世の中には、2通りの人がいる。雑用を嫌々ながらやっつけでやる人と、雑用を丁寧にやる人だ。
もちろん雑用など、みんなやりたいはずもなく、進んで引き受ける人は奇特な人である。
だが、「いずれにせよ誰かがやらなければならない」となった時の態度で、その方が信用に値する人物かどうか分かる。
私がそれを知ったのは数年前、ある製造業に訪問した時のことだ。
その会社はとにかく現場を綺麗にすることに固執していた。
製造業で働いている人ならばよくご存知だと思うが、現場の綺麗さ、整理整頓のなされ方でその会社の技術力や品質はほぼ分かる。
その会社も例外にもれず、「現場がとても綺麗」な会社であった。
「現場がとても綺麗ですね」と率直な感想をいうと、その会社の経営者は「ありがとうございます。でも、まだまだこんなレベルでは世界で戦えません」と言った。そして、
「新しく会社に入ってくる方々の意識改革が大変なんです」と言った。
「どういうことでしょう?」と私が聞くと、経営者は次のように言った。
「そうですね…古い考え方かもしれませんが、私共の会社では「雑用をとにかく丁寧にやる」ということを徹底しています。それが新しい方にはなかなかわかってもらえない場合もあり、苦労しています。」
「雑用を丁寧に…ですか。」
「そうです。雑用を丁寧にやる人は信用できます。」
「なぜでしょう?」私は聞いた。
「いくつか理由があります。1つ目は、つまらない仕事でも丁寧にできる、ということはその人に仕事を自発的に面白くできる能力がある、ということです。」
「確かにそうかもしれません。」
「そういった能力のある人は、何事も途中で投げたしたり、不平不満を言って周りを困らせたりはしません。」
「なるほど。」
「2つ目は、「神は細部に宿る」を体現しているということです。製造業は特にそうかもしれませんが、品質を大きく左右するのは、中心ではなく、細部の作りこみです。
もはや製品の差別化は、機能ではなく、細かいところに驚きがあるかどうかです「こんなところまで丁寧に作ってある。素晴らしい」という声が聞けるかどうかと言ってもいいでしょう。
雑用を丁寧にやる人は細かいところまで手を抜かない、ということですから、賞賛すべき能力です。」
細部の作り込みとそれによって生み出される驚きが、製品の良さを決める、という点には私も完全に同意した。
ある方が、「デザインは細部に手を抜いていないかどうかで、全体のクオリティが決まる」と言っていたのを思い出す。
「さらに、3つ目も大事です。雑用を丁寧にやる人は、我慢強い人です。仕事で重要なのは、我慢強さ、粘り強さです。雑用をきちんとやるかどうかは、その人の性格を知る上でかなり良い指標となります。」
私は経営者の言葉を理解した。だが、聞いてみたいこともあった。
「……なるほど。でも一つ疑問があります。雑用が頼みやすい人に固まってしまって、不公平感を生み出す、ということはないのでしょうか?本業で成果を上げていれば、雑用はやらなくていいや、という人はどの職場でも存在するように感じますが…。」
「そうですね、雑用は頼みやすい人に集中します。いくら雑用を機嫌よくやってくれるからといって、それを放置するのは公正とは言えないですよね。」
「そのとおりです。」
「我々は、その問題にも取り組みました。もっと言えば、雑用に対しては会社全体で取り組む必要があります。
そこで我々は、半期単位で行った雑用を棚卸しして申告してもらい、その雑用に対する改善提案を挙げてもらいます。改善の内容は「なくせる」「もっと楽にできる」「外に任せる」の3種類です。」
「面白いですね」
「その時に改善内容によってはボーナスを与えます。雑用は放置するとどんどん増えてしまうため、定期的に整理が必要です。雑用を数こなし、改善した方には金銭で報いることを徹底した結果、かなりの業務効率化になりました。
ただ、その価値観を新しく入ってくる人に伝えるのは結構大変です。先輩が模範を見せる必要があるので、新しい人が入ってくるたび、先輩が雑用をがっちりやることになります。
まあ、それも先輩のやるべき仕事の一つではありますが。」
(2024/1/22更新)
東京都産業労働局
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