パリオリンピックが開幕した。

日本では、体操女子日本代表のエース・宮田笙子選手の飲酒と喫煙問題。

それに続くオリンピック出場辞退の話題がくすぶっている。

 

「法律とルールを破ったのだから、オリンピック出場辞退は当然であり、自業自得」なのか、

「オリンピックを目指して努力してきた若い選手に対して厳しすぎる。日本社会があまりに不寛容」なのか。

私にはよく分からない。

どちらの言い分も正しいので、要はバランスの問題なのだろう。

 

そんなことより私が気になったのは、誰がどのような動機でその問題を通報したのかということだった。

内部からの情報提供ということだが、オリンピック開催が目前に迫り、宮田選手も事前合宿地入りしていて、今さら選手交代(補欠選手の繰り上げ出場)もできなくなっている時期に、どうしてわざわざ?

 

こんな大事になってしまうくらいだから、その情報提供は揉み消せるような内容ではなかったのだろう。

匿名の誰かによる真偽不明の通報であれば、悪質な嫌がらせとして無視することができたはずだ。

 

きっと、エースである宮田選手をかばいたい日本体操協会としても、「これは無視できない」「大会直前での辞退もやむを得ない」と思うほどの証拠や証言が揃っていたに違いない。加えて、たとえ世間がどう反応をしようと自ら問題を公にして厳正に対処しなければ、よりひどい事態に陥ることも想定されたのではないだろうか。

 

もしかすると、公表された飲酒と喫煙問題は建前で、もっと根の深い秘密があるのかもしれない。

一部の関係者だけが知る真相が世に出ることは無いだろうが、何にせよ19歳にもなる選手の飲酒喫煙という小さなルール違反がここまで大きな騒ぎになるのは、オリンピック直前というタイミングだからだ。

 

「問題発覚が今このタイミングじゃなかったら、誰も注目しなかったよな」

と考えながら、いぜん娘と交わした会話がふと胸をよぎった。

 

あれは、娘にとって高校生活最後の夏休みが明けて、しばらく経った頃のことだ。いよいよこれから受験も本番という時期なのに、娘が「学校に行くのが憂鬱」だと言い出したのだ。

 

「どうしたの?学校で何かあった?」

「う〜ん…。私が何かされてる訳じゃないけど、高校の友達って信用できないなと思って」

「どういうこと?」

「希望大学の指定校推薦を狙ってる子たちが、殺伐としてんだよね」

「そうなんだ。指定校推薦狙いで準備してきた子たちにとっては、今が正念場だもんね」

 

今時の大学受験は、自分が受験生だった頃とは何もかもが様変わりしている。

私が高校生だった頃の大学受験といえば一般入試のことで、推薦で受験する生徒はあまり見なかった。

 

けれど、最近の大学では一般選抜よりも学校推薦型選抜での合格者を増やしているため、娘が通う高校でも、今や大学進学希望者はほとんどが推薦狙いなのだ。

 

特に、倍率の高い人気大学や難関大学は、指定校推薦で受けたがる生徒が多い。一般試験で受験して全国の受験生と張り合うより、校内の競争を勝ち抜いて指定校推薦の枠を取る方が簡単だからだ。

 

「いい? 指定校推薦を狙うなら、早めの備えが肝心よ」

と、娘が高校に入学するなり推薦入試の心構えを教えてくれたのは、親しくしている先輩ママだ。

 

「まず、部活には必ず入ってないとダメ。そして部長か副部長をつとめること。それか、生徒会に入るのよ。それが無理だったら、せめてクラス委員をするの。
組織のリーダーや役員をつとめた子は、ただ成績のいい子よりも推薦を得やすくなるから。
ボランティアにも積極的に参加して。子ども食堂の手伝いとか、地域の清掃とか、外国人観光客の観光案内とか、何でもいいの。学校の掲示板にボランティア募集の貼り紙が出てるからチェックして、行けそうなのにはまめに参加することね」

 

「何ですかそれ? ボランティアの精神にめっちゃ反してる気がしますが、受験のポイント稼ぎにボランティアを利用するんですか?」

「当たり前じゃない。課外活動は受験のため。親同士で連携して、ボランティア会場まで交代で子供の送り迎えもするのよ。
習い事が忙しくて部活をしない子は、コンクールとか大会での受賞歴をアピールして、調査書に書けることを積み上げていくの」

 

「なんか、ゲームの攻略みたいですね…」

「評定には主に定期テストの成績が反映されるから、定期テスト対策をしっかりして。テストが返ってきた時は、間違えた問題についてすぐ教科担任の先生に質問に行くの。そうやって真面目さと熱心さをアピールするのよ。
先生を廊下で捕まえるより、職員室まで訪ねていく方がいいわ。職員室なら他の先生方の目にも入るから、教科担任以外の先生にもアピールできるでしょ」

 

