私はかつて、広告代理店に勤務していた。

美容を扱うこともあって、まぁキラキラしている。しかも7割は女性である。

私はその会社の営業部隊に属しており、最も「キラキラ」を求められるところにいた。

 

そこに勤務する営業の女性には、暗黙のドレスコードがある。

ネイルはバッチリ、まつげはエクステ、髪はいつも整えられ、メイクは派手過ぎずトレンドを抑えないといけない。

金も手間もかかるのに、みんな好きでやっているので苦ではない。

もちろん貯金は0円だ。

 

一方、営業の男性はというと、ここぞとばかりにチャラい。

大体にして肌が黒い。8割が渋谷の日サロに通っている。

刈り上げ、またはパーマをかけた黒髪に、程よく鍛えられた肉体を誇る。

冬には、黒のタートルネックに灰色のノーカラージャケットを羽織っちゃう系のチャラさである。

 

そんなわけなので、ご想像の通り私の部署はとにかく年齢層が若かった。

ほとんどの上司は20代後半で、部長も30代前半。

平社員の年齢層は20代半ばだ。

 

要するに「遊び盛り」。

女も男もみんなチャラいんだから、何があってもおかしくないのである。

 

最初の違和感は、ある昼下がりの非常階段

当時の私も、例に漏れずまぁチャラかった。

見た目は清楚にしていたが、それは男を寄せ付けやすくする作戦でしかなかった。

身体の関係だけで即終了、なんてことも普通だったクソ女だったのだ。

 

ただし、色々面倒なので、本性は会社の誰にも話していなかった。

そんなわけで男と連絡を取り合う時は、必ずトイレか非常階段を使った。後ろからのぞかれないようにするためだ。

 

あの日の昼休みも、非常階段でひっそり男と連絡を取るつもりだった。

「今日会う男はどんな顔だったっけ」などと思いながら、廊下を通って非常階段へ近付いていくと、急に非常階段のドアが開いた。

とっさのことに驚いて、私はなぜか廊下の隅に隠れてしまった。

 

ドアから出てきたのは、営業部の部長と新卒2年目の後輩だった。

私には気づいていないようだ。

 

サークルの延長のような仕事場では、上司と新人の外出は割と頻繁にある。

それは部長になっても例外ではない。寧ろたたき上げで若くして部長になっているだけあって、営業力はピカ一なので、新人はよく部長に同行するのだ。

 

でもその時は、いつもと少し雰囲気が違っていた。

 

(距離が近い…)

 

私がよく使っていた非常階段は、オフィスから少し離れたところにあり、喫煙所と真反対にある。

ほぼ利用する人がいないのに、二人で出てきたことにも違和感があった。

隠れてしまった手前、バレるわけにもいかず息を殺していたので、二人の気配がなくなるまで隠れていた。

 

私は何だかモヤモヤした気持ちを残しつつ、男への連絡に精を出したのである。

 

99%黒 1%白

非常階段で居合わせたときから、上司と後輩の関係を疑い始めた私は、何となく二人の様子を窺う癖がついていた。

結論から言うと「男女の関係に進展している」という確信が持ててしまった。

 

何せ近い。

距離が恋人同士のそれなのである。

ちょっと資料を見せに行くだけなのに、謎に肩が触れ合っているし、見つめ合う時間が長すぎる。

 

なぜ今まで気づかずに来れたのか、謎過ぎるほどの距離感だ。

なんなら、社内では既に周知の事実だったようだ。

トイレに入ろうとしたら、先輩たちが噂していたのを聞いてしまった。

もはや部署内で気づいていないのは、私だけだった説すらある。

 

社内恋愛は全く悪いことではないのだが、この上司には問題があった。

妊娠7か月の奥様がいる、既婚者なのである。

 

別にただの噂だし、二人が不倫関係にあるかどうかを決定づけるものもない。

99%黒だろうが、1%の確率で白の可能性もある。

余計ないことに巻き込まれたくないので、私は総スルーを決め込むことにした。

先輩や後輩の噂話も、知らぬ存ぜぬを突き通していた。

 

