「子供の頃に観た映画の中で、一番記憶に残っている作品は?」
40~60歳くらいの世代の人にそう質問したら、おそらく少なくない人がこう答えるのではないだろうか。
「『震える舌』だけはトラウマ。あれを観て、砂場遊びすら怖くなった…」
少しだけご紹介すると、「震える舌」は自宅近くで泥んこ遊びをしていた女児が落ちていた釘でケガをし、破傷風を発症してしまう物語だ。
激しいけいれんを起こし、舌を噛み切ってしまうなど、破傷風とのすさまじい闘病の様子が描かれている。
必死に看病する両親だったが、激しい症状で愛娘が壊れていく中、やがて精神を蝕まれていく。
その様子がとにかくリアルで、恐怖でしかなかった。
おそらくあれを観たのは小学校で、教育委員会か何かの推薦映画になっており、半ば無理やり観せられた記憶がある。
なんであんなもん子供に観せんねんと、今でも恨みに思っている。
その上で、昔から疑問に思い続けていたことがある。
もう40年以上も前に観た映画なのに、なぜあんなにも鮮明に記憶に焼き付いているのだろうか。
悪夢の始まり、古釘が女児を傷つけ血が出たシーンまで明確に覚えているほどだ。
「子供の頃の記憶はそれほどに強烈」ということなのかと思っていたが、きっとそれだけではない。
「なんでこんなボロクソに言われなアカンねん…」
話は変わるが、私は人生で1度だけ、空から焼き鳥に襲われたことがある。
ネギマの塩串だっただろうか、会社からの帰り道、JR鶴見駅から独身寮に向かって歩いている時だった。
「うわ、なんや!」
とっさに飛び跳ねかわすと、周囲を見回した。
住宅街の小道だったので、どこかの窓から投げつけられたのかと睨みつける。
しかし時間は、すでに終電近く。
5月末の涼しい日だったので開いている窓もなく、電気が消えている部屋も多い。
(変なことするやつもいるもんだな…)
そんなことを思いつつ歩き出そうと足元を見たのだが、焼き鳥なんか転がってなかった。
幻覚だった。
当時、駅からの道すがら、歩きながら寝るような毎日を送っていた。
「証券外務員Ⅱ種試験に落ちたら、試用期間でクビにする」
新卒で入社した大和証券で、入社して間もなく、集合研修でそう言い渡される。
気楽な学生からいきなり、朝から深夜まで詰め込み勉強の毎日。“クビ”というプレッシャーもありとにかくキツかった。
さらにその試験に合格すると翌日、また集合研修で伝えられる。
「2週間後、全員に簿記3級試験を受けてもらう。もちろん、これも落ちたら試用期間でクビにする」
一息つく間もなく、また地獄のような睡眠不足の毎日が始まる。
焼き鳥の幻覚を見たのはその翌日、会社からの帰路だった。
とにかくキツかったが、この時期に学んだことはその後、長く記憶に焼き付き役立つことになる。
しかしそんな新入社員時代の「寝る間もなく勉強」などという“地獄”は、言うまでもなく人生の入り口でしかない。
縁あって29歳の頃に就いたTAM(ターンアラウンドマネージャー:事業再生責任者)のポジションのことは、今思い出しても酸っぱいものが喉まで上がってくる。
「桃野さん、これで何回目のリスケ(リスケジュール:返済の繰り延べ)やと思ってるんですか?」
「大変申し訳ございません。どうかこの経営計画に基づいて、お力をお貸し下さい…」
しかしその債務(借り入れ)は、前の経営陣が作ったものだ。私がお願いしたリスケなど、これが初めてである。
「御社への2億円の出資金、全額損金処理することになりました。それがどれだけのことか、理解できますか?」
「…今期の業績見込みでは、そうせざるを得ないかと拝察します。心からお詫びします」
株主も同じで、彼らが出資してくれた資本金など、すでに前の経営陣が溶かしきっている。
その出資に見合うバランスシートなど、私が来た時にはもう存在していない。
にもかかわらずTAMは、まるで自分が作った借入金と、自分が溶かした資本金であるかのように責められる。
「まじめに働いてるのに、なんで給料をカットされるんですか!私もう、これ以上頑張れません…」
従業員も同様で、若手社員が涙を流しながら、悲痛な抗議をぶつけてくる。
賞与0、給与カットなど通知されれば当然とはいえ、普通の感情を持っていれば心が削られる。
事業再生の責任者といえば、日産のカルロス・ゴーン氏や、JALにおける稲盛和夫氏を思い浮かべる人が多いかもしれない。
しかしどこにでもあるような中堅企業の場合、こんなもんだ。
そんな時、自分で選んだ道とはいえ、いつもこんな言葉が心に浮かぶ。
