少し前の本だが、知人に勧められたので、橘玲氏の「幸福の「資本」論」を読んでみた。
結論から言うと、面白い本だったが、思うところもあるので書いてみたい。
主張はとてもシンプルで、幸福に生きるためには、
1.自由を得るための「金融資産」 (≒お金)
2.自己実現をするための「人的資本」 (≒実績を生む能力)
3.絆を得るための「社会資本」 (≒家族友人知人のネットワーク)
この3つが必要である、という主張だ。
当然、3つを高いレベルで持っている人は少なく、また年齢や環境によってもそれぞれの割合は変わる。
例えば、「リア充」は、お金はないが、能力が高く、友人が多いという人々だ。

一方で、能力が高く、お金はあるけど友達がいない「金持ち」がいる。

あるいは、「友達だけはたくさんいるけど、お金と能力は低い」(プア充)ということもあり得るし、すべてない人は「貧困」と呼ばれる。
「お金もち」は共働きのまじめな会社員なら誰でもなれる
さらに、同書の中では、確実に幸福度を上げる方法の一つが、お金持ちになって「経済的独立」を勝ち取ることなのだとデータで紹介される。
①年収800万円(世帯年収1500万円)までは、収入が増えるほど幸福度は増す。
②金融資産1億円までは、資産の額が増えるほど幸福度は増す。
③収入と資産が一定額を超えると幸福度は変わらなくなる。
しかし、お金持ちになるには、いったいどうすればよいのだろうか。
橘氏は、「特別な才能がなくとも、勤勉と倹約、それに共稼ぎだけで誰でもお金持ちになれる」という。
ただし、それが実現できるのは多くの場合65歳以降で、残りの人生はそう長くはない。
欧米や日本のようなゆたかな社会では、特別な才能などなくても、勤勉と倹約、それに共稼ぎだけで、誰でも億万長者になって経済的独立というゴールに到達できます。
もっとも、あなたはこうした説明にきっと満足しないでしょう。徹底した勤勉と倹約が幸福な人生をもたらすとはかぎらず、65歳でミリオネアになったとしても残りの人生はそう長くないからです。
だから、多くの人々は「できるだけ早く」金持ちになろうとする。
そのために必要なのが、実績をつくる能力である「人的資本」だ。
「やりがいがあり」「高給で」「楽しい」仕事に就くには?
一般的な生涯年収(3億円)から算出される、社会人になったばかりの若者の人的資本は約5500万円と計算できる。
したがって、ほとんどの人にとってもっとも重要な「富の源泉」は人的資本となる。
最も確実に儲かる方法は、まずは会社員になって働くこと、という結論が、ここから得られる。
ただし、ここから幸福を得るために、「やりがいがあり」「高給で」「楽しい」仕事にありつこうとすると、これは漫然とサラリーマンをやるだけではダメだ。
あらゆる分野でエキスパートになるのは不可能であるから、結局、どんな人であれ「自分の得意分野」を能力を磨いて極めていくほかは、生き延びる道はないというのが結論となる。
知識社会というのはその定義上、知能の高いひとが大きなアドバンテージを持つ社会です。知識社会化が進むということは、仕事に必要とされる知能のハードルが上がるということでもあります。
あなたがまだ20代だとして、35歳までにやらなければならないのは、試行錯誤によって自分のプロフェッション(好きなこと)を実現できるニッチを見つけることです。
「人生は金じゃない、つながりと評判だ」
しかし、お金の話ばかりしていると、「人生は金じゃない」という反論を生みやすい。
実際にその通りで、橘氏は、「「幸福」は社会資本からしか生まれない」としている。
カネをいくら持っても、家族も友達も、知人もご近所さんもいない、全くの孤立無援では、人間は幸福を感じにくい。
しかし、最近の日本人は、「濃い人間関係」を嫌い、「一時的な、うすい人間関係を好む」ということだ。
橘氏は、こうした人間関係の面倒さを断ち切った「ソロ充」の増加が、それを示しているという。
こうした生き方を、橘氏は「フリーエージェント」と呼ぶ。
米国においても、フリーエージェントは新上流階級とみなされており、「BOBOS(ボボズ)」と名付けられている。
しかし彼らにも明確な欲求がある。
それは、「知的コミュニティの中での評判を獲得すること」だ。
BOBOSたちはすでにじゅうぶんなお金を持っているので資産の額にはあまり関心がありません。高級ブランドではなくユニクロの服を着て、銀座の料亭ではなく近所のビストロで家族でのんびり食事をするのを好むようなひとたちでもあります。
そんな彼らがこころの底から手に入れたいと願っている希少な宝石——彼らにとって真に価値あるもの——は、知的コミュニティのなかでの評判です。
