最近は、為替や株価について意識することが増えました。インフレが進んでモノの値段がドシドシ上がっていくと、貨幣の価値の曖昧さや水物っぷりが実感できますね。

貨幣の価値は絶対ではない。

経済に詳しい人には当たり前のことかもしれませんが、長年、デフレ経済下で暮らしていた私にはそれが肌感覚としてわかっていませんでした。

 

自販機の缶ジュースの値段が僅かずつ値上がりしていたこと、ファーストフード店のハンバーガーの価格が上下することは、本来、貨幣の価値が変動することを示すサインでした。

デフレ経済下にも、その兆候はちゃんと目の前にあったのです。にもかかわらず、私はそれを意識していなかったから見ていなかった。見えていなかったのです。

 

そして迎えた2020年代。

貨幣の価値は上下動し、それに伴ってモノの値段も上下動しています。チョコレートの値段も、コメの値段も、パソコンの値段も、素人にもわかるように変わり続けてきました。

それらは、ある程度までは需要の変化や供給側の都合によるものだったけど、それだけでは説明できない一面をも含んでいたのでした。

これは第一ライフ資産運用研究所さんからのグラフですが、日本では近年、物価の上昇が激しくなっており、2026年もこの傾向が続きそうです。

物価の上昇が激しくなっているということは、貨幣の価値、とりわけ日本円の価値が相対的に低下しているということです。

 

一万円札一枚で買えるモノの量が減っているので、まるで一万円札が腐ってきているようだ、と私はつい思ってしまいます。タンス預金しっぱなしのお金も腐ってきていると比喩できるでしょう。「お金はタンスにしまっておくと腐る」だなんて、誰も教えてくれなかったよ……。

 

本当は、ノーポジなんて存在しない

誰も教えてくれなかったといえば、「本当は、ノーポジなんて存在しない」もそうですね。

ノーポジション、略してノーポジとは、投資の世界においてなんにも株や証券を買っていない状態を指すそうです。字義どおりに考えるなら、どこの証券会社も銀行も利用せず、タンス預金で日本円だけ溜めている人はノーポジに相当します。

 

でも、経済音痴な私が最近になってようやく気付いたのは、為替レートの上下まで含めて考えるなら、この世にノーポジなんてものは存在しない、ということでした。

たとえば1ドルが100円だった時に日本円で100万円をタンス預金していた人は、ドルに換算して1万ドル持っていたことになります。

でも、その1ドルが150円になったら、その100万円のタンス預金は三分の二の価値、約6700ドルになってしまうのです。そうなったらアメリカ製の製品、たとえばiPhoneやアメリカ産穀物などを買うのは難しくなってしまうでしょう。

 

最近の日本円の為替レートは、どの通貨を相手にしても分が悪くなっています。かつてはぜいたくし放題と感じられたアジアの新興国に出かけても、割安感はもうありません。

日本円というポジションがどんどん弱くなっているのが肌感覚として理解できます。

 

もちろん過去には逆の時期があったのでしょう。円高がどんどん進んでいる頃は、日本円で外国通貨や外国製品がますます買いやすくなり、そういう時期に財産を日本円でもっていた人はタンス預金しているだけで相対的にお金持ちになれていたんだと思います。

 

日本円がうなぎのぼりに円高になっていった時、日本人が意識的に日本円をため込んでいたわけではありません。

でも、結果的に日本円にポジションを持つのと同じことが起こり、世界レベルでみれば相対的にお金持ちになれていたのでした。

今は正反対のことが起こっています。円安がドシドシ進んでいる時に日本円だけを持っているのも、それはそれで日本円にポジションを持ち続けているのと同じことです。100万円のタンス預金も、円安が進行すればどんどん安くなってしまうでしょう。

 

ですから、「為替レートのことなんか気にしない、自分の財産は日本円のままでいい、それをタンス預金するんだ」と言っている人は、完璧にノーポジションなわけではなく、全財産を日本円に張っている人、それもタンス預金に張っている人、と表現すべきなのでした。

決して何も選択せずに済ませているわけではありません。その人は「日本円のまま」「タンス預金をする」という選択をしているのです。

 

その選択の結果は自己責任となって帰ってくるでしょう。手元にある日本円の額面が同じでも、円高やデフレが進めばその価値は相対的に上がっていくでしょうし、円安やインフレが進めばその価値はどんどん下がっていくでしょう。

 

余談ですが、社会全体の富の総量が増えることで貨幣の価値が下がっていく、という側面もあります。『7つの階級 英国階級調査報告』という本のなかに印象的なフレーズを見つけたので紹介しましょう。