にも関わらず、神は残酷だった。

私は総スルーを決めたはずなのに、決定的なことが目の前で起きてしまったのだ。

 

不倫上司&後輩とホテルで隣同士事件

金曜夜、私はお馴染の男と渋谷にいた。

やることは決まっているので、ササっと食事をした後はふらりとホテル街へ行く。

その時はなんだか気が緩んでいたのか、渋谷に落ち着いてしまった。

渋谷は自分の職場があるエリアなので、いつもは絶対に選ばないのに。

こういう油断がとんでもない事件を巻き起こすのである。

 

金曜ということもあり、まだ21時だというのにホテルはどこも満員だ。

みんなお盛んよねぇ~、と自分のことを棚に上げつつ、私はホテルの待合で待っていた。

 

待合には何組かいるようだが、隣にいるカップルがひと際声がデカい迷惑客だった。

 

「もうやだ~」

「え~、いいじゃん別に~」

「まだ駄目だよ~」

 

うるせぇな!節度を守れ節度を!

若干イラつきながらも、仕方ないと隣の男に集中しようとしたが…私は気づいてしまった。

 

(この声、聞き覚えがある…)

 

嫌な予感がした。

女の声も、男の声も、今日耳にしている。会社の会議で話しているからだ。

私は一気に冷や汗をかいた。

 

(上司と後輩だ…)

 

もう最低最悪である。

1%の可能性を信じて総スルーしてやったのに、全然黒じゃん!!!

しかも稀に見る迷惑客…辟易するとはこのことだったか…。

私が隣の男の存在を忘れて、脳内大会議をしていると、

 

「1番でお待ちのお客様~」

 

おばちゃんの呑気な声が聞こえてきてた。

 

そこで立ち上がったのが例の迷惑カップルだ。

頼むから上司&後輩じゃありませんように~~!!!

 

私は神に祈る気持ちで、個室シートから二人を見やった。

 

(……神などいない…)

 

普通に上司と後輩だった。

しかも上司が後輩の尻を揉んでいるところまで目撃する始末。

 

(人前で頭を抱えることってあるんだ…)

 

隣の男が私を心配しているような気もするが、今はマジでそれどころではない。

 

私の特大ミスをバッチリカバーし、逆に顧客の信頼を勝ち得て商談を成功させ、「これが俺の仕事だから」と、颯爽と帰っていった上司。

小動物のような可愛らしい見た目と爽やかな笑顔で、新卒時代から皆を魅了し、何事にも一生懸命取り組んでいた、頑張り屋の後輩。

 

え?走馬灯??

二人とのこれまでの思い出が一気に蘇ってくる。

 

身内のアレソレがこんなにきついとは…。

私は人生で初めてくらいの「特大病み」を体験しながら、頭を抱えてうつむいていた。

 

どれくらいそうしていただろうか。

ふと気づくと、いつの間にかエレベーターに乗っている。

どうやら、いつの間にか私たちの順番が回ってきており、部屋に入れる状況になっていたらしい。

驚いて隣を見ると、男が心底心配そうに顔を覗き込んできた。

 

「外出た方がよかったかもしれないけど…。マジで具合悪そうだし、ゆっくり休めたほうがいいと思って、部屋通してもらったよ…?声かけたんだけど、返事がなかったから勝手に判断した、ごめんね…」

 

私がガン無視を決め込んで大変困っただろうに、私の具合の悪さを心配してくれている。

致すこともせずに、ただ私を休ませるためだけに中に入ってくれたのだ。

 

お前、イイ男だな~~~!!

絶対大事にするからな~~~!!!

 

私は隣の優男に癒されて、気力が徐々に回復してきたのを感じる。

よし、今日は頑張ってサービスしちゃうぞ~~!!

