マルチ商法に引っかかるバカの気は知れないが、マルチの代理店になるバカの気はもっと知れない。
マルチに引っかかって質の悪い商品やサービスを購入し、悪人の養分になるだけのバカはまだ可愛げがある。少なくとも周囲にとって無害だからだ。
しかし、販売代理店になってしまうようなバカは、存在が害悪である。
もしも本人に「他人をはめ込んで、自分だけ儲けよう」という邪悪な意思がないのであれば、害悪は言い過ぎかもしれない。だとしても、周囲にとって迷惑な人であることに違いはないだろう。
「自分の身近に居たら困る」と考える人が多いからこそ、マルチに手を出す人間は周りから距離を置かれ、友人知人を失うのだ。
スターモバイルというマルチがある。
私がその存在を知ったのは、ほんの数ヶ月前のことだ。
実家の近所に住んでいる松本さんは、繁華街に小さな土地と建物を持っている、70代後半のお婆さんだ。夫に先立たれて一人暮らしだが、年金に加えて賃貸物件からの家賃収入があるので、余裕のある暮らしをエンジョイしている悠々自適のシニアである。
お盆も近いある日のこと、大汗をかきながら自転車を漕いでいる松本さんと遭遇した。
「あらー、ゆきちゃんじゃない。帰ってきてるの?」
「はい。どうしたんですか?松本さん、なんだが楽しそうですね」
「それがねぇ、県立図書館のセミナーへ行ってたのよ」
「へぇ?松本さんがセミナーに?何のですか?」
「スターモバイルっていう携帯のサービスがあってね。ほら、最近流行りの格安SIMっていうの?
今、上の娘のアッコが代理店をやってるの。」
「ほう」
「まあ、言ったらネズミ講みたいなもんだから、私も最初は怪しいと思ってたんだけどね。セミナーで話を聞いてみたら、ちゃんとした会社だった。上位の人の話も面白くって、あっという間に時間がたった」
スターモバイルなんて格安SIMは聞いたこともないし、ネズミ講とは穏やかではない。第一、松本さんのお嬢さんであるアッコさんは、自然派の食品雑貨店を営んでいるのではなかったか。
私は思わず身を乗り出して、詳しく聞いてみることにした。
「ネズミ講みたいって、どういうことなんですか?」
「スターモバイルの代理店になって、サービスを知り合いに紹介するでしょ?その知り合いがスターモバイルを使い始めるだけでも、もちろんお金が入るの。さらに、その知り合いが代理店になったら、自分の『子』になるわけ。今度は、自分の下にいる『子』が契約をとるたびに、自分にも権利収入が入る仕組み。
もし『子』になった人が紹介した人も代理店になったら、その人は自分にとって『孫』になるわけよね。そうしたら、『孫』が取る契約からもお金が入るようになるから、自分が働かなくても、毎月何万円もの副収入を得られるようになるのよ」
「へぇー…」
それって「ネズミ講みたい」じゃなくて、普通にネズミ講ですよね。
「仕組みはネズミ講みたいなんだけど、ちゃんと総務省が認めていて、国が力を入れている事業なんだって。安心したわ」
「そうなんですか」
いやいや、その話のどこに安心できる要素があるんでしょうか?
