ゾッとする話
とある友人の話を聞いた私は、思わずゾッとした。その内容とはこれだ。
「息子が小学生の頃の話だけど、右手の薬指だったかな?ばい菌が入って膿んじゃったのよ」
話はさらに続く。
「それで皮膚科を受診したんだけど、その時の光景が未だに脳裏に焼きついて離れないの」
ほぅ、それはいったいどのような光景なのか?
「膿んだせいで少し浮いてる爪を見た先生が、『お母さん、息子さんの顔をちょっとあちらへ向けてもらえますか?』って言うから、(息子の)顔をグイッと横へ向けたのね。そしたらその瞬間、先生がピンセットで爪をピッて剥がしたのよ!」
・・なんということだ。つ、爪を一気に剥がしただと!?
しかし、爪と肉の間に膿が溜まって浮いているわけだから、抗生物質を塗りこむよりも、爪を剥がすほうが治療もしやすく治癒も早い。つまりドクターの判断は正しく、そこについては特筆すべきことはない。
それよりも、「爪剥ぎ」の一部始終を目の当たりにした母の心境たるや、想像を絶する衝撃的な光景だったわけだ。
「先生は慣れているんでしょうね。顔色一つ変えずにシレっとしていたわ。でも、息子の顔を横に向けた瞬間、ほんとその瞬間に、ピッと剥がしたのよ。それで私が『え?!』と思った時にはもうガーゼが当てられていたから、息子は何が起きたか知らずに終わったのよね」
これはもはや「驚いた」どころの話ではない。目の前で最愛の息子の爪が剥がされたわけで、しかも、なんの前触れもなくいきなりピッとやられたのだから、母の思考が停止するのは当然のこと。ましてや、ここで母親がうろたえでもすれば、何かを悟った息子が恐怖を感じて泣き叫ぶ可能性もあり、不穏な挙動は避けなければならない——。
そんな葛藤と戦いつつも処置は終わり、親子は無事に病院を後にしたのである。
(爪を瞬間的にピッと剥がすって、テーブルクロス引きみたいな感じなのかな・・)
テーブルクロス引きとは、テーブルに敷かれた布の上に食器を並べた状態で、布を一気に引き抜く一発芸のこと。食器を倒すことなく布を引き抜く技術や精神力は相当なものだろう。
話を戻すが、一瞬で爪を剥がすという行為を明確にイメージすることができない私は、皮膚科医になるのは無理だと思った。
テーブルクロス引きもかなりの集中力と度胸を要するが、対象が「人間の爪」となると、テーブルクロスどころではない度胸と覚悟が必須なわけで。
もしも一瞬の迷いが生じれば、患者は激痛に悶えることとなり、皮膚科というものがトラウマになるだろう。それこそ拷問のような痛みと恐怖を与えるわけで・・これ以上想像するのは止めにしよう——。
よくよく考えると、歴史上さまざまな拷問が行われてきたが、その一つに「爪剥ぎ」が挙げられる。
読んで字のごとく「生えている爪を剥がす行為」であり、爪と肉の間に針やヘラなどを突き刺すことで強烈な痛みを与えつつ、対象者から自白を迫るという恐ろしいやり方だ。
文字にするだけでも背筋がゾクゾクするが、そのくらい爪を剥がすという行為は人間にとって恐怖の象徴であり、地獄の痛みを意味するのである。
・・という話を、私は今この瞬間に思い出した。プチンという鈍い音とともに、友人のアノ話が頭をよぎったのだ。
(あぁ、きっとこういうことだったんだ・・)
首に現れた異常
中年女性にとって、「加齢」ほど恐ろしい現象はない。
化粧や服装でカバーできる部分には限界があり、しかもやりすぎれば「痛いババァ」となるわけで、その塩梅は非常に難しいのである。
とくに相手から視認されやすい顔や首、手の甲については、歳を重ねるごとにチェックが厳しくなるわけで、カネをかけてでも若さを手に入れたいと願うオバサンは少なくないだろう。
そんな中年真っ盛りの私は、自分の首にちょっとした異変を感じた。
なんだろう?と鏡を覗くも、違和感は耳の下辺りのため見づらくてよく分からない。ならばとスマホで撮影してみるも、距離が近すぎて鮮明に写らない。いよいよ不安になった私は、首の異常についてネット検索を行った。
「首 小さなイボ」
