東京駅で新幹線に駆け込む前、お土産屋に立ち寄るといつもこんなことを考えている。

「この巨大なお土産売り場は、本当にこれでいいのだろうか」

 

考えてもみて欲しいのだが、お土産は本来、

「大事な人に喜んでほしいので、ご当地の名産を」

「旅先で美味しいものを食べたから、おすそ分けに」

といったような動機で買い、友人や同僚にお渡しするのが込めた想いだ。

 

しかし東京駅のお土産屋さんで見かけるお菓子や食品は、食べたことが無いどころか初見のものばかりである。

出張や旅行の手土産として、何をどうやって選べばいいというのか。

 

そんな中で、きっと多くの人がこんなことを思いながらお土産を買っているのではないだろうか。

 

(1)予算が合う

(2)美味しそうに見える

(3)値段の割に豪華に見える

(4)日持ちがする

(5)個包装で清潔に分けられる

 

私自身そう思いながらお土産の物色を始めるのだが、しかしすぐに嫌になってやめてしまう。

(見たことも食べたことも無いようなものをお土産としてお渡しするって、いくらなんでも不誠実だろ…)

(美味しかったと言ってもらっても、嬉しくもなんともねえ…)

 

そして最後には東京ばな奈コーナーに向かい、こんなことに気が付かされる。

「なるほど…だから東京ばな奈は、東京土産の顔になれたのか」と。

 

「お前の職業はなんや」

話は変わるが、私が証券会社の1年生だった頃、こんなことを豪語する頼りになる先輩が支店にいた。

「お客さんの接待でも彼女とのデートでも、予算と好みに合わせて美味いメシ屋を教えたるわ」

 

平成初期の話で、インターネットはビジネスユースでも贅沢品という時代だ。

当然、食べログもインスタもないので、飲食店の下調べと言えば「るるぶ」や「~の歩き方」シリーズなどの雑誌に頼る。

情報の少ない中、完璧でハズレが無い先輩の情報は本当に頼りになった。

グルメ誌に載っているような飲食店は見透かされ、がっかりされてしまうことも多かったので、困った時にはいつもアドバイスを貰っていた。

 

そんなある日、先輩のすごすぎる情報網が気になり、こんな質問をしたことがある。

「先輩、なんでそんなにたくさん美味しい店を知ってるんですか?よほど食べることが好きなんでしょうね」

「アホか。俺は食べることなんか全く興味ないわ」

「へ…?じゃあなんでお店の開拓なんかしてるんですか?」

「仕事のために決まってるやろ…」

 

すると先輩は、新しい支店に異動になったらまず、周辺飲食店の開拓から始めるという。

お金持ちの客の接待に使える店、後輩を連れて行くのにちょうどいい店、2件目で飲めるバーなど、用途・金額別に徹底的に調べるのだという。

 

「そんな事して、本当にお金がもつんですか…?食べることも好きじゃないなら、苦痛じゃないんですか?」

「桃野、お前の職業はなんや」

「…証券マンです」

「証券営業って、何をすることで給料をもらえるねん」

「…顧客から、手数料を頂いてです」

「アホ!それは結果論や!」

 

そういうと先輩は、“お金の本質”について熱く語りはじめる。

誰かを幸せにし、何かを良くするためにお金を使うことが、「投資」の本質であること。

良い投資をすれば、お金は必ず元手よりも大きくなり「ありがとう」と一緒になって帰ってくること。

その投資の本質を理解し、顧客に「正しい投資先」をご案内し幸せになってもらうことが証券マンの仕事であることを、一気にまくし立てた。

 

「だから俺は、ご縁があった人との幸せな時間のために投資している。美味い食事の演出ほど、正しくてコスパの良い投資はないからな」

「しかし先輩、そこまで投資して得た情報をなぜ、皆に惜しげもなくシェアするんですか?恥ずかしながら、私なら教えたくありません」

「お前がオレに感謝してくれたら、それもいつか返ってくるかもしれんやろ。これもまた投資や。期待してるぞ」

 

思えば先輩は、顧客をアテンドして出張するときも、必ず自腹で前泊していた。

後から知ったことだがその時も、飲食店を前日からハシゴして探し回り、当日こんな事を言いながら顧客をお連れしていたそうだ。

「たまたま大学時代の友人が地元で、いい店を紹介してもらったんです」

 

だがこんなことが何度も続けば、いくら鈍い顧客でもいずれ気がつく。

(もしかしてこいつ、毎回自分の足で調べて、オレの好きそうな店を見つけ出してるのか?)

