「不機嫌をまき散らす上司」と聞けば、おそらく多くの人が眉をひそめるのではないだろうか。

 

きっと誰にでも、心当たりがあるだろう。

イラ立ちを顔に出し、乱暴な言葉で部下をコントロールしようとする輩である。

あろうことか、指示を求め話しかける部下にまで暴言を吐き、仕事をぶち壊すような管理職も珍しくない。

こういった人がリーダーにふさわしいと考える人などいない。

 

にもかかわらず、このスタイルで部下を抑圧し、おかしなリーダーシップを発揮しようとする人は本当に多い。

政治家などはその典型で、怒りに満ちた顔で先鋭的に他者を攻撃することが“仕事”と考える。

マスコミもまた、長年、他者・他社を徹底的に攻撃・批判することを“オピニオンリーダーの仕事”と考え続けてきた。

 

しかし時代は変わり現在、多くの人はこのやり方に大きな嫌悪感と反発を持ち始めている。

怒りで歪んだ顔、攻撃的な言葉など、私たちは基本的に嫌いなのだから当然だ。

感情的な怒りは「対話の拒絶」「強制排除」なのだから、時代の価値観にも合うわけがない。

 

そしてそのようなイメージこそが実は、先の東京都知事選挙で蓮舫氏が、予想外の3位に沈んだ原因のひとつではないのか。

選挙後、「否定で場をコントロール」しようとする石丸伸二氏の、いわゆる“石丸構文”が叩かれたことも、これに通底する。

不機嫌で部下をコントロールしようとする上司、ノーの抑圧で人を屈服させようとするリーダーは成功できない。

 

そしてこのような、「昭和の価値観」なリーダーがぶち壊してきたものは想像以上に大きい。

“失われた30年”の主因は、実はここにこそあるからだ。

 

“正しそうに見える間違い”

話は変わるが、かつて陸上自衛隊の元最高幹部から、不思議な話を聞いたことがある。

 

「優秀な人を選抜してチームを作ったら、逆に弱くなることがあります」

 

聞かせて下さったのは、日本最大の火力部隊・北部方面隊でトップに立った田浦正人・元陸将である(以下敬称略)。

自衛隊イラク派遣では、戦後の混乱が続く現地に第2次隊長として渡り、任務の完遂と部下全員の無事帰国をなし遂げた名将だ。

奇をてらって言葉遊びをするような人ではないので、どう解釈していいのか迷い言葉に詰まる。

 

「田浦さん、優秀な人を集めた方がチームは強くなると思います。現にサッカーやラグビーの国際試合でも、そのほうが結果が出そうです。本当にそんな事があるのでしょうか」

すると田浦はニコリと笑い、言葉を続ける。

「優秀な人を寄せ集める組織を、私は『オリンピック型』と呼んでいます。私がイラクで隊長を務めた時は、まさにこのオリンピック型でした。各地から集まった優秀な隊員を率いて、現地に渡ることを命じられたのです」

 

それはそうだろう。

自衛隊イラク派遣と言えば、自衛隊が戦後初めて、事実上“戦地”ともいえる場所に展開した活動だ。

任務の完遂と全員の無事帰国を果たさなければ、政権が吹っ飛ぶ非常局面である。

全国から優秀な隊員を選びに選び、万が一にも失敗のないように準備するのは当然だろう。

そんな思いを見透かしたように、田浦の話が続く。

 

「桃野さん、リーダーというのは部下の心身の状態を正しく把握する必要があります。部下もまた、リーダーの人柄や人間性を理解できてこそ、組織は機能します」

「そう思います」

「しかし寄せ集めの“優秀な人”の集団を統率するとなると、相互理解と、信頼関係の構築から始めなければなりません。命にかかわる軍事組織で、このタイムラグは相当なリスクになります」

(なるほど…)

「組織に必要なものは、文字通り組織力なのです。どういう力が必要とされているのかもわからない状態で“なにかに優秀な人”が集まっても、足し算にすらなりません」

「足し算にすらならない…のですか?」

「はい、むしろマイナスになることすらあります」

 

そして田浦は要旨、以下のようなことを話す。

“オリンピック型”の最大の欠点は、人材の能力や性格が偏ること。

強い組織とは、例えば「よく話す人」「おとなしい人」「黙々と仕事をこなす人」などが相互補完をし合える組織であること。

“優秀な人”を選抜した組織には、そういった機能が備わらないという趣旨だ。

軍事用語で「建制の保持」というが、「いつものチームがベストメンバー」という考え方である。

腹落ちする一方、一つの疑問が生まれ、質問を重ねる。

 

「田浦さん、お話の趣旨はわかりました。しかし非常時の仕事となれば、向き不向きがあるはずです。中には、“あまり優秀ではない人”“海外での非常任務に向かない人”もいるはずです。そういう人を連れて行っては、大変なことになりませんか?」

「そのとおりです。だからこそ、“ベースはいつものメンバー”にして、そこから向き不向きを考慮し、調整をかけるのです。ベースが“優秀な人の寄せ集め”との違いは、ここにあります」

「そういうことなのですね…」

「さらにもう一つ、大きな問題があります。チームで長期の仕事をする際、オリンピック型では優秀な人ほど力を発揮できないことがあるのです。なぜかわかりますか?」

「想像もつきません」

「オリンピック型の場合、選ばれることが目的になってしまう人がいるのです。そういった人が現地についたら、その瞬間に目的が達成されてしまいます。すると次に、帰ることを考え始めます」