 

やる気に満ち溢れながら、自分たちの部屋に入ろうとしたとき、また私は固まる。

隣から聞こえてくる声に、反応したのだ。

 

(この声…聞き覚えが…)

 

どうやら隣の部屋の玄関付近で致しているらしく、廊下に丸聞こえだ。

通常時ならそれも興奮の材料になるのかもしれないが、今回はそうはいかない。

上司と後輩の声だからだ。

 

もうすごい。とにかくすごい。

声デカい。

 

発狂しかけた私は、鬼の形相で優男から鍵を奪い取り、必死で部屋に入る。

ああ、もうこれで大丈夫だと安心したのもつかの間。

 

(き、聞こえる…!!!!)

 

余裕で聞こえる。

部屋の壁が薄いの?それとも声がでかいの??

とにかく聞こえるのである。

 

とうとう私は発狂した。

無理。本当に無理。

 

「優男くん、ごめん!!!!」

 

バーーーーーン!!!とドアを開けると、私は逃げ出した。

もう無理だった。

ホテルの部屋に残してきた優男も、受付のおばちゃんも、待合のカップルも、みんな驚きの表情を浮かべていたと思うが、私は稀に見る速度で、渋谷の街を駆け抜けたのだった。

 

後日談&まとめ

結局、優男とはそれきりになってしまった。

私の頭と心を心配したのか、それとも自分のせいだと思ったのか…。

一応メールで謝罪はしたが、話がややこしくなるので、上司と後輩のことは伏せておいたのが良くなかったのかもしれない。

そのまま当たり障りのない返信がきて、ぱったりと連絡が来なくなってしまった。

私も申し訳ないやら気まずいやらで、自分から連絡することができなかった。

 

なんだよ!!せっかくイイ男だったのに!!

なんで私がアイツらのせいでこんな目に遭わなきゃならんのだ!!!

ガチギレしたいものの、激ヤバ案件過ぎて誰にも言えない。

 

しかも私はあの日から、「上司と後輩の致している声が職場でリフレインする病」に侵されていた。

もう、本当に最悪。

 

私が倒れるのが早いか、上司と後輩がどうにかなるのが早いか…。

共倒れの可能性もありつつも、私は1か月間よく耐えた。

 

しかし、時はやってきた。

出社すると、会社が大騒ぎになっている。

 

「ねぇ!ちんかぴちゃん、メール見た!?!?」

 

先輩が興奮気味に話しかけてくる。

何かと思ってメールを見ると、後輩が全社配信でとんでもないメールを送っていた。

 


 

お疲れ様です。

突然のご連絡失礼いたします。

 

私○○は上司である◆◆部長と身体の関係を持っていました。

結婚してくれるって言ってたのに、私とは結婚できないそうです。

私は裏切られてとても傷つきました。

もう◆◆部長とは一緒に働けません。

 

私は今日限りで退社させていただきます。

今までありがとうございました。

 

○○

 


 

絶句した。

23歳はやることが違うのだろうか。とにかくすげえ。

極めつけは添付ファイルだった。

 

明らかに事後であろう上司の寝顔が写っていた。

ん?ジャ〇ーズの匂わせファンかな?

 

とにもかくにも、社内は大騒ぎ。

別部署の人もやじ馬で営業部に来るので、その日一日は全く仕事にならなかった。

迷惑かけすぎィ!!

 

そのあとは電光石火のような日々だった。

暴露当日、上司は社長に呼び出され、大目玉を食らっていたようだ。

普段穏やかな社長の激しい怒鳴り声が会議室から漏れ聞こえていたし、よほど大きな問題になったらしい。

 

暴露があった日から、上司は有給消化の上そのまま退社、後輩は飛んだ。

風の噂によると、後輩は上司の奥さんにも連絡をしたらしく、それが原因で離婚係争に至ったそうだ。

 

私にとっては完全に巻き込み事故でしかなかったが、口の堅さが幸いして火傷を負うこともなかった。

つくづく、口は災いの元であることを実感した大事件だった。

 

やっぱり、男遊びも女遊びも、隠密行動に限る。

遊びたいなら、「絶対にバレない」という不文律を徹底し、1mmの隙もなく行動するべきだ。

でないと、いつか火傷してしまうかもしれないから。

 

貴方も、どうか気を付けて。

 

 

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