これは後で調べたことだが、「総務省が認めている」というのは、単にスターモバイルの正規代理店になると、総務省に代理店届を出すというだけの話である。
総務省の認可を受けているわけではないため、「総務省が認めている」というのは、不実告知で違反に当たる。
国が力を入れているというのも、菅総理大臣の時代に、政府が携帯料金の値下げを政策に掲げたことを都合よく利用しているにすぎない。
「今日はね、アッコのお友達もたくさん来ていたの。だから、会場は知り合いばっかりだった。〇〇カフェの中井さんとか、××農園の武市さんとか。それから、△△レストランの大野さんも来てたわ」
「…あー、みなさん。オーガニック系のイベントに常連で出店されている方々ですねぇ…」
「そうそう。みんなアッコのイベント仲間。アッコもね、その人たちから『副業にすごくいいよ』って勧められて始めたの。携帯代も安くなるし、毎月、何万円もの副業収入が入ってるんだって。
みんなやってるんだから、安心ってことよね?」
「そうなんですか。すごいですね」
すごいなぁ。自然派界隈の人たちって、そろいもそろって情弱ばかりだとは。まあ、元から非科学的な人たちだから無理もないけど、今後は近寄らないでおこう。
「携帯代が安くなるって、どのくらいなんですか?」
「毎月、5,000円くらいだったかな」
「えっ?5,000円?5,000円もするんですか?格安SIMで月5,000円は高いですよ。料金プランによっては、大手キャリアの方が安いくらいじゃないですか」
「えっ…。でもー、私なんか毎月15,000円は払ってるから、5,000円だったら大分安くなるけど?」
「えっ?15,000円も何に払ってるんですか?!」という質問は飲み込んだ。確か松本さんは、スマホとタブレットを両方持っているはずだ。
以前、タブレットでお孫さんの写真を見せてもらったことがある。スマホでは画面が小さいため、写真や動画を撮ったり、ネット検索にはタブレットを利用しているのだ。きっと、モバイルデータ通信が使えるタイプなのだろう。
「それと、私はこれも使ってるし」
と言って、取り出して見せてくれたのは、なんとモバイルWi-Fiである。
「モバイルWi-Fiも持ってるんですか?」
「そうよ〜。全然大したことじゃないのに、iPadなんかを使ってると、同世代の友達から『あんたすごいねぇ』って言われるの」
松本さんは自慢げだ。
なるほど。スマホとタブレット、それにモバイルWi-Fiも契約しているとなると、大手キャリアに払う通信費は月15,000円くらいかかりそうだ。
外出先で動画を見るわけでもないだろうから、データ通信が使えるiPadならモバイルWi-Fiなど不要だろうに。
見たところ、松本さんはスマホを通話にしか利用しておらず、ギガは余りまくっているはず。少しの利用ならスマホでテザリングすれば良いので、そもそもタブレットにデータ通信は必要ないのだけれど、そんな説明を試みたところで理解できないに違いなかった。
松本さんみたいな人が多いから、高齢者は過剰なプランや不要なサービスをあれこれ契約させられて、通信会社のカモになってしまうのだろう。
きっと、自宅には固定電話とFAXもあるにちがいない。
「毎月の携帯代の他に、7,500円の費用を払ったら、スターモバイルの代理店になれるのよ」
(*7,500円は税抜価格のため、税込では8,250円)
「つまり、毎月12,500円は固定費で出ていくんですね」
「そうだけど、商品を売るわけじゃないから楽よね。仕入れをして在庫を持たなきゃいけない商売じゃないもの。自分の『子』ができると、1人につき毎月2,500円の権利収入が入ってくるから、3人『子』を作れば、代理店費用は元がとれるのよ」
「うぅ〜ん。簡単じゃないと思いますよ。だって、私は格安SIMを利用してますけど、毎月の料金は1,500円くらいです。それもクレジットカードのポイント払いにしているから、お金はほとんど払っていません」
「えぇ!そうなの?」
ここで、初めて松本さんの顔が曇った。
「ええ。だから、毎月5,000円もかかるようなサービスに魅力を感じませんけど」
「でも、格安SIMって、ほら。ネットで契約するものなんでしょ?私たちみたいな年寄りは、あなたみたいな若い人と違ってそういうの分からないから、自分で契約できないもの。だから、これからの時代は代理店が必要とされるそうなのよ」
「それだったら、ちゃんと店舗を構えている大手キャリアの方が、お客さんは安心できるんじゃないですか?」
「それがね、そういう大手の店舗は、これからどんどん減っていって、そのうち無くなるんだって。だから、スターモバイルの代理店は、これからの未来に役立つ仕事なの」
確かに携帯ショップは一時期に比べて数を減らしているけれど、近日中に無くなってしまうとは考えられない。
どうしてそんな荒唐無稽な話を信じてしまうのか。セミナー会場で集団催眠にでもかかってしまうのだろうか。
「まあ、携帯代が安い訳じゃなくっても、スターモバイルは副業として良い仕事だからね」
いやいや。そもそも販売するサービスの質が良くなかったら、ユーザー契約してくれる人がいないじゃないですか。代理店になる人ばっかりでユーザーがいないサービスって、成り立たちませんよ?