・・そう。私は、首に1ミリ程度の突起物の存在を確認したのだ。幸いなことに一つだけなので、気にしなければ何事もなく過ごせるのだが、多くの中高齢者の首に小さなイボがあることを思い出した私は、これが「加齢に伴う老化現象なのではないか」と青ざめた。
だがどれほど検索しようが、自分の「それ」とネット上の「それ」が同じかどうかは分からない。仮に同じだからといって、放置することもできない。——これは、皮膚科へ行くしかないな。
首のイボの検索をやめて、近所の皮膚科を調べ始めた私は、徒歩3分のところにオンライン予約のできる皮膚科を発見した。
(明日の朝一番に診てもらおう・・)
対面のみならずオンライン診療も行っているクリニックで、支払いをクレジットカードで済ませられる点も魅力的。あぁ、早く明日にならないかな——。
そして翌朝。予約時間ピッタリに皮膚科を訪れた私は、若い女医の前に座らされた。
「えっと、どこですかね?」
私の首に齧りつきながら、可愛らしい女医が尋ねる。
「んー、たしかこの辺です・・」
指先で首をさすり、小さな突起の部分で止めた。
「あぁ、これですか。ちょっとあっちを向いててください、取っちゃうんで」
発言の意味を深くは考えなかった私は、おそらく液体窒素か炭酸ガスレーザーを使って除去するのだと予想した。なぜなら、昨晩ネットで調べまくった結果がそれらの方法だったからだ。
いずれにせよ、まずは患部を診察した上で、どちらの処置にするのかを決めるのだろう——。
そう勝手に思い込んだ私は、女医に顔を押されるがまま右を向いた。その瞬間、プチン・・という小さな鈍い音が聞こえたのだ。
あまりに瞬間的な出来事だったため、何が起こったのかは分からないが、彼女の右手には銀色のピンセットが光っている。
つまり、あのピンセットから音が鳴ったのだ。・・・え?
何食わぬ顔でピンセットを置いた女医は、呆気にとられてきょとんとしている私を見ると、
「これ、医療用のハサミなんですよ」
と笑顔で説明してくれた。つまり、ちょっと右を向いた瞬間に、そのピンセット型のハサミで私のイボを・・言い換えると、私の皮膚の一部を切り取ったわけか!?
時間にして一秒もかからなかった。
すべてを理解した途端、いや、正確には「プチン」という音を聞いた瞬間に、私は前出の友人の話を思い出したのだ。顔色一つ変えずシレっと爪を剥がした、あの皮膚科医の手際の良さを——。
たしかに、1ミリにも満たない小さな突起を切除するだけなのに、「今からハサミで切りますよ、いいですね?」とか、「少し痛いかもしれないけど、いきますよ?」などと言われたら、むしろガチガチに身構えてしまい、わずかな痛みが無駄に倍増するだろう。
実際のところ、切除の瞬間に痛みは感じなかった。というか、痛みを感じるようなことをされるとは、これっぽっちも思っていなかったため、何が起きたのか分からなかったのだ。
ピンセットで皮膚をつままれる感覚はあったが、まさかそのままプチッとやられるとは、予想だにしなかったわけで・・。
(なるほど。これはテーブルクロス引きとは別のテクニックが必要だな・・)
皮膚科医に求められる能力
とにかく、皮膚科医は懇切丁寧に状況説明するよりも、タイミングよくパッと処置する度胸(?)が必要である。
少なくとも私は、痛みという恐怖を滔々と語られるくらいなら、「そんなことはいいから、パパっとやっちゃって!」と思うからだ。
加えて、ピンセットの使い方に長けていなければならない。ある時は爪を剥ぎ、ある時はイボを切り取り、ピンセット一本で瞬時に処置を済ませる、マジシャンのようなテクニックが必要なのだ。
(了)
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(2025/3/27更新)
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URABE(ウラベ)
ライター&社労士/ブラジリアン柔術茶帯/クレー射撃スキート
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