コンサルティング会社で管理職をしていたとき、一人、悩ましい人がいた。

彼は能力的には高かったが、今ひとつ仕事では飛び抜けた成果を出せていなかった。

 

なぜか。

それは、彼が「難しい仕事」を嫌がっていたからだ。

 

「皆がいつもやっている、通常の仕事」は滞りなく終わらせる。

しかし、少しイレギュラーな仕事や、やり方がまだ生み出されていない「動きながらサービスを作り上げる仕事」を彼は嫌がったし、実際そういう仕事をふると、小さい仕事であっても、彼はほとんどいつも拒否した。

 

だから彼にはいつも、標準化がすでにされている「定型的な仕事」しか渡せなかった。

 

だから、必然的に成果は「量」の競争になる。

標準化されている仕事は、ある意味新人でも少し訓練すればできるので、彼の価値としては、「新人よりも、そこそこたくさん仕事を回してくれる」というくらいしかない。

 

必然的に、彼の給与の伸びもストップした。

 

 

彼に不足していたのは一体何だったのか。

能力ではない。

仕事のやる気でもない。

 

私の考えでは、それは「勇気」と呼ぶべきものだったと思う。

 

ただ、誤解があると良くないので、きちんと説明したいのだが、ここでいう勇気とは、悪に立ち向かうとか、弱きを助けるとか、いわゆるRPGの「勇者」のような存在がもつ特性ではない。

また、◯◯チャレンジといった企画のように、「周りの人の目を気にしない」とか、「無謀なことにチャレンジする」とか、そういうものでもない。

 

あえて言語化すれば、組織やビジネスにおける「勇気」とは、言ってみれば「未知を扱うマインド」と言えるだろう。

言い方を変えると、「勇気がある」とは、「できないかもしれない」「努力が無駄になってしまうかもしれない」というおそれに対して、耐性が高いということだ。

 

彼は「未知のもの」に対して、徹底的に弱かった。

「できないかもしれない」

「失敗するかもしれない」

「怒られるかもしれない」

そんなふうに、いつも恐れていたように思う。

 

例えるなら、この低金利の時代に「元本保証ではないから投資はしない。預貯金しか信じない。」と言っているようなものだ。

 

しかし、実際には財産は、インフレに寄って目減りしている。

そうして「未知のこと」を拒否し続けた人間の行き着く先は、「先細り」である。

 

「勇気」を教えるにはどうしたら良いだろう

もちろん「先細り」を受け入れるのであれば、そういう生き方もある。

むしろ、そういうひとに「未知への対処」無理強いをするのは無粋だ。

 

しかし、彼は給料が上がらないことに対して、不満を持っていた。

「更に上を目指すなら、新しい責任と、未知の仕事を引き受けない限り、手に入らない」と何度も説明していたにも関わらずだ。

でも、彼にしてみればおそらく「こんなに働いているのに、なぜ給料を上げてくれないんだ」と思っていたのだろう。

 

しかし、彼が仕事を引き受けないのは、彼のスキルによるものではなく、彼のマインドによるものであったから、こちらとしては彼に何もできることはあまりない。

こうなると、お互い不幸である。

 

 

そういった事態を自社だけではなく、様々な会社で見るにつけ、私は「勇気」を持つことの必要性を感じた。

また、果たして「勇気」は後天的に獲得できるものなのか、ということが気になった。

 

ビジネスというのは、未知への対処がうまいほど、大きな成功をしやすいからだ。

 

いや、ビジネスだけではない。

人を助けたり、皆が困っている問題を解決したり、子供を育てたりすることなどもすべて、未知を扱う以上、「勇気」に関わる問題だと感じる。

 

結局、勇気の欠如の最大の問題は「自分の見える範囲でしか考えられない」ということなのだ。

他者と関わる場合、必ず未知の問題が発生する。それを恐れて何もしないのであれば、得られるものがないのも当然の結果だ。

 

「システム思考」で知られるビーター・センゲと、「EQ」で知られるダニエル・ゴールドマンの共著「21世紀の教育」では、未知への対処が、非常に重要な教育の項目となっている。

そして、こうした能力は、「やるべき範囲」や「出題傾向」が決まっている、学校の「受験」では身につきにくい。

学校教育は本質的には、予期しないことを嫌い、ランダムを遠ざけ、失敗をさせまいとするからだ。

 

しかし、上のような「未知への対処」は世界の各地で教育として取り入れられ始めているし、後天的に獲得できるものだとピーター・センゲらは確信しているようだ。

私もそれを信じたい。

 

文明は日常生活からリスクを排除し、快適さを提供し続けた。

しかし、どこまでいっても「リスク」をゼロにすることはできないし、他人と関わったり、未知に挑戦するリスクを取らなければ、貧しくなる一方である。

 

必要なのは「リスクを取らない」ことではなく、「リスクをうまく取るにはどうしたら良いのか」という知恵であり、実践的なノウハウなのだと、つくづく思う。

 

 

 

 

【著者プロフィール】

安達裕哉

元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。

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