例え「子」や「孫」の販売代理店ができたところで、その人たちは結局ユーザーを獲得できませんので、代理店になったことをすぐに後悔します。収入になるどころか固定費ばかり出ていくので、場合によっては恨まれます。
「副業で販売代理店をやりたい人はまだまだ多いはずだって、今日セミナーで話をしてた上位の人が言ってた。
その人はもう、権利収入だけで暮らしていけてて、経済的自由を手に入れたんだって。
だから、本当に自分がしたいことだけをして暮らしてるの。全国の被災地を回って1年中ボランティア活動をしているから、ホテル暮らしをしてるって言ってたわ」
定住せずに年中ホテル暮らしって、犯罪者の生活パターンじゃないですか。
きっとその男には詐欺師の自覚があるんです。胡散臭いからこそ、セミナー会場に公共の施設を利用して、自治体の権威を利用しようとするんですよ!
などなど、言いたいことは山ほどあったが、心の声は押し留めた。
詐欺師の口車に乗せられて気分が高揚している時に、冷や水を浴びせても気分を害されるだけだ。
それに、娘のアッコさんはすでに代理店になっているのだ。私がスターモバイルの胡散臭さや、代理店になることのバカバカしさを説けば説くほど、娘を批判されているように感じるだろう。
それにしても、アッコさんがマルチに手を出すとは意外だった。彼女と親しくはないけれど、自然派で無添加にこだわった食べ物や雑貨を販売しているくらいだから、イメージ的に真面目にコツコツ生きていくタイプの人だとばかり思っていたのだ。
イベント仲間の間でマルチが流行っているということは、少なからずコロナの影響があるのかもしれない。
イベント出店により売上を立てていたのなら、出店するイベントがなくなってしまったコロナ禍の間は、収入が激減しただろう。それで、副業を持たなければと焦ったのだろうか。
そうは言っても、やはり頭の出来と人間性を疑ってしまう。
松本さんと別れてから、試しに「スターモバイル」で検索をかけてみると、代表者が信用ならない人物であることは秒で分かった。あのガクトコインとして悪名高い仮想通貨SPINDLEの仕掛け人ではないか。
そもそもマルチなのだから、実際に儲かるのは一部の上位者だけだ。
そうしたスターモバイルの仕組みの解説や、代理店契約者ばかりで一般ユーザーが少ないこと。会社の年商の多くが代理店契約者からの支払いであることなども、ちゃんとネットに載っている。
そうした情報に全くアクセスできないとしたら、そんなレベルの情弱が通信会社の代理店になっていること自体がおかしいだろう。もし、ネガティブな情報を知っていてなお、お金のために家族・親族・友人・知人を勧誘しているのであれば、立派な小悪党である。
「最初にアッコから話を聞いた時は、心配になったけど、大丈夫そうな会社で良かった」
と、本気で言っている憐れな松本さんに、容赦ない否定の言葉はかけられなかった。
だから、
「アッコさんは子育て中で、お金が必要なんですよ。
あなたが得ている不労所得(不動産からの家賃収入)の一部でもアッコさんに譲れば、彼女もマルチに手を出したりしないんじゃないですか?」
と言う代わりに、
「まあ、松本さんがアッコさんを通じてユーザー契約する分には、いいんじゃないでしょうか。今より通信費も下がるし、わずかですが毎月娘に仕送りしているようなものですから。
だけど、代理店になる事はお勧めしません」
と、話すにとどめて切り上げた。
私の態度を見て、松本さんは不安になったようだったが、
「アッコのお友達がみんなやってるし、良い仕事なのよ…」
と、語尾を小さくしながら、なおも言い募っていた。
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システム開発やITコンサルティングを経て、
外資系製薬企業で15年以上のITビジネスパートナーとして人事からコマーシャル、 メディカルなど製薬企業の様々な分野のプロジェクトに携わる。
現在はネクセラファーマ株式会社で、システムだけではなく、企業風土改革や業務改善をリードし、
日本発グローバルバイオ製薬企業にむけて、同社の成長基盤の構築に尽力している。
岡田 雄太(ワークワンダース株式会社 CTO)
野村総合研究所に新卒入社後、証券総合バックオフィスシステムやオンライントレードシステムなどの開発に従事。
その後、8 Securities(現SoFi Hong Kong)へ出向し、日本人唯一のエンジニアとして国際的なプロジェクトに携わる。
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(2026/01/19更新)
【著者プロフィール】
マダムユキ
最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。
Twitter:@flat9_yuki
Photo by :Jaime Lopes