 

確かに、そのとおりだ。

本当の仕事は、その先にこそあるというのに…。

 

「田浦さん、短期勝負のスポーツ日本代表と“強い組織”の違い、とても良く理解できました。しかし疑問があります。ではなぜ当時、自衛隊はオリンピック型でイラクに行くことになったのでしょうか」

「絶対に失敗できないというプレッシャーから、そのような運用になったのだと思います。ベストメンバーを選抜した、という形であれば、いろいろな方面からの理解も得やすかったのではないでしょうか」

 

しかし“寄せ集め部隊”の指揮官を任された田浦は、その統率の難しさに文字通り、肌感覚で直面することになる。

そのため、後に最高位である陸将に昇り、自身が南スーダンに派遣部隊を出す責任者になった時には、隷下から一つの部隊をそのまま派出することを決断した。

“選抜メンバー”ではなく“いつものメンバー”で任務にあたるよう命令したわけだが、各方面からかなりの反対意見がでたという。

 

「不思議な話です。例えば海上自衛隊の艦を海外に派遣する際、乗員を全国から選抜したメンバーに入れ替えるなどありえません。 失敗が許されないという空気の中では、そういった“正しそうに見える間違い”が、平然と行われてしまうのです」

 

それからずいぶんと時間が経ち、今の自衛隊海外派遣では田浦が先鞭をつけたこのやり方が、主流になっている。

“いつものチームがベストメンバー”という考え方である。

 

若い頃に経験した“正しそうに見える間違い”を、自身が最高幹部に昇った時に是正した形だ。

そんな田浦の話から学ぶべきことは、とても多い。

 

「失敗だけはしたくない」では勝てない

話は冒頭の、東京都知事選挙についてだ。

不機嫌で部下をコントロールしようとする上司、ノーの抑圧で人を屈服させようとするような「昭和のリーダー」は、何をぶち壊してきたのか。

 

“失われた30年”をど真ん中で生きてきた昭和世代は、常に「批判こそが正義」の空気感の中で仕事をしてきた。

失敗をあげつらい、攻撃する人が“正義”として評価される社会である。

 

こういった社会では、成功は評価の対象にならないので、誰も難しい仕事に挑戦しない。

失敗を結果論で否定する、“批判上手”な人が評価されることすら、珍しくなかった。

マスコミなどのメディアも同様で、失敗や醜聞を探し出し、誇張し、“批判競争”をすることで部数を伸ばす。このようにして、歪んだ批判社会ができあがっていった。

 

こうなるとあらゆる仕事が、「どうすれば成功できるか」から、「失敗だけはしたくない」へと、目的がすり替わっていく。

「そんなことをして失敗したらどうするんだ」

「リスクがあるのでやるべきではない」

そんな言葉ばかりが飛び交う生産性の無い会議が重ねられ、やがて日本はOECDの中でも最低クラスの労働生産性に落ち込んでいくことになる。

当たり前ではないか。

 

そして話は、自衛隊で“いつものチームがベストメンバー”方式を採用した田浦についてだ。

軍事組織ですら、「失敗したらどうするんだ」というプレッシャーに晒されると、これほどまでに“正しそうに見える間違い”を選択してしまう可能性から逃れられない。

時代背景から考え、「失敗を待ちわびているマスコミ」、「失敗を批判したい人々」からの圧力の影響を、有形無形に受けたことが容易に想像できる。

 

批判が前提の社会になると、私たちのルーチンワークには次々とブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)が積み上がっていき、あるべき姿すら歪むということだ。

それがどれだけ、ビジネスや安全保障に深刻な影響を与えてきたのか、きっと多くの人が肌感覚で理解しているだろう。

 

だからこそこんな、「批判こそが正義」という”昭和の価値観”は今すぐにでも、改められなければならない。

ノーの抑圧で人をコントロールしようとする、非生産的なやり方を認めてはならない

 

東京都知事選挙から学ぶべき教訓は、そんなところにあるのではないだろうか。

 

 

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システム開発やITコンサルティングを経て、
外資系製薬企業で15年以上のITビジネスパートナーとして人事からコマーシャル、 メディカルなど製薬企業の様々な分野のプロジェクトに携わる。
現在はネクセラファーマ株式会社で、システムだけではなく、企業風土改革や業務改善をリードし、
日本発グローバルバイオ製薬企業にむけて、同社の成長基盤の構築に尽力している。

岡田 雄太(ワークワンダース株式会社 CTO)
野村総合研究所に新卒入社後、証券総合バックオフィスシステムやオンライントレードシステムなどの開発に従事。
その後、8 Securities(現SoFi Hong Kong)へ出向し、日本人唯一のエンジニアとして国際的なプロジェクトに携わる。
BOOSTRYでは信託銀行向けSaaSの立ち上げと成長を牽引。
WiseVineではCTOとして開発組織を30名規模に拡大し、プロダクト開発を推進。
2025年4月よりワークワンダース株式会社CTOに就任。AI活用を中心とした開発支援をリードする。


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(2026/01/19更新)

 

 

 

【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など

随分前のことですが、私はある大手企業のオウンドメディアに寄稿した際に、奈良公園について書いたことがあります。
するとその企業の管理職の方から、
「奈良公園という固有名詞を出すことについて、奈良県の許可を取ったのですか?」
と聞かれたことがありました。
さすがに頭を抱えました(泣)

X(旧Twitter) :@ momod1997

facebook :桃野泰徳

Photo by:Dmitry Vechorko