 

そうなったらもう、その顧客はちょっとやそっとでは先輩から離れない。

相手を想い、共に過ごせる時間に“一期一会”の覚悟で臨んでいることが嫌というほど、伝わるからだ。

当然、そんな人間はそれ以上の熱意で良い仕事をするに違いないと、100の言葉で売り込むよりも心を持っていかれる。

 

誤解のないようにいうが、これは決して人心掌握術など小手先の技ではない。

私たちの時代、営業パーソンになると新入社員研修で必ず叩き込まれるテクニックに、こんなものがあった。

 

“接待の時は、顧客が吸うタバコの銘柄をあらかじめ調べ、2~3個持っていくこと”

“相手の好きなビールの銘柄を調べ、それが飲めるお店にお連れすること”

 

先輩は、こんなどうでもいい形ばかりの演出は完全に無視していた。

そんな下らないことで喜ぶようなヤツは客にしないとまで、言っていたように記憶している。

ご縁があった人に喜んでもらう”本質”を考え続け、自分らしいやり方にたどり着いたということなのだろう。

 

そんな先輩だったが、程なくして退職し独立してしまったので、短いお付き合いになってしまったのがとても残念だった。

しかし社会人1年生だった私には、先輩が教えてくれたお金、投資、一期一会の本質といった価値観は今も、色濃く刻み込まれている。

そんな先輩にはいつか、期待していると言っていた「投資のお返し」ができることを、今も夢見ている。

 

100円の”東京土産”

話は冒頭の、「東京ばな奈」についてだ。

なぜこんな、ド定番でありふれたお土産が長く、多くの人の買い物カゴに入れられ続けるのか。

 

東京駅の華やかなお土産売り場を歩きながら、初見の美味しそうなモノをカゴに入れる誘惑に駆られる時、先輩のこんな言葉を思い出す。

「お前、雑誌で知ったような店に彼女や大事な客を連れて行って、成功して嬉しいか?失敗して納得できるのか?」

 

そうだった…

俺はこのお土産について聞かれた時、なんて答えられるだろう。

 

「多くのお土産の中で、どうしてこれを買ってきてくれたのですか?」

(…美味しそうだったので)

 

「おすすめのポイントはどこですか?」

(…値段の割に豪華に見えるところですかね)

 

そんなこと言えるはずもなく、もうこのお土産はたった一言の会話で、相手との関係を危うくする可能性すらある。

「あなたへのお土産に、そこまで深い考えなどありません」

というメッセージが透けて見えてしまうからだ。

 

先輩は、顧客や後輩を連れて行った飲食店ではいつも最初に、こんなことを語っていた。

「社長、この店の赤貝、水槽から活きで食わせてくれるんで最高ですよ」

「桃野、この店は鯛めしが最高にうまいぞ。お前の給料でも背伸びしたら来られるから、一度彼女連れてきてやれ」

 

もう30年近くも前だが、そんなことを話しながらメニュー表を広げる先輩の顔を、今でもハッキリと思い出せる。

「なぜこの店に連れてきたのか」のストーリーが明確で、カッコ良かったからだ。

 

そんなことを思い出すと、お土産一つにどれだけの想いを込められるかに、とても手を抜くことなどできない。

しかし、新幹線の出発時間も迫っている…。

 

そんな時に「東京ばな奈」コーナーに行くと、相手に喜んでもらえるストーリーが容易に組み立てられることに気が付かされる。

定番の味はもちろんメープルカステラ風、マドレーヌ、パイやクッキーの変わり種といった選択肢…。

さらにグルテンフリーの米粉でつくったものや、レーズンサンドといった思い切った商品まで最近は見かける。

 

であれば、マルセイバターサンドが好きだという友人には、

「東京ばな奈がパクリでレーズンサンド出してたぞ、食べてみようや」

と語りながら、一緒に楽しめる。

 

小麦アレルギーのお子さんがいる取引先の担当者には、

「東京ばな奈が米粉でつくった商品を出してるの、見かけたんです。宜しければご家族で食べて下さい」

とお渡しできる。

 

誰もが知っていて食べたことがあり、美味しいという知名度を基礎にした上での、バリエーションがあるからだ。

だから最後には、つい東京ばな奈コーナーに吸い寄せられ、買い物をさせられてしまうということである。

 

なお先輩との後日談だが退職後、久しぶりにお会いした時に「ほれ、土産だ」と小さな紙袋を渡されたことがあった。

開けてみると、中身はメンソレータムの薬用リップ1本ただそれだけだった。

時期はまさに今頃、寒さの厳しい1月の末である。

 

言いたいことは、すぐに伝わった。

「唇をキレイにするだけで印象が大きく変わるから、手入れしろ」

「お前の活躍と健康は、いつも気にかけている」

 

たった100円でこんな”東京土産”ができるものなのかと、改めて先輩の人間力に敬服する思いだった。

そう思うと、東京ばな奈に頼っているうちは私の”お土産道”など、ヒヨッコどころではない。

 

そうしてまた、私は東京駅のお土産売り場で頭を抱えることになる。

 

 

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(2024/3/26更新)

 

 

 

【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

角ハイボールが好きな人は多いと思いますが、新幹線に乗る前に売店で買うのはオススメしません。
新幹線の中で買いましょう。
車内で買うと、同じお値段でコップと氷を付けてもらえるので、いつまでも冷え冷えで楽しめますよ!
(^v^)

twitter@momono_tinect

fecebook桃野泰徳

Photo by:高見 知英