過去30年間で社会全体の富の総量が数倍になったイギリスについて、著者は「それによって毎年の社会全体の所得は、事実上減少している」と述べたうえで以下のように付け加えます

こうした富の絶対的な増加は、社会の分断をさらに広げてしまう。

登山にたとえると、資産を持たない人が、経済ランクの頂上を目指す場合、30年前と比較し、山頂が何倍も高くなっているのと同じだからだ。

いくらかの資産があって、山の中腹から登頂を目指す人にとっても同じだ。社会全体の富の全面的かつ絶対的な増加は、連鎖的に社会の格差を増大させる。

富の分配の不平等が大きくなっている場合は、特にその傾向が強くなる。

年収1000万円の価値、年収500万円の価値は、日本国内全体やグローバル世界全体の富の絶対的増加によって目減りしていくのです。

私と同様、こうしたことに最近になって気づいた人も多いのではないでしょうか。

 

こういうのって学校で習うの?

コロナ禍が起こり、ロシアがウクライナに侵攻し、中東が戦乱に巻き込まれているなかで、こうしたことがようやく自分事として感じられるようになりました。

ほとんど手遅れではあるのですが、為替レートについて意識するようにもなりました。なぜなら、真のノーポジションなんて世界にはどこにも存在せず、お金はいつだって・容赦なく上下動していることがわかってしまったからです。

 

昨今は円安がどんどん進み、インフレも進んでいますから、日本円をタンス預金しているだけの人は気づかぬうちに資産を目減りさせていくのでしょう。

「ディフェンシブな資産運用」なんて言葉がありますが、今の状況でディフェンシブな資産運用っていったいどんなものなんでしょう?

正直、私にはそれがよくわからないのですが、それでも「全額日本円にしてタンス預金する」がディフェンシブな資産運用にあたるとは、どうにも思えません。

 

ところで、こうしたことって学校で教わるものなのでしょうか?

ざっと調べたところ、インフレやデフレについては高校のカリキュラムの中でも習ったりするようです。

しかし、日本円で給料をもらい、日本円で貯金していること、それ自体がノーポジションではなく、「日本円に全賭けしている」ことになることまでは、たぶん教えていないんじゃないでしょうか。少なくとも私の頃は教わっていなかったように記憶しています。

 

なにより、当時は円高が進みまくっていた時期だったので、何も考えずに財産を日本円で持っておくことが結果的に正解だったのかもしれません。円高が進み続けている状況において、円で資産を持つことはそんなに悪い話ではなかったでしょうから。

 

政治・外交にもノーポジションは無い

余談ですが、「政治的にもノーポジションは無い」、仮にあったとしても著しく難しいものだと私は考えています。

 

たとえばAという勢力とBという勢力が争っている時に中立であるとは、AとBの勢力が均衡している状況下にはノーポジションのように見えます。

というより、双方との通商が利益にすらなる、おいしいポジションですが、もしAが圧倒的優位に立ち、Bが圧倒的不利に立たされる局面になってくると、そのようなポジションはあまり良い風には(Aからは)みえないでしょう。

滅ぼされようとしているBに比べれば沙汰はマシかもしれませんが、それでも、戦後に冷や飯食いに甘んじる覚悟はできていなければなりません。

 

ですから、こうした中立も、立派なポジションのひとつなんですよね。

それは「Aが大勝してもBが大勝しても壊滅的に悪いことにはならないし、相争っている間は有利ですらあるかもしれない、だけど戦後は冷や飯になりそう」なポジションであると自覚しなければなりません。

少なくとも、大勝している側をずっと支援してきた陣営に比べれば冷遇されるでしょう。

 

こうしたことは国や組織だけでなく、人間関係においても起こり得ます。

中立を気取るのも構いませんが、それをノーポジションと誤解すること、まして絶対に安全なポジションだと誤解するのは危険です。

 

とりわけ、「是非味方になってください」と手を引っ張られている状況で中立を宣言するのは、相手側からは「塩対応」と解釈されるリスクが高く、よほどうまい大義名分が伴っていなければ恨まれる可能性があるといえます。

 

そういう時に穏便にお断りする大義名分があるかどうかによって、中立宣言が恨まれる度合いや理解を示される度合いは変わってくるので、中立というポジションをとりたい人はそういうことにも神経を巡らし、事前に大義名分をこしらえるセンスが要請されるでしょう。

 

こういう人間関係や外交関係のポジションについても、学校は教えてくれません。

少なくとも授業では習わないので、授業以外のどこかで学び取っておきましょう。

 

 

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(2026/4/7更新)

 

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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