わが社

わが社は従業員数を両手の指で数えられるくらいの零細企業である。独自の技術を持ち、高い利益あげている、などという話はない。基本的に赤字だが、なぜか昭和のころから令和の今まで生き残っている。

 

従業員はまったく増えず、ひたすら社員の平均年齢だけが上がっていく。

おれが一番の若手になって二十年以上か。限界集落ではなく、限界企業だといえる。

 

が、なぜかわからないが、ある上場企業に目をつけられた。

わが社に出入りしていた帝国の人が独立してM&Aを手掛けるようになった。その紹介でなぜだかわからないが、そういうことになった。

 

正確にはM&Aではなく、税理士事務所も「こんな方法は初めて見た」というような方法で、正式に子会社でもなく、なんともいいがたい(おれもわかっていない)、関連企業となった。面倒くさいので、おれのなかでは「親会社と子会社」ということにしている。

 

というわけで、わが社はその企業の後ろ盾もあって、いろいろとあれこれして、ゾンビ企業としてさらに延命することになった。なにせ、上場企業がバックについているのだ。リスケもうまくいくというものだ。

 

こういう体制になってから、毎月ちゃんと給料が出るようになった。

ちゃんとした給料という意味ではない。「毎月ちゃんと」という意味である。

 

しかし、それだけでもどれだけおれの精神的不安が解消されたことであろうか。「今月は10万円で我慢してね」というようなことがなくなった。

定期的な給料は人間の精神を安定させる。……いや、でも、おれの双極性障害が治ったわけではなく、月に何日かは伏せって出られないわけだが。

 

上場企業の社長が月一で来る

して、その上場企業の社長が月一でわが社に来る。わが社の経理的な資料を持って、はっぱをかけに来る。だいたい、一時間から二時間くらい会議をする。

おれは、その時間を密かに楽しみにしている。

 

いま調べたが、日本の上場企業は3,800社くらいあって、日本の株式会社の0.1%くらいらしい。

その中でも、叩き上げで企業を興し、オーナー社長になっているのは何人くらいだろうか。

それはわからんが、おれのように高卒から底辺を歩んできた人間にとっては、見たことがない人種ということになる。自分のまわりでは激レアさんということになる。その話を聞くのはおもしろい。

 

おもしろい、といったところで、おれがビジネスマン的に成長したいとか、将来起業したいとか、そういう意識はいっさいない。ただ、底辺を生きていては出会うことも、話すこともない人の話がおもしろいというだけだ。

 

そんなスタンスなわけで、おれも「親企業の社長様のお話だ」とかしこまることもない。平気で反論したり、いい加減な展望を語ってみたり、なにか話を引き出そうとしたりする。どうせあなたにちょっとした損を負わせて消えゆくだけの存在だ。

 

だったら、この機会を、ビジネスマンのふりをして、なんか興味深い話を聞かせてほしいということである。おれは左耳に三つピアスをつけているチンピラ中年である。

 

するとやはり、出てくる話がおもしろい。興味深い。「ああ、ビジネスというのはこういうものか」などと勝手に思ったりする。

むろん、おれとて、話を聞いただけ聞いて、「ああ、おもしろかった」と終わらせるつもりもない。いただいたアドバイスやなにかは、活かせればいいな、と、思う。実行することもある。実行して、ほめられたりもする。悪くない。

 

だが、決定的にわが社にはパワーがないのである。パワーとはなにか。ビジネス用語でそれをどう言い表すのかわからん。

ともかく、まず頭数が足りていない。そして、投資してチャレンジするだけの金がない。

 

わが社としては、親会社的なものができて、人と金の援助を得たら、一発やれるんじゃないかという意図があった。たぶん。

でも、どうも、向こうもこちらのビジネスのやりようをわかっておらず、人も出してくれず、うーん、どうなるんだろう、みたいになっている。やばい。もとからやばかったけど、やばいのには変わらない。