「あー…。テストの後はやたら先生が質問攻めに合うって聞いてましたが、そういうわけだったんですね…。質問しにいくのもポイント稼ぎだったとは…」

「高校からのスタートじゃ遅いくらいよ。早い子は中学から周到に準備してるんだから。高校生活は戦略的に過ごさないと、難関大学や人気大学の指定校推薦は取れないわよ」

「ひょえぇ….」

 

そんなのとてもついて行けそうにないし、うちの子には向いていないと思ったが、意外にも娘はそのアドバイスを素直に聞き入れ、要領よくポイントを稼いでいった。

しかし、結果的に指定校推薦は狙わなかった。

娘なりに進路をよく考えた結果、通っている高校が指定校推薦の枠を持っていない大学を受験することに決めたのだ。

 

「私、指定校推薦で受験を考えなくて本当に良かった。もし指定校を狙ってたら、今ごろ心が荒んでたわ」

「そんなに?」

 

「去年、パパ活してる子の話をしたの覚えてる?」

「あぁ、連休中に友達と3人で東京へ遊びに行って、Twitterでパパを募集してたって子の話? ちょっと信じられなかったけど」

 

「そう。Twitterに顔写真のせて、よくやるよね」

「なんでそんなヤバいことするのに、ネットに顔を出しちゃうんだろ…」

 

「顔を見せないと男の人が寄ってこないからでしょ。今は5人くらいのグループになって、そういうことしてる。基本的に腐ってるのは一人で、あとの4人は朱に交われば赤くなる系」

「その子がどうかしたの?」

 

「退学になると思う。そのグループの子達みんな、こないだ校内放送で呼び出された。それから学校に来てない」

「ええ? なんで?」

 

「パパ活してることとか、裏の顔を学校に通報されたから」

「えっ? 今さら? 主犯格の子は大分前から素行に問題があって、それをみんなが知ってたのに?」

 

「今までネタを寝かせてたの。その子たちのSNS投稿チェックして、スクショとって証拠を集めて、LINEグループで共有してたんだよ。
チェックされる方もクラスメイトに見られてることに気がついて、アカウント消して、新しく作り直したりしてたんだけど、新アカもあっという間に見つけられてた」

「高校生のくせに、もう特定班が居んのかよ!? 鬼女もびっくりだな!」

 

「そうなの。お前らヒマかよっていう」

「それにしても、この時期になんで?」

 

「指定校推薦の校内選考が始まったから。あんな子たちに推薦枠とらせてたまるかってこと。特に、同じ大学の推薦を狙ってる子たちからしたら、絶対に引きずり下ろしてやるって思うでしょ」

「怖ぇえ…。にしても、何も知らなかった親が可哀想すぎない?娘がパパ活してたことも、退学勧告を受けたこともショックだろうけど、この時期じゃこれから先のことに手の打ちようがないじゃん。通報するならせめて去年のうちにしてくれれば、まだ単位制高校に転校することができたのに。今からじゃ転校もできないし、今年の高卒認定試験にも間に合わないじゃない」

 

「もう何もかも間に合わないから、今なんだって。今年の高卒認定試験の出願期間が過ぎるのを待ってたんだよ」

 

絶句である。

実を言うと、私が高校生だった頃にも、高3になってからキャバクラでバイトをしてるのがバレて退学になった同級生がいたが、その子はクラスメイトに密告されたのではなかった。

同じ店で働く同僚のキャバ嬢が、その子の人気を妬んで学校に電話をかけ、彼女の出勤日を教師に告げ口したのである。

 

「昔の高校生は同級生を陥れたりしなかった」と言いたいところだが、そうではないだろう。30年前はスマホもSNSもなかったため、同級生の悪事やルール違反を知っていても、その証拠が取れなかっただけのことだ。

 

もちろんルールは破る方が悪い。許されないことをしたのだから、その罰は受けねばならない。

けれど、罪を犯した者への社会的制裁がより苛烈になるようにと、周到に準備して陥れる少女たちの残酷さには、思わず背筋にふるえが走る。

 

少女は少女だからこそ、どこまでも残酷になれるのかもしれない。

まだ生きるということの現実を知らず、経験の蓄積がないため想像力や共感力に乏しいからだ。

陥れた相手のその後の人生、相手の家族の心情、罪を犯すことになった背景などに思いがいたらないのだろう。

 

宮田笙子選手の喫煙問題を通報したのはチームメイトではないかもしれないが、内部通報というからには、彼女と近い場所にいる関係者ではあるのだろう。もしかしたら一人ではなく、複数いるのかもしれない。

 

娘が通った高校では、パパ活をしていたという5人の生徒たちが校内放送で呼び出された時、顔を見合わせて笑い合う同級生たちがいたそうだ。

宮田笙子選手が聞き取り調査に呼ばれた時、喫煙を通報した誰かも笑ったのだろうか。

 

 

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(2024/8/12更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

マダムユキ

最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。

Twitter:@flat9_yuki

Photo by :paola capelletto