「まとめると……」と聞いたあとには、「まとめの話」が来ると期待している人がほとんどだろう。
が、私は「まとめると」のあとに、「全くまとまっていない話」をする人に、しばしば遭遇した。
例えば、夕礼でリーダーに「今日のまとめを手短に」と言われたある営業が、こんな感じで話をしていた。
「今日一日をまとめますと、朝リーダーから指摘があり、プッシュすればもう少し早めに受注できたはずだという事でなやんでいます。というのも、現在進行中の案件では、指摘の通りにしたいと思っていますが、同時に進んでいる案件は意思決定者と遠いので、ちょっとプッシュが難しいかもしれません、何か良いアイデアがあれば、相談に乗っていただきたいです。とりあえずやれることとしては、意思決定者と近い人物にコンタクトを取って、面会を申し込んでみます。ただそれほど親しくないので、アポをもらえるかはちょっとわかりません。なお、受注は1件でしたが、これは3月から追いかけていた案件で、リピートの受注です。リピートは他にも2件ほど見込みがありますので、引き続きお客さんへフォローをしたいと思います。ただちょっと気になるのですが、お客さんが競合を気にしていることで、「C社の出した新しい製品の機能が気になってるけど、あなたのところにも同じような機能のものがある?」と聞かれました。これはすでにリーダーに相談済みですので、新しいカタログをもって訪問してみようと考えています。ただ説明には不安が……」
こんな具合で、「まとめると」と最初に自分自身で言っているにもかかわらず、要点の分からないダラダラと話が続く。
本人はまとめているつもりなのかもしれないが、周囲の人は「まとまってないよな……話長い……」と、少し呆れている。
同じような話は他社でもあるらしく、上の話をしたところ、知人のシステム開発会社の部長が、「そういう人、うちにも結構いる。」と言っていた。
彼の話によれば、「結論から言えない人」も同様の傾向にあるという。
ある製品を採用可能かどうかの調査報告をお願いしたエンジニアに、「結論から報告して」とお願いしたところ、そのエンジニアは
「結論から言うと、まず最初に●●のような調査を行いました。調査方法としては……」と、言いだしたそうだ。
もちろん結論として上司が聞きたかったのは「採用の可否」であり、調査プロセスではない。
その部長は「結論から、って形式的に言ってるだけの人がいるんだよね……こういう人、どうしたらいいんだろうね。」と、ため息をついていた。
前にも書いたが、「結論から/手短に言う」という組織文化は、コンサルティング会社にも存在していた。
そのため、「急かさずじっくり待つ」「言い訳させない」「繰り返し伝える」など、様々な工夫が社内の環境として定着していた。
しかし、環境を整えても、なお一部の人は、上のエンジニアと同じように、結論から言うことにとても苦労していた。
その場合、文化や習慣とは違った原因によるもの、つまり認識能力によるものかもしれない、と思うようになった。
「わかる」=「分ける」
ではいったいなぜ、彼らは「まとめ」や「結論」を述べることができないのか。
単純に言えば、それは彼らが「結論やまとめ」と言う言葉の意味を理解しておらず、そして「重要な情報」と「その他の雑多な情報」などをきちんと分けることができていないことに由来すると推測できる。
実際、東京大学の人工知能の専門家である松尾豊は、この「分けること」こそ学習の根幹としている。
あるものがケーキなのか、寿司なのか、うどんなのか。
ある人にお金を貸してよいのか、案件にゴーサインを出していいのか。この広告を出してよいのか。
イエスか、ノーか。
うまく「分ける」ことができれば、ものごとを理解し判断し行動できる、と松尾は言う。
脳科学者の山鳥重は、我々の知覚系は「区別」し「同定」することを繰り返している、という。
例えば、鉛筆を鉛筆であると認識するためには、背景から鉛筆を「区別」し、これまでの視覚経験の中からそれとおなじものを照らし合わせて「同定」する。
例えば、同じものを見ても、熟練者と素人の間で会話が食い違うのと、同じ現象だ。
素人:この二つの絵は大して変わらないよ、同じ同じ。
熟練者:えー、全然違うじゃん。ほら色味の部分とか、ちょっと変わっていてすごく面白い。
素人:同じに見える……。
これをエンタメ化したのが、「芸能人格付けチェック」という番組だった。
出演者の芸能人に、「1億円の楽器の演奏」と「10万円の楽器の演奏」を両方聞いてもらい、どちらが1億円の楽器で演奏されているかを当てる、といったような番組だった。
一流と平凡のパフォーマンスの違いを認識できるかどうかは、脳に「区別」がインストールされているかどうかによる。
これはもちろん、演奏だけではなく、ワインの味や、絵の鑑賞、果ては将棋や囲碁の盤面の判断や、政治的な駆け引きなど、すべてに通じる。
専門家が、素人と異なる判断ができるのは、専門分野において「分ける能力」が高いためだ。
「ちがい」が「わかる」人になるには
