今日の話は、先日公開されていた『「戦わずして勝つ」というより、むしろ「戦ったら負け」なのだと気づいた。』に触発されたもので、共通点があるように思う。

 

とはいえまったく同じでもない。私は、戦うべき時には戦うべきだと思っているが、社会人が現実的に取れる戦闘スタイルは穏やかだとも思っている。たとえば上掲リンク先に登場する、

彼は困った事を頼まれたりすると「ふざけないでください!そんな事はできません!」というような強い威嚇を相手には絶対にしなかった。
代わりに、本当に困った顔をするのである。そして肯定も否定もせずに、話をどうにか保留するような形で座礁に押し上げるのだ。
すると相手が不憫に思うからなのか、その話が消えるか、あるいは折り合いが付きそうな妥協案へと徐々に落ち着いていくのである。

この「彼」の困った表情も、私には社会人の戦闘スタイル、闘争様式のひとつにみえる。穏やかでしたたかな、そんなコミュニケーション巧者なのだろう。

いまどきの社会人にはふさわしくない、ヘイト(嫌われ)を集めやすい闘争様式を回避しながらのコミュニケーションだとも思った。

 

そういうわけで、これから話す「ヘイト管理」の話は、上掲リンク先と重なる部分も多い。それでも文章にするのは、ヘイト管理が世渡りの秘訣として大変重要だからだ。

職場やコミュニティでの発言力や影響力を維持したければ、ヘイト管理がしっかりできているに越したことはない。逆にヘイト管理がろくにできていない人間は、発言力や影響力を削られる。

 

なお、「発言力や影響力なんてたいして要らない」と思っている人もヘイト管理は無視すべきではない。なぜなら発言力や影響力を削られると、職場やコミュニティで軽んじられたり、貢献が評価されにくくなったり、自分のピンチに気づいてもらいにくくなったりするからだ。

 

ヘイトを管理できない国には未来はない

人間社会を特徴づけているのは、闘争よりも協力や共存だ。狭義の闘争、たとえば殴ったり露骨に敵対しあったりするのは非効率だし、恨みも買うし、できれば避けたい。

好ましいのは、周囲からの好感を損ねることなく、それでいて自分(たち)に都合の良いように状況を変えていけることだ。

 

進化生物学者のジャレド・ダイアモンドによれば、自分(たち)に都合の良いように状況を変える営みは、行動学の分野では「コミュニケーション」と呼ぶという。また、軍事学者のクラウゼヴィッツは「戦争とは異なる手段をもって継続される政治にほかならない」と言い残した。

社内政治のなかで生きる私たちにとって、これらはそのまま当てはまることで、最も穏やかな話し合いや懇願も、自分たちに都合の良いように状況を変えるための営みという点ではコミュニケーションだし、政治闘争にもあたる。私たちは、コミュニケーションの常在戦場を生きている。

 

そのことを意識しながら、いったんゲームの話にうつりたい。「ヘイト管理」を考えるにあたって教訓的なゲームがあるので、それを紹介したい。

ゲームの名前は『ヨーロッパユニバーサリス4』。

いわゆる歴史シミュレーションゲームだが、このゲームの面白いところは「外交」が戦争や内政よりも重要なところにある。戦争や内政がどんなに上手なプレイヤーでも、外交が駄目ではヨーロッパ世界では生き残れない。

過去のヨーロッパ国家が外交をとおしていかに生き抜いてきたのか、あるいは滅亡に追い込まれたのかを疑似体験したいなら、このゲームは絶対にお勧めだ。

 

で、外交が駄目なプレイヤーだとどうなるか?

初回プレイ時の私は、以下のような状況を招いてしまった。

私がプレイしているのは青色の国、オスマン帝国だ。でもってたくさんのヨーロッパ諸国が赤や黄色に塗りたくられている。

これは、オスマン帝国が外交的に嫌われ過ぎて、「オスマン包囲網」がつくられてしまっていることを意味している。

別画面で確認してみると、ズラリと並んだ紋章が示すように、なんと11か国がオスマン包囲網に参加している!

そのうえオスマンには十字軍も提唱されていて、キリスト教国全体から公然の敵とみなされている。

 

戦争が始まった場合、この世界線のオスマンは11か国以上と戦わなければならない。

オスマンならギリギリ抗戦できるが、国力は大幅に低下するだろう。そして一度できあがった包囲網は長いことなくならない。

 

これに懲りた二回目のプレイでは、周辺諸国と仲良くやっていけるよう、外交に精いっぱい気を遣ってみた。

一回目のプレイとほとんど同じ領土を勝ち取ったのに、二回目の世界線には赤や黄色の国がない=オスマン包囲網がつくられていない。

ヴェネチアやハンガリーなど、史実でも戦った国々からはそこそこ嫌われているが、十字軍も提唱されていないし、オーストリアのような大国にも睨まれてもいないから大丈夫だろう。

 

一回目と二回目のオスマンの運命を分けたのは、まさに「ヘイト管理」だった。

 

一回目のプレイのオスマンは、割と無神経だった。

ヴェネチアやジェノヴァと争い、軍事力にまかせてエーゲ海の島々を占領した。そうこうしているうちに、どんどんヨーロッパの嫌われ者になっていった。

 

対して二回目のプレイのオスマンは、とにかく品行方正を心がけ、ヘイトが発生しにくいよう気をつかった。

戦争を占領するにも、なんらか大義名分のとおりそうな、他国からみて「まあ戦争するのも仕方ないかもな」と思ってもらえる条件が整うのをじっと待った。

 

それだけでは足りない。戦争の前にも後にも周辺国に外交官を派遣しまくって、とにかく関係改善に労力を注いだ。

贈り物を贈ったり経済援助を約束したり、金銭面でも外交に費用を傾けた。

 

