昨年1年間、生成AIにふれて思ったことが一つあります。
それは、「AIは、人の下で働くより「管理職」に向いてるのではないだろうか」です。
「生成AIが人の手足となって働く」ことのインパクトはわずか
なぜそう思ったのか。
まず第一に、「生成AIが、人間の手足となって仕事を手伝う」のは、実はそう便利でもないからです。
もちろん、生成AIはうまく人間の手伝いができます。
検索をやらせたり、翻訳をやらせたり、要約をやらせたり。
でも、それらの「作業の手伝い」は、他のソフトでもうまくできますし、結局「使う人間の判断」以上のアウトプットは出てきません。
ですから、その場合AIの能力の上限は「使う人の能力に依存する」ことになります。
せっかくのAIの速度を人間が制限してしまっている、というイメージでしょうか。
また、現在の生成AIには目も耳も、手足もありません。
つまり最終的に「体を動かさないといけない仕事」は、人間が引き受けることになります。
だからAIは自ら情報を取りに行く必要があったり、フィジカルな行動を伴う、現場の業務に対しては、無力です。
AIに「新規開拓営業せよ」といっても、やってもらえない。
営業の方針を立てることや、提案の組み立てなどを助言してもらうことはできますが、飛び込み営業、電話営業はもちろん、お客さんに会って、話を聞いて気に入ってもらうこともできませんし、飲みに行って信頼関係を築くこともできないのです。
もちろん生成AIに「システム開発をお願い」もできません。
AIにそれを依頼するには、発注元の企業と関係者の情報をすべて入力したうえで、一人一人を「説得」したり、予算を獲得するべく、関係部署に出向いて話を聞き、「調整」をおこなったりする必要があります。
ですからあくまで、「当面」という限定付きではありますが、生成AIには現場の仕事はできません。
また、そうした仕事をAIにやらせる理由もあまりないのです。
こうしたことをやらせるには「ロボット(アンドロイド)技術」の革新を待たねばなりません。
したがって、「生成AIが人の手足となって働く」ことのインパクトはわずかなのです。
「生成AIによる管理」は超優秀
ところがです。
二つ目の理由として、現在、生成AIは現場の仕事はできませんが、情報を渡しさえすれば「管理業務」に関しては極めて優秀なのです。
例えば、タスクの分解が上手い。
以前、「今の時代、「ふわっとした仕事を具体的なタスクに落とし込むスキル」だけで十分食えると思う」と言う記事を、しんざきさんが書いていました。
実際、現場の状況を細大漏らさず入力したうえで、
「新規事業のたちあげに必要なタスクを定義して」
「そのタスクに成功の基準を付けて」
「タスクをストーリーに落として、スケジューリングして」
という業務は、人間よりも生成AIのほうが精緻に遂行します。
さらに「現状のリスク要因を洗い上げて」というと、「見たくない現実」から目をそらさず、それも細大漏らさずやってくれます。
スケジューラと組み合わせれば、生成AIは進捗もチェックしてくれますし、進捗で悩んでいれば、打開策を相談もできます。
さらに、状況を入力できれば、課題の抽出や、横断比較も、大半の人間よりかなりうまくやります。
でも、本来これらはすべて、管理職の仕事です。
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「いやいや、管理職がやっているのはそんな単純なことだけじゃないよ」と言う方もいるかもしれません。
たしかに、優秀な管理職はAIより良い仕事をします。
しかし、世の中にあふれる「クソ上司」は、部下を詰めるだけで、ロクにアドバイスもしません。
タスクも分解できません。
新しい知識の獲得もできていません。
もちろん意思決定も、責任を取ることもしません。
「目標達成せよ!」と言うだけ。
部下が「どうしたらよいか……困ってます」と相談しても、「自分で考えろ!」と言うだけの上司も少なくないのです。
AIは感情的になりません。
AIは主観で判断しません。
AIはイヤミを言いません。
AIは24時間相談に乗ってくれます。
AIは情報を渡しさえすれば、適切なアドバイスをくれます。
AIは間違ったときはちゃんと謝ってくれます。
AIは人の感情がわかります。
ですから、AIは人の意欲を高めてくれます。
これに勝てる上司は、現場に足を運んで、つねにお客さんから情報を集めて、自らも勉強し、部下のバックグラウンド情報やコンテクストをきちんと把握している人だけです。
こう考えていくと、ほとんどのクソ上司より、今後間違いなく登場する、「AI上司」のほうが望ましいと思いませんか?
また、仕方なく管理職になったけど、実は管理職なんてやりたくない、現場で活躍したい、という元スーパー営業、元スーパーエンジニアにとって「AIが代わりに管理職をやってくれる」のは福音となるのではないかと思います。
ただし、残念ながら現在の生成AIは「個別の事情」については非常に疎いです。
学習済みのweb上の知識、あるいは、都度オペレーターが教えた(あるいは入力した)範囲でしか知りません。
実は、これが現在の生成AIに関する、最大、かつ致命的な欠陥で、要するに「文脈」や「関係者のバックグラウンド情報」が不足しているために、人間との会話は、きわめて限定された条件でしか上手く成り立ちません。
単純化すると「人間が情報を渡して命令する → 生成AIはそれに対してこたえる」
と言う形式でしか、生成AIは活躍できません。
ですから現在は「まだ」人間の上司の方があなたの事情に詳しいのです。
しかしそれも、時間の問題でしょう。
生成AIが管理職をやる世界はすでに始まっている
なぜなら、こうした試みは夢物語ではなく、現在進行系だからです。
例えば、「部長A」の発言、メールのやりとり、成果品、SNS上のコンテンツなどをすべて生成AIに読み込ませれば、「疑似A部長」を作るのはそれほど難しくはありません。
その上でAの配下にいる「部下B」のバックグラウンド情報を入力しておきます。
すると、部下Bの現状の報告に対して、「A部長」がどのような反応をするのか、どのような意思決定をするのかは、生成AIは、ある程度予想できてしまうでしょう。
実際、議事人格を生成AIに与えて、すでにこうしたことを試みていてる企業が複数存在しています。
したがって、私は雑多な「経営管理業務」こそ、早期にAIに取って代わられる可能性が高い業務だと思っています。
もちろん、古い企業では経営者や管理職たちの激しい抵抗にあうでしょう。
したがって、そうした企業群では、「AI管理職」の導入は遅いと思います。
しかし新しい企業、スピードの速い企業、テクノロジーに強い企業群では、そう言ったことに躊躇する理由はありません。
彼らにとって「誰が管理職か」「誰が指示を出すか」なんて、企業の業績の前には、まさにどうでもいい問題だからです。
経営管理に最適な存在が、経営管理をやればいい、と合理的に考える人は少なからずいます。
フレンドリーで主観に囚われず、変なプライドもない。
不眠不休で働き、嫌味を言わず、アドバイスも適格。
むしろそんな上司、欲しくないですか?
【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
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◯有料noteでメディア運営・ライティングノウハウ発信中(webライターとメディア運営者の実践的教科書)
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