(なんで俺が、こんなボロクソに言われなアカンねん…)
しかしながら、再生に失敗したら自分も1年後、路頭に迷ってる可能性が高い。
選んだ道への疑問を考えている暇があったら、会社と自分が死なずに済む方法を必死で考えて、手足を動かした方が100倍マシだ。
そうやって連日、深夜の3時まで株主から会議室で詰められ、そのまま応接室のソファーで休むと、朝にはトイレの手洗い場で身支度を整えるような仕事をした。
「失敗したら死ぬ」
結果としてこの会社では、経営の立て直しにある程度成功し、債務は全て通常通り履行を果たせる流れに乗る。
株主には出資額の1/3程度が回収できるイグジット(出口)を示すことができ、事業を譲渡して会社を去った。
しかし今もなお、振り返って疑問に思うことがある。
「なんで、何とかなったんだろう…」
会社の立て直しを学んだことなど、一度もない。
財務の専門家でもなく、銀行もさじを投げた会社だった。
「ダメもとで、あいつにやらせてみよう」
そう言われ、どうせ無理だろうと皆が思っている中で就いたポジションだった。
思うにこの時、いつも「失敗したら死ぬ」という恐怖があった。
自分だけでない、800人いる従業員の生活ごと全てだ。そして私は、会社を潰した戦犯になる。
そうなると、「どうやって生き残るか」という最優先事項に、価値観も考えも行動も全てが収斂していく。
「たまにはゆっくりしたい」という感情は、「足を止めたら死ぬ」に上書きされる。
「なんで俺がやらなあかんねん」という不満は、「俺がやらなきゃ死ぬ」に上書きされる。
そうなると、学習能力も行動力も、タガが外れてえげつないことになる。
生き残りに必要な仕事に集中するために、会社中のブルシットジョブを叩き潰して回る。
なんのことはない、成果に集中できる環境を整え、経営を定量化・可視化しただけの事なのだが、実はそれだけで多くの会社は、どうにでもなるということである。
思うに人は、命の危険を感じてやっと、無意味な感情が削ぎ落され、結果を求める行動の純度が上がる。
なぜ結果を出せたのかと聞かれたら、きっとその答えはこんなところなのだろう。
「命の危険を感じれば、きっと誰にでもできると思います」
「空から焼き鳥が降ってきた」時も同様で、あの時はあの時なりに「命の危険を感じるほど辛かった」ので、知識や経験が血肉になったのだろう。
令和の働き方改革の時代、決しておススメできるわけではないが、そんな経験も悪くはないのかもしれない。二度とやりたくないが。
そして話は冒頭の「震える舌」についてだ。
40年以上も前の映画が、なぜ今も深く記憶に焼き付いているのか。
「子供の頃の記憶はそれほどに強烈」ということもあるだろうが、あれは子供心に「命の危険を感じる」物語だったからなのだろう。
砂場でただ遊んでいるだけで、破傷風になりこんなえげつないことになるのかと、自分ごととしての恐怖だった。
にもかかわらず、有効な対策もないので、この恐怖から逃れる方法がない。
命の危険を感じるのに逃げ道はなく、打つ手もないなんて、怖いに決まっている。
そんな心理を映画に使うとは、本当に勘弁して欲しい。っていうか二度とするな(泣)
そういえば高校時代、陸上部の顧問だったオッサンが夏合宿の初日に、こんなことを話していた。
「みんなで楽しくカラオケに行った想い出なんか、オッサンになれば忘れる。でも、必死になって限界まで自分を追い込んだ記憶は、一生消えない。自分を追い込め、そういう合宿にしろ!」
最終日、最後のメニューを消化してフィールドに倒れこみ、草を掴んで号泣した時の事は、今も鮮明に覚えている。
「いい思い出」というのは案外、命の危険を感じるほどの苦難を乗り越えた先に、あるものなのかもしれない。
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【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など
陸上自衛隊で空挺レンジャー(もっとも過酷なレンジャー課程の一つ)バッジを持っている友人と話していた時のこと。
「100万円貰えるなら、もう一度空挺レンジャー行きますか?」
「絶対に行きません」
「1000万円なら?」
「お断りです、絶対に嫌です」
「1億円では?」
「ん…嫌です」
X(旧Twitter) :@ momod1997
facebook :桃野泰徳
Photo:Javad Esmaeili




