな日々にいた。

毎日他人の悪口が頭の中に渦巻き、その影響もあって運動もせずに暴飲暴食でもってストレスを発散させていた僕の身体は徐々に悲鳴をあげつつあった。

 

その影響もあって、年に一回の健康診断では数値が徐々に悪化の一途を示していた。

20代まではどんなにメチャクチャをやろうが、どんなにデブだろうがビクともしなかった数値が赤字を示す様はなかなかに興味深い。

ASTやALTといった肝機能の数値、悪玉コレステロールとして名高いLDLや中性脂肪の数値はグングン上昇し続けていた。

 

とはいえ「ちょいデブが一番寿命が長いっていうしな」とあまり気にはしていなかったのだが、血圧が130を超えた時はさすがに真顔になってしまった。

「30台前半でこの血圧はヤバイな…。このままいくと、血管が詰まるか破れるかするか、腎臓がぶっ壊れて透析になるかもしれん」

そう軽く絶望しかけた事を今でもよく覚えている。

 

自分を変えたければ「時間配分」「住む場所」「付き合う人」を変えるは正しかった

とはいえ絶望したところで生活様式が変わるはずもなく、僕はハイパーストレスの元で不健康を徹底していた。

 

その環境が終わりを告げたのは唐突だった。その後、当時の上司の奸計でもって超☆重過労な職場に飛ばされた僕は

「あっ、このままだと精神的に死ぬ。仕事の負荷がキツすぎて、心が保てない」

と一瞬で悟り、酒をほぼ断ち、1日12キロのランニングならびに2時間の瞑想という、それまでの自分だったら「おまwww悟りの境地を目指してる修行僧かよwww」とドン引きすること間違い無しな生活に突入する事になった。

 

かつて自分で元マッキンゼーの大前研一さんの名言を引用して自分を変えたければ「決意」より「時間配分」「住む場所」「付き合う人」を変えろという記事を書いた事があったが、それを地でやったのだ。

 

体力や精神力はお金では買えない。環境しか、それを与えてくれない

こうして超絶環境にコミットした結果、僕は体力ならびに精神力が異次元に貯蓄される事になった。

改めて振り返ってみるに、これらを30台中盤あたりで貯蓄できた事は本当に今の自分の真の資産になったなと心の底から思える。

 

今の職場は労働量だけでいえば全くといっていい程に金銭的対価は釣り合っていないのだが、そこで働く事で得られる体力と精神力という意味ではリターンは本当に凄い。

 

僕は明らかに2年前の僕とは人格が変わった。

この変化はお金を出しても絶対に変えるような性質のものではなく、そういう意味では良い環境に身を置けたなと素直に思う。

体力と精神力はお金を出しても買えるような性質のものではない。

まして意思の力でどうこうできるような性質のものでは絶対にない。

 

生活が楽って、こういう事だったのか

しかし、それらを手に入れる事の効用は馬鹿にはできない。

体力と精神力がついてどう変わったかを一言でいえば「生活が楽になった」である。

今の僕は肉体的な意味ではほぼ疲れないし、精神的な疲労も感じたら自分で徹底的にメンテナンスできるようになった。

 

かつての自分なら「働いても働いても生活が一向に楽にならない」と言っていたように思うが、今の自分はその言葉がどれだけお金に洗脳されたものだったのかを実によく理解できる。

 

働いても生活が楽にならないのはお金の問題ではなく、体力と精神力が無いからにほかならない。

残念ながら、お金はそのかわりにはならないのである。

その事に体力と精神力が身について、やっと気がつけた。

 

嫌なことは立ち向かってみたら、案外大したことない

現代社会はとにかく傷つくことが忌避されがちだ。

FIREムーブメントも一言で言ってしまえばココロが傷つく労働という環境から、お金の力を使ってどうにか脱出したいという思いでもって称賛されている側面があるように思う。

 

確かに…労働は楽なことばかりではない。

労働だけではなく、先にあげた例でいえば運動にしろ瞑想にしろ、大抵の物事はやり始めは苦ばかりで楽しい事などほとんど無い。

 

しかしそれは世の中のほとんどの良い事が実はそうなのだ。

例えば婚活は苦行ではあるが、結婚して子供を育て、色々と家族の時間を持てれば尊い最上の価値あるものへと変貌する。

 

このように人生はほぼ全てといっていいほどに良いとされるものは入り口が”傷つく”要素で満ちている。

だから辛かったり苦しかったりするようなモノをみたときには、むしろ辛かったり苦しかったりするから、くぐり抜ければ逆に何かいい事があるに違いないと思った方が、たぶんなのだけど予後はいい。

 

もちろん僕だって傷つくのは嬉しくはないのだが、それでもその傷が嫌だからと言って傷つかない選択を選んでも、あまり幸せにはなれないと思う。

労働にしろ運動にしろ瞑想にしろ、嫌なことは立ち向かってみたら案外大したことない。

覚悟を持って立ち向かう事さえできれば、そこから脱出を目指していた事が馬鹿馬鹿しく感じられる日が必ずやってくる。そういうものなのだ。

 

何かに依存し切るのではなく、主体的になる

現代日本はラクに手に入る快楽がとても多い。

数百円で誰もが旨いと思えるようなモノを食べられて、インターネット上には無料で上質なコンテンツが溢れまくっている。

そういうものをみて「傷ついてボロボロになるぐらいなら、もうこれぐらいで自分の人生は十分だ」と、低い目標にすがりつきたくなる気持ちはわからないでもない。

 

しかし実際に困難を乗り越えて良きものを獲得してみると、人生は瞬く間に別のステージへと突入する。こうなると人生は本当の意味で自由になり、他人に依存する人生から主体的な人生へと変貌を遂げる。

 

僕が思うに多くの人は人生を他人に依存しすぎている。

例えば誰かから嫌になる事を昼に言われたとしよう。それで不快な思いに一時的に陥るのは仕方がないが、それをずっと気にして夜も落ち込み続けていたとしたら、それは完全に自分で選んだ結果である。

 

それまでの人生で良いことも悪いことも色々あったのに、あえて落ち込むような事を考え続けるのは自分でそう選んだ選択に他ならない。

だから「アイツのせいでイライラする」と他責的な思考になるのではなく、「そういえば去年いった北海道旅行は楽しかったな」と主体的に思考を動かせば、現実は万華鏡のように見える姿を変える。

 

現実は多様であり、自分自身もまた多様である。

多様な人生において、何を選ぶかは全て本当なら自分の意志で決められるのだが、多くの人は世間や他人に”決められた”モノをみて生きてしまっている。

 

この状況が不幸なのは言うまでもないのだが、面白いことに多くの人が”安心”したいが為に最大公約数的な意見に自分を収束させたがるかのように、自分という主体を割と好き好んで捨てている。

 

FIREも実際に自分で3億円稼いでみて、主体的にそうだと決断するのなら、それはいい事だと自分は思う。

ただ「日本社会はクソだからFIREしないと幸せになれない」のように、借り物の思考を使って自分が不幸せな理由に答え合わせをするかのように目指していたとしたら、それは完全に他人に人生を奪われてしまっている。

 

傷つくアクティビティを乗り越えて、主体性的に良い人生を選択できるようになる。

それさえできれば、お金なんて些細な問題だったと、たぶん気がつけるはずだ。

 

 

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【著者プロフィール】

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高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように

noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます

Photo by lucas Favre