したがって「結論から言う」ができるようになるには、脳に「結論」や「まとめ」といった言葉の意味が、きちんと「分けて」記憶されるよう、繰り返し記憶する→出力して練習する、というプロセスを繰り返し経験せねばならない。
あいまいなままでは、いざと言う時に、取り出して使うことができないからだ。
上述した山鳥は「わかる」は言葉の記憶から始まり、それは「名前」を記憶するのではなく、都度ちゃんと調べて正しく「意味」を記憶しなければならないという。
わからない言葉はきちんと辞書を引くか、誰かに聞くかして、その都度正しくおぼえておかねばなりません。
ITなどという記号を何となく雰囲気や脈絡だけから使うのはもっとも危険です。デジタル、アナログ、PCなどと言う記号をぼんやりとやりとりしていると、そのうちなんとなくわかったような気分になりますが、わかっているのは文脈から立ち上がる輪郭だけで、中身がありません。しっかりとした記憶心像はきちんと記憶しておかない限りつくれません。
(太字は筆者)
普段、何気なく使ってはいるが、「結論」や「まとめ」といった抽象的な概念は、具体的に心像を形成しにくいため、「分かる」状態になりにくい。
「数学が苦手」と言うのもこれに近く、「平方根」や「無理数」などは人間の五感で知覚できないため、認識して記憶するのが難しいのだ。
本当?と思う方もいるかもしれない。
それならば、試しに「結論から言え」と言う上司に、「すいません、今言われた「結論」の定義を教えてください」と問いかけてみてもいい。
本当に「分かっている人」ならば、明確な定義を説明できるはずだ。
でも、そうでないならば上司ですら「結論」をきちんと「分けて」記憶していない、ただ音だけを雰囲気で使っている人、という事になる。
上司ができていないのなら、何を要求されているかわからず、部下ができないのも、当然だ。
実際、山鳥は「浅い理解」と「深い理解」の違いを、「形の違い」にとどまるか「意味の違い」まで理解しているか、と言う部分においている。
例えば記憶障害のあるひとに、「ネコ」「サクラ」「デンシャ」というあまり関連のない単語を聞かせて「覚えてください」といわれると、なかなか覚えられない。
が、それに「漢字のイメージ」や「ものの姿のイメージ」を合わせて思い浮かべるようにしてもらうと、覚え方が少し良くなるという。
あるいは「エントロピー」と言う物理学の概念についても、熱力学の専門家なら、その考えが生まれるに至った歴史から始まって、その数学的定義、概念の正当さ、あるいはその概念の限界までさまざまなことを知っており、その理解は素人に比べてうんと深い、と山鳥は言う。
このように、一つのことについて多面的に知り、心の処理を深める、ということが、すなわち理解が深まる、ということなのだ。
したがって、いつまでも結論から言えない人に対しては、
・結論とは何か
・なぜ結論から言うことが必要なのか
・結論か言うことが必要なシーンとはどのようなシーンか
・結論から言わないほうがいいシーンはどのようなシーンか
等を丁寧に伝え、繰り返し訓練を施すことで、彼が「結論から言う」ことができる可能性は徐々に高まるだろう。
これは、私の経験とも一致する。
上司が単に「結論から言え」といった所で、部下がいきなりできるわけがないのだ。
余談:AIは「分ける」のが得意
前述した松尾豊は、赤ちゃんも、身の回りの事象を相関や独立といった概念に「わけて」いる、と言う。
おそらく、生後すぐの赤ちゃんは、目や耳から入ってくる情報の洪水の中から、何と何が相関し、何が独立な成分かという「演算」をすごいスピードで行っているはずである。
情報の洪水の中から、予測しては答え合わせを繰り返すことでさまざまな特徴量を発見し、やがて「お母さん」という概念を発見し、まわりにある「もの」を見つけ、それらの関係を学ぶ。そうして少しずつ世界を学習していく。
この行為は、AIが「ディープラーニング」として行っていることそのものでもある。
したがって、性能の良いAIは、「事物のつながり」や「物事の概念」について、人間よりもはるかに多くを知っている可能性が高く、それゆえに「結論から言う」のが得意だ。
ちなみに、冒頭の営業の報告を、自然言語処理のAIである、ChatGPTにかけると以下のようになる。
言わんとしていることは正しい。
ただし、まだこの要約は変な言い回しが含まれており、今であれば、要約の上手い人のほうがChatGPTに勝る「まとめ」を作れるだろう。
だがAIの能力の向上は著しい。人間がこうした分野で勝つことができるのも、もしかしたら時間の問題かもしれない。
AIが多くの平凡な人間の能力を超えたとき、我々に残された仕事とは、いったい何なのだろうか。
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【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
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