 

横の展開のアドバイス

わが社の少しながらの強みというのは、安定した顧客と友好関係にあるということだ。

どう安定しているかといえば、官のような組織とかなり長年にわたってよい関係を築き、信頼を得ているということだ。

とはいえ、官的なものゆえ、高額な案件は入札ということになってしまうし、不景気のご時世、予算が潤沢ということもない。

 

これについて、上場企業の社長はどういう発想をしたか。

そのような顧客を増やすというのはなかなか難しい。だったら、その顧客に、別のものを売れ、ということだ。人間関係はできている。それを活かさない手はない。

しかし、同じものを売り続けていてこの有り様だ。だったら、別のものを営業して、別のものを売るべきだ、という。

 

そのために、ではないけれど、親会社はまた別の会社を買収したという。

わが社が扱っていないものを提供できる。その顧客にとって必要なものではある。でも、そこにはそこに、わが社のように関係が構築できているべつの会社があるであろう。

 

わが社が「このたび、親会社がこのような事業を始めたので、うちにも参入できる可能性はありますでしょうか?」というところから打診しなくてはならない。でも、その打診をやってみる価値はあるという。

 

顧客の数を増やすか、今ある顧客にべつの価値を提供するか。どちらが正解ということもないのだろうと思う。

しかし、深い関係のある顧客にべつの価値を提供する、べつのものを売る。これが事業拡大の一つだという。

 

わが社としては、専門外の分野について売り込みをするのは、なにかしら抵抗がないわけでもない。

しかしながら、新たに十年、二十年、それ以上の信頼関係を新たに構築する時間はない。だったら、同じ顧客にべつのものを売れ、サービスを提供しろ。

 

なるほど、そういう話もあるのか。親会社自体、そういう方向で事業の拡大を試みているという。

一年のなかの最も繁忙期には、ある商品の注文を断るレベルになる。しかし、裏を返せば、その繁忙期のMAXの注文がこの会社の上限であって、それが365日になれば、それが会社の得られる富の上限ということになる。

 

繁忙期は一年中続くものではないし、そうなったところで上限は見えている。これではいけない、と、上場企業の社長は思うのだな。

そこで、べつの商品やサービスを顧客に提案してみる。すると、食いつきが悪くない。だったら、その分野を伸ばしてみて、同じ顧客にべつのものを提供する。それによって限界を突破する。

 

そうやって、会社をでかくしていく。そのためには、必要な会社を買収したりする。

当たり前のやり方なのだろうか。でも、すげえな。そういうことか。

 

わが社はもっと顧客を増やせばいい具合にいく、そんなふうに考えていた。

既存の顧客にべつのものを売るということは考えてもいなかった。というか、わが社にはべつのものを作り出したり、展開する余裕がないのである。

人も金もとくに出してくれない親会社が、そこのところの展開について提供してくれるなら、悪くない話ではある。

 

もちろん、うまくいくかどうかもまったくの未知数だ。

だが、顧客を増やすのではなく、今いる顧客にべつのものを提供してお金をもらう。そういうものなのか。

 

横の展開はべつの分野でも成り立つのか

「横の展開」というのは、おれが一人で勝手に名付けたものなので、それをビジネスの世界でどう言うのかは知らない。

ともかく、顧客を増やすのではなく、同じ顧客にべつのものを提供する。それによって稼ぎを増やす。そういうものだということにする。

 

で、これはビジネス以外にも通じる話なのだろうか。

おれは余計なことを考える。なぜならおれは、ビジネス一筋の人間ではないからだ。むしろ、ビジネス、サラリーマンであることを人生の真ん中に据えてすらいないからだ。

 

たとえば、国家、政治ではどうだろうか、などと考える。

ある政治家が顧客という有権者、支持者を抱えている。顧客を増やすというのは政治家にとって至上命令であろう。

多くの支持者がいるから選挙で勝てる。選挙で勝たなければ政治家という最低限の地位を得られない。数が大事だ。

 