「人生は金じゃない、つながりと評判だ」とでもいうべきか。
少し前の話題で「評価経済社会」と重なる部分もある。
しかし「お金」「自己実現」「評判」は独立変数ではない
ここまで見てきたように、
・それなりのお金
・自己実現
・仲間からの評判
は、幸福を実現するための3つの柱であることは間違いない。
しかし、思うところもある。
問題は、これらが独立変数ではなく、実は人的資本に含まれる「能力」に制約されているということだ。
稼ぎや実績は、長期的には「運」にあまり左右されない。学歴も関係ない。「能力」がものをいう。
実際、それは追跡調査によって確かめられている。
入学できる能力がありながら一流大学に進学しなかった生徒も、一流大学の卒業生と同じように有名企業に就職し、同じくらいの収入を得ていました。
アメリカでは(そして日本でも)、一般に思われているよりも、会社は社員の学歴を気にしていないからでしょう。
学歴だけは立派でも、ぜんぜん仕事ができない社員がいることは、誰でも知っています。 入社してしばらくたてば、「あいつは思ったより仕事ができる」とか、「エリートのくせにぜんぜん使えないな」という評判が、会社のなかでつくられていきます。学歴よりも、一緒に働いた上司や先輩、同僚からの評判のほうが、ずっと正確に人的資本を予測できます。
このようにして、受験のような人生における「小さな失敗」は、最終的にはなんの影響も与えなくなるのでしょう。
日本や欧米などの豊かな社会で、幸福が得られれない、というのは
・試行回数がたりない
・やり方がわるい
・環境に問題がある
ケースがほとんどで、そういう状況を回避・修正することも含めて、能力の結果と言える。
これに名前を付けるとすれば、「能力資本」主義とでもいうべきだろうか。
営業も、エンジニアも、士業も経営者も、事務員も、スポーツ選手も、幸福な人生は「能力資本」を要求する。
仮に相続などで能力と関係なくお金を手に入れても、それの維持に知的能力は必要だし、人的資本や社会資本は、仕事の遂行能力やコミュニケーション能力に依存する。
まして、自己実現に必要な仕事の実績やクリエイティビティなどは純粋な「能力資本」の産物だ。
「高い能力の獲得」が現代人の中心課題
当たり前の話だろう、という方は多いと思う。
しかし、「中流」とか「人並みの幸福」とか「平均的な生活」を目指す場合、これは深刻な問題となる。
人並み以上の能力を持っていれば、人並み以上の幸福があり、
人並み以下の能力であれば、人並み以下の幸福しか得られない。(つまり不幸)
そういうことになってしまうからだ。
まして、「人並み」という言葉のイメージは実際には「人並み以上」を指している。
埼玉県内で人並みに暮らすには月約50万円の収入が必要で、子供が大学に入ると支出が急に増え、奨学金がないと成り立たないとする調査結果を、県労働組合連合会(埼労連)と有識者がまとめた。
埼玉県の労働者の年収中央値は380万円で、ほとんどの人が「人並み以下」の生活をしているという結果は、「人並み」という言葉が「人より良い」を意味しているよい例だろう。
もちろん、「人と比べた幸福に意味なんかない」という言説は、何千年も前から言われている。
にもかかわらず、多くの人はそれを無視できない。
したがって「高い能力を得る」(高い学歴ではない)ということが、現代に生きる人々の中心的な課題となっている。
幼児教育や中学受験が過熱し、自己啓発書に人気があるのは、その表れだ。
また、「転生した主人公が、偶然授かったチート能力で無双する」というコンテンツが、急に増えてきたのも、その願望の一端と言えるだろう。
高い能力=幸福 という、最もわかりやすい図式を提供しているからだ。
橘玲氏の「幸福の「資本」論」は、そういうコンテンツに近い。
この書籍は、「能力資本」主義に賛同する人、あるいは「能力主義には反対」「幸福は人と比べるものではない」と反感を覚える人、いずれも読んでおいて損はないと思う。
なお、能力主義そのものの議論をしたい人は、サンデル先生の本が詳しい。
ただし、「能力主義に変わる何か」についての解決策は、いまだに誰も持っていない。
社会は能力の高い人を必要としているし、仕事が正確に遂行されなければ世の中が回らない。
「人と比べた、相対的な幸福」が目につく限り、なかなかこの問題は解決しないのだろう。
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安達裕哉
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