つまり二回目のオスマンは、戦争が始まる前には必ず根回しをして、戦争が終わった後のアフターケアも欠かさなかった。

戦争に勝っても驕らず、周辺国の顔色をうかがい、事前にも事後にも友好度を稼ぐ。オスマン帝国のプレイでさえこれなのだから、弱小国の世渡りには「ヘイト管理」の外交が必須だろう。

 

職場でヘイト管理をしよう

これを踏まえたうえで、職場での社会適応について考えてみよう。

 

現実の職場では、武器をとって争うことはない。

しかし、職場の同僚と利害が一致せず、なんらかの争点が生まれることは珍しくない。悪評が立ってしまってリーダーシップが難しくなったり、包囲網とまではいかなくても、社内政治において孤立してしまう事態も起こり得る。

ほとんど同じことを主張しているはずなのに、Aさんの主張は反感を買わずに受け入れられ、Bさんの主張は反感を買いまくって受け入れられる……なんてこともあるだろう。

 

国と国の対立関係に比べれば穏便だが、それでも、職場でのポジションや人間関係はコンフリクトをとおして変化する。

だから現代人も「ヘイト管理」をして敵を増やさず、できれば味方を増やしておくにこしたことはない。

 

「ヘイト管理」の第一は、日ごろから好意を持ってもらいやすい振る舞いを心がけ、たくさんの人を味方につけることだ。

いや、味方につけるほど大層なものでなくて構わない。敵をつくらないための振る舞いを心がけて、実践することが大切になる。

 

「ヘイト管理」のための第一は、挨拶や感謝の言葉といった基本的なコミュニケーションを欠かさないことだ。これらが日常的にできているのとできていないのでは、勝手に敵が生まれてしまう確率はぜんぜん違ってくる。

ゴマをすりたい上司にだけ挨拶をして、どうでもいいと思っている同僚や部下、異なる部署の人に挨拶をしない、感謝をおざなりにする、等々は敵意がなくても敵を生んでしまうかもしれない危険な振る舞いだ。

 

二回目のプレイのオスマンが誰にもいつでも関係改善の外交を心がけていたのと同じように、嫌われにくく好かれやすい、そうした作法にもとづいたやりとりを私たちは日常的にやっておく必要がある。

そうすれば誤解やボタンのかけちがいを防ぎやすくなるし、万が一、誤解やボタンのかけちがいが起こってしまったとしても解決しやすくなる。

 

「ヘイト管理」のための第二は、自分のための主張をする場合も、職場全体のために提言を行う場合も、勝手に敵が生まれてしまう確率をできるだけ減らしながら発言することだ。

 

たとえば自分の立場や権利を守るために正論を述べる場合も、言い方やタイミング次第でヘイトを買う度合いは変わる。論としては正しくても、自分の立場や権利を喧嘩腰に・しつこく主張していては周囲の反応は冷ややかにならざるを得ない。

正論を通しているだけのはずが、余計なヘイトを買ってしまい、潜在的な敵を増やしてしまうリスクが高くなる。

 

自分のための主張でヘイトを買わない大前提として、日ごろから、他の人の主張にも耳を傾け、共感を示したり協力したりしているのが望ましい。そして正論を主張する際には、言い方やタイミングについてよく考えたいところだ。

 

職場全体を良くするための提言についてもそうだ。

職場全体を利する提言でも、言葉遣いがきつかったりたくさんの人の面子や立場を無視した物言いをしていれば、敵を作ってしまうリスクは高まる。そうでなくても、「なにもあんな言い方をしなくても……」と思われてしまうリスクは伴う。

 

職場への献身的な提言でさえ、変化に対する思いは人それぞれだ。おくびにも出さないだけで、内心ではその献策を嫌っている人、本当は損をすると計算している人だっているかもしれない。

そうした情況のなかで、居丈高に「献策する」、まして「オレさまが職場をよくしてやってる」態度をとるのは、優れたアイデアに泥をぬるようなものだ。よしんば職場がその提言を採用してくれたとしても、ヘイトを買ったり潜在的な敵を作ったりしてしまうリスクが高い。

 

職場のためになる提言をする場合も、腰の低い言い方を心がけ、同僚や先輩や後輩に根回しをしたうえで言うのが好ましい。

あるいは根回しの過程で提言に伴うリスクを先読みしたり、提言が職場の誰にどの程度の利害をもたらすのか予想したりしたほうがいい。

 

「ヘイト管理」をおろそかにして沈んでいった俊英をたくさん見た

ヨーロッパユニバーサリス4の国家運営と、現代人の職場での社会適応には違っているところも多い。

 

しかし、根回しの重要性、ヘイトを回避しマネジメントする重要性には、相通じるところがあり、ヨーロッパユニバーサリス4をとおして学び取れる教訓は豊かだと思う。いまどきの職場では包囲網や十字軍でボコボコにされる危険はないが、ヘイト管理をおろそかにしていると周囲の目線はどんどん冷ややかになり、気が付けば職場の居心地が悪くなったり、重要な決定から省かれてしまったりするおそれが生じる。

そうなってしまったら、どれほど優秀な人でもその職場、そのコミュニティのなかでの活躍はおぼつかなくなってしまう。

 

半世紀近く世渡りするなかで、そうやってヘイト管理に失敗し、人望を失ってしまう人を私はあちこちで見かけた。優れた知性の持ち主でも、ヘイト管理が下手だったり無神経だったりすれば台無しである。

立身出世や自己実現を目指せる人こそ、味方を増やし、敵を減らすための振舞い・物腰・モノの言い方を身に付けておくべきだろう。

 

 

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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)

 

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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Photo by Dima Pechurin