とはいえ、ある政策、政治思想をより多くの人に浸透させ、増やすことが可能であるのか。

活動を活発させることによって、増えていくのだろうか。そこには上限があるようにも思える。

 

と、すれば、べつのものを売ることも必要かもしれない。べつのものを主張することにより、支持者が増えるかもしれない。

これは政治家にとって悪くない話だ。が、そのべつの主張が本来の主張と相反する可能性もある。八方美人ではうまくいかないかもしれない。政治は難しい。

 

一度、ある主張で安定した顧客、当選に可能な支持者を得ることができたのならば、それを維持することに固執することが正解かもしれない。

かといって、ある主張というものが常に正しく支持を得られるものではないかもしれない。政治の時流が変わる可能性もある。

 

まあしかし、そんなダイナミックな動きが起こらないのも昨今の日本政治なのだろうが。

いずれにせよ、確立した支持の関係において、それが十分なのであればべつの要素は必要ないのかもしれない。
また、べつのケースを考える。たとえば、一対一の恋愛感情などだ。

……これを共同幻想と対幻想のケースを考えているなどと高尚なことは言わないでほしい。おれにそれだけの知恵も知識もない。

 

で、たとえば恋人について横展開するというのはどうなのか。

これはもう、話が違う。「多くの恋愛関係、肉体関係を作りたい」というのなら、またべつの話だろうが、「君だけにモテたい」という話ならば、縦の展開、さらに多くの顧客を得る必要はない。それはべつの目的だ。

 

だとすれば、ある対象に対してよりモテたいというのならば、その人に対していろいろな自分を提供することが必要になるだろう。

あれやこれやプレゼントかもしれないし、いろいろな自分の魅力を見せようということか。

 

うむ、よくわからん。なんか違っているような気もするし、どうもわからん。わかっていたら、おれは上場企業の社長だったかもしれないし、モテモテだったかもしれない。モテたいっすね。

 

儲からないものには見切りをつける

ほかにも、こんな話をしてくれた。上場するにあたって、合併しようとなった先達の起業家から「20億ある売上を10億にする覚悟はあるか」と。

 

売上は大きい方がいい。しかし、それより大切なのは利益だ。売上額が大きいものでも、自分にとって思い入れのある案件でも、ネームヴァリューがある案件でも、利益が小さいものは切り捨てなくてはいけないという。

利益がすべてだ。そのうえで上場できるのだと。

 

その覚悟というのは、なかなかに難しい。

しかし、それをやらねば上場企業をやっていられない。そういうものらしい。

 

その点、自転車操業のわが社などは、どの分野で粗利が高いかという数字すらあいまいで、呆れられる始末である。

わが社の社長は、ある分野について残したいとM&A的なものに託したが、果たしてその分野がリストラの対象になるのかもしれない。

 

そんでもって、利益率の高いことが明白な、べつの分野にピボットしろというようなことを言われている。それはほとんどおれだけが細々とやっているものである。やれればいいさ、できたらいいさ、たしかにざっくり金が入ってくる。元手がかからない。

 

それはわかっている。わかっているが、おれはそれの専門じゃないんだ、いざとなったとき、最後までやれる分野じゃないんだ、というのもある。

昭和から始めて、令和で事業分野を変えろ、顧客にべつのものを売り込めと言われても厳しいよな。

 

というわけで、とりあえず目の前の仕事をこなし、個人的には抑うつと戦ったり戦わなかったりしながら、むずかすぎるぜビジネス、という日々。

もちろんもとからやる気はない。上場企業の社長は知らざあ言って聞かせやしょうというが、いやはや、もう厳しいです、はい。

 

儲からないものに見切りをつけるとなると、おれがおれ自身に見切りをつけなくてはいかんので、それはなかなかに厳しいのです、はい。

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :Priscilla Du Preez